『4seasons』 冬/きれいな感情(第三話)より続く
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§7
どうしてそういうことになったのか。それは恐らく十二月十二日の出来事に関係がある。
その日以降、こなたはずっと沈みがちだった。一見したところ普段どおりで、相変わらずニマニマと笑いながらふざけたことをぬかしていたけれど。その笑顔はどこか痛々しく、その発言は私たちの耳にはどこか空虚に響いていた。
けれど、だからこなたが私にキスをしたのかと云えば、それは少し違うように思える。その日の出来事は確かに私へのキスに繋がっていきそうに思えるけれど、きっと原因はそれだけではないだろう。
むしろその印象の強さで云えば、つい昨日、終業式の日に起きた出来事の方が影響は大きいように思う。だが、それでもその出来事が原因となってこなたにキスをさせたのかと云えば、やはりそれは違うのだろう。
そう、女子高生が親友にキスをしようと思うまでには、一つの原因だけではなく、きっと色々な出来事が影響しているはずだ。
それは例えば私がアルバムでしか見たことがない、こなたが小学生時代の出来事が関係しているのかもしれない。
それは例えば私がアニメライブで、前が見えなくてぴょこぴょこ跳ねていたこなたに席を代わってあげたことが関係しているのかもしれない。
それは例えば今年の秋、一緒にお墓参りに行った後に立ち寄った、兼六園での出来事が関係しているのかもしれない。
その全てが関係しているのかもしれないし、その全てが全く関係ないのかもしれない。
人の心のことなんて、わかりようがない。自分のことですらよくわからないのに、ましてや他人のことなんて尚更だ。
『気象は複雑系だから、一週間後の予測すら上手くいかない』
そう云ったみゆきのことを思い出している。
けれど、一番複雑で予測不可能なものと云えば、人の心なのだろう。そんなことを考える。
その日以降、こなたはずっと沈みがちだった。一見したところ普段どおりで、相変わらずニマニマと笑いながらふざけたことをぬかしていたけれど。その笑顔はどこか痛々しく、その発言は私たちの耳にはどこか空虚に響いていた。
けれど、だからこなたが私にキスをしたのかと云えば、それは少し違うように思える。その日の出来事は確かに私へのキスに繋がっていきそうに思えるけれど、きっと原因はそれだけではないだろう。
むしろその印象の強さで云えば、つい昨日、終業式の日に起きた出来事の方が影響は大きいように思う。だが、それでもその出来事が原因となってこなたにキスをさせたのかと云えば、やはりそれは違うのだろう。
そう、女子高生が親友にキスをしようと思うまでには、一つの原因だけではなく、きっと色々な出来事が影響しているはずだ。
それは例えば私がアルバムでしか見たことがない、こなたが小学生時代の出来事が関係しているのかもしれない。
それは例えば私がアニメライブで、前が見えなくてぴょこぴょこ跳ねていたこなたに席を代わってあげたことが関係しているのかもしれない。
それは例えば今年の秋、一緒にお墓参りに行った後に立ち寄った、兼六園での出来事が関係しているのかもしれない。
その全てが関係しているのかもしれないし、その全てが全く関係ないのかもしれない。
人の心のことなんて、わかりようがない。自分のことですらよくわからないのに、ましてや他人のことなんて尚更だ。
『気象は複雑系だから、一週間後の予測すら上手くいかない』
そう云ったみゆきのことを思い出している。
けれど、一番複雑で予測不可能なものと云えば、人の心なのだろう。そんなことを考える。
――だから。
こなたがどうして私にキスをしたのか、その理由はよくわからない。
よくわからないけれど。
それでもきっと、その日十二月十二日に私がこなたの誘いを断っていれば、あの出来事も起きず、こんなことにはなっていなかったと思うのだ――。
よくわからないけれど。
それでもきっと、その日十二月十二日に私がこなたの誘いを断っていれば、あの出来事も起きず、こんなことにはなっていなかったと思うのだ――。
※ ※ ※
「おーい、かがみさまー!」
「断る」
「ぬわっ、なんという即断っ! NOと云える日本人キタコレ!」
それは十二月十二日の放課後のことだった。
チャイムが鳴るやいなや、スパンと教室の扉を開け放って矢のように飛び込んできたこなたに、私は云った。
こいつが私のことを『かがみさま』なんて云うときには、どうせろくでもないことを考えているに決まっている。ましてやこんな風に満面の笑みを浮かべていたら尚更だ。だから私は教科書を鞄にしまいながら、わざと興味のなさそうな声で喋るのだ。
