殺し合い開始より、一年前。
毒々しいネオン、吉原を意識したのか、日本家屋風の外観。
利用者は、此処を『娼館』と呼んでいる。
繁華街の風俗店とは違う。完全な会員制であり、魔法少女ですら、その存在に気づけない。
利用者は、此処を『娼館』と呼んでいる。
繁華街の風俗店とは違う。完全な会員制であり、魔法少女ですら、その存在に気づけない。
「それでも、ただの売春宿なら良かったんだけどねェ~」
店の前に停まった、黒いリムジン。
黒服の男たちがドアを開くと、現れたのは高級スーツに身を包み、スラックスと赤いネクタイを締めた、長身の女だった。
肩まで伸びる真っ赤な髪が、風に吹かれて揺れる。
黒服の男たちがドアを開くと、現れたのは高級スーツに身を包み、スラックスと赤いネクタイを締めた、長身の女だった。
肩まで伸びる真っ赤な髪が、風に吹かれて揺れる。
「娼婦を使った暗殺業まで手を出しちゃあ、さすがに糧鮴(こっち)も黙認はできんよォ……」
女の名は、蟹魔万(かにままん)といった。
無法地帯糧鮴の顔役であり、多方面に影響を持つ。
もう一つの顔は、ガンマンの魔法少女、デッドマンズ・ハンド。
糧鮴の最終暴力装置である。
無法地帯糧鮴の顔役であり、多方面に影響を持つ。
もう一つの顔は、ガンマンの魔法少女、デッドマンズ・ハンド。
糧鮴の最終暴力装置である。
「姐さん」
と、彼女の後ろに控える黒服たちが声をかける。
「見せしめに、向こうの幹部半分ばかり殺しちまいやすかい?」
「おいおい、血の気が多いねェ。駄目だよ戦争は。今日はあくまで話し合い。ね?
おいちゃん、喧嘩弱いからさ~」
おいちゃん、喧嘩弱いからさ~」
どの口が……と黒服たちが顔を見合わせる。
10年程前、突如糧鮴に現れたハンドは、糧鮴で最も危険と目されていた組織を皆殺しにした。幹部だけでなく末端まで、看板を利用していた未成年のグループまで、一切の容赦なく。
徹底的な見せしめ。恐怖政治により、糧鮴の治安は劇的に向上した。
糧鮴の男たちは誰もがハンドを慕い、誰もが恐れている。
10年程前、突如糧鮴に現れたハンドは、糧鮴で最も危険と目されていた組織を皆殺しにした。幹部だけでなく末端まで、看板を利用していた未成年のグループまで、一切の容赦なく。
徹底的な見せしめ。恐怖政治により、糧鮴の治安は劇的に向上した。
糧鮴の男たちは誰もがハンドを慕い、誰もが恐れている。
武装した黒服を引き連れ、万は入り口へと向かう。
二十八とは思えない貫禄だと、後ろを歩く男たちは思った。
変身していない以上、不意打ちは通用する——と考えるのは間違いである。
そうやって彼女を暗殺しようとし、皆失敗してきた。
実はとっくに変身しており、コスチュームの上からスーツを着ていた……なんてことをハンドは平然と行う。
手段を択ばない超人。大人の悪辣さと、魔法少女のでたらめさを併せ持った、怪物。
二十八とは思えない貫禄だと、後ろを歩く男たちは思った。
変身していない以上、不意打ちは通用する——と考えるのは間違いである。
そうやって彼女を暗殺しようとし、皆失敗してきた。
実はとっくに変身しており、コスチュームの上からスーツを着ていた……なんてことをハンドは平然と行う。
手段を択ばない超人。大人の悪辣さと、魔法少女のでたらめさを併せ持った、怪物。
「邪魔するよォ~」
無造作に、木製のドアを開ける。
途端に、淫靡な匂いが飛来した。
男たちは淫気に当てられ、たじろぐ。
何人かの男は、万の後ろ姿に欲情を隠し切れず、鼻息が荒くなった。
途端に、淫靡な匂いが飛来した。
男たちは淫気に当てられ、たじろぐ。
