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献身的な子羊は強者の知識を守る

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献身的な子羊は強者の知識を守る ◆LxH6hCs9JU



 【天文台】

 山中にひっそりと聳えるドーム型の建物は、来訪者をただひたすらに待ち続け今に至った。
 もともとは学者が星を観測し、天文学についての研究を行うために建てられたその施設。
 昨今ではそういった学術研究目的以外にも、純粋な天体観測をために訪れる者もいる。

 こんな山中では来訪者も多くは望めないかもしれないが、この立地環境にももちろん理由はある。
 天文台というのは天体からの微かな光を観測するため、光害のない暗い場所に建っているのが好ましい。
 夜でさえ電灯の光が絶えることはない、市街地から離れた山の中というの、まさに打ってつけだ。
 天文台の立地条件には高所であることも必須であると言われている。これは広い視界を確保するためである。
 実際、近年の有名な天文台はマウナケア山やアンデス山脈などの名だたる山々に建てられることが多い。
 山中というのは、以上の条件に最も適した、天文台を建築する上で最高の立地条件を揃えているのだ。

 天文台には、観測装置として天体望遠鏡が一つ、大きなところでは複数設置されている。
 この天体望遠鏡というのは、一般で扱えるような普通の望遠鏡とはものが違う。
 その名のとおり、天体を観察するための望遠鏡なのである。
 ほとんどが大型なため、持ち運びは不可能。観測の際にも必ずと言っていいほど架台に乗せなければならない。
 また、これらの天体望遠鏡はただ単純に星を見るための道具というわけではない。
 あくまでも天体を観測するための道具なのであり、その用途によって作りが異なってくるのだ。
 天体観測というのは、天体からやってくる電磁波や可視光線を受け、それを分析することである。
 これを可能にするのが天体望遠鏡という装置であり、天文台という施設であり、そして天文学者なのだ。

 この地に置かれていた天文台には、あたりまえだが天文学者はいなかった。
 傍には観測者用の宿泊施設と見受けられる小屋が建てられていたのだが、中はもぬけの殻。
 天体観測というものは複数夜に渡ることが多いので、こういった観測者用の施設も付属されることが多い。
 ただ、人がいないというのに布団が敷きっ放しになっていたのが気がかりと言えば気がかりだった。

 天文台内部は外観の素朴な印象に反して、一流企業のオフィスを思わせる近代的な空間が広がっていた。
 床を這うケーブルの数々、雑多に散らばった資料と思しきファイルの群れ、スクリーンセーバーが起動してるPC。
 近年の天文台では、膨大な量の観測データをまとめるためコンピュータを運用しているところが多い。
 遠隔地に建つ天文台には、通信ネットワークを利用した自動遠隔操作システムや解析ソフトを使っているところもある。
 ここも類に漏れず、その名残が散乱していた。PCモニターなどを指でなぞってみても、それほどの埃は溜まっていない。

 天体望遠鏡が設置されているフロアは、観測室とは違い綺麗さっぱりとしていた。
 冷房が効いているのか、どこか肌寒い。これは望遠鏡に余計な熱を与えないため、温度環境を一定に保つための処置だろう。
 間近に捉えてみると望遠鏡は実に巨大で、先端が空に向かった伸びる様はさながら大砲のようにも思えた。