「だって、どうせろくな話じゃないんでしょー」
「いやいや、それがもう。かがみもこの話を聞けば、きっと泣きながら是非一緒に行かせてくださいと頼むようになるね」
手に持っていた鞄とコートを私の机に置いて、こなたは口から出任せを並べ立て始めた。コートを着込む時間も惜しがって、私の所まで駆けつけてきたのだろうか。そんなことを思いながら、私はいそいそとマフラーを巻きだしたこなたに目を奪われていた。
ふぁさ、とマフラーを翻して背中に垂らすと、そこに籠もっていたこなたの匂いが私のところまで漂ってくる。制汗スプレーか、ボディーソープか、シャンプーか。石鹸めいたさわやかな香り。
その匂いと光景に、どきりと私の胸が高鳴った。
なんでだろう、私は昔から女の子がマフラーを巻くところが好きなのだ。
人によって違うそれぞれのやり方で、冬の寒さから身を守ろうとしてくるくると身体に巻きつけるその仕草。それはなぜだか、私を秘密の儀式を覗き見たような気持ちにさせるのだ。ちなみに男の子の仕草にはなぜかそれを感じない。彼らの場合はただマフラーを着るだけだ。
「まー、とりあえず云ってみなさいよ。聞くだけ聞くから」
「……あ、あのね、帰り久しぶりに太宮に寄っていかない?」
「だが断る」
「どわーっ! かがみんのいけずー! いけず後家ー!」
それを云うなら行かず後家だろう。それだけでも悪いのに、よりによって“行けず”とはなんだ。けれどそう突っ込もうとしたとき、みさおとあやのが私たちのところへ近づいてきて云った。
「おうっ、ちびっこたち今日は寄り道かー、余裕ですなぁ」
「あんたに云われるとなんかむかつく。ってかまだ行くとは云ってないわよ」
「まだってことは、これから云うのかな? かな?」
私の髪をつんつんとひっぱりながら、こなたが云う。
「云わねーよ、ってか人の髪いじるな」
「かがみちゃんたちがどこか行くなら、私たちも久しぶりに糟日部あたりでちょっと遊んでいこっか?」
「お、いいなー。わたしはあやのさえよければいつでもオッケーだぜ」
「っておい、なんであやのまで私たちが寄り道するの確定してるみたいな云い方なの?」
「往生際が悪いね、かがみんや」
ポンと私の肩に手を置いて、嘆息するようにこなたが云った。
「悪くない!」
「だってほら」
こなたが指さす方をみると、教室の入り口でつかさとみゆきが笑いながらこちらに手を振っていた。
「それじゃ先帰ってるね、お姉ちゃん」
「また明日です、みなさん」
口々にそう云って、私の妹と親友は、くるりと身を翻して帰っていったのだった。
「断る」
「ぬわっ、なんという即断っ! NOと云える日本人キタコレ!」
それは十二月十二日の放課後のことだった。
チャイムが鳴るやいなや、スパンと教室の扉を開け放って矢のように飛び込んできたこなたに、私は云った。
こいつが私のことを『かがみさま』なんて云うときには、どうせろくでもないことを考えているに決まっている。ましてやこんな風に満面の笑みを浮かべていたら尚更だ。だから私は教科書を鞄にしまいながら、わざと興味のなさそうな声で喋るのだ。
「だって、どうせろくな話じゃないんでしょー」
「いやいや、それがもう。かがみもこの話を聞けば、きっと泣きながら是非一緒に行かせてくださいと頼むようになるね」
手に持っていた鞄とコートを私の机に置いて、こなたは口から出任せを並べ立て始めた。コートを着込む時間も惜しがって、私の所まで駆けつけてきたのだろうか。そんなことを思いながら、私はいそいそとマフラーを巻きだしたこなたに目を奪われていた。
ふぁさ、とマフラーを翻して背中に垂らすと、そこに籠もっていたこなたの匂いが私のところまで漂ってくる。制汗スプレーか、ボディーソープか、シャンプーか。石鹸めいたさわやかな香り。
その匂いと光景に、どきりと私の胸が高鳴った。
なんでだろう、私は昔から女の子がマフラーを巻くところが好きなのだ。
人によって違うそれぞれのやり方で、冬の寒さから身を守ろうとしてくるくると身体に巻きつけるその仕草。それはなぜだか、私を秘密の儀式を覗き見たような気持ちにさせるのだ。ちなみに男の子の仕草にはなぜかそれを感じない。彼らの場合はただマフラーを着るだけだ。
「まー、とりあえず云ってみなさいよ。聞くだけ聞くから」
「……あ、あのね、帰り久しぶりに太宮に寄っていかない?」
「だが断る」
「どわーっ! かがみんのいけずー! いけず後家ー!」
