戦場の小さな発明たち

(投稿者:神父)


「……見事に、完治しておりますな」

年老いた主治医が、これ以上ないほど言いにくそうに呟いた。

「だから言ったろう、一ヶ月より先に退院すると」

それまで傷だらけの裸体を曝しておとなしく診察を受けていたイェリコは薄い胸をそらし、満足げに言い放った。
隊員として立ち会っていたロッサが肩をすくめる。

「それ、私が言ったんじゃなかった? しかも内容は脱走―――」
「ええい余計な事は言わんでいい。ともかく二週間で完治したんだぞ、ちょっとした記録じゃないか」

先ほど主治医が言ったように、イェリコの負傷は完治していた―――全治一ヶ月のところを、その半分のわずか二週間で。

「そのうち技術部かEARTHあたりの連中が大挙して押し寄せてくるんじゃないかしら。あなたの身体、どう考えてもおかしいわよ」
「この程度、大した事もあるまい。そんな事より早いところ出撃したいものだ……が、例の新装備はあと半月後ときた。困ったものだ」
「新装備? 何それ、初めて聞いたわよ。もしかして、飛行場で山のように武器を積み上げていたのはそれで?」
「何!?」

ヘッドボードに寄りかかっていたイェリコが勢いよく身を起こした。
ロッサがぎょっとして身を引いたが、彼女はそれに気がつく様子もなく立て続けに訊ねた。

「飛行場だと? 積み上げていたとはどんな武器だ? その武器で一体何をしていたかわかるか?」
「ちょ、ちょっと、そんなにいっぺんに聞かれても答えられるわけないじゃないの」
「貴様には修行が足りん、修行が。……まあいい、飛行場にいけばわかる事だ」

言うが早いかイェリコは新調した飛行服に着替え、これまた新造されたチタン製義足を取り付け始めた。
それまで装着していた義足はプレス鋼鈑の規格品だったのだが、彼女が新品を要求したところ、皇帝が即座に特注品を用意したのだ。
MAIDを愛する皇帝ならでは……と言うべきだろうが、実のところ最新鋭の技術であるチタン加工の実践という目的もある。
彼女に実地で使わせてみて、何か問題がないかを検証しようというのだ。
ちなみに機械義足を白竜工業に作らせようという案もあったのだが、高精度な製品は壊れやすい上にコストが引き合わない、という意見によって立ち消えとなった。
彼らは零細の町工場であるために、費用対効果という面での競争力はないに等しい。兵器とはただ紙の上での性能が高ければよいというものではないのだ。
そもそもイェリコの義足は本来、機械義足ですらない。彼女にとって、義足とは強度さえあれば動こうが動くまいがどうでもいいものだった。
……実際のところ、彼女の義足の扱いは言語道断のとんでもないもので、最低限のクリーニングすらせずに泥と砂塵にまみれた戦線を走り続け、
構造強度を無視した急降下飛び蹴り―――としか表現のしようがない―――を日常茶飯とするような顧客は白竜側も望まないだろうとする危惧もあった。

「で、退院許可を待ってる暇がないから私に手続きを代われって言うんでしょ?」
「ほう、流石、わかってるな」
「まあね。じゃ、いってらっしゃい。私も後で見に行かせてもらうわ」

ロッサがひらひらと手を振り、病室の窓から飛び出したイェリコの背中を見送った。
それまで肩を落として沈黙していた主治医が目をむいて「なんと!?」と叫んだが、ロッサはまったく落ち着いたものだった。
ちなみにこの病室は建物の四階にあり、イェリコは飛行に不可欠な義翼を持たずに飛び降りた。そもそも義翼は病室まで送られていない。

「見物などしている暇があったら出撃せんか、馬鹿者!」

眼下12mほどの距離から罵声が届き、ロッサはのんびりと窓際に歩み寄った。
下を見ると、正門へ回る手間を惜しんだイェリコが三段跳びの要領で病院の塀を飛び越えたところだった。

