夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

この手が掴んだものは

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 明かりの一つもつけられていない暗い部屋の中、唯一の光源であるノートPCを延々と操作する者がひとり。
 長谷川千雨はカタカタと慣れた手つきでキーボードを叩き、液晶画面にはどこぞの掲示板が映し出されている。
 内容はここ数日の冬木で起こった諸事件や事故に関するものだ。大抵は信憑性のない憶測や全く関係ない雑談が大半を占めていたが、それでも役に立つであろう情報だけをピックアップして保存する。
 嘘を嘘と見分けられなければネット掲示板を使うのは難しいとは誰の言葉だったろうか。ともかくとして、情報をサルベージしながらも千雨はこちらからもそれとなく情報を流し何か手がかりを知る者がいないかを探っている。
 とはいえ現状分かったことと言えば冬木市内における殺人や行方不明者の数が急増していることくらいなものだ。基本的には現代と日本と同じく表面的には平和そのものだった冬木が、ある日を境に急速にその闇の濃度を高めていっている。そしてそれは、千雨がこの街にやってきた日付とほぼ一致するのだ。
 これが聖杯戦争の影響だということは、事情を知る者ならば子供だとて分かるだろう。無論一般にはほとんど伝播せず精々が登下校の際に注意される程度にしか騒がれていないが……これより先は更に加速していくだろうことは容易に想像できる。

 この情報収集は冬木に来た初日以降、ずっと続けている作業だ。現状あまり有力な情報が入ってきているとは言い難いが、それでも千雨自ら外に出るよりはずっと効率的だと自覚している。
 人には向き不向きがある。ならばこれも千雨なりの戦いと言えるのだろう。

「……はっ、くだらねえ」

 相も変わらず煽りあいを続ける掲示板に毒を吐き、今はもうこれ以上の収穫は望めまいと切って捨て体を伸ばす。
 そういえばずっと部屋に籠りっぱなしだったな、と自嘲する。それはこの街に来る前からそうで、何故か与えられた中学生という肩書すら初日以外は放棄していた。

 だが仕方ないだろう。どうして今さら自分があの中に混ざれるというのか。

 所詮この世は紙風船だ。
 比喩でも誇張でもなんでもなく、長谷川千雨はそう断じる。
 この偽りの街に着いて、とうに過ぎ去ったはずの学生という与えられた役割に沿って通学して。そうして初めに目に入った光景を見てから、彼女はずっとそう思っていた。

 そこには明るい日常があった。誰も傷つかず、誰も失われていない暖かな陽だまりが。
 朝倉和美がいた。相川さよがいた。椎名桜子がいた。神楽坂明日菜がいた。
 そこでは誰もが笑い合っていて、あれほどウザいと感じていたはずなのに、何故だか涙が溢れて。

 ―――だから、早……ッ!?
 ―――ごめんさよちゃん、今行く
 ―――あーあ……私、ラッキーガールだったのになあ

 だけど、それは全部偽物だ。
 人も、街も、誰も彼も。ここには本物なんて一つとして存在しない。
 あらゆる全ては泡沫の夢で、千雨にとって都合のいい幻想でしかなくて。
 故にこの世界は紙風船。千雨が目にするもの全部、嘘っぱちに過ぎない。

『こんにちは。チサメ』
『都市に、嘘などひとつもないのさ』
『嘘をついているのは、人間だけだ』

 耳障りな声が木霊する。
 視界の端で踊る道化師。こいつもこの街同様薄っぺらな幻想か。聖杯に導かれて以来、千雨の視界にずっと存在する幻覚。

 ピエロってのはこんなムカつくもんだったのか。黒く沈殿する心がささくれる。ここ最近、ピエロという存在にはいい思い出がまるでない。
 そう、特に。

「どうした我がマスターよ、今の貴様は笑顔には程遠いな」

 視界の中央で道化師が踊っている。そうだ、こいつは特に碌でもない。
 ライダーのサーヴァント。今までずっと霊体化していたはずの奴が、突如として千雨の前に姿を現した。
 口ではこちらを心配している風を装っているが、その実千雨のことなど道端に落ちた塵屑程度にも思っていないことは嫌でも理解している。ライダーのマスターたる存在はフランシーヌ人形とやらただ一人のみ。仮のマスターとして千雨のことは守護するも、聖杯獲得に必要な雑事としか捉えていないだろう。

