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神無月の桜祭り

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だれでも歓迎! 編集
        *****

「もう涼しくなっちゃった」
「こなたが生まれてから、車椅子でもずっと外出許可が出なかったからなあ」
「こうして病院の外に出るのは久しぶり。三人で出かけるのは初めてよね」
「そうだなぁ、公園を散歩してるだけだけどね」
「あぶ~」
「あらこなたが、車椅子でも散歩って言うのかしらって言ってるわ」
「かなたに抱っこされながらもつっこむのか。これは将来が楽しみだぞー」
「変なふうに育てちゃだめよ?」
「あっはっはっ」
「うふふ…」
「……」
「……」
「ねえそう君」
「ん?」
「お家に二人で、寂しくない?」
「んー……寂しくないことはないかな。こなたもまだ歩いたりはできないし、一
 人で使うには部屋が多いからなあ」
「なら、わたしのことはもう、」
「でも!こなたもどんどん大きくなってるし、かなただっていずれ治れば一緒に
 住める。三人で暮らせばあの家だって、きっと狭いくらいに感じるぞ」
「……」
「だから、ずっと待ってる」
「……うん」

        *****

 ちゅんちゅんとすずめの声。カーテンから漏れる光。朝です。秋の朝。
「んあ……」
 ベッドでもぞもぞうごめくこなた。セミの声と一緒に暑さも無くなって、残っ
たのは夏の忘れ物のような心地よい暖かさだけ。夜遅くまで起きているこの娘は
もともと朝に弱いから、こんな日は放っておいたらいつまでも寝てしまいそう。
そろそろ起きなきゃいけない時間です。
「ん、んぁあ……あれ?」
 むくりと上半身を起こすと、なにか釈然としない表情で自分の頭を確かめるよ
うにさすってみる。そのまま朝の支度を始めますが、そのあいだもこなたは不思
議そうな顔をしていました。
「お姉ちゃんおはよう、今日は早いね」
「ゆーちゃんおはよー。あ、そうだ、ゆーちゃんさっき起こしに来てくれた?」
「え、ううん?行ってないよ。どうしたの?」
「そっか、誰かに頭をさすられたような気がしてね」
「へぇ、ベッドに積んである漫画が倒れてきたりしたんじゃないかな~」
「そかな、うんそうかも。ま、いいや」
 二人は食パンをこんがりと焼くとバターをぺたり。テレビで朝のニュース番組
を適当に見ながらもぐもぐと食べます。 毎朝登校しなきゃいけない身としては、
ゆっくり朝食を毎日作っている時間は無いのでどうしてもパン党になってしまう
のです。 くわえて今日は土曜日、授業が午前中しかないのでお弁当のおかずの残
りというものも無くとっても質素な朝ごはん。
「おはようゆーちゃん。おっ、こなた早いなー」
 そこへ目の下にクマを作った人が入ってきました。ふらふらとした足取りで。
「おじさんおはようございます」
「はよー、お父さん。」
 お父さんはお茶だけコップに注ぐと二人に並んで座り新聞を広げます。朝食は
用意しません。どうやら徹夜でお仕事をしていたよう。
「また徹夜したの?お父さんもう若くないんだからさー」
「もうすぐ原稿上がるからなあ、今日は気持ちよく眠れそうだぞ」
「無理しちゃやだよー」
 こなたはパンをもぐもぐしながら言います。
「心配してくれるのかこなたー。良い子に育ったなー」
 べったりと抱きつくお父さん。本当に、この人はこんなだけど良い子に育ちま
した。
「ジャマだよお父さん」
「なんだこなたつれないぞー」
「あーもー徹夜明けは変なテンションなんだからー。テレビ見れないよ」
「テレビより親子の愛だろー…おっ、近所の話だな」
 その時テレビに映っていたのは、血生臭い事件ではなく地元の他愛もないニュ
ースでした。

“『ソメイヨシノ咲く!?』○○市の××公園に並ぶソメイヨシノが淡いピンク色の花
を咲かせている。地元では春の花見の名所として有名だが、「この季節の開花は記
憶がない」(同市公園課)とびっくり。これをチャンスと見た地元商店街による出
店もあり、季節外れのお花見シーズンとなっている。”

