2004年、3月。卒業式。
冬の残滓が少しずつ消えていき、春の訪れが如実に感じられる季節。
社会にとってはひとつの区切りとなる季節でもあり、こと学生においては新たな出会いと別れの季節でもある。
そこは、本来であるならば笑顔に溢れていなければならないはずであった。
冬の残滓が少しずつ消えていき、春の訪れが如実に感じられる季節。
社会にとってはひとつの区切りとなる季節でもあり、こと学生においては新たな出会いと別れの季節でもある。
そこは、本来であるならば笑顔に溢れていなければならないはずであった。
けれど、少なくとも千雨が記憶している限りでは。
心の底から笑っている人間など、そこには誰一人として存在しなかった。
心の底から笑っている人間など、そこには誰一人として存在しなかった。
涙を流す者、涙が枯れ果てた者、悲壮な顔をしている者、何かを決意し覚悟を決めた者、特に動じていないように見える者。
浮かべる表情は様々あったが、しかし共通点が一つだけ。
そこにいる誰もが、たった一人の喪失に何かを思い、しかし懸命に前を向こうとしていた。
浮かべる表情は様々あったが、しかし共通点が一つだけ。
そこにいる誰もが、たった一人の喪失に何かを思い、しかし懸命に前を向こうとしていた。
……そして。
果たして自分―――長谷川千雨は、その時どんな顔をしていたのだったか。
果たして自分―――長谷川千雨は、その時どんな顔をしていたのだったか。
分からない。分からない。
記憶は最早忘却の彼方にあり、再度激した想いを抱くには今の自分は歳を重ねすぎた。
それはもう戻らない過去の亡霊でしかなくて、どんなに悔みやり直したいと願っても手が届くことはない。
全ては―――神楽坂明日菜が人柱として消えた瞬間に終わってしまったのだ。
記憶は最早忘却の彼方にあり、再度激した想いを抱くには今の自分は歳を重ねすぎた。
それはもう戻らない過去の亡霊でしかなくて、どんなに悔みやり直したいと願っても手が届くことはない。
全ては―――神楽坂明日菜が人柱として消えた瞬間に終わってしまったのだ。
これは過去の記憶。失ってしまった、守ることのできなかった想いの断片。
過去を失い、大切なはずだった"現在"すらも奪われた、長谷川千雨の後悔の証。
過去を失い、大切なはずだった"現在"すらも奪われた、長谷川千雨の後悔の証。
ふと、目の前に何かが浮かぶ。
それは、バカなあいつと、3-Aのこれまたバカな連中の顔。
それは、バカなあいつと、3-Aのこれまたバカな連中の顔。
―――ああ、それは。
―――もう見ることの叶わない、綺麗な笑顔をしていて。
―――もう見ることの叶わない、綺麗な笑顔をしていて。
▼ ▼ ▼
『こんにちは、チサメ』
『おやすみ。そして』
『目覚める時間だ』
『おやすみ。そして』
『目覚める時間だ』
▼ ▼ ▼
「……今、何時だ?」
泥の中から這い出るような感触と共に、千雨は眠りから目を覚ました。
乱雑にシートの敷かれたベッドはお世辞にも寝心地がいいとは言えず、全身に倦怠感が圧し掛かる。
凝り固まった関節を鳴らしながら時計を確認すれば、既に朝とは呼べず、しかし昼でもない微妙な時間帯に突入していた。
常ならば遅刻どころの話ではないが、今の千雨は仮病の真っ最中だ。特に気にするようなものではない。
乱雑にシートの敷かれたベッドはお世辞にも寝心地がいいとは言えず、全身に倦怠感が圧し掛かる。
凝り固まった関節を鳴らしながら時計を確認すれば、既に朝とは呼べず、しかし昼でもない微妙な時間帯に突入していた。
常ならば遅刻どころの話ではないが、今の千雨は仮病の真っ最中だ。特に気にするようなものではない。
「少し寝過ごしちまったか」