 今ここに、インデックステレサ・テスタロッサの二人が立つ。
 来るべき天体観測の時刻に備えるため、少女たちは天文台の下見に来たのだった。


 ◇ ◇ ◇


「――昔の日本では、天文台のことを『占星台』なんて言ってね。占星術に役立てたりしてたんだよ」
「占星台……ですか。ただ星を観測するための場所、という認識は間違いなのでしょうか?」
「間違ってはいないと思うよ。実際、現代の天文台は占星術を前提として作られてはいないわけだし。
 ここの天文台だってそう。純粋に、天体を観測するために作られている部分が多々見受けられるんだよ」
「占星術を前提として作るとなると、やはり天文台の作りからして変わってくるものなんでしょうか?」
「うーん、難しいところだね。私は機械には詳しくないから、この天文台がどれだけ優れているかはわかんないし。
 望遠鏡が発明されたのは17世紀のことだけど、天体観測や占星術はそれ以前からあったんだよ。
 それを踏まえるなら天文台なんてそもそもいらないし、逆に占星術に最適な天文台を作ることも可能ではあるだろうし……」
「占星術って、要は占いなわけですよね? だとすると、学問……というには少し違ってくるんでしょうか?」
「今じゃ科学とは違う別の技術と定義されているからね、占星術は。
 天体の位置や動きを、人間や社会の在り方に結び付けて考えてみる占いだから。
 星座占いってあるでしょ? あれだってもともとは占星術が起源なわけだけど、今じゃすっかり別物だし」
「科学とは違う別の技術、ですか? それって、例の魔術……っていうのと、同じものなんでしょうか?」
「定義が難しくはあるんだけどね。占星術も魔術の一端には違いないよ。私の中の十万三千冊の魔導書にも、ちゃんとそういうのは含まれてる。
 星を見たいっていうのも、私の頭の中にある星図と照らし合わせてこの世界の環境をよく知るため。
 あの神社を調べてみた感じ、この世界は日本のそれと当てはまる部分が多いんだけど、ただ模しただけっていう可能性もまだ捨てきれない。
 あっ……と、そのへんの詳しい話はヴィルヘルミナとしかしていなかったね。テッサにもこの場で説明しておくことにするよ」
「……インデックスさんって、なんでも知っているんですね」
「なんでもは知らないよ。知ってることだけ」


 天文台の中でささやかれる声。
 十万三千冊の魔導書を有する少女が語り、テッサが聞く。


「――で、どうかな? この機械、使えそう?」
「ここまで専門的とは思っていませんでしたので……ちょっと、難しいかもしれませんね」
「え、そうなの……?」
「そんな不安そうな顔をしないでください。普通の人なら難しいかもしませんが、私になら簡単です。
 幸いにも、制御はコンピュータで融通が利くようになっていましたから。キーボードをちょちょいのちょい、です」
「ふーん。私にはあんな箱、とてもじゃないけど使いこなせないんだよ。テッサってすごいんだね」
「得手不得手はありますよ。私は機械が得意な人間として、インデックスさんに同行したんですから」
「頼もしい限りなんだよ。でもこれだけ大きな設備だと、活用できる人間も少なそうだよね」
「ええ。どういった用途でここに天文台が置かれていたのか……そこが少し、不可解ではあるんですけど」
「天体を観測するためじゃないの?」
「もちろんそうなんでしょうけど、椅子取りゲームの最中に天体観測をする人はいないんじゃ……って思ってみただけです」
「むむ。言われてみるとそうかも。私みたいに星に関しての知識を持っていたとしても、大抵はそれどころじゃないだろうし」
「コンピュータが使いっぱなしのまま放置されていたのも疑問と言えば疑問です。
 ざっと調べてみたところ、観測中と思しきデータも見当たりましたし、熱暴走気味の機械も少しだけありました。
 まるで今の今まで、そこで研究していた人がいたような……なんて、考えすぎかもしれませんけど」
「ネットワークには繋がってなかったの? 世界のいろんな人とリンクできるやつ」
「残念ながら。環境自体は整っていましたし、ケーブル等の機器もそのままではあったんですが、アクセスしてみても応答はありませんでした」
「あの箱って、他にもいろんなことができるんでしょ? なにか役立ちそうなものってなかったのかな?」
「天体の観測データが残されていましたけど、それが現在の環境と一致するという保障はありません。
 後はまあ、特に有益なものはなにも……ノートパソコンでもあれば、端末としていろいろ運用もできたのですが」
「あー、なんかいろんな色のケーブルがごちゃごちゃしてたよね。あれを運び出すのはちょっと面倒かも」
「欲を出して足を取られては元も子もありませんからね。ここは当初の予定どおり、観測を行うだけに留めましょう。
 観測を始める時間は、夜が更けてから……準備等も含めると、午後六時にはまたここに足を運びたいですね。
 コンピュータはもとより、CCDカメラや分光器も細かい調整が必要なようですから、その際には私も同行します。
 あ、でもただ星を見るだけで済むというのならそこまでの細かい作業は必要じゃありませんよ。
 機械に馴染みのある方ならあの望遠鏡も扱えそうですし、逆に詳細な観測データが欲しいというならそれなりの技術は必要ですが」
「……テッサって、なんでも知ってるんだね」
「なんでもは知らないですよ。知っていることだけです」