何人かの男は、万の後ろ姿に欲情を隠し切れず、鼻息が荒くなった。
「んー、妙だねェ~」
淫靡な空気の中、万は平静だった。彼女は小首を傾げ、訝しんでいる。
訝しみながらも、大股で木張りの廊下を進んでいく。
訝しみながらも、大股で木張りの廊下を進んでいく。
「あ、姐さん、待ってください……」
「どうして誰も出てこないんだろうねェ~、おいちゃん、気になるなァ……」
すぅ、と万は目を細めた。
瞬間、彼女の恰好がスーツから、ガンマン風のコスチュームへと変化する。
臨戦態勢に入った……と後ろの男たちもそれぞれ武器を構える。
瞬間、彼女の恰好がスーツから、ガンマン風のコスチュームへと変化する。
臨戦態勢に入った……と後ろの男たちもそれぞれ武器を構える。
たかが娼館、と侮る者は居ない。
娼婦を利用した暗殺で、既に糧鮴の重役が三人、命を落としているのだ。
武装組織と言っても過言ではない。
娼婦を利用した暗殺で、既に糧鮴の重役が三人、命を落としているのだ。
武装組織と言っても過言ではない。
「ん~」
ハンドは、個室の一つに近づき、ゆっくりとドアを開ける。
左腕は、ホルスターに伸びている。
四畳半程のプレイルーム。その中で——ホスト風の男が、倒れている。
ハンドは、男を転がした。
左腕は、ホルスターに伸びている。
四畳半程のプレイルーム。その中で——ホスト風の男が、倒れている。
ハンドは、男を転がした。
「……あー、詰んだかも」
ハンドは苦笑した。
男の顔を見て、この娼館で起きたことを、察したのだ。
男の顔を見て、この娼館で起きたことを、察したのだ。
「姐さん……こっちの部屋には女がいやしたぜ。
えらく怯えてるがな」
えらく怯えてるがな」
「姐さん、こっちの部屋には客もいやした。
どうも混乱してるみてーだが……」
どうも混乱してるみてーだが……」
「あ、本当?
焦ったー、『無差別』だったら死んでたわ」
焦ったー、『無差別』だったら死んでたわ」
「どういうことですかい?」
「まぁ、色々調べてみないとねェ~。
一つ言えるのは、戦争は起きないってこと。
此処は——もう終わっている」
一つ言えるのは、戦争は起きないってこと。
此処は——もう終わっている」
結局、娼館には娼婦と、利用客しか——生存者は居なかった。
娼館を取り仕切っていた男たちは——皆、息絶えている。
娼館を取り仕切っていた男たちは——皆、息絶えている。
「姐さん、監視カメラの映像、用意できました」
「よぉーし、じゃあ再生しちゃって~」
モニタールームで、ハンドと男たちはここで何が起きたかを確かめる。
だが、映し出されるものに、薄々ハンドは予想がついているのだった。
だが、映し出されるものに、薄々ハンドは予想がついているのだった。
◇
現在、繁華街。
「ん……?」
と、ブレイズドラゴンは掌を見た。
桐生の娘を絶招で殺した。
その際、身体に違和感を覚えた。
気による緊急蘇生で大幅に魔力を消費した弊害か。
否、それとは違う。
魔力消費による疲労とはまた異質な……。
桐生の娘を絶招で殺した。
その際、身体に違和感を覚えた。
気による緊急蘇生で大幅に魔力を消費した弊害か。
否、それとは違う。
魔力消費による疲労とはまた異質な……。
「なんじゃ……?」
こぽり、と口内で気泡が弾ける。
不可思議な状態に、ブレイズドラゴンは思案し——。
不可思議な状態に、ブレイズドラゴンは思案し——。
瞬間、口から大量の血を吐いた。
「な、に……!?」
ボディースーツを血で真っ赤に汚しながら、ブレイズドラゴンは唸った。
「馬鹿な、いつの間に……何故儂が気づかん……?
