アットウィキロゴ
kairakunoza @ ウィキ
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

kairakunoza @ ウィキ

四枚のレンズ

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
 こんにちは、高良みゆきです。
 埼玉県の私立陵桜学園に通う高校三年生、クラスはB組です。
 お恥ずかしながら、クラスの学級委員と全校の生徒会長を兼任させていただいております。
 本日は、公的な集まり等はなかったのですが、昼休みに入ったところで会計係の方に
 確認して欲しいことがあると呼び出され、先ほどまで生徒会室まで足を運んでおりました。
 そしてその用件も無事終わり、部屋の鍵を掛け、教室へと戻る途中、また声をかけられました。

「あ、高良先輩! ちょうどよかったっス」
「え……? あら、田村さん。こんにちわ」

 一年生の、田村ひよりさん。
 私もそうなのですが、メガネをかけていて、髪を長く伸ばした方です。
 家のお向かいの、小さなころから仲良くさせていただいている岩崎みなみさんのクラスメイトで、
 他にも私の友人である泉こなたさんの従妹でいらっしゃる小早川ゆたかさん、
 そしてアメリカからの交換留学生であるパトリシア=マーティンさんとも仲がよろしいらしく、
 四人でご一緒してらっしゃるところをよくお見かけします。
 夏休みには、これに私と泉さんの友人である柊かがみさんとつかささんの姉妹を加えた八人で、
 花火大会に出かけたりもました。
「ども、こんにちわっス。あの、今ちょっとお時間よろしいっスか?」
 ですが、こうして二人でお話をするのは、一番最初に自己紹介をしたとき以来で、
 つまりほぼ初めてです。
 だというのに、私などに何のご用事なのでしょう。
 ちょうど良い、とおっしゃいましたが。
「ええ。少しでしたら」
「ん、あー……できればちょっと長めにお時間頂きたいんスが……」
 私の言葉に、少し困ったような顔をした田村さんは、そう前置きしたあと、
 パンッ、と顔の前で両手を合わせながら、大きな声ではっきりと言いました。

「モデルになって欲しいっス!」

 ……。
 ……ええと。
 あ、少々お待ちください。
 小説やテレビドラマ等では目や耳にすることはあっても、日常の実生活を送る上においては
 まず向けられることも自分で使うこともない単語を受けて、処理に手間取っています。
 モデル。
 絵画や彫刻、写真等の元となる人物、すなわち被写体……の、ことですよね。
 ファッションモデルなど職業を指す場合や、「水分子のモデル」など自然科学の分野で
 使われることもある言葉ですが、この場合は関係ないでしょう。やはり被写体でしょう。
「ええと……モデル、ですか? 私が?」
「はいっス! ぜひともお願いしたいっス!」
 どうやら間違いないようです。
 私の聞き間違いでも、田村さんの言い間違いでもないようです。
 ですが、まだ少し、わかりません。
 情報が少なすぎます。
「ええと……田村さん? すみませんが、もう少し、詳しくお聞かせ願いますか?」
「あ、はいっス」
 私の質問に、田村さんは下げていた頭をようやく上げてくれました。
 学級や生徒の長という役職上、拝み倒されるという経験は何度もしていますが、
 やはり慣れないもので、ほっとします。

「泉先輩から聞いてるかも知れないっスけど、私、アニ研で漫画とか描いてるんスよ」
「はい。存じております」
 田村さんのおっしゃるとおり、泉さんや、他にもみなみさんからも聞いたことがあります。
 アニ研――アニメーション研究部のことですね。
 私個人の嗜好からは外れているものの、これも役職上、学内の各部、同好会の活動内容は
 ある程度把握して…………え?
 ちょっと待ってください。
 ということは、つまり、その。
「そうっスか。なら話は――」
「ちょ、ちょっと待ってください田村さん。それは、つまり、私が、その……」
 ああ、どうしましょう。
 田村さんの言葉を遮ってまで口を開いたというのに、舌が上手く回ってくれません。
 頭の中ではおぼろげながらも理解しているのですが、言葉にするのは妙な抵抗があります。
 頬が熱くなっていくのが分かります。
「え……あの先輩、ひょっとして……」
 そうこうしていると、田村さんの顔が、私とは逆に青ざめていくではありませんか。
 どうしましょう。ますます焦りがつのります。
「私の本、見たことあるっスか……?」
 声が震えていらっしゃいます。
 ですが、ここでウソを言うわけにはいきません。
「は、はい。チェックの必要がありますので、部誌の方は、欠かさず……」
 アニメーション研究部や文芸部のみなさんが学内で冊子などを発行、配布する際には、
 文化委員会と生徒会に許可願いを提出していただく決まりになっています。
 ですから、それに印を押すためには、当然中身の方も見なければならないわけでして。

