黄昏れ、フロンティアへ……

古明地さとり
【真昼】B-5 果樹園小屋 跡地


 妹・古明地こいしはどのような心の変遷を経て、第三の眼を閉ざしてしまう非業に陥ったのだろう。
 姉として。家族として。それを考えない日は無かった。
 サトリ妖怪の生を受け、他人から忌み嫌われる宿命とも言うべき業を背負っていた妹は、自らのひ弱な心を守るため、いつしかその眼を静かに閉じた。
 たとえ姉であっても。家族であっても。そして同じ業を背負ったサトリであっても。
 きっと、妹が受けた苦痛は共有できない。こいしがどんなに重く潰れた胸の内を抱いていたとしても、それを真に推し量る事など出来やしない。


 この世には、同じ『痛み』など一つとして無いのだから。







『■……! ■■■■■■……■■■■■、■■■■■■……!』


 痛烈に伝わってくる黒い記号から逃げるように、古明地さとりは文字通り、第三の眼を背けた。その感情は……覗くまでもない。聖白蓮の『哀しみ』だ。


『……■■■■■。■■■■■、■■■■■■。……■■■■■■、■■■■■■』


 眼を背けた先に、もう一人の感情が押し寄せる。秦こころのものであった。
 自分には、彼女たちの心を読む資格などない。資格も無ければ、視覚だって潰したい程だった。出来ることなら。

(もう、要らない……こんな視覚(モノ)が、一体なんの救いになってくれるというの……!)

 幾度、同じ思いをしてきただろう。
 他人の心など覗いたって、ロクなことになりやしない。覗かれた方も、覗いた方も。


 例えば。“あの時”、さとりが寅丸を糾弾しなければ。
 再び正義を歩まんとする彼女の道を遮り、毒吐き、責め立て、必要以上の口撃を加えたりさえしなければ。

 もしかしたら、寅丸星は死ぬ事は無かったのかもしれない。
 もしかしたら、こころを助太刀しに現れたポルナレフという男も殺される事は無かったのかもしれない。
 それを、考えずにはいられない。

 さとりが寅丸の心の内など読んでしまったばかりに、溢れ出る恨み節を塞き止める術は消えた。あの行為さえ無ければ、寅丸は何事においても間に合ったのではないか。そして、宝塔の加護を失う体たらくも犯さずには済んだのではないか。
 さとりが私怨に駆られた語リなど犯したばかりに、誰も彼も殺がれ死ス事になったのではないのか。

(だとしたら、あの場で私のやった事なんて…………)

 無意味、であるだけならどれほど気が楽になれただろう。
 全てが終わり、残った者達の話を聞き終えたさとりに生まれた感情は、後悔であった。


 愛弟子の寅丸に逝かれ、窮地を救ってくれた見ず知らずの男に逝かれ、白蓮もこころも大きく傷ついた。
 白蓮は、泣いていた。嗚咽を鳴らす醜態ほどは見せなかったが、愛する者の死を知り、内から込み上がる雫を抑えきれるほど彼女は薄情ではなく、また逞しくもなかった。
 こころも同じく涙を流していたが、彼女は表情豊かなポーカーフェイス。姥の仮面で顔を隠し、その下では無表情の瞳が玉のような雫を零しているのだろう。

 そんな二人の姿を、さとりは直視出来ずにいる。故に、心の内など見えないし、見ようともしない。

(あなた……『救う』って、言ったじゃないですか。その結果が、これなのですか。
顔も見たくないって、確かに言いましたけど。それにしたって、あんまりじゃない……寅丸さん)

 灰となった寅丸星。彼女の纏っていた、焦げ付いた僧装のみが爛れた地面に転がっている。
 そこに膝を付く白蓮の背中を呆然と眺めながら、さとりはその様な身も蓋もない心情を浮かべる。

 まるで他人事のような。原因の一端は間違いなく自身にあると自覚してなお、寅丸に対し毒のようなモノをそっと吐く。またしても、吐いてしまう。
 何を言おうと、何を決意しようと、寅丸が家族を奪った事実は不変のままだ。さとりの中でその楔が抜けない限り、彼女の死は自分にとって、胸のすく快事とまではいかないにしても、『来るべき仕打ちが訪れた』という物事のひとつでしかないのかもしれない。
 無論、ある種の空虚感はさとりにも存在する。だが結局は、寅丸は地霊殿にとっての『罪人』の一人であり、こうなる事もさとりは心のどこかで望んでいたのだろう。
 罪を償って欲しかったという気持ちと、死を以て裁かれるべきだったという相反する気持ち。その両性が、さとりの内でせめぎ合う。

 だからさとりは、真実思うのだ。
 この醜く腐った心の中を、今だけは誰にも覗かれたくない。
 本当に、他人の心を読む業など……敵しか作らない。
 ここに、自分以外のサトリ妖怪が居なくて本当に良かった、と。

 もしそんな存在が居れば───妹のように、自分も第三の眼を自ら閉ざしていたかもしれない。
 痛みから逃れる為に。敵意に耐え切れなくなった自身の心だけは、守り通す為に。きっと殻に閉じこもっていただろう。
 あるいは、それが最善なのかもしれない。無二の苦しみから目を背けたこいしは、幸福の形を取っていたのかもしれない。ここに居たサトリ妖怪が自分などではなく、妹であったなら……きっとこんな事にはならなかった。


(皮肉以外の何物でもないわね。特に、こんな気持ちは彼女だけには見せるべきじゃないもの)