それを云うなら行かず後家だろう。それだけでも悪いのに、よりによって“行けず”とはなんだ。けれどそう突っ込もうとしたとき、みさおとあやのが私たちのところへ近づいてきて云った。
「おうっ、ちびっこたち今日は寄り道かー、余裕ですなぁ」
「あんたに云われるとなんかむかつく。ってかまだ行くとは云ってないわよ」
「まだってことは、これから云うのかな? かな?」
私の髪をつんつんとひっぱりながら、こなたが云う。
「云わねーよ、ってか人の髪いじるな」
「かがみちゃんたちがどこか行くなら、私たちも久しぶりに糟日部あたりでちょっと遊んでいこっか?」
「お、いいなー。わたしはあやのさえよければいつでもオッケーだぜ」
「っておい、なんであやのまで私たちが寄り道するの確定してるみたいな云い方なの?」
「往生際が悪いね、かがみんや」
ポンと私の肩に手を置いて、嘆息するようにこなたが云った。
「悪くない!」
「だってほら」
こなたが指さす方をみると、教室の入り口でつかさとみゆきが笑いながらこちらに手を振っていた。
「それじゃ先帰ってるね、お姉ちゃん」
「また明日です、みなさん」
口々にそう云って、私の妹と親友は、くるりと身を翻して帰っていったのだった。
※ ※ ※
「――裏切られた」
太宮駅の改札から出て、私はぽつりと呟いた。
「かがみ、まだ云ってるー」
隣でこなたがふにゃふにゃと笑った。
十二月も半ばに入った太宮駅前は、もはやクリスマスムード一色だ。時計台には緑と赤のリース飾りがつけられていて、そこかしこに豆電球の塊が樅の木を模して立ち並んでいる。どこからか流れてくるのは、大御所ミュージシャンが高い声で歌ういつものクリスマスソング。気の早いサンタクロースが、パチンコ屋の名前を呼びながらポケットティッシュを配っていた。よくわからない何かを沢山出すのだそうだ。
「うー、寒いね」
そう云って、こなたはぎゅっと目をつぶってぶるると震えた。なんだか水浴びをした後の猫のようだと私は思った。
確かにこのところ曇りがちの天気が続き、気温もどんどん下がっていっている。クリスマス前後には雪が降るかも知れない。今朝見たニュース番組で、キャスターがそう云っていたのを思い出す。私も少し寒くって、ポケットに手をいれてちぢこまった。サンタクロースの衣装は暖かそうだな。そんなことを考える。
そのサンタから、こなたはちゃっかりとポケットティッシュをもらっていた。こなたはどこからどうみてもパチンコ屋の客とは思えないだろうから、サンタもティッシュを差し出しはしなかった。けれど目の前に立って細目でずいと手を出されたら、サンタも良い子にささやかなプレゼントを渡さないわけにはいかなかったようだ。
「んー、最近はアニメとか漫画のパチンコ台増えたよねぇ」
印刷された広告を眺めながら、こなたが云った。
「そうね。よくわからないけど、需要あるのかしら?」
――さすがにこの分野には手が出せない。
口惜しそうにそう云うこなたに、私は笑った。
太宮駅の改札から出て、私はぽつりと呟いた。
「かがみ、まだ云ってるー」
隣でこなたがふにゃふにゃと笑った。
十二月も半ばに入った太宮駅前は、もはやクリスマスムード一色だ。時計台には緑と赤のリース飾りがつけられていて、そこかしこに豆電球の塊が樅の木を模して立ち並んでいる。どこからか流れてくるのは、大御所ミュージシャンが高い声で歌ういつものクリスマスソング。気の早いサンタクロースが、パチンコ屋の名前を呼びながらポケットティッシュを配っていた。よくわからない何かを沢山出すのだそうだ。
「うー、寒いね」
そう云って、こなたはぎゅっと目をつぶってぶるると震えた。なんだか水浴びをした後の猫のようだと私は思った。
確かにこのところ曇りがちの天気が続き、気温もどんどん下がっていっている。クリスマス前後には雪が降るかも知れない。今朝見たニュース番組で、キャスターがそう云っていたのを思い出す。私も少し寒くって、ポケットに手をいれてちぢこまった。サンタクロースの衣装は暖かそうだな。そんなことを考える。
そのサンタから、こなたはちゃっかりとポケットティッシュをもらっていた。こなたはどこからどうみてもパチンコ屋の客とは思えないだろうから、サンタもティッシュを差し出しはしなかった。けれど目の前に立って細目でずいと手を出されたら、サンタも良い子にささやかなプレゼントを渡さないわけにはいかなかったようだ。
「んー、最近はアニメとか漫画のパチンコ台増えたよねぇ」
印刷された広告を眺めながら、こなたが云った。
「そうね。よくわからないけど、需要あるのかしら?」
――さすがにこの分野には手が出せない。
