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バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ
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バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

艱難辛苦(中編)

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kyogokurowa

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「クオンさんっ!?」

困惑を帯びた、私の呼び掛けなど、届くはずもなく。
クオンさんは、先程までの失意に沈んでいた様子から一変―――眼の色を変えて、折原さんへと、襲い掛かっていった。

確かに、これまでの経緯を辿れば、無理はないことだと思う。
だって、折原さんは、クオンさんと私が目指すものを真っ向から否定しただけには飽き足らず、彼女に対して、明確な悪意を以って、執拗な挑発を繰り返していたのだから。
正直言うと、大切な人との絆を否定しようとしていた折原さんの放つ言葉は、あの悪魔―――ウィキッドと重なるところがあって、私も不快に感じた。

「クオン様っ……、私はクオン様と争いたくありませんっ……!!」

「黙れ。もはや汝らと、言葉を交わすつもりはない……!!」

当然、ヴァイオレットさんは、折原さんを護るべく、クオンさんの前に立ちはだかり、懸命に抗戦する。

二人の攻防は、素人の私には全く追いきれないほどの苛烈さで、クオンさんが殴打や蹴撃を繰り出せば、ヴァイオレットさんがそれを必死に避けたり、義手で防御したりする――その応酬が繰り返された。
刃物に、弾丸に、爆弾に、異能……。様々な凶器が交わされてきた殺し合いの場で、ここにきて初めて目撃した、至ってシンプルで純粋な肉弾戦―――だけど、クオンさんとヴァイオレットさんのそれは、映画の中のアクションスターのそれとは比べるべくもないほどに、速く、荒々しかった。
無力な私は、そんな二人の激闘に圧倒され、呆然と立ち尽くす他なかった。

「早苗様っ……!?」

「――ク、クオンさんは、傷つけさせない……!!」

そうこうしているうちに、火種は拡がっていく。
クオンさんが、折原さんの投擲によって、その白絹のような肌に傷を付けられたのを皮切りに、それまで私と同じく、事の成り行きを見守っていた早苗さんが、慌てて加勢―――クオンさんの後方支援として、折原さんと撃ち合いを行うようになり、戦場は2対2の構図に移り変わっていった。

――ゴオッ!!!

「……ク、オン……様……?」

「……クオンさん、それは……」

またしても、戦場に異変が生じた。
足に踏ん張りをきかさないと、吹き飛ばされてしまうような風圧が突き抜けたかと思うと、次の瞬間には、クオンさんは、その全身から、目にも鮮やかな金色のキラキラを立ち昇らせていた。

その変化に私が呆気に取られているも束の間―――凄まじい衝突音が、鼓膜を刺激したかと思うと、次の瞬間にはヴァイオレットさんは、地面を転がっていた。

それがクオンさんの攻撃によるものだと、私の脳が認識した頃には、クオンさんは再び金色の光線となって消え去ると同時に、またしても衝突音のようなものが木霊し、今度は臨也さんが地面をバウンドしていった。
まさに「あっ」という声が漏れる間の出来事であった。

――ザザッ!!

「……何の真似だ……?」

「いやまあ……。もうこの辺で良いんじゃねえか、と思ってな―――」

クオンさんが、臨也さんの追撃に出た瞬間、それまで私の傍らにいた、ロクロウさんが駆け出して、その道を阻んだ。
そして、クオンさんを宥めるような形で、これ以上の制裁を控えるように呼びかけた。

(―――何言ってんの、この人……?)

そんなロクロウさんを見て、私の中で真っ先に込み上げたのは、苛立ちの感情であった。
勿論、ロクロウさんのこの行動は、極めて理性的なものであることは理解している。
このままいけば、臨也さんとヴァイオレットさんは、きっと殺されてしまう―――そうなってしまうと、今後の私達の立場は非常に危ういものとなってしまう。だから、止めに入ったのは、私や早苗さんからの「借り」に対して、責務を担っているロクロウさんからすると、妥当な判断だと思う。

だけど。

(セルティさんの時は、見境もなく暴れてたくせに―――)

脳裏に浮かぶのは、本能のままに弁慶さんに戦いをふっかけて、散々場をかき乱した、あの人の姿で―――。
今更になって、そんな理性的に行動している彼に対して、釈然としない思いを抱いてしまうのだった。

ドガッ!!バギッ!!ボキッ!!―――

「ごふっ……!!」

だからこそ、クオンさんが、ロクロウさんを圧倒して、サンドバッグのように甚振っている光景を眺めていると、ある種の痛快感のようなものを覚えてしまう。
それと同時に、私ってやっぱり、麗奈の言う通り、性格が悪いんだなって思ってしまった。

「―――行かないと……」

「えっ?」

殴打音とロクロウさんの呻き声が木霊する中、消え入りするような声が、耳に入った。
振り向くと、そこにはあかりちゃんが、おぼつかない足取りで、歩を進めている光景があった。

「――止めないと……、これ以上、誰も死なせない……!!」

「あかりちゃんっ!?」

その刹那、あかりちゃんの背中には、天使のような翼が顕現。そして、そのまま地を蹴り上げて、突風が吹き抜けたかと思うと、次の瞬間には、衝突音が響き渡った。
音源の方に視線を向けると、クオンさんの身体は、数十メートルほど後方に弾き飛ばされており、今まさに体勢を整えようとしていた。
そして、さっきまでそこにいたはずのあかりちゃんは、ロクロウさんの前で仁王立ちをして、拳を突き出すようなポーズで、クオンさんと対峙していた。




ドォン!!

