夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

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だれでも歓迎! 編集
 我らの最大の名誉は、一度も失敗しないことではなく倒れる毎に起きることにある。

                             ―――オリバー・ゴールドスミス





   ▼  ▼  ▼





『開口一番悪いんだけど、ひとまず死んでくれないかな』

 とぼけたような表情に冗談のような口調で、けれど飛来するのは紛れもない死の鉄槌だった。
 一体どこにそんなものを隠していたのか。そんな疑問すら湧くほどに大量かつ巨大な螺子が大気の壁を爆砕しながら殺到する。
 頑健なはずのコンクリ床は轟音と共に次々と穿たれ、砕かれた破片と舞い上がる粉塵が一瞬にして周囲を覆い尽くした。
 開口一番―――その言葉を裏切ることのない、まさしく電光石火の所業。言葉や疑念を挟む余地すらない唐突な暴力はいとも容易く破壊としてここに具現した。

『いやー乱世乱世。ドラゴンボール集めにかこつけてエリート連中もキッチリぶっ潰しておかないと、-13組の面目が立たないもんね。
 あっれー? ねーねー大丈夫聞こえてる? もしかしてホントに死んじゃった?』

 だが、凄惨な修羅場を構築したはずのその男は、しかしどこまでもふざけ半分の態だ。
 気安い友人と冗談を交わすようなおどけた表情は微塵も崩れず、およそ戦場や剣呑さとは無縁の風体である。
 まるでこの程度の悪意は挨拶でしかないとでも言うように、この程度の踏み躙りなど暴力のうちに入らないとでも言うように。
 ルーザーのサーヴァント「球磨川禊」は、両手に巨大螺子を掲げながら弦月の形に口元を歪めた。

『困ったなー、僕としちゃあもっとカワイコちゃんとお話ししたかったんだけど、もう聞こえないってんなら仕方ないよね。
 だけど安心して! 君らの遺志を引き継いで、僕があのふざけた道化師をやっつけるからさ!』
「……いや、聞こえているとも」

 一メートル先も碌に見えない視界不良の只中、蔓延する粉塵を切り裂くように鋭い声が辺りに響く。
 へえ、と呟くルーザーの視線の先には、白い男と幼い少女が一切の傷を負わないままに健在であった。

 平和な昇降口が一転、戯画的な針山となったその場所に、しかし男と少女が立っている一角のみが螺子の破壊を受けず、モーゼの十戒が如き空白地帯を生み出していた。
 男の手が纏っているのは金属の籠手。コイルを彷彿とさせる線輪状の外殻と、時計のようにも変圧器のようにも見える円盤が組み込まれたそれは、放たれた螺子の刺突を掴みとり一切の破壊を無力化する。

「色魔の類と思って見れば。その不遜、その物言い、貴様はまさに負の格率そのものだ。ならば我が雷電が貴様を迎え撃つと知れ」
『え、何物騒なこと言ってんの? やだなー、これはちょっと試しただけだって。流石は僕が見込んだだけのことはあるね!』
「……」

 へらへら笑いおどけるルーザーとは対照的に、掴んだ螺子を脇へと放り凶眼を向けるテスラは既に臨戦態勢へと移行している。
 そんな彼の後ろに庇われる形で立ち尽くす光は、けれどそんな緊張感の高まりに頓着していなかった。
 いや、できなかったと言ったほうが正しいか。

 彼女が見つめる先にあるのは、当然の如く球磨川禊。黒い学生服の少年の姿。
 彼がここに現れて以来、光は一瞬たりとて彼から視線を外すことができていなかった。それは殺意と共に螺子を放たれた時も、それを己がサーヴァントに庇われた時も例外ではない。
 それは戦場へと足を踏み入れた緊張でも、高揚する意識の成せる技でも、まして眼前の彼に見惚れたからでもない。

(なんだ、これ……凄く気持ち悪い……)

 そのあまりの気持ち悪さに、眼球を動かすという所作すら封じられていたという、ただそれだけの話だった。
 見れば見るほどに景色が黒ずんでいく錯覚が生じ、眼球の奥から粘性の液体が滲み出てくるような不快感が湧き出てくる。
 口の中はカラカラで、舌が喉に張り付いて息苦しい。
 胸の鼓動は今や張り裂けんばかりに木霊して、その鼓動音すらも粘ついた腐肉の感触にしか思えない。

