(投稿者:ししゃも)
「違う、違う!これは、私……」
頭を抱えてもがき苦しむ
ジョーヌは、不意に意識が飛んだのか、暴れるのを止めた。何の脈拍も無く発狂しだした彼女に、ホラーツは困惑する。
急いで気絶したジョーヌを抱えて、ライサの元へ行こうとする。だがそこには、全く同じような光景があった。
「……あああ!!やめろ、やめろ!!」
両手で耳を防いだ
シルヴィが、その場で両膝を地面に突いて叫んでいた。ヴィーシニャの面々やチャップマンが、彼女を宥めようとする。だがMAIDであるシルヴィはその腕力を使って、チャップマンを突き飛ばした。
性格が荒いシルヴィといえども、他人に暴力を振るうことは決してない。しかし、彼女は奇声を張り上げ、痛々しい表情で周囲のモノに暴力を振るっていた。一方のジョーヌも、急にホラーツの腕の中で暴れている。ホラーツの腕力を持ってしてでも、押さえ込めるのに必死だった。
「シルヴィ、どうしたんだ!」
チャップマンを突き飛ばしたシルヴィの、ただならぬ雰囲気を感じ取ったライサは、彼女の元へ走り出す。
「来ないで、ライサ様!これ以上、近づかれると、貴方に……!!」
シルヴィはそう言うが、ライサはそれでも彼女に近づこうとする。
「ライサ!」
もがき苦しむシルヴィを見て、近づこうとするライサをホラーツは呼びかける。ヴィーシニャのレオンと高坂が、ホラーツの抱えていたジョーヌを介抱した。
「来ないで!!」
シルヴィの裏拳が、ライサの頭上を掠った。大気を切り裂くそれが命中すれば、間違いなくライサは重傷を負うほどのものだった。しかし彼女は臆せず、シルヴィの懐へ入り込んだ。
そしてライサは、優しくシルヴィを抱擁した。まるで赤子を抱くかのように、両手を使って抱き締めた。それでもシルヴィは彼女の胸の中で暴れていたが、やがてその力は段々と弱まった。そして、シルヴィは瞳を閉じると、そのまま力が抜けたかのようにライサに身体を預けた。
そんな彼女を、ライサは抱いたままゆっくりと腰を降ろす。地べたに座り込むと、気絶してしまったシルヴィの頭をそっと自分の膝へ寝かしつけた。
「ライサ!」
深く息を吐いたライサの背後を、ホラーツがやってきた。彼は濁流のように押し寄せる事態に、困惑していた。
ライサは、唇を噛み締め、両手で握り拳を作る。
「いったい、何が起こっているんだ……!」
パラドックスは走っていた。マイスターシャーレから、数十キロ離れた帝都に向けて。太陽が堕ち、月の明かりだけが頼りになる山道を疾走していた。坂道を下っていると、栄華を誇る帝都……ニーベルンゲの城壁が月光に照らされていた。
奇妙な感覚だった。あの少女によって、何かが覚醒した、とパラドックスは思った。俊敏な動きが得意ではなかった自分が、こんなにも速く走っている。身体が軽く、胸の奥底から力が漲っている。本当に、奇妙な感覚だった。
そもそも、どう言い表したら分からない感覚によって、帝都に向かっている自分が奇妙だった。
「……あの少女が……私を?」
唐突に自分の前へ現れた、あの少女。腰まで届く真っ白な髪の毛。ワンピースのようなメード服に裸足。何より、全てを見透かしたかのような口調。あの変わった少女が、自分に何かしたとしか言い様が無かった。だとすれば、少女は助けを求めていた。態度は切羽詰っていなかったが。
「だとしたら、早く帝都へ」
パラドックスは自分が向かう場所を、何故か知っていた。帝都国立美術館の地下。そこに、あの少女は求めている。自分がすべきことを全部知っていたパラドックスは、それを疑問に思わなかったのだから。
「そこのMAID、直ちに止まりなさい!!」
ニーベルンゲ北部入場門が見えた途端、入場門付近に建てられた灯台から、拡声器を使った男の声が聞こえた。パラドックスは、それが監視員だと気づいた。しかしパラドックスはそれを無視して、走り出す。ここで立ち止まるわけにはいかない。一刻も早く、あの場所へたどり着かないといけなかった。
「こちらの指示に従わない場合は、発砲する!」
灯台から、狙撃銃に装着されたスコープの僅かな光の反射がパラドックスの目に映った。向こうは、こちらが特務SS所属のMAIDといえども容赦はしないらしい。だがパラドックスは、走り続けた。そのとき、銃声が鳴った。それと同時に、パラドックスの頬を一発の銃弾が掠る。どうやら、向こうは躊躇いがないらしい。
