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えす☆えふ3 ~かさ☆ぶた~

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匿名ユーザー

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「……ではこれで、生徒会月例会議を終わります。書記は明日中に議事録を美水先生に提出してください。お疲れ様でした」

 ―― 暗幕を引き開けると、空は茜色に染まっていた。
 冬の日は短い。眼下に広がる校庭から、運動部員たちの掛け声が聞こえてくる。

『お疲れ様でしたー』

 椅子を引く音。鞄を閉じる音。思い思いの雑談。
 そんなざわめきに混じって、高良みゆきは電卓を叩く手を止めた。
「ふうっ、OKです。……それでは八坂さん、これでお願いしますね」
「了解ですっ、高良先輩。……あ、ヤバっ、もうこんな時間!? それじゃ先輩、お先に失礼しまっす!」
 健康そうな小麦色の肢体を翻し、こうがバタバタと教室を出て行くのを見届けると、みゆきは教室に一人きりになった。

「……さて、私もそろそろ帰りましょうか」
 再び入口に目をやると、茜色に染まったツインテールが目に入った。
「みゆき、お疲れー」
「かがみさん? 待っててくださったんですか?」
「……あのさ、みゆき……ちょっと、時間いいかな?」
 下を向いて、口ごもる。
「? はい、かまいませんが……」
 いつものかがみらしくないリアクションに、いささか驚きを覚えながらみゆきは答えた。
「あ、歩きながらでいいからさ」
「わかりました。……少し待ってくださいね」
 手早く荷物をまとめると、みゆきは体温でほの暖かくなった席を立った。


  ―――――――――――
    えす☆えふ3
    ~かさ☆ぶた~
  ―――――――――――


 春が近くなったとはいっても、ひとたび日が翳ると空気はまだまだ冷たい。
 コートの襟を立てるようにして、二人は静まり返った廊下を歩いている。

「…………」
「あの……かがみさん?」

 ちょっといいかな、と言ったくせに、かがみは何も話そうとしない。
 その顔に逡巡の色を見て取ったみゆきは、それ以上何も聞かず、ただ黙って横を歩く。

 長い廊下が終わり、階段に差しかかろうとするところで、
「あのさ……みゆき」
 かがみは、ようやく口を開いた。
「はい、なんでしょう?」
「みゆきはさ……最近、鼻血出さなくなったわよね」
「そういえば、そうですね」
「みんなも……ずいぶん落ち着いてきたわよね?」

 ―― 突発性難治性対特定対象性欲異常亢進症候群……通称、『こな☆フェチ』。
 かつては猛威を振るったその病気も、ようやく収束に向かっていた。
 まだ時折、L5を発症しこなたに襲い掛かる患者はいたものの、その頻度は日を追って減少しつつある。
 そしてそれは、かがみやみゆきも例外ではなかった。

「……私、変かもしれない」
「……はい?」
 ぽつりと呟くかがみ、言葉の意図を量りかねるみゆき。
「最近、こなたを見ても異常に興奮したり、触らずにはいられなくなったりするようなことはなくなったわ。……だけど……」
 かがみの歩みが、止まった。
「……だけど?」

「こなたを見てると……別の意味で胸が熱くなるのは、なんなのかな……」

 夕陽を背にして、少し俯いたかがみ。その表情は、みゆきにはよく見えない。
 ……それでも、彼女の頬が赤く染まっているのがわかった。

「こなたが……そばにいなくても、こなたが頭から離れないのよ。
 ……ねえ、みゆき? これって……なんだと思う?」
 思い詰めたように顔を上げ、みゆきの目をじっと見据える。

「……かがみさん……それはもしかしたら、病気のせいなどではないのかもしれません」
 八割がた予測していた、というように、かがみは小さく頷いた。
「それは……いわゆる『恋心』なのではないでしょうか」
「…………」
「思い当たる節は、ありませんか?」
 沈黙と、小さな頷きをもって肯定の意を示す。

 ―― それは、恋というほど大仰なものじゃないと思う。
 だが、かがみにとってそれは、間違いなく"友情以上"の何か。
 それだけは、間違いなかった。

「やっぱり、おかしいわよね……こなたは、同性なのにさ」
 わずかに自嘲の色を帯びた、小さな声。

「……いいえ、かがみさん。友情の延長として、同性に恋心に似た思いを抱くのは、別段おかしいことではないと思います」
「えっ?」
 予想外のみゆきの答えに、かがみの目が僅かに見開かれる。