戦場で、黄金と白銀が、正面衝突を果たして、衝撃波と共に、打ち上げ花火のようなド派手な音響を奏でた。
黄金の闘気を纏うクオンは、自身の行く手を阻む、白銀の翼の主―――間宮あかりを”敵”として認識すると、全速力で殴打せんと駆け抜けた。
それに対して、あかりもまた迎撃のため疾駆―――遠心力を乗せた回転蹴りを放ち、神の拳を受け止めてみせた。
かくして、「おんぼろ」となった、二人の少女による戦闘が始まった。

「答えよ、あかり……!!
汝も此の地にて、親しき者達を失ったと聞き及んでいる―――」

弾丸の如き速度で、ぶつかり合う二色の光。
衝突を果たしては、まるで同極の磁石のように弾かれるようにして離れて、またしても肉薄――それが幾度も繰り返されていく。
衝突の折に交錯するは、互いの四肢―――拳に、脚に、各々の内に有する膨大なエネルギーが注ぎ込まれ、大気を割らんばかりの衝撃音が、連続的に響き渡っていく。

「汝は取り戻したくないのかっ!? その者達が当たり前のように傍らにいた日々を……!!」

悲鳴のような声音で、訴えかけるクオン。
より一層の"金色"を込めた拳打を、あかりが突き出した貫手に撃ち込むと、あかりの小さな躰は大きく吹き飛ばされていく。
刹那、あかりは、背中の翼を大きく羽ばたかせて、制動をかけると同時に、飛翔。
そのまま、上空に昇ると、そこで静止―――眼下のクオンに向き合う。

「―――出来ることなら……。あたしだって、取り戻したいよ、クオンさん……」

自身の翼の周りに、光弾を幾つも顕現していく、あかり。
その瞳は、やるせない悲哀を湛えており、口元は切なげに引き結ばれている。

「だけど、その為に、誰かを傷つけたり、否定する事は……っ、あたしには、どうしても、出来ない……!!」

これが、久美子やクオンが目指すものに対して、間宮あかりという少々が下した答え―――。

実のところ、この結論に至るまで、彼女のスタンスはシーソーのように揺れ動いていた。
あかりの眼前で繰り広げられた、久美子、ヴァイオレット、臨也、クオンによる、一連の問答。そこで示された、それぞれの意見及び感情のどれもが、共感と得心を抱ける内容であったからだ。

久美子とクオンが示した、愛する者達を失った絶望と悲しみ、そして在りし日への渇望は、志乃や高千穂、そしてアリアを失ってしまったあかりからすれば、痛いほど理解できた。

だが同時に、ヴァイオレットと臨也が示した視点も胸に残る。
この殺し合いで散っていった人々の『想い』。
そして今も確かに存在する人々の『自我』。

アンジュ、高千穂、ミカヅチ、カタリナ、シアリーズ、シュカ、志乃、カナメ―――多くの者から託された想いを思い返すたびに、
それらを無に帰す選択に、素直に頷くことが出来なかったのだ。

本音を言えば、大好きなアリアは勿論のこと、この地で出会った全ての人の死をなかったことにしたい―――。
だが、それは同時に、此処に在ったはずの皆の存在そのものを否定することになるのではないか―――。
あかりは、二つの相反する思考の狭間に迷い込み、苦悩した。

しかし、眼前で、臨也の挑発をきっかけとして、クオンが、彼とヴァイオレットに襲い掛かると、天秤は徐々に傾いていく。

如何なる大義があったとしても、それに異を唱える者を排除しにいくのは、果たして許されるのだろうか。
異を唱えた者だけではない―――恐らく、久美子達の計画を知らされぬままに、何も分からず『自我』を殺される人々も出てくるはずだが、果たしてそれは正義と言えるか。それは単なる独善ではないだろうか。

クオンに対する、臨也の執拗な挑発には思うところはあったが、それでも、彼女が、争いを止めに入ったロクロウにすら、容赦なく拳を叩き込んでいくにつれ、あかりの中で、久美子達の考えに対する疑念は膨れ上がっていった。

「あたしが信じている“武偵”は、そんな事はしないと思うから―――」

故に、あかりは久美子達とは袂を分つことにした。
ロクロウのように、単純に眼前の争いを止めるというだけではない。明確に、久美子達の目指すものに“No”を突き付けた。

「だから、あたしは貴方達を止めます、クオンさん!!」

瞬間、あかりの両翼から、幾多のフェザーショットが、放出。異能を帯びた白銀の集合体は、眼下のクオンの元へと殺到する。
突き付けられた拒絶の意思に、クオンは歯噛みをしつつ、大地を疾駆。飛来してくる光弾の雨を、躱していく。

本来であれば、クオンが展開する“類稀なる血”の力は、火、水、風、土、光、闇の全ての属性を制御することが出来る。故に、これらの属性を帯びる攻撃は、“力”を解放したクオンは通用しない―――“仮面”の力を解放したヴライの炎撃の悉くを、掻き消したのが、その証左となる。
しかし、迫り来る光弾から、本能的に異質なものを感じ取ったのか、クオンはこれを受けることを避け、回避を選択したのである。

