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彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE) 後編

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彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE) 後編 ◆EchanS1zhg





 【Accelerator――(光速戦闘) 中編】


「どうしても思い通りにはいかないものね……全く」

半ば、廃墟のような有様と成り果てた警察署の中で、朝倉は天井に開いた大穴を見上げ大きく肩をすくめた。
天井に空いた穴は屋上まで貫通しており、室内に直接空の光景を見せることで建物というものの存在意義を破壊している。
その淵から飛び出している鉄骨はその先端がどろりと溶けており、高温の弾丸がここを通ったと想像するのは容易だった。
勿論、それは朝倉涼子が跳ね返した御坂美琴が放ったあの超電磁砲《レールガン》である。

「ふぅ……少し暑く感じるわ」

言いながら、朝倉は額に浮かんだ汗を制服の袖で拭った。
電磁砲が発射されたせいで室温があがったということもあるが、朝倉自身もオーバーヒート寸前であったりする。

《ベクトル操作》――それが朝倉が最後に計算した情報改変である。
別段、彼女にとってそれは特別難解だというものではない。
今回は跳ね返す規模が大きかったから大計算となったが式そのものは単純であり、後は負荷と効率の問題でしかない。

今回ギリギリだったのは、これは一度限りの手段で、また美琴が電磁砲を使っていなければ勝利はなかったということだ。
大前提として、電流を操作する以上、通常の電撃の槍では跳ね返したところで美琴自身には通用しない。
故に、跳ね返すとするならば警察署の壁をぶちぬいた電磁誘導による超高熱攻撃である電磁砲しか対象はなかった。
また、一度でも反射できることを覚られたら美琴は自滅の可能性のある電磁砲を使いはしなかっただろう。

「結果オーライという言葉はあるけれども、気休めにもならないわね……こんな言葉」

最後の大勝負に美琴が上手く乗ってくれて、電磁砲を使い、それを反射できる可能性は数字にするとどれくらいだったか。
会話を交わしながら算出した数字を思い出して朝倉は目を瞑り、頭をぶるぶると振った。
なにより問題だったのは電磁砲の威力だ。
美琴がこちらを思って手加減していれば、例え反射していても美琴を倒すことはできなかったろう。
逆に美琴が体力を残しており、室内であることも無視して本気の電磁砲を撃ってたら、今頃自分は蒸発していたはずである。

「――倒し損ねちゃうし」

そして、反射はしたものの、朝倉は美琴を仕留めることができなかった。
床を見下ろせばそこに夥しい量の真っ赤な血と、彼女が落としていった左腕が残されてはいるが、しかし彼女自身はいない。
そもそもとして電磁砲を反射されたのだとしたら美琴は熱と衝撃で跡形もなく吹っ飛んでいたはずなのだが、
それに加えて真横に反射された電磁砲がどうして美琴のいた場所から真上に進んでいるのか――?

「…………ごめんなさい。私のせいで、……こ、殺せなくて」

朝倉が振り返ると、そこに今回の決着を文字通り”捻じ曲げて”しまった原因が俯いて塞ぎこんでいた。
歪曲を使う、浅上藤乃である。
決着のつく瞬間。ちょうど目を覚ました彼女は視界の中にいた美琴を反射的に凶(まげ)ようとして、この結果を齎したのだ。
確かに美琴は歪曲の餌食になった。彼女としても避ける余裕はなかったらしく、一部ではあるが身体を捻じ切った。
しかし彼女に止めを刺すはずだった電磁砲もまた衝撃波諸共に曲げられてしまい、天へと打ち上げられてしまった。

結果として、美琴は左腕だけを捻られた後、衝撃波だけをくらって自分が空けた穴から警察署の外へと放り出されたらしい。
そしてその後はまんまと逃げおおせてしまった模様である。
過負荷でダウンしていた朝倉が確認しに行った時には、そこに残されていたのは僅かな血痕のみでしかなかったのだ。



