泣いて永琳を斬れ

「お腹、空いたわね」

誰ともなしに呟いた。レストラン・トラサルディのテーブルに乗っかっているのは、薄汚いデイパックだけ。
料理やお腹を満たすものは、何一つ置いてない。しかし、そのテーブルを囲うイスに座っていた輝夜、幽々子、阿求たち三人は
誰一人立ち上がろうとしないのだから不思議なものだ。ただ皆が皆、黙りこくって、お互いを探るように見つめ合うだけである。
やがて、その三人の中で何かの結論に達したのか、彼らの視線はレストランの壁に背中を預け、
興味なさそうに三人を見つめていたリンゴォに送られることになった。一人の女性は怪我をしているため見栄えがいいものではないが、
残る二人は絶世の美女である。そんな麗人に見つめられるのは、男として光栄なことに違いない。
だけど、当のリンゴォは不愉快と嫌悪の情でもって応えた。彼女たちの視線には、明確な意思が込められていたのである。
しかも、それには呪いのような強制力が同時に内包されていたのだ。

「……分かった。食事を作ってこよう」

リンゴォは顔にこそ出さないが、忌々しげに吐き捨てると、奥の厨房へと入っていった。
その背中を見送る輝夜は目を丸くして、意外そうに呟いた。

「リンゴォって料理を作れたのね」

その言葉には誰も相槌を打ってこない。厨房に消えていったリンゴォは当然のこととして、
同じテーブルを囲っている者から何も返ってこないのは、些か以上に寂しい。
輝夜は多少の憤りを込めて幽々子と阿求を見つめるが、その二人は輝夜以上の冷たい視線を送り返してきた。

「どうしたの?」

はてな、と輝夜は首を傾げた。少なくとも、今までのやり取りで自分が責めを負うようなことはしていなかったはずだ。
そんなことを思った彼女は、遠慮なく正面から幽々子と阿求の非難がましい目を見返す。
すると、幽々子は薄く笑って、親和が欠片もない冷やかな声を口から紡ぎ出してきた。

「本当は永琳と一緒になってから言うつもりだったけれど、残念なことに、ここには彼女は居ないし、
ここに来るかどうかも、この時間になった今となっては、いまいち判然としないから言うわね」

「何をかしら?」

「私は貴方の従者である永琳に殺されかけたのよ」

輝夜は冷たい、じめじめとした不安の風が頭上を吹き抜けていったような気がした。
慌てて彼女は永琳を擁護しようとする。だけど、口は何かに縫い付けられたように動きはしない。
輝夜は渇いた唇を舌で舐めて湿らすと、開くことができなかった口から、ようやく声を絞り出すことに成功した。

「それは何かの誤解じゃないかしら? 永琳が、そんな軽率な真似をするとは思えないのだけど?」

「永遠亭でね、私は永琳の出したミルクを飲んだら気を失ったの。
そして次に目が覚めたら、何と私は外の禁止エリアに寝かされていたのよ。
あらあら、不思議なことがあるものね。それとも私は夢遊病にでも罹っていて、永琳が親身な看病でもしていてくれたのかしら?」

幽々子は、にこやかに告げた。だけど、そこに貼り付けられた笑顔は仮面のように硬く、何の感情も込められていない。
輝夜は幽々子との間に厚いガラス板が立っているような気がした。手を伸ばせば届く距離なのに、
決して触れることのできない見えない大きな壁がある。まるで囚人との面会のような光景が、そこには描かれていた。

「それは、きっと私の為にしたことだと思う」

輝夜は声には出さず、心の中で答えた。永琳の行動目的は、ただ単に頭の中の爆弾解除の方法を突き詰めていっただけだ。
そして最短距離を走らすように焦らせてしまったのは、間違いなく私のせいだ、と輝夜は確信する。
だけど、それをどんな風に告げた所で、目の前にあるガラス板を壊すことなど、できはしない。
輝夜の視線は、彼女の気持ちを表すように段々と下へ向いていった。

