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どこかで誰かが生まれた日

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 夜。
 家のリビングで、いつものように三人で、食後のお茶を飲んでいたときだった。
「……どしたの?」
 つけっぱなしにしていたテレビを淆に、そこはかとなく話に花を咲かせていた最中。
 お茶のおかわりを淹れようとして、そのまま呆けたような顔をして動きを止めてしまったゆーちゃんに、
 首をかしげつつ私は尋ねる。
「あ……う、ううん。ちょっと」
 ゆーちゃんはすぐに我に帰って、微笑んだ。
 どこか淋しげな顔だった。
「そういえば、誕生日だったなぁ、って」
「誕生日?」
 再び首をかしげて、先ほどまでゆーちゃんが目を止めていた壁の方を私も見る。
 カレンダーがかかっていた。
「誰の?」
「えっと……おともだち」
 わかりきった答え、ではあった。
 今日を含めたここ数日は、私を含めた家族の誰の誕生日でもなかったから。
 視線で続きを促すと、ゆーちゃんは少し迷うような素振りを見せたあと、お茶を淹れなおして
 自分の席に戻ってから、ゆっくりと口を開いた。
「っていっても、インターネットの掲示板で知り合った人なんだけどね」
「へぇ」
 意外な気がした。
 確かにゆーちゃんは見かけによらず――っていうのもヘンだけど――それが趣味だといえるぐらいの
 ネットユーザーではある。けど、もっとなんていうか、ロム専なイメージがあった。
 うちに来たばかりのころだって私がネトゲやらなんやらやってるのを見て驚いてるふうだったし。
 そして、ゆーちゃん自身にも、そのように思われているという自覚があるのだろう。
 だから言い淀んだんだと思う。
「――どんな人? ってゆーか、なんの板……掲示板?」
「うん。基本は音楽とゲームの場所みたいだったけど、わりとなんでもありな感じだったよ。そこで、
色々と親切にしてくれた人なんだ」
「イロイロって?」
「ボードやチャットでのマナーとか、顔文字の作り方とか。基本的なことは、ほとんど一通りその人から
教えてもらったんだ」
「へぇ。そりゃあ運がよかったねぇ」
 と、それまで大人しく話を聞いていたお父さんが割り込んだ。
 ゆーちゃんがそちらを向く。
「そうなんですか?」
「ああ。初心者のころにそういう親切な人に出会えるなんて、なかなかないからなぁ。みんなだいたい
失敗をして痛い目を見ながら覚えていくものなんだよ」
「……そっか……そうだったんですね」
 なぜか無駄に得意げなお父さんに、ゆーちゃんはしみじみとうなずく。
 少し、引っ掛かった。
 今の言い方。その淋しげな響きと、過去形の言い回しに。
 お父さんも気付いたみたいだ。
「……今は、その人とは?」
「……どこか消えちゃいました」
 やっぱり、か。
 まぁよくあるコトだよね。
 お父さんが無言で、ちらりとこちらを睨んできた。恨めしそうな顔。俺に訊かせるなよ、って言ってる。
 知らないよ、そんなコト。
「……半年ぐらいずっと、ボードで会ったりメールしたりしてたんですけど……誕生日も、今日だって
教えてもらって……そのころにはだいぶわかるようになってましたから、グリーティングメールの
作り方なんかも自分で調べて……」
 だけど、とゆーちゃんが口を閉ざす。
 その先は聞かないでもわかった。
 本当に、よくある話だから。
 ネットでの繋がりなんて希薄なものだ。どれだけ気が合って、心の友だと思えるぐらいに仲良くなれても、
 切れるときは簡単に切れてしまう。そして一度切れてしまったら、もう一度繋ぎなおすのはほぼ不可能だ。
 こちら側がいくら努力しても、願っても、向こうにその気がなければ、そこまでなんだ。
「そっか。残念だね」
「うん……」
 うなずいて湯飲みを持ち上げたゆーちゃんは、なんとなく、いつにも増して小さく見えた。
 対する私たちは、何の言葉も持てない。
 相手にも何か事情があったんだとか、ゆーちゃんを嫌いになったわけじゃないだろうとか、
 そういったお決まりの文句ならいくらでも浮かんでくる。
 よくある話だから、対応する定型句も先人たちがいくらでも用意してくれている。
 でも、だからこそ、そんなのはどれもこれも使い古されて錆び付いてしまっていて、
 何の力も持たないんだってこともまた、私たちは知ってしまっている。
「……ときどきね、思うんだ。本当にそんな人、いたのかな、って」
 ゆーちゃんがつぶやいた。
 お父さんは首をかしげる。
 理解できない、みたいだ。
「どういうことだい?」
「あ、ええと……本当に、変な話なんですけど……」
 少し慌てたように、照れくさそうに、ゆーちゃんは顔をうつむかせて首筋に手を添えた。
「たまに、ふと思い出したときとかに、夢とか幻だったんじゃないかって思っちゃうんです。掲示板の
ログも、メールも、残せるものは全部とってあるんですけど……実感がないっていうか……」
「ふうん……?」
「あんなにいっぱいお話したのに…………薄情、ですよね」
「い、いや、そんなことは――」
「そうかもね」
 どんどん声を落としていくゆーちゃんを、なだめようとしたお父さんを遮って。
 私の声が、静かに響いた。
 驚いた二人が振り返る。
「……私も、経験あるからさ」
 悲しそうなゆーちゃん。
 焦ったようなお父さん。
 それらの視線に、ほんの少しの後悔を覚えながら、それでも私は言葉を続けた。
「今はもう会えない、直接顔も声も見たことない人って、そんなふうに思っちゃうよ。ホントにいたのか、って」
「そ、そういうもん、なのか……?」
 お父さんにはわからないかもね。
 世代の差か、それとも。
「うん。で、そんなふうに思っちゃう自分は、薄情だとしか思えないんだよね」
「ごめんなさい……」
「ゆーちゃんが謝ることないよ」
「でも、私が……」
 こんなことを言い出したから、か。
 本当にいい子だなぁ、ゆーちゃんは。
「いいから。そうじゃなくて――私が言いたいのは、そう思えるうちは、まだ大丈夫なんじゃないかなってコトだよ」
「え?」
「だって本当に薄情なら、薄情だなぁこんな自分イヤだなぁとかって、思わないでしょ」
「……」
 少しだけ、ゆーちゃんが目を見開いた。そして、微妙に困ったような苦笑い。
 さすがにこんな言葉遊びに騙されるほど単純じゃないか。
 苦笑いを返して、席を立つ。
「じゃ、精神論でダメなら――行動で示すしかないかな」
「行動?」
「うん。祝おうよ、その人の誕生日。今からケーキ買いにいこう」
 言うと、きょとんとしていた表情が、呆気にとられたものに変わる。
「い、今から?」
「今から」
「で、でも、お店が……こんな時間だし……」
 時計をチラ見しながら、なおも戸惑ったように言うゆーちゃん。構うことなく私は続けた。
「確かにバースデーケーキってわけにはいかないだろーけど、いちごのショートぐらいならコンビニでも
売ってるんじゃないかな。ローソクも、探せばどっかその辺に残ってると思うし」
「…………」
「一日遅れになってもいーんなら、明日ちゃんとしたのを買うってことでもいーけど」
「う、ううん! 行くっ!」
 がたん。
 困惑から一転、焦ったような真剣な顔になって、椅子を鳴らしてゆーちゃんも立ち上がる。
 「一日遅れ」 が効いたかな?
「くっくっく。了解だ。そうこなくてはな、我が主」
「あ、あるじ……?」
 通じないネタはさておいて。
 お父さんに向き直る。
「じゃ、そーゆーことなんで。ローソク探しといてね?」
「え? 俺が? ってか俺も行くんじゃないのか?」
「時間は有効に使わなきゃね。大丈夫だよ、近いし。自転車で行くし」
 半分無視するように言い捨てながら、まだちょっと戸惑ってるゆーちゃんを引っ張って、私はリビングをあとにした。