「本当に元気ねえ。半月前はあんなにがっくり来てたのに。……多少元気がない方がよかったんだけど」

主治医は彼女の不謹慎な独り言を咎めようともせず、ただうなだれ、力なく首を振っていた。



SS本部には飛行場と滑走路の他、簡単な射爆場が併設されている。航空機や戦車による本格的な演習に使うわけではない。
MAIDが使う武器の威力は大抵の歩兵火器よりも上であり、普通の射撃演習場では危険があるためにスペースを広く取ってあるのだ。
その射爆場に、雑多な武器───と呼んでいいのかどうか怪しいものも含め───が積み上げられていた。
ハヴとシャムレットが副隊長のゼッケを前にあれやこれやと文句を垂れている。

「……で、そんなわけでこんな日中からひと風呂浴びる事になって」
「あいつらトマトと卵なんてベタなもん投げつけてきたんだよ? ひどくない?」
「食べ物を投げるなんてもったいないわ、本当」

二人を前に、ゼッケはいささか困惑していた───無理もない。
ハヴはいまだに斗国語の単語を修得しきっていないおかげで発言が要領を得ず、
シャムレットはそもそも頭の中身からして要領を得ないのではないかと彼女は思っていた。

ともかく何故か湯上りのさっぱりした顔で滑走路をうろついていた二人を捕まえて問いただしてみたところ、なんでも食堂で兵士とひと悶着起こしたらしい。
順を追って説明すると以下のようになる。
昼食を終えたハヴが空腹に耐えかねて厨房から適当な食べ物を失敬しようとしたところ、シャムレットが好奇心からそれについてきた。
当然の事ながら、二人は料理長に見つかった。
ここからが問題なのだが───料理長はシャムレットの姿を認めるや否や、「動物は出て行け」と怒鳴ったというのだ。
もちろんシャムレットは怒った。が、興奮して耳と尻尾を飛び出させたのがまずかった。
厨房にいたほかの人々がやってきて、「猫毛なんて冗談じゃない」「ノミを撒き散らすな」と口々に叫び、手当たり次第に食材を投げつけた。
そして、ハヴがトマトの直撃を顔面に受けたところで二人は逃げ出した。……ハヴによると、そのトマトはとても甘く美味だったそうである。

ゼッケは眉間を揉み、そもそも厨房に入り込んで食い物を失敬しようとは何事かと頭ごなしに叱りつけたくなるのを押さえた。
何せハヴは彼女より二年ほど年上だし、シャムレットも同年生まれなのだ。あまり強くは出られない。

「……まあ、厨房は清潔が第一だからな。その翼では仕方なかろう」
「ぶー。ノミなんているわけないのに。ゼッケもあいつらの肩を持つのぉ?」
「ねえ、副隊長。もしかして何か食べるものを持ってたりは……」

ゼッケはほとんど反射的にポケットから粒チョコレートの缶を取り出し、ハヴの手がひったくるに任せた。
ハヴと一緒にいるといつもこうなのだ。元々あまり甘いものが好きでなくて良かったと、ゼッケは心底から思っていた。……そのまま話を続ける。

「いや。そもそも亜人は少数人種だし、我々はMAIDだ。人々に好意的に接してもらえるなどと期待するべきではない。
 ……肩を持つ、持たないの問題ではない。これは我々が生きている時代の問題なのだ」
「うーん? ……よくわかんないや。とりあえず厨房に入らなければいいんでしょ?」
「まあ、細かい事を抜きにすれば、そういう事になるな。……ところで、暇か? 時間があるならば、少し手伝っていってもらいたいのだがな」
「なぁに?」
「何なの?」

二人が同時に聞き返した。どこも似ていないように見えるが、これで案外似合いなのかもしれない。
ともかく、ゼッケは腕を振って武器の山を示した。

「これの試験だ。いや、試験と言うには若干いい加減だが……要するに、ここにある武器すべてについて、使い勝手がどうなのか、判断してもらいたい」
「全部って……全部? あの、ここに山になってるこれ全部?」
「ああ、そうだ。私だけでは間に合わん。こんな時にノインの奴は一体どこをほっつき歩いているのやら……」
「……なんか面白そう!」

と、新しいものがあるとすぐに飛びつこうとするシャムレットが武器の山を掘り返し始めた。
本当に様々な武器がある……これらすべてがSS技術部の試作品なのだから、彼らの暇さ加減が知れようというものだ。

「何これ……わ、重っ!」

シャムレットが木箱に納められていた何かを引っ張り出した。それは見たところ対G地雷を連結したもののようで、片端に鋼製のグリップがついていた。
木箱には「KMi44 KettenMine」という字がステンシルで大きく書き込まれている。

連鎖( ケッテン )……地雷( ミイネ )? 使い方は……えーとぉ」

連結された地雷をずるずると射爆場の中へと引っ張り込み、シャムレットは移動標的のあるラインへ入った。
ゼッケがその背中に声をかける。

「いきなり動目標か? まあいい、スイッチを入れるぞ」
「はぁい。えっと、安全ピンを抜いて……」

若干おぼつかない手つきでシャムレットがグリップに差し込まれていたピンを引き抜き、レヴァーを握り込んだ。
後はグリップを放せば、時限信管が作動する仕掛けになっている。つまり、このわけのわからない武器は投げて使うのだ。
移動標的がシャムレットの方へじりじりと近づき始めた。

「さぁ来ーい! 戦い方をぉ、教えてやるぅ!」

……ゼッケにもハヴにも意味のわからない掛け声とともに、シャムレットは勢いよくKMi44を放り投げた。
実に120kg近い巨大鉄鎖を投げ飛ばせるのは、彼女がMAIDだからに他ならない。とはいえ、彼女にとっても限界に近い重量だ。
鉄鎖は丸太を束ねた移動標的に絡みつき、半秒の後、炸裂した。

「にゃっ!?」
「きゃあ!?」
「ぬおう!?」

三者三様に驚きの声を上げる。ゼッケは無闇やたらとじじむさい声を上げてしまった事に気づいたが、幸い、他の二人には聞こえなかったらしい。
間近で炸裂を体感したシャムレットがゼッケに抗議した。

「ちょ、あれ、あんな危ないものだなんて聞いてないよぅ!」
「いや、すまん、私もあれほどの威力だとは思わなかった」
「お……驚いてチョコレート落としちゃった……」

泣きそうな顔をしているハヴは当然のように無視された。どの道、これ以上食べ物など誰も持ち合わせていない。
……もうもうたる硝煙が晴れると、そこにはずたずたになった丸太の成れの果てが散乱していた。

タンカーか、否、ヨロイモグラ相手でも一撃で殺れそうだな。大した威力だ……」

ゼッケが顎に手を当てて考え込む。と、そこに背後から声がかかった。

「ほう、君たち、精が出るな。それは我々の……ま、そこそこの作なんだが」

痩せぎすで長身の、SS制服の上に白衣を羽織った技術士官が彼らの後ろに立っていた。
いつから見ていたのか、三人とも気づかなかった。そのくらい存在感が希薄な、影のような人物に見えた。
階級章を見たゼッケが慌てて敬礼する。

「ジークハイル、技術大尉殿。ええと……確か、マイネッケ大尉……で?」
「正解、ブルクハルト・マイネッケだ。ハヴ、シャムレット、君たちも覚えておいてくれたまえ」
「はあ、マイネッケ大尉……ですか」
「ブルクハルト……じゃあブルちゃんでどぉ?」

初対面のシャムレットが提案した突拍子もないあだ名にブルクハルトは一瞬顔を引きつらせたが、にやりと笑った。

「実に独創的だな、君。だがまあ遠慮しておこう……ところで、先ほどのKMi44はどうかね?」
「うぅん……重い」

当然だ。重量120kgなど、MAIDの武器としてもいささか巨大すぎると言うしかない。

「予想通りの答えだな。他には?」
「あれほど重くて隙を曝すのに、一度しか使えないのはどうかと思いますけど……」

遠慮がちに切り出したのはハヴだった。
重心の関係から全身を使って投げる必要があるために、ほとんどKMi44に振り回される格好になるのだ。

「確かにそうだな。あれを敵前まで引きずっていく労力を考えると、いささか徒労を感じずにはいられまい。……あれは過大火力気味でな」
「連結数を減らしてはいかがか?」

これはゼッケだ。十三基もの地雷を連結してあるのだから重くなるのは当然、というわけだ。
が、ブルクハルトは首を振った。

「そうすると今度はGの甲殻に絡みつかなくなる。投擲( リリース )と同時に爪を展開するようにもしたんだが、やはり十二基以下ではきちんと固定できん」
「……なるほど。では、一個一個を小型化するというのは?」
「それも無理だ。KMi44を構成している地雷……TMi44は自己鍛造式でな、直径と侵徹距離がほぼ比例する。小型化すると甲殻を貫徹できなくなるのだ。
 何より、これのための専用地雷を生産するラインなど到底開けられん状況だ」
「なるほど、最終的には費用対効果の問題と。……世知辛いものだ」
「そう腐るな。我々も君たちにできるだけいい武器を運用してもらいたいからな、努力はしているんだ。
 ……他にもまだまだ使っていない武器はあるぞ、試してみたまえ」
「では、そうさせて頂こう」

ゼッケは武器の山に歩み寄り、ぐるりと一周した。
本当に用途のわからない武器から当たり前の銃器に見えるもの、あるいはどう考えても冗談としか思えない巨大火器など、色々ある。
と、同じく山を検分していたハヴが声を上げた。

「……これ、何ですか?」

彼女が指差したものは、どこからどう見ても普通の航空用爆弾だった。複数の大きさのものが並べられ、順に10kg、25kg、50kg、100kgと書いてある。
ブルクハルトは山を回り込み、彼女が示したものを確認した。

「ああ、それは燃料気化爆弾だな。Gに対して……というか、生物すべてに対して極めて有効な爆弾だ。大きさの割に加害半径も広い」
「燃料……?」

ハヴが首を傾げる。

「燃料気化爆弾、だ。蒸気爆発によって霧状の燃料を広範囲に散布し、しかる後に着火する。
 凄まじい爆圧が発生する───10気圧以上の爆風が四方八方から襲いかかり、呼吸器から入り込んで内臓を叩き潰し、壊死させる。
 無論、視覚や聴覚も確実に破壊されるし、関節部などの脆弱な部分からも圧力は浸透する。人間であれば皮膚も充分に脆弱と言えるな。
 ……いかなGであろうとも、体内まで装甲する事はできん。これは実に効果的だ」

凄惨な状況を顔色ひとつ変えずに描写してみせるブルクハルトに、ハヴが恐る恐る質問した。

「た……試したんですか?」
「ああ、無論だ。最初は動物実験で、それから死刑囚を使った。対G試験はまだだが、威力は保証しよう」

ブルクハルト以外の三人が同時に口元を押さえた。その死刑囚の死に様を想像してしまったのだ。
が、当の本人はなんでもない様子で続けた。

「加害半径は10kgのものでも100mほどになる。ただし、鼓膜が破れる危険を冒したくなければ500mは離れるべきだろう」
「……」
「投下してみるかね? なかなか壮観だぞ、あれは」
「え!? いや私は、ちょっと……」

ハヴがちらりとゼッケに目をやる。が、ゼッケもぎょっとした様子で首を振った。
少し手元が狂っただけで自分が無残な死に様を曝すような爆弾など投下したくない、というわけだ。
……と、そこにツィダジョーヌが連れ立って現れた。それぞれ、燃料切れのザトゥルンと弾のないネーベルヴェルファーを手にぶら下げている。
ツィダはよく知ったブルクハルトの姿を認め、さらに武器の山に目を移し、それから三人のMAIDを順番に眺めてからぶっきらぼうに言った。

「副隊長へ報告。ロッテ6、ツィダ及びジョーヌ、只今帰投。……これは何事か」
「武器の試験だそうだ。実際に使って、勝手を確かめて欲しいと」
「ふむ。……マイネッケ技術大尉、これは空戦MAIDのための兵器なのか?」

ツィダの目つきは険しかった。彼女は空戦MAIDではない───燃料が切れれば普通のMAIDと同じく、地上を走り回らなければならないのだ。
無論、ロッテ3のノインも同じ事だし、小隊長のロッサはそもそも戦闘機がなければ飛べないのだ。立場が似たような者は少なくはない。
ともかく彼女は空戦MAIDが特別扱いされる事に我慢ならないのだ。しかし、ブルクハルトの答えはツィダを安心させるものだった。

「いや、我が国の空戦MAIDは極少数だ。それこそSS飛行隊が唯一のまともな戦力と言えるだろう。
 つまり我々が君たち空戦MAID専用に武器を開発しても、大した役には立たんという事だ。まあ、多少の外貨は得られるだろうがね」
「……私は空戦MAIDではないが」
「おっと、すまない。だが、広義では君も例のベーエルデー型も空戦MAIDという扱いになるものでね」
「……ふむ」
「まあ、聞き流してくれたまえ。それともそこから適当な武器を見繕って私の頭を吹き飛ばしてみるか?」

微かに肩をすくめるツィダに向かってブルクハルトはにやりと意地の悪い笑みを浮かべ、山を指差した。
実際のところ、ツィダとブルクハルトはSS技術部で彼女が生まれた時からの付き合いだ。
あまり社交的とは言いがたい彼女にとって、信頼するに足る人物はブルクハルトくらいのものであった。

「私はあまり大型の武器を持ち運ぶには向いていないが……懐かしいものが見えるな。ザハーラに送り忘れたのか」

木箱を検分していたツィダがそのうちの一つを引っ張り出した。EARTHのロゴと、「13.5mm PtUzB」との文字が書き込まれている。
それまで黙っていたジョーヌがエテルネ訛りの声を上げた。

「あら、EARTHですって。SSの技術部なのに何故このようなものがあるのかしらァ?」
「SS技術部のうち、MAIDを研究していた班がEARTHの前身となったために彼らとの間には繋がりがある。何も知らない奴は黙っていた方がいい」
「な……なんですってえ!?」

ツィダの反応は素早く、そしてジョーヌを逆上させるには充分だった。
そしてジョーヌが素早く頭を巡らせ、最も効果的な挑発の言葉を探し出す前にゼッケが注意した。

「よさんか、二人とも。……それで、その13.5mmなんとかというのは一体どういう代物なんだ、ツィダ?」
「13.5mm試作対G狙撃銃───欠陥品だ。威力は充分だが、ボルト周りが複雑で故障しやすい。それと、空を飛ぶには少々荷が勝ちすぎたな」

その辛辣な言葉とは裏腹に、ツィダは箱を開けてしげしげと巨大ライフルを眺め始めた。
懐かしげに───それも当然の事だ。何せ、この銃はザトゥルン計画とほぼ同時期に開発され、彼女もこれを扱った事があるのだから。

「ふむ。では、ザハーラに送り忘れたとはどういう事だ?」
「先ほど言ったように、これは欠陥品だ。私も扱った事があるが……ペイロードを圧迫しすぎる。空戦どころか陸上でも取り扱いに困る代物だった。
 そういうわけでEARTH及びSS技術部は少数生産されたこの銃を無用と判断し、ザハーラのMAID向けに武器供与の一環と称して押しつけた」
「なるほどな。ザハーラもいい迷惑だろうに……それとも向こうでは武器が足りていないからありがたがられているか?」
「そこまではわからない。……久しぶりに撃ってみるか」

その場にザトゥルンを降ろし、13.5mmPtUzBを引っ張り出す。ツィダはペイロードのある方ではなく、2mを超える銃とその弾倉はあまりに重かった。
慎重な動きでシューティング・レンジへ入るツィダの背中に、ジョーヌが小声で悪態をついた。

「あらまァ、欠陥MAIDに欠陥銃とは、実によくお似合いですこと」
「ジョーヌ、よせと言ったろうが」
「……欠陥か。我々も努力しているんだ、そうきつく当たらないでもらえんかね?」
「ワタシは事実を率直に述べただけですわ。欠陥があるとわかっているなら、まずは直さなければならないでしょう?」
「……我々のできる範囲で、な」

……予算や資源、基礎技術の不足が、彼らの足を引っ張っている。こればかりは一介の技術屋風情が努力したところでどうにもならないのだ。
が、ブルクハルトはその事を指摘しなかった。複雑極まる経済学や政治力学をMAIDに教えたところで、理解できるとは思えない。

「ま、そんな事はいいとして。ワタシも何か面白いものがないか探してみましょう」

言うが早いか、ジョーヌは積み上げられた山から小物を取り除けて長物を物色し始めた。
イェリコが使っていたのと同じFlaK18やその後継のFlaK43、口径50mmのFlaK41、さらに88mmの大口径高射砲FlaK37まである。

「とはいえネーベルヴェルファーくらい使い勝手のいい武器はそうそうあり……あら?」

山から木箱を取り除けていくうちに、彼女はその山の真ん中に何か巨大な箱が鎮座している事に気づいた。
ひょいひょいと───日頃から大型ロケット砲を扱っている腕力は伊達ではない───箱をのけてみると、確かに馬鹿でかい箱が空間を占有している。
箱にはアルトメリア連邦から輸入された事を示す文字とガリング・エレクトリック社の社章、さらに「GAU-8 Avenge-Gaunt」の文字が刷り込まれていた。

「アヴェンジ・ガント……瑛語? なんですの、これ?」

その箱はとてつもなく巨大だった。緩衝材を抜きにしても、中に収められたものの全長は6mはあるだろう。
ひどく手の込んだ梱包が中身の重さを想像させた。

「ああ、これは皇帝陛下の命によって取り寄せられたものでね───」
「それか! 私の武器は!」

突如として響き渡った大音声に、その場の全員が振り返った。
声の主は、無論、イェリコである。

「うわー、イェリコ隊長だ。入院してたんじゃなかったっけ?」
「あら本当。アナタはあと半月は寝ているはずだと聞きましたがねェ」
「イェリコ……脱走してきちゃったの?」
「生きていたのか。元気そうで何よりだな、隊長殿?」

ゼッケ以外の隊員四名が口々に、祝辞と取れなくもなさそうな程度の言葉を述べる。
イェリコの眉間に深々と縦じわが刻まれ、軽く息を吸い込む音が聞こえ───怒鳴られる前に慌ててゼッケが割り込んだ。

「あ、ああ、隊長、早く戻ってきてくれて本当に助かる。完治したのか?」
「無論治ったに決まっている。陛下より一ヵ月後と言われていた新兵器が試験されていると聞いて飛んできた次第だ」
「そ、そうか。だったら試験に参加するのが道理だろうな。……マイネッケ大尉?」
「なんだね?」
「これらは隊長のための武器と?」
「いや、とりあえずありったけ倉庫からかき集めてきた。そこのGAU-8と新型の義翼を除いては、だが」
「何故そのような事を?」
「無論、君たちの隊長に好きなものを選んでもらうためもあるし、君たちの武器を更新するのも悪くはないと思っての事だ。
 ともかく、陛下が取り寄せさせたこれは……」

と、ブルクハルトは思案顔で木箱に歩み寄り、ぽんと表面を叩いた。

「重量が2t近くある。選択肢がこれ一つではいくらなんでも無茶苦茶だろう」
「技術大尉、私は陛下の命によるものであれば何であれ喜んで賜るつもりでいる」

ブルクハルトの言葉に対し、イェリコは即座に応じた。
型式番号GAU-8、愛称アヴェンジ・ガント……その口径実に30mmに達する、回転式七砲身機関砲である。
本体質量は281kgとFlaK18とさして変わらない───それだけでも充分な質量だ───が、問題は弾薬や給弾システムを含めた全備重量だ。
1174発の30mm砲弾を弾倉に詰め込んだアヴェンジ・ガントは総重量1830kgの怪物と化す。
しかも毎分4200発もの発射速度を誇るこの砲は、その弾薬を20秒足らずで使い果たすのだ。
そして見ればわかる通り、全長は6.4mに達する。これを使いがたいと言わずして何と言うのか。
だが、イェリコにとってはそのような事は些事に過ぎなかった。

「ともかく、撃ってみればわかる事だ」

彼女は木箱に手をかけ、バールもなしで釘の打たれた蓋を引き剥がした。



報復手甲( アヴェンジ・ガント )……なんだか嫌な名前ね」

この場にいる面子の中でまともに瑛語を解する者の一人、ハヴが呟いた。
もう一人はブルクハルトだが、いかんせん研究のために瑛語を学んでいるだけであって、例えばAvengeとRevengeの厳密な区別まではつかない。
巨大どころではない火器を担いで射爆場に入るイェリコを見送りながら、ジョーヌが言った。

「報復ですって? “主言い給う。復讐するは我にあり、我これを報いん”……神罰が下るとは言いませんけど、彼らに構っている暇があるのかしら?」
「Avengeにはね、ただの個人的な復讐ではない、仇討ちって意味があるのよ」
「……エリノルの事は残念に思いますわ。だからと言って黒旗を叩き潰す事に血道を上げていてはGの駆逐が間に合わなくなるでしょう?」
「そこは隊長次第、ね……」

