『ボス……ぼく今、荷物に入ってたこの『
参加者名簿』とかいうヤツ見てるんですけど』
「あぁ。そこに連なる全員が私達の敵となるだろう。事前に目を通しておくことは非常に重要だ」
つい先程、私達で一泡吹かせてやった紫髪の小娘。突如現れた日本人らしきガキに惜しいところで横槍を入れられ、小娘諸共逃げられた。
奴らを追ってこの竹林地帯に入り込み、ほんの少しの休憩中に我が半身ドッピオが突然『通信』を掛けてきたのだ。
支給品『壁抜けののみ』の説明をしっかり把握し終えたドッピオは、例によってその辺の小石を媒体とし『私』へと接触を試みる。
別段、特筆することもない。これはただのお喋りの一過程で、その内容に意味など求めたって仕方ないやり取りだ。
「名簿に嘘がなければ、私がこの場に呼ばれている事と似たような理屈だろうな。……俄かには信じられんが」
『大体は知らない奴の名だけど……でもこのポルナレフって奴も、確かボスが昔殺したはずの男ですよね? コロッセオで生きてましたけど』
「同姓同名の別人でなければ、ポルナレフは既に殆ど戦闘不能の身体だったはずだ。脅威とは言えん」
『ですよね。……でも、ボス。ぼくはその近くにある、この『
空条承太郎』って名前を知っているような気がします』
「……ああ。奴はある意味、裏界隈では有名人だからな。パッショーネの中でもその日本人を知っている奴は何人かいる」
『ちょっとした噂ですよね。───“時間を止めるスタンド使い”空条承太郎って』
「我がパッショーネの情報網によると奴は現在、あのSPW財団と繋がっているらしい。このゲームの中でも飛び切りに厄介な敵となるだろう」
『腹、括らないといけませんね。…………ねえボス、至極くだらないこと、お聞きしてもいいですか?』
「なんだ?」
『時を止めるとかいうその日本人の噂を聞いてぼく、ちょいと思ったんです。もしそいつとボスが戦ったら…………』
「……戦ったら?」
『……いえ、なんでもありません。ぼくとしたことが、愚問でした』
「ふん。大方『この私と空条承太郎が戦ったらどっちが強いか?』などと訊くつもりだったんだろう」
『い、いえそんな! 勿論ボスが勝つのは分かりきったことです! 本当にちょっとだけ、ボス自身にも訊いてみたくなったってだけで……』
「勝つのは───私だ」
『! で、ですよね!』
「根拠のない自信を述べているわけではない。『時を止める能力』と『時を吹き飛ばす能力』が戦えばどうなるか……歴然とした論理の下、私なりに導き出した結果だ」
『歴然とした論理、ですか?』
「簡単な理屈だ。そういう意味でも、確かにお前の訊いたことは至極くだらない質問だったな」
『流石はボスです! ……で、その理由と言いますと?』
「ドッピオ。お喋りもいいが、名簿と支給品の確認が済んだならさっさとあの瀕死の雌ガキを追わなければ、完全に逃げられてしまうぞ」
『あ……そ、そうですね。すぐに向かいます───永遠亭へ』
「急ぐのだドッピオ……全ての参加者を滅ぼすためにな」
結局はどこへ着地することもなかった、本当に意味などないお喋り。
周りを包囲する大波のように背の高い竹林の中。それは狂気の如く紅き満月下での“独り言”に過ぎなかった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『F・F』
【真昼】C-2 地下道
身もさむざむと凍るようなひんやりとした空気。このアンダーグラウンドの世界で彼女は──F・Fは、およそ考えられ得る限りで最悪の邂逅を果たしてしまった。
刻。地。状況。そして何といっても『相手』の得物が、今この場においてはひどく食い合わせが良くない。
「……っ!? 貴女……トリッシュ?」
「…………っ」
薄暗い地下水道。響く音といえば、すぐ横を走る一本の長い水路。そこを伝う水流の醸す、不気味にも聴き取れる静かな旋律。そして、霊夢と承太郎を救うべくして駆け抜ける
十六夜咲夜の肉体……F・Fの足音のみであった。
施設内の構造上、敵と鉢会えば一触即発回避不可の戦闘へ直ちに転ずるであろう長廊下。F・Fとて周囲への警戒心を最大限へ引き伸ばしての捜索。
にもかかわらず『その少女』は、まるで突然その場に舞い降りたかのような、幽霊とも見間違えかねないふわりとした足取りで目の前に立っていた。
距離にして十メートル程の地点。F・Fは予期せぬ遭遇に足を止め、暗闇でも透き通る輝きを刀身に纏うナイフを一本、懐より取り出して相手を睨んでやった。
質素な蛍光灯から照らし出される相手の顔は、F・Fも見覚えがある。何といってもついさっき別れた集団に混じっていた者であるのだ。
名を、確か「トリッシュ」。交わした言葉は多くなかったが、情熱の意を持つパッショーネを象徴するかのような煌びやかな赤髪と、どこか年齢にそぐわぬ固い意志を秘めた瞳は印象深く思っていた。
何より彼女は霊夢と承太郎の救出を引き受け、そして先ほど軽トラにて先に行かせた筈だった恩人の一人。忘れようがない。
故に思わず反射的に口から出た彼女の名に、少女が一瞬反応……というより戸惑いの様な機微を示したように見えたのは、およそ冷静とは言い難い現状のF・Fが生んだ錯覚だろうか。
「まさかこんな地下で再会するとは思ってもみなかったわ。……貴方一人かしら?」
「……ええ、敵に襲われて。ジョルノとも逸れてしまったわ」
どこか違和感を感じながらもF・Fは、何よりも性急に問わねばならない事を尋ねる。今のF・Fにとって、それ以上に重要な事などない。