 支度をするために、いったん部屋に戻る。
「……ふぅ……」
 扉をしめて、ため息。
 やれやれ、危なかったな。まさかお父さんの前であんなこと言っちゃうなんて。
 感付かれていないとは思うけど。
「……」
 外着に着替えながら。
 ちらり、と、本棚に視線を送る。
 一番下の、背の高い段に。
 そこに仕舞ってある、アルバムに。
 収められている何枚かの写真に、思いを馳せる。

「――――さん……」

 直接顔を見たことも、声を聞いたことも、あるはずではあるんだけど。
 証拠ならいくらでもあるんだけど。
 それこそ、この私という人間の存在そのものであるとか。
 でも。
 それでも。
 実感が、ね。
 だから考えちゃうんだよね。

 そんなひと、本当に――





『――お姉ちゃーん。準備できたよー』

 お……っと。
 ドアの向こうから、ゆーちゃんの声。
 我に返った。
「あ――うん」
 声を返して、首を振る。
 深呼吸。
「ごめんちょっと待って。自転車のカギが……あ、あったあった」
 とっさの演技で声の調子を整える。
 うん。OK。
 気持ちの切り替え、完了。ドアを開く。


 薄情な娘でごめんなさい。
 でも、なるべく――頑張るから。
 実感がないぶん、できるだけ忘れないようにするし、みんなにも心配かけないように頑張るから。
 だから。
 遣り甲斐はないかも知れないけど、これからも、見守ってください。
 今日という、ゆーちゃんのお友達が生まれた日を、一緒に祝ってください。
 そして――あんまり考えたくないことだけど、もし万が一。
 その人とそっちで出会ったら、ゆーちゃんは元気だよって、伝えてあげてください。


「おまたせー」
「うん」
「気をつけるんだぞ」
「わかってるよ。それじゃぁ――」


 行ってきます。














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  • めちゃくちゃ読みやすくていい話…作者さんの文章力と発想に脱帽しました -- 名無しさん (2021-01-25 03:24:04)
  • 大丈夫、貴女の娘はしっかり者に育ってるよ(つД`) -- 名無しさん (2009-07-23 09:05:37)
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