地中海戦争

地中海戦争
年月日: 2017年3月7日-
場所: 地中海-バルカン、アナトリア、中東
結果: -
交戦勢力
トラキア・ローマ帝国
シェラルド王国
ベルタティス連邦
アスベラ民国
(エルサレム共和国)
大ヒトラント帝国
ヒトラント属州
 
この戦争はシナリオ戦争です。経過を本ページ及び参加各国のページにて、記事と画像を用いて報告します。
 




地中海戦争(ちちゅうかいせんそう)は、大ヒトラント帝国属州トラキア・ローマ帝国及びその支援国との間で起こった戦争。地中海進出を図るヒトラント属州がコンスタンティノープルへと進出したことで反対する欧州諸国との戦争となった。

目次



開戦までの経緯


開戦時の勢力図

全世界同時宣戦布告という奇行を成したハメード朝をシバいた大ヒトラント帝国は、王朝解体後に属州として統治し、地中海進出の足がかりとすべく強大な軍事力を設置した。欧州各国が欧州大戦で内ゲバしている間にアナトリア半島及びイスラエル、ヨルダン方面へと進出、地上戦力の圧倒によりこれらを制圧し巨大な勢力圏を形成、地中海の島々へも「調査」名目で艦艇派遣を繰り返していた。

欧州大戦から立ち直った欧州各国は遅ればせながら対応を開始。神州大和帝国の大規模な海軍演習やベルタティス連邦の哨戒飛行等で属州の拡張を牽制したが結果は芳しくなく、属州軍は素知らぬ顔で挑発行為を繰り返し、遂にトラキア・ローマ帝国の勢力圏であるコンスタンティノープル目前、ボスポラス海峡まで迫っていた。

黒海の封鎖及びコンスタンティノープルの陥落は防衛戦略上致命的な損失であり看過できないとして、ローマ帝国はベルタティス連邦、そして大戦後の膨大な賠償金の恩赦を目論むシェラルド王国の三国合同で属州に対し最後通牒を通達し、コンスタンティノープルへと戦力を集結させた。属州は対抗して直前のゲブゼへと戦力を集結させ、まさに一触即発の状態となった。

ゲブゼへの動員が概ね完了した頃、属州はシェラルドの工作員をイスラエルにて捕縛、大規模な民族クーデターの計画を掴み、鎮圧へと乗り出す。シェラルドは慌てて計画を前倒ししエルサレム共和国を承認、全面的な支援に乗り出し、これらの工作によりなんだかんだ脇腹を刺された属州は報復的措置としてコンスタンティノープルへの進軍を命令、双方が宣戦を布告し戦争が始まった。

戦争の経過


降下する属州軍

3月7日、コンスタンティノープル防衛線にて最初の戦闘が発生した。ヒトラント帝国属州軍二個大隊による攻勢をローマ=シェラルド連合軍は難なく撃退、勝利を収めた。両国、とりわけシェラルドはこの戦果を元に属州軍の戦力想定を下方修正し更生計画の提案まで行った。しかし、属州軍はこれを威力偵察部隊として送り出しており、持ち帰ったデータを元に大規模攻勢の準備を整えていた

3月8日、属州軍は海峡東部の都市ユスキュダルへ総兵力3万を超える大軍で侵攻、火砲陣地化したユスキュダルより対岸のイスタンブルへと攻撃を開始した。砲兵部隊による重厚な準備射撃及び機械化歩兵部隊による突撃を以って都市は瞬く間に瓦礫と火の海へと作り変えた。ローマ=シェラルド連合軍は突然の攻撃にやや対応に遅れを取るも、直ちに同程度の砲兵射撃を以って応戦。両岸の地形は一夜にして大きく書き換えられることとなったが、ボスポラス海峡越境には至らなかった。 同時にシェラルドはエルサレム共和国に対し全面的な軍事的支援を開始。ベルタティス連邦航空艦隊の支援の元で二個海兵連隊を揚陸艦隊によって投入した。突入する港湾部は概ね共和国の制圧下にあり敵航空機以外の妨害無く揚陸を完了した。
また、黒海にてローマ帝国の対岸に位置するアスベラ民国が連合国側に立って参戦を表明した。

3月13日、属州軍は再び攻勢を開始。ボスポラス大橋を確保し渡航攻撃の足がかりとすることを目指す属州軍は第一次攻勢以上の質量攻撃を敢行。地上戦、航空戦共に優勢を勝ち取り、連合軍の抵抗を押し破り大橋の制圧へと迫った。追い詰められた連合軍はやむを得ず大橋を放棄、渡航攻撃を阻むべく爆破処理を行った。

3月17日、熾烈な航空戦を制し優勢の確保を達成した属州軍は、ボスポラス海峡対岸へと大規模な空挺降下作戦を決行した。連合軍は決死の阻止攻撃を試みるも、敵制空化での戦闘は困難であり防衛線は壊滅。属州軍は連合軍を後方防衛線へと撤退させることに成功し、渡航作戦を完遂。コンスタンティノープルを陥落させた。この際、電撃的侵攻の最中にローマ軍の一部が包囲されている。<NEW>


戦争の結果


まだ

連絡先

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