「阿求の顔を見てごらんなさい。こんなひどい怪我をして、かわいそうに。これも永琳のせいなのよ」

言いよどむ輝夜に向かって、幽々子が新たに口を開いた。輝夜を難詰するように、幽々子は攻め手を緩めない。
一歩間違えれば、幽々子は死んでいたのである。そこから来る感情のおこりは、決して易々とは鎮められないだろう。
しかし、その台詞には、輝夜に代わって疑問の声を投げかける人がいた。

「え!? この傷は幽々子さんが……」

稗田阿求である。彼女が顔をパンパンに膨らませるとになった闘いは記憶に新しい。
まだ色鮮やかなページを捲ってみれば、阿求と対峙していたのは幽々子だったとすぐに分かるはずだ。
間違っても、永琳ではない。しかし、幽々子は屈託のない笑顔で、こんなことを阿求に言ってくる。

「あらあら、何か言ったかしら、阿求?」

「だ、だから、この傷は幽々子さんが……」

「ごめんなさい、阿求。よく聞こえないわ」

阿求の面前で、幽々子は朗らかに微笑を浮かべた。敵意など全くないはずだが、異様なほどの圧力が感じられる。
これに逆らったら、どうなるのだろうか。悲しいかな、それを予想できないほど、阿求の想像力は乏しくはなかった。

「た、確かに、この傷は永琳さんに端を発していると言えますね」

阿求の発言に幽々子は満足そうに頷くと、再び冷たい視線を輝夜に送った。

「さて、蓬莱山輝夜、貴方は『泣いて馬謖を斬る』という言葉を御存知かしら? 三国志という史書に書かれていることね。
馬謖という将軍が軍律を破った際に、軍師として名高い孔明は腹心の馬謖を涙ながら斬ったという話よ。ふふ、興味深い話よね。
馬謖は有能でもあり、また師でもある孔明に愛情をもって目を掛けられていた。それでも一つの国、一つの軍を維持する為には
責任というものを不問にしてはいけないそうよ」

幽々子がそこまで言うと、輝夜は伏せていた顔を上げた。次に何を言われるのか、理解できたのだろう。
そしてその言葉からは、決して逃れることができないことも。だから、彼女はせめてみっともなくならないように
雄々しく幽々子の口上を待ち構えた。

「蓬莱山輝夜、貴方はどんな風にケジメをつけるつもりかしら?」

予想できた台詞ではあったが、実際に耳にすると、輝夜の肩には責任が重く圧し掛かった。
きっと以前なら、心は凪いでいたことだろう。蓬莱の薬によってもたらされる悠久の歴史。
日々の出来事などワンセンテンスにも満たない、取るに足らないものとして片付けられる。
そしてそんな瑣末なことに、心を動かす理由など、どこにもない。

だけど、今の輝夜は地上に足を下ろして、そこにいる人間たちと同じ時間を過ごそうとする存在だ。
歴史のページに記される内容は、他の人間と同じように筆致を極めた精細なものとしていかなければならない。
つまり、その為には日々の出来事に真正面から向き合っていく必要があるのだ。
そして今日は、従者たる八意永琳のミスに、蓬莱山輝夜は主として決断を下すという旨を、己が歴史書に書き込む日だ。
決して、怠惰で疎かにしてはいけない。そうなれば、他者との間にあるガラス板など、永遠に消えてなくならないのだから。

「ごめんなさい」

輝夜は、やおらイスから立ち上がると、丁寧に深々と頭を下げた。
幽々子はギョッと目を剥いた。輝夜がいきなり謝ってくるなど、全くの慮外のことであったのだ。
阿求にいたっては、イスから転げ落ちそうなほど、あたふたとするばかりで、目も当てられない。
その二人の反応だけでも輝夜の謝罪には十分な価値があったと言えるが、彼女は頭を伏せたまま真摯に詫び言を続けていく。