 私は、お恥ずかしながら、漫画には詳しくありません。
 それでも分かります。
 田村さんの描く作品は、こう言ってはなんですが、学内発行物にはもったいないほどの
 高い完成度と娯楽性を有しています。
 私個人がそう思うだけでなく、巻末のアンケートでも人気を博していますし、
 田村さんが入部してからは部誌の発行数が倍以上になってもいるのです。
 そんなところに、私などが乱入していいとはとても思えません。
 それに、やはり、身勝手なことなのですが、単純に恥ずかしいという気持ちもそれ以上に……

「――へ?」

 田村さんが、意外そうな声を上げました。
 見ると、きょとん、としていらっしゃいます。
「え? あ、そ、そっちっスか?」
 そっち?
「他にも、あるのですか?」
 思わず、無礼にも質問に質問を返してしまいました。
 田村さんは慌てた様子で首と手を振ります。
「あっ、いえ、そのっ…………はい」
 そして何かに迷うような素振りを見せたあと、小さくうなずきました。
「ええとですね、私、アニ研の他にも学外のサークルに参加してて、そっちでも漫画描いてるんス」
 サークル。
 主に中学高校と区別する形で、大学における部活動の集まりを指す場合に使われる言葉ですが、
 そういった学校や企業などとは関係なく、純粋に同じ趣味を持った仲間同士での集まりも、
 このように呼ばれることがあります。
 音楽や演劇、俳句、詩吟、あるいはサッカーなどのスポーツ関係でそういったものがあるのは
 知っていましたが、漫画でもあるとは思いませんでした。
 どうやら私も、まだまだ世間知らずなようです。

「はいっス。で、まあ内容は…………部誌の方とあんまり変わらないのもあるんスけど、
なんていうか、その……………………若干、マニア向けってゆーか専門的ってゆーか。
ある程度の……そう、前知識がある人向けとなっておりまして」
「はぁ」
 おそらく、素人の私にも分かるようにと配慮してくださっているのでしょう。
 田村さんは一生懸命に言葉を選びながら説明を続けます。
「――で、まあそれは置いといて……実は今さっき部の方に原稿届けてきたところなんスけどね、
こーちゃん先輩――あ、二年の八坂部長っス。――に、言われたんスよ。最近マンネリだって」
「まあ、そうなのですか?」
「ええ、まあ。私自身も思ってたコトなんスけど」
 詳しくないとは言え、読んでいるこちらとしては、そのようなことはまるで気になりませんでしたが。
 生み出す側にしてみれば、より良いものを、より新しいものをと思いたくなるものなのでしょうね。
 私も――同列に扱うのは失礼かも知れませんが――生徒会の仕事をするに当たって、
 いくら他の方々に褒めていただいても、「まだまだだ」と思うことが多々ありますし。
「ちょっと思うトコとかありまして、今まで書いたことのないモノ書いてみたいと思ってたんス。
で、思いついたのが――」
 言いながら、ビシリ、と。
 田村さんは私を指差しました。
 突然のことに少々面食らいます。
「あ、っと……失礼しましたっス。つい」
 しかしすぐに指は下ろしてくださいました。
 恥ずかしそうに頭をかく田村さんです。
「いえ、お気になさらず。……ですが、つまり、やはり……私、を……?」

 確かに、私のような地味な人間は、私が知る限りでは田村さんの描く漫画には登場していません。
 絵画や音楽などでも、単純な構図や単調なリズムの方が、実は難しくやりがいがあるという話も
 耳にしたことがあります。
 ある書道の大家の方などは、様々な文字や文章を極めた末に、
 最終的には「一」の一文字のみに自らの持てるもの全てを注ぎ込むという境地に達したのだとか。
 文字通りの「一筆入魂」というわけですね。
 ……それは分かるのですが。
 さすがに私などを使ってしまうのは……