 目線の先に座り込む聖白蓮を虚ろの眼で見据えながら、さとりは心の鉛毒をしまい込み、誰にも覗かれないようそっと鍵を掛けた。
 “自分のせいでこんな事になったのかもしれない”などという、後ろめたい言葉や真実と一緒に。

 そしてさとりはこの瞬間、出口(こたえ)の無い迷宮に彷徨い込んでしまったのだ。
 家族を奪った寅丸星を人殺しと罵り、悪と断じて蹴落とし、結果的に彼女には『バチ』が当たった。
 寅丸の命は、間接的にさとりが奪った様なものだ。
 一方で、寅丸星聖白蓮の関係とはどういったものだったか。寅丸の心を覗いた時に視えた『声』は、後暗い感情と共に白蓮への深い愛が垣間見えた。
 さとりは敢えてそれを否定する言葉(ウソ)を寅丸に被せ──本当に間接的にではあったが──彼女と白蓮の間にある絆とも言うべき繋がりを、引き裂いてしまったのではないか。

 寅丸がお空を殺害し、家族を奪った事と同じ様に。
 さとりも寅丸を攻撃した事で、聖白蓮の家族を奪った。
 寅丸の場合は『愛する者を守る』という、身勝手でありながらも彼女なりの名目が存在した。
 自分はどうだ。ただ寅丸が憎い。それだけの理由で、一つの愛を引き千切り壊した。

 どうしようもない、憎しみの堂々巡り。その連鎖が、また一つ悲劇を生んでいく。
 目の前で悲哀に暮れる白蓮も、犠牲者となってしまった。

 一体どうすることが最善であったのか。本当に、端から妹のように心を閉ざしておくべきだったのか。
 答えなど、今となっては知りようもない。
 自らの暴走した感情が引き金となって、貴方の家族は死ぬ事となりました。申し訳ございません。
 こんな真実を、白蓮に伝える事など出来るわけがない。

 だからさとりは真実を心にしまい込み、鍵を掛ける。
 弱い故に。臆病が故に。
 ほんの一言、「ごめんなさい」とだけ。蚊の鳴くような声で、ボソリと漏らし。

 白蓮が、僅かに反応した……様な気がした。
 それを見なかったことにしたさとりは、出口のない迷宮に不都合な真実を押し込み、自らも再び彷徨い始める。


 ──────涙みたいにしょっぱかった雨が、止んだ。


            ◆



「アイツらを追うの?」


 やがて意を決したように、白蓮は立ち上がった。力強さすら感じ取れるその後ろ姿を見て、こころは声を掛ける。
 白蓮とは対照的に、こころの体は弱々しい。その手に抱くは、焼失したポルナレフの唯一残った肉体の欠片。四肢の先端であった。

「…………星がこうなってしまったのも、全ては私の未熟ゆえ。足りなさが招いた、悲劇です」

 呟くその瞳に残る、雫の通った痕だけが痛々しかった。さとりは依然として第三の眼を閉じながら、雨が晴れゆく方角を望む白蓮の横顔を、窺うように視界に入れて言う。

「……今回の件は、貴方のせいではありません。そんなに自分ばかりを、責めないで」

 自分が自分で、よくぞこんな台詞を吐けたものだと嫌になる。こんな事を厚い顔して宣える、我が心中に彷徨う『真実』を……白蓮が知ったらどう思うだろう。
 聖白蓮についてさとりは、よく知っている訳では無い。だが、たまに地霊殿に帰ってくるこいしが、命蓮寺の事をよく話していた。そこには住職である彼女についての人柄も、話題として当然よく挙がる。
 全てを受け入れる寛容と、無際限の優しさ。たぶん、さとりの内に澱む真意を知ったとしても、彼女は宇宙のように広いその心で受け入れてくれるんじゃないかと。
 さとりはふと、身勝手な期待を抱くのだった。
 そして、己の罪を認めるという恐ろしさ故に言葉には出さず、抱くに留めた。


「……プッチ神父と静葉さんは、確認した限りでは北東の方角へ飛んで行ったようです。あの飛行石が自由な操作の利く代物でなければ、私の脚なら追い付けない事もないかと思います」


 背の高い魔法の森の木々に阻まれ、今や追跡不能だと思われていた神父と秋の神。白蓮はこの様な結末を迎えながら尚、彼らの逃亡先をしっかりと刻んでいたらしい。
 彼女の決起とした瞳に潜むのは、敵意・憎しみの類か。それとも、自責の念か。その動力が自己犠牲の精神から成る物であれば、このまま彼女を向かわせるのはあまりにも。

「一人で行くの? そんなの、危なすぎる」
「さとりさんは見ての通り、長距離を歩ける身体ではありません。ジョースターさんも意識不明……私が行くしか、ない」

 心配するこころをそっと宥め、白蓮は固く意思を決める。今なおさとりの肉体──主に腹部に起こる謎の現象。そして突如現れたスタンドに円盤を奪われ、肉体が停止したジョナサン。楽観的に見ても、とても全員でパーティを組める状態ではない。
 白蓮の提案は、彼女単騎による神父らの追跡。可能ならばそのまま攻撃し、ジョナサンのDISCを奪い返すというもの。

「状況から言って、件の……『スタンド』でしたか。さとりさんの目撃した白い人型像の本体は、プッチ神父でしょう。ならば彼がジョースターさんの円盤を所持している筈」

 先の戦闘。白蓮こそが圧倒的優位に見えていた裏ではその実、全てがプッチの掌の上であった。手玉に取られていたのは、スタンドなる切り札を知らずに勝った気でいた自分の方。
 少なくとも、プッチを完封した時点で拘束などに留めず、完全無力化……念を押すなら、殺害していたならば被害の拡大は防げただろう。