「とりあえず、色々と問題が浮き彫りになったわね。私達」

朝倉はようやく回復してきた力で一気に汗を振り払うと、たった一言でその問題を的確に言い表した。

「――コンビネーションが最悪よ」




 【生き残った話――(遺棄の凝った話) 前編】


お昼過ぎののどかな街の風景の中。四角い窓の向こう側に、降参という風に両手を挙げている女性の姿があった。
どうしてか粉々に割れている窓からは風が入り込み、その女性の美しい黒髪をそよそよと揺らしている。
女性の名前はわからない。彼女は必要な時には自分のことを師匠と呼ぶように言い、実際に師匠とだけ呼ばれている。
そんな不思議な彼女は今、表情を浮かべることなくあることを思案していた。

自分の後ろから拳銃を突きつけている少年をどう処分してしまおうかと、そんな物騒なことを。



少年が背後に近づく気配を感じ取れなかったのは何故か。
師匠は窓の外へと向けていた身体を振り返り、簡素な会議室の中にも意外と死角が存在したのだと知った。
それにしても不思議な所はある。もしかしたら仲間の張った結界のせいもあるのかもしれないと彼女はちらりと考えた。

「ここであんたを止めないと、リリアにも危険が及ぶと思うから」

自分に銃を突きつけていた人物は声色どおりの少年であった。
年の頃は先程、弾丸をいくらか見舞った少年と同じくらいかも知れない。
しかしその若さの割りには銃を構える姿も堂に入っており、こちらは素人ではないようだと一目で解る。
銃を突きつけているという状態の優位性を過信してもいない。少年の顔に浮かんだ強い緊張の色が証拠だ。
師匠はその少年を冷静に見つめ、無言で相手が何者かを計る。

「両手を頭の後ろで組んで、床に膝をつくんだ」

少年の要求に対し、師匠は無言と無反応をもってそれを回答とした。
このような場合において何よりも大切な基本は、殺せる相手は殺せる時に殺してしまうことである。
例え今のような状況でなくとしてもそれは人生のほとんどの場面に当てはまる。それを知る師匠は今までそうして生きてきた。
だがしかし、目の前の少年は違う。
殺せる時に殺していない。後ろを取ったのならばそのまま撃ち殺せばよかったのに、しかし彼女はまだ生きている。
別に足を撃つだけでもよかっただろう。何か聞きたいことがあるのならば口だけ残せばよいのだから。
なのに、そうはなっていない。それが何を意味するのか師匠は知っている。おそらくは少年の方も知っているはずだ。

「……言うとおりにするんだ」

でなければ撃つぞ。とまでは言わなかったことに師匠は目の前の少年に10点の評価を与えた。
しかし、その10点という評価は1秒ごとに1点ずつ減じてゆく。そして、0点になれば師匠は動く。
目の前の敵を相手に少年がそれでも撃てないというのなら、その時拳銃は存在しないも同然だと判断できるからだ。

そして、沈黙のままに10秒が過ぎた。銃声は鳴っていない。師匠は五体満足のままで、そして――動き出した。

互いの間に置かれた距離は3メートルほどで、室内としては十分な距離を確保していたと評価できるだろう。
少年が動き出した師匠を見てから反応するまでにコンマ3秒。それから撃つかどうかを決めるのにもうコンマ6秒。
合わせて1秒にも足りない時間だったが、師匠が肉薄するには十分な時間だった。

「くっ……!」

ちょうど1秒後。師匠は左の掌底をフェイントに伸ばした右腕で少年の持っていた自動拳銃を握ることに成功していた。
さてこの次の刹那には、握られてしまった拳銃を手放してしまうかどうかの判断が少年に求められる。
自動拳銃の場合、しっかりとスライドごと握りこまれていてはトリガーをいくら引こうとも弾丸は発射されない。
ならば手放して格闘戦に移るのが常套手段ではあるが、しかしその判断を行う余裕を師匠は少年に与えなかった。



「……――げぅっ!」

少年の口から蛙を踏み潰したような気味の悪い悲鳴が零れ、透明なよだれが床にまき散らかされる。
師匠に拳銃を引っ張られ、反射的に身体が踏ん張ったところに思いっきり体重の乗った前蹴りを腹に叩き込まれたのだ。
身体が裏返るような衝撃に拳銃も手から離れてしまい、結果として少年は最悪の状態で床の上へと無様に転がることとなった。

