「ご免ください、ご免ください」
無粋な声によって私の静寂は打ち砕かれた、あの声は多分鳥口だろう。
鳥口は所謂(いわゆる)カストリ誌の「月刊實録犯罪」の編集者である。
私は文筆業で身を立てようと、志を立てたのだが、
何箇月もかかって面白くもない短編小説を送り出しているようでは、今のご時世生活ができない。
とはいえ、私のような人間に他の商売など最初(はな)からできないわけで、
已む(やむ)を得ず、小説以外の雑文の執筆を引き受けざるを得ない羽目なのである。
確か、原稿の依頼を受けていたのだが、あの締め切りはいつだったろうか?
今日・・または昨日か・・・だが一枚も書いてはいなかった。
無粋な声によって私の静寂は打ち砕かれた、あの声は多分鳥口だろう。
鳥口は所謂(いわゆる)カストリ誌の「月刊實録犯罪」の編集者である。
私は文筆業で身を立てようと、志を立てたのだが、
何箇月もかかって面白くもない短編小説を送り出しているようでは、今のご時世生活ができない。
とはいえ、私のような人間に他の商売など最初(はな)からできないわけで、
已む(やむ)を得ず、小説以外の雑文の執筆を引き受けざるを得ない羽目なのである。
確か、原稿の依頼を受けていたのだが、あの締め切りはいつだったろうか?
今日・・または昨日か・・・だが一枚も書いてはいなかった。
ここ3日ぐらい持病の鬱を再発してしまい寝込んでいたのだ。
私は学生時代に神経衰弱に陥り鬱病と診断されている。
鬱病は治らない病気ではない、だが再発しない病気でもないのだ。
なぜ再発したのかは―――――だがこうなってしまった以上仕方がないのだ。
妻には夏風邪と言い張った、妻も心得ているらしく詮索はしないでくれた。
私は学生時代に神経衰弱に陥り鬱病と診断されている。
鬱病は治らない病気ではない、だが再発しない病気でもないのだ。
なぜ再発したのかは―――――だがこうなってしまった以上仕方がないのだ。
妻には夏風邪と言い張った、妻も心得ているらしく詮索はしないでくれた。
この3日間私の家は水を打ったように静かだった、静寂はいい。
結局私は思考を停止している。
あの日私が妻に何を言ったのか、何を忘れているのか、そんな事はどうでもよくなっている。
私において日常を生きるというかとは何も考えないという事と同義であるようである。
考えるのを止めれば、大方の日常は平穏で生暖かく心地がよいのである。
進歩がない事は素晴らしい事だ。
そう思うと、まるで膜が一枚剥がれたように、世間が明るく思えてきた。
これでいつものつまらない日常に戻る事ができる。
そう思った
その時―――「ご免ください、ご免ください」―――私の静寂は打ち砕かれた。
結局私は思考を停止している。
あの日私が妻に何を言ったのか、何を忘れているのか、そんな事はどうでもよくなっている。
私において日常を生きるというかとは何も考えないという事と同義であるようである。
考えるのを止めれば、大方の日常は平穏で生暖かく心地がよいのである。
進歩がない事は素晴らしい事だ。
そう思うと、まるで膜が一枚剥がれたように、世間が明るく思えてきた。
これでいつものつまらない日常に戻る事ができる。
そう思った
その時―――「ご免ください、ご免ください」―――私の静寂は打ち砕かれた。
それでも―――
私は襖を閉めて蒲団を被った、会いたくなかった、
原稿を書けなかった言い訳するのが辛かった。
そんな私の様子を察して、妻が玄関に向かう。
蒲団を被っていると妻の声が聞こえる。
多分私の状態を説明しているのであろう。
私は蒲団を被ったまま、客が帰るのを凝乎(じつ)と待った。
しかし―――客は帰らなかった。
どたどた言う跫音が聞こえて襖がすらりと開いた。
私は襖を閉めて蒲団を被った、会いたくなかった、
原稿を書けなかった言い訳するのが辛かった。
そんな私の様子を察して、妻が玄関に向かう。
蒲団を被っていると妻の声が聞こえる。
多分私の状態を説明しているのであろう。
私は蒲団を被ったまま、客が帰るのを凝乎(じつ)と待った。
しかし―――客は帰らなかった。
どたどた言う跫音が聞こえて襖がすらりと開いた。
「何だ先生――困ったな」
鳥口守彦(とりぐちもりひこ)は私の隣に座った。
「聞きましたよ、奥方から、夏風邪ですか、大変ですな、
ところで先生締め切りてのは、いつだったか覚えてますか?」
鳥口は巫山戯たように聞いてきた、答えられない私は鳥口に背を向けたまま狸眠りを決め込んだ。
鳥口守彦(とりぐちもりひこ)は私の隣に座った。
「聞きましたよ、奥方から、夏風邪ですか、大変ですな、
ところで先生締め切りてのは、いつだったか覚えてますか?」
鳥口は巫山戯たように聞いてきた、答えられない私は鳥口に背を向けたまま狸眠りを決め込んだ。
