喫茶ルーモア・隻腕のカシマ
霧に潜む者
喫茶ルーモア 2階 更衣室
───使われていなかった部屋を更衣室として使っている
───使われていなかった部屋を更衣室として使っている
黒いベストとスラックス──店の制服──を脱ぐと
ストッキングに包まれた細い足が露(あらわ)になる
ストッキングに包まれた細い足が露(あらわ)になる
後ろで纏めていた髪を下ろし
「ふぅ……」
安堵の吐息が漏れる
「ん~、ストッキングも脱いでしまおうかな……」
少し浮腫(むく)んでいる様だ
「でも、裸足でローファーはないよね……うん」
汗ばんだ肌にまとわり付く感じがして少し不快な様だが
諦めてスカートをはく
「よしっ……挨拶して帰ろう」
「ふぅ……」
安堵の吐息が漏れる
「ん~、ストッキングも脱いでしまおうかな……」
少し浮腫(むく)んでいる様だ
「でも、裸足でローファーはないよね……うん」
汗ばんだ肌にまとわり付く感じがして少し不快な様だが
諦めてスカートをはく
「よしっ……挨拶して帰ろう」
*
「それでは、お先に失礼しま~す」
「サッちゃん、気を付けて帰るんだよ」
「寄り道するなよ、サチ」
「サッちゃん、気を付けて帰るんだよ」
「寄り道するなよ、サチ」
「はい では、また明日」
そんな声と共に店から出て、時計を見る
時刻は、18時50分を過ぎている
今日は少し遅くまでかかってしまった
そんな風に考えながらも家路を急ぐ
時刻は、18時50分を過ぎている
今日は少し遅くまでかかってしまった
そんな風に考えながらも家路を急ぐ
夏の黄昏時は遅い
辺りには霧が立ち込め、夕日が赤く輝いている
逢魔ヶ刻
人と……そうでない者が出逢いやすい時刻
辺りには霧が立ち込め、夕日が赤く輝いている
逢魔ヶ刻
人と……そうでない者が出逢いやすい時刻
しばらく歩くと、壁に背を預けている人影が見えてきた
霧がかかって判別し難いが……
霧がかかって判別し難いが……
人影に向かって、小さく手を振る
「お待たせ、カシマさん」
壁から上体を起こし、応えるカシマ
「お疲れ様、サチ殿」
「御免なさい……少し、遅くなっちゃったね」
「いや、構わんよ」
「お待たせ、カシマさん」
壁から上体を起こし、応えるカシマ
「お疲れ様、サチ殿」
「御免なさい……少し、遅くなっちゃったね」
「いや、構わんよ」
並んで歩き出す
ルーモアの二人には、まだこの契約の事を話してはいない
だから、バイト中は離れたところに居てもらっている
カシマはその時間に町の様子を見て周っているらしいが……
だから、バイト中は離れたところに居てもらっている
カシマはその時間に町の様子を見て周っているらしいが……
カシマの横顔を盗み見て
近いうちに紹介しようとは思っているが……ちょっと言い難い
そんな表情のサチ
「ん?何か?」
「ん~、何でもないよ……いつ紹介しようかと思って」
「ふむ……ワタシはいつでも構わんよ……サチ殿の都合で良い」
「うん、ありがとう」
近いうちに紹介しようとは思っているが……ちょっと言い難い
そんな表情のサチ
「ん?何か?」
「ん~、何でもないよ……いつ紹介しようかと思って」
「ふむ……ワタシはいつでも構わんよ……サチ殿の都合で良い」
「うん、ありがとう」
「しかし、今日は霧が濃い……」
「今日は午前に雨が降ったから湿度が高かったし、午後は晴れて放射冷却に」
「放射冷却というのは?」
「うん、雲がないからどんどん暖かい空気が空に抜けていってしまうの」
「なるほど、蓋をしていない鍋の様な状態というわけだな」
「うん、そのせいで冷えた空気が水蒸気を保持出来なくなったんだよ」
「それでこの霧というわけか」
「まるで、霧の……」
「今日は午前に雨が降ったから湿度が高かったし、午後は晴れて放射冷却に」
「放射冷却というのは?」
「うん、雲がないからどんどん暖かい空気が空に抜けていってしまうの」
