海岸のような荒野のようなところである。
私は女に手を引かれて歩いている。
今日はお祭りなのだ。
私はこんな齢になってもまだ手を引かれて歩いているのがとても気恥ずかしい。
でも、私は子供なのだからこれがいいのだ。そう思うと気が楽になった。
私は女に手を引かれて歩いている。
今日はお祭りなのだ。
私はこんな齢になってもまだ手を引かれて歩いているのがとても気恥ずかしい。
でも、私は子供なのだからこれがいいのだ。そう思うと気が楽になった。
海岸には黒衣の、徳の高そうな僧侶が何人も立っていて、
手に手に錫杖(しゃくじょう)を持ってじゃらじゃら鳴らす。
私はそれが面白くて、ついつい見とれてしまう。
手に手に錫杖(しゃくじょう)を持ってじゃらじゃら鳴らす。
私はそれが面白くて、ついつい見とれてしまう。
しかし女は私の腕をぐいと引っ張って、無理矢理夜店の方に私を引き寄せ
「ほうら、綺麗でしょう」
などという。
「ほうら、綺麗でしょう」
などという。
私がそれでも僧侶を見ようとすると、女はとても嫌な顔をする。
私は彼女に謝らなければいけないと思った。しかし、何と呼んでいいのか思い出せない。
この女は私の母親なのだから普段から何度も呼んでいるだろうに。
私は彼女に謝らなければいけないと思った。しかし、何と呼んでいいのか思い出せない。
この女は私の母親なのだから普段から何度も呼んでいるだろうに。
女は私が口籠もっているのが気に入らないので折檻(せっかん)をするという。
私はそれも仕方がない、と思った。
私はそれも仕方がない、と思った。
女は私の頭を掴むと、砂浜にぐい、と押しつけた。砂はとても熱くて、
おまけに砂の中には座頭虫が沢山混じっているので私は随分不快な気持ちになった。
座頭虫は何百疋(ぴき)と私に取りつき、背といわず腹といわずちくちくと歩きまくった。
おまけに砂の中には座頭虫が沢山混じっているので私は随分不快な気持ちになった。
座頭虫は何百疋(ぴき)と私に取りつき、背といわず腹といわずちくちくと歩きまくった。
耳に座頭虫が入っては大変な事になってしまう。私は痛いのを堪えて、頭を上げた。
女の力は強くて、私は大層難儀したが、
上げた顔の目前に女のはだけた襟元があったので、私はいよいよ困った。
女の力は強くて、私は大層難儀したが、
上げた顔の目前に女のはだけた襟元があったので、私はいよいよ困った。
襟元からは女の白い乳房が覗けていて、
私はそれを見てはいけない、と思うのだが、目を瞑ることもできなかった。
私はそれを見てはいけない、と思うのだが、目を瞑ることもできなかった。
私は仕方がないので、扉の方へ行こうと思い、女の手を擦り抜けた。
砂浜を二三歩よろよろと歩いた。
砂浜を二三歩よろよろと歩いた。
扉を開けると、白い廊下で向こうに見たこともない女性がいた。
女性が怪訝な顔で見る。それもまたやむを得ないと思う。
何しろ私は母に折檻をされるような子供なのだから。
女性が怪訝な顔で見る。それもまたやむを得ないと思う。
何しろ私は母に折檻をされるような子供なのだから。
私は座頭虫がついたりしては大変なので、ばたばたと体を叩き虫を払う。
女性は眉間に皺を寄せて口をぱくぱくとさせている、
――大丈夫ですか?、私は尋ねた。
女性は更に怪訝な顔をして、私を見ると向こうへ行ってしまった。
暫く(しばらく)すると向こうから見たことがある顔が来た。
確か、入江と云ったか。最近見た顔だ。
女性は眉間に皺を寄せて口をぱくぱくとさせている、
――大丈夫ですか?、私は尋ねた。
女性は更に怪訝な顔をして、私を見ると向こうへ行ってしまった。
暫く(しばらく)すると向こうから見たことがある顔が来た。
確か、入江と云ったか。最近見た顔だ。
「関口さん、大丈夫ですか?」
入江は声をかけてきた。
――はぁ、私はいまいち事情がつかめなかった。
入江は声をかけてきた。
――はぁ、私はいまいち事情がつかめなかった。
入江は確か医者だったはずだ。そう云えば先ほどの女性も看護婦のような格好をしていた。
ここは病院なのか?――なら私は何故ここにいる?
