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桶狭間の戦い-出陣



永禄3年5月17日沓掛城に入った今川義元は一夜明けた翌日松平元康を先鋒とし三河衆を大高城へ兵糧入れを命じる。翌19日松平元康と朝比奈泰朝は織田方の丸根砦、鷲津砦へ攻撃を仕掛ける。
今川軍2万-3万の軍勢が来るというので尾張の町は大騒ぎ。しかし信長は動こうとはしない。
「殿、丸根砦、鷲津砦が攻められておりまする。」
「きたか!よしさがっておれ。」
信長はすぐさま飛び起き敦盛を舞うのであった。
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 」
隣の館ではそろそろかと雲心は眠れずにいた。
「だれかおらぬか」
「はっ」
次男の水心である。見た目はひょろっとした優男なのだが戦場に出るとこれでもかというほど暴れる。一族の中では鬼水心と呼ばれるほどの男でさすがは深草の一族であると皆から恐れられている。
「耳をすましてみい。信長殿が舞っておられるぞ。出陣じゃ仕度せい」
「いかさま」
すぐさま外にでていき
「出陣じゃ!出陣じゃ!」
水心の大声でみな飛び起きすぐさま準備に取り掛かる。
「出陣でござるご準備を。」
隣から使いが来た頃には影母衣は出陣準備も整い庭にもう整列してある。
「承知。すぐでもでれるでござる。」
「はっ、殿に伝えておきまする。」
「みなのもの久々の戦じゃ思う存分に暴れられい。」
「では館の前で待機じゃ。」
一同は館前に居並び信長が出てくるのを待った。
「雲心殿さすが。」
「いえ信長殿に夢の中でたたき起こされただけでござる。」
「はっはっ、ではそちら一族もわしについて参れ。」
信長を先頭に影のように後ろから付いてくる。まだ日も昇っていない時間、遠くから見た人がいれば足音だけ聞こえ信長の輿しか見えぬであろう。朝の光が射してきた頃信長の輿の後ろには500の黒い母衣をまとった部隊が足を揃えてついてくる。
熱田神社に到着しほかの武将なども揃い戦勝祈願を行った。しかし織田軍総勢2000人に満たないぐらいの数、今川2万以上の10分の1である。
信長は皆のものを鼓舞する様に集まった者たちに言い放った。
「今よりの戦は織田の存亡をかけた戦いである。そちたちの働きにかかっておる。存分に働いてくれい。」
戦勝祈願も終わりこれより出陣となる。
途中、丹下砦・善照寺砦で兵をかき集め、中島砦に入った。これでも3000いるかいないかの数である。ただしその際、佐々勝通・千秋季忠ら三百人が本隊移動の目くらましのため鳴海城を攻撃、打って出てきた岡部元信隊によって壊滅している。
一方、今川軍先鋒は夜明けと共に、鷲津・丸根砦に攻撃がはじまっていた。
 鷲津砦は織田秀敏が守り砦兵五百人に対して朝比奈泰朝・井伊直盛隊二千人が猛攻、間もなく陥落させた。
 丸根砦は佐久間盛重の守り砦兵四百人に対して松平元康隊二千五百人が猛撃、こちらもほどなくして陥落させた。
「鷲津、丸根も落ちたか・・・」
「雲心そちになにか策はあるか?」
「奇襲でござりまするな。」
「やはりそうか。わしもそう思ってたところじゃがあまりに数がありすぎる。」
「ご心配には及びませぬ。わしら一族は今川本陣の裏からつきまする。時間を合わせ挟撃という形にすればこの戦、勝機が見えてきまする。」
「お主らは裏まで回れるというのか?」
「可能でござります。今より騎馬で敵に見つからずにぶつかるまでには。」
「うーむ。勝てるか?」
「十中八、九は勝てましょう。」
「ではおぬしらはその用に。」
「御意。しかし挟撃の位置など詳細な作戦を取り決めておかねばなりませぬ。少々お待ちいただけまするか。」
「うむ。中島砦に向かう。」
「それまでには詳細な作戦が練れるでしょう。」
雲心は砦からでた森の前で犬笛のようなものを吹いた。
「お呼びでございましょうか?」
すぐ木の上からひらりと舞い降りてきたものがいる。
「楓、今川の軍勢はどうなっておる?」
「今川本隊は沓掛城を出、田楽狭間を通り桶狭間に向かうとのことです。」
「桶狭間かここから敵に見つからずに行くことは可能か?」
懐から地図を出しこう言った。
「こちらの山沿いに向かいますれば。」
「うむ。よし決まった。そちは先行して敵をさがしておれ。」
「いかさま。」
すぐさま信長の元に向かい作戦の一部始終を話した。
しかしその時ぽつぽつと雨が降ってきた。
「雲心もしかするとこの雨が天の助けかも知れぬ。」
「ですな。われらの力も十二分に発揮できると思いまする。」
「ではわれらは先行しますが攻撃開始は雨がやんだときで?」
「そうじゃ。その時こそわれらの勝利じゃ。」
「では手はずどうりに。」
すぐさま雲心は出撃を命じた。
「これよりわれらは今川本陣近くまで急行し、時勢を合わせ本陣を急襲する。騎馬にはわらじをはかせすぐさま出陣じゃ。」
影母衣衆は一斉に騎乗し風のように出陣した。
最終更新:2008年04月03日 15:55