これは——」
これは——」
毒、である。
プアは、倒れている。
ブレイズドラゴンから受けた攻撃は、致命傷ではない。
重大なダメージを与え、放っておけば死亡するが、即死するわけではない。
まだ、意識はある。
だが、その意識は酩酊していた。
既にプアの意識は現在ではなく、過去に飛んでいる。
ミア/プアという名前を貰う前。
あの、地獄を抜け出した日。
着の身着のままの恰好で街を彷徨い、宮島祐樹と出会った時のことを。
ブレイズドラゴンから受けた攻撃は、致命傷ではない。
重大なダメージを与え、放っておけば死亡するが、即死するわけではない。
まだ、意識はある。
だが、その意識は酩酊していた。
既にプアの意識は現在ではなく、過去に飛んでいる。
ミア/プアという名前を貰う前。
あの、地獄を抜け出した日。
着の身着のままの恰好で街を彷徨い、宮島祐樹と出会った時のことを。
小学生である祐樹に、プアは娼館のことを話せなかった。
悪い奴に捕まっていて、何とか逃げ出してきた、相手は超常的な力を持っていて、警察では捕まえることが出来ない。
魔法少女の力を見せながらそうやって説明し、祐樹は素直に納得してくれた。
——そう、間違ったことは言っていない。娼館を取り仕切っていた魔法少女、ボムシェルは確かに超常的な力を持っていたし、警察で捕まえることは不可能だったからだ。
悪い奴に捕まっていて、何とか逃げ出してきた、相手は超常的な力を持っていて、警察では捕まえることが出来ない。
魔法少女の力を見せながらそうやって説明し、祐樹は素直に納得してくれた。
——そう、間違ったことは言っていない。娼館を取り仕切っていた魔法少女、ボムシェルは確かに超常的な力を持っていたし、警察で捕まえることは不可能だったからだ。
「分かった。追手から匿ってあげる」
祐樹はそう言って、屈託なく笑った。
プアは、心が痛かった。
プアは、心が痛かった。
追手は、来ない。
逃げる時に、娼館の管理者たちは——皆殺しにしている。
逃げる時に、娼館の管理者たちは——皆殺しにしている。
だからこそ、宮島家に居候できた。彼らを脅かす悪人は現れないと考えたからだ。
殺し合いが開始してすぐに宮島家を出たのも、それが理由であった。
ボムシェルは、他者を支配する能力を持っていた。もしプアが生来の魔法少女であったなら、彼女はボムシェルにマインドコントロールされていただろう。
事実、娼館にはボムシェルに感情を支配された魔法少女が何人も居た。
事実、娼館にはボムシェルに感情を支配された魔法少女が何人も居た。
プアは、ただの娼婦だった。
祐樹と同じくらいの歳の頃に売られ、ずっと闇の中で生きてきた。
娼館でも、一奴隷として、暗殺者でも無ければ金蔓向けの高級娼婦でもない、最下級の者として酷使されていた。
だから、プアが十六歳という本来魔法少女には覚醒しない年齢で覚醒したとき、ボムシェルはそのことに気づかなかった。
気づいていれば、百戦錬磨の彼女は、きっとプアを始末できていただろう。
祐樹と同じくらいの歳の頃に売られ、ずっと闇の中で生きてきた。
娼館でも、一奴隷として、暗殺者でも無ければ金蔓向けの高級娼婦でもない、最下級の者として酷使されていた。
だから、プアが十六歳という本来魔法少女には覚醒しない年齢で覚醒したとき、ボムシェルはそのことに気づかなかった。
気づいていれば、百戦錬磨の彼女は、きっとプアを始末できていただろう。
その機会は、永久に訪れなかった。
魔法とは、あらゆる理屈を踏み越える。
碌な知識も無かったプアは、それでも此処を抜け出せる方法を魔法に頼った。
あらゆる知識を無視し、『プアが娼館から出られる魔法』は、実行された。
魔法とは、あらゆる理屈を踏み越える。
碌な知識も無かったプアは、それでも此処を抜け出せる方法を魔法に頼った。
あらゆる知識を無視し、『プアが娼館から出られる魔法』は、実行された。
——対魔法少女用の、猛毒。
無臭、無色、魔力感知にも引っかからず。