すでに入場門の手前まで迫ったパラドックスの足は、止められない。彼女は地面を思いっきり蹴り上げ、跳躍した。それは既存のMAIDよりも遥かに上回り、空中で一回転半したパラドックスの着地した場所は、狙撃された監視塔だった。ワンスペースほどの広さで狙撃を行なった監視兵は、突如飛来したMAIDに慌てだした。
「すみません」
パラドックスはそう言うと、レンガで造られた床を蹴り上げた。まるで吸い込まれるかのように、パラドックスは帝都北部入場門の内側へ飛び越える。その光景を監視兵は放心状態のまま、パラドックスが跳躍した空を見ることが出来なかった。そのとき、猛烈な突風が吹き荒れた。
監視兵の目に楼蘭の和服を着たMAIDが、後を追うかのように帝都の入場門を高飛びした。
第九話『矛盾』
寝静まった帝都。時刻は既に深夜を過ぎており、出歩く人は皆無だった。特に、工業地帯となる北部周辺だとなおさらだった。
帝都国立美術館……いや、第三研究所があったその場所は、工業地帯の北部と商業区の南部の境目にあり、パラドックスはそこを目指していた。地面を蹴り上げて、スキップの要領でパラドックスは疾走している。その背後を、まるでパラドックスの影のように、千早が後を追っていた。
だがパラドックスは気にも留めず、走り続けていた。そして、ようやく帝都国立美術館が目に映った。入場門付近に、武装SSの正装をした数人の人影が見えた。
「ん?なんだ、あいつは?」
全力疾走でこちらに向かうパラドックスを、一人の男が気づいた。それに釣られて、入場門を警備していた男たちがパラドックスの方へ向く。ただならぬ気配を持ったパラドックスに、反射的に男たちは危機感を察知した。彼らはMP40を構えると、トリガーに指をかけようとしていた。
パラドックスは応戦しようと身構えた瞬間、彼女の頭上を何者かが飛び越えた。それは、千早だった。
「邪魔はさせませんよ」
パラドックスの頭上を飛び越えた彼女は、背中に納めている鞘から刀を抜く。その間に、男たちはMP40のトリガーを引いた。標的は、もちろん千早だった。銃口から弾丸が発射され、千早へ襲い掛かる。千早は、Wの字を描くように銃弾を回避しながら、身近な敵へ肉薄した
「く、来るなァ!!」
銃弾を回避し、こちらへ向かってくる千早に、男はその場で立ち止まったままMP40のトリガーを引き続けた。恐怖のあまりに逃げることを忘れた男に対して、千早は無情にも刀を横に振った。月光によって反射した刀身がまるで閃光のように光る。
千早の目の前に居た男は上半身を切り裂かれ、それが上空へ舞った。地面に残った下半身から、大量の血飛沫が空中へ四散する。
上空へ飛翔した男の上半身が地面に落下した途端、もう一人の男の首が千早の刀によって切断された。千早の動きは、まるで閃光のように素早く、そして確実だった。十秒という時間で、一気に二人の敵を仕留めた。
「どうなっているんだ、おい!」
「知るかよ!!とにかく、救援を!」
次々と無残な死に姿を晒す仲間に、残った二人の男は逃げ腰になった。数十メートル先の千早に怖じけたのか、救援を求めようと、帝都国利美術館の中へ駆け込むとする。だが千早は、それを見逃さなかった。刀を振り回し、風を形成。彼女の周囲に突風が吹き荒れ、逃げようとした男二人を転倒させた。
「急いて、急いて、極楽浄土の扉を開けてくださいな。あちらは地獄。こちらは天国ですよ」
刀を振り回すのを止めた千早は、恐怖のあまりに言葉を発することも出来ない男二人に愉快そうな声を挙げた。
「……楽にしてあげます」
何も出来ない男たちに千早は興味を失ったのか、先ほどの愉快そうな表情とは打って変わって蔑んだ目をした。そして、刀を振るった。一人は頭部を切断させ、絶命。間髪居れずに、最後に残った男の心臓に刀を突き刺した。その光景を、パラドックスは千早の背後で眺めていた。
「貴方もいずれ分かる時が来ますわ。どうして私が、これほどまでに人間を憎むのかと」
刀身に付着した血糊を、千早は刀を上下に動かして払いのけた。
「さて、行きましょうか。こんな洒落た所に、貴女の望むものがあるとすれば。それはきっと素敵なものでしょう」