「確かに、種族維持の本能のみに従うのであれば、同性同士の恋愛は正常ではないのかもしれません」
 ゆっくりと言葉を紡ぐみゆき。かがみは、黙って耳を傾けている。
「……ですが、生物には感情があります。そして、人間は理性を持つ唯一の生物です。
 古来から、同性同士の恋愛は枚挙にいとまがありませんし、欧米などでは同性同士の結婚が認められつつあります」
 それから、少し間をおいて、
「異性との恋愛が本能から生まれるものであるのなら、同性との恋愛は、理性や感情から生まれるものなのかもしれませんね」
 そう言って、柔らかく微笑んだ。

「……そっ、か……」
 その言葉に、かがみは心がふっと軽くなるのを感じていた。

 "恋人"だの"結婚"だの、そういった言葉までは考えたこともない。
 自身の抱く想いが、みゆきの言うように"恋"なのかどうか……正直、かがみにはわからない。
 ……それでも、みゆきと言う理解者がいる。それだけで嬉しかった。

「……でも……こなたは、どうなんだろ」
「泉さん、ですか?」
「こなたってば、いつも私の事からかって遊んでるし、そのくせ私に頼りっぱなしだし……あー、なんか腹立ってきたわ」
 心が軽くなったせいだろうか。いささか理不尽な怒りがこみ上げてくる。
 その怒りの源泉が、想いに気づいてくれないこなたへの"逆恨み"だということを、知ってか知らずか。

「それは、泉さんなりの愛情表現なのかもしれませんよ」
「あれが? 冗談きついわよ」
「ふふっ、冗談ではないですよ」
 また、少し悪戯っぽく微笑んで、

「泉さんがかがみさんをからかわれる姿は、その……小さな男の子が好きな子にする悪戯に、似ているような気がするんです」
 優しさを湛えた真顔に戻って、みゆきは言った。
「……へっ? ……ちょ、アンタ、何言って……」
 かがみの頬が再び赤く染まり、視線を床へと落とす。

「それからもうひとつ……かがみさん、気づかれてますか?」
「何によ?」
 ひとつ、軽く咳払い。顔を上げたかがみの瞳をまっすぐに見つめ、みゆきは続ける。
「泉さんがスキンシップを図るのは、かがみさんだけだ……という事に、ですよ」
「……あ……」

 薄暗い校庭を秩父下ろしが吹き抜け、窓の外の常緑樹がざわめいた。
 夕焼け空に、ねぐらへ帰るカラスが二羽、三羽。

「私には……泉さんも、かがみさんに特別な感情を抱いているように見えるんです」
「そ、そうなの……かな」
「きっとそうですよ。私には確証がありますから……あっ」
 しまった、というように、口元を手で押さえる。

「確証? 何よそれ?」
「あ、いえ、その、な、なんでもないですっっ!」

 わたわたと手を振って、みゆきがうろたえる。
 今や可愛らしいドジっ子になってしまった『頼もしい相談相手』の姿に、かがみの表情が柔らかく崩れた。


 ………………


「……はぁーくしょぉーんっ!」
「きゃっ!?」
「ずず……あ、ごめーん、みつき姉さん」
「うぅぅ……モニターグラスがスプラッシュです……」

 こなつーの唾液まみれになった眼鏡を外し、みつきが情けない声をあげた。
 素通しのレンズの裏で、無数に開かれたウインドウが瞬いている。

「むぅ……誰か、私の噂してんのかな」
 すんすんと鼻を鳴らす。
「ごめんねー、みつき姉さん。拭いてあげたいとこなんだけど……」

 メンテナンスモードのこなつーは今、指一本たりとも動かすことはできない。
 胸元のパネルが左右に開かれ、周囲に積み上げられた計測装置から、何本もの太いケーブルが全身に接続されている。

 高良家の地下にある研究所。こなつーは一人ここを訪れ、みつきの手による機能チェックに身を委ねていた。

「症状は、身体の中が痺れるような感じがする……でしたよね?」
「うん……半月ぐらい前からなんだけど」

 めまぐるしく表示される、こなつーのシステム情報。
 みつきはしばらくの間、難しそうな顔をしてそのデータを眺めていたが……
 ……やがて、降参、と言うように、大きくひとつ溜め息をついた。

「やっぱり、姉さんにもわかんないかぁ」
「はい……」
「仕方ないよ、能力(ちから)を失っちゃってるんじゃね」
「すみません……まさか、『こな☆フェチ』の緩解が、こんな問題を引き起こすなんて……」

 それは、確かに自分たちが開発したもののはず。
 しかし今や、みつきの目の前に表示されている情報は、理解しがたい略語の羅列でしかなかった。

「そういえば、最近みゆきお母さんも鼻血出さないね。……やっぱり、同じなのかな?」
「ええ……残念ですが、私と同じみたいです。ここ最近、研究室にいるところを見たことがありませんし」
「仕方ないね……基本ノーメンテナンスのはずだし、自己修復機能に任せて様子見てみるよ」