「あ、いえいえ。高良先輩をそのまま頂こうなんて大それたことは考えてないっス。
私が書いてみたいと思ってるのは、『生徒会長』っス」
「……はい?」
「ですから、モデルってゆーか、インタビューっスね。生徒会長の仕事とか、生徒会の活動内容とか、
あと選挙の段取りとか。そういうのをできるだけ詳しくお願いしたいっス。
ま、あんまり細かいコトは実際には描かないと思うんスけど、やっぱ知ってるのとそうでないのとじゃ、
リアリティーが違ってくるっスから」
「……」
 ……お恥ずかしい。
 謙遜するようなことを言い、思っているつもりが、十分に傲慢だったようです。
 てっきり「私という個人」が求められているものと思い込んでしまいました。
「……あ、あの。先輩?」
 突然うつむいてしまった不審な私に、生き生きとしてらっしゃった田村さんが不安を覗かせます。
 いけません。
 何を置いてもまずは返事をしなくては、いけません。
 顔を上げ、田村さんの目をまっすぐ見つめます。

「お話は分かりました」
「あ、はい。どうもっス……」
「ですが……生徒会の内情を、一般生徒の方にお教えすることはできません」
「え……」
 田村さんの表情が曇ります。
 しかし事実は事実、規則は規則。これを言わぬわけにはいきません。
「みなさんの個人情報も、そう多くはありませんが、お預かりしていますし。
特に役員選挙に関することは、一部の方だけにお伝えするのはルール違反になってしまいます」
「そ、そんな。個人情報とかはアレっスけど、私は役員になるつもりは……」
「それでも、です。田村さんを信用しないわけではないのですが、決まりですから」
「……そっスか……」
 残念そうに、それでも笑顔を見せてくれる田村さん。
 少し、胸が痛みます。
「わかりました。無理言って申し訳ありませんでした」
 そしてそのままお辞儀をして、きびすを返そうとしたところを、呼び止めました。
「お待ちください」
「はい?」
 こほん、と軽く咳払い。
 ……なんだか勿体つけているようで、変な気分です。
「ですが――私の個人的な体験をお話しする、ということなら問題ないと思います。
それでもお話しできない部分も多々あるのですが……それでよろしければ、協力させてください」
 言うと、田村さんの表情がゆっくりと明るさを取り戻していきます。
 そして、ばさり、と長い黒髪をなびかせながら再び頭を下げて、大きな声で言いました。

「ありがとうございますっ!! 十分っス!!」

 本当に大きな声です。さすがに少し、慌てます。
 廊下を行きかう人たちにも注目されてしまいました。
「あ、あのっ、そんな、頭を上げてください。それに、その、意地の悪い言い方をしてしまって、
申し訳ありませんでした。必要な前置きだと思ったものですから……」
「いえっ! 一旦落として、持ち上げる――さすが人の上に立つ方は基本を押さえてるっス。
感服しましたっス。そういうところも参考にさせてもらうっス!」
 首だけを上向け、興奮した様子でなおもおっしゃる田村さん。
 人の上だなんて、私はそんな立派な人間ではありませんのに……

「そ、それで――ところで、田村さん」
 申し訳ありませんが、話題を変えさせていただきます。
「はい?」
「その、お時間はどれくらいかかるのでしょうか?」
「ああ、そうっスね……いや、それは高良先輩が体験を話すのにどのくらい必要かで決まると思うっス」
「……なるほど、そうですね」
 言われてみれば、それは確かにその通りです。
「なんか無責任ですみませんっスけど」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
 丁寧に謝ってくださる田村さんに、笑顔をお返ししつつ、考えます。
 そうですね。ほぼ、丸一年分ですから……田村さんに質問していただく時間も合わせて……
「では三十分ぐらいでどうでしょう?」
「OKっス。それじゃあ昼休みの間で行けますね……って、急すぎるっスか?」
「いえ。それで構いませんよ」
 ちらりと腕時計を確認します。はい、時間的余裕は十分です。