 気持ち悪い、気持ち悪い、怖い、気持ち悪い、痛い、怖い、気持ち悪い。
 なんで自分がこんなものが、嫌だ嫌だ早く目の前からいなくなって。混乱する思考は取りとめなく、意味を為さない文の羅列が頭の中を飛び交って止まらない。

 混濁する自我が、光の意識を闇に手放そうとして―――


「見るな」


 と。
 そこで、意識の崩壊がピタリと止んだ。

 目の前にはライダーの後ろ姿。後ろ手に庇われつつ、視線を外せなかった男を強制的に視界の中から退場させる。

「随分とふざけた絡繰りを仕掛けたものだな。私のサプレスさえも貫くか。
 無辜の幼子までをも恐慌に陥れるのが貴様の趣味か、小僧」
『心外だなぁ、僕はカワイコちゃんの味方だぜ? 僕がその子に望むのはパンツの色の情報だけさ』
「それを信じるとでも?」
『おいおい、この人畜無害な僕が嘘なんか吐くとでも思ってるのかい?
 言ったろ。僕はカワイコちゃんの味方だし、ここには話をしに来ただけ。彼女が僕を怖がる理由なんてこれっぽっちも存在しないはずさ。だから』



『僕は悪くない』



 ……いけしゃあしゃあと、何をほざくのかこの男は。
 光は心底、この男が何なのか理解できなかった。言動に一貫性がなく、行動も矛盾の塊。そして存在は負そのもの。
 カワイコちゃんの味方と言った口で明らかに殺すつもりで攻撃し、かと思えばあれは冗談で試すつもりだったと嘯く。
 試すとは一体何を? 味方するとは何に対して? 今さら何を話す必要が?
 怖がる理由がないなどと、彼は本気で口にしているのか?
 分からない。彼が一体何者で、何を目的に何をしたいのか、光にはまるで理解できない。

 お前を攻撃すると言われてもなお平気で笑うその姿は、一言"不気味"。
 どこにでもいるような特徴のない普通の人間のように見えて、しかし大事な一部分が決定的にズレている。なまじ普遍性を持ち合わせるために不気味さに拍車がかかっているのだ。

 そして、彼の存在そのものが条理を逸脱しているとしたら。
 次に彼が取った行動もまた、理解の範疇を越えていた。

『でも、そんなに僕のことが信用できなくて、そんなに僕のことを邪見にするなら。
 ほら、これならどうかな?』

 残念そうな、けれど相も変らぬ軽さの声と共に、ルーザーはあろうことか両手に持った二つの螺子を後ろにポイと投げ捨てたのだ。
 未練も執着も何もなく、今のルーザーは真実無手の丸腰状態。
 両手は「お手上げ」とでも言うかのように顔の横まで上げられ、やれやれといった風情で向かい合う。

『これで僕の武器は無くなった。今ならお互い気を衒うこともなく、気安く馬鹿話ができるぜ?』

 そこで彼は。すっと、拳を握りしめて。

『それでも僕と戦おうってんなら……
 僕も立派な男だ。決着は自慢の"拳"でつけようか』
「……」

 ライダーは黙して答えず、ただ双眸を細めるのみ。
 彼は、視線を叩き付ける。目の前の男へ、球磨川禊へ。

 話し合いに応じようと言うのか。
 彼の言うとおりに殴りかかるのか。
 それとも、別の方策を取ろうと言うのか。

 不安げにライダーの後ろ姿を見上げる光の前で、彼は。

『ほら来なよ英雄。君の強さなんか、鼻で笑ってやる』
「……ならば答えよう」

 一瞬だけ、目を閉じて。

「―――貴様の提案は全て却下だ」

 ―――その言葉と同時。
 ―――耳を劈く雷鳴が響く。

「ぅあ……!」

 告知なしの爆音とフラッシュに、光は思わず目を瞑り手で顔を覆う。
 だから、同時に周囲で鳴り響いた数多の金属音の正体に、その時だけは気付くことができなかった。





   ▼  ▼  ▼





 視界の靄が晴れた時には、既に全てが終わっていた。
 ライダーの格好は白い服のままで、けれど少し意匠が違っていて。その周囲には5本の光の剣が滞空していた。
 恐る恐るライダーの背後から顔を出して見遣れば、そこにはプスプスと音を立てて倒れ伏す焦げた男の姿。
 死んだのだと、一瞬光はそう思った。少なくとも彼女の目には、そうとしか映らなかった。