 天文台の中でささやかれ続ける声。
 ブラックテクノロジーの宝庫とも言われた存在が語り、インデックスが聞く。


「それじゃあまた夜が更けた頃、ここに足を運ぶってことでいいかな?」
「そうですね……そのあたり、他の方々ともよく話し合ってみましょう」


 天文台を離れていく二人の少女。
 下見を終えたインデックスとテレサ・テスタロッサが次に向かう先は、北の山奥……。


 ◇ ◇ ◇


 【黒い壁】

 世界という名の環境を成立させるための囲い。もしくは塀。または柵。あるいは檻。
 絶対の不可侵領域。質量を持たない絶壁。立ち入り禁止の境界線。抜け出せない外側。
 御坂美琴曰く、それは電撃の類を弾くのではなく吸収したという。
 それは単に、耐電性に優れただけの防御壁というわけでは決してない。
 壁のように見えて壁とは考えがたい代物。その調査のために彼女らはここに訪れた。

 エリア【A-1】とエリア【B-1】、その左下隅と左上隅が交わる直角の位置。
 地図を辿るだけでは目星をつけるのも難しいそこは、『黒い壁』の存在感のおかげで容易く判別できた。
 インデックスとテレサ・テスタロッサは今、天文台からさらに山奥へ進んだ北西の果てを訪れている。
 山林は深く生い茂り、しかし大自然の繁栄は不可思議に、黒い境界線によって途切れてしまっていた。
 ここが境目。ここが世界の果て。これより先にそれぞれの帰るべき場所があるのかは定かではない。

 御坂美琴が見たという『黒い壁』、そして零崎人識が見たという『消失したエリア』。
 双方を同時に眺められる『かどっこ』で、彼女たちの調査は始まる。


 ◇ ◇ ◇


「――黒い、ね」
「……ええ、黒いですね」
「夜だとイマイチわかりにくかったけど、日が昇ってから見てみると……」
「……壮観、ですね。こうやって間近にまで迫ってみると、余計にそう思えます」
「でも、こんなことで感動を覚えてはいられないんだよ」
「それはもちろんです。水平線を見て感慨にふけるのとは、わけが違いますから」
「まずはこっち。西側に立ってる『黒い壁』。ううん、立ってるって表現は適切じゃないかもしれないね」
「そうですね。聳える……いえ、置かれている……? この奥が見えないことには、なんとも言いがたいです」
「同感なんだよ。とりあえずどうする? テッサ、触ってみる?」
「え、遠慮したいところですっ……御坂さんは実際に、『黒い壁』に対して攻撃を試みたと言っていましたけれど」
「短髪のビリビリだね。電撃には耐性があるってことなのかな? 物理的干渉が可能かどうかも試してみたいんだよ」
「石でも投げてみますか? 都合よく転がっていましたけれど。まあ森の中ですし、不思議じゃないですね」
「あ、それ私やりたいかも! 貸して貸して!」
「はい、どうぞ」
「てぇりゃあぁぁぁぁぁ!」


 ひゅるるるるる~……………………。


「……コン、って音すら鳴らないんだよ」
「……御坂さんが言うとおり、吸い込まれちゃった感じですね」
「肉眼で見ると壁のようだけど、やっぱり正体は壁じゃないのかもしれない」
「見ただけではわからない、ですね。ここはリスク覚悟で触れてみるしか……」
「待ってテッサ。それなら私が中に入ってみるよ」
「え……インデックスさんが? ですが……って、入ってみる……? 中に、ですか?」
「うん。自分の目で情報を得ることも必要みたいだしね。やってみて損はないと思うんだよ」
「き、危険すぎます! さっきの石みたいに、吸い込まれちゃったらどうするんですか!?」
「吸い込まれなきゃ中には入れないと思うんだよ。あ、でも外に出て来れなくなっちゃうのは困るかも」
「そんな危険な真似、容認できません!」
「だ、大丈夫だよ!」
「なにを根拠に大丈夫だなんて言えるんですか!」
「え、え~っとね……ほら、私のこの服! これの加護があれば『黒い壁』の力なんてへっちゃらなんだから!」
「その修道服がですか? なにか特別な効力でも……?」
「うん。これは『歩く教会』って言って、その布地には幾重もの結界が張り巡らされているんだよ。法王級の防御力なんだからっ」
「……そんな安全ピンで無理やり止めているような服が、ですか?」
「うっ……テッサの瞳が欺瞞に満ちてるんだよ。こ、これはとうまが起こした事故の名残で……」
「あ、どうやら『黒い壁』の中に入ってもすぐに消えるということはなさそうですね」
「あーっ!? なにしてるのさテッサ!」
「木の枝が落ちていましたので、ちょっと差し込んでみました♪」
「それって抜け駆けだと思うんだよ!」


