黒咲恵梨佳:オデュッセウス・OP1

黒咲恵梨佳は魔術師だ。
私は幼い頃から黒咲家の魔術を死に物狂いで習得してきた。
若干13歳で時計塔入り。それから5年間、あらゆる魔術に対し、どの講師も目を見張るほどの成果を出した。
どんな魔術も、どんな実験も。私は常に他者を上回り続けていた。


黒咲の魔術は「血晶魔術」。起源は1953年から始まったヒトゲノムプロジェクトに遡る。この計画に目を付けた祖父の代から、血晶魔術の研究は始まった。
血液には人の全てが記憶されている。最たるものがDNAの塩基配列だ。その遺伝情報を基に、ヒトのみならず生命の総てを識り、根源に到達する。
これが祖父の考えであった。魔術師としての黒咲家は祖父で二代目。新しい魔術を試みるには、伝統の無い家系というのはある意味最適であったといえる。
それから黒咲の家は三代に渡って、ヒトゲノムプロジェクトの情報を元に、血液の持つ隠された魔術的情報を研究し続けた。
そして2003年、ヒトゲノムプロジェクトは完成。四代目黒咲家当主の私が、魔術情報の読み取りも全てを終わらせ、ここにヒトの血による血晶魔術は一つの完成に至った。
科学技術が進めば進むほど、科学者達が見落とす神秘を研究しやすくなる極めて効率的な魔術形態。私はそれを実証した。


──そして私は今、一部では時計塔の若き天才とも呼ばれるようになった。
────そう、私を正当に評価する者は、ごく一部。時計塔現代魔術論科の関係者くらいのものだ。
魔術師は歴史を重んずる。例え若輩者達の間でちやほやと祭り上げられようと、半世紀しか無い歴史では、他の十一の学科には歯牙にもかけられない。
私の才能も、完成した血晶魔術も、血筋無くしては評価にも値しないというのだ。