「霊夢は!? 承太郎は無事なのっ!? 敵に襲われたって、二人はまさか……!?」
F・Fの最新の記憶によれば、あのディエゴと青娥に我々は完全敗北を喫し、自分は一人こんな地下にまで叩き落されたのだ。
阻止は失敗。追撃を許してしまったその後の敵の行方を考えれば、二人の身に何が起こってしまったかは容易に推理できる。
見る見るうちにF・Fの──十六夜咲夜の顔色が青ざめていく。トリッシュがこの場に居るということは、つまり“そういうこと”なのではないだろうか、と。
「霊夢……承太郎……ね」
F・Fの尋常でない焦燥に反し、目の前のトリッシュはいたって平静を保っている。わざと言葉を溜めてこちらの焦りを引き出そうとでもしているんじゃないかという程にまで見えた。
その冷淡ともいえる様子は、F・Fの心にイラつきと同時にある種の齟齬のようなものを僅かにだが植え付けた。
「トリッシュ……? 何を冷静にボソボソ呟いているの?」
「いえ。それよりアナタ……上に出たいんでしょう? 地上への出口なら……この先にあるわ」
そう言ってトリッシュは、今まで自分が歩いてきた道を見せびらかすように道を開け、その後方を指で指し示した。
どこまでも落ち着いた、気障とまでいえる態度を身に纏うトリッシュの瞳に、己の姿が反射して映った。
会話が、どこか噛み合わない。
「トリッシュ……私の質問に答えて欲しいのだけど?」
「霊夢と承太郎が今も無事かどうか。私がそれを知る術はないのよ。さっきも言ったように、私も襲撃を受けて今この地下に落とされた」
「……その『敵』っていうのは、ディエゴと青娥かしら」
「ガトリングを携えた、巨大な縄のようなものを背負った女。それと、頭にフードを被った男も居た。少なくとも男の方は、スタンド像が確認できたわ」
トリッシュの放った内容は、あの恐竜男と邪仙の特徴とは明らかに違う。つまりは更なる新手が、瀕死である霊夢たちに迫ったということ。
目の前の少女には若干の不審点が見受けられたが、そもそもF・Fとてトリッシュについてそれほどよく知らない。霊夢らを襲う危機と比べれば、無視できる範疇にある些細な違和感だ。
そんなことよりは、今は恩人たちへの救命を第一優先。只でさえ気絶していたというのに、これ以上こんな所で油を売っていられるわけもない。
「さあ……私が地上まで案内するわ。早いところ行きましょう」
トリッシュは背後を指す手とは逆の腕で、F・Fに対して軽くカモンの動作をとった。
しかし何だろうか。暗闇で背中をそっと撫でられるかのような、この正体不明の気持ち悪さは。
「どうしたの……? 急いでるんでしょう。私も同行するから……二人を助けましょう」
その通りであるはずだ。こんな事をしている間にも二人は彼岸へと近づいているかもしれない。何を躊躇しているのだ。
「……ええ。確かに、急ぐべきですわ」
言いながらもF・Fの脳裏に、トリッシュへの違和感は積もり続けるばかりだ。
足早にトリッシュが示す先へ向かおうとする。駆け抜けるような真似はせず──否。それが出来ない。
燻る疑問の種が、F・Fを少しずつ警戒への姿勢に変えゆこうと動く。競歩の速さで、F・Fはどんどんとトリッシュに近づいてゆく。
(トリッシュ……向こうの方角から私の元へ近づいてきた。一本道の地下水道だし、他にルートはない)
確かにトリッシュが歩いてきたであろう方角は、F・Fの走ってきた反対方向───すなわち、今トリッシュが指で指し示している方角だ。
トリッシュからすれば逆方向に戻る形となる。そこが、どうにも不自然。
彼女は今、敵に襲われこの地下に落とされたと説明した。そこからここまで歩いてきたのだと。
(何故、さっさと地上へ戻らなかった? 上への出口を知っている風に言っておきながら)
思考しながらF・Fは足を止めない。段々と、段々段々と出口への方角───トリッシュの横を素通りしようと歩みを続ける。
(この地下をわざわざ進む必要があった? 私を見つけた途端、彼女は案内するなど吐いて即座にUターンを開始した……)
霊夢が心配だ。承太郎といえどあの重傷……手当てを受けているとはいえ、本来ならいつ死んだっておかしくない致命傷。
(間違いなくトリッシュの姿。だけど、例えば何者かが『擬態』した姿の可能性は?)
それでも、一度浮かべた疑惑は中々消え去ってくれない。切迫した事態であるのにもかかわらず、F・Fの足は段々と歩行速度を落としてゆく。
(さっき彼女……同行していたジョルノの名を出した。状況に矛盾はない。それといって、口を滑らせたことは言ってないみたいだけど)
右手に携えた銀のナイフを、綺麗に持ち直す。時間も1秒だけは止められる。『もしもの事態』には対応できる。
(そういえば……彼女、一度も私の名前を呼んでない……?)
思い過ごしならそれでいい。だが『敵』であったならば。
(いえ…………口を滑らせたのは、まさか私の方? 初めに、真っ先に『トリッシュ』の名を呼んでしまった)
いよいよF・Fの足は完全に動きを止めてしまった。トリッシュとは、その距離約5メートル。
(少し、発破を掛けてみようかしら)
「……ねえ、トリッシュ。その前になんだけど……ちょっと私の『名前』呼んでみてくれないか、し…………──────!?」
口を開いたF・Fの表情は、台詞を終わらせない内にまたしても───しかし、ここに来て一気に青ざめた。一瞬にて蒼白に彩られたのだ。
今度こそ彼女は自身に迫る、別方向からの『真の緊急事態』を認識できた。完全に。
(ウソでしょ──────ッ!)