 わいわい。がやがや。


「…………う~ん」
「どうですかインデックスさん。『壁の向こう側に二、三秒ほど入り込んでみた』感想は?」
「……正直、あまり気持ちのいいものではないんだよ。むしろ気持ち悪い。鳥肌が立って止まらない感じ」
「気持ち悪い……ですか」
「中は真っ暗だし、足下も覚束ない。もう一歩踏み込んでたら危なかったかも。あとは……音がなかったんだよ」
「音というと?」
「無音なんだよ、この壁の向こうは。声なんかを出そうとしても、即座にかき消されちゃう感じだね」
「……私も試してみていいでしょうか?」
「ダメとは言えないよ。けど、私の手をしっかり握ってて。最大でも三秒が限界。そしたら強引にこっちに引っ張るから」
「はい、よろしくお願いしますね」


 ザッ………………ぐい。


「……どう? 感想は」
「インデックスさんの言ったとおり……ですね。声だけでなく、足音なんかも鳴りませんでした」
「視界も真っ暗だったでしょう? なんて言うのかな。この壁の向こう側はまるで別空間なんだよ」
「虚無……と言ったような感覚でしょうか。もう少し長く中に留まっていたら、消える……そう本能的に実感してしまうような」
「考えてみたんだけど、消えるっていうのとはちょっと違うかも」
「え、違うんですか?」
「うん。消えるっていうよりは、中に溶け込んじゃうって言ったほうが正しいかな」
「溶け込んじゃう……」
「たとえるとね、この中は迷路みたいなことになっていると思うんだよ。一度踏み込んだら絶対に戻っては来れない、永遠の迷宮だけど」
「永遠に闇の中……というわけですか。なんだかゾッとします……」
「消滅っていうのは、たぶんそういうこと。『黒い壁』に取り込まれて、この世からは消えてしまう。
 それはきっと、死よりも悲惨なこと……ううん、死すら奪われて、永遠に虚無の中で生き永らえるだけ」
「実際に中に入ってみただけで、そこまでわかるものなんですか?」
「ん、言ってることに確証はないんだよ。手持ちの知識から憶測して、推論を口にしているだけ。
 十万三千冊の魔導書だなんて言っても、この『物語』の中では必ずしもその知識が適用されるわけじゃないから」
「……インデックスさんは、この『黒い壁』の正体をなんだと考えますか?」
「類似しているものは挙げるとすると、やっぱり『結界』かな」
「結界? 結果って、あの――」
「そのあたりを説明するよりも先に、次はこっちのほうを調べてみたいんだよ」


 二人の視線は北側に聳える『黒い壁』――と似て非なるモノ、『消失したエリア』に向く。


「一見、『黒い壁』とまったく同じように見えますけど……」
「うん。黒いし暗いし高いし不気味だし、見た目はまったく一緒だね」
「あっ……やっぱりこれも、『黒い壁』と同じものみたいです。ほら、木の枝が普通に入ります」
「なら、さっきと同じやり方で中の様子も窺ってみたいんだよ。テッサ、手を繋いでて」
「三秒が限度、ですよね? 任せてください」
「それじゃ、入るよ」


 ◇ ◇ ◇


 【消失したエリア】

 零崎人識が『零次元』と例えたそれ。つまりは三十六で区切られた升目の消失。終わった世界。
 外観はとにかく黒い。夜の闇に酷似した深い黒さ。見ているだけ吸い込まれそうな錯覚に陥る。
 空を仰いでも果ては見えず、そのまま宇宙と繋がってさえいそうな気がした。

 現在までで消えたエリアの数は五つ。【A-1】から【A-5】まで、横に五つ。
 あと小一時間ほどで【A-6】も消えてしまうだろう。そうなれば、【A】のラインは全滅。
 続いては【6】のラインから縦に侵食が始まり、そこから【F】、そして【1】と……会場は時計回りに狭められていく。
 そして最終的には、無になって消える。それがこの世界の宿命。制限時間は三日間。これは前提とされた絶対のルール。