 みつきが手元のスイッチを入れ、こなつーの身体に力が戻る。
 よいしょと身を起こし、そそくさと制服を身に着ける。

「本当にすみません、こなつーさん」
「やー、気にしないでよ」

 研究室を出る間際。こなつーはみつきの方を振り返り、
「あー、そだ。みゆきお母さんには黙っといてね。変に心配されちゃったらなんだからさ」
「わかりました……でも、無理だけはされないでくださいね、こなつーさん」
「ん。ありがとね、みつき姉さん」
 そう言って、彼女は研究室を後にした。


 ―×― ―×― ―×― ―×― 


「……あれ? こなつー、ケータイ鳴ってない?」
「ん? 確かに鳴ってるね。……どこ置いたっけ……あー、あそこか」
 鴨居に引っ掛けたハンガーに手を伸ばし、オーバーコートのポケットからケータイを引っ張り出す。
「ちゃんと充電しとかないと、いざと言うとき、電話取れなくて困るヨ~?」
 こなつーのベッドの上で、うつ伏せになって足をぺちぺちやりながら、こなたがお説教。
「姉さんには言われたくないなぁ。同類じゃーん」
「ふむ。ナイスな切り返しだネ」

 同類もなにも、こなたがそれでかがみに小言を言われた時、まだ二人は"一人"だったのだが。

「……あ、みゆきお母さん? ……え、聞いちゃったんだ……
 大丈夫だよ、自己修復でなんとかなったみたいだし。みつきさんにも、心配いらないって言っといてくれないかな。
 ……うん、うん。じゃ、また明日ね」
 手短に話し、電話を切る。通話時間と料金が表示されたケータイを閉じて、「……ふーっ」とひと息。

「……こなつー? もしかして、どっか調子悪いの?」
「ぶっちゃけるとそうだったんだけど……お聞きの通り、自然に直ってくれたから大丈夫だよ。……いやー、よくできてるねぇ私」
 こなつーは、そう言って笑ってみせた。


 ………………


 ひとりベランダに出ると、そこは凍てつく闇だった。
 淡く光る遠くの街灯りが、グラデーションを描いて暗い空へと溶け込んでいく。
 夜空に大きく、その雄大な姿を広げるオリオン座。その左肩の上に、ふたつの星が輝いている。
 ふたご座のポルックス、そしてカストル。薄い雲がポルックスにかかり、その光をぼんやりとしたものに変えていく。

 胸の奥から始まった痺れは、徐々に肩口まで広がりつつあった。

「……これで、いいんだよね」
 夜空を見上げて、こなつーは呟いた。

 ―― うん、これでいいんだよ。
 あの二人のことだから、私を直せなくなった自分を責めかねないもんね……


 ―×― ―×― ―×― ―×― 


 購買部でチョココロネと白牛乳を買い、教室へ戻る道すがら。こなつーは、みさおとばったり出くわした。
「おーっす、ロボっ子ぉ~」
「やー、こんちはー、みさきち」
 至ってノーマルな、みさおの反応。『こな☆フェチ』の猛威が去りつつあることを、こなつーは改めて実感する。
(いつもと違うのにノーマルって、何か変だよね……まあいっか)
「元気してっか~? ……って、どした?」
「何が?」
「んー、なんか顔色悪くね? 大丈夫かぁ?」
 そう言いながら、こなつーの額に手を当てる。
「え?……そーかな」
(まずいなあ、顔色にまで不調が出ちゃうのか。みゆきお母さん、凝りすぎだよ……)

「……んー、熱はねーみたいだな」

 視界の隅に常駐させた、自己診断モニター。
 見た目の心拍数は、正常値の範囲内。……しかし詳細情報を見ると、人工血液の流量が明らかに落ちてきている。
(ああ、循環ポンプまで弱ってきちゃったのか……)
 落ちた流量を確保しようと、心拍数にブーストをかける。消費電力が上がったせいか、今度は身体が重くなる。
 発電機(ジェネレータ)の元気がない。ポリマーゲル充電池の蓄えが食われてる。痺れが肘まで広がってる。
 自己修復系に電力を回せない。自己修復どころか、現状維持でいっぱいいっぱいだった。

(……うへぇ、まるでジリ貧スパイラルじゃん。それなんてハードな経営シミュレーション?
 とにかく、今夜から寝る時に補充電しよ。自己修復系もフル稼動させて……)

『自己修復系からの応答がありません』 
 制御系から返ってきたアラートに、こなつーの表情が曇る。

(……えーと、何の罰ゲームですか、コレは?)

