本家ロストメディアWikiからの翻訳記事ですが、中国語サイトの情報を基に大幅加筆しています。
概要
『普天樂』(Pu Tian Le(*1))は、清朝末期に作られた楽曲である。正式に採用されることはなかったが、中国の歴史上初の国歌として知られている。
長らく同じ作曲者による他の準公式国歌『華祝歌』と同一曲だと考えられてきたが、最終的に制作年も旋律も異なる別の曲だったことが証明された。
長らく同じ作曲者による他の準公式国歌『華祝歌』と同一曲だと考えられてきたが、最終的に制作年も旋律も異なる別の曲だったことが証明された。
歴史
18世紀後半から19世紀にかけて、欧州の列強諸国を中心に国民国家の統合を強めるべく国歌を制定する流れがあった。
1878年、時の駐英・駐仏清国公使だった曾紀澤は外交の場で国家を代表する曲が清にも必要だと感じ、音楽的素養のあった自ら『普天樂』を作詞作曲、宮廷に上奏した。
国歌としての採用を清朝が承諾することこそなかったものの、曾紀澤自身が国外で普及活動を行ったため、普天樂は国際的に広く認知され、演奏されていた。
1878年、時の駐英・駐仏清国公使だった曾紀澤は外交の場で国家を代表する曲が清にも必要だと感じ、音楽的素養のあった自ら『普天樂』を作詞作曲、宮廷に上奏した。
国歌としての採用を清朝が承諾することこそなかったものの、曾紀澤自身が国外で普及活動を行ったため、普天樂は国際的に広く認知され、演奏されていた。
西洋で普天樂が言及された現存最古の記録は、英The Musical Times誌の1882年10月1日号に掲載された出版告知である。この告知には普天樂の拼音表記(Poo Teën Loh)と英題(The World's Delight)、編曲者のSir Julius Benedic、そして出版元の名前が記載されていたが、楽譜と歌詞は含まれていなかった。
1890年、アメリカの有名な作曲家にして指揮者、ジョン・フィリップ・スーザが世界中の国歌と代表的な歌を集めた『National, Patriotic and Typical Airs of All Lands』を編集・出版した。この曲集には中国を代表する曲として民謡の『茉莉花』と『The World's Delight』、すなわち普天樂が収録されていた。
1890年、アメリカの有名な作曲家にして指揮者、ジョン・フィリップ・スーザが世界中の国歌と代表的な歌を集めた『National, Patriotic and Typical Airs of All Lands』を編集・出版した。この曲集には中国を代表する曲として民謡の『茉莉花』と『The World's Delight』、すなわち普天樂が収録されていた。
曾紀澤は1883年にもう一つの準公式国歌として『華祝歌』も手がけている。この曲は1884年ロンドン万国衛生博覧会にて「中国国歌」として紹介された。帰国後、曾紀澤はこの曲も宮廷に上奏したが、やはり承認されることはなかった。
曾紀澤が亡くなって6年後の1896年、北洋大臣の李鴻章がロシアでの式典に出席するにあたり必要に迫られたため、急遽同行者に命じて古い旋律に詞をつけさせ、間に合わせの国歌とした。この曲は李鴻章の名前をとって『李中堂樂』と呼ばれるようになったが、普天樂と違って国際的な知名度は得られなかった。
こうした事がありながら清朝は国歌の必要性をあまり真剣に捉えておらず、初の公式国歌として『鞏金甌』を採用したのは1911年、普天樂が作られてから実に33年後のことだった。そして制定のわずか6日後に辛亥革命が勃発、清朝は崩壊を迎えた。
発見状況
普天樂は1980年代に音楽史家の廖輔叔が初めて言及するまで、中国では忘れ去られていた。廖輔叔はこの曲を「中国最古の国歌」と評すると同時に、楽譜が全く見つからないことを嘆いた。
曾紀澤の日記には華祝歌の名前が度々出てくる一方で、普天樂は全く触れられていなかったため、長らく普天樂=華祝歌だと考えられてきたが、研究により別個の曲であることが確認された。
1980年代以前の普天樂の録音として唯一知られているものはビクター・ミリタリー・バンド(*2)による1914年9月18日の演奏である。このレコードは現在も入手可能だが、インストゥルメンタルのみとなっている。