ぼそり、千雨はそう呟いて、ノートPCの置かれてある机に向かってのそりと立ち上がった。
千雨はこの街に来て以来、ずっとこうした生活を続けている。
起きて、パソコンに向かい、適当に飯を食べて、風呂には碌に入らず、寝る。その繰り返し。
この冬木における生活サイクルが昼夜逆転するのに、そう大して時間はかからなかったと思う。人は不精すると容易く生活のリズムが崩れてしまうのだと、千雨は身を以て理解していた。
起きて、パソコンに向かい、適当に飯を食べて、風呂には碌に入らず、寝る。その繰り返し。
この冬木における生活サイクルが昼夜逆転するのに、そう大して時間はかからなかったと思う。人は不精すると容易く生活のリズムが崩れてしまうのだと、千雨は身を以て理解していた。
「……くそっ、碌な情報が入ってこねえ」
電源のついたディスプレイとにらめっこして暫し、不意にそう吐き捨てると、千雨は椅子の背に身を預け、ぐいっと伸びる。
モラトリアム期間から続けている情報収集は相も変わらず進展を見せない。いや、それらしい情報はあるのだが、どうにも要領を得ないのだ。
深山町で頻発する原因不明の行方不明事件、新都北部で発生した謎の殺人事件、某大手企業や研究所が軍事関連できな臭い動きをしている等々。集まる情報は数あれど、確信に至る最後の一歩が足りていない。
ここにアーティファクトがあったならばと思いもするが、無い物ねだりをしても仕方がないだろうと早々に見切りをつけている。
もしもの話、かの電子妖精たちがいれば、千雨はその気になれば衛星兵器すら容易く手中に収めることもできる電子の怪物となるが、それは今手元になく、自身も既に一線から退いて数年が経っているため、今の千雨は限りなく一般人に近い存在と成り果てている。
だからこその遅々とした進展なのだろうが、と。そう自嘲しかけた時、ふと千雨の目に一つの記事が映りこんだ。
モラトリアム期間から続けている情報収集は相も変わらず進展を見せない。いや、それらしい情報はあるのだが、どうにも要領を得ないのだ。
深山町で頻発する原因不明の行方不明事件、新都北部で発生した謎の殺人事件、某大手企業や研究所が軍事関連できな臭い動きをしている等々。集まる情報は数あれど、確信に至る最後の一歩が足りていない。
ここにアーティファクトがあったならばと思いもするが、無い物ねだりをしても仕方がないだろうと早々に見切りをつけている。
もしもの話、かの電子妖精たちがいれば、千雨はその気になれば衛星兵器すら容易く手中に収めることもできる電子の怪物となるが、それは今手元になく、自身も既に一線から退いて数年が経っているため、今の千雨は限りなく一般人に近い存在と成り果てている。
だからこその遅々とした進展なのだろうが、と。そう自嘲しかけた時、ふと千雨の目に一つの記事が映りこんだ。
「……深山町で爆発事故?」
すぐさまカーソルを題字に合わせクリックし、詳細の書かれているページを開く。
『本日午前、深山町住宅街で原因不明の爆発事故が発生』
『民家十数棟と火が飛び移った数十棟に被害』
『重軽傷者多数。死者・行方不明者の具体的な数は未だ不明』
『同時刻、現場から数百m離れた地点でも同様の爆発が発生したが、こちらは死者・怪我人は出なかったとのこと』
『近隣住民に避難警告発令』
『民家十数棟と火が飛び移った数十棟に被害』
『重軽傷者多数。死者・行方不明者の具体的な数は未だ不明』
『同時刻、現場から数百m離れた地点でも同様の爆発が発生したが、こちらは死者・怪我人は出なかったとのこと』
『近隣住民に避難警告発令』
「随分とまあ、思い切った連中もいるもんだな」
出てきた感想は、まずそれだった。