「どこからともなく無数の螺子を取り出す奇技、まさか投げ捨てた分で無くなったわけではあるまいと考えてはいたが……
 やはり、思った通りだったようだな」

 光は知らない。
 雷電が煌めいたその一瞬、虚空から現れたと錯覚するほどに脈絡なく、これまで以上に大量の螺子が再び光たちを襲ったのだということを。
 その瀑布を、ライダーの周囲に滞空する電界の剣が打ち払ったのだということを。
 ルーザーがその背に隠した、異常なまでに長大で歪な形の螺子の存在を。

 南条光は、認識することができなかった。

「近づけば相討ち覚悟で串刺し、近づかなければ螺子の包囲網。その異様な存在圧で精神をすり減らせば正常な判断は取れず、動きに精彩さが欠けると踏んだか。
 だが」

 彼の双眸が、鋭さを増して。

「貴様が仕掛けた3つの罠。気付かんとでも、思ったか」
『……はは』

 ……信じられないことが、目の前で起こった。
 倒れたはずの学生服の男が、身じろぎしながら微かに笑ったのだ。

 少なくとも光にとっては、十分衝撃に値する出来事だった。何故なら男の姿は凄惨そのもの。ライダーの雷を受けた彼は、見るも無残に焼け焦げて。音と煙が辺りに充満するほどであるというのに。
 死んでしまったのではないのかと、そう錯覚させるには十分すぎる有り様だというのに。
 その顔はまるで痛みを感じていないようにも見えて、最初の邂逅時と全く同じ軽薄な笑いを顔に張り付けていた。

「だからこそ、腑に落ちんことが一つ。
 ―――貴様、結局戦う気はあったのか」

 え、と疑問に思う暇もなく。
 ライダーは続けざまに問いを発した。

「螺子の波状攻撃、放たれる存在圧。そして背後に隠した得物。その全てに殺意こそあれど、しかし貴様は真に我々を見てはいなかった。
 ここではない、どこか遠い場所をこそ貴様は幻視して戦っていたように見える」
『……』
「貴様は、何を見ている」

 ライダーの問いは、眼前の男以上に、光にとって不意打ちだった。
 光にとってこの男は敵以上におぞましいナニカだった。自分たちを攻撃し、異常な不快感を押し付けてきて、それが当たり前だと嘯くような害悪だった。
 ならばこそ、ライダーの言うことが、光には理解できなくて。
 だからこそ、男が返した言葉に、光は驚愕の念を覚えるのだ。


「……そんなの、決まってる」


 男の声音が、にわかに変わる。
 表情からは嘲弄の気配が消え失せ、瞳に真剣さを宿し。
 放たれる不快感が、ほんの少し嵩を減らしたようにも感じた。

「僕が狙うのはいつだって"勝ち"だ。負け犬だろうが負け猫だろうが、主役を張れるんだって証明したい。
 勝つことだけを追い求めたから、誰にもそれだけは譲らない」

 自己をも含めた全てを嘲笑する響きは鳴りを潜め。
 一途に"勝利"を追い求める少年の声が、そこにはあった。

 そこで初めて。
 光は、ライダーは、眼前の男の本音を聞いたのだと。
 理屈ではなく直感で、そう悟った。

「……なるほど。お前が見据えていたのは真実、この聖杯戦争を越えた先に在るものか。かの囁きかける道化すら傍役にすると、お前はそう言うのだな」
『そうだよ。英雄なんて名乗っちゃう薄ら寒い厨二病患者共をぶちのめして、あのダッサイ道化師もコテンパンにして。僕は絶対に勝ってみせる』

