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こなたルート

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 ――三日目


「萌えぬなら、萌えさせてみせようホトトギス」
 目の前でそうきっぱりと言い切るちびっ子、もとい、泉こなたを俺は呆然と眺めていた。
 なんだろう。もうなんか頭がいっぱいいっぱいって感じ?
 俺、ひょっとして告白されてんの?
 もし告白だとしたらえらく男前で色気のない告白だけど。告白ってそういうものなんだろうか?
「さあさ、着替えないと遅れちゃうよ?」
 その言葉で、俺は我に返る。時計はもう結構危険な時間を指している。毛布をはねのけて起き上がると、シャツを脱――ごうとしたところで気付く。自分の部屋に女の子が存在していることに。
 視線が合う。
 何故か俺はじっと見られている。
「……着替えたいんだけど」
「残念」
 泉さんはちっ、と小さく舌打ちする。
「目の前で着替えはじめられて、『きゃっ、えっちっ』っていうのもいいイベントかなって思ったのに」
 そのイベント分かりづらいよ。ていうか時間ないし。
「んじゃあ、下で待ってるからねー」
 そう言って彼女は手をひらひらと振ると、軽快な足音を残しながら階下へ降りていく。
 俺はため息を一つ吐くと、どこまで本気なんだろうと考えながら制服に着替え始めた。


 俺たちの通っている陵桜学園へは、駅から電車で四駅、そこからさらにバスに乗らなければいけないという、
微妙に不便な場所にある。こんな朝っぱらから泉さんが何故俺の家に来られたのかという疑問が湧いたので彼女
に尋ねて見ると、彼女の家と駅のちょうど中間地点に俺が引っ越してきた家があるということらしい。
 そもそもなんで俺の家を知っていたかという疑問は残るが、あえて突っ込まないことにした。隣を歩く彼女は
同年代と比較してもかなり小さくて、俺の肩ほどしかない。落ち着いて考えてみると、女の子に朝起こされると
いうものなかなか悪くないじゃないか。ちょっと性格的にアレかもしれないけど、可愛い子には違いない。
「そうそう、これはリサーチなんだけど」
「ん?」
「みのるくんの萌えポイントは?」
 なにか今不思議な単語を聞いたような気がする。
 萌えポイント?
「あー、うん、そうだね、こう、心の琴線に触れてキュンとなっちゃうようなシチュや仕草のこと」
 なんだそれ。
 俺が答えに困っているのを察したのか、泉さんはうんうん、と腕を組んで頷く。
「まだ早かったかな。ま、焦ることないよね」
 何をだ。と問いかけてしまうのは藪を突いて虎を出してしまうようなものだと思ったので口には出さなかった。
 そもそも、と俺は思う。彼女はどこまで本気なんだ。ちらりと盗み見た横顔はどこか楽しそうで、そして何かを企んでいるように笑っている。
 駅に着いて、改札を通り、電車が入ってくるホームへ。俺たちがそこに立ったのとほぼ同時に、電車が軋むよ
うなうなり声を上げて滑り込んでくる。ドアを開けた電車の中に、俺は彼女の後に付き従うように乗り込む。運
良く席は空いていて、俺と彼女は並んでシートに座った。
 少しでも台詞を覚えないといけないのを思い出して、俺は鞄から台本を取り出して、開いた。
「お、練習熱心だね」
「そうでもないんだ」
 昨夜はほんとうにざっと眺めるだけで終わってしまったので、台本を見ずに台詞を言える状態じゃない。
「泉さんは?」
「私は覚えてきたよ」
 マジで?
 聞き返した俺に、彼女は頷く。肩をくっつけるようにして俺の見ている台本を覗き込んでいる彼女の目の下に、
隈があることに俺は気付いた。昨夜は睡眠時間を削って暗記していたのだろう。
「かがみのこと考えると、もう後には引けないしね」
 そう言って彼女は俺を見ずに、唇の両端を少しだけ持ち上げた。
 昨日のあの瞬間の、自分の決意を俺は思い出す。雰囲気に流されていただけなのかもしれないと思ったけれど、
俺はもう引き受けてしまっている。なら、やらなければならないんだ。もう、後には引けない。
 泉さんは俺の隣で、目を閉じて、今俺が開いているページの台詞を諳んじている。
 まだ三日目で、彼女たちのことなんてなんにもわかってないけど、それでも彼女たちが俺にかけてくれる小さ
な期待を裏切ってはいけないんだと思った。
 裏切りたくない、と俺は思った。