普通に考えて、これは額面通りの事故などでは決してないだろう。ほぼ間違いなく聖杯戦争参加者の仕業だし、そこに疑う余地はない。
早々に大規模な戦闘を行う者がいたのかと若干呆れてしまうが、しかしそんな不条理がまかり通ってしまうのが聖杯戦争なのだと理解している。
そもそもからして、あの魔法世界でも唐突な理不尽に遭うことは珍しくなかったのだから何の不思議もない。
こうして安穏としている自分だとて、いつ戦いに巻き込まれるか分かったものではないのだ。
普通に考えて、これは額面通りの事故などでは決してないだろう。ほぼ間違いなく聖杯戦争参加者の仕業だし、そこに疑う余地はない。
早々に大規模な戦闘を行う者がいたのかと若干呆れてしまうが、しかしそんな不条理がまかり通ってしまうのが聖杯戦争なのだと理解している。
そもそもからして、あの魔法世界でも唐突な理不尽に遭うことは珍しくなかったのだから何の不思議もない。
こうして安穏としている自分だとて、いつ戦いに巻き込まれるか分かったものではないのだ。
ひとまず爆発事故に狙いをつけ、関連したスレを検索してみると、そこに「変な仮装をした集団が救助活動を行っていた」という書き込みをいくつか見つけた。
スレ内ではネタ扱いを受けていたが、一概に与太話と切って捨てることを千雨はしなかった。
スレ内ではネタ扱いを受けていたが、一概に与太話と切って捨てることを千雨はしなかった。
「変な仮装、ね」
断定こそできないが、恐らくこの書き込みは真実なのだろうと思う。なにせ、サーヴァントが絡んでいると考えると辻褄が合うのだから。
サーヴァントとは過去の英霊を現代に召喚した存在だ。そしてそういった存在は、現代の価値観に照らし合わせると奇矯な格好をしていることが多い。
英雄と聞いて真っ先に思い浮かべる剣と魔法の勇者だって、そのまま街に出れば単なる不審者だ。鎧の騎士、ローブを羽織った魔術師、顔の見えない暗殺者、大きな動物に乗った騎乗兵、それらは現代社会にはそぐわない異物でしかなく、故に衆目に姿を晒せば奇異の目で見られることは明白だ。
自分の召喚したサーヴァントだって滑稽なピエロの恰好なのだ。当たり前の話である。
だからこそ、仮装で救助活動など「そう」としか考えられない。勿論書き込み自体が嘘の可能性だって確かにあるが、疑わしきは全てを疑っていかなければこの先生き残ることはできないだろう。
サーヴァントとは過去の英霊を現代に召喚した存在だ。そしてそういった存在は、現代の価値観に照らし合わせると奇矯な格好をしていることが多い。
英雄と聞いて真っ先に思い浮かべる剣と魔法の勇者だって、そのまま街に出れば単なる不審者だ。鎧の騎士、ローブを羽織った魔術師、顔の見えない暗殺者、大きな動物に乗った騎乗兵、それらは現代社会にはそぐわない異物でしかなく、故に衆目に姿を晒せば奇異の目で見られることは明白だ。
自分の召喚したサーヴァントだって滑稽なピエロの恰好なのだ。当たり前の話である。
だからこそ、仮装で救助活動など「そう」としか考えられない。勿論書き込み自体が嘘の可能性だって確かにあるが、疑わしきは全てを疑っていかなければこの先生き残ることはできないだろう。
……あの糞ピエロがここにいれば、すぐにでも深山町まで送り出してやったんだがな。
一人、そう述懐する。ピエロ―――ライダーは自分の貴重な戦力であると同時に、憎むべき怨敵でもある。機会があれば戦わせ、自分の願いのために使い捨て、最後にはどんな手段を使ってでもぶち殺す相手だ。
疑わしき場所には率先して送り込み、せいぜい派手に戦って傷ついてくれればいいと、そんな黒い気持ちが沸々と湧き上がってくる。
ああ、全く。
疑わしき場所には率先して送り込み、せいぜい派手に戦って傷ついてくれればいいと、そんな黒い気持ちが沸々と湧き上がってくる。
