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「私」の誕生日

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7月7日は「私たち」の誕生日。
18歳を迎えるこの年まで、つかさはずっとそう思っていた。
小さい頃は家族でささやかな誕生日会が開かれていた。
二人で一緒にロウソクを吹き消し、お揃いのおもちゃを貰う。
中学生になるとかがみは友達と誕生日を過ごすこともあったが、夜は必ず二人揃って
一つのケーキを分け合った。
高校に入ってからの二回はつかさにとって、とても幸せなものだった。
大好きな姉と、気心の知れた友達。自分の焼いたお菓子、個性的なプレゼント。
だからつかさは7月7日が大好きで、今年も待ちわびていた。
お菓子は何を作ろうか、ケーキはどんなものを買おうか。プレゼントは何を貰えるのか。
つかさの楽しい悩みは尽きなかった。
姉の浮かれた声を聞くまでは。
「今度の誕生日、こなたがケーキ作ってくれるんだって。
 なーんか知らないけどあいつ張り切っちゃってさ……えへへ」

そして当日、かがみは傍目にみっともないくらいにそわそわしていた。
鏡の前を何度も往復して、身だしなみのチェックに余念がない。
対照的につかさは朝から気分が晴れなかった。
気だるい身体に鞭打って焼いたクッキーもなぜか美味しく感じられない。
自分がなぜこんなに落ち込んでいるのか、それすらわからなかった。
「つかさ、どうしたの?気分悪いの?」
つかさの暗い表情を見かねて、まつりが声をかけた。
「あ、ううん大丈夫。ちょうどあれが来ちゃって」
「つかさって今ごろだったけ?ちょっと早くない?」
「今月夜更かしが多かったからかな……少しずれちゃったみたい」
つかさは咄嗟に嘘をついた。
自分でも下手な嘘だと思ったが、まつりはそれ以上追求してこなかった。
「大丈夫だって言うならいいけどさ。
 ……にしてもかがみは何なんだろうね、彼氏が来るわけでもないんでしょ?
 まあいいや。じゃ、私は出かけるから、あんた達で好きにやんなさい」
彼女が来るんだよ、とは流石に言い出せなかった。



まつりが出て行ってすぐに、こなたとみゆきがやって来た。
こなたは丁寧にラッピングされた大きな箱を抱えていた。
去年のこなたのプレゼントを思い出して、つかさは自分だけが時間から取り残されてし
まったように感じた。

四人がかがみの部屋に集まると、すぐにそのケーキの包装が解かれた。
「……これあんたが作ったの?」
「すごいですね」
ケーキはポピュラーな生クリームとフルーツのケーキだった。
表面はレースのようにデコレーションされ、その上でコーティングを施された果物がそ
れぞれの色に輝いている。
そしてサイズの方もホームメイドとは思えない程立派だった。
趣味でお菓子をよく作るつかさも、ここまでのものは作ったことがなかった。
「すごいでしょー。これ結構作るの大変だったんだから」
「そこらのお店のより綺麗に見えるな。で、味のほうはどうなのよ?」
「百聞は一見にしかずだよ、かがみん。ま、食べてみればいいんじゃない」
食べずとも、つかさはこのケーキがかがみにとって最高の味であること、そして自分
が素直には味わえないことを確信していた。
微妙にずれた空気の中、みゆきはマイペースに自分のバッグを広げていた。
「あのー、私泉さんがケーキを作ると聞いて紅茶を買ってきたんですよ。
 折角だから一緒に頂きませんか?」
「あ、私入れてくるよ。ちょっと待ってて」
つかさはみゆきが差し出した紅茶缶を、引ったくるように手にとって部屋を出た。

