いきなり話を振られて、私は少しどぎまぎした。
「え、えーと。鬼ヶ淵村に鬼がやって来て、村人に残虐非道な行いをしていたら、
そこにオヤシロ様がやって来て、それで、えーと、みんな仲良くなって、
オヤシロ様と鬼と村人が共存したんだよ」
そこにオヤシロ様がやって来て、それで、えーと、みんな仲良くなって、
オヤシロ様と鬼と村人が共存したんだよ」
自分でもあまりに稚拙な話し方だと思う。
「それで、時間が流れて鬼と村人の血が混ざって、村人達には鬼の血が流れているんだけど、
その鬼の血は『人食い鬼』の血で周期的に本能を目覚めさせ、
鬼隠しをして麓の村から生贄を攫って来て、その晩には綿流しの儀式をするんだ。
そして、その綿流しはオヤシロ様も認めていて、実は村人達も恐れていたらしいんだ」
その鬼の血は『人食い鬼』の血で周期的に本能を目覚めさせ、
鬼隠しをして麓の村から生贄を攫って来て、その晩には綿流しの儀式をするんだ。
そして、その綿流しはオヤシロ様も認めていて、実は村人達も恐れていたらしいんだ」
「なんだか、判る様な、判らない様な話だな」
木場が口を挟んだ。
京極堂が話を受ける。
京極堂が話を受ける。
「まあ、大体は合っているけど、君の話は本当に判りにくいな。
講談師にはなれないよ、君は」
講談師にはなれないよ、君は」
――放っておいてくれ。
「さて、民間伝承の多くは実際に起こった出来事に尾ひれが付いて伝説となる場合が多い。
高野先生が未知の風土病の発現と読んだ、『鬼』が湧いたと云う件を別の視点から見てみましょう」
高野先生が未知の風土病の発現と読んだ、『鬼』が湧いたと云う件を別の視点から見てみましょう」
京極堂は話し始める。
「一言に『鬼』と云っても色々な解釈がある、
それこそ用法は多種多様で、古い伝承の怪異などで登場するのは一般的だ。
ではこの『鬼』の登場を現実的な視点から捉え、読み解いてみましょう」
それこそ用法は多種多様で、古い伝承の怪異などで登場するのは一般的だ。
ではこの『鬼』の登場を現実的な視点から捉え、読み解いてみましょう」
「関口君、『鬼』と聞いて何を思い浮かべる?」
「そ、それはあの角があって、虎のパンツ、褌(ふんどし)か?それに金棒を持っているあれだろ」
「そ、それはあの角があって、虎のパンツ、褌(ふんどし)か?それに金棒を持っているあれだろ」
京極堂は聞き、私は答え。
「それでは、どんな時に『鬼』って言葉を用いる?」
「そ、それは――」
「そ、それは――」
どんな時に『鬼』なんて言葉を使うんだ?
「よ、良く解らないけど、あんまり使わない様な――」
「よく用いるだろ、人を罵倒する際にさ、『鬼』って」
「よく用いるだろ、人を罵倒する際にさ、『鬼』って」
確かにそう云った使い方をする事もあるが。
「『鬼』って言葉には人在らざる者、人の道を外れた者って意味があるんだよ」
だとすると――。
「だとすると、鬼が村人達に暴虐の限りを尽くしたって云うのは――」
「そうそのまま、何らかの賊党なり匪賊なりの集団と観ればいいんだ」
「そうそのまま、何らかの賊党なり匪賊なりの集団と観ればいいんだ」
それは京極堂が以前話していた――。
「それは漂流異人説と云う事か?」
「違うよ、関口君。漂流異人説をとるには、ここら辺には足りない物がある」
「違うよ、関口君。漂流異人説をとるには、ここら辺には足りない物がある」
――海だ。
京極堂は云った。
「まずそもそも、何故こんな山奥の僻地に『鬼』が現れたのかを考えるんだ。
この村に在った物は名の通りの鬼ヶ淵村、そう淵、この村には水源が在った。
人間が生活する為に必要な物は水だよ、多くの文明は水源に基づいて作られる」
この村に在った物は名の通りの鬼ヶ淵村、そう淵、この村には水源が在った。
人間が生活する為に必要な物は水だよ、多くの文明は水源に基づいて作られる」
京極堂は云った。
「このやって来た『鬼』は略奪を繰り返してもこの地から離れようとはしない、
オヤシロ様が降臨した後、むしろ自分達には帰る所はないと答えている。
何故『鬼』たちはこの村を出ていかなったのか、いけなかったのか、
それは、『鬼』たちこそが逃亡者だったからだ」
オヤシロ様が降臨した後、むしろ自分達には帰る所はないと答えている。
何故『鬼』たちはこの村を出ていかなったのか、いけなかったのか、
それは、『鬼』たちこそが逃亡者だったからだ」
『彼らは鬼の国を追放された鬼たちだった』――と云うのは。
「『鬼』とは下界、麓の社会で罪を犯した咎人達なんだ」
――そう考えるとオヤシロ様の存在は。