ああ、全く。
「どこをほっつき歩いてんだよ、ライダーの野郎」
「呼んだかね、我が主よ」
「呼んだかね、我が主よ」
けたたましい音を立てて、千雨は椅子から転げ落ちた。
いっそ滑稽なほどに体を硬直させ、しかし過剰なまでに痙攣した結果がこれだ。無意識の隙をつかれたことを差し引いてもこれほどの動揺を浮かべてしまうのは、やはり相手が恐怖の対象だからだろう。声を上げなかっただけでも僥倖だったと感じる。
そう、恐怖。たった今千雨に声をかけてきた相手は、千雨の恐怖の対象にして憎悪を向ける畜生でもある。
老爺のピエロ……彼女がライダーと呼ぶ、彼女のサーヴァントだ。
いっそ滑稽なほどに体を硬直させ、しかし過剰なまでに痙攣した結果がこれだ。無意識の隙をつかれたことを差し引いてもこれほどの動揺を浮かべてしまうのは、やはり相手が恐怖の対象だからだろう。声を上げなかっただけでも僥倖だったと感じる。
そう、恐怖。たった今千雨に声をかけてきた相手は、千雨の恐怖の対象にして憎悪を向ける畜生でもある。
老爺のピエロ……彼女がライダーと呼ぶ、彼女のサーヴァントだ。
「……何をしているのだ、人間」
呆れと侮蔑の視線をよこすライダーに、千雨は慌てて立ち上がった。
せめてこいつの前では、自分の弱みは見せたくない。それが虚勢であることは重々自覚しているが、それでも譲れないものがあるのだ。
せめてこいつの前では、自分の弱みは見せたくない。それが虚勢であることは重々自覚しているが、それでも譲れないものがあるのだ。
「うっせえよ、放っとけ。
で、帰ってきたってことは何かしら成果は挙げたんだろうな」
で、帰ってきたってことは何かしら成果は挙げたんだろうな」
姿勢を正し、ライダーを睨みながら千雨は問いかける。
見れば、ライダーの体はところどころが傷だらけで損傷が激しく、そもそも左腕が喪失した状態だった。
さぞかし激しい戦いを繰り広げてきたのだろう。全身を襲う倦怠感も、寝起きなことだけでなくライダーの戦闘による魔力消費が関係しているのだと当たりをつける。
見れば、ライダーの体はところどころが傷だらけで損傷が激しく、そもそも左腕が喪失した状態だった。
さぞかし激しい戦いを繰り広げてきたのだろう。全身を襲う倦怠感も、寝起きなことだけでなくライダーの戦闘による魔力消費が関係しているのだと当たりをつける。
「嫌にせっかちだな。貴様らは常々鈍い生き物だというのに、他者には速度を要求するから性質が悪い」
「与太話はいいからさっさと何があったか言いやがれ」
「融通の利かぬ人間だ」
「与太話はいいからさっさと何があったか言いやがれ」
「融通の利かぬ人間だ」
そしてライダーはつらつらと、明け方から今までに起こったことを羅列していった。
群体型のサーヴァントとの戦闘、その後学園まで行き触手を操るサーヴァントと戦闘。ランサーと思しきそのサーヴァントのマスターを殺害し、戦利品を奪ってきた。
要約するとその程度の内容だったが、ライダーは事あるごとに大仰な装飾を施した言葉で語るため、全部聞き出すまでに若干の時間を要した。
せっかちだなんだと言う前に、その語り部の成り損ないのような口調を止めて欲しいものだと思うが、流石にそれは口には出さない。
そうして、千雨はライダーに次のようなことを問うた。
群体型のサーヴァントとの戦闘、その後学園まで行き触手を操るサーヴァントと戦闘。ランサーと思しきそのサーヴァントのマスターを殺害し、戦利品を奪ってきた。
要約するとその程度の内容だったが、ライダーは事あるごとに大仰な装飾を施した言葉で語るため、全部聞き出すまでに若干の時間を要した。