───『もし君が己の『正義』を謳うなら……すぐにでも私を殺した方がいいという事さ。私はいつだって覚悟をしてきた。君の甘ったるい似非正義よりかは、堅い覚悟である筈だ』


 神父の語った言葉が、今になって染み渡る。彼はただ単に時間稼ぎで悠長な会話をしていたのではなく、白蓮の本質をある程度見抜いていた。
 不殺の信念。殺さずの道徳。人として当たり前の、戒律以前の倫理観が……時と場合によっては『正しくない』。不殺もまた、人を殺すのだと。
 確固たる目的を持って、正しい力を揮う。寅丸にも語ったその行いが、幾多もの悲劇を生んだ。

(私の中の『正義』は……間違っていたのでしょうか)

 いつになくひ弱で、自信を失いかける白蓮。そんな自分にも、出来ることはまだある。山のように、残っている。
 助けられる命がある。救える者が、今度こそ手の届く範囲に眠っている。

 勇気ある若者スピードワゴンは死の間際、聖白蓮の瞳を仰ぎながらこう評した。

───『アンタの瞳には…ジョースターさんと、同じものを見たんだ』

───『どんな困難にも屈せず、真っ直ぐに信念を貫き通す……“黄金の精神”って奴を、よ』


 真っ直ぐに信念を貫き通す。今の己にそれが出来ているだろうか。


(……私は私自身に問う。私の掲げる『信念』とは、『正義』の中にこそ在り)


 目的を決して見失うな。
 スピードワゴンの尊敬したジョナサン・ジョースターの命を散らせるな。
 黄金の精神。彼の語るそれこそが、きっと……この腐りゆく血生臭い世界に射し込む、一条の光。


「ジョースターさんは、まだ助けられます。私が必ず何とかしますので、お二人は此処で待っていてください。……すぐに戻ります」
「私も───っ」
「動けないジョースターさんとさとりさんを、残していくわけには行きません。ご理解の程、お願いします」

 こころにも思う所があったのだろう。白蓮との共闘を申し出ようとするも、すぐに却下された。無表情の口が噤むも、その理由など単純にして明快だ。
 それに白蓮という女は、これで相当に手練だ。人間的な甘さを除外すれば、肉体的な戦力はこころ一人の枠が空いた所で問題にもならない。機動力という点から見ても、単独の方が尾行には適している。

 よって、聖白蓮の単独行動を止められる術はない。


「星と、ポルナレフさんの弔いをお願いします」
「待ってください。白蓮さん、これを持って行ってください。……本来は貴方の物、ですよね?」


 さとりがデイパックの中から取り出した物は、一見すればただの巻物。説明メモによる所の『魔人経巻』と謂われるそれは、ただでさえ高位の魔法使いである聖白蓮の法力を万全100%の力まで引き出す代物である。

「これは……私の魔人経巻……! 貴方が持っていたのですか」
「どうやら私の支給品のようです。……ずっと、ジョースターさんが預かっていてくれました」

 死んだように横たわる巨躯。彼の大きな肩に、さとりはそっと手を当てた。
 思えばゲームの開幕、あの悪魔から致命傷を与えられて以来、ロクに荷物を確認する暇もなかった。大恩人である虹村億泰、ジョナサンらがデイパックを持っていてくれなければ、この魔人経巻とやらも白蓮へ渡ることもなかったろう。
 その恩人である二人へと、感謝を示すことすら今は出来ない。少なくともジョナサンへと礼を告げる手段は、白蓮があの円盤をその手に取り戻す以外に無さそうだ。

「私は……このジョースターさんには大きな借りがあります。人任せとなってしまいますが……どうか、無事に戻ってきてください」

 全ては白蓮次第。加勢の難しいさとりには、こうして頭を下げ、頼ることしか出来なかった。

「ありがとう、さとりさん。それでは、行って参ります。
……一刻経って私が戻らなければ、ここから離れて安全な場所へ向かってください」

 戻らなければ。つまりは、神父らの追跡をしくじり、返り討ちにあってしまった場合を言っているのだろう。
 想定しておくべき事態なのは理解している。それでも、危険な役目を彼女一人に任せておく事が今のさとりにとっては心苦しかった。こころに至っては、なまじ戦える余力の残っている分、尚更だろう。

 これまでにないような、意志の強さと不安定さが同居した……そんな瞳を目的へと向ける白蓮。
 彼女が走り駆け───しかし、ふとその足をピタリと止め、背中越しに喋る。


「───星からは、全てを訊きました。……懺悔や謝罪などで赦される過ちだとは到底思いません。彼女の暴走の源には、私という存在が在ったからこそ」


 脈絡もない言葉が、白蓮の口から紡がれた。さとりはそれが、彼女の家族に対してやった寅丸の行為を示しているのだと、すぐに分かった。


「この罪は、星と共に生涯をかけた償いで以て……そう考えていましたが、今となってはそれすらも。こんな事を言える立場でない事は承知ですが……本当に、無念の極みです」


 お空に関してのあれこれを、白蓮へとぶつけるのはお門違いなのかもしれない。しかし、根本的な部分で……やはりさとり自身の感情は、寅丸と密接な関係にある聖白蓮を潔白として見るには無理があった。

 本当の所は、彼女に対して善い感情を抱くのも難しかった。
 けれども私怨のあまり、さとりが寅丸にやってしまった“かもしれない”行いを考えれば、自分に誰かを責め立てる権利など無いという事も、むず痒い程に自覚できる。


