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コッカーブ・クライシス


コッカーブ・クライシス
Coccab Crisis
  目次
  1.概要
  2.戦争の背景
  3.開戦
  4.開戦後の推移
  5.終戦
  6.影響

  概要
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戦争: コッカーブ・クライシス(シューマッハ電報事件)
年月日: 202年1月3日 - 203年1月4日
場所: リトアニアを主とするモスクワ軍政国・ハニカム公国国境付近地域
結果: 莫覇戦争条約により停戦
交戦勢力
モスクワ側 ハニカム側
モスクワ軍政国
ハニカム公国
モスクワ第二帝国亡命政府(物資支援のみ、実戦参加はなし)
コッカーブ・クライシス(莫:シューマッハ電報事件、独:Kokkerb-Krise(Schumacher-Telegrafenfall))は、モスクワ軍政国のロベルト・シューマッハ西部国境方面軍司令官が西部方面軍の各員に誤報を送ったことを発端とするモスクワ軍政国とハニカム公国の間で起こった一連の軍事衝突である。

  戦争の背景
モスクワ軍政国は自らの「大モスクワ主義」と呼ばれる主義から、長らくリトアニア・ベラルーシの領有権を主張してきており、リトアニア・ベラルーシを実効支配する獣人国家であるハニカム公国とはハニカム公国の建国最初期から対立関係にあった。さらにはハニカム公国の誤射事件等もあり、両国間の関係は非常に冷たく、また緊張したものとなっていた。モスクワ軍政国はハニカム公国からの攻撃に備えるためにハニカム公国との国境地帯に全軍のおよそ3分の1もの大軍を割いていた。
「大モスクワ主義」に基づく大モスクワ国。ハニカム公国の領土の全域が含まれている。

  開戦
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そんな緊張状態の続く中、モスクワ軍政国の西部国境方面軍司令官ロベルト・シューマッハは、モスクワの軍政府より「ハニカム公国からの攻撃に備えよ」「防衛に関する作戦等は全て貴官に委ねる」との電報を受け取った。これ絵をハニカム公国からモスクワ軍政国は宣戦布告を受けたと誤判断を起こしたシューマッハは、未だ越境攻撃を行なっていないハニカム公国軍は命令が行き届いていないだけだと判断し、ハニカム公国軍に対する先制攻撃を西部国境方面軍の各員に命じた。
開戦の写真の説明です。

  開戦後の推移
   リトアニア侵攻
シューマッハからの命令を受け取った西部国境方面軍各員は越境を開始し、リトアニアへと侵攻した。宣戦布告なしの完全に不意打ちなこのモスクワ軍の攻撃に対し、ハニカム公国軍は驚愕、なんとか対処しようとしつつも前線の崩壊は避けられないものとなっていた。ハニカム公国軍は前線の維持は不可能と判断し、リトアニアからの撤退を開始し、ベラルーシ側へと撤退することはできたものの、モスクワ軍のリトアニアの大部分の占領を許してしまう形となった。しかしながらこれに対して驚愕したのはハニカム公国側だけではなく、モスクワ側もまた同様であり、軍政府はシューマッハに全責任を押し付けてなんとかこの戦闘を収束させようと動き始めた。
モスクワの占領地の様子。黄色はハニカム公国が支配している地域、赤がモスクワ軍占領地域。
   長期戦の予感
当初は勢いづいていたモスクワ軍だったが、次第にハニカム公国軍が体制を立て始めると、段々と勢いは削がれてき、さらなる攻勢が難しくなり始めていた。しかしハニカム公国軍も反転攻勢に出れるほどの余力はなく、前線は膠着し始め、段々と長期戦の兆候が見え始めていた。また、シューマッハは他の方面軍もハニカム公国軍を攻撃するものだと思い込んでいたため対して物資を持たせておらず、占領地域での消費も合わせて次第に現地のモスクワ軍は補給が苦しくなり始めていった。
   ハニカム公国軍の反転攻勢
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長期戦になり、また本土からも無論補給は来ず、主要な補給物資のほとんどが尽きていたモスクワ軍は現地の占領地域にて略奪を行い、なんとかギリギリの地点で戦える状態を保っていたが、そんなモスクワ軍に対し現地のゲリラは絶え間ない攻撃を加えており、戦闘はかなり厳しい状態だった。が、そんなモスクワ軍の様子を見たハニカム軍はモスクワ軍に対し攻勢を行うことを決定した。10月下旬ごろにはモスクワ軍に対するハニカム軍の全面攻勢が開始され、ハニカム軍にも一定の被害は出たが、モスクワ軍の方が被害は大きく、モスクワ軍は撤退を開始した。
○○の戦いの写真の説明です。

  終戦
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モスクワ軍がハニカムとの交戦開始前の国境戦まで撤退したことを確認したモスクワ政府は、更なる被害を防ぐため今回の一連の軍事衝突についての経緯を説明し、謝罪こそしなかったがハニカム公国に対し一時停戦を要請した。これに対し少なからず被害を被っていたハニカム側も停戦に合意。両国間で72時間の停戦で一旦は合意された。
終戦の写真の説明です。

  影響
この一連の軍事衝突は両軍が被害を出すだけの結果となった。モスクワはリトアニアに対する野心を強め、対するハニカムはモスクワに対する不信感を強く持つことになった。この相互の不信感により停戦合意は守られたもののその後すぐに戦争は再開され、結果東欧大戦として両陣営による総力戦が展開されることになる。
東欧大戦で撮影された写真。



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最終更新:2025年11月07日 09:28