「彼らも人間だ、長く住めば情が移る、血が混じる。そこで誕生したのがオヤシロ様だ。
オヤシロ様は略奪者で在った『鬼』を人間にする為に生まれた神様なんだ」
オヤシロ様は略奪者で在った『鬼』を人間にする為に生まれた神様なんだ」
『そもそも、オヤシロ様は縁結びや隣人愛の神様なの』――ああ、そうか。
「そして、オヤシロ様の誕生で禁忌が生まれた『鬼隠し』や『綿流し』、
これは全て、咎人の存在を知られた際の隠蔽、口封じに行われた行為だ」
これは全て、咎人の存在を知られた際の隠蔽、口封じに行われた行為だ」
全てのカケラが一つにまとまっていく。
「民間伝承には、人が『鬼』になる話が多い。能にもあるし、平家物語の橋姫なんかもそうだね。
また多神教の本邦では『鬼』が改心し、神になる話も多い。
あの有名な酒呑童子も首だけになってから、老ノ坂峠にある首塚大明神で神として祀られている。
橋姫だって宇治橋の橋姫神社に祀られているんだ」
また多神教の本邦では『鬼』が改心し、神になる話も多い。
あの有名な酒呑童子も首だけになってから、老ノ坂峠にある首塚大明神で神として祀られている。
橋姫だって宇治橋の橋姫神社に祀られているんだ」
京極堂は云った。
「これがこの村に伝わる伝承の全てだ。この村が排他的に成ったのも、
雛見沢村出身者が戦時中異常行動を起こしたのも、この地域信仰が在ったからだ。
"雛見沢症候群は全て、人の為せる業なんだ"、未知の病原体の話なんかじゃない、
それは存在しても実在しない。そう――」
雛見沢村出身者が戦時中異常行動を起こしたのも、この地域信仰が在ったからだ。
"雛見沢症候群は全て、人の為せる業なんだ"、未知の病原体の話なんかじゃない、
それは存在しても実在しない。そう――」
――"鬼も神も元は人なんだ"
どこか遠くで、何かが啼いた。
それは物語の終結を告げるのだろうか?
それは物語の終結を告げるのだろうか?
京極堂は鷹野三四を向き、云った。
「鷹野三四さん、科学と云うものはこれまで多くの物を暴き、観測してきました。
それはあまりに無思慮にも思える程、乱暴で凶暴にです。
だからこそ科学者は観測し、解が出たならばそれを受け入れなければならない。
仮令、それが受け入れられない答えだったとしてもです、そう――」
それはあまりに無思慮にも思える程、乱暴で凶暴にです。
だからこそ科学者は観測し、解が出たならばそれを受け入れなければならない。
仮令、それが受け入れられない答えだったとしてもです、そう――」
――"高野一二三先生は宗教者ではなく科学者なのです"。
鷹野三四の手から何かが落ちた。
幕が下りる時がきたのか?
結局は傍観者であった私には、大きな疑問があった。
結局は傍観者であった私には、大きな疑問があった。
彼女は何故?――そこまでして――何故、彼女は雛見沢症候群に固執するのか?
それは私の中で大きく膨らんでいく。
"理由"が知りたい。
彼女は何故――
何が彼女を――
何が彼女を――
"私と同じように狂わせたのだ?"
私の大きさを超えたそれは、声になった。
「鷹野さん・・・貴女は何故?・・・一体、何が貴女を――」
――止めろ、関口!
京極堂の声が私の声を遮った。
「関口、"それはこの事件の本質じゃない"。
今ここで、君が彼女の過去を切り取って、さらけ出して、一体何になるんだ」
今ここで、君が彼女の過去を切り取って、さらけ出して、一体何になるんだ」
京極堂は大声を出した。
「どうせ君はそれを手にして、なにも判ってはいないくせに、
それなら仕方ないと、一方的に納得するんだ――そんな下卑た事は止めろ」
それなら仕方ないと、一方的に納得するんだ――そんな下卑た事は止めろ」
京極堂は怒っていた。
「いいかい、仮令彼女の生い立ちに遠因あるとしても、それは原因ではないんだ。
彼女と同じ環境に生まれついても真っ当に生きている人間はたくさんいる。
自分に都合がいい理由を創りあげるんじゃない」
彼女と同じ環境に生まれついても真っ当に生きている人間はたくさんいる。
自分に都合がいい理由を創りあげるんじゃない」
京極堂は本当に怒っていた。
「大事なのは"きっかけ"だよ、そしてこの事件の大半はそこに起因する」
きっかけ?――私が発病したきっかけ――引き金。
京極堂は私を見て。
「関口君、まだ解らないのか?
もうここにいる君でも解るはずだよ」
もうここにいる君でも解るはずだよ」
何が解るんだ?――わからない――思い出せない。
京極堂は云った。
「この事件の後ろには――神がいる」