眼前のトリッシュも、言いかけた言葉も、何もかもをも無視してF・Fは…………怒涛の勢いで身を翻した。
逸散走りという言葉を体現するように。トリッシュに対して全身の隙を丸出しにしてでも、背を向けて逃げ出した。
刻。地。状況。それら全てが、F・Fの敵に回っている。
今、彼女を襲った最悪の危険とは、眼前で手招きする少女などではない。
己が頭の中に、警告信号が不気味に赤光りし……舌舐めずりでもするかの様に妖しく待ち構え、潜んでいた。
『警告デス! 30秒以内ニ タダチニダッシュツ シテクダサイ! ココハ禁止エリアナイ デス!』
◆
その『悪魔』は、選択の扉を開いた。
ディアボロ。今の彼は未来を見通す力が消失している。自らの手で暗闇の荒野を切り開くことのみが、彼が前進する唯一の方法。
『大人しく禁止エリアに引っ込んでいればいいのに』
『エピタフを置いてくるなんてどうかしている』
未だに頭の中を反射するそんな弱者の声は全て残らず振り払い、消し去っていく。
恐怖に膝を屈して得た『勝利』という対価の価値は、如何ほどのものか。あるいはそれこそが一般的な選択の扉であり、しかし決して帝王の選ぶべき扉ではない事と知った。
自分は既に選択を終えたのだ。今更過去を悔やむ暇などあろうはずがない。
前進しか残されない己の道は、早くもディアボロに次なる選択の扉を与えてきた。
女。どこか目を見張る妖艶さと冷徹さを身に着けてはいるが、顔立ちに僅かに残った幼さを観察してみると、あれは少女といって差し支えないかもしれない。
所謂メイドなる衣装を纏った銀髪の女が、トンネルの奥からやって来ていた。このジメジメした薄暗い場には間違っても似合わない、優艶たる少女だ。
予想通りといえば予想通り。先ほどトンネル内に広く響き渡った女の声を求め、ディアボロは進んで来たのだから。
だが予想を超えてといえば予想を超えた遭遇。まさかこれほど勢いよくこの『禁止エリア内』に突っ込んでくるとは、流石のディアボロも思わなかった。
そうだ。ここはC-2禁止エリア。異例中の異例であるこのディアボロを除き、全ての参加者にとってはまさに悪魔のエリアである筈なのに。
どうしてあのメイドは、これほど迷いなく突っ切ってこれるというのだ……?
初期対応をどう捌くか、ディアボロはほんの僅か逡巡する。問答無用で攻撃か、無力の少女を装って不意打ちでもいい。
ともあれ、隠れ場所など無い。堂々と現れ、相手の出方を窺おうとした時……思いもしない言葉が向こうの口から先に飛び出した。
「……っ!? 貴女……トリッシュ?」
「…………っ」
トリッシュ。それは間違いなくこの『肉体』に元々与えられた名……我が娘の名だった。つまりはトリッシュとこの少女は知り合いだということになる。
一瞬の戸惑いの後、まずは安堵。もしもこちらから初対面のように声を掛け挨拶などしようものなら、三文芝居の大根役者がノコノコ突っ込んで来たと、秒殺で相手にバレていた。
そして、彼女に対して積もっていた疑問はこのとき、あっという間に氷解する。
(このメイド……間違いない。コイツはつい先ほど行われた『放送』をまるで聴いていないッ!)
漫画や居眠りに夢中で放送を聴き逃す馬鹿者でもない限り、死者として読みあげられたこのトリッシュの姿を見て呑気していられる訳がないし、第一禁止エリアに進入する愚行など行わない。
バカめ……と、思わず口角を悪魔の形相のように歪めたくなる衝動を必死の思いで抑え、ディアボロは即座に策を構築する。
───この女の脳味噌を、夏花火のように綺麗にブチ撒けて殺してやろう。
禁止エリアに進入後、10分で頭部は爆破される。簡単なことだ。たった数分コイツをエリア内に足止めするだけで、後は勝手に派手な音をたててドブネズミの餌が出来上がる。
自分の爆弾が既に機能していない以上、この土俵での立ち回りに圧倒的な利があるのはディアボロの方だ。
「まさかこんな地下で再会するとは思ってもみなかったわ。……貴方一人かしら?」
「……ええ、敵に襲われて。ジョルノとも逸れてしまったわ」
さて、新生ディアボロの最初の贄となるこの女……このままマヌケにも目の前で爆裂してくれるのか。
面倒臭いようなら……方法は幾らでもあるのだ。
こうして笑いを堪えるだけでも、一苦労だな。
◆
予想はしていた事態だったのに。だがこの結果は些か予想を大きく飛び越える、最悪の事態。
私は
第二回放送を見事に聴き逃している。当然ながら新たに加えられた禁止エリアが今、自分が立っているC-2だったなんて知るわけがなかった。
主催の温情とも言える措置……取り敢えずは進入後10分間は安全だという設定に今は感謝するべきかしら。
もとより心に警戒はあった。このエリアが地雷原かもしれないという危惧を常に持ち、これでも慎重に行動していたつもりだ。
そんなタイミングで別の参加者に遭遇すれば、保っていた危惧とやらも彼方へ吹き飛ぶのが人の心。新生物の心。
その思い込みが今回、こうして最悪の形で牙を剥いてしまった。
(マズイ……ッ! ヤバイ……ッ! 残り30秒! ここはエリアのどの辺り!? 間に合うか……ッ!)
元の肉体の持ち主・十六夜咲夜は運動神経に関しては、人間にしては抜群の高水準にあった。
当然足も速い。速い、のだけど……例えばここがエリアの中心近くだとして、エリア外に脱するには最悪500メートル。たった30秒でその距離を走り抜けるのは天狗や吸血鬼でもない限り、あり得ない。
(アイツ……トリッシュ、なの!? 明らかに私をハメるつもりで禁止エリアの奥に誘い込んできたっ!)
トリッシュだろうが偽者だろうが、奴の意図が判明した以上は敵だ。その敵を背にし、恥も外聞もかなぐり捨てて私は逃げ出している。
さっき『C-2』と書かれたプレートを通過してきたのは覚えている。警戒しながらであったし、そこから大した距離は通ってないはず。
ならば全速力で駆け抜ければ、まず脱出は可能であるはずだ。
しかしここからだ。真に恐ろしく、理解不能なのは背後の存在だった。
(ワケが分からない……あの女、どうして“爆破されない”!? アイツも私と同じ、放送聴き逃しのウッカリ組だったってワケ!?)