「貴方たち二人を傷つけてしまったことを八意永琳の主として大変申し訳なく思います。
ですが、私には永琳を斬り捨てることはできません。彼女は私にとって孔明が馬謖を思う以上に大切な人です。
それに彼女は私たちの頭の中にある爆弾の解除において光明に成り得る人です。それを失っては、却って損失となります。
ですから、どうか永琳のことを許してやって下さい」

コトコト、と厨房から何かを煮込む音が聞こえてきた。天井にあるエアコンはゴォー、とやかましく唸り声を上げ、
窓の外では雪がドサリ、と音を立てて屋根から落ちてきた。レストランにいる三人の女性は声を発しない。
彼女らは時間から切り取られたかのように、ただだんまりとその静謐を過ごしていた。
しばらくして、幽々子が軽く咳払いすると、壁に掛けられていた時計の秒針がカチカチ、と音を響かせてきた。
輝夜は目を伏せたまま、息を呑んで、幽々子が次に放つ言葉を待ち受ける。

「つまり、貴方の謝罪一つで全てのことを水に流せと?」

幽々子が言ったことは冷酷で、そして当たり前のことだった。輝夜の謝罪は自分の都合ばかりを考えての発言だ。
それを許容できなくても不思議はない。永琳を斬る以外の方法で、相手の容赦を得ようというのが、
そもそもの話からして無理なのかもしれない。だけど、そんな解決不可能な難題を目の前にして、輝夜に訪れた感情は喜びだった。

彼女の内に思い起こされたのはリンゴォ・ロードアゲインの姿だ。図らずとも、輝夜は彼の精神を壊してしまった。
そんな彼は輝夜を前にして涙を流し、鼻水を垂らし、涎を撒き散らし、みっともなく足掻き苦しんだ。
嗚咽を繰り返していた姿をみるに、リンゴォは一体どうしたらいいか分からなかったのだろう。
そしてその時の彼の気持ちが、輝夜には共感という形で、ようやく理解できたのだ。
彼女もまた幽々子を前にして、何をしたらいいか分からなかったのだから。

この共感と理解は、妹紅と同じ死を追体験する時に、きっと役立つだろう。
迫る現実に抗えない無力さ。それを土台にして、妹紅は恐怖を抱きながら何度も死んでいったのだろうから。

「何か言ったらどうなの?」

幽々子の言葉によって、輝夜は現実に引き戻された。今は妹紅のことより、永琳を助けることが先決だ。
だが、ここで何を言えばいいのか、あるいは何をすればいいのか、その答えは皆目見当がつかない。
輝夜は目を閉じてみた。そこは深い、暗い海の底。光さえ届かない場所で、輝夜は静かにたゆたっている。
このままでは、いずれ溺れ死んでしまうだろう。生きる為には、息を吸う為には、必死にもがいて、上へと行かなければならない。

そこで輝夜は目を開けた。唐突に理解したのだ。ここで何をすべきなのかを。
あの時、リンゴォも、そうしていたではないか。涙を流しながら、必死に抗うリンゴォ。
その姿は滑稽で、無様で、この上なく恥ずかしい。だけど、そんな風にみっともなく足掻くことこそ、生きるということなのだ。
それが人生なのだ。だから、私も今日をみっともなく足掻いてみよう。そう決心した輝夜は、極自然に両膝を床につけていた。
彼女の動作によってフワリ、と長い髪が空中に広がったかと思うと、それも重力に従って床に落ちていく。
そこは皆が雨と雪でぬかるんだ道を歩いた足で踏んだ場所だ。泥がへばりつき、お世辞にも綺麗とは言えない。
だけど、輝夜はそれに構うこともせずに、両手をも床につけた。

「永琳にも貴方たちに必ず頭を下げさせることも約束します。だから、どうか彼女を許してやって下さい。お願いします」

峻厳な面持ちで、輝夜は自らの額も泥だらけの床に付けようとする。
かつての高貴な身を思えば、その卑しい姿は最早物笑いの種にしかならない。
だけど、輝夜には躊躇いの気持ちなど、微塵もなかった。