「今この場で私の口から言える事は二つ、御座います。
 空さんの件……誠に、申し訳ございませんでした」


 長く麗しいグラデーションの髪を翻し、白蓮は振り返った。
 深く頭を下げる動作には、一切の見苦しさも、露ほどの体裁振りも見掛けない。張り裂けそうなぐらいに心を痛めているのはさとりだけではない事が、痛いほどによく分かる。


「そしてもう一つ。……星に降り掛かった不幸については、決して貴方のせいではありません。貴方は……何も悪くなど、ないの」


 心臓が、痛んだ。
 見抜かれて、いたのだ。彼女はさとりが内に隠した『罪』を察していた。
 さとりと寅丸の間に発生した確執は白蓮にも予想できる所ではあるが、それが原因で起こった悲劇について、さとりは話していない。話せるわけがなかった。
 相手の気持ちを汲む。固く閉ざした心を強引に覗くのでなく、幾年もの年月を掛けて培ってきた豊富な徳と裁量で、罪人の心を抱き包むように『悟る』。
 白蓮が極自然に成した事は、サトリ妖怪のさとりにとって……生涯をかけてでも辿り着けない非凡な境地。対極の位置にある『慈愛の眼』だった。

 ガン、と。胸を杭で打たれたような衝撃が全身に走る。そして同時に、震える息が喉からゆっくりと吐き出された。

 安堵、なのだろうか。
 罪を赦すという行為。それは古明地さとり寅丸星に対し、決して認めようとはしなかった似非正義。断固として肯定を避けた、やってはいけない行為とまで断じた行い。

 それを今、白蓮本人の口から今度はさとりに対して。

 “家族を奪った罪”という許されざる非道。それへの咎どころか、逆に気遣われるという仏心に、得も言われぬ動揺にさとりが意識を奪われていると。



───気付けば白蓮の姿は、既にそこから消えていた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

【B-5 果樹園小屋 跡地/真昼】

聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、濡れている
[装備]:独鈷(11/12)@東方心綺楼、魔人経巻@東方星蓮船
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1個@現実、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:プッチらを追い、ジョナサンのDISCを取り返す。
2:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
3:ぬえを捜したい。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
リサリサ洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。
※スタンドの概念を少しだけ知りました。


〇支給品説明
『魔人経巻@東方星蓮船』
聖白蓮が魔界封印時代、暇だったから作り上げた武装。巻物であるが、紙媒体ではなく純粋に呪文が巻物になっている。
紙でないので劣化や重量は存在しなく、また振りかざしただけで唱えた事になる『オート読経モード』も搭載されている。


ホル・ホース
【午後】B-5 魔法の森


 射命丸文ジャイロ・ツェペリの両名と別れ、長らくぶりに単身となったホル・ホース。彼は長く浸かった暗殺稼業のおかげか、思考のスイッチを完全に切り替えることが出来ていた。
 文との関係はあれで完全に『オシマイ』。自分がやれる事なら必要以上に世話をしてやったつもりだし、彼女が『ゼロ』への道を歩き出すとしたなら、相方は自分ではない。冷たい言い方だが、文が今後どこかで野垂れ死ぬ事があっても、それはここから先自分には関係ない。
 世界中に女がいる事を自慢げに言う彼だが、基本的には昔の女を引き摺ったり焦がれたりするのは信条に反する。まだまだ精神の不安定な文との関係をすっぱり断ち切ったのも、引き摺ることを良しとしないからだ。
 だからこそ、今の彼は単独という現状の危うさを完璧に理解しているし、スイッチの切り替えが重要だという人生教訓も肌に染みていた。


(あの黒煙は……どこぞのアホが昼メシにサンマでも焼いてるんじゃなけりゃあ火事の煙か。戦闘のあった証拠だが……)


 既に『皇帝』は抜いている。辺りに漂う焼け焦げ臭も、先程まで降っていた雨によって半分程掻き消されているが、嗅覚を不能とする程度の機能は果たしている。地面に向けて広く落ち行く白い斑の塊が、視界の乱雑さを増していく。
 現場をこっそり窺うにはおあつらえ向きの環境だ。どちみち、臆病風に吹かれてここをスルーするという選択肢は自らの道も狭めることになる。


 ホル・ホースにとっては昔の女。いや、見た目も精神性も青臭いガキだったのだから、女の基準にすら達していない。
 その幽谷響子の生意気な意志を蔑ろにするなどという生き方も、本来の彼にしてみればアリなのかもしれない。
 だが、その路を歩くにはどうにも癪に障る。
 ただそれだけ。ホル・ホースが黒煙の立ち昇る現場に向かおうとする理由など、それだけだった。

 聖白蓮に会って仁義を貫き通すまでは、庇われた少女との関係は終わってなどいないのだから。


            ◆

 持ち前の警戒心を最大限発揮しながら火事の現場に近付けたホル・ホースは軽くギョッとした。地図にある通りの果樹園小屋が燃え盛っているのは予想していたが、炎の様子が少しおかしいのだ。
 殆ど消火し切ってはいたが、炎の色が墨の如く黒かった。墨色の炭と化していく普通でない光景を作り上げた下手人も、きっと普通でないのだろうな。ホル・ホースは草葉の陰から遠目に観察し、そんな感想を抱く。
 何となくだがあの黒い焔に近付くのはヤバい気がする。自然発生的に生まれた火災ではないだろうから、人為的な火事だろうか。スタンド使いであれば、それも可能かもしれない。
 ホル・ホースは『炎』が苦手である。大抵の生物は本能的に火を嫌うのだろうが、能力の相性の話だ。以前の相方J・ガイルと共にかのジョースター一行を始末しに向かった時だって、真っ先に危険視したのは炎を扱うアヴドゥルだった。
 そもそも炎を操る能力が強くない訳もなく、たとえスタンド使いだろうが妖怪の類だろうが、相性の良し悪し関係無く、そんな化け物と遭遇すればホル・ホースは一目散に退散する。No.2に収まることを義務付けられた彼にとって、持ち上げるべきNo.1の人材が不在である現状は恐ろしく不安でしかない。