せっかちだなんだと言う前に、その語り部の成り損ないのような口調を止めて欲しいものだと思うが、流石にそれは口には出さない。
そうして、千雨はライダーに次のようなことを問うた。
「戦利品ね。まあどうせ碌なもんじゃねえとは思うが、一応見せてみろよ」
「よかろう。この木切れよ、受け取るがいい」
「よかろう。この木切れよ、受け取るがいい」
ぽい、と。ライダーはゴミでも投げ捨てるかのような気軽さで、"それ"を千雨の前に放った。
木切れというライダーの言葉は正しく、血に濡れたそれは木製の細長い棒で、何に使うかもよくわからない奇妙な形をしていた。
だが、だがしかし。
それは、千雨の記憶が正しいのならば―――
木切れというライダーの言葉は正しく、血に濡れたそれは木製の細長い棒で、何に使うかもよくわからない奇妙な形をしていた。
だが、だがしかし。
それは、千雨の記憶が正しいのならば―――
「――――――え?」
知らず声が漏れる。すぅ、と視界が黒く染まり、思考が瞬時に鈍麻する。
頭蓋の中点に意識が吸い込まれていくようだ。そんなどうでもいいことでも思考しないと、目の前の現実にどうにかなってしまいそうになる。
いやおかしいだろ、なんでこれがここにあるんだ。ふざけてんのか。
だって、だってこれは。
これは―――
頭蓋の中点に意識が吸い込まれていくようだ。そんなどうでもいいことでも思考しないと、目の前の現実にどうにかなってしまいそうになる。
いやおかしいだろ、なんでこれがここにあるんだ。ふざけてんのか。
だって、だってこれは。
これは―――
「ネギ……先生、の……」
いつも背に抱えていた杖。魔法を使う触媒で、彼の父親が使っていたという杖。
それは、ネギ・スプリングフィールドの杖。
それは、ネギ・スプリングフィールドの杖。
どうしようもなく子供で。
どこまでも真っ直ぐで。
勝手に使命を背負ってどこかに行ってしまった。
これは、そんな人が持っていたものに違いなくて。
どこまでも真っ直ぐで。
勝手に使命を背負ってどこかに行ってしまった。
これは、そんな人が持っていたものに違いなくて。
ああつまり。
ライダーが殺したマスターとは、すなわちネギ・スプリングフィールドなのだろうと。
ライダーが殺したマスターとは、すなわちネギ・スプリングフィールドなのだろうと。
どうしようもなく、千雨は理性でそれを理解した。
「…………っ!?」
力が抜け、膝から崩れ落ちた。
ライダーの前だとか、そんなことはどうでもよかった。
ただただ信じられなくて。
目の前のそれを、ぎゅっと握りしめた。
ライダーの前だとか、そんなことはどうでもよかった。
ただただ信じられなくて。
目の前のそれを、ぎゅっと握りしめた。
……暖かみなど、どこにもなかった。
血に汚れた杖は、どこまでも冷たかった。
血に汚れた杖は、どこまでも冷たかった。
「……分からぬな。今の貴様が抱いている感情は笑いとは程遠い。
やはり、人間のやることは理解できぬ」
やはり、人間のやることは理解できぬ」
顰めた顔で吐き捨てるように、ライダーはそれだけを言うとさっさと霊体化して消え失せた。
けれど千雨はそんなことには目も向けず、呆けたように座り込んだまま動かない。
けれど千雨はそんなことには目も向けず、呆けたように座り込んだまま動かない。
―――また、私は間違えたのか。
甘く見ていたと痛感したはずだった。
人の命を奪うことの重さを。
聖杯戦争というものの過酷さを。
人の命を奪うことの重さを。
聖杯戦争というものの過酷さを。
非日常に巻き込まれようと、今まで友人の死など見たことがなかったから。
だから、それを目の当りにして、甘さは捨てようと考えた。
だから、それを目の当りにして、甘さは捨てようと考えた。
じゃあ、これは?