「ちっ……!!」

白銀の光弾が大地を穿ち、爆発的な土煙が舞い上がる中、クオンはその身を低くして駆け抜けていく。
爆撃を躱しつつ、どうにか反撃の糸口を模索せんと頭を働かせるクオン。
しかし、彼女の視界に、白い灯りが急降下してきた直後――。

「はああああっ!!」

「ぐぅっ!?」

その腹部に、回転蹴りが叩き込まれていた。
急降下による加速を伴った一撃は、クオンの体を紙屑の如く吹き飛ばしてみせた。
衝撃に息を詰まらせながらも、クオンは受け身をとって地面に着地する。
反撃に転じようと前屈みの姿勢で構えるも、次の瞬間には、フェザーショットが眼前に迫る。

「――このぉっ……!!」

襲い掛かる白銀の砲撃を掻い潜りつつ、光の如き速度であかりへと突貫するクオン。
しかし、あかりはというと、光弾を放ちつつも、クオンの動きをしっかりと見定め、彼女が肉薄するよりも前に、上空へと飛翔。自身を見上げるクオンに対して、引き続き光弾の雨を降らせんとする―――

「……っ!?」

だが、明後日の方角より、風を帯びた別の光弾が差し迫るのを察知すると、咄嗟に身体を反転―――身を捻りつつ、フェザーショットを放つ。
漆黒の空に、二種類の光弾が衝突していき、炸裂。爆音が連続していき、花火のような閃光が明滅していく。

「――早苗さん……」

閃光の向こう側より、姿を見せるは、宙に佇む、翠色の巫女。
早苗は、瞳を揺らしながらも、懸命にお祓い棒を振るって、あかりに光弾を放っていく。
あかりもまたフェザーショットを放っていき、彼女の弾幕を相殺しているが、その応酬に気を取られ、地上のクオンに対する注意が疎かとなる。

ダンッ!!

そこに生じた隙を神の子は、見過ごすはずもなく。
クオンは自身の脚に力を込めて、大地を蹴り上げると、弾道ミサイルの如き勢いで飛翔---瞬く間にあかりの頭上へと達すると、その拳を振り上げる。

「――っ!!」

頭上より振り下ろされた拳撃。回避は間に合わないと判断したあかりは、両の手を拡げて、即席のシールドを展開。しかし、黄金の闘気漲る拳の勢いは凄まじく、立ち塞がるシールドごと、あかりの身体を大地へと叩き落とす。

隕石の如く速度で、堕天していくあかりであったが、落下の途上で翼を羽ばたかせて、どうにかして減速。寸前で大地への衝突を免れたものの、頭上に影が迫り来る。

見上げてみると、禍々しいほどの闘志に満ちたクオンの姿があり、落下に伴う引力を帯びた踵が、あかりの頭蓋を割らんと、振り下ろされていた。

あかりは咄嗟に、翼を水平方向にはためかせることで、横方向へと移動してこれを回避。しかし、その蹴撃が勢い殺さぬまま大地に着弾したことで砂塵が巻き上がると同時に、横合いより風を纏った光弾が迫り、あかりの背に炸裂した。

「ぐっ……!!」

乖離撹拌の影響で、痛みを感じることはない。
しかし、クオンと早苗による連携で、苦境に立たされている現状に、あかりは歯噛みをした。
相も変わらず早苗から放たれる光弾の嵐を避けつつ、もう片側から追撃のため差し迫るクオンを迎え撃たんとする。

憤怒、覚悟、贖罪―――。
三者三様の意志を孕む闘争は、尚も続いていく。




「止した方が良いんじゃないか、ヴァイオレットちゃん」

眼前で繰り広げられている、超常の攻防。
そこに向かって、先のダメージを引き摺りつつも、歩を進めていたヴァイオレットを呼び止めたのは、同じくクオンから痛恨の一撃を見舞われていた臨也であった。

「……ですが――」

「ああなってしまうと、俺たちには手に負えないし、下手に介入しても、足手纏いになるだけだよ。
それに、ご覧よ―――あかりちゃんは、俺達が巻き込まれないように、獣と早苗ちゃんの注意を引きつつ、攻撃の余波がこちらに及ばぬように立ち回ってくれている……。
あかりちゃんの配慮を、無碍にしてはいけないよ」

未だ表情曇らせるヴァイオレットの肩に、ふらつきながらも、ポンッと手を置く臨也。
あかりが二人と相対するだけではなく、自分達との距離と戦闘の余波を考慮に入れつつ、奮闘していることについては、彼女も勘付いていた。
しかし、それに対して、自身がなにもせずにいることに対する不甲斐なさと、眼前の人智を越えた戦いに対する無力さを感じつつ、ヴァイオレットは臨也の言葉に頷く他なかった。

「――これも、あなたの目論み通りなんですか、折原さん……」

ふと、後方から聞こえてくる、声。
臨也とヴァイオレットが振り返れば、そこには、一連の流れを全て傍観してきた、久美子の姿があった。

「うん? どういうことかな、久美子ちゃん?」

わなわなと肩を揺らす久美子とは対照的に、臨也は飄々とした態度で、問いを投げ返した。

「あなたはクオンさんを焚きつけて、この騒ぎを起こした。それは、私達の目指すものに対して、態度を保留してきた早苗さんと、あかりちゃんに選択を強いるため――そうでしょう?」

「うん、正解。俺としては、手っ取り早く線引きをしたかったんだよ。誰が味方になって、誰が敵になるかを、さ。
だからこそ、オシュトルさんのペットを利用して、導火線に火をつけたわけだ」