(何処だ……? 『これ』をやった奴ァ。やられた奴でもいい、とにかく情報が欲しいな……)

 火災の進行状況を見る限り、それなりに時間は経っている。ドンパチやってるような音も聞こえなかった。既に『終わった後』だろう。
 戦力が不十分である今、ホル・ホースの希望としては『やられた側』に接触をしたい所ではある。最悪、死体でも構わない。その死体が目的人物の聖白蓮、または寅丸星で無ければ、取り敢えずは今後に然程の悪影響は無いのだ。

 ふと、視界の奥で何かが動いた。全焼を遂げた小屋周辺ではなく、もっと奥の林に差し掛かる場所だ。
 銃達者が悪視力では話にならない。熟練の狙撃手である彼は、この距離・天候の中でも遠くに居る人物の大まかなシルエットが確認できた。

「女……しかもまーたガキんちょか。二人いるみてーだが」

 背格好からして少女だ。とはいえ油断は出来ない。ホル・ホースがこれまで出会った少女は殆ど全員妖怪だ。男の妖怪ってのはいねーモンなのかと、どうでもいい疑問がさっさと頭を掠め、別段野郎なんぞ見たいわけでもねーと思考を捨てた。
 とまで思った所で、少女二人の傍らに何か人体が倒れている様も発見した。今度は間違いなく男性の体つき。しかし動かない所を見ると、お昼寝に勤しんでいるなどという妄想で無ければ既にくたばっているのだろうか。

 少し、きな臭くなってきた。あの男が死体であるなら、ここの襲撃者はまさにあの少女二人だという可能性は無視出来ない。
 とはいえ、ここまで来て回れ右する訳にもいかない。とにかく、近付いて様子を見なければ情報収集もままならない。余計な警戒心を与えないよう、握っていた皇帝は一旦消し、けれどもすぐに再発動できる心構えは怠らない。

 ゆっくりと足を運び……次第に彼女らの姿が鮮明になっていくにつれ、ホル・ホースは少女達の様子が敵意や殺意に塗れた異端者でなく、何らかの争いごとに巻き込まれた故の疲労や喪失感をやんわり感じ取れた。

 生気が見られない。
 余程の消耗か、ダメージを受けたかだ。
 意を決して、男はなるだけいつもの調子を演出しながら前に出る……


「近付かないで。……誰、です?」


 ───寸前で、紫髪の方の少女に止められた。


「……悪かったよ。別に驚かそうとして抜き足差し足だったワケじゃねえ」

 両手を軽く上げながら、自分に敵意が無いことを伝える。背中に目でも付いてるのか、ホル・ホースの忍び足を容易く察した少女が振り返った。

「貴方に明確な目的が無いのなら、ここから立ち去って下さい。今は、あまり人と話す気分ではないの」

 何とまあ、その少女には背中に目が付いていた。正確には、浮遊する眼球らしき物体がコードに繋がって、睨み付けるような視線を自分に向けている。
 随分と排他的な第一次接近遭遇を受けてしまった失態よりまず、少女の腹部に目が行ってしまう。
 どう見ても妊婦で、どう見ても第二次性徴期が始まったかどうかという年齢に見える。妖怪の性にまつわるアレやコレの知識など皆目知らないホル・ホースなので、取り敢えず『こういう妖怪』なのだと適当な解釈をして、その件は置いておくことにした。

 次に、こちらの方がかなり重要な問題な気がする。


「そうかい。じゃあ、一つだけ。
 お前さん……『妹』とか居なかったかい?」


 クワ、と。妊婦の方の少女の目が一気に見開かれた。
 当たりだ。彼女が纏う『目』のような物体に見覚えがあった。容姿や服装にも面影がある。


 廃洋館で骸を晒していた『古明地こいし』。目の前の少女は、こいしの姉だ。お燐からもその存在は既に聞いていた。


「貴方……こいしを知っているの!?」
「知ってるって程じゃねえ。ただ……ほんの少し『縁』はあった。お燐からもアンタの事は聞いている」


 人脈は、やはり作っておくべきだ。各地で女を作ってきた遊び人である彼も、ただ欲のままに女遊びに勤しんできた訳ではない。地道に拡げたコネクションが思わぬ場面で窮地を救うという事を、その人生で学んできたからだ。
 お燐と友好関係を築いていたのがここに来て効いてきた。これは情報を引きずり出すチャンスだと、心の中でガッツポーズをしながら会話を繋いでいこうとするも……

「そう、でしたか…………分かりました。ならば、少しだけこちらに近付いてもらえますか? 勿論、手は上げたままです」

 少女の方から、少し得体の知れない要望が飛び込んできた。わざわざこちらから近付かなければならない理由が、悪い意味でしか浮かばない。しかも手を上げてときた。

「……そりゃまた一体、何故?」
「危害は加えません。あとほんの一、二メートル程度で構わないわ」
「さとり。このおじさん、大丈夫なの……?」

 もう一方の、何故か仮面を頭に被せた少女が不安げに訊ねる。大丈夫なの?は完全にこちらの台詞なのだが、いざとなれば皇帝で牽制すればさしたる問題も無い。
 ホル・ホースは大人しく、少女の言う通りに手を上げながらゆっくりと歩を進めた。