「……なんでもねぇよ。つかいきなり出てくんな」

 ボソボソとライダーに苦言を呈する。召喚当初は恐怖と驚愕と憎悪で碌に口もきけなかったが、今ではこうして悪態をつけるくらいには慣れてきている。
 滑稽な仕草を続けていたライダーは、千雨の沈んだ声に反応すると一気に破顔して答えた。

「なぁに、仮にも貴様は我が主君。ならば最低限その調子を労わってやるのもワシの務めと思ってな」

 ニヤニヤと、ライダーは底意地の悪い嘲笑を浮かべながら千雨を睥睨する。
 ライダーは千雨に対し、敬意や忠誠といった感情はまるで持ち合わせていない。口では労わるだなんだと言っているが、精々がこちらを観察しているか面白がっているだけ。
 こいつは人間じゃなく自動人形、相容れることは決してない。今は聖杯獲得のために組んでいるが、最後には必ず報いを受けさせると誓っている。

「……別になんともねえ。用がそれだけなら早く霊体化しろ」
「そう邪険にすることもあるまいて。しかし、いやそうだな。確かに用はそれだけではない。
 外でサーヴァントらしき気配を感知した」

 ぴくり、と千雨の体が動く。
 サーヴァント、目の前の下劣畜生と同じく超常の存在。そして千雨が倒すべき敵。
 それが今、外にいるのか。

「とはいえ反応は非常に希薄でな、正直ここまで近くに来られなければ気付けぬとは不覚の極みよ。ゆえもしかするとサーヴァントではなく魔術師ということもあるやもしれぬし、何かの罠かもしれぬ。
 無論貴様の命とあらばすぐにでも現場に向かうが……どうする?」
「決まってんだろ。さっさと行って殺してこい」

 その返答に、パンタローネの嘲笑は一気に深みを増した。
 眼は細まり口元が吊り上る。とうとう言ったぞこいつ、などと下卑た祝福を千雨に与えているのだ。

 その言葉の意味は千雨とて理解している。今彼女は自ら殺せと命令した。それはつまり、彼女は二度と自分のサーヴァントに責任を押し付けることができないことを意味する。
 引いたサーヴァントが極悪だったから。脅されたから。殺されると思ったから。だからサーヴァントが何をしようと自分は知ったことではないし何も悪くないのだと、詭弁にも等しい言い訳を行使する機会を、千雨は永遠に失ったのだ。

「そうかそうか、ならば仕方ないな。主の命令とあらばすぐにでも殺しに行かなければなるまい。
 ではここで待っているがよい主よ。必ずや敵の首級をあげることを確約しよう」

 白々しい言葉だけを残して、パンタローネはすぅと部屋から掻き消えた。残された千雨はしばしパンタローネのいた中空を見据えると、しかしふっと視線を切りPCのディスプレイへと目を戻す。

「……ああそうだ、精々殺してきやがれ」

 言葉は抑えようのない震えを帯びていた。我ながら意気地のないことだと自嘲する。
 もう彼女は引き返せない。偽りの日常から目を背け、既にその身は死地へと投げ入れられた。
 彼女の願いを掬うのは聖杯の恩寵のみ。ならば全てのマスターを縊り殺すまで、その心に平穏が戻ることは二度とないのだ。

 視界の端で道化師が踊っている。
 その幻は、パンタローネと全く同じ嗤いを浮かべていた。

【D-6/長谷川千雨の家/一日目 深夜】

【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]健康、引きこもり
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ノートPC
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
1.戦闘や索敵はライダーに任せ自分は家で情報収集を続ける。
2.ライダーに対する極度の憎悪と不信感。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。