「……そして、まんまと思惑通りの構図が出来たというわけですか……?」

久美子は、少し離れた場所で、今も尚、激しい攻防を繰り広げている三人を一瞥し、恨めしそうに臨也へと視線を移す。
結果として、早苗は自分達側についてくれた。それ自体は歓迎すべきことだが、彼女の動機は、衝動的なもので、クオンへの罪悪感からきているのだろう。

一方で、あかりは明確に自分達の目指すものを否定した。ロクロウのように、クオンの暴走を止めるだけではなく、明確に拒絶の意思を突き付けた。
彼女については、気まずい部分は多々あれど、こちら側の陣営に引き込めると見込んでいたので、今回の一件で、その目論みがものの見事に打ち砕かれた形となってしまった。

「それはちょっと違うかな、久美子ちゃん。
確かに、俺は、皆に“選択”せざるを得ないように仕向けたけど、彼女達が、どのような判断を出すかについては、確信は持っていなかったよ……。
俺の愛する人間は、いつだって俺の予測を覆して、魅せてくれるからねぇ」

「……はい……?」

否定とともに、饒舌に語り出した臨也に対し、久美子は思わず眉をひそめる。

「ああ、ごめん、ごめん。
急にこんな事を口走ってしまうと、そんな風に『お前は何を言っているんだ』って顔になっちゃうよね。
まず前提として―――俺は、人間のことが好きなんだよ、久美子ちゃん。
好きって言ってもライクじゃないよ。ラブのほうね。ここ重要」

「……っ!?」

偶然にも、かつての麗奈の言葉をなぞる様な台詞に、久美子は、ドクンと心の臓がはねた感覚を覚えた。
そんな久美子の反応を愉しむかのように、臨也はくつくつと笑みを浮かべながら、言葉を紡いでいく。

「俺は人間が好き―――だから、人間がどんな選択をしたとしても、その選択を尊重したいと思うし、その末に、どのようなエンディングに行きついたとしても、その結末ごと、等しく愛してあげたいと思っている訳さ。
だから、今回の場合も、皆がどんな選択をしたとしても、構わないと思っていたんだ」

「あ、あなたは……」

何を言ってるんだ、と問いただそうとする久美子だが、その先の言葉が出ない。
眼前の飄々としていた男が、『愛』という耳障りの良い言葉を翳しつつ露わにした “異常性”―――その衝撃に、脳の処理が追いつかなかったのだ。
臨也はというと、言葉を失った久美子から、自身が引き起こした混沌へと、その視線を切り戻す。戦場では、今も尚、三人の少女が闘争を繰り広げている。
人間を愛する情報屋は、その様子を感慨深げに観察しながら、目を細める。

「早苗ちゃんに関しては、恐らくそうなるだろうなとは思っていたんだけど、やっぱり、オシュトルさんのペットに対する、罪悪感に引き摺られた形になっちゃったよね……。
こうなってしまうと、最後まで、あの獣のお世話に徹することになるんじゃないのかな」

折原臨也は、肯定する―――。
クオンへの罪悪感に苛まれ、その贖罪のため、彼女の側につかざるをえなかった、早苗の判断を―――。
クオン自身に関しては、正直どうなろうが知ったことではない。
しかし、『罪』に縛られた早苗が、今後あの獣とどの様に向き合っていき、葛藤して苦悩していくのだろうか―――その様を想像するだけで、心が躍る。

「あかりちゃんについては、正直どっちに転んでもおかしくなかった。
まぁ、ヴァイオレットちゃんのように、あの暴れ狂った獣を鎮めにくるかもしれないなぁ、とは思っていたけど、さ。
まさか、明確に久美子ちゃん達の考えを拒絶するようになるとはねぇ……」

折原臨也は、称賛する―――。
苦渋の末に、己が信じる正義は、失くしてしまったものを取り戻すことにはないと悟り、それを拒絶し、あくまでも自分の理想に準じていくことを選択した、あかりの決断を―――。
この場にいる誰よりも小さな身体に芽生えた、大いなる覚悟。その旅路の終点に、果たして希望(あかり)はあるのだろうか―――その行く末を想うと、胸が高鳴ってくる。

(……何なのっ、この人……?)

まるで、新品のおもちゃを買い与えられた子どものような無邪気さで、三人の戦いを眺める臨也。
ウィキッドと対面したときに感じた、どす黒い“未知”とは、別方向の得体のしれなさを感じ取った久美子は、思わず後退りしてしまう。
そんな久美子と臨也のやり取りを、ヴァイオレットは困惑した様子で眺めている。

「でもさ、俺としては、もう一人、惹かれる子がいるんだよね―――」

臨也は、軽く首を動かし、再び久美子へと向き直る。
視線が交わると、ゾクリと言いようのない悪寒が、久美子を襲った。

「君だよ、黄前久美子ちゃん……。
俺は、この一連の騒動を経て、ますます君に興味が湧いてしまったよ」

「……わ、私……?」

また一歩、久美子は後退した。
彼女からすると、意味が分からなかった。
目の前の男が語った、人間に対する『愛』とやらについては、共感はおろか、未だ理解が及んでいない。
この騒動において、臨也は、早苗やあかりが採った行動を評価していたが、彼女らとは異なり、久美子は何かを為したわけではない。
繰り広げられる『暴力』と『抑止力』の応酬に、ただ呆然と事の成り行きを眺めているばかりであった。
そんな自分のどこに、臨也は惹かれたというのだろうか。