 教室に入って、俺は自分の待遇が昨日までとは一変していることを感じた。そりゃーもう感じた。嫌ってほど
感じた。泉さんと一緒に教室に入った俺を貫いていったのは、幾つもの同情を含んだ視線だった。何故かすれ違
い様に俺の肩をぽんと叩いて「がんばれよ」と声をかけていく奴までいた。
 なんだこれ。
 首を傾げながら自分の席に座ると、前の席に座っている男――確か谷口という名前だったような気がする――
がくるりと振り向いて、「よ」と軽く手を上げる。
 おはよう、と声をかけると、谷口は苦笑いのような顔を俺に向けた。
「いやー噂になってんぜ?」
「何が?」
「オマエ、柊の代役で高良の劇の主役やるんだろ?」
「ん、まあ、そうなった」
「いやー、みんなめんどくさがってやりたがらなかったポジションだからな」
「そうなのか」
「そりゃそうだろ」
 そうかもしれない。確かに普通に考えたらめんどくさくてやる気はしないだろう。劇って結構恥ずかしいし。
あ、やべ、なんか決意が揺らぎそう。
「ま、オマエの男気に敬礼、だな」
 そう言うと谷口はわざとらしく俺に向かって右手を上げて敬礼の姿勢なんてとってくれる。それってなんて言
うか、猿回しの猿に対する敬意みたいなものじゃないかという気もする。
「そう思うなら手伝ってくれよ」
「なんだ、役は埋まってんだろ?」
「大道具とか、全然足りないな」
 そっか、と谷口は少しの間だ視線を宙に放り投げる。
「まーオレも自分の部活でやるのの準備とかあるから、手が空くようなら顔出してやるよ」
「さんきゅー」
「いいってことよ」
 おお、こいつはひょっとしたらイイ奴かもしれない。社交辞令でもそう言ってくれると少し気が楽になるよう
な気がする。やっぱりそれぞれに仕事があるから、他のところに顔を出すのはそんなに簡単なことではないだろ
う。
「揃ってるかー、出席とるでー」
 そんな声と共に、担任の黒井先生が教室に入ってくる。谷口が体を前に向けたのを見て、俺は鞄の中から今日
の分の教科書を引っ張り出して、机の引き出しに押し込んだ。


 昼休み。
 この学校の学食というものに一度行ってみようと思っていた俺は、四時間目終了のチャイムと同時に席を立っ
た。しかしながら、歩き出そうとした瞬間、誰かに腕をロックされる。
 なんとなく誰かなんてことは予想できてしまったが、俺はロックされている自分の左腕を見る。そこにはやっ
ぱり俺の予想通り、学年ちびっ子ナンバーワン、俺を攻略すると宣言かましてくれた泉さんがいる。
「さ、昼休みもれんしゅーだよ、れんしゅー」
「え」
「文化祭終わるまでは拘束させてもらうからね」
「え」
 なんてことだ。助けを求めるように谷口を見ると、ご愁傷様、と俺に向かって手を合わせている。今日は学食
案内してやるって言ってたじゃないか。俺を裏切るのか。
「あきらめろ」
 そんな無慈悲な谷口の言葉を貰って、俺は泉さんに引きずられていく。ちっさいのになんかパワー強い。ずる
ずると引っ張られながら、俺は思う。
 頼むから、そんな売られていく子牛を見るような視線で俺を見ないでくれ、クラスのみんな。