「――――――――」

唾を飲み込んで咽てしまわないよう、あえて息を殺したまま少年は床の上を転がり体勢を整えようとする。
蹴られた勢いをそのままに受身を合わせて三回転。幸いなことに師匠からの追撃はなかった。
しかし顔を上げたところで少年の身体が絶望に強張る。

彼女は壁際まで転がっていった自分を追うでもなく、ましてや奪い取った拳銃で撃ってくるでもなく、
少年に脅されて手放した機関銃を拾いに元の位置まで戻り、もうすでにそれを手に取りこちらへと向けようとしていたのだ。

例え手痛い一撃を貰っていたとしても格闘戦にもつれこめば十分勝機はあると、少年は計算していた。
相手は自分より体躯の小さな女性であるし、拳銃を奪われたとしても罠を警戒して使わない可能性は十分にあると踏んでいた。
そして実際に、彼女は敵の手にしていた銃はすぐに放ってしまった。ここまでは頭の中にあった可能性の内だ。
後はこういう流れができればそのまま飛び掛ってくるものだと考えていた。
自分が転がって遠ざかるようにすれば、反射的に追おうとするのが自然なのに……しかし彼女はあっさりと銃を拾いに戻った。

少年に与えられた猶予はおよそ2秒ほどはあった。しかし少年はその2秒を空白で埋め尽くしてしまった。
機関銃の銃口はその間にこちらへと向いてしまっている。
今更ながらに、目だけを動かし出口の位置を確認する。たった数メートルの距離だったが、今は何十メートルにも感じられた。

機関銃を構える女性は、ことここに至っても感情を表に現すことはなく無言を貫いている。

まるで人を殺す為の機械のようだと少年は思った。感情もなく、手本のままに人を殺す、優秀な殺人者。
助かるとはもう思ってなかった。最後に残されたほんの一瞬はリリアのことで埋め尽くされる。
今更ながらに後悔。どうしてリリアの名前を口に出してしまったのか。リリアがこの女性に殺されるのだけは嫌だと思った。
どうして”必要”な時に相手を撃つことができなかったのか。命を取り置いておくことなんてできるわけないのに。
もう遅い。ずっと遅かった。遅れた分は取り返そうと走りだしてみたものの、まだどこかに余裕を残していたと――

――最後の最後の瞬間になって、ようやくそれに気づいた。



決着の瞬間。師匠の顔に怪訝な表情が浮かび――そして幾重にも重なった乾いた破裂音が部屋の中に響き渡った。





「…………………………あれ?」

10秒ほどか、それとも一分はそうしていただろうか、少年は恐る恐ると目を開き、呆けたような表情で辺りを窺った。
そしてもう10秒ほど時間を使って、どうやら自分は殺されなかったのだということをようやく理解する。
まだ耳の中に機関銃の残響音が残っているような気もしたが、部屋はがらんという静寂だけの空間に戻っていた。

「どうして殺されなかったんだ……?」

少年にはその理由が全く思い当たらなかった。
最後の最後に手心を加えられたのだろうか? そんなはずはない。少年は古泉が彼女に撃たれたところを目撃している。
もしかすれば、財宝の隠し場所を知る為に自分を泳がすのだろうか? いや、普通に痛めつけて聞き出せばいいだろう。

「とりあえず、ここを一刻も早く離れないと……」

脱力していた下半身に力を入れて少年は床の上に立ち上がる。
その時、ブーツの底と床とに挟まれたガラス片が砕けてパキリと軽い音を立てた。
振り返れば、背後にあった資料棚のガラス戸が砕けて、あたりにガラス片が散乱してしまっている。
中に入っていたファイルの束にしても被害は免れておらず、撃ちこまれた銃弾に食い千切られバラバラとなっていた。