 それをよく捉えているからこそ、消えゆく世界の中に閉じこめられた者たちは抗うのだ。
 自分たちを包囲している『黒い壁』、そして『終わった』という結果のみを残す黒い領域――『消失したエリア』。
 終焉が近いこの環境から脱するすべは、壁の突破こそが最短の道。そう考えるしかない現状。

 実地調査にあたるのは当然として、問題は真理を見抜けるかどうか……。
 少女たちは考察する。


 ◇ ◇ ◇


「…………う~ん」
「あの、インデックスさん……? 先ほどと反応が同じみたいですけど……」
「そう? だって、感想もおんなじなんだもん。仕方がないよ」
「じゃあ、やっぱり?」
「うん。この『消失したエリア』も、中の感覚は『黒い壁』のそれとほとんど同一。同じものと考えていいだろうね」
「違いがないとするなら……攻略法も同じではある、と考えていいんですよね?」
「そうだね。その攻略法自体がまだ全然見えてこないけど……ねぇ、テッサは『結界』というものについてどれくらい知ってる?」
「私は魔術というものに関しての知識を持っていないので、イメージでの回答になってしまいますけど……」
「全然構わないんだよ。話してみて」
「そうですね……聖域、外界からの侵入を拒むもの、立ち入り禁止……つまりは壁、ですかね。どうでしょう?」
「その認識で間違いはないんだよ。結界魔術は多種多様に存在しているけど、不可侵領域を作るという部分はある程度共通してる。
 テッサ、日本文化についての知識は持ってるよね。たとえば障子や襖。身近なところだと、あれも結界の一種であると定義できる。
 日本って、本来は他国と比べても空間を仕切る意識が希薄だった国だからね。ああいったものにはそれなりの意味があるんだよ」
「この会場の作りは、日本のそれと近しいんですよね? だとしたら、結界の意味も……?」
「結界っていうものは、本来は仏教用語なんだよ。神道や古神道なんかでも同様の概念を持つものはあるけど。
 西洋魔術でも普通に使ってる言葉だったりするね。防御結界や隔離結界、あとは魔術をサポートするための認識結界なんかも。
 結界という言葉の原点は仏教だけれど、同様のものであると言える『空間に作用する魔術』はむしろこっち側で栄えたものなんだよ。
 広義の言葉としては便利だよね、結界。完全な魔術用語ってわけでもないし、こうやって会話に持ち込む分にはかなり便利かも」
「やっぱり、この世界を囲っている『黒い壁』や『消失したエリア』は、結界の一種だと言えるんでしょうか?」
「類似したもの……とまでしか言えないのが正直なところなんだよ。
 これが結界魔術の一種だと定義したとしても、私の十万三千冊の魔導書の中にそれに該当するものはないんだ。
 これだけ大規模な空間隔離、一番近いものを挙げるとなると魔術ではなくヴィルヘルミナが言ってた自在法、封絶になる。
 違う物語の話だからね。自在法についての知識は圧倒的に足りてないし、足りていたとしても該当するものが見つかるとは限らない。
 う~ん、一度ヴィルヘルミナの視点からも意見が欲しかったかな。テッサの世界の技術ではどう? こういったものを作り出せる機械とかある?」
「あー……えーっと……」