鞘へ刀を納めた千早は、帝都国立美術館の入場門を潜った。パラドックスは無言のまま、走り出すと千早を追い越した。
数々の美術品と、絵が飾られた館内。消灯時間がとっくに過ぎたその場所で、パラドックスは走っていた。館内では武装SSの隊員が居たが、全てなぎ倒した。あるいは、千早によって上半身と下半身が離れ離れになったかの、どっちかだった。
『早うしてくれや、パラドックス。地下へ向かってくれれば、後は分かる』
少女の声が、パラドックスの頭の内側から聞こえてくる。パラドックスは彼女の声に導かれるままに、地下へと続く階段を見つけ出した。すると、血の臭いがパラドックスの鼻を刺激した。慎重に階段を駆け下ると、段々と血の臭いが濃くなっていく。やがて階段が続かなくなり、終点が見えた。
有事の際に、貴重な美術品を退避させる地下室。四方に扉が置かれた空間に、壁に凭れかかっている一人の男性が居た。公安SSの上級仕官の服を着た男に、パラドックスは見覚えがあった。公安SS局長の、モレイス中佐だった。
「……パラドックス、か」
こちらを知っているのか、モレイスは彼女の名前を呟く。彼が押さえている服は血が染み付いており、医療に詳しくないパラドックスが見ても、もはや手遅れだと認めざるを得なかった。
「この先に、さらに地下へ続く梯子がある。私の血を辿ると良い。彼を……彼を止めてくれ」
震える手で、モレイスは目の前に置かれている扉を指した。パラドックスは何も言わずに、その扉へ向かった。やや遅れるようにして、千早が階段を駆け下りた。血の臭いを発する中年の男……モレイスを見るや否、千早は刀を抜こうと、右手を背中へ回した。追っていたパラドックスは何処へ消え、居るのは千早が憎む人間のみだった。
「ここでお終いか……クリスチーノ……」
まるで恨み言のようにモレイスは、あの男の名前を呟く。そのとき、千早はクリスチーノという言葉に聞き覚えがあった。
「クリスチーノ……貴方、もしかして黒旗の?」
薄暗い倉庫の中。芸術的価値が無くなった美術品が、その中に納められていた。彫刻、絵、中世の鎧……雑多なものが所狭しと立ち並ぶ中、モレイスの血の跡をパラドックスは辿っていく。倉庫の隅に、目立たないように開けっ放しになった蓋が目に映った。パラドックスはそれを覗き込むと、更に地下へと続く梯子がそこにあった。梯子を使って下へ降りたパラドックスに、手探りで掘り起こしたかのような洞窟が広がっていた。人一人が動けるぐらいの、狭い空間。暗い空間だったが、MAIDであり、特務SS所属のパラドックスにとって、このような暗い場所には慣れていた。洞窟の壁に右手を当てながら、ゆっくりと前へ進んでいった。
『ワタシは、狂った兵器じゃない。ワタシは、MAIDという人間よ』
あの忌まわしき事件が、ふと脳裏で蘇った。ルナの一言で、パラドックスはこんな事件に巻き込まれた。いや、巻き込んだかもしれない。
『ごきげんよう、パラドックスさん。貴女の噂は聞いてますわよ』
ジョーヌとの出会い。思えば、最悪な形だったかもしれないが、それでも彼女は自分のことを気に掛けてくれた。でも、お礼や感謝の言葉をジョーヌに言った覚えは無かった。今思うと、後で一つぐらい言っておけばいいかもしれない。
『あんたがパラドックスか。アサガワ教官から話を聞いている。短い間だが、よろしく』
スケルトンとの最初の出会い。あまり信用できない人だったが、マイスターシャーレで彼の手ほどきを受けてみたが、中々のセンスをしていた。
『パラドックスは、私の教え子であります』
記憶の片隅で、まったく聞き覚えの無いアサガワ教官の言葉が聞こえてくる。何時、何処で、どんな場所で、アサガワ教官がその言葉を言ったのか、記憶を探っても全く見当たらない。でも何処か、その言葉を聞くと心が安らいだ。
やがて、洞窟の終着地点がパラドックスの目に映った。鉄製の、奇抜な文字が描かれた扉。パラドックスは、その扉に両手を貼り付けると、そこから光が放たれた。
「これが……これを求めていた!」
クリスチーノの周囲に、帝都周辺で存在するMAIDたちの記憶が漂っていた。レゾン・デートルとゼータによって、帝都とその周辺に存在するエターナルコアの共有が実行されている。クリスチーノがその連鎖に介入すれば、共有しているエターナルコアが暴走を引き起こし、偶発的な永爆の連鎖が帝都を飲み込む。