あいつらは、私のせいで死んだ。私の間抜けが殺した。
二度と繰り返さないと誓ったはずだ。なのに、なのに。
二度と繰り返さないと誓ったはずだ。なのに、なのに。
―――私のせいで、また大切な人が死んだ……?
やり直したい人々を失って、やり直しを望んで。
その結果が、この繰り返し。
自分の知っている誰かが死ぬと、こんな気持ちになるなんて。
もう二度と、思い知りたくはなかったはずなのに。
その結果が、この繰り返し。
自分の知っている誰かが死ぬと、こんな気持ちになるなんて。
もう二度と、思い知りたくはなかったはずなのに。
「は、はは……なんだよこれ……」
涙は出てこなかった。代わりに、渇いた笑いが漏れ出る。
何もかもがどうでもよかった。今すぐ全部放り投げて眠ってしまいたかった。
板張りの床に崩れるように寝そべって、虚ろに天井を見つめる。体に力が入らない。何もできない、する気もない。
何もかもがどうでもよかった。今すぐ全部放り投げて眠ってしまいたかった。
板張りの床に崩れるように寝そべって、虚ろに天井を見つめる。体に力が入らない。何もできない、する気もない。
……結局のところ、今までライダーを相手に虚勢を張れていたのは、ある種の心の拠り処があったからなのだと思う。
ライダーは強い。自分はおろか、高畑先生という化け物でも敵わなかった正真正銘の怪物。けれど、サーヴァントという存在に比肩する連中を、千雨は知っていた。
それはエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルや、フェイト・アーウェルンクスや、ジャック・ラカンといった面々。
そして他ならぬ、ネギ・スプリングフィールド。
きっと、心のどこかで思っていたのだろう。ライダーは強い。ライダーは怖い。けれどあの人たちほどじゃない。実際に両者が戦えば、エヴァが、フェイトが、ラカンが、ネギが勝ってくれるのだと、そう信じたかったのだ。
ライダーは強い。自分はおろか、高畑先生という化け物でも敵わなかった正真正銘の怪物。けれど、サーヴァントという存在に比肩する連中を、千雨は知っていた。
それはエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルや、フェイト・アーウェルンクスや、ジャック・ラカンといった面々。
そして他ならぬ、ネギ・スプリングフィールド。
きっと、心のどこかで思っていたのだろう。ライダーは強い。ライダーは怖い。けれどあの人たちほどじゃない。実際に両者が戦えば、エヴァが、フェイトが、ラカンが、ネギが勝ってくれるのだと、そう信じたかったのだ。
……現実は、こうだったけど。
無意識に頼っていた幻想まで、早々に失くしてしまったけど。
無意識に頼っていた幻想まで、早々に失くしてしまったけど。
(そういや……なんか神楽坂のヤツにべったりだったしな、先生)
思い返してみれば、この街におけるネギはどこか明日菜に依存している節があった。
魔法先生じゃなく単なる子供先生として再現されたNPCならそんなこともあるだろうと、特に気にも留めていなかったけど。
ちょっと考えてみれば、それは失った誰かに執着する落伍者のようにも見える。
魔法先生じゃなく単なる子供先生として再現されたNPCならそんなこともあるだろうと、特に気にも留めていなかったけど。
ちょっと考えてみれば、それは失った誰かに執着する落伍者のようにも見える。
そもそも、少し考えてみれば分かることではないか。明日菜がいなくなって一番悲しんだのは誰だ? 一番悔やんでいたのは? 自分に力が足りなかったからと、爪が肉に食い込むほど拳を握りしめて慟哭したのは一体誰だった?