 気付けば先ほどまでの薄ら笑いに戻り、男はヘラヘラと睥睨して嘲笑する。
 だけど、そこに含まれているのは侮蔑でも諧謔でもなく、愚直なまでに真摯な勝利への渇望で。

『だからこんなところで、まして君なんかにやられてなんかあげない』
『―――縁が合ったら、また会おうぜ』

 ―――その台詞を発した瞬間に、男の姿がこの世から消失した。
 ―――最初からどこにもいなかったかのように。何の痕跡も残さず存在ごと消えてなくなった。

 視覚的な姿も、サーヴァントとしての気配も、雷電感覚による感知からも、一切合財消え失せて。

 ルーザーのサーヴァント球磨川禊は。
 この上なく完璧に。
 この下なく無様に。
 誰が見ても明白に。
 ただ、一心不乱に敗走した。





   ▼  ▼  ▼






「……なあライダー、さっきのアイツのことなんだけど」
「何故一撃の下に手を下さず、あまつさえ放置したのか、ということか?」
「うん、それだよそれ!」

 それから暫しの時間が経過し、校舎脇。
 警戒のために実体化したまま歩くライダーと、それに追い縋るべく小走りで往く光は、そんな問答を繰り広げていた。

 聞きたいことは山ほどある。分からなかったことも、腑に落ちないことも、少なからず存在する。
 何故わざわざあのサーヴァントを生かすようなことをしたのか、放っておくことにしたのか、とか。
 殺害に踏み切らずに済んだことに関して心情面や感情論で安堵する部分こそあれど、しかしそれと同じくらいに不吉で嫌な予感もあるのだ。

 それは例えば、あの常軌を逸した気配であったり。
 あるいは、理屈も不明な消失劇であったりとか。

「そりゃアタシだって、誰も傷つかないで済むんならそれが一番いいって思うけど……
 でもアイツは何かおかしかった。見てるだけで凄く気持ち悪くて、ライダーに言われるまでアタシ、ずっとワケわかんなくなってた」

 だからそのような者を放置して本当に良かったのかと、少女の目はそう問いかけてくる。
 対する侍従は、静かに言葉を投げ返した。

「確かに、な」

 返されたのは肯定だった。ならば尚更何故、と訴えかける視線に、ライダーは言葉を続ける。

「お前の言うことは正しい。確かに彼奴は並み居るサーヴァントの中にあって尚、尋常なる者ではないだろう。
 彼奴の存在は言ってしまえば害悪そのものだ。ただそこに在るだけで周囲を破綻させるマイナスなど、放っておいても百害あって一利なしと言える。
 しかし、だ」
「……しかし?」
「彼奴は【負】ではあれど、【悪】ではない。私はそう考える。
 無論、完全な悪道に堕ちるというならば我が雷が彼奴を打ち据えるが、今はまだその時ではない」

 そこで、ライダーの口元が微かに吊り上ったのを、光は目撃した。
 嬉しそう、というよりは。
 何かに期待している、そんな表情だと感じた。

「それにな。あれはふざけた口ぶりではあったが、その実なかなか熱い男だったと私は思うぞ。
 かの幻を現実と受け入れるのみならず、それを手ずから討ち果たそうとまで考えるか。些か澱んではいるが、あれもまた輝きと成り得る意気と言えよう」


 ――――――――…………


 ……うん?


 今、ライダーが何かを言ったような。
 でも、あれ? なんだかよく聞こえない。

「この世界には《結社》の心理迷彩とも類似する暗示が存在する。もしくはあの道化師の存在そのものに誘導暗示が付随しているのか、ともかくだ。
 人々は己の視界に幻が映るのを、自身から零れ落ちた狂気としか認識できない。少なくとも、ああも明朗に口にするなど普通はできんことだ」

 ライダーの語る言葉が、何故か今は耳に入ってこない。
 ノイズに塗れた耳障りな雑音のように。
 どこか遠くで話される朧気な会話のように。

 何を言ってるのか。
 まるで、頭に、入ってこない。

「マスター、お前はどうだ。視界の端で踊る道化師をどう思う」
「え、視界……なに?」
「そう、それが普通の反応だ。それをあの男、己が意志力のみで壁を打ち破るとは。つくづく大したものだ」
「……ごめん、ライダー。風が強くてよく聞こえないんだけど」

 今日はやたら風が強いと、光はそう心の中でぼやく。そこに木々の枝葉が擦れる音が加われば、それはもう天然自然の大合唱だ。
 傍らの彼の言葉もよく聞こえない。熱い男だ、というところまでは何とか聞き取れたけど。
 表情から、なんだか機嫌が良さそうだと推測することはできる。これは、つまり……?

