うら若い肌が水を弾く。
老いの陰りも見せることもない、まだ幼さを残すその身体は、
若さというエネルギーを余すことなく周囲に向けて放射している。
ひとえにそれが視覚的な形で表れているのが黄金の髪だが、
シャワーを浴びているこの瞬間こそ、さらに引き立てられているといってもよい。
若さは何かを介した際に最も如実に表現される。
幼さを忘れえぬ黄金の少女、ホァン・ケロウィン・ムラカミ。
もはや娘盛りと呼んで差支えない年齢であることを知る者は少ない。
同席している茶髪の女性と比べれば、
ますますもって十九歳とは思えない。
「少し、よろしいかしら?」
突然かけられた声に少女は振り向く。
水にぬれてなお、ふわりと舞うことを忘れえぬ黄金が遅れてなびく。
浮かんだ表情は思い悩んだもの。
相手の名前を思い出そうとするような、
軽く眉根に力の入った思案顔。
「はい?なんですか?」
「あの低脳どもを殴り飛ばした手腕、鮮やかでしたわ。
ここのパイロットはずいぶんと武道派なのかしら?」
「あー・・・・いえ、あたしは紹介の時にも言いましたけど、
パイロットじゃーないんですよ。整備班です、これでも」
「あら、そうなの?」
意外、といった顔を向ける。
短く刈り込まれた男らしい髪の下で、
滴を蓄えた長い睫が瞬く。
「はい、そーなんですよぉ。うちの基地、
インフラもかねて民間からかなり下請け引っ張ってきてて、
あたしも実はそのうちの一人なんですよね。
っていっても、民間人を機密兵器コミコミの軍事施設に入れるわけにはいかないですよね?
だからその対策ってゆーか世間体的な意味で、全員軍属にさせられるんです。
地上勤務の予備技師官は、大体が東亜現地の特例待遇入隊って感じですね。
で、入隊するときにですね、ひと月ちょっとくらいの軍事演習させられるんですけど、
なんかあたしは筋がよかったらしくて指導官がいろいろ教えてくれたんです。
KARATEとかKOBUDOHとかAWIKIとか、まーいろいろと。
あたしにもう少し体重と身長があったら、KOOOOHとかひな・・・・ひな・・・・
HINAITIGO?HINAARAREだったかもだけど、
なんかそーゆう超必殺技伝授したのもをゥ!とかって言われましたね」
「・・・・なんだかずいぶんと、あー・・・・苦労したのかしら?」
言われた言葉の半分も理解できないため、
そう返すのが精いっぱいなのだろう。
どう見ても人間のそれには見えない機械の耳を撫でながら、
茶髪の女は若干の困惑と敬意を込めて、一言だけ口にする。
ただし少女には細かいニュアンスも伝わらなかったようで、
同意を求める類の嘆息を漏らすばかりだ。
「さあー、どうでしょ?
まあ、でもそれはお互い様じゃないですか」
「え?」
「いやだって、あなたもパイロット志願でここに来たんですし、
割とってゆーか、かなり苦労したんじゃないんですか?」
黄金の少女は心からそう言うが、それも仕方のないことだろう。
空は男が飛ぶもの。
そういった飛行機乗り達の自意識は過剰極まりなく、
他の部隊、特に地上部隊に比べると女性隊員率は非常に低い。
少なくともASEAN全域を見ればその風潮は根強く、
どころか協力関係にある国連に目を向けてみても女性比率は低めの傾向にある。
そんな中、ASEANのエリートコースとも呼んでいいジェリコチームの、
次世代主力級の機体であるジェリスヘレムのパイロットテストに来たのだ、
並大抵の努力や腕前で来れるものではない。
推薦状一つ書かせるのにも膨大な時間と莫大な資金が必要なはずだ。
『女子供に行かせるくらいなら他の隊員に行かせる』。
そんなことを考える雄馬鹿どもを押しのけて、
今回唯一の女性テスターとしてやってきたに違いない。
黄金の少女からしてみれば、民間公募から受けた自分に比べ、
努力と根性と才覚でここまでやってきた彼女のほうが、
目も眩くほどに輝いて見えるのだろう。