「……っ子? おーい、ロボっ子~?」
「うぉ!? な、何っ?」
 視界いっぱいに広がったみさおの顔に、こなつーは飛び上がった。
「何? じゃねーだろ……どしたんだよ、ぼーっとして」
 膝に手を突いて、こなつーの顔を覗き込んでいる。
「う、うん、ちょっと考え事してた」
「んー、まぁあれなんじゃねーの? 具合悪いんなら、高良に診てもらったほうがいんじゃね?」
 至極ごもっともな提案に、こなつーはため息で答える。

(私だって、してもらえるならそうしたいよ。……でも……)

「ま、あんま無理すんなよ。ロボットだって人間だかんな、疲れがたまったら休まねっとな~」
「なんか言ってることがムチャクチャだね、みさきち。でも、ありがとね」

「んじゃ、私は教室戻っから。ロボっ子は早引けして寝ちまったほうがいいぜ。……んじゃな~」
 元気に走り去っていくみさおを見送りながら、こなつーは他人事のように思っていた。


(……さてと……私、いつまで保つのかな……)


 みつきに診てもらったあの日から数日が過ぎたが、身体の痺れは酷くなる一方だった。
 こなつーの心は、泉こなたそのもの。自分の身体(システム)の構造や修理方法など、わかる由もない。
 システムチェックのたびに、不調を示す信号が増えていく。
 無情な現実を前にして、歯噛みすることしかできない自分が、ただ恨めしかった。


 ………………


「……なんだよっ! そんな言い方ないじゃん!」
「……何よ! あんたこそっ!」
 廊下の向こうから、二人の口論が聞こえてくる。
「お、お姉ちゃん……落ち着いて、ねっ?」
「泉さん、かがみさんも悪気があって言われたことじゃ……」
 二人のおろおろした声が、その声に重なる。

 口論の主は、こなたとかがみだった。険悪な雰囲気が、こなつーのところにまで漂ってくる。
「まったく……何やってんだろ、二人とも」
 駆け寄ろうとする脚が重い。電圧が下がり、視界が僅かに暗くなる。
(……む~、しっかりしてよ、私の身体っ!)

 ……こなたとかがみは、視線を合わせようともせず、ただ黙って立ち尽くしていた。
「みゆきさん、何があったの?」
「いえ、その……」
 みゆきが口を開こうとした、その時。

「……いいよ、もう」
 沈黙を破り、こなたが呟いた。―― そのまま、踵を返す。
「……帰る」
 そう、一言言い残して、
「こなちゃん?」
「泉さん?」
「姉さんっ!」
 鞄も持たずに駆け出したこなたは、あっという間に廊下の向こう、階段口へと消えていった。

「泉、どこ行くんや? もう授業始ま……おい、泉ーっ!?」
 踊り場の方から、黒井先生の怒声が聞こえる。
「あ……、お、お姉ちゃんっ!?」
 かがみもまた、何も言わずに教室へと戻っていった。


「……姉さん……」
 そして後には、途方にくれたこなつーたちだけが残された……


 ―×― ―×― ―×― ―×― 


 翌日。こなたは「頭が痛い」と言って、学校を休んだ。
 かがみはかがみで、昼食時にも姿を見せず、帰りもさっさと一人で帰ってしまっていた。
 生徒の姿もまばらになった教室で……三人はただ、途方にくれていた。

「どうしよう……つーちゃん、ゆきちゃん」
「困りましたね……二人とも、すっかり意固地になられてしまっていますね」
「うーん、姉さんって変に頑固なとこあるしなぁ……」
 こなつーにとって、こなたは自分も同じだ。滅多なことでは怒らないが、いざ怒ると後を引く……というのはよくわかっている。

「……やだ……」
 ぽつりと呟く、つかさ。その大きな瞳には、涙がいっぱい溜まっていた。
「こんなの……やだよぅ……えっ、えぐっ……ひっ」
「つかささん……」
 みゆきが、つかさの肩をそっと抱く。

「……明日は休日だよね……よしっ、不肖こなつー、ひと肌脱ごうじゃありませんか!」
 自分の胸をぽん、と叩いて、こなつーが宣言した。
 視界の隅に一瞬瞬いた、システムエラーのメッセージ。……こなつーは、それを黙殺する。
「えっ?……こなつーさん?」
「つーちゃん、何かいいアイデアあるの?」
「アイデアってほどでもないけどね。……まぁ、任せといてよ。二人とも、明日空いてるかな?」