「えーっと……よく分からないんだけど、つまりアイツは実はいい奴だったってことか?」
「別段善人というわけではあるまい。だがここで散らすには惜しい男ではあると、まあそういうことだ」

 言いつつ、ライダーは手元の紙片へと知らず目配せする。そこに書かれてあったのは英数字と記号の羅列。散見される単語を見るに、恐らくはチャットのURLであろうか。
 大量の螺子が飛来する中、そのうちの一本に張り付けられていたのがこれだ。光の目には入らぬよう無駄に丁寧な小細工の為されたそれは、なるほど確かに執拗で変質的な厭らしさというものが感じられる。
 「縁が合ったら」。奴は確かにそう言った。そしてこれを悪意混じりの攻撃と共にとはいえ渡したということは、奴との関係性は未だに断ち切れていないということ。

 ならばここで敵手としてその存在を根絶するのではなく。
 対話を手段として接触するのも吝かではないと。そう考えるのだ。

「それはともかくとしてだ、マスター。少しばかり良い……いや、あるいは悪い情報がある。
 たった今、この学園内に複数のサーヴァントの気配を探知した。あまりに密集している故に判別が困難ではあるが、数は恐らく10前後だ」
「……へ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。学校にサーヴァント?それも10?

「ちょ、ちょっと待ってライダー! いくらなんでもそれは……」
「とはいえ、それが正確な数値であるとは自信を持って言えんのだがな。気配の半数以上が希薄なのだ。これでは詳細な情報を掴むこともできん」

 ライダーの持つ雷電感覚が捉えたのは、まさしく薄靄が如き気配である。
 無論それだけではなく確固たるサーヴァントとしての気配も複数捕捉してはいるのだが、そのせいで正確な騎数を判別できていないというのが現状だ。
 そして、気配の異常性を度外視しても、これだけ近くに多数のサーヴァントが存在するという事実に変わりはない。

「目下の接触対象は校庭を爆撃した何者か。しかし内患の脅威を放置すれば、要らぬ不意打ちを食らうこともあり得る。
 故に、お前が決めるといい」
「アタシが……」
「そうだ。無論決められんというなら私が導こう。しかし、私を動かすのはいつだとて人の意思。
 私は、お前の意思をこそ尊重しよう」
「アタシが、決める……」

 動かずにはいられないという衝動のまま、学校を襲撃した誰かの元に行くのか。
 内に潜むサーヴァントに相対するのか。
 自らの身を案じて何もしないままやり過ごすのか。
 選択権を放棄してライダーに任せるのか。

 選び取るのは誰でもない、南条光という少女だけだ。






   ▼  ▼  ▼





『いやー、手酷くやられちゃったな』

 その声は突然だった。
 フィルムが突然途切れたように一瞬のうちに消失した彼は、当然のように脈絡なく一瞬のうちに現実世界へと姿を帰還した。
 体は相変わらず焼け焦げたアスファルトの上にあって、全ては消失前と変わらない。
 放つ声はどこまでも呑気なもので、およそ悔恨や恐怖とは無縁のものであるように聞こえて。
 胸の奥に燻るどうしようもない敗北感を一切感じさせない、凪のように平穏な声音であった。

 投げ出されたその手には、他の巨大螺子と比べても尚、尋常ではないほどに長い螺子が握られていた。
 人の半身ほどもあるそれは「却本作り」と呼ばれる彼の宝具だ。貫いた者をルーザーと同等まで弱体化させる始まりの過負荷、彼が生まれ持ったマイナスの具現。
 不用意に近づいてきたならば容赦なくこれを叩き込むつもりでいたが、結果はご覧の通り。小手先奇策を弄する輩ならばいくらでもその隙に付けこめる自信はあったが、真正面から馬鹿正直に相対して来る正統派の強者には成す術がない。
 それは奇しくも、生前の知己であった彼女のようでもあって。