「すごいなーあこがれちゃうなー」
「・・・・そんなことはないですわ。
結局のところ、私もあのでくの坊どもと対して変わりませんでしたし。
あの機体を、まともに動かせる貴方のほうこそ憧れの対象ですわ」
「あははは・・・・そんなまたお世辞をー。
練習すればあなたもあたし以上に乗りこなせますよ、きっと。
・・・・そういえば、お名前で呼ばないのは失礼でしたね。
えーと、たしかークーデレ・ドエ」
「!!」
はっし、と飛び掛かるように距離を詰め、
何やら呟こうとした少女の口をふさごうとする。
しかし伸ばされた手は何ものにも触れることなく空をきり、
あっと気が付いた時にはくるりと視点が回っていた。
そして同時に、どすんと重い、尻を打つ衝撃。
「いったっ!」
「あ・・・・すみません、またなんか、咄嗟に・・・・」
ほとんど反射的な反応だったのだろう。
あるいは本能的に手が早いというべきか、
思わず投げ飛ばしてしまった形だ。
「なんてゆーか、その、手が早くてすみません・・・・」
「・・・・いえ、私も気が動転してたわ。あやまることはないの。
ただ、自分の名前がちょっとね・・・・問題あるから嫌いなのよ。
だから咄嗟に止めようとしただけ。別に、貴方のせいではないから」
投げ飛ばされた側に気遣われ、
笑えばいいのか同意すればいいのか、あるいは否定すればいいのか、
少女はぬけるように潤んだ瞳をぱちくりとさせ、
とりあえずはと手を差し伸べて茶髪の女性が立ち上がる手伝いをする。
青あざでもなければいいが、などとも思いながら、
しかし思考の片隅では全く別のことも考えている。
臀部をさする女性を前に首をかしげながら、
やがて何かを思いついたようににんまりと口角をきゅっとすぼめ、
「あ、じゃああだ名付けちゃっていいですか?」
などと、言った。
謝罪はともかくこの突然の申し出は予想していなかったのか、
今度は相手が目を白黒とさせながら、
もごもごと、何を伝えるべきか慌てている。
しかし黄金の少女はそんな様子もどこ吹く風で、
小首を可愛らしくくいっと斜めに倒しながら、
満面の笑みを浮かべる。
「クーデ・・・・もといイニシャルがー・・・・C・D・Eだから、
CDECDE・・・・き、き、き・・・・
そうですね、キティさんとか、どうでしょう?
かわいい名前だと思いませんか?」
「キティ・・・・?」
「あれ、ダメですか?
うーん、キティさんのツボはわからないなぁ。
じゃー何がいいんだろう、うーん・・・・」
同意も得られないうちに、既にキティ呼ばわりしていることに少女は気づかない。
それが可笑しかったのか、付けられたあだ名が思いのほか気に入ったのか、
そんなことを真面目に考えている少女を滑稽と思ったのか、
理由は要として知れないが、しかし、
「いえ、別にいいですわ私は。そんな名前で呼ばれるのはとても新鮮だわ」
「あはっ、よかったー、気に入ってくれてよかったです、キティさん」
「とはいっても、こんな男の子みたいな髪形じゃあ、
そんな可愛らしい名前で呼ばれるのは気恥ずかしいわね」
「そんなことないですよぅ、キティさんはこんなにも素敵じゃないですか」
「あら、お世辞として受け取っておくわ。
あと今のうちに言っておきますけど、私、打算的でしてよ?
貴方とこうやって仲良くしようとしてるのは、
ジェリスヘレムのパイロット資格を手に入れるためかもしれないわ」
ニヤリ、と意地悪い目つきをわざとする。
もちろん冗談だろう。
だが、仮にそれが本当のことだとしても、
一体誰に迷惑がかかるだろうか?
知ってか知らず科、黄金の少女もころころと笑う。
そしてこちらも、同じく意地の悪い顔になる。
「大丈夫ですよ、性格と根性の悪さならあたしのほうが上ですから。
それにアレの動かし方のコツなんて、口頭で言っても理解できませんよ」
「言ったわね、貴方も!」
「えー言いましたよ、言っちゃいましたとも。
だからどーしたそれでも理解してやる!