 ―×― ―×― ―×― ―×― 


 しんと静まり返った、夜中の部屋。
「……ダメだぁ、どうにも気が乗らないわ」
 シャーペンを投げ出し、かがみは背もたれに背中を預けてふんぞり返る。

 目の前の数学の問題集は、予定の半分も進んでいない。
「これも、全部あいつのせいよ……ったく」

 脳裏に浮かぶのは、こなたの顔。
 売り言葉に買い言葉、つまらない行き違いからの衝突、そして断絶。
 後に残るのはただ、後悔と焦燥感。

「……あー、もうっ!」
 わざと音を立てて、椅子から勢いよく立ち上がる。
「気晴らしに、買い出しでも行くか……」
 ベッドの脇に放り出した上着に袖を通し、部屋を出た。


 底冷えのする玄関を抜け、ドアをそろりと閉める。エントランスを抜けて、表通りへと出る。
 ……そこに小さな人影を認め、かがみは足を止めた。

「やー、やっと出てきたね」
「……こなた?」
「残念、こなはこなでもこなつーだよ。ばんわ、かがみん」

 こなたの名を呼んだ時、一瞬かがみの顔が明るくなったのを、こなつーは見逃さなかった。
「……ふむ、脈はありそうだね」
「何か言った?」
「なんでもないよー」
「はぁ……で、なんでこんなところにいるのよ、あんたは」
 不信そうな顔で、かがみが言い放つ。
 無理もないといえば無理もない。直線距離で七キロはある泉家。この真夜中にちょっと散歩、という距離ではない。
「べーつにー、ちょっとした散歩だよ」
「嘘つけ」

「……姉さんがね、」
 あえてそこで言葉を切り、それとなくかがみの顔をうかがう。
「……こなたが?」
 かがみの顔が期待に明るくなり、すぐに不機嫌そうな顔を"作る"のがわかった。

「……こ、こなたがどうしたのよ。知らないわよ、あんなヤツ。……ほら、あんたもさっさと帰んなさいよ」
 ずいっ、とこなつーに近寄るかがみ。―― 仕掛けるなら、今しかない。

「私の"心"ってさ、元はこなた姉さんのコピーなんだよね」
「……だ、だから何よ。私はこなた姉さんの肩を持つからねー、とでも言いに来たわけ?」
 かがみの不機嫌度が、ぐっと上がる。……よし、ここでカウンター攻撃発動。

「だから、私にはわかるんだよ……姉さん、きっと仲直りしたいって思ってるよ」
「……!!」
「姉さん、あれでなかなか意地っ張りなとこあるからねー。自分からなかなか言い出せない、ってのもあるんだろうけどさ」

 嘘ではなかった。遠まわしにそれとなく聞き出した、こなたの本音。
「そう……かな?」
 かがみの頑なな心が、少し緩む。

「まあ、それはさておき。明日暇でしょ?」
「へ? まあ、特に用事はないけど……」
「気晴らしに、つかさとみゆきさんと、四人でどっか遊びに行こうよ」
「えっ?」
 逡巡するかがみの答えを待たず、
「さっきつかさに電話して約束したんだ。時間とか場所はつかさから聞いてよ。絶対だよ! じゃね~」
「あ、ちょっ、こなつー!?」

 脱兎のごとく走り去るこなつー。かがみは、その姿を呆然と見つめるしかなかった。

 この時、かがみは気づかなかった。
 いつもなら、あっと言う間に点になるこなつー。

 ……その走りに、いつものキレがなかったということに。


 ………………


「……ふう、ふうっ……まいったなぁ。……たったあれだけで、ここまで、息が、あがっちゃう、なんて」
 鷹宮の駅前。閉店準備を始めた書店の前で、こなつーは肩で大きく息をしていた。
 体内温度がいつもより高い。人工血液の流量が下がったため、放熱が上手くいっていない。
 身体さえ完調なら、鷹宮駅どころか、家まで数分で帰れるというのに……

「ともあれ、うまくいった、かな。……さて、これで作戦決行は決まりだね」

『我奇襲ニ成功セリ。トラ・トラ・トラ』

 つかさとみゆきに、少し格好つけてメールを送信。封筒に翼が生えて飛んでいき、待ち受け画面に戻るのを確認する。
 待ち受け画面の画像は……少し前に冗談めかして撮った、頬を赤く染めたかがみの姿。

「……うん、絶対大丈夫だよ。……だって……」

 ―― 大丈夫だよ 傷は治るんだ きっと 元通り――
 ふと思い出した、あの流行り歌のフレーズを口ずさむ。


 ……なんだか私、あの歌の主人公みたいだね……


 ―×― ―×― ―×― ―×― 
























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