「あ、でも、食べながらになってしまいますね」
「おおっ、それはさらに願ってもないっス! お弁当の方もぜひ拝見させていただきたいっス!」
「そ、そうですか……」
 なんだかまた生き生きとしていらっしゃいます。
 以前、泉さんたちも興味深げに私のお弁当箱を覗き込んでこられたことがありますが、
 特に見るほどの価値があるとは…………あ。
 そうでした。
 どうしましょう。私としたことが、うっかりしていました。
「あの、田村さん」
「はいっス」
「実は、ですね……今日は教室の方で泉さんたちとお昼をご一緒させていただくことになっていまして。
ですから、一度お引き受けしておいて申し訳ないのですが、皆さんにお許しいただけたら、ということに
させていただいて、よろしいでしょうか……?」
 頭を下げつつ、田村さんにお願いします。
 まったく、なんてことでしょう。
 しかも今日はかがみさんがいらっしゃる日。
 彼女のクラスのお友だち――確か、日下部さんと峰岸さんとおっしゃいましたか。
 その方たちに頼まれたとかで、かがみさんが私たちのクラスに来る機会は減ってしまっているのです。
 彼女も私と同じ学級委員ですから、大方の事情はお察ししています。
 行事の多い二学期は、あまりクラスから離れるわけにもいかないのでしょう。
 それでも私たちのところに来てくださるかがみさんには、感謝しなければいけません。
「えっ? そうなんスか? だったら日を改めた方が……」
「そういうわけにはいきません。一度お引き受けしたのですから」
 田村さんはそうおっしゃってくださいますが、これ以上の不義理は働くまいと、きっぱり言い切ります。
 それに考えてみれば、逆に私はいない方がよいのかも知れません。
 私は学級委員同士で、かがみさんと顔を合わせる機会は以前と比べてそう変わっていませんし、
 その分、今日は泉さんとつかささんにお譲りすべきなのではないでしょうか。
 そういった事情をお話しすると、田村さんも納得してくださいました。

「いや……見てる分には四人揃ってるのが一番美しいと思うんスが……
基本のこなかがアンドつかゆき……双子巫女姉妹のかがつか……そして意外とおいしい粉雪……
ゆるゆるマターリなこなつかに、知的カップルのかがゆき……もちろん四人同時プレイもOK……
この菱形は黄金長方形にも勝るとも劣らない安定感を誇ってるっスよ……
てゆーか日下部先輩、上手くやったんスね……意外っス……」
「……田村さん?」
「あっ、いえっ! なんでもないっス! 自重するっス!」

「? ……それでは、場所はどうしましょう?」
「私はどこでもかまわないっスよ。高良先輩の話しやすいところを選んでください」
 ありがたい申し出です。
 少し考えて、生徒会室でと提案しました。
 今なら誰もいませんから、落ち着いてお話ができますし、田村さんもイメージが掴みやすいでしょう。
「え、でもそんなとこで食べていいんスか?」
「大丈夫ですよ。書類を扱うなどの場合は駄目ですが、お話をするだけなら」
 実際、文化祭の直前など忙しい時期には、昼食をとりながら会議をすることもあります。

「では、一旦戻りますね」
「はいっス。じゃ、私も教室戻ってお昼取ってくるっス」
「はい。それでは教室の方でお待ちください。もしみなさんにお許しいただけなかったとしても、
そうお伝えに参りますので」
「あ、いえ。生徒会室の前で待ってるっス。そっちの方が先輩の教室に近いっスから」
「そうですか? 分かりました。ありがとうございます」


     ☆


 そして、三年B組の教室に戻ったわけです、が……

「――仕事は終わったのですが……それとは別に、ちょっとした頼まれごとをしてしまいまして……」
「頼まれごと?」
「はい。それが……少し時間がかかるそうでして、その……せっかくかがみさんに来ていただいたのに
申し訳ないのですが、席を外させてもらってもよろしいでしょうか……?」

 またしても舌が上手く回ってくれません。
 個人的体験をという名目とは言え、守秘義務に抵触しかねない行為、
 またそのために生徒会室を私用に使うことへの後ろめたさ。
 そして何より、モデルやインタビューといった言葉を口にすることの気恥ずかしさ。
 それらのために、まるで要領を得ない、説明とも呼べない説明になってしまいました。
 それでもかがみさんは快く了承してくださって、本当にありがたく思います。
 ですが、つかささんが……
 ああ、そんな悲しそうな顔をしないでください……
 こんなにも惜しんでくださることには、正直、喜びを禁じえないのですが、それ以上に、胸が痛みます。