なんてゆーなら、いーですよ、いっちゃいますよどんとこい、ですよ」
「言いましたわね、いいでしょう、
その挑発買いますわ。・・・・あ、けど手は出さないでもらいたいわ」
忘れじと、冗談も一つくわえられ、
てへりと少女は舌を出して肩をすくめた。
老いの陰りも見せることもない、まだ幼さを残すその身体は、
若さというエネルギーを余すことなく周囲に向けて放射している。
ひとえにそれが視覚的な形で表れているのが黄金の髪だが、
シャワーを浴びているこの瞬間こそ、さらに引き立てられているといってもよい。
若さは何かを介した際に最も如実に表現される。
幼さを忘れえぬ黄金の少女、ホァン・ケロウィン・ムラカミ。
もはや娘盛りと呼んで差支えない年齢であることを知る者は少ない。
同席している茶髪の女性と比べれば、
ますますもって十九歳とは思えない。
「少し、よろしいかしら?」
突然かけられた声に少女は振り向く。
水にぬれてなお、ふわりと舞うことを忘れえぬ黄金が遅れてなびく。
浮かんだ表情は思い悩んだもの。
相手の名前を思い出そうとするような、
軽く眉根に力の入った思案顔。
「はい?なんですか?」
「あの低脳どもを殴り飛ばした手腕、鮮やかでしたわ。
ここのパイロットはずいぶんと武道派なのかしら?」
「あー・・・・いえ、あたしは紹介の時にも言いましたけど、
パイロットじゃーないんですよ。整備班です、これでも」
「あら、そうなの?」
意外、といった顔を向ける。
短く刈り込まれた男らしい髪の下で、
滴を蓄えた長い睫が瞬く。
「はい、そーなんですよぉ。うちの基地、
インフラもかねて民間からかなり下請け引っ張ってきてて、
あたしも実はそのうちの一人なんですよね。
っていっても、民間人を機密兵器コミコミの軍事施設に入れるわけにはいかないですよね?
だからその対策ってゆーか世間体的な意味で、全員軍属にさせられるんです。
地上勤務の予備技師官は、大体が東亜現地の特例待遇入隊って感じですね。
で、入隊するときにですね、ひと月ちょっとくらいの軍事演習させられるんですけど、
なんかあたしは筋がよかったらしくて指導官がいろいろ教えてくれたんです。
KARATEとかKOBUDOHとかAWIKIとか、まーいろいろと。
あたしにもう少し体重と身長があったら、KOOOOHとかひな・・・・ひな・・・・
HINAITIGO?HINAARAREだったかもだけど、
なんかそーゆう超必殺技伝授したのもをゥ!とかって言われましたね」
「・・・・なんだかずいぶんと、あー・・・・苦労したのかしら?」
言われた言葉の半分も理解できないため、
そう返すのが精いっぱいなのだろう。
どう見ても人間のそれには見えない機械の耳を撫でながら、
茶髪の女は若干の困惑と敬意を込めて、一言だけ口にする。
ただし少女には細かいニュアンスも伝わらなかったようで、
同意を求める類の嘆息を漏らすばかりだ。
「さあー、どうでしょ?
まあ、でもそれはお互い様じゃないですか」
「え?」
「いやだって、あなたもパイロット志願でここに来たんですし、
割とってゆーか、かなり苦労したんじゃないんですか?」
黄金の少女は心からそう言うが、それも仕方のないことだろう。
空は男が飛ぶもの。
そういった飛行機乗り達の自意識は過剰極まりなく、
他の部隊、特に地上部隊に比べると女性隊員率は非常に低い。
少なくともASEAN全域を見ればその風潮は根強く、
どころか協力関係にある国連に目を向けてみても女性比率は低めの傾向にある。
そんな中、ASEANのエリートコースとも呼んでいいジェリコチームの、
次世代主力級の機体であるジェリスヘレムのパイロットテストに来たのだ、
並大抵の努力や腕前で来れるものではない。
推薦状一つ書かせるのにも膨大な時間と莫大な資金が必要なはずだ。
『女子供に行かせるくらいなら他の隊員に行かせる』。
そんなことを考える雄馬鹿どもを押しのけて、
今回唯一の女性テスターとしてやってきたに違いない。
黄金の少女からしてみれば、民間公募から受けた自分に比べ、
努力と根性と才覚でここまでやってきた彼女のほうが、
目も眩くほどに輝いて見えるのだろう。
「すごいなーあこがれちゃうなー」