「そこで結構です」
「そうかい。で、オレはこの後どうすりゃいい?」
「質問します。こいしとの縁、というのは?」
「……北東にある寂れた洋館。オレはそこでお燐の嬢ちゃんと一緒に、妹さんの亡骸を見付けた。遺体は、今は嬢ちゃんが運んでいる」

 記憶から鮮明に浮かぶ古明地こいしの遺体は、酷い暴力を振るわれたようにズタボロだった。物理的に痛々しい傷と腫れを帯びた身体は、見るも無残といった成れ果てであり、それを姉である目の前の少女に伝えるというのは何とも憚られる。
 と、肉親に起こった悲劇を、いかにマイルドな表現で彼女へ報告するか悩むホル・ホースを余所に、少女の様子が一変した。


「……ご、めん……なさ、……っ」


 唐突に俯き、悲嘆に暮れた湿り声を絞り出し始める。しまった……!と、ホル・ホースは己の迂闊な手順を悔やんだ。
 こいしの名前が呼ばれた放送を終えたこのタイミングで、妹の話題をいきなり切り出したのは如何にもデリカシーに欠けていた。荒野のナイスガイが聞いて呆れると、この空気をどうフォローしようか焦りだすホル・ホース

「…………いえ、本当、に……大丈夫です、から」
「いや、大丈夫っつってもオメーさん……オレが悪かったぜ。すまねえ、無理もねえ話だ」
「違うの……ちょっと『覗いて』みただけ、だから」
「覗く?」
「……とにかく、お燐──ウチの者がお世話になったようですね。礼を言います」

 少し不自然の混じった会話の流れを露骨に切られ、少女は小さな体格をぺこりと折り曲げて謝意を示した。膨らんだ腹部のせいで、どうにもやり辛そうではあったが。

「申し遅れました。私は古明地さとりです。こちらは秦こころ
「ん……こころ、です」

 さとりと名乗った少女にはどこか気品さと礼節さが備えられているようで、教養というものを感じられる。一方でこころという少女の方は、辿々しい。内気な性格なのか、小さく頭を下げただけでそれ以上の自己紹介を続ける気はなさそうだ。

 出会い頭の何とも言えない空気感は喉奥に引っかかった小骨のような違和感はあったが、少女二人に危険性は無い。そう判断したホル・ホースは、自己紹介を適当に終えると、早速本題に移ってゆく。

「ここで何があった? そっちで転がってる兄ちゃんは死んでンのかい?」
「そうですね……色々な事が一度に起きましたが、まず彼は、恐らく死んではいません」
「微妙な言い方だな」
「実際、微妙なのです。既に心臓は動いておらず、死んだも同然の肉体なのですから」
「……そりゃあ確かに不可解だ。それで『死んではいない』と言うのも奇妙な表現だからな」
「仮死状態。そう仮称するのが最も適切な表現でしょうか。彼は……ジョースターさんは、肉体の活動が停止しているようです」
「へぇー…………ん?」

 正直、どこぞの見知らぬ誰々さんが死にかけですと言われて慌てふためる同情心などホル・ホースには無い。
 しかしそこで死にかけの男が、どこぞの見知らぬ誰々さんという訳ではない情報が今サラッと流された事については、流石にスルーできない。

「ジョースターだって? そいつが? ……マジ?」
「知り合い…………という訳ではなさそうですが、どうやら奇妙な縁をお持ちのようですね」
「ん、ま、まあな。オレの知り合いにも同じ『ジョースター姓』が居るもんで、ついな」

 不意打ちで思わず取り乱しかけたが、確かにそこで寝ている体格の良い大男は、一応は宿敵のジョースター共と似たツラをしている。
 ついでにこのさとりなる少女、さっきから妙に視線が熱い。横に構えた謎の単眼球の存在が鬱陶しいというか、心の中まで視られてるんじゃないかという不安に駆られるのだ。寝る時もいつも一緒のクマちゃん人形みたいな相棒なのかもしれないが、不気味なので出来れば仕舞ってほしいものだが。

「……そうですか。では仕舞っておきましょう」

 仕舞われた。何も言ってないのに。
 何となく、ホル・ホースの中にこの少女へのある疑惑が芽生え始めた。確かDIOの執事をやっていた男が似た能力を持っているとか聞いたが……嫌な予感がするのでそんな疑いは無かったことにし、とっとと話を進めることにした。


 掻い摘んだ話では、予想通りこの場所はつい先程、炎を操る怪物に襲撃され、そのどさくさを狙うように同行していた神父が牙を剥き、ゲームに乗っていた少女までも連鎖的に仲間を殺害し、まんまとそのまま逃亡したようだ。
 そして現在、奴らに奪われたジョースターの『円盤』を取り戻しに、生き残った仲間が単独敵を追跡し、彼女ら二人はお留守番していると。

 なるほど。やはりこのゲームは怖いくらいに滞りなく、各所で円滑に進行していた。こんな有様で尚、ゲームの破壊を本気で目論む正義の輩がいるのだというのだから恐れ入る。
 聞けば敵を単独で追って行った彼女達の仲間も、ゲーム破壊を謳う義勇任侠の女性だったらしい。全く、お熱い事だ。悪を叩き弱者を救わんと走る執念を自己保身の為に使っておけば、損する事も少ないだろうに。
 どうやら余程の正義の味方らしい、その勇気ある女性というのも。どこぞのジョーなんたら一行と何ら変わらない。きっと長生きできるタイプでは無いのだろうから、もし美人であれば、志半ばでくたばる前に一目拝んでみたいものだ。



