狼たちの始まり

(投稿者:Azif730)

1940年 6月某日 
ガリア侯爵邸 執務室

「……では、これは事実なのだな?」

提出された報告書を執務室の卓上へと置き狼頭の老人――ヴォルフガング・フォン・ビスマルクが険呑な視線で白衣の男を見やる。
白衣の男の背後には執事服に身を包んだ40代近い男がカップに紅茶を注いでいる。

「事実だよ侯爵。そいつは私が派遣されたグリーデルから持ち帰った仕様書の解析内容さ」
「閣下、各地に撒いた局員からもそれを裏付ける報告が上がっております」

卓上の報告書『MAID研究報告書』を提出した白衣の男――ロバート・ミッドヴィル。
紅茶を差し出した執事服の男――侍従長にして情報局の長たるアルフレッド・ローヴェ。
この2人からの報告は驚嘆に値するものであった。

「MAIDには素体として人間を使用……か」

1939年にグリーデル王国より供与されたMAIDの開発仕様書。
その仕様書をガリアス兵工廠の技術開発部にて詳細に研究、各国の大使館内に潜んでいる諜報局員達からの収集情報を統計した結果であった。
表向きにMAIDは国際研究機関「EARTH」が『開発』した対G用の『人工生命体』
しかしその実態は生きた人間ないし欠損の少ない遺体に核となる『エターナル・コア』を埋め込みMAIDへと『作り変える』というものだった。
ヴォルフガング自身も先月に隣国のルインベルグ大公国にて行われたMAID『ガーベラ』のお披露目に参加したばかりである。
遠目から見ただけであったがガーベラはただの少女のように見えていた。

「侯爵、嫌なら研究は中止するが?」
「いや、研究及び開発は継続してくれ」
「閣下……」
「全てはワシの一存だ、それでよい」
「……畏まりました。では次の懸案ですが……」

少々冷めた紅茶に手をつけながらヴォルフガングは卓上の報告書を見つめる。
3年ほど前から国境付近へ出現し始めたGとの初戦は敗北であった。
武装飛行船群による砲打撃戦ではドラゴンフライ一匹によって2隻の飛行船が大破。
戦車隊による戦闘では消耗戦に持ち込まれて甚大な被害を出していた。
対Gに対応するために始めた軍備再編。
その助けになればと思い、研究を指示したMAID開発計画であったが結果はこの紙が物語っている。

(……世の中此れ正しくとは行かんものじゃのぅ……)



1940年8月1日―――ガリアス兵工廠 試験射爆場

数々の兵器が思案され、制作され、試され、破棄されてきた栄光のガリアス兵工廠の一角。
広大な面積を誇るこの射爆場には今、二人の少女が立っている。
一人は黒を基調としたメード服に漆黒の胸甲と脚甲を身につけ右手に巨大な砲槍を、左手に大盾を持った騎士。
蒼い瞳は閉じられ、毛先が黒く染まった栗色の長髪はポニーテールに纏められている。
もう一人はメード服と肘まで覆う皮製の篭手を身につけ、剣の柄と思われる武器を手にした剣士。
腰まであろうかという赤毛の髪を三つ編みに纏め、翡翠の瞳は戦場を見据える。

アーサーアルサレア、準備はいいかね?』
「はい」
「問題ないです」

アーサーとアルサレア。
それがガリア侯国初のMAIDである彼女たちの名前だ。
汎用性を重視しオールマイティーを目指したアーサーと近接戦闘を重視しスペシャリストを目指したアルサレア。
別々の方向性を持った両者の運用によって今後のMAID運用の参考とする。
それが現状のガリアの方針であった。

『……ではこれより最終試験を開始する』

開始の合図と同時に地面からマンターゲットが立ち上がる。
アルサレアは剣の柄『グレンGS』を展開し、特殊金属の刀身を形成しながら肉薄。
アーサーは一旦距離をとって砲槍『ロンゴミアント』を構える。

「斬り捨てる!!」
「撃ちます!!」

白刃の軌跡と共にターゲットが横一文字に割られ、轟音と共に別のターゲットが粉砕される。
破壊を待たずに間髪いれずに次々とターゲットが起き上がり、様々な動きを見せる。
接近して来るもの、距離をとるもの、起伏を繰り返すもの、上空へと飛び上がるもの。
遠隔にて操作されたそれらを二人は次々と破壊していく。
その光景を高台から見るヴォルフガングとロバート。

「撃破率はほぼ同一……か」
「運用構想は汎用型1、特化型3ほどの編成がいいとこかの」
「準備できてもまだ一個小隊ほどだろう……残りの要員は各国からの派遣か?」
「うむ、各国のメードたちの情報も参考にしたい」

ガリアでも始まっているように各国でもメードの試験運用は始まっている。
全てのメードはG-GHQの直接戦力と呼ばれるが現状、EARTH所属のMAID達のみが該当し、各国のMAIDはそれぞれの国の思惑で運用が行われていた。

「グリーデルの『要塞』タワー、ベーエルデーの『赤い男爵』シーア、アルトメリアの『ザ・ボス』ジョアンナ、楼蘭の『カミカゼ』ハジメ……」
「そしてエントリヒの『軍神』ブリュンヒルデ、いずれも一騎当千のメードたちじゃよ、当然戦闘経験もそれなりに多い」
「各国はそれを次代のメードへ貴重な経験を継承して戦力の強化を図っている……そう簡単には情報提供はしては貰えないだろう?」
「なに、共闘するだけでも得られるものは多いさ、無理な攻勢はせんしな」

ガリア軍の現在の戦術は通常兵器による広域砲撃である。
ロケット兵器や野砲による重砲台陣地や武装飛行船による砲撃によって磨り潰す。
メードは制圧射撃後に止めの戦力として投入することが考えられている。
更には対瘴気処理を施した砲甲冑部隊も援護部隊として投入が検討されていた。
これは防御戦術及びメードの安全を念頭においた運用であり、現状G勢力下への攻勢は考えられていない。

「各国によるメードと通常兵力の連携方法、メードに対する待遇など得られるノウハウは大きい」
「……ある意味では情報の火事場泥棒だな」
「それに『ヨルムンガンド』が完成すればもう少し楽になるじゃろうよ」
「スクラップ同然の武装飛行船を改造するとかいうアレか?」
「ブリッジや外殻装甲を食い破られただけじゃ!あとメードや歩兵用の対戦車槍なんかも……」

言いかけたヴォルフガングの声を盛大な爆発音が遮る。
アーサーたちか?と視線を戻せばそこには立ち止まり困惑する二人の姿があった。
さらには、試験の為に動き回っていた隊員たちも何事かと慌てている。

「……なんじゃ?」
「アレだろう」

ロバートの視線の先にヴォルフガングは顔を向ける。
そこには外壁は粉々に砕け、黒煙を上げる射爆場の外壁があった。
さらに鈍い重低音と共に黒煙を突き破って巨大な鉄の塊が2輌、進入してくる。

「あれは確か……」
「戦車課の試製砲甲冑車両だな」

それは砲甲冑と呼ばれる人型を模した有脚戦闘車両であった。
だが通常の砲甲冑と異なり進入して来た車両は戦車の車体に人型の上半身を乗せたような形状をしていた。
作業腕には粉砕に使われたと思われる投射鉄球と四砲身回転機関砲が装備されている。
これは砲甲冑のノウハウを取得する為に制作されていた実験車両であった。
……ちなみに戦車課は技術開発部と共同して新型砲甲冑を開発中である。

「なんであんな物が?」
「閣下!!」

ロバートが思った疑問の答えを駆け寄ってきた憲兵が持って来た。
憲兵の話ではアーサーたちの試験開始をほぼ同じくして所属不明の武装トラックが兵工廠内に侵入。
そこから現れた侵入者達に整備中の試製砲甲冑車両が奪われたというものであった。

「むぅ……犯人の目星は?」
「まだなんとも、ただ恐らくは計画的な物かと」
「根拠は?」
「あの車輌は二人乗りです。事前に知っていなければまともには動かせません」

特殊な形状の為か運用には上半身を動かす人員と戦車を動かす人員が必要であり、突発的な犯行であれば下半身か上半身のどちらかしか動かせないはずなのである。
件の戦車は上半身を頻繁に動かして射爆場を見回している。
まるで何かを探すように。

「なにかの?」
「ろくでもないことだろうさ」

一台の試製砲甲冑車両がヴォルフガングを捉え、右腕の四砲身回転機関砲が向けられる。

「狙いはワシか?!」

機関砲が唸りを上げて40mmの塊を吐き出す。
撃ち出された火線は地面を穿ちながらヴォルフガングたちへと迫る。
その火線に飛び込む二つの影。

「「閣下!!」」

アーサーとアルサレアの二人だ。
自動車すら追い抜く強化された脚力でヴォルフガングとロバートの前に出る。
アーサーは砲槍を置いてきたのか大盾のみを構え、アルサレアは大剣を斜めにして即席の傾斜装甲とする。
コアエネルギーによって強化された大盾と大剣は砲弾にさらされるも何とか持ちこたえ、受け止める。

「お二人ともご無事ですか?!」
「肝は冷えたがのう、すまんのアーサー」
「アレは……どうします?」

ヴォルフガングはアルサレアの問いに躊躇する
彼女達に『殺人』をさせられるかどうか、そしてその行為に二人の精神が耐えられるのか。
ヴォルフガングは眼をつむり思案し……

「なに、演習が実戦になっただけじゃ……アーサー、サレア」
「「はっ!!」」
「全力であの鉄屑を無力化しろ」
「……無力化?……り、了解!」
「オーダー拝命しました!!」

即座にアーサーとアルサレアが駆け出す。
選ばれたのは対象の戦闘力のみを奪う『無力化』
未成熟である彼女たちの精神に不可をかけるべきではない、ヴォルフガングはそう判断した。



砲弾を受け止めボロボロになった大盾を投げ捨てアーサーは駆ける。
向かうは速度を稼ぐ為に地面に突き立てた自らの武器。
37mm砲槍『ロンゴミアント』
アーサーの意図に気付いたのか一台の砲甲冑が砲槍へと投射鉄球を向ける。
彼女が武器を掴むのと鎖付き鉄球が放たれたのはほぼ同時であった。
背後から迫る鉄球に対して砲槍を両手で掴み、彼女は振り向きながら四番打者よろしくフルスイング。

「基本はセンター!!」

鉄球を砲身基部のカウンターウェイトにぶち当てそのまま打ち返す。
跳ね返された鉄球は打ち出した発射口へ一直線。
鎖の撒き戻しも間に合わず発射口に無理やりねじ込まれて右腕が破損する。
振り抜いたロンゴミアントを返す動作で柄部を捻り、シリンダーを回す。
鈍い音と共にシリンダーが回ったことを確認し、グリップを握る。
同じ動作を3度、早業で繰り返した。

「……文字通り、手も足も出ない」

早撃ちで放たれた砲弾は狙い違わず敵砲甲冑の戦闘力を奪っていた。
左腕、左右軌道部、動力部を撃ち抜かれていたのだ。
ゆっくりと敵砲甲冑へと近づきながら空薬莢を排出し、徹甲弾を装填する。
砲甲冑の前に立ち、槍の穂先を胴体に突きつける。

「これ以上の抵抗は串刺しか風穴、どちらかを選ぶことになりますよ?」

アーサーの投降宣言と共に重量物が崩れ落ちる音がした。



アルサレアは機関砲弾で多少なりと傷ついた刀身部を棄却する。
形成自在剣『グレンGS』
その利点は刀身に特殊金属を使用しており刀身を破損しても棄却・再形成すれば問題ないという点だ。
もちろんそれには柄に内包する特殊金属の残量にもよるのだが。
ちらりとアーサーを見ればちょうど敵車両の右腕を潰したところであった。

(ならこちらも手早く終わらせよう)

柄部の展開を戻して棒状になったグレンGSからアルサレアの意思を受けて長大な薄い刃が形成される。
鞭のようにしなり、柄が振るわれる度にアルサレアの周囲を薄い刃が駆け回る。
敵車両もその脅威は見てとれたのだろう、左腕の四砲身回転機関砲を放った。
火線が再度、アルサレアを襲うが……

「攻勢防御!!」

荒れ狂う刃の大蛇が乱舞し砲弾を叩き落とす。
攻めるも守るも腕一つ、ゆえに攻勢の名を持つ防御技。
それでも数発は刃の網を潜り抜けてアルサレアを掠める。
火線の元を断つべく大きく腕を振るい、躍っていた刃が目標へと牙を剥く。
蛇のごとく地を這いながら砂塵を舞い上げて目標へ突入、四砲身回転機関砲を貫く。
それだけに止まらず腕を引く。
貫徹した刃が動きに従って身をひるがえして今度は右腕を背後から貫き落とす。
敵車両にしてみればたちまちの内に両腕を失ってしまうという光景であり、操縦士は呆然自失してしまっていた。

「私はアーサーほど優しくはない……生きていれば儲けものだぞ!!」

その宣言が聞こえたのか操縦士の意識がアルサレアへと向く。
眼前に立つは身の丈を超える長大な長刀を水平に構えた剣士。
長刀を振りかぶって肩に背負い一気に車両へ肉薄する。
両腕を失ってしまい丸裸状態の砲甲冑はなすすべがない。
咄嗟に車両部に下がるよう言おうとしたがあとの祭りであった。

「帝剣が一、雷閃(Thunder Flash)」

その一刀は正しく雷の煌きであった。
知覚出来るか否かの速さで振るわれた斬撃は敵車両を両断する。
横一文字に分け放たれ操縦士を乗せたまま上半身が高く舞う。
アルサレアの最大出力に耐え切れず刀身が砕け、破片が幻想的に舞う。
柄を腰のホルスターに戻すと同時に、上半身が大地に叩きつけられる。
その音を聞いてアーサーがこちらを向く。
何かいいたそうな顔をしていたがとりあえずアルサレアは親指を立ててやる。
その光景に気概が殺がれたのか大きくため息をついて……

「「ミッション・コンプリート(です)」」



「……あれから5年ですか」
「んぁ?……ング、なんか言った?」

アーサーの呟きをホットドッグを食べていたアルサレアが聞き返す。
5年前に運用試験に乱入したのは亜人排斥を訴える過激思想の集団であった。
その後、集団は侯爵と近衛連隊によって無残にも壊滅させられたのであったが……

「いえ、何でもありません」
「……そっか」

二人は5年前に大暴れした射爆場の壁に背を預けて目の前の光景を眺める。
彼女達の視線の先にいるのはランタンを提げた白髪の少女、狼の亜人と思わしき獣耳の少女、ヘヤバンドで髪を上げた楼蘭系の少女
他にも数名がいたが何れも身を緊張させた新人のメード達。
それを暖かく見るこの5年で増えた古参のメード達。

「そうそう、今回の人員には空戦メードがいるそうですよ」
「ベーエルデータイプ?」
「……ベーエルデータイプのようですが生まれはガリアだそうです。」
「ということは訳在りか」

侯爵は蛮王とでもやりあったか?などというアルサレアの妄想を考えたくもないと無視し、アーサーは目の前の壇上に立った老人を注視する。

(そういえば……)

侯爵の背後に立つ巨大な格納庫の中から異常なほどの気配がするのはなぜだろうか……とアーサーが考えを振り向け―――

「ガリア侯爵、ヴォルフガングだ……新人諸君、この地獄の最前線へようこそ」

開口一番、強烈な一言が飛び出した。
新人達どころか古参たちも呆気にとられている。

「諸君らは対G戦闘を学びこれから戦場にたつ、しかしまだ諸君らはGを見たことはないだろう」

新人達が座学で教えられるのは各種Gの特徴やその対処法などであった。
初期メードのアーサー達などは教えられる情報すら少なく、ぶっつけ本番やイレギュラーなどは当たり前であった。

「これはワシからのアドバイスだ、全てのGにおける最大の脅威はその進行速度と物量にある」

真摯な言葉に新人達も一言一句漏らさぬよう耳を立てる。

「Gはワシ等のような補給線を持たずその場で食い荒らし、腹を満たし、次の餌場へ移動する。
 そして一匹では脆弱なワモン、ターマイトでさえ一度の侵攻で数百という膨大な数が動く」

腹を空かした彼らは障害に対して一切容赦せず、逆にその障害すら餌と見なして襲ってくるのだ。
その様子はさながら暴食の津波と呼べるようなものである。

「想像して見るがいい強固な戦車がワモンに装甲を食い破られ群がられる様子を、空を飛ぶ飛行機がドラゴンフライの羽ばたきだけで砕け散る様子を、
 海原を行く船がロブスターの大鋏によって真っ二つになる様子を……これから諸君らはこの光景が待つ戦地へ赴くのだ」

ヴォルフガングはゆっくりと新人達を見る。
緊張するもの、恐れるもの、決意を固めるもの……それは様々である。

「メードの死傷率は存外高い、これは初陣ではじめてみたGに対して恐怖し満足に動けないことに起因する」

新人達の研修内容はGの情報や戦術を教える座学と実施訓練などの教練に別けられるがその中に実際のGを見せることは考えられていない。
Gは人体に有害な瘴気を発するうえに捕獲できたとしても如何なる装甲・拘束装置すら強靭な顎によって噛み砕かれてしまうので、捕獲状態を維持することは難しい。
もっともガリアス兵工廠の試験研究棟であればワモンやフライの剥製くらいなら研究用にあるかもしれないが……

「さて、話が長くなったが言いたいことは一つだけだ……恐れるな」

先ほどGの恐怖を語ったのにそれを恐れるなというヴォルフガングの言葉に耳を疑う新人達。
アーサー達でさえそれは、と思ったほどである。
だがヴォルフガングは優しい笑みで告げる。

「恐れるな……諸君らは一人ではない。諸君らの隣には戦友が、背後には支える為に奔走する者たちがいる」

新人達は自らの傍らに立つ同胞達を見やる。
アーサー達は日々支えてくれる部隊員たちを思い出す。
もっともいるべきはずの部隊員たちはここに姿を見せず、この試験場にはメードたちだけだったのだが……

「それでも恐れるものはいるだろう。それは当然だ、簡単に恐怖を克服できるものはいない……」

告げたヴォルフガングの口元がニヤリと歪み、目が喜悦を表す。
アーサー達、古参組みはろくでもないことを思いついた表情だと呆れた。
新人達は困惑をいっそう深める。

「……なら擬似的にでもGの物量の恐怖を味わえばいい」

初めて見る、遭遇するから恐怖する……なら先んじて同等の恐怖を死なない程度に与える。
そうすれば初めてのGであっても身を竦ませることは減るだろう。
もっと怖いことを経験済みと思えば。
ここに至ってやっとアーサーは格納庫の異常な気配の正体に思い至る。

「でませい!屈強なる戦場の鉄人たちよ!」

どこかで開かれそうな料理人同士の闘いを告げる支配人のごとくヴォルフガングは指を鳴らす。
それを始まりとして巨大な格納庫の鋼鉄の扉が重々しく開いてゆく。
格納庫の中は暗く奥までは見通せない。
差し込んだ日光に鈍い光が反射し返す。
それは人が身につける物としては既に戦場から退いて久しいものだった。
分厚い黒塗りのフリューテッドメイル。
一時代を築いた騎士達の鎧。
それが現代的な格納庫の中から一糸乱れず異様な闘気を纏って進み出てくる。
その数―――およそ一個大隊。
これには流石のアーサー達も引いた。
呼び出した当事者はしたり顔で

「Gのような恐怖が思いつかんかったのでな、とりあえず暇しとった支援部隊員を総動員してみた」
(し、支援部隊まるごとですか?!)

ガリア侯国独立部隊『ヒルドルヴ
その部隊の内訳のうち大半以上を占める支援部隊員が異様な姿で並んでいた。
対峙者に与える精神的威圧感というのであれば確かにGに匹敵するかもしれない。

「……って、閣下!一般隊員をメードにぶつけたら怪我じゃすみませんよ?!」
「心配はいらん、『今』のこやつ等はちょっとやそっとでは倒れんからな」
(何をした、侯爵?!)

そこに佇み一言も発しない部隊員たち。
それだけでも怖い。
怯む新人達に容赦なくヴォルフガングは猟犬を解き放った。

「さぁ……屈強なる戦場の鉄人たちよ!獲物は目前、全軍突撃!!」
【Gung ho!gung ho!gung hoooooooooo!】

闘魂を叫びながら地面を震わせて動き出す漆黒の騎士たち。
向かう先には大慌ての新人メードたち。
手持ちの銃火器も持たずにここにいるのだから仕方ないとはいえ後輩達が潰されるだけ……というのは古参組にとっても面白くないのだ。
アーサーは静かにヴォルフガングを見やる。

「……」

ヴォルフガングは何も告げずにただ頷いた。

「……アルサレア!!」
「おうさ!」
「「メード隊防御隊形、迎撃準備!!」」

その声に新人達がビクリと震え、飛び出した古参のメードたちが騎士たちに対峙する。

「「メード隊、隊規唱和!!」」

【我らガリアの剣にして盾なり、館に繋がれし番犬なり】

――さぁ伝えよう、彼女らは一人ではないことを。

【我らの背には牙なき人々あり、ゆえに我ら誇りをもって人々の牙にならん】

――我ら古参のメードたちも共にいると。

【主の御敵を噛み殺す、我らの名は戦の狼(ヒルドルヴ)】

――ともに戦おうと。

「……主はワシなんじゃがなぁ……こうなりゃ突貫あるのみじゃ、戦士の生き様みせてやれい!!」

宣言された隊規を聞きながら煤けたヴォルフガングが吼える。
漆黒の騎士たちとメード隊は徒手空拳のまま取っ組み合いへと突入した。


―――以後、ガリアで行われるメード研修での締めくくりには精神的な訓練として、研修項目に無いこのような乱取りが行われるようになったという。

Fin


後書き

読んでいただいた皆様へ感謝を。
ガリアメードの初期の姿から現在の姿へという感じであります。
まだまだ、表現や感情を出せていないので稚拙さを痛感します。
最終更新:2010年01月24日 12:24
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