   ▼  ▼  ▼










「散開せよ!」

 言葉と同時、三人のゾルダートは弾かれたように三者三様の方向へと飛び退る。
 理由は単純。三人のすぐ近くより突如としてサーヴァントの気配が発生したからである。

 彼らがいるのはD-6の田園地帯。主たるミサカの命に従いサーヴァントの捜索へとやってきた彼らは、まさにこの瞬間敵サーヴァントを捕捉したのだ。
 突然の発生は恐らくは霊体化を解除したのか、肌に感じられるほどの魔力の高まりを感知した瞬間に、彼らは脱兎の如く離脱を開始した。

「これより我らは別行動を取る! 合流はポイントAにて行う!」
Jawohl!(了解した!)

 それぞれが全く別の方向へと向かいひた走る。数の利点がある以上は各個撃破を狙われようと相手を撒くために別行動を取るのは定石と言える。
 そう、本来ならば。この時点で敵サーヴァントが彼らの全てを捕捉することは不可能だっただろう。雑多な家々やビルディング群に阻まれ、路地裏を介してバラバラの方向へ逃走する三人を捕えることはできなかったはずだ。
 だが、しかし。

「フハハハハハハァ―――!」

 視界の彼方より迫りくる影。哄笑をあげながら人間大の物体が高速で飛来する。それは道化の衣装を身に着けた老爺の人形。
 ライダーのサーヴァント、パンタローネの姿だった。

 そう、ここが都市部や市街地だったならば。ゾルダートの逃避は確約されていただろう。
 しかしここで彼らの不運が露呈する。この場所は冬木の南端、都市部でも市街地でもない。民家はまばらで障害物となるものは存在せず、ただっぴろい田園風景が広がるのみ。
 だからこそ、猛然と迫りくる自動人形の追撃を振り切ることは叶わない。こと単純な直線の疾走において、パンタローネはゾルダートを遥かに上回っていた。

「ヌゥ!」
「チィッ!」

 そしてここに第二の不運が現れる。
 疾走するゾルダートたちの前方の地面が、可視化された衝撃波すら伴い突如として一斉に抉り取られる。これ以上の逃避は許さないと言うかのように、その破壊現象はゾルダート全員を囲むように走り抜けた。
 仮に、ゾルダートを追撃するサーヴァントが剣や槍による白兵戦に長けたセイバーやランサーであったならば、誰かひとりを犠牲に他の二人は悠々と逃げ帰ることができただろう。
 しかしこの場でそれは許されない。何故ならばパンタローネの持つ宝具『深緑の手』は圧縮空気の弾丸を飛ばすのみならず、広範囲を薙ぎ払うことも可能である故。

「こそこそと這い回る鼠がいると思い来てみれば、これは不可思議なこともあるものだ。全く同一のサーヴァントが3体もいるとはな。
 いや、貴様ら本当にサーヴァントか? それにしては妙に気配が薄いが」

 ニヤニヤと、ヘラヘラと、顎を手で摩りながらパンタローネが侮蔑混じりの問いを投げかける。それを前に三人のゾルダートは互いに陣形を組み、ただ無言で敵手を目で射抜く。
 滑稽な服装のサーヴァントだ。色とりどりの装飾がついた服は紛れもないコミックパフォ―マーのものだが、その容貌は観客を沸かせるクラウンというよりは只管に荒唐無稽なピエロに近しい。
 闘志を高めるゾルダートを前に、それでも老爺の道化は余裕の態度を崩さない。それは己が最強無敵と自負するからか、ゾルダートの刃など届くはずもなしと完全に舐めてかかっている。
 これには自我が希薄なゾルダートですら何も思わないはずもなく、能面のような表情が嫌悪に歪む。