口惜しそうにそう云うこなたに、私は笑った。
――赤本を、買いにきたはずだ。
こんな時期に今更赤本か、と思ったけれど、どうやら新しく滑り止めを増やすらしかった。今朝学校に行く前に立ち寄った糟日部の書店には丁度置いてなく、ここの三省堂なら確実に置いてあるはずだ。そう思って私を誘って太宮くんだりまで足を伸ばしたと、こなたはそう云った。
「――で、なんで私たちは今ゲマズにいるんだ?」
「いや~。蜜に吸い寄せられる蝶みたいな?」
アニメのポスターやPOPで満ちた賑やかな店内で、こなたは細目で笑いながら頭を掻いていた。
「ほら、私最近頑張ってるし。頑張った私へのご褒美オタズッグなのだよ。かがみんだってそう云ってスイーツ食べるじゃん?」
「た、食べないわよ」
「いーや、食べてるね。だってほら、このへんむにっと」
「だからつまむなバカッ!」
「むっっふっふ、その慌てぶり。やはり体重が増えてると見たっ」
ニマニマと笑うこなたのことが本当に憎たらしいと思う。一体誰にきれいだと思われたくて、私が自分を磨いていると思うのか。けれどそんなことを考えて、私は心の中で苦笑する。それをこなたに知られたら困るのは私のはずなのに、恋する乙女というものは理不尽な存在なのだと思う。
「う……だ、だってしょうがないじゃない。勉強ばっかで全然動いてないんだもん」
「ククク……そんなかがみに出歩く機会を与えてあげようと云うわたしが悪党のわけがない……。云わば寄り道に誘ったのは善意。良心的行動でございます。ざわ……ざわ……」
「すまんがさっぱりわからん」
「そっか」
そう云って、こなたは山のように積んだ本とCDをレジに差し出した。
私もついでに、ラノベの新刊を三冊買った。
「――で、なんで私たちは今ゲマズにいるんだ?」
「いや~。蜜に吸い寄せられる蝶みたいな?」
アニメのポスターやPOPで満ちた賑やかな店内で、こなたは細目で笑いながら頭を掻いていた。
「ほら、私最近頑張ってるし。頑張った私へのご褒美オタズッグなのだよ。かがみんだってそう云ってスイーツ食べるじゃん?」
「た、食べないわよ」
「いーや、食べてるね。だってほら、このへんむにっと」
「だからつまむなバカッ!」
「むっっふっふ、その慌てぶり。やはり体重が増えてると見たっ」
ニマニマと笑うこなたのことが本当に憎たらしいと思う。一体誰にきれいだと思われたくて、私が自分を磨いていると思うのか。けれどそんなことを考えて、私は心の中で苦笑する。それをこなたに知られたら困るのは私のはずなのに、恋する乙女というものは理不尽な存在なのだと思う。
「う……だ、だってしょうがないじゃない。勉強ばっかで全然動いてないんだもん」
「ククク……そんなかがみに出歩く機会を与えてあげようと云うわたしが悪党のわけがない……。云わば寄り道に誘ったのは善意。良心的行動でございます。ざわ……ざわ……」
「すまんがさっぱりわからん」
「そっか」
そう云って、こなたは山のように積んだ本とCDをレジに差し出した。
私もついでに、ラノベの新刊を三冊買った。
「結局かがみも結構買ってたじゃん」
太宮駅東口、ルミネ前にある喫茶店の窓際の席で、こなたはそう云って笑った。その半透明の窓から見える駅前広場では、誰もが寒そうに肩をすくめながら足早に家路を急いでいた。駅前のサンタクロースは、まだ健気にポケットティッシュを配っているようだ。
――こなたは、チョコレートバナナパフェを注文した。
思い出す。あの日のことを懐かしく思い出す。
この喫茶店のこの席は、あの夏の日にこなたと私が喧嘩をしたときの場所に他ならない。女子高生に気軽に入れる喫茶店なんてそう数はないし、買い物をした帰りに少しお茶でも飲んでいこうと立ち寄ることはよくあることだ。だからこの喫茶店に私たちが入ったことは特別珍しいことでもないだろう。
けれどこなたが選んだ席が丁度あの日と同じ席で、こなたが注文したものがあの日食べていたものと同じであることは、偶然だとは思えなかった。ひょっとしたら、こなたはあの日をやり直したいと思ったのかもしれない。そんなことを考える。
喧嘩して別れ、こなたは泣きながら逃げ出して、私はそれをおいかけることができなかった、あの日。意識的にせよ無意識にせよ、あの日のリベンジをしたいと、こなたはそう思ったのかもしれない。
「わ、私はほら、買ってもすぐに読まないわよ。当分棚に置いたままのつもりだもん」
そう云って、私はフルーツパフェを口に運んだ。さすがにこの季節には、マンゴーフラッペは置いていなかったのだ。
「それを云うならわたしだって買ってもほとんど読まないよ?」