「うん、確かに君は傍観に徹していた……。
何もしなかったと言ってしまえば、間違いじゃないよ―――」

久美子の頭の中にある疑問を汲み取ったかのように、臨也は言葉を紡いでいく。

「だけど、実際には、『何もできなかった』という訳ではなく、『何もしないこと』を選択したんだよね?
あの獣を諌めることもせず、あわよくば、俺たちを始末してくれることに期待も込めてさ」

「……っ――!!」

臨也からの指摘に、久美子は思わず声を荒らげそうになったが、寸前でグッと言葉を飲み込んだ。
ここで、感情的になったとしても目の前の男のペースに飲まれるだけだ。
今は、動揺する内心を押し殺し、あくまでも平静を装うことに専念すべきだと、理性が告げていた。

「―――だったとして……。そんな私のどこに興味が持てるというんですか……?」

突き付けられた考察を否定することなく、久美子は、率直な疑問をぶつけた。
沸騰しかけた感情を冷まして、振り返ってみれば、自身の中に、そういった打算的な思惑が少なからず混じっていたことは否めない。
しかし、先程挙がった、早苗やあかりのように、明確に行動に出た者と比較すれば、自分のそれは極めて消極的なものであり、観察対象としては、取るに足らないものであるとしか思えなかった。

「平たく言えば、“弱さ”かなぁ……」

「……“弱さ”……?」

眉を顰め、ポツリと反芻する久美子を前に、臨也は愉快そうに言葉を重ねていく。

「うん、“弱さ”だ。
勿論“弱さ”といっても、腕っぷし的なものではなく、精神的な意味でだけどね――。
君は、麗奈ちゃんとの約束は絶対に果たすと言っておきながら、もう一歩踏み出せない状態にある。
俺たちの存在が疎ましいのであれば、仲間達に号令を掛けるべきだったんだよ―――俺たちを殺せってね」

「……そんな事―――」

「出来ないのかい?
あかりちゃんに対しては、散々茉莉絵ちゃん―――ウィキッドを殺すように嗾けたと聞いてたけど……?」

「だって、あれは―――」

「ウィキッドはあくまでも、殺し合いに乗ってる側の参加者―――だから死んでも良い存在。
だけど、俺達は乗っていないのだから、君の中の基準では、“死んでも良い存在”にはなり得ないので、躊躇いがあった―――だから、特に嗾けることもなく、あわよくば俺達が排除されることを願いながら、事の成り行きを見守ることにした、そうだろ?」

「――……。」

久美子は、否定できなかった。
無言の同意を確認した臨也は、満足気に頷いて続ける。

「でも、そんな中途半端な態度でいたからこそ、そこにいる“彼”の参入も招いてしまって、自分が頼るべき戦力同士の衝突が発生してしまったんじゃないかな」

「……?」

臨也に促されるままに、ヴァイオレットと久美子は視線を向ける。そこには、隻腕に細剣を携えながら、息を乱しつつも、臨也と、その背景で今も尚、相争っている三人の少女達の姿を、睨みつける夜叉の姿があった。
クオンの猛撃に晒された結果、既に満身創痍といった状態ではあるが、それでも、その双眸の眼光は、依然として鋭い光を放ち続けている。

「ロクロウ様……」

ヴァイオレットが、憂いを帯びた様子で彼の名を呟く一方で、久美子は、眉根を寄せて、彼に冷ややかな沈黙を送った。

(……結局この人はいつも、そうだ―――)

確かに、ロクロウは久美子側に与する立場ではあるし、先の介入も久美子や早苗を思ってのものであることも理解しているが、結局は、自陣営同士の衝突となり、戦力は消耗してしまう形となってしまった。臨也の指摘通り、久美子がクオンやロクロウに何らかの意思表示をしていれば、この損失は起こり得なかったかもしれない。

(いつも、肝心な時にはいないし……。
いたらいたらで、空気を読まず、こっちの都合の悪いことばかり仕出かして、これっぽちも役に立ってくれない……)

しかし、久美子は、己の失態を棚に上げつつ、ロクロウに対して、理不尽な恨み節を募らせていた。

的外れな怒りだという事は、理解している。
だが同時に、自責の念を抱えるよりは、元々セルティの一件から、不信感を募らせていた相手に八つ当たりする方が幾分楽だと割り切ってしまう―――そんな邪な自分が、己が内に在ることを悟った。

「久美子ちゃんはさぁ―――」

そんな久美子の思考を遮るように、臨也が言葉を切り出してきた。
自身に視線を戻す久美子に対して、情報屋の青年は、意地の悪い笑みを零してみせる。

「もしかしたら、これまでの人生もそういう感じで、過ごしてきたのかもしれないね……。
境界線を引いて、自らの足では絶対に踏み込もうとはしない。傷つくのも傷つけるのも怖くてなあなあにして、安全な場所から見守って、他人の判断に委ねてしまって―――」

(……っ!?)