どうしようもなく弾けて溢れそうな想いを、それでも歯を食いしばって抑え込み、気丈に振舞っていたのは誰であったか。
そんなもの、近くで見てきた自分がよく知っている。
どうしようもなく弾けて溢れそうな想いを、それでも歯を食いしばって抑え込み、気丈に振舞っていたのは誰であったか。
そんなもの、近くで見てきた自分がよく知っている。
所詮この世は紙風船―――何を寝ぼけたことを言う。
自分以外に目を向けず、他者を勝手に偽物扱いしていただけではないか。
都合のいい幻想など見はしないと嘯いて、その実自分で作り出した幻想に逃げ込んでいた愚か者。
それが長谷川千雨という、どうしようもない現実であった。
自分以外に目を向けず、他者を勝手に偽物扱いしていただけではないか。
都合のいい幻想など見はしないと嘯いて、その実自分で作り出した幻想に逃げ込んでいた愚か者。
それが長谷川千雨という、どうしようもない現実であった。
「馬鹿だよ先生……やり直しを願ったって、それで死んだらお終いじゃねえか」
けど、バカみたく同じことを繰り返す自分よりはマシなのかもしれないな、などと。掠れた声でそう言った。
ああきっと、ネギは明日菜が人身御供になる結末をやり直したかったのだろう。本当に、思い込んだらどこまでも真っ直ぐで、先生らしいと、そう思う。
ああきっと、ネギは明日菜が人身御供になる結末をやり直したかったのだろう。本当に、思い込んだらどこまでも真っ直ぐで、先生らしいと、そう思う。
不思議と悲しみはなかった。怒りも、憎しみも、激しい感情は全く湧いてこない。
代わりにあるのは虚無感だった。やる気が根こそぎ吸い取られるような、頭が重くて鈍くて現実感がない、そんな状態。
この先のことなんて何も考えたくなかった。直視すれば、どうにかなってしまいそうだったから。
代わりにあるのは虚無感だった。やる気が根こそぎ吸い取られるような、頭が重くて鈍くて現実感がない、そんな状態。
この先のことなんて何も考えたくなかった。直視すれば、どうにかなってしまいそうだったから。
そのまま1時間、2時間と身動き一つ取らぬまま無為に時間を過ごし……ぴくり、と。千雨の体が動いた。
生気の失われた目は焦点が合わず、しかしある種の意思を強く感じられた。
生気の失われた目は焦点が合わず、しかしある種の意思を強く感じられた。
「……そう、だな」
のっそりと立ち上がり、随分と長い間着替えてなかった部屋着から外出用の服に着替え、杖を片手にドアを開ける。
真上に昇った太陽の光が目に突き刺さる。熱気が容赦なく肌に染み渡り、引きこもりの身にはつらいものがあったけど。
それでも、確かめねばならないだろう。他ならぬ自分の目で。
真上に昇った太陽の光が目に突き刺さる。熱気が容赦なく肌に染み渡り、引きこもりの身にはつらいものがあったけど。
それでも、確かめねばならないだろう。他ならぬ自分の目で。
「おい、ライダー」
「なんだね」
「なんだね」
呼べば、すぐ傍からパントマイムをするライダーが姿を現す。
相も変らぬ滑稽さに笑いすら出てこない。千雨は、酷く淡々とした口調で告げた。
相も変らぬ滑稽さに笑いすら出てこない。千雨は、酷く淡々とした口調で告げた。
「お前が殺したマスターと戦った場所まで案内しろ。自分の目で見なきゃ信用できねえ」
「……ふむ、そうかね。
まあよかろう。ワシも身を休める間は存外に暇なのでな」
「……ふむ、そうかね。
まあよかろう。ワシも身を休める間は存外に暇なのでな」
嘲笑うピエロを無視し、千雨はただ前のみを見据えて歩き出す。
何もやりたくないし、考えたくもないけれど。それでも、何かをしなきゃ胸に空いた喪失感に吸い込まれそうになるから。
ひとまず自分にできる現実逃避をやってみよう。目的地までは遠ければ遠いほどいい。その分、目的のために思考を消費できる。
だからどうか、神さまお願いします。圧し掛かる空虚な想い諸共に、見たくない現実を全部全部消してください。
何もやりたくないし、考えたくもないけれど。それでも、何かをしなきゃ胸に空いた喪失感に吸い込まれそうになるから。
ひとまず自分にできる現実逃避をやってみよう。目的地までは遠ければ遠いほどいい。その分、目的のために思考を消費できる。
だからどうか、神さまお願いします。圧し掛かる空虚な想い諸共に、見たくない現実を全部全部消してください。
千雨は歩き出す。自分でもとうに結果の見えている逃避のために、歩みは遅々としたまま。
心に浮かぶものなど、何もない。
心に浮かぶものなど、何もない。
――――――――――――――――。
『こんにちは、チサメ』
『きみは、既に諦めているはずだ』
『それ故に』
『それ故に、きみは奇跡へ手を伸ばす』
『きみは、既に諦めているはずだ』
『それ故に』
『それ故に、きみは奇跡へ手を伸ばす』