こうなることをつかさは予感していたが、実際に目の当たりにするのはやはりこたえた。
あのケーキは絶対的にかがみの物だった。
勿論こなたにつかさを差別する意志はないだろう。
しかしそれでも、あれは姉妹のためのケーキではあり得なかった。
つかさは台所に来ると缶を開けることもせず、気の抜けた顔でシンクに寄りかかった。
「つかささん?お湯は沸きましたか?」
しばらくそうしている内に、みゆきが専用のポッドを持ってやって来た。
持参してきたのは茶葉だけではなかったらしい。
はっと我に返るとつかさは慌ててコンロに火をつけた。
「やっぱりああ仲むつまじい所を見せられると、ちょっと妬けますね」
「…………ありがとう」
みゆきの気遣いに感謝しつつも、つかさはそれを受け入れなかった。
「つかささんが遠慮する必要なんてないんですよ。前にも話したじゃありませんか」
「そうだね。うー、でもやっぱり今日は無理かも……」
それっきり会話は続かなかった。
しばらくしてお湯が沸くと、みゆきは慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。
嗅ぎ慣れない、繊細な香りが立ち上る。
「いい香り……」
「つかささんのために、心をこめて淹れましたから」
みゆきはなんのてらいもなく言い切った。
「ゆきちゃん……」
「さあ、行きましょうつかささん。誰のためでも、ケーキはケーキです。
私たちも食べてあげないと、かがみさんがまた体重で泣くことになっちゃいますよ」
微笑んで背を向けたみゆきに、つかさはついて行かざるをえなかった。
まるで手品師のようだとつかさは思う。
あの笑顔に気をとられている内に、全ての仕掛けは終わっているのだ。



日付は変わって午前二時、つかさは息を忍ばせてかがみの部屋の様子をうかがっていた。
「うん、今日はちょっと感動しちゃった……ああもう、だから茶化すな!
 私は本気で言ってるんだからさ……うん、ありがとう。それじゃおやすみ」
扉越しに携帯が閉じる音が聞こえると、ようやく部屋の明かりが消えた。
「やっと寝た……何時間話せば気が済むんだろ……」
家中を回って全員が寝静まったのを確認すると、つかさはそろそろと台所に向かった。
音を立てないように、気をつけながら調理器具を棚から引き出す。
そして一度自分の頬を打って気合いを入れた。
「眠い……でも、やらなきゃ……」
つかさは片手で素早く卵を割ると、セパレーターで卵白と卵黄を別々にボウルに入れた。
次に卵黄の入ったボウルに上白糖を入れ、ハンドミキサーで攪拌する。
充分に粘りがついて確認すると、あらかじめ煮出しておいた紅茶と、その葉を混ぜ合わせた。
それから幾つかの工程を経て出来上がった生地を型に流しこんで、レンジに入れるとオ
ーブンにセットしてスイッチを入れた。
ここまで僅かに15分程だったが、夜更かしに慣れていないつかさは、糸が切れたように
床にへたり込んだ。