しかし、こんな被害には何の意味もないだろう。
ただ自分がそうならなかった幸運をかみ締めるだけだと少年はまた振り返る。そして、彼は幸運の正体に気づいた。



「そうか、”君”が助けてくれたのか」



床に転がったままの拳銃を拾い、壊れていないことを確認すると、少年は壊れた窓枠から外へと飛び降りた――。




 【彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)】


「師匠ったらどこに行っちゃったのかしら……?」

一応の決着を見た美琴との一戦を終えた朝倉と浅上の二人は、いつまで経っても師匠が戻ってこないということで
階段を使って2階へと上り、片っ端から部屋を覗き込んで、行方知れず(?)となった彼女を捜していた。

「まさか……あの、さっきので師匠さんは……」
「師匠が電磁砲の”流れ弾”で? そんなこと、考えられないわよ」

口ではそう言ってみたものの、もしかしたらそういうこともありうるんじゃないかと朝倉は少し心配になる。
いくら師匠と言えども、所詮は普通に人間でしかない。
あんな、偶然に電磁砲が建物を縦に貫通するだなんてそんなアクシデントを予想できる者などいないだろう。
回避できなかったとしても不思議でないと言えばそうで、むしろだからこそ師匠はこんなことで死んでしまうのではと思える。
仮に2階にいたのが自分だったとしても、あの電磁砲は避けられなかったろうし、当たれば死んでいたに違いない。

「でも、貫通した穴の周辺にはそれらしき痕跡もなかったし……やっぱり師匠がそんなことで死ぬとは思えないわ」
「そうですよね。……そんな事故が起こるわけがないですよね」

別に宝物を探しているという訳ではないので朝倉と浅上の2人は次々と部屋を移動してゆく。
そして、扉を潜る回数が二桁に繰り上がりそうだという頃、彼女らはその部屋に師匠がいた痕跡を発見した。



「ここで戦闘があったみたい。どうやら、古泉くんが言っていた仲間という人がまだ残っていたみたいね」
「じゃあ、師匠さんは、その古泉さんの仲間と……?」

それはどうかしら? と朝倉は部屋を見渡した。
押し倒された事務机に、バラバラに転がっているパイプ椅子。割られた窓に、銃弾を打ち込まれた書類棚。
ここで戦闘があったとありありと分かる散らかぶりではあったが、しかしここには血の一滴も流れてはいなかった。

「師匠が相手を撃って外したとなると、その仲間というのも超能力者だったのかしら……?」

朝倉は銃弾を目一杯叩き込まれた書類棚に近づき、ファイルの中にめり込んだ弾丸をひとつ摘み出す。
それは間違いなく、あくまで他に同じ物を持っている人がいないという前提ではあるが、師匠の銃から出たものだった。
師匠がここで誰かに向かって引鉄を引いたということだけは紛れもない事実らしいとわかる。
さりとて、それだけでは決め手に欠けるとそこを振り向いた時、朝倉は思わぬ人物がそこにいたことに驚いた。

「……どうして、あなたが……――”長門さん”がこんなところにいるの?」



正確に言えば、そこにあったのは長門有希ではなく彼女の”生首”であった。
一見ではわからぬような形で、破壊された書類棚の向かい側にある賞状棚の中に紛れるような形で置かれていたのだ。
図書館でこれを回収してきた古泉がどういう意図でこれをここに隠していたのか、それはもう誰にもわからないし
そもそも今ここにいる朝倉と浅上はどうしてこんな所に首があるのかすらわからないが、師匠失踪の答えだけは解った。

「あー……、師匠ったら棚のガラス戸に映った長門さんの生首を見て……」
「そうか、師匠さんって……むぐっ?」
「(言ってはいけないわ。師匠がどこで聞いてるとも知れないし)」
「むぐむぐ……」

やれやれと首を振ると朝倉は窓へと近づき、ぐいと身を乗り出して駐車場の端の方へと視線を伸ばした。
そこには3人が乗ってきたパトカーがまだ止まったままで、よく見れば後部座席にカチカチに表情を固めた師匠の姿がある。
もう一度やれやれと首を振ると朝倉は浅上に師匠を見つけたと伝え、肩をすくめて大きな溜息をついた。




