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玄関で寝ちゃった3・中編 ゆたかはメイド服で推理する

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 玄関で寝ちゃった四人のお嬢様方に布団をかけてやると、ゆたかは居間に向かった。
 メイドの仕事に「真相を解明する」とか、「謎を解く」というのはないはずである。にも拘らずゆたかは謎を解き、真相を解明しなければならないと思った。それはその場に居合わせた者の義務でもあり、この状況を切り抜けるために必要と思われたからである。
 というのもゆたか、一旦は絶望の深淵に身を沈めたものの、すぐに三本の細い希望の糸を見出し、それを掴んで這い上がろうとしていた。
 はるか頭上でその三本の糸を握っていのは、柊夫妻とまだ見ぬ柊まつりである。これから柊家に帰ってくる三人の内、誰か一人でもまともな状態であれば、二人がかりでヨッパライたちを、玄関から本来寝るべき場所に移せるのではないか、と思ったのである。しかしそのためには、ここに至った経緯を説明できなければならない。つかさが普段から酒癖が悪い、なんて事であれば話は早いのだが、完全に虚を突かれていたかがみの反応からしてそれはないだろう。
 では、何故居間なのか? つかさが自室に向かわず台所に行ったのは確実にしても、ならば彼女を狂わせた何かは台所にあるはずである。
 「……」
 ゆたかの居間での探し物は、つかさが手にしていた二本の小さめな黒瓶だった。ゆたかの感覚にある種の齟齬を生じさせたのは、その瓶の大きさである。おそらくは300mlクラスの小瓶。二本合わせても600~700ml。ビールだとして、たったこれだけの量で、未成年とはいえ四人も泥酔するものだろうか? ゆいならば飲んだ内に入らないと主張して、車の運転でもしようとするだろう。……止めなければならなくなるだろう。アルコールの過剰摂取による生命の危機に関しては役に立たなかったゆいにまつわる経験的な記憶だが、真相を解明するのには役に立つかもしれない。
 「……あった」
 勉強に用いた卓の下に、二本とも転がっていた。中身は空で、畳にこぼれた形跡もない。とすれば、四人で二本だからおよそ瓶半分ずつ飲んだのだろう。ラベルを読んでみる……。
 「……あれ?」
 ……読めなかった。突発性の識字障害を発症したのではない。日本語で書かれていなかったのだ。といって、英語でもない。裏面見ると、輸入品特有の白いラベルが貼り付けてあり……。


 品名 ビール
 原産国 ドイツ
 アルコール度数 28度
 原材料 …………


 どうやらラベルの言語はドイツ語のようだ。そしてどうやらあちらには、こういう度数の強いビールもあるらしい。
 ドイツ人に突っ込みたいところはたくさんあったが、それはひとまず置いておくとして、かがみは言っていた。正確には言いかけていた。
 「まつり姉さんが変わったのを買ってき―」
 「変わった」というのは、この異常なアルコール度数の事だろう。それより考慮に入れておくべきは、これを買ってきたまつりの為人である。ゆたかは自分が掴んだ希望の糸の一本が、心なしか痩せ細った様に感じた。
 ……ともあれ、謎の一つは解けた。自分が座っていた座布団の横に転がっていたヘッドドレスを再び装着し、ゆたかは台所に移動した。
 深夜の台所というのは、何かつまみ食いをしようとしているかのようで居心地が悪い。他家の台所となればなおさらである。
 つかさが何故あのような挙に及んだかは、考える必要はない。居間に来た時点で酒が回っていたのだろうから、論理や倫理、常識といった整合性のものさしで測る事のできる状態ではなかっただろう。だから解くべきは、何故つかさがビールを飲んだか、あるいは飲まざるをえなかったかである。手がかりはつかさが二度口にした……。
 「バルサミコ酢……バルサミコ酢~……」
である。……ゆたかは思わず、つかさの口ぶりを真似してしまった。何なのだろう、あの中毒性は。
 「……」
 まずは冷蔵庫を開けてみたが、そこにバルサミコ酢はなかった。常温でも保管可能なものである。ならば戸棚か、シンク下の収納スペースか……。
 「!」
 ふと、目の端に映ったものにゆたかは全身を緊張させる。黒くて羽のある、正式名称「御器被り」が……いたわけではなかった。色だけはよく似ている、小さな黒い瓶を床に見つけたのである。その隣には、使い終わった醤油にボトルがあった。どうやら危険物として出すものを一時的に置いておく場所らしい。件の黒い瓶は、ゆたかから見てちょうど横顔を見せているという感じで、表のラベルと、裏の白いラベルが半分ずつ見えている状態だった。
 「ビール……?」
 訝しく思い、その黒瓶を拾い上げる。緊張したのは、既視感のせいである。ビールが二本でなく三本なら、つかさはものすごい量のアルコールを摂取していた事になる。もっとも、今夜開けられたものとは限らない。あるいは……。
 「あっ!!」
 先に目に入った白い日本語のラベルを見て、ゆたかは大声を上げ、次いで絶句した。そこにはこうあった。