疾走し続け、脳に酸素が充分に供給されずにいる状況で、私の思慮はもはやトリッシュの姿をした敵の謎に集中している。
あの女、何故この場所に居る? 先ほどの『警告音声』は私の脳内のみで流れたようだけど、奴も自分と同じく警告は受けたはずだ。
恐らくは私よりも先にこのエリアへ到着しておきながら、のうのうと生きて、そのうえ罠まで張った。蟻地獄の中心に誘い込もうと猿芝居を打ったのだ。
(くそ……! 考えてる場合じゃないかも、ね……! 『使う』しかない!)
◆
この私に対し何か台詞を投げ掛けようとしたメイドは、呆けたように唇を開いたまま言葉を切り、かと思えば突如身を翻して撤退行動に出た。
すぐにも「見破られたか……?」と焦りが過ぎったが、しかしそうでない可能性に行き着きピンときた。
大方のところ、放送と同じ要領で警告のような音声が奴の脳内で流れたのだろう。
逃走の直前、奴の顔に浮かんだ呆けはまさに、見知らぬ声に驚き胸を冷やしたかのような反応だったのだ。
(さて小娘よ。残された時間はあと何秒かな? 10秒? 30秒? ……絶対に逃がしはしない)
当然だが、逃げ出すメイドの背中を呑気に見送るわけがあるか。相手が背を向けたとほぼ同時、シマウマを狩るライオンが如き全速力で一気に詰め寄る。
が、ここで今の私はあくまで『少女』の肉体だという枷を嵌めている事に否応でも気付かされた。成人男性でそれなりの脚力を備えていたかつてとは、えらく勝手が違う。
慣れない肉体。少女並みの運動能力。目線の低下。そこに加えて、あまり変わらない年齢差であろう相手との脚力は、雲泥の差とも言ってよかった。
引き離される。少しずつだが、奴の背中に光るエプロンドレス姿は縮小の一方だ。
せっかく敵自らヒグマの巣穴へのこのこ入り込んできたのだ。このまたとない好機、むざむざ見逃すなどという醜態は晒せない。
(虎の子を出し惜しんでる場合ではないか……『使う』しかない!)
───時間をブッ飛ばす。
キング・クリムゾン。それ以上に私を悪魔足らしめんとする武装など存在しない。
未来を視る力『エピタフ』の発動が不可である以上、K・クリムゾン発動中に周囲の動きの軌跡を予測する術は皆無。
しかし『盾』を捨ててなお余りある強大な『矛』は、タイマンでの闘いにおいて無敵なことに変わりない。時間操作能力に初見で対応できる輩など居るものか。
スタンドの右腕で壁のコンクリートをゴリゴリと削り取り、拳大に丸め込んだ破片をグッと握り込む。投擲武器など身近な物で幾らでも代用が利く。
「時間跳躍と同時に撒かれるこのコンクリの雨を躱す術はないッ! 内臓全部ブチ撒けさせて下水のカビにしてやろうッ!」
ドォオ――――――――――――ン………!
………………………
……………
……
「──────あ?」
形容しがたい感覚が襲った。言葉では説明しようのない、抽象的な悪寒とも言うべきか。
私はまだK・クリムゾンを発動していない。その直前、全身の肌に氷でも貼り付いた様な気味悪い感触が舐ってきたからだ。
何かされたのか? だが異変はそれ以上の違和感へと昇華はされず、「何かされた」という至極曖昧な変容のみで終わって一抹の不安を纏わせた。
(……なに? 何か様子がおかしい……!)
チラと周囲に首を動かすも、この薄暗い地下景色には何一つとして変化は起きていないのだ。
何か……何かされたのだ……! だがその『何か』に辿り着けない。私はこの感覚をずっと以前から知っているようで、しかしどういうわけだか解まで至れずにいた。
「まあいい……何かわからんがくらえッ!」
ドォオ――――――――――――ン………!
………………………
……………
……
「──────ン!?」
まただ! またさっきの『形容しがたい感覚』ッ!
手に握りこんだコンクリ片を投擲する直前、またしてもあの悪寒が私の肌を舐めた!
二度目ともなれば気のせいなどと楽観できるわけがない。そして、今回こそは私の目に『ハッキリとした形』で変容が見えた!
「アイ、ツ……あの小娘、まさか……」
前を走っている女。その背中が、例の感覚が襲った瞬間、僅かに小さくなった。つまり私の目から見て『一瞬で距離が離された』ということになる。
奴の姿は視界に捉えたままでいるのだ。加速した、という感じではない。これが比喩でなく、本当に“一瞬で距離が離されている”としたら。
───次は見極めねばならない。
私は猛然とひた走りながら、神経を集中してメイドの背を凝視した。
そろそろ来るはずだ。マセラティの高級車へ泥塗れの手足で入って来られるかの様な、あの不躾とした嫌悪の正体……!
ドォオ――――――――――――ン………!
メイドの背が、三度遠ざかった。
「ぐッ……!?」
三度目となれば間違いない。受け入れたくはないが、もう決定的だ。
侵された。
半身を失い、本来の絶頂の座から降りてしまった私の──オレの矜持に最後に残された『帝王の世界』をッ!
あろうことか目前の女は、こちらへと見向きもせずに土足で!
軽々と入門してきやがったッ!
「───ぁ、の……女ァァ!!」
確定。
オレを置き去りにして爆走する謎の銀髪メイドは…………『時を止めながら』走っている───!