対象のみを確殺する、猛毒。
対象のみを確殺する、猛毒。
代償に、プアは一年間薬漬けに酷似したダメージを心身に負うことになったが。
その猛毒を、刺された際にブレイズドラゴンに付与していた。
半ば無意識の行動だった。
極度の酩酊に悩まされ、ようやく自分が攻撃をしたと気づいたくらいだ。
半ば無意識の行動だった。
極度の酩酊に悩まされ、ようやく自分が攻撃をしたと気づいたくらいだ。
無意識であったが故に、ブレイズドラゴンはプアの攻撃に気づかず。
制限下にあったゆえに、体内に残った猛毒に気づかず。
そして、発現した際には、気による回復では追いつかぬ程、ブレイズドラゴンの身体を蝕んでいた。
制限下にあったゆえに、体内に残った猛毒に気づかず。
そして、発現した際には、気による回復では追いつかぬ程、ブレイズドラゴンの身体を蝕んでいた。
ウェンディゴの魔法により、この場の誰もが死にやすくなっている。
もし、プアが化学物質や毒を精製し、ブレイズドラゴンにぶつける一幕があれば、彼女はプアの毒物攻撃を最大限警戒し、しかるべき対処をしていただろう。
もし、プアが化学物質や毒を精製し、ブレイズドラゴンにぶつける一幕があれば、彼女はプアの毒物攻撃を最大限警戒し、しかるべき対処をしていただろう。
偶々、一番近くにいたプアを攻撃した。
その意図は、他の魔法少女を本気にさせるため。
その意図は、他の魔法少女を本気にさせるため。
プアでなくても、良かった。
偶然にも、最初に攻撃したのがプアであり——その時点で、ブレイズドラゴンの死は確定していたのだろう。
偶然にも、最初に攻撃したのがプアであり——その時点で、ブレイズドラゴンの死は確定していたのだろう。
体をくの字に曲げ、血を吐く。
気を総動員しても、間に合わない。中和できない。
高名な拳法家、李書文の死因は、一説によると毒殺であるという。
気を総動員しても、間に合わない。中和できない。
高名な拳法家、李書文の死因は、一説によると毒殺であるという。
「か、カカカッ! 見事なり、毒遣いの娘よッ!」
血だまりを作る程の血を吐き、目から、鼻から、耳から出血しながら、ブレイズドラゴンは高らかに笑った。
「殺し合いは、やはりこうでなくてはッ! 面白くなってきたッ!」
ブレイズドラゴンは、ボディースーツを引き千切り、鍛え上げられた裸身を晒した。
そして、自らの肺に拳を当て。
そして、自らの肺に拳を当て。
「絶招——!」
血の霧が周囲を撒かれた。
毛穴から放出された毒素が、アスファルトを濡らしていく。
毛穴から放出された毒素が、アスファルトを濡らしていく。
体内に留まり続ければ、ブレイズドラゴンを殺せたであろう。
だが、体外に放出してしまえば、その限りではない。
だが、体外に放出してしまえば、その限りではない。
「カカカ、惜しかったのう!」
「——服を脱いだな」
どぅるん、と刃が震動する。
「えっちなのは許さないよ」
断罪の刃が、ブレイズドラゴンに振り下ろされる。
ブレイズドラゴンは、冷静に回避を選択した。
ハニーハントの放つ攻撃が、今までとは比較にならない、とてつもない殺傷力を秘めていると読んだからだ。
例え大幅に魔力を消費し、今しがた毒素で死の淵まで追い詰められようと、ブレイズドラゴンは超一流の憲法家である。
素人の攻撃は、余裕で回避を。
ハニーハントの放つ攻撃が、今までとは比較にならない、とてつもない殺傷力を秘めていると読んだからだ。
例え大幅に魔力を消費し、今しがた毒素で死の淵まで追い詰められようと、ブレイズドラゴンは超一流の憲法家である。
素人の攻撃は、余裕で回避を。
ぐいっ、とその体が引っ張られた。
「ネコサンダーの、仇だ」
クリックベイトの糸が、ブレイズドラゴンの態勢を崩す。
その状態からでも、しかしブレイズドラゴンは絶招をハニーハントへ向けて撃とうとして——拳ごと、チェーンソーに切り裂かれた。
「——死刑」
ブレイズドラゴンの命脈が、断たれた瞬間であった。