――私は病院に入れられたのか?――入れられてしまったのか?
ここは病院なのか?――なら私は何故ここにいる?
――私は病院に入れられたのか?――入れられてしまったのか?
私の戸惑いを知ってか知らずか、入江は笑った。
「いやあ、大変でしたよ昨日は、梨花ちゃんが急に関口さんが倒れたって云ってきて」
――はぁ、私は昨日の出来事を思い出そうと努めた。
「いやあ、大変でしたよ昨日は、梨花ちゃんが急に関口さんが倒れたって云ってきて」
――はぁ、私は昨日の出来事を思い出そうと努めた。
そうだ、昨日の夜『綿流し』のお祭りに行って、祭具殿に入って、そして――
―――――――――――死にたくない
少女の告白を聞いたのだった。
「どうですか、頭が痛いとかありませんか?」
入江が聞いてくる。
――はあ、答えながら私はやっと目が覚めていくのを感じた。
入江が聞いてくる。
――はあ、答えながら私はやっと目が覚めていくのを感じた。
「それにしても、一度大きな病院で見てもらった方がいいかもしれないですね。
こう短期間に意識を喪失するのは何かの疾患かもしれません。
昨日はちゃんと食事はしてますよね」
入江が問う。
――ああ、そう云えば昨日の朝(昼?)から何も食べていなかった。
こう短期間に意識を喪失するのは何かの疾患かもしれません。
昨日はちゃんと食事はしてますよね」
入江が問う。
――ああ、そう云えば昨日の朝(昼?)から何も食べていなかった。
「まったく駄目ですよ、先日も云いましたが、きちんと栄養をとらないと」
入江が云う。
――すみません、私は謝った。
入江が云う。
――すみません、私は謝った。
入江は何か持ってきますから、病室で待っていてくださいと云って、去って。
私は出てきた部屋に戻った。部屋は白い壁に囲まれて、ベッドが4個と窓しかなかった。
私が寝ていたであろうベッドの隣には少女が寝ている、あの少女――古手梨花と同じくらいか。
服を脇に置かれていた開襟とズボンに着替えた。
すると衣服の下に1冊の本があった――これは鷹野三四が渡した切り抜き帳だ。
私が寝ていたであろうベッドの隣には少女が寝ている、あの少女――古手梨花と同じくらいか。
服を脇に置かれていた開襟とズボンに着替えた。
すると衣服の下に1冊の本があった――これは鷹野三四が渡した切り抜き帳だ。
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
古手梨花はそんな事も云っていた――馬鹿げた話だ、その一寸前まで私は彼女らと一緒にいたのだ。
だいたい子どもは昔から、"ああいう訳のわからない事"を云うものなのだ。
そうして、大人をからかって喜んでいるのだ。
そんな事を考えてると、入江が粥らしき物を持ってきた。
「こんな物ですみません」
「いえ、そんな――」
だいたい子どもは昔から、"ああいう訳のわからない事"を云うものなのだ。
そうして、大人をからかって喜んでいるのだ。
そんな事を考えてると、入江が粥らしき物を持ってきた。
「こんな物ですみません」
「いえ、そんな――」
「お連れの鳥口さんは午後ぐらいには来るって云っていましたよ」
私がそれを受け取ると入江は隣のベッドに近寄った。
私がそれを受け取ると入江は隣のベッドに近寄った。
「その子は?」
私の問いに入江は。
「鳥口さんに聞いていませんか、この子は北条沙都子ちゃんと云いまして」
私の問いに入江は。
「鳥口さんに聞いていませんか、この子は北条沙都子ちゃんと云いまして」
――ああ、そう云えば云っていた、確かもの凄く不幸な・・・
「確か身内に大変不幸が続いているとか」