◆
『残リ20秒デス。ソノママ直進・シテ・クダサイ。ココハ禁止エリアナイ デス』
まだ、エリアを出ない。100メートル程は猛進しただろうけど、頭の中で鬱陶しく反射する警告は鳴り止まない。
着々と『死』が迫って来ている。一つはカウントダウンという形で、脳内へ。もう一つは、後方より迫るトリッシュの形貌を模した謎の敵。
どちらも驚異的だ。もはや背後の存在は殺気を隠そうともせず、殺す気満々で私を追って来ている。
何故アイツは禁止エリア内に潜んでられたのか? そんな当然の疑問はひとまず横に置いておく。今は速やかにこの窮地を脱することだけを考えろ。
(…………一呼吸。何度も、とにかく何度だって!)
時間を止める。
たかだか1秒だけども、それはとんでもない事なのだと思う。
宇宙の。万物の理を捻じ曲げようというのだ。人の身でありながら。
十六夜咲夜も。空条承太郎も。DIOだってそうだ。あの月の姫もそういった事が可能だと聞く。
全くもって恐ろしい。本当にそう思う。
だが今は私にも───F・Fにも、かの技術は受け継がれている。捻ったベルトをそのまま装着し、強引に着こなすかのように歪な未完成形ではあるけども。
これも運命なのだと捉えましょう。
私が〝十六夜咲夜〟を受け継いだのだから。
咲夜の心臓(こころ)と時間(いのち)は、既に我の表裏。
そう簡単に散らせては、恩人達と……お嬢様にも申し訳が立たない!
(よし! 『一呼吸』……時を止めつつ時間を稼いで、1秒でも早くここから脱出を!)
時止めの連続使用は不可能だ。その制限が、一呼吸置かせるという多大な隙を生ませている。
逆に言えば、呼吸を置きさえすれば無制限。ならば何度だって。何度だって!
「もう一度…………『咲夜の世──────」
ドォオ――――――――――――ン………!
………………………
……………
……
「──────んん!?」
時間を止める〝咲夜の世界〟を発動したと同時。なにか……何か形容しがたい感覚が私を襲った。
言葉では如何とも表現しにくいけど……肉体から剥がされた精神のみを奈落まで突き落とされた様な、全身がフワッとした奇妙な感覚。
今見ていた夢を、起きてからすぐ忘れてしまうことのようにモヤモヤとした気持ち。
私は今、確かに時間を止めたハズだけど……!
能力を発動したなら、“発動した”という感覚が脳に刻み込まれているはず。
不思議なことに、その記憶がない。時を1秒止めたのなら、止めた分だけ距離を稼いでるはずなのだが、その分の距離すら走っていないようにも思える。
何か、様子がおかしい。
(あの女……何か、した?)
首を回し、後方に迫る少女の姿を確認する。
完全にこちらを殺す気満々の瞳なのが見て取れる。あれは狩人の目だ。
やはり妙だ。距離が離れていない気がする。時間は……止められていなかった?
(……今は何よりも距離を稼ぐことの方が最優先! もう一度、時間を止めるッ!)
一呼吸。
次いで詠うは──────『咲夜の世界』。
ドォオ――――――――――――ン………!
………………………
……………
……
「──────え!?」
首を後ろへと回したまま、その視界一杯にまるで弾幕のようなコンクリ片の嵐が、今にも私を撃ち沈めようと周囲を取り囲んでいた。
いつの間に!? あの女が攻撃するような素振りを私は一片も見ていない!
(時間を、止、め──────られない!?)
例によって身震いするような悪寒が私を包んだ。このコンクリ片が注がれたのはその一瞬後……いや、まさにその瞬間に空間に突如現れたように見えた。
慌てて時止めを発動せんと〝咲夜の世界〟を唱えようとするも……やはり時は止まらない。
「あぁ……ッ!」
時速何百キロの暴投だったろう。宙に突如として現れた幾重ものコンクリ片の豪速を、全ては躱しきれない。
腕を掠め、足を掠め、肩を掠め、肉片が飛び散ろうとも足だけは止めない。
止めたら今度こそ終わってしまう。脳が爆裂するか、心臓を貫かれるかのどちらかだ。
「アナタ……何をしたッ!?」
「…………」
走行フォームをバックステップに変更。多少速度は落ちるが、最優先はこの『敵』の能力の正体を見極めることが第一となった。
敵は私の苦し紛れの問いかけにピクリとも反応してくれやしない。実に不敵な無表情で私を追い込もうと駆けている。
(この女、やっぱり何か行っている! まさ、か……)
時間停止。
嘘だと言って欲しかった。このゲームの参加者に時間操作系は何人潜んでいるんだ!?
(いえ……それにしては少し辻褄が合わない部分がある)
辿り着きかけた解をそのまま受容することはせず、浮かび上がった疑には冷静な目を向けなければならない。
さっき、私は確かに時を止めようとした───違う、確かに時は止められたはずだ。止めたのだ。
時間停止の際に伴う疲労感が身体に残っている。次に襲ったコンクリの雨を躱す時止めが使用できなかったのは、そこから連続使用となったからだ。
自分で言ってて意味が分からない。時を止めた筈なのに、止まっていない。だが時を止めたからこそ、次に襲った攻撃を躱す為の時止めが連続使用となり、発動まで至らなかった。
例えば、こう考えれば矛盾は消える。事実として一度目は時を止められたが、奴はその記憶を私から抹消した。だから私は慌てて時間停止の連続使用に走ってしまった。
(……いや、矛盾だらけね。奴が私の記憶のみに干渉したのであれば、突然現れたコンクリ片や、一向に引き剥がれない相手の謎に説明が付かない)
一呼吸。
もう一度、今度こそ時を止めてやる。さあ行くわよ。お前は一体『何を』やっている?
───見せてみなさい!
「咲夜の世か──────」
………………─────────。
………………………
……………
……
「──────い゛!?」
バックステップで走る私の周囲には、優にさっきの倍はあるコンクリ片の数々が『現れていた』。
時止めによって引き離されるはずの女は…………まるで『離れていない』。
確かに発動しようと念じた時間停止も、まるで無かったかのように『吹き飛んでいた』。
私は奴が迫る瞬間も、攻撃する瞬間も『見ていないのに』!
