悪の秘密結社 12
「Z-No.592が探索に向かってから既に三日が経過しておりますが、完全に音信が途絶えています。返り討ちに遭ったと考えるのが妥当かと」
「そうか」
「そうか」
Z-No.0、漸賀斬九郎は眉を顰めて溜息を漏らす
「無理にでも何人か連れていかせるべきだったか」
「そうでもないと思うわよ」
「そうでもないと思うわよ」
斬九郎の机に腰掛けて、足をぷらぷらと揺らしていた小夜が呟く
「あの子の能力は、一種の占い。心の奥底では察知していたはずよ……何人で行っても無駄だって」
「ならば何故、一人で行った?」
「解決できる可能性があったかもしれないから、でしょ。他人の平穏のためにわかっている無茶をするのが、うちの組織に多いタイプなのよね」
「ならば何故、一人で行った?」
「解決できる可能性があったかもしれないから、でしょ。他人の平穏のためにわかっている無茶をするのが、うちの組織に多いタイプなのよね」
小夜は、きしりと苛立たしげに爪を噛む
「私が万の幸運を与えたところで、億の不運が被さればどうしようもない。誰か一人を兆の幸運で守ったところで、他の多くが百の不運で命を落とす。一か全かの能力なんて使い勝手が悪いといったらありゃしないわ」
「それでも、無いよりはずっとずっと多くの奴らを守っていられるのだろう?」
「それでも、無いよりはずっとずっと多くの奴らを守っていられるのだろう?」
斬九郎の手が、そっと小夜の頭を撫でる
「やはりお前は、昔から何も変わらず優しいな」
「掬い上げたものを一粒も零したくない、欲張りなだけよ」
「掬い上げたものを一粒も零したくない、欲張りなだけよ」
斬九郎からぷいと顔を逸らした小夜は、報告に来ていた黒服とばっちりと目が合った
頭を撫でられて嬉しそうにはにかんでいた顔がぴしりと固まり、羞恥の真紅に染め上げられる
頭を撫でられて嬉しそうにはにかんでいた顔がぴしりと固まり、羞恥の真紅に染め上げられる
「あなた、まだいたの!? というか、いつまでいるのよ!?」
「いえ、まだ報告が残っていまして」
「だったらさっさと済ませなさいよ! 暢気に駄話を聞いている余裕のある状況なの!?」
「いえ、まだ報告が残っていまして」
「だったらさっさと済ませなさいよ! 暢気に駄話を聞いている余裕のある状況なの!?」
わたわたと手を振り、斬九郎の手を払い除けて佇まいを取り繕う小夜
「で、残る報告というのは?」
顔色一つ変えずに続きを促す斬九郎に、黒服はぺらりと書類を捲る
「彼の……Z-No.592の消息について、当事者のメイ・ゴスリング嬢と沙々耶・マイツェン嬢から経過報告の要請が」
「研究資料の奪還を依頼をされた身だからな。失敗の報告はせねばならんだろう……後で俺が直接診療所に報告する」
「よろしいのですか?」
「責任者は俺だ。部下が戻らない以上は、俺が報告しなければいかんだろう」
「研究資料の奪還を依頼をされた身だからな。失敗の報告はせねばならんだろう……後で俺が直接診療所に報告する」
「よろしいのですか?」
「責任者は俺だ。部下が戻らない以上は、俺が報告しなければいかんだろう」
そう言って関を立ち、執務室を出て行く斬九郎
依頼の失敗そのものよりも、部下を亡くした事や、依頼者の苦悩や恐怖に心を痛める上司の顔に、報告に来た黒服は首を傾げる
まだ番号もついてない、自分が何の都市伝説に呑まれて黒服になったかも、まだよく思い出せずに事務仕事をこなしている、黒服になったばかりの彼女には、そういった心の機微は理解できない
依頼の失敗そのものよりも、部下を亡くした事や、依頼者の苦悩や恐怖に心を痛める上司の顔に、報告に来た黒服は首を傾げる
まだ番号もついてない、自分が何の都市伝説に呑まれて黒服になったかも、まだよく思い出せずに事務仕事をこなしている、黒服になったばかりの彼女には、そういった心の機微は理解できない
「小夜さん」
「なぁに?」
「なぁに?」