「10月に桜だってお姉ちゃん」
「そだねー珍しいねえ。…ハルヒが映画でも撮ってるのかな」
「はるひ?」
「いやいやこっちの話だよ」
「ふ~ん。わたし桜大好きなんだ~」
「あー、ゆーちゃん似合いそうだもんね。ピンク色とか可愛いの」
「そ、そうかな」
 子供達は珍しい出来事に話を咲かせます。 でも一人だけ、少しうつむき気味に
考え込んでいました。
「……」
「どったの?お父さん」
「ん、ああ何でもない。桜かあ……そういえば今日は土曜なのに学校あるのか?」
 お父さんは何かを思いついたように、左手を握って右手の平をポンと叩きます。
古い漫画だったら頭の上に電球が光りそうな仕草です。
「文化祭の片付けがあるんだよ。午前中には終わるけどね」
「そうか。じゃあ学校終わったら花見でも行くか!」
「ぅお!…って寝るんじゃなかったん?」
「ふっふっふ、父さんもまだまだ若いということを教えてやろう。ぼうや達には
 負けんよ」
「若さゆえの過ちにならなきゃいいけどね」
 こなたはやれやれとため息をつきながらも、嬉しそうな顔をしています。お父
さんの提案した十月のお花見には、二人とも乗り気なようです。
「えと、じゃあみなみちゃん達も誘ってもいいかな?」
「もちろんOKだよゆーちゃん。むしろウェルカム!かわいい女の子が増えるの
は大歓迎」
「ちょ、お父さん…そういう危険な発言はみんなの前でしないよーに」
 …
 ……
 声が満ちる食卓。
 笑顔の種類も二つじゃなく三つもある。それがかつて望んだ三つじゃないとし
ても。
 泉家は今、とってもにぎやかです。

          *****

 ………
「この辺りは桜が多いのね…」
「………」
「そう君?」
「…んっ、ああこの辺は花見の名所だからなあ」
「…そう君、最近ちゃんと寝てる?」
「んー大丈夫大丈夫」
「だいじょうぶって…こなたのこともあるけど、無理しちゃだめよ」
「わかってるよ。かなたの帰るところが無くなったら元も子もないからなあ」
「いっしょに入院、なんてことにならないようにね」
「気をつけます」
「はい、よろしい」
「ふふっ、それで桜がどうしたんだ?」
「うん。花が咲いてるときはいいけど枝ばっかりの桜って、たくさん立ってると
 無性にさみしく見えちゃうなぁって思って」
「そうだなあ。春の桜がにぎやかだから、なおさらそう見えるかもな。でもこれ
 はこれで良いんだぞ」
「うーん、でもわたしはやっぱり春のほうが好きよ。空が桜色で埋め尽くされる
 ような、突き抜けた明るさが好き。なんだか見ているだけで元気になれるよう
 な、そんな気になるの」
「そっか…なら春にまた来ないとな!」
「…うん」
「そのころはこなたももっと大きくなってるぞ。今と同じようにかなたが抱っこ
 してはこれないかもなあ」
「それならわたしが車イスを使わないでよくならないとダメかしらね」
「ああ、春にはみんなでお花見しにこような」
「……うん。春が楽しみね、そう君」