 俺が彼女に連れ込まれたのは部室等の一室、『文芸部』と書かれた札が下がっている部屋だった。連れ込まれ
た、と言ったが性的な意味は一切無い。あってたまるか。いや、あったらちょっと嬉しいかもしれないというの
は否定できないような気がしなくもないというのは認めるのにやぶさかではないが。
 俺を連れ込んだ張本人はというと、適当な椅子に俺を座らせると、机を引っ張って動かし、その上に手にして
いた大きめの(と思うのは彼女が小さいせいで相対的に俺がそう感じるだけかもしれないが)鞄をどすんと、そ
の机の上に置いた。
「泉さん、文芸部なんだ?」
「んにゃ、違うよ」
「だろうね」
 そうだと思った。文化祭の準備で夕方のアニメを見られないと嘆いていた彼女がどこかの部活に所属している
とは考えがたい。
「文芸部の子には昼休み使う許可貰ってるから」
 そうなのか。それ以上俺に何と言えと。
 彼女は鞄を空けると、その中から幾つかの箱を取り出して、机の上に並べている。何をしているのだろうとぼ
ーっと眺めていたら、俺たちが入って来たドアが開き、新たな登場人物が二人現れる。
「こなちゃん早いよー」
「すごい勢いでしたね」
 入ってきたのは、柊つかささんと、高良みゆきさんだった。どっちも文化祭の劇の関係者だ。
「おー、来たね」
 いいながら、彼女が机の上に並べていたのが昼食だと今更ながら気付く。
 でも、それにしてはやけに量が多いような。
「わ、こなちゃん、すごい……」
 柊さんがびっくりしたような声を出して、適当に転がっていた椅子を持ってくると、机の周りに座る。彼女は
自分の分の弁当箱を机の上に広げた。高良さんも同じように自分の昼食を広げる。
 いや、お昼食べるのはいいんだけど、俺、昼食持ってないし。
「さ、とりあえず食べよっか。打ち合わせは食べながらね」
 泉さんはそう言って、俺の隣に自分も腰を下ろす。いや、どうしろと?
「みのるくんの分は、こ・れ☆」
 語尾になにかキラキラしたものがくっついているような台詞を俺に向かって言う彼女。俺の前に置かれたのは
どこにでもありそうな普通の弁当箱。彼女が焦らすようにゆっくりと蓋を取ると、そこにあったのはやっぱり普
通の、どこにでもあるような昼食だった。
 これ?
 俺の?
「箸もあるよ。あ、ここは『あーん』ってするべき?」
「いいいいや、自分で食べられるっ」
 とっさに答えて彼女から箸を受け取る。
 とはいえ、目の前の昼食、これ本当に俺の?
「ささ、食べて食べてー」
 ずずいっと勧められる。なにこれ。ひょっとしてバツゲーム? ドッキリ? どっかから撮影されてる?
 辺りを見回しても逃げ場はない。わー、柊さんも高良さんもすっげ生温い笑顔だ。もう逃げ場はない。それを
悟った俺は、目の前の泉さんが作ったとおぼしき昼食に箸を付ける。
「……あ、美味しい」
 恐る恐る食べた一口目。非常に控えめに言っても、美味しかった。
 泉さんは嬉しそうに笑って、ぱちんと指を鳴らす。
お弁当はフラグの基本だよネ」
 とても不穏当な単語が聞こえたような気がしたが、食欲の前には風の前の塵と同じだった。諸行無常。どんな
高尚な哲学も目の前のご飯には勝てないのだ。俺は目の前の昼食を片付けることに集中した。三人の笑顔が先ほ
どよりもさらに生ぬるいものになっているような気がしたが、やっぱり美味しいご飯の前ではどうということは
ない。


「……結構なお手前で」
「お粗末様でした」
 礼儀正しく手を合わせると、泉さんも同じように手を合わせる。彼女が食べていた自分の分の昼食は、俺にく
れたものよりも一回り小さい。タイミング良く目の前にお茶が差し出され、俺は何も考えずにそれを受け取る。
ああ、お茶が美味しい。
 ……あれ?
「練習するんじゃなかったけ?」
 少なくとも教室を連れ出されるときはそんなこと言ってたような。
「そうだっけ?」
 泉さんは素知らぬ顔で食後のお茶を楽しんでいる。あれ、ひょっとして俺、いろんな意味ではめられた?
「いい食べっぷりだねー」
「そうですね」
 柊さんと高良さんがうんうん、と頷いている。なんかこう、思わずまったりしてしまいそうな雰囲気だ。なん
だ、流されればいいのか。流されてもいいのか。本当にいいのか。
「ねえつかさ、かがみは今日は休み?」
 泉さんがそう言うと、柊さんは表情を曇らせる。昨日の怪我と、その後の痛がり方を思い出す。
「うん」
 柊さんはまるで自分が怪我をしたような顔で言った。
「午前中お医者さん行って、午後から行けるかも。みたいなことは言ってた」
「そっか……」
 気になることがある。昨日はあんな形で話がまとまってしまったけれど、俺が代役になったことを、彼女はど
う思っているのだろう。あんまりいい感情を持たれていないんじゃないかという気がする。昨日少し練習を見た
だけだけれど、彼女がとても真剣だったのは分かったから。
「柊さんのお姉さんはさ」俺は言った。「俺が代役になったこと、なんか言ってた?」
 うーん、と柊さんは首を傾げる。
「お姉ちゃんね、みんなに申し訳ないって、私の前では言ってた」
 でも。
 柊さんは俯く。
「でも、後で私がお部屋にそっと様子を見に行ったとき、泣いてた」
 そう言って、柊さんはまるで自分が泣いているような顔で、小さく息を吐いた。
 そのまま、会話も弾まずに、昼休みは終わる。
 連れだって一緒に教室に戻り、五時間目のチャイムが鳴ったところで、俺は泉さんにお弁当のお礼をまともに
言っていなかったことに気付いた。