時間を止め───ダメだ今度も止まらない!
「さ……『殺人ドォォーーール』ッ!!」
ナイフ! ナイフナイフナイフ!! ナイフナイフナイフナイフナイフナイフナイフ!!!
瓦礫の雨を撃墜できるだけのナイフを投げる! 投げる!! 投げる!!!
殺到するコンクリから我が身を守るように、周囲にナイフの雨あられを配置。十六夜咲夜がその肌へ徹底的に刻み込んでいた兼ねてよりのナイフ技術が、そのまま全神経を瞬時に可動させた。
弾き、逸らせ、反り、躱し、完璧な回避とはいえないほどの損傷を被ったが、対価として得られたものは充分。
(コイツも……間違いない! やっぱり時間操作系能力! 言うなら『時間を吹き飛ばす能力』ってとこか!)
同じ能力体系同士だから理解できる事柄もある。まず間違いなく、この女は時間に干渉し弄くっている。
例の感覚が襲うと同時、敵は私の時止めを無効化し! 私の周囲の光景も、まるで何秒か飛んだかのように進んでいた!
このマジックの種、時間停止じゃあない……! 寧ろそっちの方がよっぽどマシなぐらい、相性は最悪かもしれない……!
私の『止めた時間』までも、丸ごと吹き飛ばされているッ! おまけに私にはその吹き飛んだ間の記憶が一切無いッ!
「女ァ!! 貴様のような輩だけは絶対に生かしちゃおけんッ! 『キング・クリムゾン』!」
キング・クリムゾン! それがお前のスタンドの名か!
足をやられ、速度は大幅に減少。おかげでとうとう追い付かれてしまった。
時間停止は効かない! どうすればいい!?
……一呼吸! 次の攻撃を繰り出せる!
「と……時符『プライベートスクウェア』!」
この身体……十六夜咲夜の能力───『時間を操る程度の能力』。これは何も、時を止めるだけの能力に留まらないらしい。
有り体に言えば、時間停止の他に『時間加速』。逆に『時間減速』……つまりは、周囲に流れる時間をスローモーションの様に変化させることが出来る。
今! 時間を弄くり、敵の行動を緩やかにさせた! これで逃げ切──────
──「我以外の全ての時間は消し飛ぶッ!!」──
逃げ、切…………っ
――――――――――――………!
「───逃げ切れる……と、思ったか? 手こずらせてくれたな、小娘」
気付けば、頬には冷たいコンクリの床。お前にはそこが御誂え向きだと言われんばかりに私は、背中を強く踏みつけられて伏していた。
ダメだ。時を止めても、時を弛緩させても、コイツはその行為を丸々消去させてくる。
……強すぎる! 何だコイツの能力は!?
「少しおかしな表現ではあるが……キサマがどれだけ長い時間を止めていられようと、それは『ほぼゼロ秒』の間を動いているに過ぎん。
たった1秒にも満たん『時』を可能な限り引き伸ばして動く、お前という名の『テープ』を、私はほんの数秒間だけカットする……
丁度映画のフィルムを切り取るように、キサマの支配下にあるコマ割りだけをハサミでな。そろそろ気付いた頃だろう?」
「……お互い、理屈を越えて理解できる事ってあるものね。───『時間を吹き飛ばす能力』!」
「正直驚いたさ。あの近距離でコンクリの雨を避けた……いつぞやのポルナレフ並みの戦闘センスだ。
というよりも、我が〝K・クリムゾン〟の発動を無意識的に察知したな? これも同じ時間操作能力同士、通じるモノがあるというワケか……」
極端な話、私が私の感覚で『1時間』だろうが『1日』だろうが時間を止めていられても、それは結局のところ『限りなくゼロ秒に近い』時の流れなのだ。
コイツはそれを読み、あくまで『先出し』で時を数秒か吹き飛ばしてくる。もし後手に回り先攻で時を止められたなら、コイツだって能力は発動できないと考えるのが筋だろう。時間が止まっているんだから。
私が時を止めていたのは一呼吸間隔……つまり今まで一定のリズムで能力を発動していた。何度か時間停止を喰らっていれば、先読みは容易い、ってことか。
『残リ10秒デス。ソノママ 前進シテクダサイ。ココハ禁止エリアナイ デス』
マズイ……! 捕らえられた状態での時止めは殆ど無意味! 時間が……来てしまう!
「そろそろ『爆破』される頃合ではないか? ン? 選ばせてやろうか。『私に殺される』か『勝手に脳ミソ撒き散らせて死ぬ』か」
「……その両方とも、お断りよ。お前が何故、禁止エリア内で平然としてられるかは知らないけど───」
「「「───脳ミソを撒き散らして死ぬのはお前だッ!」」」
幾人もの声と発射音が重なり、“私たち”は相手目掛けて無数のF・F弾を乱射した。
さっき、ナイフを振り撒いたどさくさに紛れて下水に予め撃ち込んでおいたのだ。
我が
フー・ファイターズ……その分身をッ!
「……!? なんだ、この気色の悪い虫ケラ共は……!」
突如として現れた“我々”の奇襲を、私を捕らえたままでいるコイツが回避する術は無い! もし逃げようと私を解放した瞬間、今度こそ私は『先攻』の時止めでコイツを突き崩す!
生憎、このF・F/十六夜咲夜……『弾幕ごっこ』もお手の物でしてよ!
「私はまだ死ぬ訳にはいかないの! 喰らえェェ!! この周囲全てが『私』だァァーーーー!!」
逃がさない。この危険生物は、私がここで仕留める。
壮絶なる弾幕音がこの地下世界に乱反射した。楽園の巫女ですら、回避不能の反則弾幕。
ついでだ! コイツの身体の謎なら、死体解剖で解明してやるッ!