刹那、その言の葉が胸を抉るように突き刺さり、久美子は思わず息を詰まらせた。
眼前の青年の洞察は、あまりにも鋭く、まるで自分の内面を丸裸にされたかのような感覚に陥る。

「だから、今もその“弱さ”が尾を引いてしまっている……。
結局のところ、君は大層立派な目標こそ掲げてはいるけれど、いざというときは周りに任せて、自分自身は境界線より先には、踏み込めずにいるんだ」

黄前久美子は、共感性に富んだ少女である。
彼女は、常日頃から、自分という存在を護るため、人一倍他人の顔を窺っては、それに共感するように合わせて過ごしてきた。

時折、うっかりと本音を漏らすようなことはあれど、あくまでも周囲に調和することに努めていたため、見る人によっては「協調性がある」だとか、「良い子」だと称賛されることもあるだろう。

しかし、目敏い人からしてみると、どこか達観した視点で、俯瞰して、自分や相手に火の粉が降り注がないよう立ち回る、臆病さの裏返しでしかないとも映りえる。
麗奈が、久美子のことを「性格が悪い」と評したルーツはここにあった。

「……私のことを卑怯者だと---そう言いたいんですか……?」

平静を装いながらも、内なる動揺を隠せない久美子。
心の奥底を無遠慮に掘り起こされた感覚を覚え、声には僅かに震えが滲み、その眼差しには反発と怯えと焦燥が入り混じっていた。

「いやいや、さっきも言ったでしょ。俺は君のそんな“弱さ”に惹かれているって……。
傍から見れば、君のその姿勢は卑怯と糾弾されるかもしれないし、愚かであると嘲笑されるかもしれない。けれど、そんな君の“弱さ”こそが、この上なく人間らしくて、俺としては魅力的に映るんだよねぇ」

折原臨也は、首肯する―――。
全てを取り戻さんと息巻いてはいるものの、肝心な場面においては、身に降りかかる火の粉を恐れるあまり、周りの流れに委ねてしまう、久美子の“弱さ”を―――。
殺し合いとは無縁の平凡な日常にて培われた、その臆病さゆえの自己防衛を―――。
目的のためには、あらゆるものを切り捨てる―――そんな鋼のように冷たく、硬い覚悟を持てずにいる久美子の在り方は、どこまでも愚かで、どこまでも人間らしい。
故に、惹かれる――人間のあらゆる側面を愛する情報屋にとって、それは至極当然の帰結であった。

「でも、敢えて忠告させてもらうと、君が今後も麗奈ちゃんとの約束を果たすため、仲間を増やして、行動を共にしていくのであれば、都度、自分の意思を公にして統率は取るべきだよ。
その行動が例え、君の中で“死んでも良い存在”に分類される人間の生死を左右するものであったとしても、さ」

そして、折原臨也は、彼女の内に、植えつけておく―――。
立ち止まり続けることへの居心地の悪さを、静かな火種として―――。

「今の生半可な覚悟のままじゃ、“人間”はついてこないよ。
ついて来るのは、せいぜい獣畜生くらいだ」

臨也としては、久美子たちの宿願が成就された後の世界については全く興味ないし、むしろ反対の立場である。しかし、願いへの道程に、か弱い彼女が如何に苦悩し、如何に変容していくのかについては、興味が尽きない。
自分が蒔いた火種が燻り、炎に昇華するのか、それとも、燻ったまま不発に終わるのか―――そのどちらであったとしても、彼女を取り巻く物語は、きっと自分を魅せてくれるだろうと、愉悦に目を細めた。

「……私は―――、……っ!?」

好奇の眼差しに晒されながら、久美子は言葉を紡がんとした。
しかし、喉元まで込み上げてきたそれは、視界の奥で繰り広げられていた戦況の激変により、咄嗟に押し留められることとなってしまうのであった。




ドンッ!

耳を打つような、重く鈍い衝撃音が響いた。
直後、あかりの背後で地面が大きく陥没する。
落雷の如く、地表を穿ったのは、クオンによる蹴撃。
土砂と粉塵が噴き上がり、衝撃波が低空を飛ぶあかりの背中を叩いた。

「……っ!!」

振り返る暇もなく、羽を強く打ち、地表すれすれを滑るように、横へ急加速する。
刹那、あかりの元に降り注ぐは、風を纏いし幾多の光弾―――あかり達を見下ろすような形で、夜天に陣取った、早苗が放出した弾幕が容赦なく襲いかかる。

ダンッ!

高速で滑空していくあかりであったが、背後からはそれに差し迫る勢いで、クオンが距離を詰めて来ていた。
あかりは、振り返り際にクオンへ向け、フェザーショットを放つ。
直線軌道で飛んだ羽の弾丸は、真っ直ぐクオンへ向けて吸い込まれて行くように突き進んでいく。
しかし、怒れる神の子は勢いを殺すことなく、コンマ数秒のタイミングで上体を反らして避けつつ、構えた拳をあかりに向かって繰り出した。

「はああああああっ!!」

「―――っ!!」

間一髪、あかりは翼を地に叩きつけ、ロケットのように跳躍すると、怒号を帯びる拳撃を躱すことに成功する。
だが、すぐさま上方からあかりを目掛けて、早苗の弾幕が殺到してきた―――今度は避けきれない。

「―――がっ、は……」

痛覚が迸ることはない。しかし、光弾が炸裂する度に、意識と五感にノイズが走り、頭の中を掻き乱される。
どうにか意識を奮い立たせ、滑空し、弾幕の雨霰から逃れとんするも---

「捉えたぞ……!!」

クオンは、あかりの退路を遮るべく、地を砕くほどの踏み込みを活かし、回り込んでいた。

「なっ……!?」

焦燥を浮かべるあかりの顔面を突き破らんとばかりに、クオンは強烈な掌底を浴びせんとする。
咄嗟に翼を前面に翳し、即席の盾としても威力を殺すも、黄金の闘気を帯びたそれは、あかりの小さな身体を容赦なく吹き飛ばす。

「……っ、まだ……!!」

夜風を切りながら、空中で辛うじて身を立て直したあかりであったが、その上空には既に次の弾幕を仕掛けようとしている早苗の姿があり、前方からは、追撃せんとクオンが突貫してくる。

(……このままじゃ駄目―――)

戦況は芳しくない。
戦いが長期化するにつれて、あかりの内にある力もまた、着実に消耗しており、底が見え始めている。
この調子で続ければ、押し切られてしまうのは、明白だ。

(……もう出し惜しみしてる場合じゃない……!!)