アドルフ・ガブリエーレ自身は、そうなることを見通して、ゼータを作り上げた。しかし、彼女は恐れていた。元はMAIDによる情報と各自が所有する能力の共有システムのアンテナとして生成されたゼータ。しかし、あまりにも膨大すぎる能力の行使と、それを管理する制御力が未熟だったゼータの暴走を恐れたアドルフは、彼女を封印した。
だがクリスチーノは、狂気の科学者さえも恐怖したゼータの力を解放した。例えそれが、自らの命を絶とうとも。
「さぁゼータよ。導いてくれ。破滅への序曲を……」
ゼータの額と同化した左手の指を動かしたクリスチーノは、連鎖共鳴しているエターナルコアに拒絶反応を混ぜようとした。それによってエターナルコアは第三者の介入を受け、所有者の区別がつかなくなり、暴走を引き起こす。そしてクリスチーノが最後の命令を下そうとした時、今まで顔をうつ伏せていたゼータが、急に顔をクリスチーノへ向けた。
「そうじゃといいがな。お前さんの企みはこれで終いじゃ」
冷ややかな声で、ゼータはクリスチーノを見ると、乾いた笑い声を挙げた。そのとき、ゼータの額と同化していた左手が吐き出され、彼の指とアドルフ・ガブリエーレが残した鍵が消えていた。
「ゼータ、これはいったい!!」
一歩、また一歩とゼータから離れたクリスチーノは恐怖のあまりにその場で尻餅を突いた。ゼータは椅子から腰を上げると、嘲笑しながらクリスチーノを見ていた。
「パペットマスターならまだしも、レゾン・デートルなんて能力はわっちの切り札じゃ。そんなもんをお前さん一人と、あやつが残した鍵で制御できると思うとな」
「それに、わっちの可愛いパラドックスシリーズが居る限り、迂闊なことはさせんよ」
ゼータはそう言うと、自分の視線をクリスチーノではなく、彼の背後に居る存在に向けた。ゼータの視線に気がついたクリスチーノは、顔を後ろへ向ける。彼の後ろに、腰まで届く黒髪のMAIDが居た。それは、間違いなくパラドックスだった。まるでドブで這いずり回るネズミを見るかのような目で、パラドックスはクリスチーノを見ていた。
「なるほど……そういうことだったかぁ……」
パラドックスの顔を見るや否、クリスチーノは足と尻を交互に動かしながら呟いた。彼は、パラドックスとゼータとの距離を離し、やがて壁に背中を向けた。
「パラドックス、ゼータ……オリジン……」
過呼吸気味になりながら、クリスチーノは腰のホルスターに納められた拳銃に手を掛けた。彼の動作に、パラドックスが飛びつこうと身構えるが、彼女の意識に入り込んだゼータがそれを制止した。
「パラドックス。この言葉が、お前の求める存在意義だ」
右手で掴んだ拳銃を、自分の口元へ近付けたクリスチーノはパラドックスへ話しかけた。
「アドルフ・ガブリエーレ……Auf Wiedersehen」
エントリヒ系の人名を呟いたクリスチーノは、拳銃の銃口を咥えると、引き金を引いた。乾いた銃声と同時に、クリスチーノが凭れていた壁に血糊と脳漿が付着する。当の本人は絶命したのか、ゆっくりとうつ伏せに倒れた。
「まったく、死ぬことはなかろうに」
そんな光景を見てゼータは、不機嫌そうな表情で自殺したクリスチーノの亡骸に向かって愚痴を呟いた。
「……さて、そなたの深層心理に入り込むのは止めにしよう。よくやったな、パラドックスや」
ゼータはそう言った途端に、パラドックスはその場で倒れこんだ。今まで自分を突き動かしてきた何かが消え失せ、同時に先の戦闘で負傷した箇所に激痛が走った。それはまるで、パラドックスが助けを呼んでいた少女……ゼータが与えてくれた力が無くなったから、と信じせざるを得なかった。
「意味が分かりません……武装SSの将校、黒旗、そして貴方……いったい、どうなっているんですか」
激痛を堪えながら、パラドックスは今までのことを振り返った。帝都でのMAIDによる暴走事件。
フロレンツでの、黒旗と武装SSの癒着。そして、ホラーツ中将とライサ少将の暗殺。そして、この場所で佇む一人の少女。
色んなことが頭の中で混乱している。そんなパラドックスと対照的に、ゼータはいたって冷静な態度を取っていた。
