先君の旧宗廟を有す。曰く都。(説文解字)
諸官を主る、故に曰く都。(張晏)
都は、凡衆なり。(顔師古)
都は、総なり。(後漢書注)
都は、
王の
宗廟の所在地。首都、都城。
それ以外の、
諸侯が封じられた
城市を
邑という。
しかし漢魏の頃の官制用語では趣きが異なり、
都護、
諸郡都尉、
関都尉、
都督等、地方の職官に多く使われる字句となった。
漢書百官表にて
都護に対して張晏の「諸官を主る故に」の解釈が引かれているように、また顔師古や後漢書注を見ると、「都」職には「ある領域を管轄する」の意が込められているようである。
ただ、前漢武帝が創設した
奉車都尉・
駙馬都尉のように、同時期に増設された
司隷校尉や
武帝八校尉との名称上の区別をどのような理由で付けたのか判然としないものもある。この時期には、既に
都尉が単に高級将校の意として定着してしまったのだろうか。
特に乱世には乱発されて単なる野戦指揮官に過ぎないように見えるケースも多くなり、曹魏の
典農官に到っては、
中郎将・
校尉・都尉の区別は階級の上下を示すものになってしまった。
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関連項目・人物
参考
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最終更新:2015年02月13日 03:23