「巡礼さま」その女性は言った。「あなたのご信心はあまりにもお行儀よく、お上品でございます。聖者にだっ
て手はございますもの、巡礼がお触れになってもよろしゅうございます。でも、接吻はいけませんわ」
「聖者には唇がないのでしょうか、それに巡礼には?」ロミオは言った。
「いえ」娘は言った。「お祈りに使わなければならないのですから、唇はございます」
「それならば、私の愛する聖女さま」ロミオは言った。「私の祈りを聞き届けてください。でなければ、私は絶
望してしまいます」

 はいそこで手の甲にキスをしてください。舞台監督高良さんの指示が細かい台詞や動作ごとにどんどん飛んで
くる。右から左へそれを受け流すことができたらどんなに楽だろうかと思いながら、指示されたことをいちいち
台本に書き込んでいく。ついでに午後から学校に来て練習も見に来ているかがみさんからは台詞の読み方につい
てのアドバイス。
 泉さんは特にメモを取っている様子はない。けれど、一度指示されたことは次からはばっちりこなしている。
たぶん俺なんかとは比べものにならないCPUを搭載しているのだろう。そんな彼女はにやにや笑いながら俺に
左手を差し出している。これはアレか。キスしろということか。今日は本読みだけって最初に監督言ってたじゃん。
 ほれほれ、と伸ばした手をひらひらとさせている彼女。
 なんかいいように振り回されっぱなしな今日。自分の中にふつふつと沸き上がるものがあるのを感じる。少し
ぐらいやり返したっていいじゃないか。そうだ、振り回されっぱなしヨクナイ。
「お手を拝借」俺は彼女の手を取って、彼女の前に跪く。「私の愛する聖女さま」
 初めて触れた彼女の手は思っていたよりもずっと小さく、唇が触れた手の甲はひんやりとしていた。
 やばい。
 勢いでやっちゃったのはいいけど、顔が上げられない。俺は今たぶん、とても軽率で恥ずかしいことをした。
彼女の手を取ったまま動けずにいる。く、とその小さな手に力が込められたような気がした瞬間、高良さんから
次のシーンへ行ってください、と指示が飛んだ。その声が、硬直していた俺の体を動かした。
 手が離れた後で見えた泉さんの表情は普段と変わらないもので、そのことに俺は安堵する。
 いったい何に安堵したのかわからないまま、練習は続く。


「おつかれさまでしたー!」
 俺にとっての一日目終了。残る日は六日間。高良監督から明日までにできるようにしてきて欲しいことリスト
を受け取って、後片付けに入る。関係者全員で体育館の掃除をして、戸締まりをして、電気を落とす。
 全部が終わって、さあ帰ろう、としたところで、ぱしんと俺の背中を誰かが叩いた。そのまま俺の隣に並んだ
のは、泉さん。
「おつかれ」
「おつかれさま」
「いやー疲れた。慣れないことは疲れるネ」
 うーん、と彼女はひとつのびをする。その様子に、なんだ意識してたのは俺だけか、と小さく肩を竦める。
 ま、こんなもんだろう。
「いやーホントにキスしてくれるとは思わなかったよ」
「そっちが要求したんじゃないか」
 まあそうだけどね。彼女は笑う。
「泉さんは」
 言いかけた俺の口に、彼女は人差し指を突きつける。驚いて俺が動きも言葉も止めると、「ちっちっち」と自
分で言いながらその指を左右に揺らす。
「こなた」
「え?」
「こ・な・た」
 なんだこの展開。つまり名前で呼べと、そういうことか。
「こ、こなた?」
「も一回」
「こなた」
「うん」頷いて、彼女は笑う。今日一番の笑顔。「あしたもがんばろうね、みのる」

 ――つづく?(「こなたルート・ふもっふ!」へ)



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