故に、あかりは決意した。
自身の内に余るリソースを爆発的に出力させて、超短期の決着を挑むことを。

「……はあぁぁぁぁぁっっ!!」

咆哮と共に、あかりの全身を纏う白銀のオーラは輝きを増し、翼もより強く燦然と煌めく。
刹那、これまでとは比較にならないほどの大量の羽の刃が天を突かんとばかりに放出された。
そして、地に降り注がんとしていた、早苗の光弾を相殺の上、そのまま押し切ろうと殺到し始めた。

「なっ──」

想定外の事態に早苗は目を見開き、弾幕での迎撃を諦め、フェザーショットの大群を避けるために、慌てて散開しようとする。
しかし、それよりも先に、あかりが動いた。
早苗の脳が、あかりの飛翔を認識して、接近の警鐘を鳴らした、その瞬間。

「――ごめんなさい、早苗さん」

「……えっ---」

あかりは既に、早苗の頭上へと舞い上がっていた。
自身が放出した羽の刃を追い越し、光矢の如く宙へと昇った武偵の少女は、俯き気味に、小さく呟いた後―――。

ガ ァ ン!!

何が起こったのか分からないといった表情で、振り返らんとする早苗の背に向けて、思いっきり肘を叩き込んだ。

「――――ぁ……っ」

鈍く、しかし確かな衝撃音と共に、早苗の身体がくの字に折れ曲がる。
そのまま制御を失った彼女は、流星のように地表へと叩き落とされ、土煙と共に激しく転がった。

「――――っ……」

地面に叩きつけられた衝撃で、肺の空気が一気に吐き出される。
早苗は、荒い息をつきながら、震える腕を地面に突き、どうにか上体を起こそうとした。

「……う、ぅ……」

だが、身体は言うことを聞かない。
視界がぐらりと揺れ、耳鳴りが止まらない。
肘に力を込めた瞬間、全身に走った鈍痛に顔を歪め、そのまま再び地面に崩れ落ちた。

(……ク、オン……さん……)

ぐにゃぐにゃの視界の奥に佇んでいるのは、自身の贖罪の対象たる獣耳の少女。
黄金の闘気を漲らせる、神の子は、苦しみ悶える巫女を一切気遣う様子もなく、ただ天に浮かぶ、白の少女を睥睨していた。

(……今のが、汝の全開というわけか、あかり……)

土煙の向こうで、早苗の気配が地に沈んだのを、クオンは察知した。
しかし、それ自体はどうでも良く、彼女の思考は、夜天に浮かぶあかりに対してのみ注がれている。

対峙するあかりもまた、早苗の無力化を一瞥すると、ゆっくりと片腕を前に突き出した。
指先はわずかに開かれ、獲物を掴み取るかのように宙を捉えている。

もう一方の手は口元の前で構えられ、膝を落とし、半身の姿勢で、次の瞬間の踏み込みに備えていた。

白銀の翼は大きく広げられず、最小限の角度で静止している。だが、その奥には、爆発的な加速を溜め込んでいる気配があった。

―――突撃の構え。

小さな身体に似つかわしくない、研ぎ澄まされた殺気が、確実にクオンへと向けられていた。

(……来るか……)

降り注ぐその圧を、肌を刺すように感じるクオン 。
あれは、退路を断ち切った者の構えだ。
逃げも、誤魔化しもない。ただ―――全てを賭けて、真正面から叩き込むための姿勢。

「望むところだ」

ならば、こちらも全力で応じるだけ。
クオンは、ゆっくりと拳を握り締めた。
黄金の闘気が、腕から拳へと集束し、骨の奥が軋むほどの圧を生む。踏みしめた足元の大地が、低く唸り、ひび割れが蜘蛛の巣のように走る。

腰を落とし、重心を前へ。
上体をわずかに捻り、拳を構える。

ド ンッ!!

瞬間、空気が爆ぜた。
あかりの姿が、白銀の閃光へと変わると、夜天に一直線の光条を引いて、自身の身体を回転させながら、クオンへと迫る。

コンマゼロを遥かに超越する、光の如き速度―――。
しかし、クオンの超常たる五感は、その姿をはっきりと捉えていた。
回転しながら貫手の様な形で、貫き抉るかのように差し迫る、あかりの右腕に対して、迎え撃つ形で拳を撃ち込む。

―――ゴオオオオオオオオオオオッ!!