「え、そうなの? あんなに買っておいて?」
「うん、やっぱり買っておくと安心するし。ベッド脇の未読用本棚はすでにもうぎっしりで、さながら小山のように。読んでないから表紙も覚えてなくて、同じの何冊も買っちゃったりして。まー、保存用にするからいいんだけどね」
「……それ、むなしくならないの?」
「たまにね」
そう云って、ペロペロとパフェを舐めるこなただった。
「あ、でもだから今日はキャラソンとかドラマCDを重点的に攻めてみた」
「攻めてみたって、おい。ながら勉強する気満々かよ」
「えー、ダメデスカ? わたしの場合、静まりかえってるよりそっちのが頭に入るのだよ。高校受験だってそれで乗り切ったし」
「いや、それで頭に入ってるならいいけどさ。実際成績ぐんぐん上がってるし。でも“乗り切った”とか云って、高校受験と一緒にするなよ。受け身になってちゃ駄目なんだからね」
「んみゅー。相変わらずかがみは真面目だねぇ」
限りなく厭そうな顔をして、こなたはテーブルに突っ伏した。ぱさりと青い長髪がテーブルに広がって、滝のようにその縁からこぼれ落ちていく。
「大学受験くらい、真面目にならないでどうするんだっつーのよ」
その頭をぐりぐりと押さえつけて、私は云った。それはこなたがまたいつものように『はなせー』と云ってくれるのを期待してのことだった。けれど、そのときこなたはなぜか気持ちよさそうに目を細めてしまったのだ。
そうすると私がしているこの行為が何か別の物に変貌してしまったようで、私は慌てて手を離した。きっとまた、私の顔は真っ赤に染まっている。そう思った。
「んー、でも落ちたって死ぬわけじゃないしね」
こなたは、そんな私の動揺に気づかなかったのか、のほほんとした声でのんきなことを云いだした。そうして私はそれにほっとして、いつも通りの突っ込みを返すのだ。
「バカッ、何云ってんのよ、これで結構将来決まるんだぞ」
「えー、そっかなぁ? 高卒でも大卒でも楽しく生きられるかどうかにはあんま関係なくない?」
「そりゃそうだけど、選択肢が全然違うでしょ。どれをとってもやりたくない道しか選べなくなったらどうすんのよ」
「まー、そうなったらかがみとかみゆきとかつかさに寄生して生きるからいいもん」
――きっとみんな喜んで拾ってくれるよー。
テーブルの上でつぶれたまま、ふにゃふにゃとした表情でそう云った。
その言葉を、素直に嬉しいと思った。こなたがそんな風に云ってくれて、私は素直に嬉しかった。
けれどそんな思いは心の奥にそっとしまいこんで、私はいつもの真面目な表情を作ってこなたを睨みつけるのだ。
私には、こなたを拾うことなんてできないのだから。
こなたは私のことをただの親友だと思ってくれているだろうけれど、私にとってこなたはそうじゃない。恋心を隠したままのルームシェアなんて、上手くいかないに決まっている。
「あのなぁ、つかさはともかく、弁護士や医者なんて当分の間稼ぎにはならないわよ? インターンやら法科大学院やらあるし、そこまでスムーズにいけるとは限らないし、っていうか、そもそも大学受かるかどうかわかんないし……」
「自分で云ってるうちに段々不安になってきちゃったかがみ萌え」
「う、うっさい!」
「まあまあ、少しくらい回り道しても大丈夫だよ。かがみがちゃんと稼げるようになるまで待っててあげるからさ」
「ほう、それはお気遣いどうも。――っておかしいだろ。なんであんたがそんな偉そうなんだよ」
「えー? もうホントかがみは細かいな。一体なんて云えば満足なのさ」
「まずはその寄生しようっていう根性からなんとかしろよ」
「だが断る」
「断んな」
太宮駅東口、ルミネ前にある喫茶店の窓際の席で、こなたはそう云って笑った。その半透明の窓から見える駅前広場では、誰もが寒そうに肩をすくめながら足早に家路を急いでいた。駅前のサンタクロースは、まだ健気にポケットティッシュを配っているようだ。
――こなたは、チョコレートバナナパフェを注文した。
思い出す。あの日のことを懐かしく思い出す。
この喫茶店のこの席は、あの夏の日にこなたと私が喧嘩をしたときの場所に他ならない。女子高生に気軽に入れる喫茶店なんてそう数はないし、買い物をした帰りに少しお茶でも飲んでいこうと立ち寄ることはよくあることだ。だからこの喫茶店に私たちが入ったことは特別珍しいことでもないだろう。
けれどこなたが選んだ席が丁度あの日と同じ席で、こなたが注文したものがあの日食べていたものと同じであることは、偶然だとは思えなかった。ひょっとしたら、こなたはあの日をやり直したいと思ったのかもしれない。そんなことを考える。