「なるほど、蓋をしていない鍋の様な状態というわけだな」
「うん、そのせいで冷えた空気が水蒸気を保持出来なくなったんだよ」
「それでこの霧というわけか」
「まるで、霧の……」
「まるで、霧のロンドン……かな? お嬢さん」
「え?!」「むっ?!」
霧に抱かれる様に……その人物はそこに居た
霧に抱かれる様に……その人物はそこに居た
距離にして4mといったところだろうか
かろうじて、その姿を確認できる
かろうじて、その姿を確認できる
暗い色のスーツに黒いシルクハット
まるで古き英国の紳士の様な姿
そして異様なことに……外套を羽織っている
真夏だというのにだ
まるで古き英国の紳士の様な姿
そして異様なことに……外套を羽織っている
真夏だというのにだ
霧で視界が悪かったとはいえ
これ程近付くまで、カシマが気付かないとは……
これ程近付くまで、カシマが気付かないとは……
明らかに、人外の者──都市伝説──
「……何者だ」
カシマが尋ねる
カシマが尋ねる
立ち止まり、紳士は応える
「私に名は……無い」
「私に名は……無い」
張りのある低い声
「人々は、私をジャック(名無し)と呼ぶ……」
暗い金色をした口髭がうごめく
「人々は、私をジャック(名無し)と呼ぶ……」
暗い金色をした口髭がうごめく
「ジャック?……まさか?!」
「お嬢さん、恐らく……思い描いたその人物で正解だろう」
「切り裂き……ジャック?!」
「お嬢さん、恐らく……思い描いたその人物で正解だろう」
「切り裂き……ジャック?!」
ジャックが歩を進める
「動くな!」
カシマは警告する
……が、歩みは止まらない
カシマは警告する
……が、歩みは止まらない
「動けばどうだと言うのだね?」
本能が警告する
この男は……危険だ
この男は……危険だ
「それ以上近付けば……斬る!!」
軍刀の柄を右手で握る
軍刀の柄を右手で握る
「ほぉう、斬るか……この私を」
おどけた様に肩をすくめ
更に近づくジャック
更に近づくジャック
カチャカチャと軍刀が音を立てている
震えているのだ……あのカシマが……
震えているのだ……あのカシマが……
ただ歩いて近付くだけの男に、恐怖──底知れぬ狂気──を感じる
「はぁ……はぁ……」
息苦しい程の───威圧感
息苦しい程の───威圧感
「剣を抜かないのかね?」
カシマは刀を抜かない
いや、抜けない
いや、抜けない
抜刀からの動きを
何十、何百手と組んでも……その結果は変わらない
何十、何百手と組んでも……その結果は変わらない
抜けば、そこにあるのは絶対的な───死
すれ違う様な形で肩を並べ
ジャックは、その右手をカシマの右肩に軽く置く
耳元で……囁く
「……懸命な判断だ」
ジャックは、その右手をカシマの右肩に軽く置く
耳元で……囁く
「……懸命な判断だ」
そのまま右手でポンポンと肩を叩き
再び歩き出す
そして、今度はサチの前で止まる
再び歩き出す
そして、今度はサチの前で止まる
「お嬢さん、心配せずとも良い……君達に危害を加えるつもりはない」
「……」
「私はね、純潔の乙女を傷つける様な事はしない……知っているだろう?」
「は……はい……」
静かに笑う
紳士の笑み……だが、狂気を感じさせる笑み
「……」
「私はね、純潔の乙女を傷つける様な事はしない……知っているだろう?」
「は……はい……」
静かに笑う
紳士の笑み……だが、狂気を感じさせる笑み
サチは顎に手を添えられ、上を向かせられる
その動作はとても優しい
視線が合う、逸らす事が出来ない
その深い緑色の瞳に、意識を吸い込まれそうだった
その動作はとても優しい
視線が合う、逸らす事が出来ない
その深い緑色の瞳に、意識を吸い込まれそうだった
「美しい……やはり、女性はこう在るべきだ」
「や……やめて、下さい」
「や……やめて、下さい」
その小さな悲鳴に、はっとする
───止まっていた時が動き出したかの様に
カシマが動く