一人机に座ったまま、傍らに置かれていた湯飲みに口をつけている小夜に、黒服が問い掛ける
恥ずかしい顔を見られたせいか、どこか仏頂面で無愛想に答え
恥ずかしい顔を見られたせいか、どこか仏頂面で無愛想に答え
「No.0のどの辺りが異性として好意的なのでしょう」
「ぶぷっ!?」
「ぶぷっ!?」
小夜の口から毒霧のように緑茶が噴霧された
「げほっ……あんた、ねっ……下っ端黒服のくせに……どうしてそういう……」
「Zナンバーズ及び、小夜さんの存在を知る各種部署の黒服諸氏から、No.0への報告任務から戻る度に様子を尋ねられるので、少々気になりまして」
「……一度、運気の供給カットどころか、全部利息つきで回収してやろうかしらこの『組織』」
「Zナンバーズ及び、小夜さんの存在を知る各種部署の黒服諸氏から、No.0への報告任務から戻る度に様子を尋ねられるので、少々気になりまして」
「……一度、運気の供給カットどころか、全部利息つきで回収してやろうかしらこの『組織』」
涙目で咽る小夜の背中を、優しくさする黒服
「失礼しました。以後この質問に関しては禁則事項として判断いたします」
「そうしといて……あとこれについて質問してきた奴について、リスト作っておいて」
「了解しました。明朝までには仕上げます」
「……明朝まで掛かるような分量なの?」
「他の雑務を六時間以内に終わらせれば深夜までには」
「……急がないから、本職を優先しなさい」
「了解しました」
「そうしといて……あとこれについて質問してきた奴について、リスト作っておいて」
「了解しました。明朝までには仕上げます」
「……明朝まで掛かるような分量なの?」
「他の雑務を六時間以内に終わらせれば深夜までには」
「……急がないから、本職を優先しなさい」
「了解しました」
深々と一礼した黒服が退室するのを確認してから、小夜は机の下に置いてあったぬいぐるみに、八つ当たりの拳をぽすぽすと叩き込むのだった
―――
「目が覚めましたか?」
ぼんやりとしていた意識が、その一言で急激に現実に引き戻される
即座に身を起こそうとしたのだが、腕、足、腹にがちりと硬い感触があり、拘束されているという事が容易に想像できた
即座に身を起こそうとしたのだが、腕、足、腹にがちりと硬い感触があり、拘束されているという事が容易に想像できた
「何故……生きている」
「私がですか? それともあなたがですか?」
「両方、だ」
「私がですか? それともあなたがですか?」
「両方、だ」
鼻歌混じりに、手術道具に見えなくもない奇妙な器材をがちゃがちゃと片付けているのは、ヴィッキー
硬い感触の手術台のようなものに拘束されているのは、Z-No.592
硬い感触の手術台のようなものに拘束されているのは、Z-No.592
「まず私について。私は別に一人じゃありませんでしたから。お出迎えは5人ぐらい出したはずですが」
「……なるほどな。事前に数も確認しておけば良かったよ」
「ちょくちょく増やしてますから、事前の調査はあまり意味が無いですよ」
「……なるほどな。事前に数も確認しておけば良かったよ」
「ちょくちょく増やしてますから、事前の調査はあまり意味が無いですよ」
死の淵で思考がまともに回っていなかったらしい、とZ-No.592は舌打ちする
例えあの場に居たものを皆殺しにしたところで、沢山居るのであればどこかしらに予備がいるのは当然である
例えあの場に居たものを皆殺しにしたところで、沢山居るのであればどこかしらに予備がいるのは当然である
「次に、あなたについて。私が、私や怪人の残骸を回収調査に来た折にあなたも見つけましたので。ついでに回収しました」
「何故、敵である俺を治す?」
「死体に敵も味方もありますか? 死体は私にとって、須らく『材料』ですよ」
「何故、敵である俺を治す?」
「死体に敵も味方もありますか? 死体は私にとって、須らく『材料』ですよ」
がちゃりと器材を作業台の上に置いて、ヴィッキーは拘束されたままのZ-No.592に近付いてくる