 ■


「さてと……、持っていったら師匠が怒りそうだし、これはここで”処理”してしまわないと」

朝倉は浅上に傍で待っているように言うと、安物のトロフィーが立ち並ぶ賞状棚から長門の首を丁寧に取り出した。
死んでから少なくとも四半日は経っているはずだが、その顔は生前とあまり変わらぬ美しさを保持している。
これは剥製だよと誰かに言われれば信じてしまいそうなくらいに、それは死体であり死体ではなかった。

「あの……それをどうするんですか?」

浅上が様子を窺いながら恐る恐るという風に尋ねてくる。
それはそうだろう。普通、死体などというものに人は興味を抱かない。嫌悪し遠ざけるのが通常の反応だ。
殺人鬼にしても、生きている者を殺すという過程や瞬間にならともかく、死体と成り果てたモノなんかに興味はもたない。

「言わなかったっけ? 私と長門さんは宇宙人なのよ。人間の”フリ”はしているのだけどね」

死体に嫌悪感を抱かないのか、それともそれを死体だと思っていないのか、朝倉は長門の首を机の上に置くと、
彼女の薄い色の髪の毛を掻き分けるように指を挿し入れ、普通であれば脳があるであろう場所を押さえながら目を瞑った。
ほどなくして、朝倉の長門の生首に触れている指先から淡い光が漏れ出してくる。

「”情報”を色々と回収しておきたいのよ。長門さんなら私よりも色々知っているはずだから――」



朝倉は自分の上司に当たるエージェントの記憶情報にアクセスしてそれを読み取ろうとする。
だがしかし、あまりそれは上手くいきそうにもなかった。
彼女が機能を停止していることは問題ではないが、やはり上位の相手である以上、こちらの権限(パスコード)が全く通じない。
しかし、どこかに――せめてここに来てからの記憶でも読めればと朝倉は情報の海の中に手を潜らせ――

「…………ぅあぐ!」

――逆に捕らわれ、その身体を振るわせた。



「(トラップ? 誰に向けて? 違う、これはコマンドワード……どうして? 私に? 長門さんは予測していた?)」


 【エージェント・PN:[長門有希] はマスターとしてスレイブである エージェント・PN:[朝倉涼子]に行動指針を与える】
 【■1_長門有希の存在をあらゆる外敵から防衛する】
 【■2_長門有希の計画を妨げる要因に警戒し、これを発見すれば直ちに排除する】
 【以上の行動指針はPN:[朝倉涼子]の中にあるなによりも優先され、それはPN:[朝倉涼子]の自己保全も例外ではない】


「(長門さんはもう死んでいるのに? 計画? この命令はいつ作られて――何がどうなって? これは、どうして?)」



「――………………ぅ」

捕らわれていた時間はどれくらいなのか。朝倉は壁に掛かった時計を見て、時間が進んでないことに安堵の息をついた。
そしてそれを確認すると、何事もなかったようにゆっくりと長門の頭から指を引き抜き、もう一度息をついた。

「……なにかわかったんですか?」
「ううん。長門さんったらガードが固くて全然」

浅上の問いかけに朝倉はそう明るく答えた――が、しかし実際はそれとは真逆で、朝倉はこれまでで一番の混乱に陥っていた。
長門が残した情報の中に自分への命令が残っていたことも随分と不可解だが、それよりも解らないことがいくつもある。

「(この長門さんは一体――誰なの?)」

彼女が、”長門有希”であることは確かだろう。しかし、朝倉が知っている長門有希ではない。
自分が消滅している間に何かがあって長門自身が変質させたと見るのが自然ではあるが、それにしても不可解だ。
まずエージェントとしての能力のほぼ全てに長門自身のロックが掛かっていた。能力だけでなく記憶の大部分に関しても同様に。

それはまるで……”長門有希自身が普通の人間として振舞おうとしているかのように”。

恐らく、自分宛への命令はここに関係すると朝倉は考える。
そしてそこからあるひとつの謎に答えが出たことを知った。つまり――”朝倉涼子を再生したのは長門有希”である。
これはもう間違いない、この舞台で行動できる分の情報を新しく付加して新しく作り出したのは彼女に違いない。