「わっはっはっは、先生やめてください、いいんですよ、暫くうちの本は出ないですから」
「出ない?」
声が掠れた。
「引っ掛かりましたね、起きてるじゃないですか」
「う、嘘か」
ところが嘘じゃありません、鳥口は眉をへの字にして神妙な顔をつくったような顔をして
「――ネタがなくて、雑誌が発行できないんですよ、うちは猟奇事件一辺倒ですから」
「――そうか、なら書かなくていいのか」
私は胸をなで下ろした、
「しかし、雑誌が出ないなら原稿は不要だろ」
「廃刊になった訳じゃないんですよ」
鳥口は憮然とした顔で発売の目途が立たないだけですと云った。
「同じ事じゃないか」
「違います、お稲荷さんと狐憑きぐらい違います」
どういう比喩なんだろう、私は思わず失笑した、鳥口はにやにやしている。
「出ない?」
声が掠れた。
「引っ掛かりましたね、起きてるじゃないですか」
「う、嘘か」
ところが嘘じゃありません、鳥口は眉をへの字にして神妙な顔をつくったような顔をして
「――ネタがなくて、雑誌が発行できないんですよ、うちは猟奇事件一辺倒ですから」
「――そうか、なら書かなくていいのか」
私は胸をなで下ろした、
「しかし、雑誌が出ないなら原稿は不要だろ」
「廃刊になった訳じゃないんですよ」
鳥口は憮然とした顔で発売の目途が立たないだけですと云った。
「同じ事じゃないか」
「違います、お稲荷さんと狐憑きぐらい違います」
どういう比喩なんだろう、私は思わず失笑した、鳥口はにやにやしている。
そこに妻が茶を持ってきた。妻はちらりと鳥口を見た。
――なるほど
私は鳥口のような、調子のいい男に引きずられる癖がある、これは妻なりの治療法なのだ。
妻は私が茶を飲み終わるのを待って買い物に行ってきます、と出て行った。
この3日間家を空ける事ができなかったのであろう。
妻がいなくなるといっそう鳥口はにやにやした。
「何だ――気持ちが悪い」
「いや――寛い(くつろい)だんですな」
「君は最初から寛いでいるじゃないか」
人の気も知らないで
私は照れ隠しで精一杯虚勢を張った。
「ああ――君の寛いだ顔を見ていたら、緊張が抜けて、夏風邪まで一緒に飛んでいったよ」
「うへえ。夏風邪は何とかしかひかないとも云いますもんね。おっと失礼。
――それより先生いけませんよ。生意気なような事を云うようですが」
「いけない?」
「奥さん泣かすようなことしたンじゃないですか?奥さん、ありゃだいぶ疲れてますぜ」
「そんなこと――」
していないと――と云うのを私は口の中で噛み砕き、飲み込んだ。
確かに私はある意味では最低の配偶者だと思う。
妻は疲れているだろう。
「ま、先生のことだから浮気や博打ってこたァないでしょうが――どうもねェ」
「いくら夫婦でも、ひとつ屋根の下で朝から晩までずうっと一緒にいるってェのはどうなんですかね。
そりゃ先生も気が鬱ぐ(ふさぐ)でしょうが、奥さんだって――」
「解っているよ」
取材にでも出りゃいいんですよ、と鳥口は云った。
「取材って――」
「いいじゃないですか、小説でも取材は必要でしょ。犬も歩けば打たれまいと云うじゃないですか」
「だからって――僕の小説は」
「ですから――そう、うちの記事の取材してくださいよ。気晴らしになりますよ、陰惨だし。
兎に角、その、締め切りは延びただけでですね――」
「しかし――君の依頼は海外ネタじゃないか」
「そこはそれですよ」
「どれなんだよ。まあ確かに僕は僕なりに考えたんだが、どうもね、海外の猟奇事件の記事なんかを
書くのは――僕には無理のようだよ。今回もそれで根を詰めて躰を壊したのだから」
「根を詰めたってほど、升目は埋まってないようですがね――」
鳥口は伸び上がって文机(ふづくえ)を覗き込んだ。
「――何枚書いたんです?」
一枚も書いていなかった。
悪かったよ―――私はぞんざいに云った。
困ったなあと鳥口は腕を組む。
「―――そうだ先生、明日から僕は取材旅行に行くんですけど,
一緒に行きませんか?気分転換にもなるでしょうし」
「取材旅行?一体どこに行くんだい?」
鳥口が取材に行くところなんかは、犯罪現場に決まっているのだが。
「いやぁ、変な手紙が届きましてね、雛見沢っていう美濃じゃなくて岐阜の方の寒村らしいですけど、
空気が美味くていいところですよ」
「鳥口君、君はそこに行った事がないだろう?」
うへえ、鳥口は云い――ま、田舎の空気は美味いに決まってますよと笑った。
「どうです先生、行きませんか、旅費はこちらが持ちますから」
気を付かせていると思った。――鳥口にも――妻にも、私は少し逡巡し、
―――よろしく頼むよ、と答えた。
「本当ですね先生、本当は1人で取材に行くのが心細かったんですよ」
鳥口はうそぶいた、――私に気を付かわせないためだろうか?――考え過ぎか?