「我らも随分と舐められたものだな。死にたいか貴様!」

 烈火の如く怒号をあげるゾルダートに、しかしパンタローネはニヤケ面のままだ。その笑みはどこか相手を小馬鹿にするような印象を拭えないし、実際パンタローネはゾルダートをこの上なく見下している。
 そしてそれは、ゾルダートとて同じことだ。

「数を揃えねば碌に戦えぬ半端者が吠えたものよ。貴様ら自分の立場というものを理解していないのかね?」
「黙れ木偶人形め、その口力づくで閉じさせてくれる!」

 だからこそ、両者の間に和解とか示談とか、そういう選択は最初から存在しない。眼前の敵を叩き潰してこそ、彼らは主の下へと帰還することが許されるのだ。

「是非もなしか。いいだろう、ならばワシが一手指南をつけてやるとしようか」

 黙して構えるゾルダートに、パンタローネは一歩前へと出る。

「行くぞ」

 同時に、凄まじい破裂音が周囲に響き渡った。

「グッ、アアアッ!」

 それが音の壁を突き破ったものだと理解するより速く、強烈な貫手を受けた1号は成す術もなく吹き飛ばされる。

アインス(1号)!」
「余所見をするな! さもなくば1号の二の舞となるぞ!」

 認識外の攻撃に軽く瞑目する3号に、しかし2号が瞬時に警告を発する。
 例え戦力差があろうと、同胞がやられようと、この現状に対応しなければ呑み込まれる。
 そう悟ってすぐに3号も追随して体勢を立て直す。そんな二人の前に―――

「鈍い鈍い、駄目じゃあないか貴様ら」

 間合いそのものを無視したかのような錯覚を覚える速度でパンタローネが眼前に立つ。掲げられた腕は死神の刃のようにも見えて、二人に避ける道理などないように見えたが……

「アーイ!」

 後方より届いたのは吹き飛ばされたはずの1号の声だった。うつ伏せの姿勢から右腕だけを真っ直ぐに伸ばし、ブリッツクーゲルなる電光弾を射出する。
 風を巻いて金光が奔る。黒の闇に映える電影の弾丸は一直線にパンタローネへと殺到し……

「ホウ、少しは骨があるじゃないか」

 しかし払った手に事なげもなく弾き飛ばされる。牽制とはいえ渾身で放った攻撃だ、易々と無力化される道理などないという自負をも打ち砕かれるが、しかしブリッツクーゲルの叩き落としに生じた隙を見逃すゾルダートではない。

「イィーヤッ!」

 真円を描く2号のサマーソルトが音速を遥か振り切り下方よりパンタローネを狙い撃つ。その動きは合理の極み。一連の動作は舞うようになどという装飾すら入らぬまでにどこまでも緻密、かつ武骨。寒々しいまでに正確無比な精密機械の如く、一分の無駄も淀みもない。最短最速の軌跡は徹頭徹尾眼前の敵を滅殺するというただ一つの目的だけで完結している。
 故にこれは一撃必殺。所詮はレプリカ、紛い物と侮るなかれ。電光機関より発生した致死の雷電を纏う蹴撃はいかな超常の存在であろうとも瞬時に焼きつくし打ち砕く威力を備えている。

「イヤーッ!」

 そして彼らは群体であり、故にこれだけで攻撃が終わるはずもない。そもそも彼らは元を辿れば同一個体である以上、ゾルダート同士の連携は阿吽の呼吸という言葉すら生ぬるい領域に存在する。
 弧月蹴を放つ2号の背後より3号が飛び出し、更に後方からは体を跳ね上げた1号が上空より弾丸の如く拳を突き出す。それは何の変哲もない正拳突きだが、シンプル故に繰り出される速度は2号の蹴りをも超越する。
 後手が先手に追い付く三撃は最上のフェイントとして機能する。着弾は全て同時、一つの漏れもなくパンタローネへと吸い込まれたが……