言葉にこそ出さないが、ゼッケやシャムレット、ツィダも何がしか、思うところはあるのだろう。
特にツィダは、いわゆる狭義の空戦MAIDではなかったエリノルが撃墜された事をベーエルデーの陰謀だと断じて息巻いていたほどだった。
結果的に陰謀だったという点では彼女は正しかった。ただ、その組織の立場からすると真逆であったが。

「隊長が射撃姿勢に入ったぞ。そろそろお喋りをやめて、心構えをしておけ。……あれほどの火器だ、一体どれだけの爆音を立てる事やらな」

ゼッケは一度だけ、ガリング・ガントを装備したMAIDが機銃掃射を行っているところに出くわした事があった。
後で聞いたところ、そのヴァージョンの手甲( ガント )は20mm砲弾を毎分6000発の速度で発射できるものだったという。
その20mm口径のものですら筆舌に尽くしがたい音を立てたのだ。質量比で四倍になる30mm砲弾ではどうなる事か想像もつかなかった。
……不幸にして前方に気を取られていた彼女らは、ブルクハルトがポケットから出した耳栓をそっと詰めていた事に気がつかずじまいであった。

「照準よし……安全装置解除。動力接続!」

巨大なバッテリに繋がれたモーターが唸りを上げ、砲身を駆動し始めた。
回転力の反動でイェリコの上半身が一瞬だけ揺れたが、彼女はしっかりと砲を握り直した。

発射( フォイア )!」

───直後、五名のMAIDが難聴を訴えて医務室を訪れた。その中の亜人MAIDなどは何があったのか完全に毛を逆立てていたと医師は証言している。
さらに近隣基地でのちょっとした用事から帰投しようとしていたノインが本部上空で危うく失速しかけ、
イェリコの退院手続きを終えて滑走路へ向かっていたロッサは空を斜めに横切る閃光と爆音とを目撃、
わずかな休暇を楽しもうと新市街へ繰り出していたレイリピアチェーレハルキヨの三名は周りの人々とともに落雷のような轟音を聞いた。



「……うむ、まあ、予想はしていたがね、これはとんでもない失敗作だな」
(いや、大尉、ただ慣れの問題だ)
「そうかね? 訓練弾ですら「禿山二番」を穴だらけにしたと言うに、実弾で同じ事をやったら大変な事になっていたぞ」

イェリコの耳は他の隊員同様おかしくなっていたが、彼女はそれに構わず手信号と読唇術と筆談をちゃんぽんにしてブルクハルトと会話を続けていた。

(あれの質量そのものがある程度反動を吸収してくれる。推力を残りの反動抑制に回せばそれなりに安定した空中発射も不可能ではない)
「だが空中で足を止める事になるぞ」
(ハエだろうがトンボだろうが、いや、例え空戦MAIDであってもあの火線の前で何ができる?)
「それもそうだが……まあいい、ともかくこれには少しだけ改修が必要だ。それまで実戦運用は控えてもらいたい」
(どこを改修するのか?)
「動力だ。こちらを先に持ち出すべきだったろうが……君の新型義翼の方はほぼ完成している。実際に飛ばしての微調整を残すのみだ。
 それでだ、シルガイリス製内燃機関式義翼、Si110VにはFo227搭載エンジンの派生型が搭載されていてな。
 ここから油圧と電力を抽出してGAU-8に回す事であれの重量を多少削減する事ができる」
(そう言えば……ガリング手甲( ガント )は無動力で稼動するのではなかったか?)
「それは運用するMAIDに操作系能力適正があった場合だけだ。誰にでも使えるわけではない……残念だが、君には……」
(なるほど、諒解した)
「あっさりしているな。まあいい、ともかくエンジンから動力を持ってくればわずかながら使い勝手は向上する。
 義翼がなければ稼動できないのが難点だが、君も義翼抜きで出撃するつもりはないのだろう?」
(ああ、あれはもはや私の身体の一部となっていた。……この半月というもの、文字通り羽根をもがれた気分だったな)
「ほう、君が冗談を飛ばすとは珍しい。早速お披露目といこうか。
 観客がいないのが残念だが……まあ、君が空に復帰すれば否応にも注目は集まろうと言うものだ」

……そして、ブルクハルトの言葉通り、彼女の復帰はある種の耳目を確実に引きつけたのだった。










最終更新:2009年04月09日 01:08
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