「いいでしょ、つかさ?」
「でも……」
「いいじゃない。みゆきのわがままなんて、めったに聞けるもんじゃないんだから」
 かがみさんは、冗談半分といった様子でおっしゃいましたが、確かにこれはわがままです。
 田村さんに頼まれたということもありますが、それを抜きにしても、
 私自身の中に「やってみたい」という気持ちが強くあるのです。
 常日頃から様々な本に、ひいてはそれらを書いた作家の方々にお世話になっている身ですから、
 わずかながらもその創作のお手伝いができるというのは、願ってもないことなのです。
 それなのに、不承々々といった様子ながらも最終的に、つかささんもうなずいてくださいました。
「……ごめんね、ゆきちゃん」
「いえっ、とんでもないです」
 彼女が謝ることなど何一つありません。
「こちらこそ申し訳ありません、つかささん、かがみさん」
「いいって。まあ、何かあったら呼んでよ。携帯、持ってるでしょ?」
 言いながら、かがみさんがスカートのポケットから携帯電話を取り出し、お弁当箱の脇に置きました。
 呼べばすぐに応えてくださるということでしょう。
 そのような事態にはならないと思いますが、お心遣いはありがたく思います。
 あとで何かお礼をしなければいけませんね。
「はい。それでは、失礼いたします。お手数ですが、泉さんにもよろしくお伝えください」
「うん。しっかりね」
「……? はい」

 なんでしょう?
 もちろん、田村さんの期待にはしっかりと応えるつもりですが、かがみさんの言い方には
 何か違和感を覚えました。
 そのまま教室を出て、少し歩いたところで聞こえてきたつかさんの叫び声も気になります。
 非常に気になります。
 しかしここで戻ればかがみさんの厚意を無にしてしまいますし、
 つかささんに対する侮辱にもなりかねません。
 それに田村さんもお待たせしてしまいます。
 心の中でお二人に、そしてもうすぐ戻ってくるでしょう泉さんにも頭を下げて、
 私は生徒会室へと足をいそがせました。


     ☆


 ――話を終え、田村さんからの質問にも一通りお答えして、壁にかけられた時計を振り返ると、
 予鈴のちょうど五分前でした。どうにか時間内に終えることができたようです。
「……すごいっスね。きっかり三十分」
 田村さんも時計を見上げながら、感心したようにおっしゃいます。
「しかも食べながら。やっぱりアレっスか。制限時間内でスピーチとか、そういうのの成果っスか」
「ああ……なるほど。そうかも知れません。やはり物語を作られている方は、鋭い観察眼を
お持ちなのですね」
「ぇええっ? そ、そう転がすっスか……」
「?」
 どうしたのでしょう? 田村さんが赤くなってしまいました。
 そしてまた何やらノートに書き始めましたが、私の視線に気付くと慌てたように手を止めます。
 ……邪魔をしてしまったのでしょうか。
「し、失礼しましたっス」
 そしてパタンとノートを閉じ、シャープペンシルとともに長机の上に置くと、
 深々と頭を下げてくださいます。
「今日はホント、ありがとうございました。参考になりました。感謝しますっス」
「いえいえ、私も楽しかったですよ。その上でお役に立てたのなら、何よりです」
 クラスの皆さんや先生方に勧められて、ただなんとなく始めたことが、
 このような形で役に立つとは思っていませんでした。
 やはり人との関わりというものは、本を読むだけでは得られないものを与えてくれるのですね。
 そういえば、みなみさんも、陵桜に入って彼女たちとお友だちになってから、よく笑うように……
「……」
「先輩?」
「――あ、いえ。なんでもありません。……いい漫画を描いてくださいね」
「そりゃあもう! 先輩にここまでしていただいて下手なモノ作ったらバチが当たるってモンっスよ!
不肖、田村ひより、全身全霊をかけてご厚意に応えさせていただくっス!
もちろん完成したら――いえ、ネーム……あ、下書きの下書きみたいなモンっス。
それができたら真っ先にお見せするっス。マズイところがあったら言ってください」
「あ、はい。それはお願いします。楽しみにしていますね」
「はいっス。決して期待は裏切りません!」
 真剣で、まっすぐな目です。
 私にもこんな目をして向き合えるものに出会える日が、いつか来るのでしょうか。