「フム、惜しいな。その連携は認めてやるが地力が足りん」

 しかしその全てはパンタローネの巻かれた腕により遮られる。伸縮自在の道化の腕は、広範囲に深緑の手をまき散らすのみならずこうした使い方も可能としていた。
 無論ガードしたとはいえパンタローネが無傷であるとか、そういうことは断じてない。現に正拳は腕に亀裂を刻み込み、雷電は確かに着弾点を焼き焦がしている。
 だがそれだけだ。この程度はパンタローネにとっては痛打とならず、戦闘不能に追い込むことはおろか戦闘能力の低下すらも一切引き起こしていない。
 これはつまり、パンタローネ自身が言ったことが全てと言えるだろう。曰く地力の低さ。例え身体能力を極限まで上昇させる電光機関と電光被服の恩恵を授かろうと、両者の間には絶望的なまでの格差が広がっている。

「そして貴様らのことも大凡は見当がついたぞ。恐らくは我らと同じ被造物。確か……クローンとか言ったっけかなァ?
 貴様らはワシを木偶人形と言ったが、何のことはない貴様らこそがその木偶じゃあないか! これは全くお笑い草だ!」
「ふざけるな! 我らを愚弄するか木切れ!」

 突き出す拳に力を入れ、2号が憤激に声を荒げる。しかしそれが無意味かつ空しいものであることは、他ならぬ彼ら自身が自覚していた。
 敵に怖気て屈服するのは腰抜けだが、勝てもしない相手に意味もなく吼えるのは間抜けだ。現状、彼らにパンタローネを打倒する方法は皆無にも等しい。
 故に取るべきは逃走の一択。しかし状況がそれを許さず、最早万事休すと言うほかにない。

「イィーヤッ!」

 けれどもそれが攻撃の手を止める理由になるかと言えばそうではない。ゾルダートにあるのは主君への忠誠のみなれば、己の命すら駒として使い捨てることにも躊躇はしない。
 裂帛の気勢と共に、最後の―――そして結果の見えた闘争が再開された。

「アーイ!」
「イヤー!」

 大気の裂ける鋭い音が連続して発生する。徒手の空拳が宙を斬り空間を断割する。
 都合三者の乱舞が閃き合い、たったひとつの対象に向けて殺到する。空拳の閃きが空間を彩る光景はさながら歯車が噛み合いながらひとつの巨大な機械を動かすかの如き様相を呈している。
 それはある種の機能美すら見出して、鑑賞する者が者ならば感嘆さえ漏らすだろうが、しかし当人たちにとってはそんな思いを抱く余裕など皆無であった。
 少なくとも、片方にとってはまさにそう。
 ここは死地。自らの存在意義が達成できるかどうかの分水嶺である故に。

「クク―――」

 既にその拳打は百にも及び、しかし決定打を与えた回数は未だ零。
 何度繰り返したとて同じこと、眼前のパンタローネに彼らの手は届かない。
 かわされ、いなされ、軌道を逸らされる。決して気概や技量で劣っているわけではない。これは単純な性能の問題。
 仮にゾルダートたちの相手が凡百の自動人形であったならば最初の一合で既に勝負は終結していたはずだ。それはつまりゾルダートたちの持つ戦闘技術がそれだけ優れているということの証左であるが、しかしパンタローネにその道理は通用しない。
 曰く最古の四人《レキャトルピオネール》。ただひとりの造物主によって作られた原初の自動人形である彼は通常の自動人形とは比較にならないほどの高度な性能を保有する。その力量は凡庸な英霊の及ぶところでは決してない。
 現に三人のゾルダートが必死の形相で攻め立てているにも関わらず、それを軽くいなすパンタローネの表情は涼しいものだ。いかに数で勝ろうともそれだけで攻略できるほど最古の四人は甘くない。

「―――ああ、もういいぞ貴様ら。いい加減飽いたわ」

 そして決着の時が訪れる。
 無造作に翳したパンタローネの掌、そこに空いた空虚な穴が無慈悲に風切音を奏でる。
 それは深緑の手の攻撃動作、かつて一度目にしたそれに、ひとりのゾルダートが警告の絶叫をあげたが……