 品名 バルサミコビネガー
 原産国 イタリア
 原材料 …………


 「……つかさ先輩」
 力が抜けてしまったゆたかはその場にへたり込んで、思わず呟く。
 「そういうことだったんですね……」
 ビールと見間違えるような横顔を持つバルサミコ酢。正面から見てみると、ラベルのデザインはなるほど、そこはかとなく似ていた。眠くてしょうがない人が、見間違えてしまうほどには……。
 わっしゃ、わっしゃ……。
 夕食の準備はゆたかの意思を尊重し、基本的にゆたかが一人で準備する事となったが、サラダだけはつかさが全部やってくれた。
 わっしゃ、わっしゃ……。
 「ニンジンて、水気が抜けると甘くなるんだよ」
 千切りにしたニンジンに少量の塩を加え、ラテックスをはめた手で揉みまくっていたつかさ。
 わっしゃ、わっしゃ……。
 海に行った時のこなたを思い出した、とか言いながら。
 キャロット・ラペとかいったか。作業に追われていたせいでよく覚えていない。ついでに海に行った時云々に関しても記憶に自信がないのだが、完成品の味から類推するに、それにバルサミコ酢が使われた事は間違いない。
 その瓶を覗いて見ると、内側がまだわずかに濡れていた。使い終わったばかりである事の証拠である。つまりつかさは、キャロット・ラペでバルサミコ酢を使い切った。ちょうど使い切った。理由は皆目分からないが、その時新しいのを開封せず、でも気になっていたのか、寝る寸前になって開封する気になったらしい。明日の朝食で使うつもりだったのかもしれない。つかさは新しいバルサミコ酢の瓶を開けようとした。ところが……。
 「あった……」
 シンク下の収納スペースに、よく似たラベルの瓶が二本。だがゆたかは見間違えたりしない。左の、イタリア語表記のラベルの瓶を取り出してみる。
 「バルサミコ酢と……」
 続いて右の瓶。こちらはドイツ語表記。
 「ビール……」
 二本を小さな胸に抱きしめて嘆息する。
 「……間違えちゃったんですね」
 つかさはバルサミコ酢と間違えて、ビールを開けてしまった。
 そして?
 そしてどうなったかは、結果論からからでさえ確たる結論を導く事はできない。
 ビールだと分かった上で、日本人特有のいわゆる「MOTTAINAI」という価値観が発動したか。あるいは泡立った「バルサミコ酢」にびっくりして、味見をしなければ、とでも思ったか。どちらかであろう。
 そして何故か二本目を開けた。
 これも確信はないが、自分だけ気持ちよくなっては申し訳ないので、居間にいる四人(ゆたかも含まれるはずだ)にも「バルサミコ酢」を飲んで気持ちよくなってもらおうと思ったか、あるいは当初の目的に立ち戻って、バルサミコ酢を開封しようとしたか……。後者であって欲しいが、前者の可能性の方が高い気がした。
 「……」
 ゆたかはドイツ産のビールだけ中に戻し、イタリア産のバルサミコ酢をテーブルの上に置いた。この喜劇的な悲劇(悲劇的な喜劇といってもよい)を繰り返さぬために。次はイタリア抜きでやろうぜ、というジョークが日本とドイツにはあるというが、ゆたか的には、次のお泊り会はドイツ産のビール抜きでやってもらいたいところだった。
 玄関に戻る。