――――――――――――――――。
視界の端で道化師が踊っている。
左右どちらにも存在する。それは、どこまでも千雨の感情を揺り動かして止まらない。
黙れ、と心の中で一言。それだけで、片側の道化師は嘲笑を残して消え去った。
どうしようもなく、何の意味もないやり取りでしかなかった。
左右どちらにも存在する。それは、どこまでも千雨の感情を揺り動かして止まらない。
黙れ、と心の中で一言。それだけで、片側の道化師は嘲笑を残して消え去った。
どうしようもなく、何の意味もないやり取りでしかなかった。
陽の光が輝く田んぼ道を、千雨はゆっくり下って行く。
ゆっくり、ゆっくり、下って行く。
ゆっくり、ゆっくり、下って行く。
【D-6/田んぼ道/一日目 午前(正午直前)】
【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]精神的ショック、軽度の忘我状態、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(血まみれ)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
0.何も考えない。考えたくない。
1.ライダーが戦闘した場所まで行き、真偽を確かめる。仮に、そう万が一、ライダーがネギを殺したならば……
2.ライダーに対する極度の憎悪と不信感。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
[状態]精神的ショック、軽度の忘我状態、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(血まみれ)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
0.何も考えない。考えたくない。
1.ライダーが戦闘した場所まで行き、真偽を確かめる。仮に、そう万が一、ライダーがネギを殺したならば……
2.ライダーに対する極度の憎悪と不信感。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
【ライダー(パンタローネ)@からくりサーカス】
[状態]左腕喪失、全身ダメージ(中)、魔力消費(大)、霊体化
[装備]深緑の手
[道具]フランシーヌ様より賜った服(最優先で直したのでそれなりに綺麗)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得しフランシーヌ様に笑顔を
1.千雨のことは当面の主として守ってやる。しかしこの有り様はなんだね?
2.ひとまず回復に務める。
3.群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)に対する激しい怒り
[備考]
D-6の畦道に結構甚大な破壊痕が刻まれました。激しい発光もあったので同エリアに誰かいたなら普通に視認されたかもしれません。
C-2の森で轟音が響きました。朝早く登校している生徒は間違いなく気づきます。
敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
[状態]左腕喪失、全身ダメージ(中)、魔力消費(大)、霊体化
[装備]深緑の手
[道具]フランシーヌ様より賜った服(最優先で直したのでそれなりに綺麗)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得しフランシーヌ様に笑顔を
1.千雨のことは当面の主として守ってやる。しかしこの有り様はなんだね?
2.ひとまず回復に務める。
3.群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)に対する激しい怒り
[備考]
D-6の畦道に結構甚大な破壊痕が刻まれました。激しい発光もあったので同エリアに誰かいたなら普通に視認されたかもしれません。
C-2の森で轟音が響きました。朝早く登校している生徒は間違いなく気づきます。
敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
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027:設問/誰かの記憶 | 投下順 | 029:願い潰しの銀幕 |
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015:Fake/この手が掴んだものは | 長谷川千雨 | 030:Nowhere/嘘の世界であなたと二人 |
024:マギステル・マギ | ライダー(パンタローネ) |