「ところで鳥口君、その変な手紙ってのは、どんな内容なんだい?
『實録犯罪』の記者が取材に行くような事件なのかい?」
それが・・変な手紙でして、と前置きをして鳥口は鞄をまさぐり1通の手紙を見せた。
――なるほど
私は鳥口のような、調子のいい男に引きずられる癖がある、これは妻なりの治療法なのだ。
妻は私が茶を飲み終わるのを待って買い物に行ってきます、と出て行った。
この3日間家を空ける事ができなかったのであろう。
妻がいなくなるといっそう鳥口はにやにやした。
「何だ――気持ちが悪い」
「いや――寛い(くつろい)だんですな」
「君は最初から寛いでいるじゃないか」
人の気も知らないで
私は照れ隠しで精一杯虚勢を張った。
「ああ――君の寛いだ顔を見ていたら、緊張が抜けて、夏風邪まで一緒に飛んでいったよ」
「うへえ。夏風邪は何とかしかひかないとも云いますもんね。おっと失礼。
――それより先生いけませんよ。生意気なような事を云うようですが」
「いけない?」
「奥さん泣かすようなことしたンじゃないですか?奥さん、ありゃだいぶ疲れてますぜ」
「そんなこと――」
していないと――と云うのを私は口の中で噛み砕き、飲み込んだ。
確かに私はある意味では最低の配偶者だと思う。
妻は疲れているだろう。
「ま、先生のことだから浮気や博打ってこたァないでしょうが――どうもねェ」
「いくら夫婦でも、ひとつ屋根の下で朝から晩までずうっと一緒にいるってェのはどうなんですかね。
そりゃ先生も気が鬱ぐ(ふさぐ)でしょうが、奥さんだって――」
「解っているよ」
取材にでも出りゃいいんですよ、と鳥口は云った。
「取材って――」
「いいじゃないですか、小説でも取材は必要でしょ。犬も歩けば打たれまいと云うじゃないですか」
「だからって――僕の小説は」
「ですから――そう、うちの記事の取材してくださいよ。気晴らしになりますよ、陰惨だし。
兎に角、その、締め切りは延びただけでですね――」
「しかし――君の依頼は海外ネタじゃないか」
「そこはそれですよ」
「どれなんだよ。まあ確かに僕は僕なりに考えたんだが、どうもね、海外の猟奇事件の記事なんかを
書くのは――僕には無理のようだよ。今回もそれで根を詰めて躰を壊したのだから」
「根を詰めたってほど、升目は埋まってないようですがね――」
鳥口は伸び上がって文机(ふづくえ)を覗き込んだ。
「――何枚書いたんです?」
一枚も書いていなかった。
悪かったよ―――私はぞんざいに云った。
困ったなあと鳥口は腕を組む。
「―――そうだ先生、明日から僕は取材旅行に行くんですけど,
一緒に行きませんか?気分転換にもなるでしょうし」
「取材旅行?一体どこに行くんだい?」
鳥口が取材に行くところなんかは、犯罪現場に決まっているのだが。
「いやぁ、変な手紙が届きましてね、雛見沢っていう美濃じゃなくて岐阜の方の寒村らしいですけど、
空気が美味くていいところですよ」
「鳥口君、君はそこに行った事がないだろう?」
うへえ、鳥口は云い――ま、田舎の空気は美味いに決まってますよと笑った。
「どうです先生、行きませんか、旅費はこちらが持ちますから」
気を付かせていると思った。――鳥口にも――妻にも、私は少し逡巡し、
―――よろしく頼むよ、と答えた。
「本当ですね先生、本当は1人で取材に行くのが心細かったんですよ」
鳥口はうそぶいた、――私に気を付かわせないためだろうか?――考え過ぎか?
「ところで鳥口君、その変な手紙ってのは、どんな内容なんだい?
『實録犯罪』の記者が取材に行くような事件なのかい?」
それが・・変な手紙でして、と前置きをして鳥口は鞄をまさぐり1通の手紙を見せた。
月刊實録犯罪 編集部 御中
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1年前の綿流し祭の日に2年目の被害者の親戚が殺されました
そして今年は私が殺されます
これは、計画殺人? それともオヤシロ様の祟り?
OO県 鹿骨市 雛見沢