「(長門さんの”計画”……、人類最悪の”計画”……、一体、何がどうなって……)」

長門有希の情報の中で断片的に読みこめたシーンの中に、あの人類最悪と名乗る男の姿があった。
ただ彼女とあの男とが対面しているというだけであって、時間も場所も全くの不明であるが、
しかしまさかここに来てからではないと思われる。恐らくは、”これ”が始まる前に”長門有希と人類最悪は出会っている”。

「(”計画”ってなんなのよ。それがわからないと私、動けないじゃない)」

ここが明らかにおかしかった。命令はあるのに、その命令の意味が受ける朝倉にはわからないのだ。
”計画”だなんて言われても、それに該当するような情報は自身の中には見当たりやしない。

「(……何かが破綻している。けど、何が破綻しているのかすら私には解らない)」

どうやらすぐに解ける謎ではないらしいとし、朝倉は静かに息を吐いて自身を落ち着かせた。
そもそもとしてこの命令自体が、有効であるとは言え間違いの可能性もある。長門有希自身の存在にも疑問点が多い。

「(長門さん不具合を起こしちゃったのかもしれない……)」

朝倉はそれを最もありえる可能性として、第一に置き、その他の可能性を暫定的に過少評価することに決めた。
なぜならば、”それ”はどう考えてもありえないことなのだ。”そんなこと”が情報統合思念体の端末に許されるわけがない。
その存在意義を根底から覆すような”そんなこと”。それは、つまり――


――長門有希が、涼宮ハルヒの持つ”願望を実現させる能力”を奪い取っただなんてことは。




 ■


それから15分ほど後、正午の放送からすればちょうど2時間ほど経った頃。
師匠、朝倉、浅上の3人は警察署の駐車場に止めてあったパトカーの中で合流を果たしていた。

「それでね。私は一度、3人でじっくりと話し合うべきだと思うのよ」

止めてあったパトカーは未だに止まったままで、3人が次にどう行動するかを、主に朝倉の提案により決めようとしていた。

「長くても3日。短ければ次の瞬間には死別する身です。特に親睦を深める意義は感じられませんが」
「何言ってるのよ師匠。今回、私達は警察署にいた得物を仕留めようとして結局一人も殺すことができなかったのよ」
「それはあなた達の不手際でしょう。私が撃ったあの少年はもう今頃は死んでいます」
「警察署の外に出たらノーカンよ。だったら私も殺しているかもしれないし。それに師匠はひとり逃がしたじゃない」
「………………」
「怒らないで聞いてよ」
「ええまぁ、我々の協力体制に有益であり、後に私個人の利益にも繋がると判断できるならば話は聞きましょう」
「うん、それじゃあ……そうね、浅上さんは何か言いたいことないかしら? あなたにも意見する権利はあるわ」

「そうですか? ……じゃあ、私はお昼ご飯が食べたいです」

「補給と休憩をとるついでに話し合いもするというのならやぶさかではありませんね」
「私も賛成。それじゃあ次はご飯食べながら作戦会議よ」

止めてあったパトカーは、5分ほどの短い会話の後、ブロロ……とエンジン音を立てて駐車場から車道へと出て行った。




 ■


「(キョンくん。今だけは少しの間見逃してあげる)」

朝倉はハンドルを握りながら、瀕死の古泉を抱いて走り去った彼のことを少しだけ考えていた。
彼はあの電撃使いの少女から神社へと行くよう指示を受けていた。口ぶりからすれば仲間が待っているのだろう。
傷を負って逃げ出した電撃使いの少女にしても今頃は神社へと向かっているかもしれない。
だが、朝倉はそのことを師匠には伝えないし、自ら赴くつもりもなかった。

「(とりあえず、”計画”ってのが判明しないことにはね。彼や涼宮さんには手は出せないわ)」

長門有希が主導しているならキョンという少年がキーパーソンに充てられている可能性があるし、
涼宮ハルヒについては今現在どういう状態なのか把握する必要がある。
ハルヒに関してはすでに師匠と契約を交わしているからまだいいが、キョンはそうではない。故に今は追わない。