「ええ、そうかもしれませんね、――北条家は貧しい家庭でした。
ですから、雛見沢ダムの話があがった時に立退料を求めてダム推進派になったのです。
けれども、村は反ダム運動で団結してしまい、こんな村ですから北条家は村八分にされていたのです」
「ええ、そうかもしれませんね、――北条家は貧しい家庭でした。
ですから、雛見沢ダムの話があがった時に立退料を求めてダム推進派になったのです。
けれども、村は反ダム運動で団結してしまい、こんな村ですから北条家は村八分にされていたのです」
入江は3日前に合った時より疲れた顔で続ける。
「その後はご両親が不幸に遭われて、しかも里親の北条鉄平達はたちが悪かったです。
本当は私の養子にしようかとも考えましたよ――けどまあ、無理だったんでしょうけど」
「その後はご両親が不幸に遭われて、しかも里親の北条鉄平達はたちが悪かったです。
本当は私の養子にしようかとも考えましたよ――けどまあ、無理だったんでしょうけど」
なかなか、親族の里親がいるのに養子にもらうと云うのは難しいのかもしれない。
「今は彼女が16歳になったら結婚を申し込もうと思っていますよ」
入江は少女の頭を優しく撫で、かるく笑った。
入江は少女の頭を優しく撫で、かるく笑った。
そんな入江を見て思う――矢張りあの娘(こ)が云ったのは、戯れ言だ。
たいてい子どもは昔から、"ああいう訳のわからない事"を云うものなのだ。
入江はそれじゃあ、と云い、出て行こうとした。
たいてい子どもは昔から、"ああいう訳のわからない事"を云うものなのだ。
入江はそれじゃあ、と云い、出て行こうとした。
私はそこで気がついた、少女が云っていた事の真偽をはかるのは簡単なのだ。
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
昨日の今日なのだから、今日、今、鷹野三四が生きているのが確認できれば、それだけで否定される。
鷹野三四はこの診療所に勤務している。しかも今日は平日だ。通常なら出勤しているはずだ。
私は尋ねた。
「入江先生、鷹野さん、鷹野三四さんは今日は出勤していますか?」
鷹野三四はこの診療所に勤務している。しかも今日は平日だ。通常なら出勤しているはずだ。
私は尋ねた。
「入江先生、鷹野さん、鷹野三四さんは今日は出勤していますか?」
瞬間、入江の表情に酷い狼狽が浮かぶ。
「な・何故、鷹野さんの事を・・・」
「え・えーと、・・こ、この切り抜き帳を借りていまして、それをお返ししようかと・・」
とっさに嘘を吐いた。
「な・何故、鷹野さんの事を・・・」
「え・えーと、・・こ、この切り抜き帳を借りていまして、それをお返ししようかと・・」
とっさに嘘を吐いた。
入江は何とか動揺を抑えて、平静の顔を作った。
「な、なるほど――いえ、実は今日は彼女の出勤日なのに、一寸連絡がとれなくなってまして。
そ、それで少し驚いただけです――何なら私から渡しておきましょうか?」
「い、いえ感想を伝えたいので、また後で来ますよ」
ふたたび嘘を吐いた。
「な、なるほど――いえ、実は今日は彼女の出勤日なのに、一寸連絡がとれなくなってまして。
そ、それで少し驚いただけです――何なら私から渡しておきましょうか?」
「い、いえ感想を伝えたいので、また後で来ますよ」
ふたたび嘘を吐いた。
入江はそ、それじゃあ、と云い、出て行った。
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
鷹野三四がいない・・・"ではあの少女の云っていた事は全て真実か?"