この録音と楽譜の存在は確認されたものの、依然として歌詞は散逸しており、唯一の現存部分として流布されているのが以下の一節である。
一統舊江山、亞細亞文明古國四千年、最可嘆、猶太、印度與波蘭、亡國恨、談之心寒
訳:古き土地を統一し、四千年にわたるアジアの古代文明を築き上げた。最も嘆かわしいのは、ユダヤ、インド、ポーランドだ。国を征服された恨み、話すだけでも心が凍る。
この一節は当時の清が置かれていた苦境をローマ帝国のエルサレム包囲戦、イギリスのインド征服、オーストリア、ドイツ、ロシアによるポーランド・リトアニア連邦の分割になぞらえていると考えられ、曲の全容が当時進行中だった「百年國恥(*3)」に焦点を当てた、民族主義的な色彩が強いものだった可能性を示唆する。
その一方で、一部の中国語メディアは国歌としては奇妙な歌詞だと指摘している。
国歌というよりは、国の滅亡を暗示する歌のようだ。
概ね、歌詞は壮大さに欠け、偉大な我が国の雰囲気に相応しくないという意見が多い。以下がその歌詞である。(中略)
確かにちょっと変だ。自分の国のことなのに、なぜポーランドとユダヤ人の話を持ち出すのか?
参考までに『華祝歌』は歌詞が現存するが、皇帝を讃え清の末永い繁栄を願う、ストレートに明るい内容となっている。
聖天子、奄有神州、聲威震五洲、德澤敷於九有;
延國祚、天長地久、和祥臻富庶、百穀盡有秋;
比五帝、邁夏商周、梯山航海、萬國獻厥共球。
実際のところ、先の一節は『君が代』をベースに作詞された『一統舊江山』という曲の歌詞である可能性が高い。
ネット上で確認できる一統舊江山の歌詞は以下の通り。
一統舊江山、亞細亞文明古國四千年、最可嘆、猶太、印度與波蘭、亡國史、讀之心寒
訳:(前略)国を征服された歴史、読むだけでも心が凍る。
漢字一文字=ひらがな一文字として変換すると君が代の歌詞と字数が一致することが分かる。
ところがこの一統舊江山も謎の多い曲で、(検索でヒットする限りでは)充分な情報を見つけるのは困難である。
1947年出版の書籍『連合国歌集』では「清朝末期に君が代を借用した国歌が作られ、式典などで歌われた」との説明がなされている一方、中国新聞網の記事では思想家らが作った「国歌に似た愛国歌」と同列に紹介されている。また、当該記事では一統舊江山の作詞者が書かれていないことから、作詞者は判明していないものと思われる。
1947年出版の書籍『連合国歌集』では「清朝末期に君が代を借用した国歌が作られ、式典などで歌われた」との説明がなされている一方、中国新聞網の記事では思想家らが作った「国歌に似た愛国歌」と同列に紹介されている。また、当該記事では一統舊江山の作詞者が書かれていないことから、作詞者は判明していないものと思われる。
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メディアギャラリー
National, Patriotic and Typical Airs of All Landsより

1914年の録音

1914年の録音
外部リンク
- Pu Tian Yue (lost lyrics for unofficial national anthem of China; 1878-1896)
- 澎湃新闻-华祝歌、李中堂乐……清朝那些不为人知的半官方国歌
- 中国新聞網-中国近代国歌演变:最早的国歌可追溯到清末(图) 君が代を借用した歌として『一統舊江山』に言及。
- Wikimedia Commons-聯合國歌集 連合国国歌とそれにまつわる話をまとめた1947年出版の書籍。15ページ(PDF上の18p)にて、君が代をベースにした曲の歌詞として「一統舊江山、亞細亞文明古國四千年…」が記載されている。
- flickrユーザーWilson Lin氏の投稿 『一統舊江山』の歌詞入り楽譜の写真。書籍に掲載されたものと思われるが、出典不明。
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