序章(4)

「ふむ」
 夜の道。灯りも届かぬ路地裏に、影がひとつ。
 闇に溶け込む漆黒の鎧を纏う、金髪の美丈夫。
「食い散らかされている、か」
 壁や地面にベットリと残る血の跡を、暗がりの中でも、男はしっかりと捉えていた。
「餌を横取りされたようで気に食わんが……」
 男はゆっくりと身を翻し、その場を後にする。
「血の気が多いのは良いことだ。戦とは、そうでなくてはな」
 男は、アレを為した者のように、残虐に命を奪うような真似はしない。少なくとも、今はまだ。ただ、糧を求めているだけだ。
「あんだァ?ニイちゃん」
 いつの間にか、街頭に照らされた道に出ていた男に、声をかける者がいた。
「ガイジンかぁ?アンタ?変な格好してよぉ。こすぷれってんだろ、それぇ」
 ヨレヨレのシャツを着た男は明らかに酒に酔っていて、呂律が回っていない。
 一瞥もくれず歩き続ける鎧の男に、酒に酔った男は尚も絡んでいく。
「なぁ?オイ。シカトこいてんじゃあねェぞお?」
 そのまま鎧に触れようとした時だった。酔った男の身体が、ガクリ、と崩れ落ち、そのまま地面に倒れ伏す。
 鎧の男は、それでも尚、倒れた男を全く見やることはなかった。
 餌に興味はない。あれは、ただの糧だ。
「余は、戦争が好きだ」
 歩みを止めぬまま、男は呟く。
「故に、それ以外の全ては、糧に過ぎぬ」
 此度の戦争に、不満が無い訳ではない。言いたい事は山程あるが、何よりも規模が小さ過ぎる。
 それでも、戦争と名のつくだけで、男の心は踊ってしまう。
 ―――嗚呼、なんと甘美な響きか。
 戦争。戦い、争い、殺し合い、奪い合い、侵し合う。欲望渦巻く戦場を、男は何より愛していた。
 ガチャリ、と鎧を鳴らして、不意に男が足を止めた。
 目の前に立つ影がひとつ。残念なことに、そいつは餌ではない。
「まーた勝手に歩き回ってたのかよ、お前さんは」
 長髪と髭を生やし放した、小汚い姿の男だった。しかし、目を凝らせばその面構えは意外な程に精悍であるとわかる。
「何か文句があるのか?好きに振る舞えと申したのは貴様であろうが」
「いやーまあ、そうなんだけどな。あんまり派手に食い散らかして目ェ付けられても面白くないだろ?その辺の親心?マスター心?分かってくんないかねぇ、アーチャーさんよ」
 鎧の男、アーチャーはフン、と鼻を鳴らす。
「魔術師共や教会の者共が語る秘匿など、余の知った事か。余は争いを求めている。その為の糧が、まだ足りぬ。貴様がもう少しマシなマスターであれば、ここまでの必要は無かっただろうがな」
 アーチャーの言葉に、長髪の男は苦笑する。
「耳が痛いねぇ。もう少し優しくしてくんない?」
「必要があればな」
 にべもないアーチャーの様子に、男は溜息をつく。
「本当に愛想がねぇなぁ。ま、いいけどさ」
 好きなようにやれば良い。男はそう言って笑った。
「お前さんの好きな戦争を、好きなだけ、好きなように愉しめばいい。私の目的は、その後、だからねぇ」
「フン」
 アーチャーは、男の目的を知らない。興味もない。この得体の知れぬ、食えない男でさえ、アーチャーにとっては糧に過ぎない。
 ただ、闘争を。ただ、殺戮を。
 開戦の時は、近い。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年09月22日 03:40