吹雪が街を飲み込んでいた。
遠景から見ればその不自然さに気づくだろう、その、何もかも埋めつくすだろうと思える白銀は実のところ、街の一画だけを隔離するように降り積もっている。
――――アイヌの人々は、悪意ある現象をウェンカムイと呼ぶ。人を喰らい悪霊に落ちた自然の化身。
そうした不自然な吹雪(ウェンカムイ)の中心に、そいつはいた。
この異常気象は、そいつ一人……一匹が起こしている。
猛吹雪が動く。そう、そいつの一挙手一投足に応じ、雲が、雪が、冷気が、動く。
ここは狩場だった。死が身近に迫る、アイヌの冬を模した狩場。狩場の主の為に設えられた、零下の世界。
その中心に居座る主。吹雪の源。人を狩るウェンカムイ。
そいつの名はプリカンダカムイという。
人のみを喰い続け、精霊であるはずのカムイから身を落としたもの。3mを超える巨躯、600㎏を数える巨体。
彼は熊である。人の味を覚え、踊り食いに味をしめ、そうして喰らい続けたケダモノ。
吹雪を支配する悪意。
今やしかし、そいつは、サーヴァントという枠に押さえつけられ、令呪によって制御できる使い魔に堕とされていた。
吹雪の衣を身にまとい。街中のエサを無視して。彼は走っていた。
ある人物を追い続けて。
本能の少し上のところで囁く声が、その背中だけを見ろと唱え続けている。
『喰うならまず、俺からにしろ』
そうさせてもらうとも。貴様が何をしようとこの身この毛皮に痛痒はない。――ならばこそ、暫くこの余興に興じてやろう。
****
原付の心もとない音。50㏄のちゃちなエンジンを全開に吹かしながら、何かに追われる青年がいた。
「魔術だろーがなんだろーが、限度があるっつーの!」
左手に輝く一筋の痣。令呪。
……あったはずの二画は既に失われている。
――――召喚は完全に偶然だったのだ。
ある意味、青年のいつも通り。
巻き込まれて、襲われそうになって。
そして、助かった。
しかし本当の問題はここからだったのだ。
白に埋まる視界。まつげが瞬間的に凍る凍土の世界が目前に、急に現れた。
その主は、青年――日村裕也を助けたはずの存在はしかし。
はっきりと、人類の敵だった。
人を見るその目付き、完全に捕食者のそれだった。
……脊椎反射。
令呪の使用。声をあらんかぎり張り上げて、絶叫のように喚いた。
一画目は自害。
ダメだった。どういう理由なのか、絶対命令権を謳うはずの術式は効かず、抵抗にあった。
二画目は誘導。
そんなに良いと思ってない自分のアタマで、あの土壇場でひねり出せただけ確かにファインプレーなのだ。
『喰うならまず、俺からにしろ』
喰われそうになった。
隣の部屋の女の子。上の階の5人家族。最近越してきた若いサラリーマン。
全てあの熊の胃袋に収まってもおかしくなかった。
『それ以外の人たちは、俺を喰ってからだ』
二画目の令呪から、熱を感じた。
二画目は確実に、そして強力に応えてくれた。
自分への誘導。
ここは街中。ヤツにとってのエサがあまりに溢れすぎていた。
サーヴァント?英霊? 違う。ヤツは悪霊だ。
良識も自制も無く、ただ喰らうために喰らう野生の化身。
そんな相手に、自分の身を囮として、気を逸らす以外にはなかったのだ。
背後から迫ってくる猛烈な寒波。
本当に逃げ切れるのか。
――いや、無理だろう。
俺だけが死ねば何とかなるのか。
――いや、それもまた無理だろう。
誰でも良い。あのウェンカムイを、あいつを――――止めてくれ。
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これは不幸なおとぎ話の一説かもしれない。
もしくは世捨て人好みの喜劇かもしれない。
少なくとも彼は、吹雪に勝つことなどあり得ないのだから。
――――いいや、まだダイスの目は出揃っていない。
――――なぜならこれは序章に過ぎない。
――――結末はまだ遠く、だからこそ、見え透いた結末が起きるとも限らないのだ。
――――そこにはまだ、6人と6騎の不確定要素があるのだから。
一応こういうバックストーリーを考えていたんだけど、お蔵入りになりそうなので蔵出ししとくね
模擬戦だから令呪は目をつぶって欲しい
今回は悲惨な熊害事件になってしまって、作者「」たちには申し開きようもない
すまぬ…すまぬ…
どうにかクマもゅぅゃも生き残る方法はないものだろうか…
最終更新:2016年09月28日 01:28