「遅い、一秒で死ぬがよい」
「イィ……!?」

 声と共に、水気を帯びた何かを削り取る不快な音が響いて。

ツヴァイ(2号)―――!」

 同胞の声すら届かず、2号と呼ばれた男の全身から赤い血飛沫が噴出する。
 狂い咲く花のように、真っ向砕かれた男の体が夜に木っ端と散華した。

「貴様よくも―――!?」

 激昂と共に3号が飛び出すも、しかし掲げられた深緑の手の餌食にかかり、遥か後方まで吹き飛ばされる。
 全身を抉り取られた2号とは違い被弾箇所は腹部のみであったが、いかんせん傷が深すぎる。即死こそ免れるだろうが長くはあるまい。
 瞬時にそう判断して、パンタローネは最後の一人に向き直る。

「さて、残ったのは貴様一人だが、まだやるかね?」
「当然だ!」

 そして最後に残った1号が神風にも等しい突撃を敢行するも、しかし突き出した拳は空しく宙を穿ち、返す刃で首を鷲掴みにされる。
 握りしめられた頚からはミシミシと鈍い音が響き渡り、1号の顔が苦悶に歪む。精神では決して負けていない、それは単なる生理的な反応であった。

「さて、貴様らの正体がクローンであったかは定かならぬことであったが、それも今はどうでもいいことだな。
 最早言い残す言葉もなかろう。疾く消え去るがいい」

 口を弦月に歪め、パンタローネは嗤う。
 そんなものかと見下して、弱い弱いと己の強さを誇り、あらゆる全てに頓着せず。
 ただ嗤う。己の勝利を確信し、この手にある敵は何もできないのだと高を括って。

 そんな中、1号の口元が動く。

「―――」
「ン? 何を言っているのかさっぱりワカランなぁ?」

 パンタローネは侮蔑の嘲笑を変えることなく、鷲掴みにした1号を見下し笑う。
 彼の声は届かない。その手は敵手に痛手を負わせることもなく、ただ無意味に消費されるのみ。
 そう、そのはずだった。少なくとも単体の彼に勝ち目など一切ない。窮鼠が猫を噛んだとて、軽く振り払われるかそもそも当たらないのが世の道理だ。
 しかし、それでも彼は確かに英雄と呼ばれるだけの存在であって。

「――――――Sterben(くたばりやがれ)



 ―――そして、ここに極大の稲光が発現する。



 1号の肉体より迸った紫電は彼自身の体すら突き破り、およそ彼の力量からは考えられないほどの威力を伴ってパンタローネを包み込んだ。

 それは漆黒の闇夜すら切り裂いて、ただ一色しかなかった空に紫電の瞬きを放射した。
 凄まじいまでの轟音と爆裂する熱量が深々と地面を抉り取り周囲の全てを破壊する。それは地を削るのみならず田畑の水を根こそぎ蒸発させ、小規模の水蒸気爆発すらも連鎖させて。

 電光機関最大出力。レプリカの命すら消費して放たれた雷撃は、確かにパンタローネの装甲を貫いた。


 周囲を埋め尽くす破壊音が轟いた後、一転してあらゆる音が消え去り世界は静寂を取り戻した。


 立ち込める水蒸気の中、爆発の中心より小さな何かが飛び出し、土の上へと転がり出る。
 わずかに光を反射するそれは、表面にひび割れた1の数字が掘りこまれていた。



【レプリカ1号(エレクトロゾルダート)@消滅】
【レプリカ2号(エレクトロゾルダート)@消滅】










   ▼  ▼  ▼









 二人の同胞の犠牲の果てに、逃避行を成功させた男が一人。
 肉体の修復に充てる魔力すら移動に費やして、C-6の町中にその姿はあった。

「……早く、戻ら、な、ければ……ッ!」

 抉り取られた腹部を抑え、それでも不屈の気概を胸に三人のゾルダート最後の生き残りは主の下へと馳せ参じる。
 単独の逃避は裏切りでもなければ恐れをなしたのでもない。それは彼らによって事前に決められた通りの内容だ。
 すなわち―――「勝てない相手に遭遇した場合は二人で一人を逃がす」というもの。
 そもそも彼らに与えられた任務は偵察だ。サーヴァントの撃破など命じられていない以上、直接の命令をこそ最優先に行動するのが当然である。