「───概ね、そのような状況です。白蓮さんもあれで相当力のある住職らしいので、簡単にやられる事はないとは思いますが」
「へぇー…………ん?」



 ここでやっとさとりの口から、その勇気ある正義の女性の名前が飛び出した。
 他人事ゆえに、なんとも適当に身を案じていたホル・ホースの思考が固まり、次に彼は驚愕と共に大声を出した。


「びゃ、白蓮〜〜〜ッ!? お、お前さん今……白蓮っつったのか!?」
「え、えぇ……聖白蓮です。彼女とも知り合いでしたか?」


 ついに。ついに辿り着いた。
 思えば長かったような短かったような。出会いの山彦妖怪から始まり、寅丸星の襲撃、そこからお燐や射命丸文とも出会い、大統領閣下とのいざこざを経て、三つ巴の決闘まで交え、一先ずは射命丸への筋を通し終え、本来のルートに戻ってきた。
 その矢先、早速である。早い段階でジャイロとも会うことが出来たし、まさしくトントン拍子だ。


 ───当初の目的『聖白蓮』。ようやく、此処までだ。


「そ、そいつだ! オレはその住職サマを探し回ってたんだ! ど、どっちへ向かった!?」


 打って変わった怒涛の勢いに押されながらさとりは、少し引き気味に白蓮の向かった方角を指差した。

「あ、あなたも追うのですか? 彼女がここを発ってから結構時間も経っていますが……」
「その白蓮にオレは大事な用件があんだ! すぐに追わねえと追い付けなくなっちまう!」

 目的の人物はすぐそこに居る。こうしちゃいられないと、ホル・ホースは地図とコンパスを確認し、白蓮の向かった方角を再確認。すぐさま出立の準備を終えた。

「アンタら、ありがとよ! 色々辛ぇ事もあるだろうが、少なくとも身内のお燐はまだ生きてんだ。美丈夫でエラソーな男と一緒にジョースター邸の方角に向かってったから、後で会いに行ってやりな!」
「……えぇ、勿論。貴方も、やるべき事があるのですね」
「あるとも。……───



 ───聖白蓮に、弟子の寅丸と響子の事を伝えにゃあ、後味が悪ィからよ!」



 ようやく、此処まで。
 此処まで、来れたのだ。
 自分を救った、青っチョロいガキの無念。
 ただそれを晴らす為だけに。仁義を通す為だけに。

 ようやく、来れたというのに。


 『その名前』がここにきて飛び出したのは、あまりにも今更で。
 どうして希望を持たせるような事を言っておきながら。
 どうして後から絶望の淵に叩き落とす真似を好むのか。

 残酷な、真実という奴は。


 その少女の名前がホル・ホースの口から転がり落ちた瞬間、さとりとこころは言葉に詰まった。
 何か大切な使命を成さんとする男のこれからを、へし折るようで……他にも色んな感情が綯い交ぜになって、とても嫌な気分だ。
 けれども、真実を告げないわけにはいかない。





「………………寅丸星は、死にました」





 どうして、憎い女の名前なんかをこうも発さなければならないのか。
 さとりは、こんな役回りを遺してくれたあの女に嫌気が差した。死んでまで、人の心を掻き回してくれる女だ。本当に、嫌な女。



「………………なんだって?」



 既に駆け出す足を北東の方角に突き出し掛けていたホル・ホースが、時間でも止められたように硬直し、向き直りながら小さく呟いた。


「先程起こった事件で、寅丸星と……そしてこころさんを救ったポルナレフさんは死にました。私達は、二人の弔いの最中だったのです」


 膝を付いたさとりが、地面の『灰』のような粉末をサラサラと掬い上げ、ホル・ホースに見せ付けた。その『灰』は何の───『誰』の灰なのかと。ホル・ホースにそれを尋ねる余裕は掻き消えていた。
 よく見れば、隣のこころは先程から『何か』を隠すようにしてギュッと胸に抱いている。今まで気付かなかった方がおかしいと言えるが、両腕の隙間から見えたそれは、人の『部位』だ。


「ポルナレフ……だと」
「そちらの男性とも知り合いだったのですか。……本当に、人の『縁』というモノは奇妙で皮肉、ですね」


 仕舞っていた第三の眼をもう一度取り出したさとりは、己の性に従うように再びホル・ホースの心を覗いた。
 さとり自身は──もっと言えばこころの方も、ポルナレフという男については全く詳しくない。しかしこのホル・ホースにとっては、男との関係がただならぬ因縁にあったようである。


「ここにある『灰』は、寅丸星とポルナレフさんの物です。私達が、掻き集めてきました」


「…………………………そうかい」


 男は長い沈黙を経て、それだけを吐いた。
 くたびれたカウボーイハットの縁をチョイと摘み、目元を隠して俯く。


 再び訪れた沈黙の中を、しんしんと降り続ける深雪だけが刻の流れに沿って走っていた。ハットに斑に積もった雪はまるで、沈みゆく心を隠す綿帽子。
 折角掻き集めた灰も、すぐに雪の中に埋もれるだろう。どうしてあんな独りよがりの女なんかをこの手で弔わなければならないのか。さとりは今になって、そんな身も蓋もない事を考える。