もしそうだとすると・・・この村には大きな陰謀がある事になる。
これはもう私になどは・・・手に余る事柄なのかもしれない。
もしそうだとすると・・・この村には大きな陰謀がある事になる。
これはもう私になどは・・・手に余る事柄なのかもしれない。
私は窓の外の長閑(のどか)な風景を見た――とてもそんな恐ろしい事柄が隠されているとは思えない。
ふと、硝子(ガラス)に映る猿のような顔を見つけた。
ふと、硝子(ガラス)に映る猿のような顔を見つけた。
――君は猿に似ているね。
榎木津――榎木津礼次郎が初めて私と会った時に云った言葉だ。
京極堂はそれを聞くと、
――この男は鬱病だ。いじめると失語症を併発する。先輩は躁病なのだから、彼を見習うがいい。
と、訳のわからない事を云った。
京極堂はそれを聞くと、
――この男は鬱病だ。いじめると失語症を併発する。先輩は躁病なのだから、彼を見習うがいい。
と、訳のわからない事を云った。
榎木津は、私や京極堂の旧制高校時代の1期先輩に当たるのだが、これが相当に変わった男なのである。
当時榎木津は恰も(あたかも)帝王の如く学内に君臨していた。
学問、武道、芸術は勿論、喧嘩色事に至るまでやること為すこと人並み外れて優秀で、
加えて家柄も良く眉目秀麗だった。
榎木津は躁病の気があり、いつも陽気で天衣無縫、天真爛漫、子供のようなところがあった。
だから(?)、鬱病の私とは何故か気が合い大層親しい間柄になっていた。
当時榎木津は恰も(あたかも)帝王の如く学内に君臨していた。
学問、武道、芸術は勿論、喧嘩色事に至るまでやること為すこと人並み外れて優秀で、
加えて家柄も良く眉目秀麗だった。
榎木津は躁病の気があり、いつも陽気で天衣無縫、天真爛漫、子供のようなところがあった。
だから(?)、鬱病の私とは何故か気が合い大層親しい間柄になっていた。
しかも戦争に行ってから人の過去が見える能力を手にしてから、豪放磊落さに磨きがかかっている。
今では神田に生前分与された遺産で、ビルを買い、悠々自適な探偵をしているらしい。
今では神田に生前分与された遺産で、ビルを買い、悠々自適な探偵をしているらしい。
榎木津や京極堂なら、こんな事柄にもきちんとした形を造れるのかもしれない。
私はそんな事を考えた。
硝子の中の猿が溜め息を吐いた。
【始末の支度 参】
「それで、どうだった?」
「それで、どうだった?」
「!、旦那、その名前は本当なのかい?」
「だとしたら――これは大事だよ」
「そうだ――もし、赤坂君が聞いた事――その少女が本当にそう云ったとしたら。
これは急がなくちゃいけない、えーと、赤坂君か今すぐ連絡とれるかな?」
これは急がなくちゃいけない、えーと、赤坂君か今すぐ連絡とれるかな?」
「旦那、詳しい説明は後だ――あと、現地の警察には情報を流さないで欲しい。
多分、現地の警察内部には密通者がいる可能性が高い」
多分、現地の警察内部には密通者がいる可能性が高い」
【美代子へ】
先立つ不幸を許せ。
先立つ不幸を許せ。
余命幾ばくもなく、薄れる意識の中でいつが己の死する時もわからず旅立つよりは、
自らの足で死出の旅路に踏み出したい気持ちをどうかわかってほしい。
そのお陰でこうして文を残せる。
自らの足で死出の旅路に踏み出したい気持ちをどうかわかってほしい。
そのお陰でこうして文を残せる。
無意味な延命に寝惚けた意識の中で死を迎え、何も残すことができない恐怖に私は耐えられないのだ。
だが、結局、私は何も残せなかった。
私の積み上げてきた人生も誇るべき実績も結晶も、何もこの世に残せなかった。
私の死後に忘れ去られるのでなく、私が存命している内から忘れられた。
それを見ながらこの世を去らねばならぬ苦痛は筆舌に尽くし難い。
私の積み上げてきた人生も誇るべき実績も結晶も、何もこの世に残せなかった。
私の死後に忘れ去られるのでなく、私が存命している内から忘れられた。
それを見ながらこの世を去らねばならぬ苦痛は筆舌に尽くし難い。
お前は祖父を越えなさい。
祖父の至れなかった先へ至りなさい。分野は何でも構わない。
祖父の至れなかった先へ至りなさい。分野は何でも構わない。
それが無理なら偉業や成果を残しなさい。
人の身である以上、私もお前もやがては死ぬ。
人の身である以上、やがては焼かれて灰になる。肉の身は灰となるのが定めなのだ。
だが、お前が優れた偉業を残し名を残したなら、灰となっても永遠に生き続ける。
人の身である以上、私もお前もやがては死ぬ。
人の身である以上、やがては焼かれて灰になる。肉の身は灰となるのが定めなのだ。
だが、お前が優れた偉業を残し名を残したなら、灰となっても永遠に生き続ける。
人の身を失いても生き続ける時、人はそれを神と呼ぶ。
祖父もそうなりたかったが至れなかった。
祖父もそうなりたかったが至れなかった。
お前は神になりなさい。