 そこでは四人が相変わらず、それこそ天地開闢以来玄関で寝てましたよと言わんばかりにぐっすりだった。ゆたかはもう一枚布団を持ってきて、それに包まる。玄関で寝ている四人は、転倒した時と同様、かがみ―こなた組・みゆき―つかさ組に分かれている。魚雷発射管でいえば、四連装一基の秋月型・松型・橘型ではなく、連装二基の夕張だった。甘さで言うと、メロンのそれだった。
 「……」
 ……みなみちゃんは今頃どうしているだろう?
 柊家の玄関は、ゆたかの存在を考えれば、魚雷発射管というよりは、初春型や白露型の備砲だった。5インチ砲が計五門。連装二基に単装一基。
 助けを呼ぶと言う選択肢も存在したが、存在に気付いた瞬間に放棄していた。みなみならこんな時間、こんな場所にだってきっと来てくれるだろう。分かっていたからこそ頼めない。
 「……」
 もう一度嘆息して、四人を見る。
 玄関で寝ちゃったこなた、かがみ、つかさ、みゆき……。
 いや……。
 柊姉妹を二階に運んだり、体格差のありすぎるみゆきを運ぶのは無理だが、こなただけであれば何とかならないだろうか。そうだ。この場合玄関で寝てしまった人間の数は、四人より三人の方が良い。
 「し、失礼しまーす……」
 こなたを運ぼうと決心したゆたかは、布団の中というある意味プライベートな領域に立ち入るため一応断ってから、こなた―かがみ組の布団を半分めくった。
 「あ……」
 こなたをしっかりと抱いている事は予想していたが、かがみは脚まで絡めてこなたを放すまいとしていた。しがみついた木が折れ、そのままの体勢で墜落した樹上生活生物のような状態である。こなたは心なしか寝苦しそうだし、かがみも下になった腕と脚が痺れてしまうだろう。引き離さなければならない。
 「かがみ先輩……お姉ちゃんを……離して……くだ……さい!」
 こなたの体とかがみの手に間に自分の手をねじ込み、音節ごとに力を入れる。だが、かがみはこなたを離してはくれない。玄関で寝るついでに握力のトレーニングにでも励むつもりなのか、よっぽどこなたを離したくない理由でもあるのか、はたまた夢の中で樹上生活に適応しているのか……。
 「きゃあ!」
 突然かがみの手が宙を薙ぎ、ゆたかの鼻先を掠めた。仰け反って倒れて、目に入った玄関の天井が霞んで見える。どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。体を起こし、ふくれ面になってこなた―かがみ組を見下ろす。再び正攻法で挑もうものなら、今度は蹴りが来るかもしれない。メイド相手だからって、お嬢様が狼藉を働いていいものではないが、相手が寝ていては抗議のしようもない。
 ではどうするか? 防具になりそうなものでもないものだろうか。いっそ縛り上げて―
 ―と。
 突然玄関ドアがガチャガチャという音を立てる。
 「たらいま~」
 振り向くより早く、誰かが入ってきた。
 希望の糸の繰り手か……それとも?


 つづく





















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  • 寝ててこうなら起きてたらこなたの貞操が危なかったですね -- 名無しさん (2009-02-25 19:51:31)
  • うぉわぁ!
    まさかのおあずけ
    ですか!?
    続き待ってます! -- 無垢無垢 (2009-02-24 07:46:50)

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