「──────キング・クリムゾン」
………………………
……………
……
「───確か『鏡の国のアリス』だったか。〝バンダースナッチ〟という凶暴な生物が登場する話は」
右腕の感覚が消失していた。左腕が“あった箇所”も同様に、猛烈な熱さが迸っている。
右脚……無い。左脚は……視界の奥に吹き飛ばされていた。
「曰く───『この怪物を止めることは時間の流れを止めるくらいに難しい』と大層な評を与えられているようだが……」
脳には白い靄でも掛かっているように、伝達神経が遮断されていた。同時に、私の『分身』も瞬時に崩れ落ちていった。
私は……何をされている。
首根っこを持ち上げられ、達磨のように四肢をもがれ、腹に風穴まで開けられ、まるで成す術なく……獣に睨みつけられていた。
千切られた断面からは、コールタールのようにドロドロした黒い液体が滴り続けている。中身であるフー・ファイターズ達だった。
「私からしてみれば、時の流れを止める程度の事など何の障害にも値しない。……怪物メイドよ。貴様は噛み付く相手を間違えたな」
この女……いや、コイツの本質はきっと、このトリッシュだった少女には内包していない。
ワタシと……同じだろう。死骸を貪り、器にし、弄んでいる。
トリッシュだった者。その瞳の奥にドス黒く燻るそれは、情け容赦のない殺意の眼光。
その殺意は、狂気的な殺人鬼らの放つ、荒々しいそれとは一線を画する。
これは本物の獣だ。コイツの目からその殺意を読み取るのは、本来なら至難の業なのだろう。
奴らは、獲物を仕留める時……驚くほど静かな目をしている。見た者を凍りつかせるような……
───まるで、悪魔。
「そういえば……『アリス』。そんな名の女も居たな。そっちの方はとうに殺してやったが、取るに足らんカスだったよ」
アリ、ス……。その名前は、知っている。咲夜の記憶が、うねるような嘆きを私へと訴えているようだった。
このまま野放しにしていれば、コイツは必ず霊夢たちにも牙を剥くだろう。
「我が世界は決して何者にも干渉されてはならない。……弾幕ごっこ? “おままごと”でもしているつもりだったのか?
お前は最初の『紫髪の小娘』や、『兎耳の小娘』よりも随分と柔らかい。怪物とはいえ、所詮は人間か」
ゴミでも見るような視線で、悪魔は私の黒い血液を見下す。異常な嫌悪感と敵意が、既に無い手足へと注がれているようだ。
予想以上、だった。
コイツへの全ての物理的攻撃は、例外なく透過して無効化するらしい。特に遠距離攻撃や弾幕の類に対し……この悪魔は無敵だ……っ
ヤバイ。ヤバすぎる……弾幕攻撃を完全無効化するなんて……『私』の、いや、『弾幕』を操る幻想郷民の『天敵』じゃないのか……!?
「『未来』を視通すまでもない。キサマ程度の悪足掻き……『勇気』を振り絞る価値も無い」
……だけど、敵が悪魔というのなら……ワタシ、だって…………
───紅魔が牙。完全瀟洒なるメイドの皮を被った…………その腹に業宿す、悪魔の犬と畏れられる従者だ。
───こんな所で、恩も返せず死ぬわけにはいかない。
「──────ワタシ、は……霊夢、……っ、と……じょう、た……ぅ……を……、ま……───」
『時間デス。警告カラ 10分ガ経過シマシタ。貴方ノ脳ハ 破壊サレマス』
◆
「荷は下水に投げられたか。せめてもの嫌がらせ、というわけか? ……フン」
怪物の所持するデイパックを探したが、周囲には見当たらなかった。武器でも渡して戦力など増幅させたくない一心とでも言うのだろうか。
まあいい。このディアボロの振るう最強の矛は、未だ我が内に健在であるのだ。
時間を吹き飛ばす能力。まさに悪魔の如き力だと、我ながら思う。
床でくたばっている、頭部と四肢の欠損した肉叢をチラと見下ろす。
どんなに淑やかで綺麗なイタリアの女性群に混ざっていても、全く見劣りしない程に目を引かれる美しさだった。
そんな女も、今や見る影もない。ふわふわとした麗しい銀髪を流していた小さめの頭も、首から上ごと爆裂している。
醜悪な骸だった。虫ケラのように転がる死骸に開けられた様々な断面から流れ落ちる黒き血液は、まさにバケモノと言ったところだろう。
コイツが負け“犬”の遠吠えのように垣間見せた、あの凶暴な面構え。ヒトの身でありながら化け物を宿したメイドには、やはり冥土こそが相応しい。
……ああしまった。どうせなら脳ミソかっぽじって爆弾とやらがどんな物か、試しに見ておけば良かった。ドタマがこうなってはもう遅いか。
「……バケモノが」
汚いモノでも見るかのように、軽蔑の視線を注いでやった。
侮蔑の言葉で一蹴し、動かぬ奇形を下水のドブへと一蹴する。
派手な水音を立ててその巨ゴミは、じわりと赤黒い波紋を呼びながら水底に沈んでいった。
負け犬には、下水の底がお似合いだ。
「バケモノが」
心底、穢らわしい。
そのくせ、一丁前に我が世界へと入門までしてくる。本当に、此処にはバケモノばかりだ。
虫唾が走る。
「……ああ、クソ。バケモノめが」
吐いても吐いても、臓腑に沈んだ嫌悪感は消えてはくれない。
この世界には、まだまだこんなバケモノがウヨウヨと闊歩している。
そいつら全員を沈めて進まなければならないのだ。分かっていたことだが何とも気が滅入るものであるし、困難に立ち向かう事への恐怖心は簡単に払拭できるものではない。
それでも。この選択の扉を開けたのは己の手だ。
楽な近道を閉ざし、盾を捨て、勇気を携え、長き道のりを選んだのは己自身の心であるのだ。
後悔は、ない。
「さあ…………次だ。次。なるべく人間がいい。肉をホジるのが幾分楽だからな」
未だにバカ真っ直ぐにオレを追って来ていたあの兎耳。このオレに最大級の侮辱を与えてくれたジョルノ。
この際何でもいい。誰でもいい。どうせ全員殺すのだ。ドッピオばかりに無茶をさせるわけにもいくまい。
今オレは、帰る場所を取り戻す為に戦っている。
帰還の為。これは、オレ自身の……取り戻しの戦争なのだ。
レクイエムを奏でよう。悪魔が謳う鎮魂歌を、この世界の生きとし生けるカス共全てに……
【C-2 地下水道/真昼】
【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:爆弾解除成功、トリッシュの肉体、体力消費(中)、精神消費(中)、腹部貫通(治療済み)、酷い頭痛と平衡感覚の不調、スズラン毒を無毒化
[装備]:壁抜けののみ
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1(現実出典、本人確認済み、トリッシュの物で、武器ではない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:爆弾解除成功。新たな『自分』として、ゲーム優勝を狙う。
2:ドッピオを除く、全ての参加者を殺す。
3:ジョルノ・ジョバァーナ……レクイエムの能力は使えないのか?