「少し、ノンビリしすぎちまったようだ」


 死んじまったか。聞き取れるか取れないかの呟き声でそう漏らしたホル・ホースは、白い息を吐き散らしながら顔をゆっくりあげた。

 揺らぎながらも、仁義を忘れぬ男の表情は残されている。
 そんな彼を見上げながら、さとりは理不尽な罪悪感に蝕まれ始め……すぐにもその気持ちから目を背けた。

 寅丸星の死が、こんな所でも影響を及ぼしてしまったからだった。
 自分の撒き散らした、吐いて当然の毒。正当なる毒が寅丸の精神を予想以上に蝕み、彼女の心に再び宿った筈の正義の威光を貪ってしまった。
 結果寅丸は死に、本物の正義感を背負って参上したポルナレフも救えず、白蓮は単騎で奴らを追ってしまい、このホル・ホースから何らかの使命のようなものまで奪ってしまった。
 ひとえに、己がサトリだからか。その性がここまでの悪質な因果を産み、今また目の前の男の選択肢を決定させてしまった。


「重要な情報、助かった。すまねえな」
「……行くのですか?」
「まあな。意味は殆ど無くなっちまったが、それでも伝えなきゃならん事はある」
「そうです、か。……ご無事を、お祈りしております」


 最後の会話も、淡白なものだった。
 白蓮を追うという行為は、そのままあの神父達を追う事にも繋がる。
 それは誰が考えても分かるような、明らかな危険行為だ。それでも彼が白蓮に会おうとする理由など、今のさとりには理解が難しい。
 かつては地上の人妖から忌み嫌われ、何もかもから目を逸らして逃げ出し、地底まで引き篭もった経緯を持つ、彼女には。



 そうして男は振り返ることなく、また走り去って行った。それを見送るさとりとこころには、彼を手伝う事すら出来ずにいる。


「私は」
「……こころさん?」
「私は、まだまだ感情が分からない。心は、理解するのがとても難しい」
「……そう、ですね。本当に……そう思います」

 こころは、もうずっとポルナレフの遺体とも呼べないような部分をじっと抱いている。彼女なりに、思う所はあったのかもしれない。表情の読めない娘だから、普通の人にはその心を読み取るのは至難だ。
 さとりは、それでもこころの心が読み取れる。彼女本来の表情ともいえる内なる殻を、覗く事によって。

「あの箒頭……ポルナレフの感情が失われた時、悔しかった。とても怖かった」

 こころは長いこと、仮面を変えようとしていない。66の仮面を持つと言うことは、その数だけの表情を引き出すことが出来るのが秦こころという付喪神だ。
 感情が破壊された怪物・藤原妹紅。そんな化け物を目の前にして、更には見知らぬヒーローまでも目の前で焼き尽くされて。
 それはこころにとって、後遺症のような傷を刻み付けたのかもしれない。妹紅は、こころの心に現れたトラウマそのものの怪物だ。

「貴方、『心』が読めるんだっけ」
「……サトリとは、そういう妖怪ですから」
「そ。私の『心』は、じゃあどんな顔してる?」

 遺体を抱えながらも、片手で懸命に口の端を持ち上げるこころを見て、さとりは薄く微笑んだ。
 プルプルと刻むその細長い指を伝わり、頬も一緒に震わせるこころは見ていてとても痛々しい。それでも無邪気に、屈託のない『笑顔』を作る仮面の少女は……どこか、妹に重なる部分もある。

 強がりを表現しようと。刻まれたトラウマを笑顔で上塗りしようと。
 健気に頑張ろうとするこころの心を、第三の眼でじっと見つめると。
 『仮面の下』に広がる、本当の表情が視えてくる。


 そこにはやっぱり、眼を覆いたくなるほどの、死を恐怖する暗い感情が視界一杯に広がっていて。
 その暗澹とした黒煙が、彼女本来の表情すらも覆い隠す。



「笑えてますよ。とても、綺麗な顔で」



 さとりはそれでも、今の自分に出来る精一杯の優しさで嘘を吐いてあげた。


「そっかあ。……良かった」


 無表情で安心するこころの純粋な姿を見て、まるで二人目の妹でも出来たみたいだと。
 次第に、心の底から少女を羨む気持ちが芽生えてくる。
 古明地さとりは、いつしか自身の心に生まれた傷(トラウマ)を癒そうとするのだった。


【B-5 果樹園小屋 跡地/午後】

古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、栄養失調、体力消費(中)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品(ポルナレフの物)、御柱@東方風神録、十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、止血剤
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:ここで白蓮を待つ。
2:ジョースター邸にお燐が居る……?
3:ジョナサンを助けてあげたい。
4:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。
※落ちていたポルナレフの荷を拾いました。


秦こころ@東方心綺楼】
[状態]恐慌、体力消耗(中)、霊力消費(中)、右足切断(治療中)
[装備]様々な仮面
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
2:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
3:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。


ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:精神(スタンド)DISCの喪失、意識不明、背と足への火傷
[装備]:シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:意識不明。
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
ジョセフ・ジョースター空条承太郎東方仗助について大まかに知りました。4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。
※盗られた精神DISCは、6部原作におけるスタンドDISCとほぼ同じ物であり、肉体的に生きているでも死んでいるでもない状態です。


ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、濡れている
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(幽谷響子)、幻想少女のお着替えセット@東方project書籍
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:響子の望み通り白蓮を追って謝る。
2:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
3:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
4:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。


183:鬼人サンタナ VS 武人ワムウ 投下順 185:魔館紅説法
182:泣いて永琳を斬れ 時系列順 185:魔館紅説法
174:誰殺がれ語ル死ス 古明地さとり 190:Who・Fighters
174:誰殺がれ語ル死ス 秦こころ 190:Who・Fighters
174:誰殺がれ語ル死ス ジョナサン・ジョースター 190:Who・Fighters
174:誰殺がれ語ル死ス 聖白蓮 185:魔館紅説法
171:雪下の誓い ホル・ホース 191:奈落論

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最終更新:2018年08月11日 18:03