私は心を落ち着かせる為にニ、三深呼吸をした。
よし、覚悟は決まった。──いや、とうに決まっていたのだ。
コン、コン、コンと三度、軽く扉をノックする。
「ああ、入っている。」
奥から不機嫌そうな男性の声が響いた。
私はドアノブを捻り、ゆっくりとドアを開いた。
「エルメロイ先生。お話があって、参りました。」
「分かっている。かけたまえ。」
私は指で示された本革張りのソファーに座った。
ギシ……と軋む僅かな音が部屋の空気をより一掃冷たくする。
「休暇届けが出ているが?」
「はい。」
「オランダに行くようだな。」
「はい。」
この人に嘘は通じない。ただ、淡々と正直に答える。
「……あの噂を、聞いたか。」
エルメロイ先生は眉に深い皺を寄せた。
「あの噂、とは?」
「聖杯戦争だ。当然。」
聖杯、それは手に入れた者のあらゆる願いを叶えるという願望機。
魔術師が使ったとしたら根源の到達すら可能とされる、最上級の魔術礼装。
それを求めてあらゆる平行世界で行われてきた魔術師同士の殺し合い。
──それが聖杯戦争。
「はい。聞きました。」
「君が私の名で発注した聖遺物も既に届いている。本当に参加するのか? この、馬鹿げた戦争に。」
「……先生もご存知でしょう。私の血晶魔術は未だ三代目。どれだけ理論が優れていようと、他の魔術師にとって価値はゼロにも等しいんです。」
エルメロイ先生はくしゃり、と吸っていた葉巻を潰した。
「君は弟子の中でもとびきり優秀だ。加えて科学技術を効率的に利用し、神秘性を損なわぬまま研究を続けられる血晶魔術の理論も目を引くものがある。」
エルメロイ先生の眉間に、絶えず神経質な皺が浮かんでは消える。
「私の見立てでは、君には充分に大成する素質がある。家名に箔を付けるなど、そんな理由で殺し合いをする必要はあるまい。」
私を案じての言葉だ。それは分かっている。しかし、大人しくはいと答えるわけにはいかない。
「今でないと、ダメなんです! 歴史が無いだとかそんな理由で、黒咲の魔術を貶める様な奴らの鼻を明かすには──。他の魔術師では及ばない大きな実績が必要なんです!」
私の力説に、エルメロイ先生は苦虫を噛み潰したような顔をした。
それも私に対しての苛立ちではない。まるで、自分の最も思い出したくない記憶を、思い起こしているかのような──。
「──いいだろう。好きにするといい。……だが、私の弟子からはクビにする。そんなバカげた戦いに望みを賭けるような生徒は、面倒を見きれん。」
予想はしていた。根拠があったわけではないが、きっとこの先生に聖杯戦争への参加を伝えれば、師弟の関係を切られる。そんな気がしていた。
「はい……。今までありがとうございました先生。──いえ、ロード・エルメロイ。」
「Ⅱ世だ。」
「失礼しました。ロード・エルメロイⅡ世。」
私はソファーを立った。もう私の先生ではなくなった、ロード・エルメロイⅡ世に対し、深くお辞儀をしてこの場を去ろうとする。
「待て。忘れ物だ」
彼に呼び止められ、後ろを向くと無造作に小包を投げられた。
私は慌ててそれを受け取った。──自覚はあるが、どうにも想定外のことには慌てがちだ。
「私の下に今朝届いた聖遺物だ。……全く、私の名で買いたいものがあると言っていたが、まさかこんなものだったとはな」
「はい、これはトロイアの城塞の一部です。これなら、きっと高名なサーヴァントが……」
「言うな。どこで聞かれているか分からんぞ。聖杯戦争はサーヴァントの真名の探り合いだ。それに繋がる情報を、安易に流すな」
彼の厳しい顔は変わらず、しかし眉間の皺だけは刀傷の様に深くなっている。
「本当に君は理解しているのか? 魔術師同士の殺し合い、戦争の意味を。銃で頭をブチ抜かれて死んだ方がまだマシだと、そう思うほどに魔術師の殺し方というのは、悪辣と凄惨の極みだ。」
私は真っ直ぐ受け止めて答える。どんな言葉にも揺るいではいけない。
──もう覚悟は決めていたのだから。
「それでも、構いません」
「──大バカ者が! ……もういい、部屋を出たまえ。次に顔を合わせた時、ひのきの棒でも用意して君の頭を一撃殴らせてもらう」
《──次に顔を合わせた時》
この言葉が、彼が言える最大の激励なのだろう。
「はい、本当に今まで、ありがとうございました」
そう言って私は、ロード・エルメロイⅡ世の部屋を後にした。
ああは言ってくれたが、もしかしたら先生にも二度と会うことは出来なくなるかもしれない。
恐れが今更になってじわじわと心に滲んでいく。
──いや、私は聖杯戦争を勝ち残るんだ。生きては戻れないなんて、そんな弱気な考えは捨てなくてはダメだ。
パン、と両手で頬を叩き、気を引き締める。
もう、後戻りはしない。私は、自室に最後の荷物を取りに行った。
これが終われば、もうオランダ行きの飛行機に乗るだけだ──。




「私より、才能も実力もありながら、虚栄心で殺し合いに赴くか……。ああ、バカだ。全くもって大バカ者だ。」
ロード・エルメロイⅡ世は悪態を付きながら戸棚のカギを開けた。
棚の中には、赤く輝く布切れが大切に閉まってあった。
ライダー……。」
彼はそっと布に触れた。元弟子の無事を祈るように──。



血晶魔術について物凄く勝手な解釈をしています。
血を操る魔術で根源に至るなら、その本質は血から情報を得ることかなーと。
歴史が浅いって設定だからDNA解析とか色々こじつけれるしね。
血を武器として扱うのはその応用みたいな感じにしてます。
あと、完成したのはあくまでヒトの血に対する血晶魔術であり、その他の動物にたいしてはまだ研究の途上とかそんな感じで。
設定根幹から変えてごめんなさい。

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最終更新:2016年09月28日 01:15