「いや、そこまでしなくていいですからね、輝夜さん!! 私たちは、そんなに怒っていませんからね!!」

輝夜の頭が完全に下がる前に、阿求が彼女の身体に飛びついた。阿求の心の中は罪悪感で一杯だ。
阿求は輝夜に寄り添い、彼女をここまで追い込んだ幽々子に勢いよく文句をぶつけた。

「どうするんですか、幽々子さん!! これじゃあ、私たちの方が悪者みたいですよ!!」

幽々子を見てみると、彼女は額に冷や汗がびっしりと浮かべ、しきりに目を泳がせていた。
そもそも幽々子には、輝夜を本気で責めようなどとは思っていなかった。
別に輝夜が永琳を教育して育てたというわけでもないのだから、それも当たり前の話だ。寧ろ、そこら辺は逆の可能性が高い。
従って、例に挙げた孔明と馬謖とだって、どこまで輝夜と永琳との関係に対応していたかも怪しくなってくる。
だからこそ、その話を持ち出した時は、何か軽口が返ってくるのではないかと幽々子は思っていたのだが、思いのほか、真面目に受け止められてしまった。
しかし、ここで「うそだよ~ん、冗談だよ~ん」などと言って、輝夜を指差して笑ったら、幽々子は殺されても文句は言えないだろう。
仕方がない、と幽々子は軽く咳払いすると、努めて真面目な表情を浮かべ、情感たっぷりの優しい口調で輝夜に述べた。

「貴方の気持ち、しかと伝わったわ。それならば、貴方は貴方の役目を全うなさい。それが責任というものよ。
そして私も責任をもって言うわね。永琳が謝ってくれれば、私は彼女を許すことを、ここに誓うわ」

幽々子は慈愛に溢れる笑みを浮かべ、跪く輝夜に向かって、そっと手を差し伸べた。
輝夜がおそるおそる手を上げると、それは幽々子の手によって、しっかりと掴まれる。
そこには両者を隔てる透明なガラス板など、どこにもなかった。



まぁ、幽々子の真意を知っていた阿求は、物凄く冷めた目で、彼女の寒々とした演技を白々しく見つめていたが……。



【D-4 レストラン・トラサルディー/午後】

西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:お腹がぐぅー
[装備]:白楼剣@東方妖々夢
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:食事はまだかしら?
2:輝夜らと共に永琳に会う。
3:永琳に阿求の治療をさせる。
4:花京院や早苗、ポルナレフと合流。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。
※八意永琳が謝罪したら、彼女を許すつもりです。


【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:疲労(中)、全身打撲、顔がパンパン、服が生乾き、泥塗れ、血塗れ
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、生命探知機、エイジャの残りカス@ジョジョ第2部、稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:幽々子さん……。
2:輝夜さんと共に永琳さんに会う。
3:メリーを追わなきゃ…!
4:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
5:手記に名前を付けたい。
6:花京院さんや早苗さん、ポルナレフさんと合流。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※西行寺幽々子の攻撃のタイミングを掴みました。


【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号@ジョジョ第3部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:永琳に謝罪をさせる。
3:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
4:ホル・ホースって、“あの漫画”のキャラだったような……
[備考]
第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました。
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。
※生きることとは、足掻くことだという考えに到達しました。


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:精神疲労(小)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:皆の食事を作る。
2:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
3:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。



181:和邇の橋 投下順 183:鬼人サンタナ VS 武人ワムウ
181:和邇の橋 時系列順 184:黄昏れ、フロンティアへ……
164:路男 蓬莱山輝夜 189:また来年も、お月様の下で。
164:路男 リンゴォ・ロードアゲイン 189:また来年も、お月様の下で。
164:路男 西行寺幽々子 189:また来年も、お月様の下で。
164:路男 稗田阿求 189:また来年も、お月様の下で。

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最終更新:2018年08月03日 23:39