 そして彼はここにいる。道を往く彼の肉体は末端から宙に溶け始め、もう動いていられる時間は幾ばくも無い。けれど、それでもやるべきことはまだ残っている。

「伝えなければ……この情報を、ミサカに……」

 足取りは重く歩みは遅々として進まない。しかし発する声に陰りはなく、あるのは只管に主へと捧ぐ忠誠のみ。
 既に目の前にはミサカの住まうマンションが見えている。この分ならば自分が消えてしまう前に仔細を報告することも叶うだろうと推測する。

『こんにちは。エレクトロゾルダート』
『諦めるときだ』
『さようなら』

 視界の端に映る道化師など意にも介さず、3の記号を冠するレプリカは最後の行軍を続ける。
 その瞳に、諦観の影は微塵も存在しなかった。


【C-6/ミサカのマンションへと続く道/一日目・深夜(朝になりかけ)】

【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態]3号、腹部に極めて強いダメージ、魔力消費(極大)、消滅寸前、無我、単独行動
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント(3)
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.早急にミサカの下へ戻り起きたことを報告する。
[備考]
南の方角に向かったのは1号~3号です。










   ▼  ▼  ▼









「―――――」

 そこには静寂だけが満ちていた。
 立ち上る煙と大きく抉られた大地のみが先の戦闘の激しさを物語り、しかし今この時は動くものなど何もない。
 全ては消え去ったのだ。迸る雷光があらゆる全てを焼き尽くして、その宿主の命すら燃やし尽くして。

「――――れ」

 しかし。しかしそれでも残ったものがある。
 動くものは何もない。けれど、何かを呟くものはそこにあった。
 それは老人。それは人形。ライダーのサーヴァントとして顕現したオートマータ。
 陽気な道化師の姿は見る影もなく焦がされて、けれど霊核を砕くまでには至らない。
 だがそれだけだ。全霊の電撃を浴びた彼は動けない。彼の両手は、蠢くだけで。

「―――おのれ、おのれおのれおのれェ―――ッ!」

 静寂が支配する空間に爆発する怒号が響き渡る。嘲笑のみを浮かべていた顔には今や憤怒の面しかなく、体は動かずとも必ず怨敵を縊り殺すという極大の憎悪が放出される。

「下賤な造り物風情がこのパンタローネに傷をつけ、あまつさえフランシーヌ様より賜った服を焼きおって……ッ!
 許さぬ! 許さぬぞォォッ!」

 動かぬ体を無理やりに振り回し、パンタローネは虚空へと吼え続ける。
 主君への狂信と敵への憤怒を胸に、その精神を嚇怒の赤に染め上げる。

 ダメージを受けた体が回復するまでの幾ばくか、その短い時間においてパンタローネは延々と怨嗟の声を上げ続けるのだった。

【D-6/畦道/一日目 深夜】

【ライダー(パンタローネ)@からくりサーカス】
[状態]全身にダメージ、激昂
[装備]深緑の手
[道具]フランシーヌ様より賜った服(襤褸屑状態)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得しフランシーヌ様に笑顔を
1.千雨のことは当面の主として守ってやる
2.他の主従を見つけたら即刻殺害
3.群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)に対する激しい怒り
[備考]
D-6の畦道に結構甚大な破壊痕が刻まれました。激しい発光もあったので同エリアに誰かいたなら普通に視認されたかもしれません。



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ライダー(パンタローネ) 024:マギステル・マギ

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