喧嘩して別れ、こなたは泣きながら逃げ出して、私はそれをおいかけることができなかった、あの日。意識的にせよ無意識にせよ、あの日のリベンジをしたいと、こなたはそう思ったのかもしれない。
「わ、私はほら、買ってもすぐに読まないわよ。当分棚に置いたままのつもりだもん」
そう云って、私はフルーツパフェを口に運んだ。さすがにこの季節には、マンゴーフラッペは置いていなかったのだ。
「それを云うならわたしだって買ってもほとんど読まないよ?」
「え、そうなの? あんなに買っておいて?」
「うん、やっぱり買っておくと安心するし。ベッド脇の未読用本棚はすでにもうぎっしりで、さながら小山のように。読んでないから表紙も覚えてなくて、同じの何冊も買っちゃったりして。まー、保存用にするからいいんだけどね」
「……それ、むなしくならないの?」
「たまにね」
そう云って、ペロペロとパフェを舐めるこなただった。
「あ、でもだから今日はキャラソンとかドラマCDを重点的に攻めてみた」
「攻めてみたって、おい。ながら勉強する気満々かよ」
「えー、ダメデスカ? わたしの場合、静まりかえってるよりそっちのが頭に入るのだよ。高校受験だってそれで乗り切ったし」
「いや、それで頭に入ってるならいいけどさ。実際成績ぐんぐん上がってるし。でも“乗り切った”とか云って、高校受験と一緒にするなよ。受け身になってちゃ駄目なんだからね」
「んみゅー。相変わらずかがみは真面目だねぇ」
限りなく厭そうな顔をして、こなたはテーブルに突っ伏した。ぱさりと青い長髪がテーブルに広がって、滝のようにその縁からこぼれ落ちていく。
「大学受験くらい、真面目にならないでどうするんだっつーのよ」
その頭をぐりぐりと押さえつけて、私は云った。それはこなたがまたいつものように『はなせー』と云ってくれるのを期待してのことだった。けれど、そのときこなたはなぜか気持ちよさそうに目を細めてしまったのだ。
そうすると私がしているこの行為が何か別の物に変貌してしまったようで、私は慌てて手を離した。きっとまた、私の顔は真っ赤に染まっている。そう思った。
「んー、でも落ちたって死ぬわけじゃないしね」
こなたは、そんな私の動揺に気づかなかったのか、のほほんとした声でのんきなことを云いだした。そうして私はそれにほっとして、いつも通りの突っ込みを返すのだ。
「バカッ、何云ってんのよ、これで結構将来決まるんだぞ」
「えー、そっかなぁ? 高卒でも大卒でも楽しく生きられるかどうかにはあんま関係なくない?」
「そりゃそうだけど、選択肢が全然違うでしょ。どれをとってもやりたくない道しか選べなくなったらどうすんのよ」
「まー、そうなったらかがみとかみゆきとかつかさに寄生して生きるからいいもん」
――きっとみんな喜んで拾ってくれるよー。
テーブルの上でつぶれたまま、ふにゃふにゃとした表情でそう云った。
その言葉を、素直に嬉しいと思った。こなたがそんな風に云ってくれて、私は素直に嬉しかった。
けれどそんな思いは心の奥にそっとしまいこんで、私はいつもの真面目な表情を作ってこなたを睨みつけるのだ。
私には、こなたを拾うことなんてできないのだから。
こなたは私のことをただの親友だと思ってくれているだろうけれど、私にとってこなたはそうじゃない。恋心を隠したままのルームシェアなんて、上手くいかないに決まっている。
「あのなぁ、つかさはともかく、弁護士や医者なんて当分の間稼ぎにはならないわよ? インターンやら法科大学院やらあるし、そこまでスムーズにいけるとは限らないし、っていうか、そもそも大学受かるかどうかわかんないし……」
「自分で云ってるうちに段々不安になってきちゃったかがみ萌え」
「う、うっさい!」
「まあまあ、少しくらい回り道しても大丈夫だよ。かがみがちゃんと稼げるようになるまで待っててあげるからさ」
「ほう、それはお気遣いどうも。――っておかしいだろ。なんであんたがそんな偉そうなんだよ」
「えー? もうホントかがみは細かいな。一体なんて云えば満足なのさ」
「まずはその寄生しようっていう根性からなんとかしろよ」
「だが断る」
「断んな」
――どうしよう。
いつもみたいなこなたの憎まれ口に、いつもみたいに突っ込んで。
そんないつも通りの日常に、私は胸の中にわき上がる感情を抑えきることができなかった。
そんないつも通りの日常に、私は胸の中にわき上がる感情を抑えきることができなかった。
――楽しい。
こうやってこなたと二人で話しているだけで、涙が出そうになるほど楽しい。