          *****

 まだ暖かいといっても、所詮は夏の名残。空気はどこか涼しさもいっしょに感
じさせるような微妙な気温です。その後やってくる季節の違いはあれど、春の陽
気に似てなくもありません。
「うおっ本当に咲いてるな」
 そんな中、公園の桜たちは春と勘違いしたかのようにいっせいに開花していま
した。 七分、八分くらいでしょうか。満開とまではいかなくても、十分に景色を
桃色に染め上げています。 お父さんはふらふらと辺りを見回しながら桜と出店の
間を歩いていました。
「けっこう人来てるんだなあ。仕事はいいのか仕事は」
 それは誰かに向けた言葉じゃなく、ただつぶやいただけ。なので誰にも聴かれ
ることはなかったけれど、もし誰かの耳に届いていたらこう言われたことでしょ
う。
 あなたが言うな、と。
 そもそも土曜日なのですから、ほとんどの人はちゃんとお仕事が休みの日のは
ずです。むしろこの人の感覚の方がおかしいのです。長年曜日の関係ないお仕事
をしているから仕方がないのだけど。
「ん~あそこにするか」
 お父さんは桜並木に設置してあるベンチの中から誰も使っていない所を選んで
座りました。こなた達が来るまで腰を落ち着けて待つつもりです。
「くぁっ、さすがにちょっと眠いな」
 徹夜をしてそのまま午前中にお仕事を仕上げたので、昨夜から一睡もしていま
せん。今になって気が抜けたのか息をするごとにまぶたが下がっていき、うとう
とと身体も揺れ始めます。何かによりかかるか誰かが支えるかしないと、ベンチ
の上に倒れて眠ってしまうでしょう。大の大人が一人でベンチで横になっている
のは、あんまりよい姿じゃありません。
 ……まったく、しょうがないひと 。
 お父さんが座ったままでベンチに倒れこまずに眠っていると、こなたがやって
きました。こなたは一人じゃなく、三人の女の子といっしょのようです。
 そのうちの一人、頭の真ん中におっきなリボンをした女の子の声が聞こえてき
ます。
「ほんとすごいねーお姉ちゃん」
「そうね、十月に桜の花を見るのは初めてだわ」
 リボンの子のお姉さんでしょうか、二つに分けて結んだ長めの髪をふりふりさ
せてる女の子が少し驚いたような声で応えました。
「まさにみゆきさんカラー一色だねー」
「わたしですか?」
 桜色の天井を見上げながらこなたがつぶやくと、メガネをかけた女の子がおっ
とりした声できょとんとしてしまいました。
「カラー?ゆきちゃんの色?」
 リボンちゃんも頭に?を三つほど浮かべます。さらにリボンちゃんのお姉さん
も意味をいまいち理解できなかったようです。
「なによカラーって。みゆきの雰囲気にピンクが似合うからってこと?」
「まあそういうことだよ」
 こなたは少しうつむいて顔に影を作ると、目をキラーンと光らせて言いました。
「私たちがカラー漫画かアニメになったら絶対みゆきさんの髪はピンク色だね」
「あんたはまた何言ってんだか。実際にそんな髪の色の人なんていないわよ」
 お姉さんは呆れた様子でしたが、もう一人メガネの女の子はこなたのお話にの
っかります。
「ピンクですか。溢れる愛の色ですね。きっとわたしの泉さんへの愛が、泉さん
 に髪の色をピンク色に見せてしまったのでしょうかだばだば」
 突然メガネさんの鼻から流れ出る血。溢れ出たのはピンクじゃなく赤色でした。
「ゆきちゃん、あんまり出すと桜が赤色になっちゃうよ」
 盛大に吹きだした鼻血を見ながら、リボンちゃんはいつものことだという雰囲気
でのんびりしています。
だいじょうぶなのでしょうか。
「泉さんが望むならすべての桜を紅に染めてみせましょう」
「いや、私は望んでないよ」
「そうですか。では」
 だいじょうぶでした。
 こなたが首を横に振ると、メガネさんは鼻を押さえて何やら力を込めます。す
ると、それまでの鼻血など出していなかったかのようにぴたりと止まりました。
「……あー、ちょっといいか」
「どしたのかがみん」
「なんか別の作者さんのSSになりそうだからみゆきの髪の色の話は終わりにし
 ないか?」
「ん~、そだね」
 お姉さんは両手で何かを放り投げる仕草をしながら「じゃあ終わり!」と、き
っぱり宣言しました。
 彼女の声は結構な大きさでしたが、お父さんの眠りを妨げるほどまだ近づいて
はいません。なのでこなた達もお父さんも、まだお互いの存在に気づきませんで
した。
「ふぅー…話戻すわよ」
 お姉さんが仕切りなおしといった感じに口を開きます。
「なんでこんな時期に咲いたのかしら。めったにないことよねえ?」
「ふっふっふ。かがみんや、私達にはこのお方がいるじゃないか。教えてみwiki
 さん!」
「こなちゃん、みwikiって…」
 びしりとメガネさんを指差すこなたに苦笑いを浮かべるリボンちゃん。
 メガネさんは鼻の下に付いた鼻血をハンカチで拭きとり、こなたの方に向き直
ります。
「桜が咲いた理由ですか?少し長くなってしまいますけど…」