「(まずは私自身の問題を解決しないと……)」

そう思い、朝倉は少しだけ自身の内側へとその意識を向けた。
そこには先程、警察署で”食った”長門の首が情報として存在しており、現在ゆっくりと消化を進めているところだった。
どれくらいかかるか見当はつかないが、もしかすれば有益な情報を得られるかもしれない。
あいにくと長門は自身の力を封じていたので攻性情報の補給にはならず、ならばそこは有機体の作法に倣うしかない。


「あー……、なんだかすごくお腹が空いたわ。ねぇ、師匠は何が食べたい?」




【D-3/警察署付近・路上/一日目・午後】

【師匠@キノの旅】
[状態]:健康
[装備]:FN P90(35/50発)@現実、FN P90の予備弾倉(50/50x17)@現実、両儀式のナイフ@空の境界、ガソリン入りペットボトルx3
[道具]:デイパック、基本支給品、医療品、パトカーx4(-燃料x1)@現実
      金の延棒x5本@現実、千両箱x5@現地調達、掛け軸@現地調達
[思考・状況]
 基本:金目の物をありったけ集め、他の人間達を皆殺しにして生還する。
 0:食事と休息をとる。
 1:朝倉涼子を利用する。
 2:浅上藤乃を同行させることを一応承認。ただし、必要なら処分も考える。よりよい武器が手に入ったら殺す?


【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労(大)、空腹、長門有希の情報を消化中
[装備]:なし
[道具]:デイパック×4、基本支給品×4(-水×1)、軍用サイドカー@現実、人別帖@甲賀忍法帖
      シズの刀@キノの旅、蓑念鬼の棒@甲賀忍法帖、フライパン@現実、ウエディングドレス
      アキちゃんの隠し撮り写真@バカとテストと召喚獣、金の延棒x5本@現実
[思考・状況]
 基本:涼宮ハルヒを生還させるべく行動する(?)。
 0:食事と休息をとり、3人で作戦会議をする。
 1:長門有希の中にあった謎を解明する。
 2:電話を使って湊啓太に連絡を取ってみる。
 3:師匠を利用する。
 4:SOS料に見合った何かを探す。
 5:浅上藤乃を利用する。表向きは湊啓太の捜索に協力するが、利用価値がある内は見つからないほうが好ましい。
[備考]
 登場時期は「涼宮ハルヒの憂鬱」内で長門有希により消滅させられた後。
 銃器の知識や乗り物の運転スキル。施設の名前など消滅させられる以前に持っていなかった知識をもっているようです。
 長門有希(消失)の情報に触れたため混乱しています。また、その情報の中に人類最悪の姿があったのを確認しています。


【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:無痛症状態、腹部の痛み消失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
 基本:湊啓太への復讐を。
 0:食事と休息をとる。
 1:電話があればまた電話したい。
 2:朝倉涼子と師匠の二人に協力し、湊啓太への復讐を果たす。
 3:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。
 4:後のことは復讐を終えたそのときに。
[備考]
 腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。朝倉涼子の見立てでは、3日間は持ちません。
 「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。
 「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。(最後の対決のほぼ2日前)
 湊啓太がこの会場内にいると確信しました。
 そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。
 警察署内で会場の地図を確認しました。ある程度の施設の配置を知りました。



 ※
 「キャプテン・アミーゴの財宝@フルメタル・パニック!」は警察署のどこかに隠されたままになっています。




 【Accelerator――(光速戦闘) 後編】


街は交流と集合の象徴と現実であり、そこには決して同じ形同士ではない人間達が集まり寄り添う。
近づけば触れ合えるが、しかし同じ形でないが故に、そのもの同士の間には埋めることのできない隙間が存在し続け、
集まれば集まるほど、その集合体の中にまるで罅割れのようにその隙間は広がってゆく。

石ころでそうしても同じだ。街の場合もそれは変わらない。そして街の場合、そういう隙間を裏路地などと呼称する。
警察署から這う這うの体で逃げ出してきた美琴は、学園都市にだって存在する裏路地の中をひとり彷徨っていた。