 ……………………長々。


「……それでね。この『黒い壁』や『消失したエリア』を、結界魔術や封絶等の自在法に類似したものと定義するなら、だよ?」
「はっ、はい……」
「大丈夫、テッサ? なんだか疲れてる顔してる」
「いえ、軽いカルチャーショックです。頭にはきちんと入ってるので、心配しないでください」
「そう? それじゃあ続き。これを結界に類似したものと定義するなら、問題はそれを行使している方法と、術者の存在なんだよ。
 まさか世界が消えるだなんて現象が自然の仕業だとは考えがたいよね。魔術にしても自在法にしても、術者はいて然るべきもの」
「あ、実際にエリアを消している人物は誰か……って話ですか?」
「そう。今のところ、考えられる人物なんて“人類最悪”以外にはいないんだけどね」
「彼の背後に別の人間がいる……と、そんな風にかぐわせてはいましたけど、存在が露呈しているのは一人だけですものね」
「“人類最悪”が魔術師や自在師かどうかなんてわかんないけど、裏になんらかの術者がいる可能性は高いんだよ」
「人間が行使する術式……ではなく、機械技術を応用した装置……という可能性はないのでしょうか?」
「もちろんあるよ。むしろ可能性としてはそっちのほうが高いかも。
 私の知識だけでは語るには忍びない事象だし、別の物語の技術っていうんならそのほうが納得もしやすい。
 別の物語の技術じゃないにしても、魔術効果を持つ霊装や自在式が込められた宝具って線もあるかな。
 まあ人間か機械がエリアを消しているとして、共通して考えられる事柄があるんだよ。なんだかわかる?」
「……所在地、ですか?」
「うん、そのとおり。この場合重要になってくるのは、術者、もしくは装置の居場所。
 私たちが目指すのは、『黒い壁』や『消失したエリア』の正体を突き止めた先、消えゆく世界を停止させること。
 そのためにはやっぱり、大元を絶たなきゃ問題の解決には至れない。
 だからまずは、術者か装置の所在地を突き止めなきゃいけないんだけど……テッサはどう? 心当たりはある?」
「正直なところ、皆目検討もつきません。ですが、観測的な希望を言わせてもらうとすると……『中』、ですかね」
「それには私も同意する。エリアを消している――結界を張っている術者か装置は、この会場の『中』にあると思うんだよ」


 地図を取り出し、揃って視線を落とす二人。


「『黒い壁』と『消失したエリア』が同じものだとするなら、だよ? 私たちの認識は間違ってたことになる」
「この世界は、時間経過と共に消えていっているのではなく……『結界の範囲が増えている』というのが正しい」
「そう。そして結界魔術っていうのは、基本的には自分を中心にして周囲に張り巡らせるものでもある。
 隔離が目的だって言うんなら、『外』から張るタイプの結界魔術ももちろんあるんだけど、
 それだと地図に沿って四角い升目どおりに、それも二時間ごとだなんて細かく時間を設定して領域を増やすのは困難。
 結界魔術の常識で語るなら、術者は結界の『中』に……私たちと同じで、この会場内にいる可能性が高いんだよ」
「ヴィルヘルミナさんが言っていたという、自在法だとどうなるんでしょう?」
「私も詳しく知っているわけじゃないけど、因果孤立空間を作り出す自在法、封絶も要領は同じはず。
 自分自身を起点にして、周囲一帯にドーム型の結界を張るって感じのものと私は聞いてるし解釈してるんだよ。
 これにしたって改良の余地はあるだろうし、形や方式は使う術者によりけりなんだろうけどね」
「ただ一つ疑問なのは、術者が『中』にいるのだとしたら、その人物も世界の消失に巻き込まれてしまうという点ですよね」
「そこはいろいろ考えられる部分だと思うよ。一番簡単なのは、術者じゃなくて装置で結界を作り出してるって考え方。
 仕事をやり終えたらあとは機能を停止するだけ、っていうんならあちら側にしてもさほどデメリットはないだろうし」
「それも都合のいい解釈ではあるけれど、一番簡単と言えるのは術者本人が脱出の術も持っているという考え方じゃないでしょうか?
 大前提として、この椅子取りゲームは最後に残った一人だけは生きて帰ることができる。
 なら、“人類最悪”の一派はその方法も保有していて然るべきはずです。それを握っているのが、その術者なんじゃないかと」
「私たちが一人きりになったら、その人が顔を見せて私たちを会場の外に連れて行ってくれるのかもしれないね。
 もしくは、世界の消滅自体を停止させてくれるのかも。結界を全部キャンセルしてしまうってのも大いにアリかな」
「そうなると、次なる疑問も浮上してきます。術者は『中』にいると仮定して、いったいどこに潜んでいるのか……?」
「定石としては、領域の中央。さっきも言ったけど、結界って基本的には自分や術式を引いた陣を中心にして作り出すものだから。
 ただ今回の場合はちょっと考え方を改めなきゃいけない。なにせ、この世界は時計回りに消えていってるんだからね。
 真の意味で世界の中央と言えるのは、この地図を眺めた上での中心点じゃない。最後に残るここになると思うんだよ」
「……【D-3】、ですか」
「うん。時計回りにエリアが消失していくとなると、最終的に残るのはこのエリアになるよね。
 このエリアの中心点こそが、世界の中央。術式は領域拡大における範囲の誤差も込みで行使されているのか、
 それとも実際の地形と私たちに配られた地図には多少の狂いがあるのか、あるとしたら意図的だろうけど、そこは定かじゃない」
「このエリアに置かれている『警察署』が、少し気にはなりますけど……インデックスさんの言う中心点とは微妙にずれてますね」
「どうだろう。それだって誤差の範囲内かもしれないし。けどやっぱり、怪しいのはここだよね……」
「結界を張っている術者、あるいは装置。それらが隠れている、もしくは隠されている場所……それが、【D-3】」
「手持ちの知識と論理、それに常識をフル活用して導き出した確証性のない推論だけどね」
「いいえ、推論としてはなかなか上等だと思います。調査の価値は十分にあるかと。
 距離もそう遠くはありませんし、神社に戻ったら天体観測班とは別に、調査班を編成してみましょう」
「星を見れるのは私だけだし、機械に詳しい人は他にいないみたいだし、そうなると調査班は私とテッサ以外の人になるね」
「天文台には私たちで向かわないと意味がありませんからね……須藤さんたちが首尾よく人を集めていられればいいのですけど」
「そのへんは一度戻ってみてから考え直そうよ。私としては、とうまの右手を試してみたくもあるんだけど……」