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
また、未来を視る『エピタフ』の能力はドッピオに渡されました。
※トリッシュの肉体を手に入れました。その影響は後の書き手さんにお任せしますが、スパイス・ガールは使えません。
カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
トクン トクン トクン トクン トクン トクン ───。
この程度じゃあ止まらない。止まってくれやしない。
我が心臓(こころ)が、時間(いのち)が、奮い立てと響を刻む。
長針/F・Fと、短針/咲夜が、針(あし)を止めるなと、鼓動に変えて訴えかけてくる。
(…………奴は、行ったか? どうやら成功したらしい、な……)
悪魔の踏む足音(ステップ)の音響が、完全にこの場から失われたと同時。
私はグズグズの身体で、水面から顔だけを覗かせた。咲夜ではなく、フー・ファイターズ本体の身体だ。
この場所が水分に満ち溢れていたことは不幸中の幸いか。そうでなければとうに死んでいる。
無残に捨てられた十六夜咲夜の死体は、修繕と再生が何とか可能だ。まるで人形のように。
最後の瞬間……私は下水に飛ばした分身たちに紛れて、本体(フ・ファイターズ)も一緒に下水へ撃ちこんでいた。
禁止エリア外まではあと僅かだった。そのほんの少しを得る為、謀ってまで水底を這い、エリア外にまで逃げ切りたかったのだ。
あの敵が掴んでいた咲夜に入っていたのは、当然残してきた分身体である。警告音に合わせて頭部を炸裂させることで、爆死を装うことは簡単だった。
おかげで咲夜の肉体は散々たるものだったが、あの敵から逃れる方法など他に無かった。決死の逃げだったのだ。
捨てられた咲夜の肉体と、咄嗟に捨てた荷物を両腕に抱え、私は力なく陸上へ踊り出た。睨みつけるは、奴が進んでいった方向。
「追うか……………………いや、」
追えない。追いかけたくない。
何ということだ。私は今、心の底より恐怖している。私という個性が失われる恐怖に、屈したのだ。
このまま敵を野放しにしていたら霊夢たちだって危険だ。奴は全参加者を皆殺しにしようと行動している。どういうわけか禁止エリアの影響もないらしい。
そんな危険人物を、あろうことか私は放置したい一心だったのだ。
もう二度と出逢いたくない。そんな弱音が、私の全てを支配した。
「……悪魔め」
時間停止が全く通用しない。信じたくないが、あの女はDIOたちと同等の力を持っているのではないか?
そもそも本当に女なのか。人間なのか。
アレは、ヒトなのか。
「悪魔め」
腕の先が、ブルブルと震えて止まらない。このゲームにはまだまだあのクラスの敵が大勢のさばっている。
追え!
仕留めろ!
今ならば奴は油断している!
暗殺して、消し去れッ!
…………ダメ、だ。あの悪魔に、サシでの勝負で敵う気がしない。
奴は、私の決意も何もかもをも丸ごと吹き飛ばして、戦意を折ってきた。
今は耐える時だ。必要なのは戦力であり、犬死に精神ではない。
「……ああ、畜生。悪魔めが」
消沈した心のままに、咲夜の肉体を補修に掛かる。
集め、繋ぎ、再生し、フー・ファイターズは咲夜へと……F・Fへと戻る。
彼女の知識が、記憶が、再び私へと逆流していく。あと何度、私は死ぬのだろうか。蘇るのだろうか。
悪魔は私を『バンダースナッチ』、と称した。全く、上手い事を言ったものだ。
話の中の怪物に噛み付かれたら最後、その知識や記憶、更には言語機能までをも食い尽くされるらしいと聞く。
まさしく今の私そのものではないか。実に……皮肉だ。
こんなことが……
いつまで、続く。
『なあ…………十六夜咲夜」
それでも───私の時間は、まだ止まってはくれない。
【C-2 地下水道/真昼】
【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、体力消費(大)、精神疲労(大)、手足と首根っこに切断痕、腹部に風穴(補修中)
[装備]:DIOのナイフ×11(回収しました)、本体のスタンドDISCと記憶DISC、
洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット2
[思考・状況]
基本行動方針:霊夢と承太郎を護る。
1:霊夢たちはきっと生きている! まずは捜し出す!
2:参加者の誰かに会い、放送の内容を訊きたい。
3:レミリアに会う?
4:墓場への移動は一先ず保留。
5:
空条徐倫と遭遇したら決着を付ける?
6:『聖なる遺体』と大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です。
※能力制限は現状、分身は本体から5~10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※
ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※咲夜の能力である『時間停止』を認識しています。キング・クリムゾンとの戦闘経験により、停止可能時間が1秒から延びたかもしれません。
※基本支給品の懐中電灯、食料、地図、時計など殆どの物が破棄され、地下水道に流されました。
※第二回放送の内容を聴いていません。
最終更新:2020年07月22日 03:05