「ちゃんと直したら魂が戻ってきちゃって蘇生しちゃいましたけれど。まあ頼まれた事に対しては上手くいったので結果オーライです」
「もう一つ質問だ……誰に、何を、頼まれた?」
「もう一つ質問だ……誰に、何を、頼まれた?」
ぺたり、と
Z-No.592の頬に、ヴィッキーの冷たい手のひらが触れる
Z-No.592の頬に、ヴィッキーの冷たい手のひらが触れる
「あなたの契約している都市伝説に、あなたを直してくれと」
禍々しい、期待に満ちた笑顔がヴィッキーの顔に浮かぶ
「あなたを直してくれるのなら、なんでもするというから」
眼前に差し出された結晶体は、白色、栗色、黄金色が綺麗に混ざり合った斑模様で
その色は、いつも周りではしゃいでいた、彼女達の毛並の色と同じで
その色は、いつも周りではしゃいでいた、彼女達の毛並の色と同じで
「その構成エネルギーを差し出してもらいましたよ」
胸中にあった空虚感で、契約が失われている事には気付いていた
目の前に居る女の研究内容も、語られた分は理解していた
拘束されていなければ、即座にヴィッキーを殴り掛かっていただろう
目の前に居る女の研究内容も、語られた分は理解していた
拘束されていなければ、即座にヴィッキーを殴り掛かっていただろう
「力を……都市伝説を取り出した後に残る『魂』をどうするか、お前は言ってなかったな」
「おや、そちらに出向いた私達は説明してませんでしたか。質にもよりますが、大抵はそのまま破棄しますがね」
「おや、そちらに出向いた私達は説明してませんでしたか。質にもよりますが、大抵はそのまま破棄しますがね」
結晶をちらつかせたまま、開いた手でZ-No.592の身体を艶かしく撫で回す
「都市伝説存在の構成エネルギーではなく、魂のエネルギーでも人体構成使えるか。そういう実験をやってみたわけです。結果はご覧の通り」
ぎしりと手術台に上がり、Z-No.592の上に馬乗りになるヴィッキー
「記憶だの意識だの、そういう不純物の除去に手間は掛かりましたが……人体の基礎部分があれば充分に使える事が判りました」
脇腹の辺りに手をついて、唇が触れ合いそうなほどの距離まで顔を近づけて
「というわけで、彼女達の『魂』はもう何処にも存在しません。あなたの身体を再構成し魂を引き戻すための燃料のなって燃え尽きて、煤ほどの滓すらも残っていません、完全消滅です」
興奮の混じった吐息に鼻腔をくすぐられ
Z-No.592は首を僅かに捻り、その稼動域を確認すると
頭を思い切り振り上げて、ヴィッキーの顔面に額をめり込ませた
無様にひっくり返り、そのまま手術台から転げ落ちるヴィッキー
Z-No.592は首を僅かに捻り、その稼動域を確認すると
頭を思い切り振り上げて、ヴィッキーの顔面に額をめり込ませた
無様にひっくり返り、そのまま手術台から転げ落ちるヴィッキー
「いい反応です。やはりそれぐらい元気でないと、ここから先で困りますからね」
「……先……だと?」
「それも説明してませんでしたか、私達は。都市伝説の構成エネルギー結晶を、消費する事なく力を引き出し、換装が可能となる改造人間の製作ですよ」
「……先……だと?」
「それも説明してませんでしたか、私達は。都市伝説の構成エネルギー結晶を、消費する事なく力を引き出し、換装が可能となる改造人間の製作ですよ」
歪んだ鼻骨を直しながら、ヴィッキーは笑う
「あなたを直す傍ら、試しに人間でやってみたんですが……どうも人間は結晶体と混ざりやすくて。適度に都市伝説存在である『黒服』の方が、濃度というか浸透率というか、そういう意味で丁度良さそうなんですよ」
手にしたままの結晶体を、その手のひらの上で弄びながら
「大人しく従っていてくれれば……彼女達の力だけは、存在を確かなものとする最後の一欠片だけは、手元に残りますよ?」
人のかたちをした悪意は
嬉しそうに
楽しそうに
そう囁いた
嬉しそうに
楽しそうに
そう囁いた