 そんな風に、世界の端で議論は交わされ……やがて、時計の針は午前11時を回った。


「……っと、そろそろ戻らないと、正午までの合流に間に合わなくなってしまいますね」
「天文台に世界の端、二つをじっくり調べるとなると、やっぱり結構な時間がかかっちゃうんだよ」
「このあたりは整備された道もないですし……山道は大変ですね。下山の際に迷わなければいいんですが」
「楽しいハイキングとはいかなかったね。っていうか……そろそろ、限界、かもなんだよ」
「限界? あ、あの……インデックスさん? なんだかぷるぷる震えてますけど……大丈夫ですか?」
「山を登るっていうのは結構な体力を消費するわけで、それ相応のカロリーはあらかじめ摂取しておかなきゃで……」
「あー……ほ、ほら! きっと須藤さんたちがなにか調達してきてくれますよ。だから、ここはもうしばらく辛抱して――」


「おなかすいたぁ――――っ! おひるごは――――ん!」


 ◇ ◇ ◇


 【お昼ごはん】

 山登りと考察の後にはおなかが空くということ。
 家に帰る頃にはお昼ごはん。
 はてさて、今日のメニューは……?




【B-1/北西部・『黒い壁』と『消失したエリア』の傍/一日目・昼】

【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:空腹
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、試召戦争のルール覚え書き@バカとテストと召喚獣、
     不明支給品0~2個、缶詰多数@現地調達
[思考・状況]
0:おーなーかーすーいーたー!
1:神社に戻る。
2:神社にて『天体観測班』を編成。午後6時を目安に天文台へと向かい、星の観測。
3:神社にて『D-3調査班』を編成。D-3エリア、特に警察署の辺りを調査する。
4:とうまの右手ならあの『黒い壁』を消せるかも? とうまってば私を放ってどこにいるのかな?
[備考]
『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。


【テレサ・テスタロッサ@フルメタル・パニック!】
[状態]:健康
[装備]:S&W M500 残弾数5/5
[道具]:予備弾15、デイパック、支給品一式、不明支給品0~1個
[思考・状況]
0:い、いい子だからもうしばらく我慢してください! あ~っ、噛み付かないで~!
1:神社に戻る。
2:神社にて『天体観測班』を編成。午後6時を目安に天文台へと向かい、星の観測。
3:神社にて『D-3調査班』を編成。D-3エリア、特に警察署の辺りを調査する。
4:メリッサ・マオの仇は討つ。直接の殺害者と主催者(?)、その双方にそれ相応の報いを受けさせる。
[備考]
『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。



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前:競ってられない三者鼎立? 次:何処へ行くの、あの日

前:『物語』の欠片集めて インデックス 次:CROSS†POINT――(交錯点)
前:『物語』の欠片集めて テレサ・テスタロッサ 次:CROSS†POINT――(交錯点)
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