ちょっとすねて見せる顔、だらけきってのほほんとした顔、隙あらばいじり倒そうとして厭らしい笑みを浮かべた顔。ぽんぽんと弾む会話。くるくると回る二人。きらきらと輝く私たち。
一瞬一瞬が永遠で、一言一言が宝石のようだった。
どうしてこなたは、こんなに私のことをわかってくれるのだろう。どうしてこなたは、こんな風に私の張り詰めた心を解きほぐせるのだろう。こなたと話しているだけで、私の中で凝り固まっていた受験に対する不安がチョコレートのように溶けていき、そうして未来に対する甘い期待へと形を変えていく。
こなたとこうやってくだらない話をしているだけで、どんな場所もあの淡い期待に満ちた放課後の教室になっていく。
まだいくらでも時間があって、これからどんなことだってできるはずの、あの無限の可能性に満ちた放課後の一時に。
そうしてこんなに楽しいと、どうしても私は願ってしまうのだ。
こんな関係がずっと続いて欲しいと。こんな時間が永遠であって欲しいと。
ちょっとすねて見せる顔、だらけきってのほほんとした顔、隙あらばいじり倒そうとして厭らしい笑みを浮かべた顔。ぽんぽんと弾む会話。くるくると回る二人。きらきらと輝く私たち。
一瞬一瞬が永遠で、一言一言が宝石のようだった。
どうしてこなたは、こんなに私のことをわかってくれるのだろう。どうしてこなたは、こんな風に私の張り詰めた心を解きほぐせるのだろう。こなたと話しているだけで、私の中で凝り固まっていた受験に対する不安がチョコレートのように溶けていき、そうして未来に対する甘い期待へと形を変えていく。
こなたとこうやってくだらない話をしているだけで、どんな場所もあの淡い期待に満ちた放課後の教室になっていく。
まだいくらでも時間があって、これからどんなことだってできるはずの、あの無限の可能性に満ちた放課後の一時に。
そうしてこんなに楽しいと、どうしても私は願ってしまうのだ。
こんな関係がずっと続いて欲しいと。こんな時間が永遠であって欲しいと。
――けれど、そんな願いが叶うはずもなくて。
案の定、そんな幸せはそのすぐ後に砕け散ってしまったのだった。
※ ※ ※
お店を出て、二人で駅に向かって歩く。沈み掛けた夕陽が、太宮の街をオレンジ色に染めあげていた。それはまるで子供の頃の思い出にあるような光景で、私は昔のように家に帰らないといけないのを寂しく感じていた。
けれど今私の隣にいるのは、昔とは違って、つかさでもなければお父さんでもない。高校生になった私にとってなにより大切な人、泉こなたと私は歩いていく。
――手を、繋いでみるというのはどうだろう。
私がそんなことを考えたのは、子供の頃、よく家族とでかけたときに手を繋いでいたことを思い出したからに他ならない。
仲が良い女友達同士なら、手を繋ぎながら歩くことはおかしなことではない、と思う。今でもつかさとは時々そうして歩くのだし、クラスでも特に仲がいい子たちは手を繋ぎながらトイレにいったりする。だから、それは決していやらしいことではないはずだ。
私は、少しだけたがが緩んでいたのだろうと思う。普段の私なら、そんな行動を自分から起こすはずもなかった。もしそのときそうしていたなら、またさんざんっぱらこなたにいじり倒されて、未来永劫ネタにされ続けていたことだろう。
けれどそのとき私がこなたと手を繋がなかったのは、私が思いとどまったせいではなかった。
けれど今私の隣にいるのは、昔とは違って、つかさでもなければお父さんでもない。高校生になった私にとってなにより大切な人、泉こなたと私は歩いていく。
――手を、繋いでみるというのはどうだろう。
私がそんなことを考えたのは、子供の頃、よく家族とでかけたときに手を繋いでいたことを思い出したからに他ならない。
仲が良い女友達同士なら、手を繋ぎながら歩くことはおかしなことではない、と思う。今でもつかさとは時々そうして歩くのだし、クラスでも特に仲がいい子たちは手を繋ぎながらトイレにいったりする。だから、それは決していやらしいことではないはずだ。
私は、少しだけたがが緩んでいたのだろうと思う。普段の私なら、そんな行動を自分から起こすはずもなかった。もしそのときそうしていたなら、またさんざんっぱらこなたにいじり倒されて、未来永劫ネタにされ続けていたことだろう。
けれどそのとき私がこなたと手を繋がなかったのは、私が思いとどまったせいではなかった。
意を決して差し出した私の手は、こなたの手を掴むことはできなかったのだ。その手が掴んだのはただ空気だけで、私はこなたに触れることができなかったのだ。
「――こなた?」