 一旦メガネさんが口をつぐんで周りをうかがうと、三人ともこくこくとうなず
きを返しました。
「はい、それでは~…こほん。桜の花芽は七月ころには生育していますので、冬
 の寒さで休眠する前に台風や虫害でなどで葉が落ちますとこのような時期に咲
 いてしまうことがあるそうですよ。ですが、満開近くまで咲くことは稀らしい
 のでやっぱり今回のことは珍しいことだと思います」
「へー台風とかのせいなんだー。そういえば台風が続けて来ちゃったりしたもん
 ねー」
 リボンちゃんは身近な不思議の種明かしをされた小学生のような顔でひどく感
心しています。
「それともう一つは科学的なものではないのですが、ご先祖様をお呼びする桜と
 する言い伝えもあります。神無月である十月は土地の神様が一時的にいなくな
 ってしまうので、神様が各地の人々のご先祖様を呼び寄せて神様のかわりに見
 守っていてもらうというものらしいです。神無月に咲く桜はご先祖様が来ると
 きの目印だとか」
 メガネさんが解説している間、誰も口を挟みませんでした。なぜこの女の子は
こんなことを知っているのでしょうか。聴いている三人も、メガネさんなら知っ
ていて当然というような扱いで特に賞賛しません。それが、逆に凄さを表してい
ます。
「なるほどね~」
 こなたがうんうんと頷いていると、お姉さんが首をかしげながら疑問を口にし
ました。
「へぇ~、でもそれだったら毎年咲かなきゃだめじゃない?」
「え~と、そうですねえ。言い伝えですから~」
 メガネさんは少し困った顔をしながらあっさりとお話の欠点を認めてしまいま
す。そんな様子にこなたが口をへの字に曲げました。
「うへぇ~、かがみんロマン無さすぎ」
「し、しょうがないでしょ。そう思っちゃったんだからっ」
 ちょっとだけ顔を赤らめながら焦って弁解するお姉さん。そこへリボンちゃん
が遠慮がちに意見を述べます。
「えーっと、こういう年は特別良い年なんだって思えばいいんじゃないかなあ」
「さすがつかさはロマンが分かってるね~。同じ神社の娘でなんでこうも違うの
 かな~かがみん」
 こなたはにたにたと笑いながら背伸びをすると、お姉さんによりかかって頭を
ぺたりぺたりとなで回します。
 お姉さんは悔しいのか恥ずかしいのか顔の赤みが増すと、こなたをはじくよう
に跳び上がって叫びました。
「う、うるさい!」
 その時、お父さんがびくりと身体を震わせました。けっこうそばまで近づいて
きていたこなた達の声が耳に入ったのでしょう。この人は瞬時に目を開きました。
 一人でベンチに座っているおじさんより、にぎやかに喋っている女の子の方が
良く目立ちます。目が覚めるとお父さんは先にこなた達を見つけました。
「おーいこなた、こっちだぞー」
「あ、お父さん先に着いてたんだ」
 こなたが最初に気づき、リボンちゃんとお姉さんとメガネさんの三人もそれぞ
れに挨拶を交わします。合わせて四人です。
「あれ、ゆーちゃんはどうした?」
 朝の会話ではゆたかちゃんもお友達を連れてくるようでした。お友達が来れな
いとしても、少なくとも一人足りません。
「あー、ゆーちゃん達はちょっと遅れてくるよ。1年生は文化祭で物置になってた
 空き教室の掃除させられてるみたい」
 大変だね~、と肩をすくめるこなた。それを聞いたお父さんは持ち上げかけた
お尻を再び戻しました。
「じゃあもうちょっと待ってようか。出店をまわるのは皆来てからの方がいいだ
ろうし」
「そうですね~。そう遅くはならないとみなみさんも仰ってましたし」
 メガネさんが同意したのをきっかけに、お父さんが座っていたベンチに次々座
りました。お父さんの隣にこなたが、次にお姉さん、リボンちゃん、メガネさん
の 順に座ります。
 それから、しばらく誰も喋りませんでした。暖かい風にさらさらと踊る前髪。
空気まで色づかせるように桜色に咲く空。カシカシと鉄板を擦る音にお客を呼び
込む威勢のいい声。それらに囲まれながら、ゆるやかに首をもたげてぼんやりと
桜並木を眺めます。
「本当に、春みたいだなあ…」
 ぼそりとつぶやくお父さん。言葉といっしょに吐き出した大量の空気は溜息の
よう。
「どったの?」
 言葉とは裏腹の、普通なら気づかないような微かな沈んだ気配も、ずっと二人
きりで暮らしてきた娘にはしっかりと感じ取れるようです。
「ん?ちょっと思い出してなー」
「なにを?」
「あれもこのくらいの季節だったかなあ。こなたが生まれた年に三人で散歩して
 たときに、みんなでお花見しようって話してたんだけどな」
「ん~覚えてないよ」
「そりゃそうだろー。こなたは0歳だったもんな」
「そっか。でもそのときも今年みたいだったら、」
 こなたは珍しく躊躇うように、いったん言葉を切って言いました。
「お母さんとも一度はお花見できたのにね」
「ああ、そうだな」
 お父さんはこなたの頭をゆっくりなでると、そっと抱き寄せました。
「春まで、もうちょっとだったのにな」

          *****

「そういえばこなたはまだ桜の花は見たことないのか。こなたは桜好きになるか
 なあ」
「そう君、しぃー」
「ん?」
「すーすー」
「ああ、寝ちゃったのか」
「ええ、もうしっかりと。外の風が気持ちよかったのね」
「ほんとだ。熟睡してるなぁ。かわいい顔してまあ」
「うふふ、そう君ったら親ばか」
「いやいや、きっとかなたに似て美人になるぞー」
「もう…ほくろなんてそう君似よ」
「間違いなく二人の子供だな」
「でも成長は私達に似ないで欲しいわ。私の身体に似ちゃうのもなんだし…そう
 君みたいな性格になってもお友達できにくいだろうし」
「うっ、ひどいぞかなた~。俺も多くはないけどちゃんと友達いるぞー」
「ふぅ。こなたにもちゃんとお友達できるかしら…」

          *****

「そっか、こなちゃんのお母さんって…」
 話を聞いていたリボンちゃんは眉を下げてしゅんとしてしまいます。彼女はと
ても優しい女の子のよう。だけど、桜の花にそんな顔は似合いません。
 少しの間、口を開きにくい空気が漂います。でもそれは、ほんの少しだけでし
た。
「まあでも」
 お父さんはこなたの肩から腕をのばして、抱きかかえるようにひっつきます。
「こなたがどんどんそっくりになってくからな。かなたと一緒にいるような気に
 なるぞ…喋らないと」
「ふ~ん。って喋らないとってどゆこと!」
 こなたは同意しかけるものの、途中でただ似ていると言われたんじゃないこと
に気づいてしまいました。
「そりゃーだって、中身はなあ?」
「お父さんに言われたくないよ」
 そう言うと絡み付いていた腕を振り解き、うりゃうりゃ~とお父さんを押しの
けました。そんな二人の様子に、
「泉さんのお宅は親子仲がよろしいですね」
「ちょっと父と娘の仲のよさとは違う感じもするけど」
 と、メガネさんとお姉さん。すっかりのほほんとした空気が戻っています。そ
れはリボンちゃんのくもり顔を拭い去るのにも十分でした。
「こなちゃんのお母さんってどんな人だったの?」
「んー、わたしもすごい小さかったからほとんど知らないんだよね」
 こなたは目を細めて彼女の質問にそう応えました。仕方がないことだけど、さ
みしいこたえ。
「そっか~…」
 リボンちゃんは残念そうに眉を寄せます。
「そうだねえ、一言で言うと」
 娘の代わりにお父さんが答えました。どんなふうに言うのかなと思っていたら、
すごい例えをしたのです。
「こなたを中身も女の子にした感じかな」
「うおーいっ!私はいまでも女だよっ」
 まったく実の娘をつかまえてなんてことを言うのでしょう。そもそも誰の趣味
の影響でこなたがそうなったのか、小一時間問い詰めたいところ。
「あーなるほど」
 ですがその例えがよほどしっくりきたのか、お姉さんは何度も頷いていました。
「ちょっ、かがみ何なっとくしてんのさ」
「だってあんたオッサンみたいなとこあるじゃない」
「お姉ちゃん、それはちょっとひどいかも・・・」
 にやにやと笑うお姉さんに、小声でちょっとフォローするリボンちゃん。でも
口ぶりからして、彼女も少しこなたのことをそう思ってるみたい。
「そうですねえ。泉さんは独特の感性をお持ちの個性的な方ですから、一般的で
ないという意味で変わっているかもしれませんね」
 ただ一人メガネさんだけは肯定的に聞こえる言い方をしてくれました。
「今みゆきさんが良いこと言った!個性は大事だよ。キャラ立ちには必須だよ」
「いやいや、褒めてるんじゃないと思うわよ。さすがみゆき、かわし方を心得て
 るわね」
 お姉さんがさくっとクギを刺します。こなたのハートにざっくりです。

 こなたがお友達と喋っている間、お父さんは嬉しそうにその光景を眺めていま
した。
 ちょっと気弱で大きなリボンが可愛らしい女の子に、反対に気が強くてこなた
となんでも言い合えるそのお姉さん。そしてほわほわとした雰囲気の物知りなメ
ガネの子。みんなそれぞれに違ったやさしさを持った女の子。
 中学校までこなたにあんまりお友達がいなかったみたいで心配だったけど、こ
れで一安心かしら。
 本当に素敵なおともだちができてよかったわね。こなた。

          *****

「だいじょうぶだろー」
「こなたの未来のことよ?心配にもなるわ」
「んー俺はあんまり心配してないぞ」
「え?」
「だって、かなたがお母さんならちゃんと良い子に育つさ」
「そう、かな」
「ああ、確かに父親はちょっとアレかもしれないけどなっ。あっはっは」

          *****

 こなたはお友達に向けていた首をお父さんに振り向け、ああそっか、と何かに
気がついた声を上げました。
「そういえばお父さんさ、お花見しようって言い出したのって、さっき言ってた
 お母さんとのこと思い出したからなの?いつもはお仕事あがったら寝ちゃうよ
 ねえ」
「ん~そうだなあ、秋に桜が咲いたって聞いた時にぱっと思い浮かんでな」
 お父さんは昔を懐かしむように一瞬視線を宙に泳がせました。この人はあの頃
のことを、もうずっと昔のことを覚えているのかしら。
「それに」
 一緒になって昔のことを思い出していると、何か一つ付け加えました。
「お花見するなら女の子がいた方が楽しいだろー」
 うぁーっ!娘のお友達の前で何を言ってるんですかあなたはっ!
「うわぁ、ちょっと良い話だったのに、台無しだよお父さん」
 本当にね…
 相変わらずというかなんというか、家族以外の人の前でもこんな調子なんだか
ら。さっきこなたとお友達を眺めてたとき嬉しそうにしてたのは、もしかしてこ
なたに仲の良いお友達がいて嬉しいという意味じゃなかったの?……
 この人の頭にはそんなことばかりが詰まっていっているのかしら。
 もう、あんな昔の約束なんて覚えていないのかなぁ。

          *****

「うふふ………でも、私はほとんどこの子になにもしてあげられてないわ」
「んー?じゃあ今のこなたはなんなんだ?」
「…?」
「すーすー」
「ほんとにかなたがこなたのために何にもなってないんだったら、こんな気持ち
 よさそうに寝てないぞ」
「…うん」

          *****

「こなちゃんのお父さんって、こなちゃんにそっくりなんだねえ」
「つかさ、それを言うならこなたがおじさんに似てるんじゃない?」
「あ、そうかも。えへへ」
 リボンちゃんとお姉さんの言うとおり、こなたはしっかりお父さんの影響をう
けて育ちました。私がいれば違ったかもしれないけど、
「ずっとお父さんと二人暮しだったからねー」
 こなたが父親の背中を見て育ったのは避けられないことです。
 だけど、
「ふむ。父娘二人で、っか・・・おじさんの実家に戻ったり、えっと、再婚…とか
 はしなかったんですか?こなたが小さいころは大変だったんじゃあ」
「いやあ、家で仕事してるからこなたの世話もできたんだよ」
 お父さんとそっくりになるということが、そんなに悪いことばかりじゃないこ
とも、
「それに、あの家はかなたが帰ってくる場所だから」
 私は知ってる。

          *****

「こなたは、かなたの腕の中が好きなんだぞ」
「…うん」
「だから、なにもしてないなんて言ったらだめだ」
「…うん」

          *****

 あ―――
 ずるい、ずるいなあ。
「かなたと散歩してる時に話したことがあってね」
 いつもは呆れるようなことばかり口にするのに、たまに私の心にふっと吹きか
けるようなことを言う。そんなことを言われたら、もう怒れないじゃない。そも
そもこなたがちゃんとお友達ができるように成長したのだから、マニアックな趣
味まで似てしまっても怒ることじゃないのだけど。

          *****

「約束しよう」
「約束?」
「ああ、かなたも元気になって、こなたのことを…」

          *****

「あの家で二人で育てていこうって」

 ……………
 やっぱり、
 忘れていなかった。
 この人は、
 ずっと覚えてた。

 私が死んでしまったせいで、あなたを縛る鎖のようになってしまった約束を、
しっかりと守ってくれていたんだ。
 忘れてくれていた方が、ずっとよかったのよ。それはきっと失ったはずの身が
引き千切れるような悲しみをもたらすかもしれない。でも、忘れてくれればよか
った。あなたを縛るそんなもの。

 だけど、
 あなたが忘れないというのなら、
 私も忘れない。

 こなたが巣立ち、
 あなたが私のことを忘れるという、
 いつかくるかもしれないその日まで、
 もう一つの約束を守りましょう。

          *****

「じゃあ、私も約束」
「ん?どんな」
「これから、どんなことになっても、どんなに離れていても、ずっといっしょだ
 よ」

          *****

 そう君。

 こなた。

 わたしはいつもそばにいるよ











「こなたお姉ちゃーん」
 遠くの方からかわいらしい声が聞こえてきました。こなたに負けない、いえ、
より小さな影が小走りにやってきます。ゆたかちゃんでした。
「あっ、ゆーちゃん達だ」
 こなたが一番に気がつき、立ち上がって手を振ります。
 ゆたかちゃんは一人じゃなく、こなたと同じように三人の友達と一緒のようで
す。背の高い女の子に、黒くて長い髪のメガネの女の子と、外国人らしき女の子。
 ゆたかちゃんのお友達も、なかなか個性的な人たちみたい。
「お、来たなー。じゃあ出店まわろうか。今日はおごっちゃうぞー」
 そう君がそう言って立ち上がると、小走りのままでやってきたゆたかちゃん達
がちょうど到着しました。
 走った距離もスピードもたいしたことないのだけど、ゆたかちゃんは結構息が
切れてしまっています。まったく息切れしていない背の高い女の子が、彼女の一
番近くでそっと支えるように寄り添っていました。
「お姉ちゃんおまたせ~」
「ゆーちゃんゆーちゅん、お父さんがおごってくれるって。これはもう五凶、い
や九凶爆闘やるしかないね!」
「ばくとう?」
 こなたの言葉にゆたかちゃんが困惑してます。きっとマニアックな専門用語でしょう。私にもわからない。
「おっ、ひぐらしっスね」
 黒髪メガネの子が目を輝かせて食いつきました。
「今やってるアニメに出てくる言葉で、早食いとかで競争して出店をやりつくす
んスよ」
 ゆたかちゃんだけじゃなく周り全員に説明するように話します。ああ、やっぱ
りそういう方面の言葉だったのね。
「これのあとはペンペン草も残らナイでーすヨ」
 外国人の女の子が底抜けに明るい調子で情報を付けくわえると、こなたは左腕
を突き上げて気勢の声をあげました。
「さあ行くぞ皆の衆!」
 こなたと同じような勢いでついていく子に、いいのかな?と悩みながらも流さ
れていく子、こなたと同じようにはなれないけど出店の食べ物の匂いに惹かれて
実はまんざらでもない子。いろんな子たちがぞろぞろと歩き出します。
 そんな中、冷や汗をかく人が一人。
「えっと…そこまでお金持ってきてないんだけどなぁ…」
 そんな切実な言葉も、躊躇いがちの小さな声ではこなたには届きませんでした。
「お父さん遅いよ~!」

 ふふふ。がんばってね、そう君。





















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  • GJ -- 名無しさん (2010-07-07 00:47:23)

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