「わっちの名前はゼータ。詳しいことは言えんが、わっちはそなたの起源にして、あやつが作り出した最高傑作のMAID」
「そして残念なことに、わっちのせいで……あの空戦MAIDは犠牲になってしもうた」
もの悲しそうな顔をするゼータ。パラドックスは、ルナのことを言っていると察した。
「与太話はこれでお終い。助かったぞ、パラドックスや。名残惜しいが、また合間見えることを切に願うぞ」
ゼータはそう言うと、彼女の身体が光に包まれた。
「話はまだ終わってませ……くっ!」
パラドックスはゼータを引き止めようとするが、猛烈な光が彼女の視界を真っ白に覆い尽す。それと同時に、パラドックスの意識もまたゼータが放った光のように、真っ白になっていった。
慌しい日々から、一ヶ月が経ったかのように見えた。だがそれは、一週間ちょっとしか経っていない事実。
自分が思うほど、世界は回っていない。常に一定して、回っている。
軍事正常化委員会に顛倒した
エントリヒ帝国武装SS少佐……クリスチーノによる、小規模な叛乱事件。彼は自殺したことによって、事の詳細は闇の中に葬られた。しかし、彼と内通していた武装SS付き情報将校、帝国陸軍中佐の存在が発覚し、彼らとその部下は国家反逆罪によって極刑。
そして、クリスチーノと内通し、事を沈静化させようとした『元』公安SS局長モレイス中佐。彼はクリスチーノによって重傷を負っていたが、あるMAIDの手当てによって無事を得た。現在は病院で治療の受けながら、事件の詳細を聞き出しているらしい。
暗殺されかけた、ホラーツ、ライサの両名、更に黒旗と武装SS将校が癒着していたという事件に関係しているMAIDや人物。彼らには、一刻も早くこの事件を忘れるように、と皇室直々から報告があったらしい。軍部の上層部では、黒旗との密談を交わし、事の一件は両者の間で片付けられたらしい。
そして、クリスチーノが計画したMAIDの暴走事件。それは直接的な被害は出ず、偶発的な事故として処理されたらしい。真実を知る者は、ごく限りられている、だからこそ事故として処理された。明確な証拠が無ければ、どう説明して良いか分からないことだったから。
しかし、これで全てが終わったわけではない。ゼータ、オリジン、そして、クリスチーノが残した最後の言葉……。
アドルフ・ガブリエーレ。
私は、戦う。自分の存在意義を確かめる為に。
「くそっ、お前は……お前は!!」
額に血を流した恰幅の良い男性が壁に凭れながら、拳銃を前に突きつけていた。誰も居ない部屋の中、男は怯えていた。
国内における麻薬の密輸。それがある組織に発覚し、下部の組織から順に潰されていった。そして、密輸の大元となる自分たちに『彼女ら』は鉄槌を下した。護衛も殺され、命からがら隠れ家へ逃げ込んできたが、彼女らはそれさえも把握していた。
「もう無駄ですよ」
満月の光に照らされた、明かりも無い部屋で女の声が響く。そのとき、男は拳銃の引き金を引いた。銃声とマズルフラッシュによって暗闇に、一瞬の光が灯る。だが、その部屋には男しか居ない。硝煙の香りが男の鼻を刺激し、壁や天井に銃弾が当たったという感触しかしなかった。
「お前は、いったい誰なんだァ!!!!」
男が叫んだ瞬間、自身の腹部に猛烈な痛みが襲った。両手で握っていた拳銃が手元から離れ、男は空中へ身体を浮かせる。間髪居れずに、顔面、後頭部、両足。ありとあらゆる場所に打撃が襲い掛かり、男はうつ伏せになって倒れた。
「お前は、お前は……いったい、誰なんだよ!!!」
両手を使って起き上がろうとした男は、その腫れ上がった顔を上げた。何も存在しなかった男の目の前に、ぼんやりと女の姿が現れた。それは、布状のクロークを着込んだMAID。そのMAIDの右手には、先ほど男が発砲した拳銃が握り締められていた。
そしてMAIDは冷ややかな目で無様な姿を晒す男を見下ろすと、口を開く。それと同じくして、拳銃の引き金が引かれた。
「私は、矛盾した存在です」
自らの存在意義のために、パラドックスは闘い続ける。
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最終更新:2010年04月04日 08:01