「ええと、それはまぁ当然の義務として……何かお礼できることってないっスかね」
「お礼、ですか?」
「はいっス。いや、それも当然って言えば当然なんスけど」
「そうおっしゃられましても……」
 私は別に、見返りを期待してやったわけではありませんし、そもそも思い出話をしただけです。
 礼を受けるほどのことはしていません。
「私としては、一番に読ませていただけるというだけで十分なのですけど……」
「それじゃ私の気がすまないっス。例えば……うーん、お手伝いできることとか、ないっスか?
私にでもできるようなこと。……大したことは、できませんスけど」
「そうですねぇ……」
 本当に、けっこうですのに。
 ですが納得してくださいそうにありませんね。
 何かあるでしょうか。田村さんにできること……田村さんにこそ任せられること……

「――では……」
 お言葉に、甘えさせていただきましょう。
「何かあるっスか?」
「はい。みなみさんのことで」
「岩崎さん、っスか?」
 意外そうな顔で、戸惑った声を出す田村さんに、私はゆっくりと口を開きました。
「ええ。彼女のことで、一つお願いがあります。……聞いてくださいますか?」


     ☆


「――ゆきちゃんっ!!」

 教室に戻り、扉を開けて中に入ると、同時につかささんに抱きつかれました。
 抱きつかれました!
「つっ、つかささん!?」
「ど、どうだったの? OKしたの!?」
「え、あの、何がです、か?」
「何がじゃないよっ! コクハクされたんでしょ?!」
 コクハク?
 ――告白?
 ……はい?

「はいぃぃぃぃいいっ!?!」

 自分のものとは思えないほど、まさに素っ頓狂と形容するにふさわしい声が飛び出しました。
 あれほど慌てていたつかささんも驚いた顔で動きを止めました。
 ぱちくりと、可愛らしくまばたきをしていらっしゃいます。
 そしてふと気がつくと、教室内にいるほとんど全ての方からも注目されてしまっていました。
 背後の廊下からも視線を感じます。
 おや、かがみさんと泉さんの姿が見当たりませんね。
 かがみさんは自分のクラスに戻ったのでしょうが、泉さんは、お手洗いか何かでしょうか。
 ……いえ、今はそれどころではありません。

「……申し訳ありません、つかささん。とりあえず、こちらへ」
 ひとまず後ろ手に扉を閉め、つかささんの手をとって窓際の隅まで移動します。
 みなさんの視線も同時についてきましたが、それでも先ほどよりいくらかはましになりました。
「ゆきちゃん?」
「はい、あの。ええと……なんだか分かりませんが、とにかく誤解です。告白などされていません」
「そうなの? でも、お姉ちゃんが……」
「かがみさん? ……が、そうおっしゃったのですか?」
「う、うん」
 なぜそのような……
 しかし――なるほど、あの時感じた違和感は、そういうことだったのですね。
「じゃあ、なんだったの? ゆきちゃん」
「あ、はい。それはですね――」

 その後、まだどこか不安げなご様子のつかささんに、田村さんから取材を受けた旨をお伝えし、
 どうにか納得と安心をしていただくことができました。
 それにしても、少し言葉を濁しただけでこんな誤解を招いてしまうなんて、思いもしませんでした。
 やはり言うべきことは言うべき相手に、きちんと言わなければ駄目だということですね。
 痛感しました。

















コメントフォーム

名前:
コメント:
  • 抱きつかれたいです。
    抱きつかれたいです!!!
    大事な事なので2回言いました(笑 -- 名無しさん (2009-12-06 14:56:56)
  • 抱きつきたいです。
    抱きつきたいです!!
    大事な事なので2回言いましたww -- 名無しさん (2009-12-06 06:01:06)
  • 抱きつかれました。
    抱きつかれました!

    大事なことなので2回言うんですね。分かります! -- 名無しさん (2008-04-05 20:19:15)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー