kairakunoza @ ウィキ

なまえのはなし

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「かがみってさ、一人だけ“モノ”だよね」
「はぁ?」

 同時に。
 チャイナドレスをまとった女戦士の肩が、丸太のような腕に捕まれた。
 ロシア人の巨漢はそのまま彼女を軽々と持ち上げながら自らも跳躍。抱えあげた女戦士の体を
まるで人形でも扱うように空中で反回転させると、容赦なく、落下の勢いに任せて脳天を地面に
叩きつけた。 
 女戦士は(何故か)ぶっとばされて、か細い悲鳴を上げながらダウン。ロシア人は両腕を高々と
掲げてガッツポーズをとり、背景の観客たちは歓声を上げる。
 要するに。
 ちょっと目を離した隙に私の春麗がこなたのザンギエフにK.O.された。
 で、なぜ目を離したかというと、こなたが、唐突にわけのわからないことを口走ったからだ。
「……なによ。サンドバッグだとでも言いたいの?」
「そんなんじゃなくてさ」
 険を含んだ私の問いに苦笑い気味に答えると、こなたはコントローラーを床に置いた。
 胡坐をかいた体勢のまま座布団ごとくるりと回って私の方に向き直り、人差し指を一本、立てた。
「名前だよ、名前。かがみだけ名詞だよねってハナシ」
「はぁ……?」
 いや、意味がわからない。
 確かに私の名前の「かがみ」は、同時にモノの名前でもあるわけだけど。
 『私だけ』というのがわからない。
「あんただって『こなた』じゃないの」
 此方――『こちら側』という意味の一般名詞。
 何かと俗っぽいこいつにはそこそこ似合った名前だと思う。
 しかし彼女は苦笑を深めて指を振る。
「いや、かがみんトコの柊四姉妹の話だってば。私関係ないじゃん」
「あぁ……って、そんな前提は今初めて聞いた気がするんですが」
「そう?」
「そうだよ」
 まったく。
 筋立ての仕方が悪いのか、こいつの話はときに非常にわかりにくい。
「だとしても、やっぱりわからないんだけど? 別に名詞なのは私だけじゃないわよ」
「ええー? だって……さっきのが、まつりさんでしょ?」
 言いつつ、こなたは開け放たれたふすまの向こう、廊下の方を指差し示す。
 ちなみに言い忘れてたけど、私の家だ。その居間。で、こなたの言ったとおり、十分ほど前に
まつり姉さんが顔を出して卓袱台の上のせんべいを一枚失敬して去って行ったりした。ちなみの
ちなみに、つかさはたぶんまだ寝ている。休日なのだ。
 それはさておき、
「ええ」
 まつり姉さん。
 柊家の次女。私の一つ上の姉。
 『祭り』だか『祀り』だか、そういえばはっきり確かめたことはないけれど、どちらにしても
名詞であることに変わりはない。
 と、思ったのだけど。
「まつる、まつらない、まつるとき……って、動詞に変換できるじゃん」
「ああ……そういう話ね」
「うん」
 二人でうなずく。
「で、もう一人が、いのりさんだよね? これも『祈る』だし、つかさも……『つかさどる』?」
 なるほど。
 そして私だけ、活用のきかない名詞である、と。今まで気にしたこともなかったけど、確かに
言われてみればそのとおりだ。納得した。
「……」
「……」
「で?」
「え?」
 が、続きを促すと、こなたは首をかしげてしまった。
「……ああ。や、別にそれだけだけど」
「あっそ」
 投げっぱなしかよ。
 いや、まぁ、確かにこれ以上発展の余地はなさそうだし、なんとなく思いつきで言ってみただけなんだろう。
 鼻で小さく息をつく。
 それを合図としたように、こなたが身体をテレビに向け直し、コントローラーを握り直した。
 ゲームを再開する。

 カチャカチャ。
 ビシッ。
 バシッ。
 へあっ。
 はあっ。
 アーッ!(アーッ!(ァーッ!))
 負けた。
「……ねぇ、かがみ」
「なに?」
 ラウンドトゥー、ファイッ。
「その……怒ってる?」
「なにが」
「だから、さっきのハナシ」
「……」
 エイッ。
 ヤアッ。
 キコーケンッ。
 ウーアッ!(ウーアッ!(ゥーァ!))
 あ、勝った。
「別に、怒ってないわよ」
「でも気にしてるよね?」
「……」
「……」
 ラウンドスリー、ファイッ。
 エイッ、ヤァッ。
 ビシッ、バシッ。
「……なんでよ」
 ふんっ、はあっ。
 ドカッ、バキッ。
「なんとなく……ってか、見ればわかるよ」
 ぎゅるんぎゅるんぎゅるん。
 っどーん。
 アーッ!(アーッ!(ァーッ!))
 負けた。
「そう」
「うん」
 ため息。
「まぁ……自分だけ違うとか言われたら、ちょっとね。でも別にそんな、すごく気にしてるってわけじゃないわよ」
 うん。
 少なくともこいつがこんな、気まずそうな顔をしなければならないほどのことではない。
「ただちょっと、言われてみれば、なんでかなーとか、そんな程度よ」
「あー、ワイドショーなんかでエロゲーの曲がかかって、でも何のゲームだかとっさに思い出せなくて、
なんだったっけなー、みたいな感じ?」
「いや、ちょっと違う……ってか、例えがピンポイント過ぎるわ」
 一瞬吟味しかけて、慌てて振り払う。アハッ、とこなたは笑った。
 またため息。
「ま、今度訊いてみようかしらね」
「おじさんとおばさんに?」
「ええ。他に誰がいるのよ」
「そか。そりゃそーか」
 聞いてもわからないんじゃないかって気もするけど。そんな深く考えてるとも思えないし。
 たぶん神事由来の言葉の中から名前に使えそうなものを思いついた順番に当てはめていっただけだろうから。
 それぞれに願いを込めてくれてはいるにしても。
 ああ、だとすれば逆に、これがつかさでなくてよかったって考え方もできるか。
 仲間外れとか、あの子は私以上に気にするタチだし。
 その分を私が引き受けてると思えば……って、なんか偽善的ってゆーか、恩着せがましいわね。

「あ、でも」
 くるり、再び向き直ってこなたが言った。
「ひょっとしたら、かがみも動詞の名詞形かも知れないよ?」
「は? なんでよ」
「身を低くすることとかを『かがむ』っていうじゃん。つまりミラーじゃなくてそっちの、前かがみとかの『かがみ』」
「……」
 いや。
「ごめん、ちょっと意味が」
「だから、英語で言うと、えっと……スクワット?」
 違う。
 知らないけど、たぶん違うと思う。
「言葉の意味はわかるってば。そうじゃなくて……なんでそうなるんだって言ってるのよ。よけいに遠く
なってるじゃない。神社関係ないし」
 顔をしかめると、こなたは糸目になって笑った。
「そこだよ」
 人差し指、くるり。
「何がよ」
「つまりかがみは、柊家の娘であると同時に、私のヨメになるべくして生まれてきたということだよ」
 猫口、にまり。
「……」
 そしてげんなりする私。
 いやもう、本当に意味がわからん。こいつは本当に日本語を話しているのかとさえ思う。
「まーま。モノは試しってことで、やってみようよ」
「え? やるって、ちょっと」
「ほら、立って」
 言いながら自分も腰をあげ、こなたは私の腕を引っ張り上げる。
「なんだってのよ……」
 ぼやきつつも、促されるがままに立ち上がる。
 なんで素直に従ってるんだろう、私。
「で?」
「うん」
 向かい合う形で見上げてくるこなたに問いかけると、妙にニヤついた顔でうなずいた。
「じゃ、ちょっとかがんでみて? ちょうど私と目の高さを合わせる感じで」
「……?」
 わけがわからなかったが、とりあえず言われたとおりにやってみた。
 腰を後ろに引いて膝を曲げ、軽く前かがみになって膝がしらに両手を乗せる。
 言われたとおり、こなたと目の高さを合わせる体勢。なってみると、思いのほか顔同士の距離が近い。
 いや。
 ってゆーか、ちょっと待って。これって――



 ちゅっ。



 ……。
 ……。
 避けられなかった。
 そんな暇はなかった。
 気付くのが遅すぎた。
 柔らかい、少しだけしめった感触。
 一秒にも満たない一瞬で、すぐに離れた。
「ま、こういうことだよ」 
 何やら満足げに、にまにまと、こなた。
「な、な、ちょ、おま、な、なに、を……!?」
 混乱し、言葉が出てこない、私。
「ぽ、ぽぽぽぽぽ……」
 開け放たれたふすまの向こうで、目を縦線にして、つかさ。
 ……つかさ?
「つっ、つかさっ!?」
「ウン、オハヨウオネエチャン。ア、コナチャンイラッシャイ」
「あー、うん。おはようつかさ」
「もう二時回ってるわよっ! じゃなくて、つかさ、い、今のは……」
「ワタシナニモミテナイヨ? ソレジャ、オナカスイタカラゴハンタベテクルネ」
「まっ、待ちなさいつかさっ! ちがっ、違うの! これは違うのよっ!」
「ダイジョウブダヨ、ダレニモイワナイカラ。ゴメンネジャマシチャッテ」
「思いっきり見てんじゃないのっ! ――じゃなくて! 誤解なの! とにかく話をっ、話を聞けーっ!!」


     ☆


「――で?」
「えっと……」
 仁王立ちになって睨み下ろす先で、こなたは、さすがに少しは気まずそうではあるものの、
 それでもまだどこか表情に余裕を残している。
 折り目の正しい正座の姿勢も、どちらかといえば逆に挑発されているように感じてしまう。
 被害妄想だろうか。
「なんであんなことした」
「だからぁ……さっきみたいに目線合わせたりキスしたりしようと思ったら、かがまないとできないわけじゃん」
「思わないわよそんなこと!」
 怒鳴る。
 ええいちくしょう赤くなるな私の顔。
「でも実際、できないよね。私の方が背伸びしただけじゃ届かないし」
 そりゃそんだけ小さければね。
 ってか、それはつまり、むしろあんたの特性ってことじゃないの。
 だというのに、こなたはうなずく。
「ウム。『かがみ』。まさに私のヨメになるべくして名付けられた名前だね」
 まるで当然のように。
 私以外の誰かなど、思いもよらないとでもいうかのように。
「そんなわけがあるか! このっ――この、ばかっ!!」
「あだっ!? あだだだだだだっ!?」
 こめかみのあたりをこぶしで挟んでぐりぐりぐり。
 してやると、ようやくにしてニヤニヤ笑いが引っ込んだ。
「ギブっ! ギブギブかがみっ! ギブミーぷりいぃぃぃぃっず!!」
「よこせってなんだよ」
 リリース。
「うぅ~……、ひどいよかがみぃ。そんな怒んなくてもいーじゃん。急所は外したんだし」
「む……」
 まぁ、確かに。
 先ほどの狼藉は際どくも唇ではなく頬。私のファーストキスはかろうじて守られたわけではあるけれど。
 それプラス、こいつの方から一方的にやってきたということで、つまりいつものいたずらの延長ということで、
つかさも納得させることが一応はできたわけではあるけれど。
 でも、
「だからって……そういう問題じゃないわよ」
「ええ~? ソコが一番重要なところでしょー」
「そうだけどっ! そうじゃなくてっ! そもそもするなって言ってるのよっ!」
「ぶー……」
 叱責に首をすくめながらも、こなたはふくれっ面で視線を逸らす。
「“ほっぺにちゅー”ぐらい普通じゃん。全年齢向けのゲームのパッケージを問題なく飾れるレベルだよ」
「例えの意味がわからんわ」
 ってゆーか、明らかに反省が足りない。
 両のこぶしを握りしめ、掲げて示す。
「……もう一回いっとくか?」
「ごめんなさい調子こきました」
 きれいな土下座が返ってきた。
「まったく」
 やっぱりこいつがやると「素直」というより「ノリがいい」って感じしかしないけど。
 けど、まぁいい。
 確かに実質的な被害はほぼなかったし、もうこのぐらいでいいだろう。
「もう二度とこんな悪ふざけするんじゃないわよ」
「うん。わかった」
 ため息とともにそう言うと、こなたはゆっくりと顔をあげた。
 そして爽やかに言う。

「今度はふざけないで真面目に、ちゃんと口にするね?」
「何もわかってないじゃねーかっ!!」


















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  • 久しぶりにこなかが見た。癒された〜〜〜。GJ! -- 名無しさん (2009-03-18 07:10:59)
  • いいなぁ~、甘甘作品は大っ好きですよ。GJ -- kk (2009-02-26 00:05:53)
  • gj -- 名無しさん (2009-02-12 21:07:50)

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