「・・・・そんなことはないですわ。
結局のところ、私もあのでくの坊どもと対して変わりませんでしたし。
あの機体を、まともに動かせる貴方のほうこそ憧れの対象ですわ」
「あははは・・・・そんなまたお世辞をー。
練習すればあなたもあたし以上に乗りこなせますよ、きっと。
・・・・そういえば、お名前で呼ばないのは失礼でしたね。
えーと、たしかークーデレ・ドエ」
「!!」
はっし、と飛び掛かるように距離を詰め、
何やら呟こうとした少女の口をふさごうとする。
しかし伸ばされた手は何ものにも触れることなく空をきり、
あっと気が付いた時にはくるりと視点が回っていた。
そして同時に、どすんと重い、尻を打つ衝撃。
「いったっ!」
「あ・・・・すみません、またなんか、咄嗟に・・・・」
ほとんど反射的な反応だったのだろう。
あるいは本能的に手が早いというべきか、
思わず投げ飛ばしてしまった形だ。
「なんてゆーか、その、手が早くてすみません・・・・」
「・・・・いえ、私も気が動転してたわ。あやまることはないの。
ただ、自分の名前がちょっとね・・・・問題あるから嫌いなのよ。
だから咄嗟に止めようとしただけ。別に、貴方のせいではないから」
投げ飛ばされた側に気遣われ、
笑えばいいのか同意すればいいのか、あるいは否定すればいいのか、
少女はぬけるように潤んだ瞳をぱちくりとさせ、
とりあえずはと手を差し伸べて茶髪の女性が立ち上がる手伝いをする。
青あざでもなければいいが、などとも思いながら、
しかし思考の片隅では全く別のことも考えている。
臀部をさする女性を前に首をかしげながら、
やがて何かを思いついたようににんまりと口角をきゅっとすぼめ、
「あ、じゃああだ名付けちゃっていいですか?」
などと、言った。
謝罪はともかくこの突然の申し出は予想していなかったのか、
今度は相手が目を白黒とさせながら、
もごもごと、何を伝えるべきか慌てている。
しかし黄金の少女はそんな様子もどこ吹く風で、
小首を可愛らしくくいっと斜めに倒しながら、
満面の笑みを浮かべる。
「クーデ・・・・もといイニシャルがー・・・・C・D・Eだから、
CDECDE・・・・き、き、き・・・・
そうですね、キティさんとか、どうでしょう?
かわいい名前だと思いませんか?」
「キティ・・・・?」
「あれ、ダメですか?
うーん、キティさんのツボはわからないなぁ。
じゃー何がいいんだろう、うーん・・・・」
同意も得られないうちに、既にキティ呼ばわりしていることに少女は気づかない。
それが可笑しかったのか、付けられたあだ名が思いのほか気に入ったのか、
そんなことを真面目に考えている少女を滑稽と思ったのか、
理由は要として知れないが、しかし、
「いえ、別にいいですわ私は。そんな名前で呼ばれるのはとても新鮮だわ」
「あはっ、よかったー、気に入ってくれてよかったです、キティさん」
「とはいっても、こんな男の子みたいな髪形じゃあ、
そんな可愛らしい名前で呼ばれるのは気恥ずかしいわね」
「そんなことないですよぅ、キティさんはこんなにも素敵じゃないですか」
「あら、お世辞として受け取っておくわ。
あと今のうちに言っておきますけど、私、打算的でしてよ?
貴方とこうやって仲良くしようとしてるのは、
ジェリスヘレムのパイロット資格を手に入れるためかもしれないわ」
ニヤリ、と意地悪い目つきをわざとする。
もちろん冗談だろう。
だが、仮にそれが本当のことだとしても、
一体誰に迷惑がかかるだろうか?
知ってか知らず科、黄金の少女もころころと笑う。
そしてこちらも、同じく意地の悪い顔になる。
「大丈夫ですよ、性格と根性の悪さならあたしのほうが上ですから。
それにアレの動かし方のコツなんて、口頭で言っても理解できませんよ」
「言ったわね、貴方も!」
「えー言いましたよ、言っちゃいましたとも。
だからどーしたそれでも理解してやる!
なんてゆーなら、いーですよ、いっちゃいますよどんとこい、ですよ」
「言いましたわね、いいでしょう、
その挑発買いますわ。・・・・あ、けど手は出さないでもらいたいわ」
忘れじと、冗談も一つくわえられ、
てへりと少女は舌を出して肩をすくめた。