さっきまで隣から聞こえてきていたこなたの跫音が、今はもう聞こえてこない。一緒に隣を歩いてきたはずのこなたは、そのとき一人で立ち止まっていた。
――信じられない物を見たように、大きく目を見開いて。
振り返った私が見たのは、こなたのそんな表情で。私はこなたがどうしてそんな顔をしているのか訝って、その視線の先を追ってみる。
駅前の、時計台の前に。
さっきまで待ち合わせをしていたのだろうか、そこに一組の男女がいる。オフホワイトのロングコートに桜色のショールを合わせた小柄な女の子と、制服にコート姿の、眼鏡を掛けた背の高い男の子。おそらく、私たちと同年代だろう。
そうしてその男の子も、こなたと同じように目を見開いて、私たちのことをみつめているのだった。
駅前の、時計台の前に。
さっきまで待ち合わせをしていたのだろうか、そこに一組の男女がいる。オフホワイトのロングコートに桜色のショールを合わせた小柄な女の子と、制服にコート姿の、眼鏡を掛けた背の高い男の子。おそらく、私たちと同年代だろう。
そうしてその男の子も、こなたと同じように目を見開いて、私たちのことをみつめているのだった。
――いや。
見ているのは私たちのことではない。
ただ、こなたのことだけをみつめているのだ。
ただ、こなたのことだけをみつめているのだ。
「――こなた?」
さっき私が云ったのと同じ言葉を、その人が口にする。低くて深い、よく響く声だった。一瞬私は、『こなた』というその三音にどういう意味があったのか、それがよくわからなくなってうろたえる。その言葉は、こんな風に通りすがりの男子高校生の口から聞こえてくる言葉ではなかったはずだ。
けれどその言葉は、疑いようもなくこなたのことを指していて、私の隣にいるはずのこなたのことを呼んでいて。それに気がついたとき、私は理不尽な腹立ちがわき上がってくるのを感じていた。
なんで、この人はそんな口調でこなたのことを呼ぶのだろう。
どうして、そんなに哀感に満ちた口調で、私が大好きな人の名前を呼ぶのだろう。
私はそれが腹立たしくて、その人のことを睨みつけていたはずだ。
けれどその言葉は、疑いようもなくこなたのことを指していて、私の隣にいるはずのこなたのことを呼んでいて。それに気がついたとき、私は理不尽な腹立ちがわき上がってくるのを感じていた。
なんで、この人はそんな口調でこなたのことを呼ぶのだろう。
どうして、そんなに哀感に満ちた口調で、私が大好きな人の名前を呼ぶのだろう。
私はそれが腹立たしくて、その人のことを睨みつけていたはずだ。
「――くん」
けれど私の後ろから聞こえてきたこなたの声は、同じような哀調を帯びていて。
私はそのとき、私の願いが砕け散ったことを知った。
振り向けない。
私はどうしても振り向けない。
もし振り向いて、こなたの顔を見てしまったら、きっと何かが終わってしまう。ささやかな願いだけではなく、もっともっと大切な何かが。
だから私は振り向くこともできず、彫像のようにその場に立ちつくしていた。男の子と一緒にいたロングコートの女の子と同じように、なにも云えずにその場に立ちつくしていた。
私はどうしても振り向けない。
もし振り向いて、こなたの顔を見てしまったら、きっと何かが終わってしまう。ささやかな願いだけではなく、もっともっと大切な何かが。
だから私は振り向くこともできず、彫像のようにその場に立ちつくしていた。男の子と一緒にいたロングコートの女の子と同じように、なにも云えずにその場に立ちつくしていた。
夕陽に照らされて、長く伸びた影が四人分。
ティッシュ配りのサンタクロースが、そんな私たちを不思議そうに眺めているのだった。
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『4seasons』 冬/きれいな感情(第五話)へ続く
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- これって、まさかあっちとつながるのか!? -- 名無しさん (2008-06-10 01:45:21)
- 凄く構成に気を遣ってると思うわけですよ。こういう読み方良くないかもですけど。 -- 名無しさん (2008-06-09 13:16:28)
- まさかの魔法使い(仮)?…
-- 名無しさん (2008-06-09 11:40:13) - このシリーズを読んだ後かがみのキャラソン聞くと泣きそうになる -- 名無しさん (2008-06-09 10:07:48)
- なんなんだ、この急展開は… -- 名無しさん (2008-06-08 19:06:18)