大気を引き裂く轟音が鳴り響いた。あかりの右腕とクオンの拳が接触した瞬間、二人の間に挟まれた空間が歪む。白銀と黄金のオーラが渦を巻き、衝突点を中心に放射状に広がる。

「ぐっ……!!」

「……ッ!」

あかりの歯を食いしばる声と、クオンの漏れた呼気が交錯する。
両者は至近距離で互いの瞳を射抜くように見据えて、ただ一点己が細腕に力を注ぎ込んだ。
あかりの右腕は回転し続け、螺旋のような力でクオンの拳を押し潰さんとする。
対してクオンは、その膨大な膂力を拳一点に凝縮し、あかりの腕を押し返さんと踏ん張る。

その瞬間においては、両者の力は拮抗していたかのように見えた。

――バチィイイイ……

しかし、その均衡はすぐに崩れ去る。

「なっ……!? ごふっ―――」

纏っていた皇女服が、ものの見事に弾けるように裂かれ、目を見開いたクオン。
一糸纏わぬ白い裸体を晒したまま、その口端からは鮮血がゴボリと滴り落ちた。

―――『鷹捲』……。

曰く、千本の矢をスリ抜け。
曰く、一触れで死を打ち込む。
曰く、死体に傷が残らない技。

その実体は、公儀隠密・間宮の秘伝にして、ジャイロ効果によって増幅・集約した体内のパルスを利用した振動破壊の術。

「―――ぐっ……ぉ……っ!!」

身体の内側で、見えない衝撃が爆ぜていく感覚が、クオンを襲う。
衣服は派手に飛び散ったものの、表皮には、ほとんど傷一つつかない。だが、確実に“中”が壊されていく感触が、クオンの意識を蝕んでいた。

その独特の構えから、あかりが、何かを仕掛けてくるのは、承知していた。
しかし、クオンは、どのような術技をぶつけてきたとしても、己が血から沸き上がる圧倒的な力を以って、押し切ろうと臨んだ。
その軽率な判断が、彼女を死地に追いやった。

鷹捲は、毒ではない。
しかし、拳を通して侵入した螺旋の振動が、骨、筋、臓腑を無差別に揺さぶり、内部から破壊していく、その様は、猛毒にも等しい脅威となる。

「……が、は……っ……!」

血反吐ともに、クオンの黄金の闘気が乱れ、霧散していく。
口からだけではない―――目、鼻、耳と、身体のいたるところから、血液が溢れていく。
足の踏ん張りが効かなくなり、いよいよ前のめりに倒れそうになるが―――

(わ、たくしは……、こんな……ところ、で……っ)

胸の奥底から湧き上がる感情が、辛うじてそれを押し留める。
倒れてなるものか。こんなところで膝をつくことは許されない。
衝突を果たしている己が拳に、ありったけの力を込めようと、クオンは必死に食らいつく。

「はあああああああああああああああああああああっーーー!!!」

獣のような咆哮を上げるクオン。

取り戻したい、あの騒がしくも、楽しかった日々を---
取り戻したい、その日常に、当たり前のようにいた仲間たちを---
取り戻したい、己が愛した、心地の良い陽だまりのような“彼”を---

「---なっ……!?」

瞬間、クオンの拳に注ぎ込まれる闘気が爆発的に増大して、あかりは驚愕を露わにする。
愛しき全てを取り戻す―――そんな悲壮で強靭な“願い”に、クオンの内にある“神の残滓”が反応したのである。

(……っ、押し込まれ―――)

白銀の螺旋と相対していた黄金の奔流が、さらに一段階、いや二段階と密度を増していく。
衝突点が眩い閃光を放ち、周囲の大気が悲鳴を上げるように歪んだ。

あかりとしては、鷹捲を打ち込んだことで、相手を、内部か、破壊し、戦闘不能に追いやった―――つもりであった。
だが、クオンの内から噴き上がるそれは、彼女の“執念”に呼応した、理屈も限界も踏み越えた“理”の外の力。

―――バキィッ!!

衝突点にあった、あかりの右手の指が、耐えきれずに粉砕された。
白銀のオーラが乱れ、螺旋回転が失速し、鷹捲の振動場が一気に崩壊して、砕けた指先から、赤い飛沫が宙に散る。

「―――終わりだああああああああああああああっ!!」

全身の残りすべてを叩き込むように、拳を振り抜いた。

ド ガ ァ ァ ァ ンッ!!

「……かぁっ……」

黄金が白銀を飲み込んで、凄まじい衝撃波が炸裂すると、あかりの小さな身体が、まるで弾丸のように吹き飛ばされる。
空を切り裂きながら、後方へ、後方へと弾き飛ばされ―――やがて、夜天の彼方へと消えていった。

「……が、は……っ……」

白銀の輝きが消え去り、静寂が訪れた戦場。
月光だけが淡く照らす空間で、クオンもまたどさりと、その場で崩れ落ちる。

鷹捲による損壊は、神の残滓のブーストをもってしても、無効化できるものではない。
臓腑を揺さぶられ、骨の奥が軋み、全身の感覚が急速に薄れていく。
黄金の闘気が、ぷつりと途切れて、冷たい地面の感触を、剥き出しとなった胸や脚が、否が応にも感じさせられる。

「……う、ぇ……っ…」

身体の奥底から熱いものが込み上げ、堪えきれずに口を開けば、ぼたぼたと朱が零れ落ち、地面を汚す。
喉の奥から逆流する痛みに、何度も咽せて、舌が痺れるほど鉄錆の匂いがこびりつく。

「―――クオンさんっ……!!」

朦朧とする意識の中で、顔を上げて、此方に駆け寄らんとする複数の人影を認めたクオン。
刹那、彼女の意識は、プツリとシャットダウンを余儀なくされたのであった。

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