『また勝てなかった。めだかちゃんともまた違うけど、アイツもなかなか弱点(すき)がないや。
 やっぱりこういうタイプに弱いよなぁ、僕は』

 ケラケラと嗤うルーザーは今や大の字に寝転がって、起き上がるどころか指の一本さえ碌に動かせない状態であった。
 瀕死の重傷というわけではない。纏う制服はズタズタに焼け焦げてはいるものの、その肉体に残るダメージは異様なほどに小さかった。
 迸る電流と高熱はルーザーを傷つけはしなかったが、しかし筋繊維を硬直させる痺れこそが、今は厄介であった。一切の傷を負わさず、しかし当分は行動不能になるほどの麻痺を意図的に与えたとするならば、あの一瞬の交錯においてライダーはどれほど精密な計算と動きを成したのか。ルーザーには見当もつかない絶技である。
 無論、その程度の天才など、かの箱庭学園で嫌というほど見てきたのだが……だからこそ、彼の胸中に飛来するのはある種の憧憬にも似た感情、だったのかもしれない。

『けどあんな奴の良いようにされっぱなしってのも何だか気に食わないし……体の痺れを【無かった】ことにした。うん、これなら問題なく動けるね』

 だがそんなつまらない感傷など過負荷の前では吹けば飛ぶ薄紙の如し。
 どこまでも軽薄なノリで飛び起きると、先ほどまでの喧騒も嘘だったかのように平然とした顔で歩き出す。
 安心大嘘吐き―――3分間限定で全てを無かったことにする宝具が、今は彼自身の損傷を一時的に消失させている。

 元々、今の彼に確固たる目的など存在しないのだ。中学校に来たのも気まぐれ、先ほどの彼らにちょっかいをかけたのも気まぐれ。一事が万事行き当たりばったりの考えなし。故にこそ、生まれてこの方計算なんてしたことがないと嘯くルーザーにとって、たかが一回叩きのめされた程度のことが計算違いになるわけもない。
 そして結果だけを見るなら、むしろルーザーにとってはそこそこ都合のいいように動いてきている。学校周辺に集まった五騎のサーヴァントを目撃し、その全てに僅かとはいえ楔を螺子込めたのだ。
 面識さえ持つことができたなら、次からは面白可笑しく弄り倒してやることもできる。何度負けようと、何度地を舐め泥を啜ろうとも、最後の最後で勝ちを掴むことさえできたのならば、それはルーザーにとって紛れもない勝利であるが故に。
 彼はただ、その極点のみを目指し歩み続けるのだ。

 ルーザーは足を止め、ふと後ろを振り返る。その視線の先にあるのは、ルーザーに勝ち、乗り越えていった二人が歩んでいった場所だ。
 ルーザーの目が、何か眩しいものでも見たかのように細められる。

『突如学び舎を襲う未曽有の暴力、もたらされる恐怖、内側に潜む数多の脅威。そしてそれに立ち向かう勇敢な主人公。
 いやあ憧れちゃうね、誰もが一度は考える夢のシチュエーションだ。学校にテロリストだなんてそんな妄想、ありきたり過ぎてあくびが出ちゃいそうだよ。
 そんな王道(プラス)(マイナス)には眩しすぎるし、ここは君らに任せることにしようかな』

 既にここにはいない少女と雷電の男を脳裏に浮かべながら、ルーザーは彼らに背を向けるように逆方向へと歩みを再開した。
 王道を進む光とは正反対の、奇道を衒う負のように。

『それじゃ、精々頑張ってくれよヒーロー(しあわせもの)
 僕もそれなりに応援してるから、さ』

 笑みを深めるその顔は。
 書割じみた黒の能面にも似ていた。

【C-2/学園/一日目 午後】

【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『ちょっと痺れたけど大したことはないよ。今は安心大嘘吐きで【無かった】ことにしてるしね』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
0.『それじゃ痺れが無くなってるうちにさっさとここを離れるとしよう。次は何をしよっかな?』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『いい加減みくにゃちゃんを裸エプロンにしてもいい頃合いだと思うんだけど、そこんところどうなってるのかな』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。



【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、焦り
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学校鞄(中身は勉強道具一式)
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
0.どこに向かうか、アタシが決めないと……?
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。

【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン ~What a shining braves~】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.空の騎士のマスターの連絡を待つ。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
4.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。






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033:空へと至る夢 時系列順 035:新たな予感

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029:願い潰しの銀幕 ルーザー(球磨川禊) 038:考察フラグメント
南条光 036:日常フラグメント
ライダー(ニコラ・テスラ)

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