目の前が真っ暗だった。多分、裏路地の中に入ってきたからだと美琴は思ったが、そのせいではないかしれなかった。
足ががくがくといって覚束ない。それは裏路地がグネグネと曲がっているせいかもしれないが、そうでないかもしれない。
頭がガンガンと痛む。裏路地に溜まった生ゴミの腐った匂いのせかもしれいけど、そうでない気もする。
身体がガタガタと震えていた。きっと裏路地には陽が入ってこないからだろう。そうでないのかもしれないが……。

吐き気も止まらないし、嫌なことばかり思いつくし、涙がボロボロ零れるし、口からはちゃんとした言葉が出てこない。
裏路地のせいかもしれない。でも多分、全部そうじゃない。全部自分のせいだった――。



捻り切られた左腕を右手で押さえ、血をばたばたと零しながら裏路地を行く美琴は、フェンスを見つけるとそこに倒れこんだ。
すぐに美琴の額の辺りでバチリと弾ける音がして、金網のフェンスがメキメキと解され、左腕へ茨のように絡みついてゆく。
ほどなくして、絡みつく針金らは左肘の上で環を作るとぎゅうと窄まりとめどなく零れ落ちていた血をせき止めた。

そのままズルズルと地面に腰を下ろすと、美琴はようやく血塗れになった右手を傷口から離した。
血塗れなのは右手だけじゃない。捻りきられた時に噴出した血は全身を紅く染めて、流れ出ていた血に太腿は真っ赤だった。
唯一血に染まっていない顔にしても今は蒼白で、明らかに流した血が多すぎたことを表している。

美琴は緩慢な動作で背負っていたデイパックを下ろすと、また緩慢な動作で中から救急箱を取り出した。
片手だけで美琴はそれを開こうとするが、ずるりと血で滑った箱は手から零れて地面へと落ちてしまう。
落ちた箱はそうしようとしてたように開きはしたが、中身はヘドロに塗れた裏路地の上へと広がってしまっていた。
それでも、美琴はそれだけは取ろうと、震える指先を地面に転がった包帯へと伸ばし――

「…………ぁ」

ようやく伸ばした指先で触れた包帯はタイヤのようにコロコロ転がると汚水の水溜りに転がり込んで灰色になってしまった。



自分は死んだと美琴はあの時思った。
まるで、あの”最強”みたいに自分の電磁砲を反射されて、コンマ1秒もないそれまでの間に色々なことを思い出した。
しかし、ギリギリのところで死は回避された。別に何をしたわけでもなく、それはただの偶然だと理解している。
だからこそ、心が死んだような気がする。

いつでも、どこでも、誰からも、何度でも、まるで都合のよいヒーローのように駆けつけてくれる”アイツ”。

その期待が叶えられなかったことが悲しいのか、それともそんなものを期待している自分に悲しくなったのか、
心身ともに混濁した今の美琴には答えがわからない。ただグルグルと気持ち悪く、悲しみが沸き続けるだけだった。
ただひとつはっきりしているのは、ここに来てそれを突きつけられ、なんども思い知らされているということ。

「(私……弱い、なぁ………………強く、なり……た………………)」



灰色の混濁に紫電は飲み込まれ、御坂美琴の意識は奈落へと落ちてゆく――。



【D-2/市街地・裏路地/一日目・午後】

【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:気絶、左腕断裂(止血)、貧血(重)、肋骨数本骨折(手当済み)、全身に擦り傷、全身打撲、全身血塗れ、靴紛失
[装備]:さらし状に巻かれた包帯(治癒力亢進の自在法つき)、ポケットにゲームセンターのコイン数枚
[道具]:デイパック、支給品一式×2、金属タンク入りの航空機燃料(100%)、ブラジャー
[思考・状況]
 基本:この事態を解決すべく動く。
 0:……………………。
 1:強くなりたい。
 2:神社へと帰る。
 3:上条当麻に会いたい(?)。

 ※
 周囲に応急手当キットの中身が散乱しています。





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