つかさとみゆきが部屋に戻った時、かがみはもうケーキを食べ始めていた。
口の周りに付いたクリームを指で拭って舐め取るその仕草は、つかさの記憶にある誕生
日会のかがみ、そのままのように見えた。
あの唇や指が、こなたの身体の上ではどういう風に動くのか、つかさはそんなことを想像して一人赤面した。
「あ、つかさっ!これとっても美味しいよ。つかさも食べてみなよー」
「えっ……ああ、うん」
つかさは恐る恐るケーキに口をつけた。ゆっくりと咀嚼し、舌全体で味を確かめる。
かがみはにこにこしながらその様子を見つめている
「ほんとだ、美味しいね」
「やっぱりそうだよねー!美味しいよね!」
つかさはかがみの期待に応える嘘をついた。
不味かったわけではない。しかし今のつかさには、ただ出来の良いケーキとしか感じら
れなかった。
「つかさから見てこのケーキどうかな?なんか失敗してる所とかない?
何回か作って練習はしたんだけど」
「どこもおかしくないよ。正直私もこんなうまく作れないかも
こなちゃん、すっごい頑張ったんだね」
「うん、まあ私って凝り性じゃん。なかなか水準に達するものができなくてさ」
こなたは、今のクオリティを実現するまでの苦労を話し出した。
つかさは一々相づちを打ち質問に答えて、誠実に接したが気疲れは溜まる一方だった。
そこへみゆきが控えめに割って入った。
「あの、泉さん、つかささん、ケーキもいいですけど紅茶も飲んでくださいね。
冷めると香りが落ちてしまいますので」
「あ、そうだね。よしどれどれ……ってうまー!何これ!?もしかしてめちゃめちゃ高かったりするんじゃないの?」
「いえいえ、大したものではないんですよ。ただちょっと淹れ方にコツがありまして……」
「むぅ、なんというお嬢様スキル。さすがはみゆきさんだね」
「なんていうか、みゆきらしいわよね。ちょっと私にも教えてくれない?」
「ええ、いいですよ。少し長くなるのですが……」
会話の中心はいつの間にか、すっかりみゆきに移っていた。
おしゃべりから離れ紅茶をすすって、ようやくつかさは一息ついた。
僅かな期待と共にケーキを再び口にしてもみたが、やはり味は変わらなかった。
誰のためでもケーキはケーキ、頭では解っているのに、身体はついて行かなかった。
そして散々思い悩んだ末、つかさは一つの結論に達した。
自分で、自分のためにケーキを焼こう、と。



耳障りな電子音でつかさは目を覚ました。
「わっ……!そっか、私寝ちゃってたんだ……」
レンジを覗きこむとそこには、天井につかえそうな程に膨らんだ、シフォンケーキが出
来上がっていた。
レンジの扉を開いて取り出すと、昼間と同じ紅茶の香りがつかさの鼻をくすぐった。
そして身が崩れないように慎重に型から剥がして、最後の仕上げに取りかかる。
クリームを絞りだし、丁寧にケーキの表面をならしていく。
ほどなくして、つかさの誕生日ケーキが完成した。
こなたの華麗なデコレーションケーキとは対照的な、新雪のように無垢なケーキ。
つかさはそれを切り分けもせず、直接スプーンで削り取って口に運んだ。
「良かったぁ、ちゃんと美味しい……」
しっとりしたシフォン、生クリームの滑らかさ、紅茶の風味。その全てが素直に美味しいと感じた。
つかさは涙を流しながら、夢中になって食べた。
美しい調和を見せていたケーキが、次第に残骸となっていく。それすら快感だった。
その全てを食べきると、つかさは糸が切れたように眠りに落ちた。

7月8日。つかさが初めて迎えた「私」の誕生日。













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コメント:
  • なんというせつなさ・・!!
    -- 名無しさん (2009-05-23 14:14:34)
  • 3次元が邪魔してつかさを抱きしめられねぇ!! -- 名無しさん (2009-05-19 01:50:45)
  • 鬱じゃないだけに余計切ない…… -- 名無しさん (2009-05-15 22:47:37)
  • せ…せつねぇ…つかさに幸あらんことを願っている -- 名無しさん (2009-05-15 19:54:51)
  • 読んだ後、何とも言えない感情になったぁ…GJ -- 名無しさん (2009-05-15 02:24:50)
  • どんな切なくても、祝ってあげたい。おめでとう、「つかさ」。 -- 名無しさん (2009-05-15 00:23:02)
  • やべ…自分が今まで見たSSの中で一番せつない… -- 名無しさん (2008-03-24 21:03:34)
  • 改めて読むとやっぱりすごい…。
    この人復活してくれないかな…。 -- 名無しさん (2007-11-04 10:42:02)
  • 泣いた。これは痛々しい・・・ -- 名無しさん (2007-11-03 22:51:07)
  • なんか眼から汁がでてきそうになった…。 -- 名無しさん (2007-10-03 22:09:07)
  • つかさにも愛を……orz -- 名無しさん (2007-10-03 11:29:55)

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