───止まっていた時が動き出したかの様に
カシマが動く
振り向き様に抜刀する
「その手を離せ……」
顔だけを向けてジャックは応える
「ほぉう……中々の動きだ」
愉快だとでもいう様に笑う
「サチ殿から離れろと云っている……」
「その手を離せ……」
顔だけを向けてジャックは応える
「ほぉう……中々の動きだ」
愉快だとでもいう様に笑う
「サチ殿から離れろと云っている……」
「どうやら私は女王陛下に無礼をはたらいてしまった様だな……
ナイトの君にしてみれば、自分の命よりも大事……というわけだ」
ナイトの君にしてみれば、自分の命よりも大事……というわけだ」
カシマはもう震えてはいない
だが、威圧感はぬぐえないでいる
未だに息が詰まる
だが、威圧感はぬぐえないでいる
未だに息が詰まる
「カシマさん、わたしは大丈夫だから……やめてッ!」
「しかしッ!」
「この人は、これ以上……私には、何も、しないから……」
「くっ……」
「しかしッ!」
「この人は、これ以上……私には、何も、しないから……」
「くっ……」
「これはこれは……とても良いものを観せてもらった……実に美しい」
芝居がかった動作で、満足そうに笑っている
芝居がかった動作で、満足そうに笑っている
顎から手を引き、二人から距離を取る
「では、謝罪しよう」
「では、謝罪しよう」
シルクハットを脱ぎ、外套をバサリと外す
深々と頭を下げ
深々と頭を下げ
「お嬢さん、無礼をはたらいた事……お許し頂きたい」
"透き通る様な綺麗な声"で謝罪する
「?!」
顔を上げるジャック
そこに居たのは、若く美しい女性
緩やかにうねる金色の髪は短く、口髭もない
薄紅色の唇が妖艶にうごめく
そこに居たのは、若く美しい女性
緩やかにうねる金色の髪は短く、口髭もない
薄紅色の唇が妖艶にうごめく
「神出鬼没にして正体不明、神経症患者にして王室関係者
医師であり、画家でもあり……男でもあり、女でもある……」
医師であり、画家でもあり……男でもあり、女でもある……」
再び、外套を羽織り
「それが、ジャック・ザ・リッパー……この、私のことです」
シルクハットをかぶる
「嗚呼そうだ……お嬢さん、"夢の国"がこの町に来ているというのは本当かしら?」
「え?!……はい、たぶんまだ……いると思います」
自然と応えてしまう
女性の姿、口調が変わっても
何一つ揺らぐ事無く在り続けるこの───威圧感
自然と応えてしまう
女性の姿、口調が変わっても
何一つ揺らぐ事無く在り続けるこの───威圧感
「その夢の国は……子供の臓器を奪う者?」
「……分りません……けど、夢の国の、都市伝説の複合体……だと聞きました」
「複合体……それは、複数の夢の国が集まっているという事なのかしら?」
「はい……契約者が……単独なのか、複数なのか…は……知りま、せんけど」
「ありがとう、お嬢さん」
「……分りません……けど、夢の国の、都市伝説の複合体……だと聞きました」
「複合体……それは、複数の夢の国が集まっているという事なのかしら?」
「はい……契約者が……単独なのか、複数なのか…は……知りま、せんけど」
「ありがとう、お嬢さん」
「それでは、またどこかでお逢いしましょう……」
外套をひるがえし、霧の中に消えていく
二人は放心し、しばらく動けずにいたが
次第に霧が晴れていき、我を取り戻す
次第に霧が晴れていき、我を取り戻す
「サチ殿……すまない」
「大丈夫……それより、カシマさん」
「なんだね?」
「……ありがとう」
「礼には……及ばんよ」
「大丈夫……それより、カシマさん」
「なんだね?」
「……ありがとう」
「礼には……及ばんよ」
世の中には、人智を超えたモノがいる
それが都市伝説だ
だが、アレは……それをも越えたところにいる
それが都市伝説だ
だが、アレは……それをも越えたところにいる
願わくば、敵として出逢わぬ様にと思う二人であった……