契約の星は流れた ◆RwUmY1K.wU
蘇芳・パヴリチェンコの前に一人の男がいる。
彼女の父を殺し、彼女を契約者として鍛え、彼女と旅をして日本へと導き――そして彼女が恋をした男。
『黒(ヘイ)』。本名は知らない。
知っているのは彼が凄腕のエージェントだということ――そして『黒の死神』の異名をとる極めて強力な契約者だということ。
その男が今、
どこまでも冷たい瞳で、
蘇芳に向けて、月光の煌めきを反射する鋭い刃を向けていた。
.
蘇芳・パヴリチェンコはロシア人の父と日本人の母の間に生まれた13歳の少女だ。
父の死に端を発する一連の事件の行程は、遠くロシアから日本へ、そして東京のゲートで途切れる。
蘇芳はそこで双子の弟である紫苑と邂逅し、自身の出生の秘密を知り――そして、「イザナミ」へと覚醒したドール・銀によってその生涯を閉じた。
父の死に端を発する一連の事件の行程は、遠くロシアから日本へ、そして東京のゲートで途切れる。
蘇芳はそこで双子の弟である紫苑と邂逅し、自身の出生の秘密を知り――そして、「イザナミ」へと覚醒したドール・銀によってその生涯を閉じた。
恋焦がれる黒の腕の中。
どこまでも旅を続ける。
寡黙な男の精一杯の嘘を噛み締めながら、静かな眠りについた。
どこまでも旅を続ける。
寡黙な男の精一杯の嘘を噛み締めながら、静かな眠りについた。
その、はずだった。
しかし、今。
気がつけば蘇芳は蘇芳の記憶を保ったまま、蘇芳として存在していた。
気がつけば蘇芳は蘇芳の記憶を保ったまま、蘇芳として存在していた。
目にも鮮やかな桃色の髪をした車椅子の少女。
少女に殺されたと思しき三人の人間。
かつて目の前で死んだはずの契約者。
その契約者を苦もなく殺害した、やはりこちらも桃色の髪の女。
少女に殺されたと思しき三人の人間。
かつて目の前で死んだはずの契約者。
その契約者を苦もなく殺害した、やはりこちらも桃色の髪の女。
あらゆる事象をその瞳でしかと確認しておきながら、蘇芳は現実感を感じられないまま茫洋と流されていた。
どうしてここにいるんだろう――その拭いがたい違和感を払拭できぬまま事態は更に進展し、気がつけば夜天の星空の下へと放り出されていた。
耳を澄ませば波濤の音が聞こえる。
コンテナ、漁船、貨物運搬用のフォークリフト。
見渡せばそこはどうやら港であるようだった。
どうしてここにいるんだろう――その拭いがたい違和感を払拭できぬまま事態は更に進展し、気がつけば夜天の星空の下へと放り出されていた。
耳を澄ませば波濤の音が聞こえる。
コンテナ、漁船、貨物運搬用のフォークリフト。
見渡せばそこはどうやら港であるようだった。
ふと、空を見る。
偽りの星。
契約者たちの命を暗示するという空。
その一つが流れたのをなんとなく目で追う。
あれがさっきのゴランという男の星か。
そう考え、数分は空を見上げていただろうか。
ぼんやりと視線を下ろしたとき。
契約者たちの命を暗示するという空。
その一つが流れたのをなんとなく目で追う。
あれがさっきのゴランという男の星か。
そう考え、数分は空を見上げていただろうか。
ぼんやりと視線を下ろしたとき。
音もなく、黒い影が蘇芳の前に存在していた。
霞がかった蘇芳の思考に電撃が走る。
そこにいた人物を、蘇芳が見間違えるはずはない……絶対に。
そこにいた人物を、蘇芳が見間違えるはずはない……絶対に。
「――黒?」
黒髪黒瞳、全身を包む黒コート。
紛れもなくあの契約者のものだった。
蘇芳の全身に歓喜が溢れる。
夢うつつの中、もう二度と会えないと、そう確信していた大切な人にまた逢えたのだから。
紛れもなくあの契約者のものだった。
蘇芳の全身に歓喜が溢れる。
夢うつつの中、もう二度と会えないと、そう確信していた大切な人にまた逢えたのだから。
「黒!」
蘇芳は、黒へと駆け寄る。
その胸に飛び込むつもりだった。
もう絶対に離れないと、今度こそ離さないでくれと、思いの丈を込めて抱き締めようとした。
その胸に飛び込むつもりだった。
もう絶対に離れないと、今度こそ離さないでくれと、思いの丈を込めて抱き締めようとした。
だが。
寸前に突き付けられた切っ先が、蘇芳の想いを一瞬にして冷却した。
一体誰がと考えるまでもない。
その短刀を構えているのは黒以外にいなかったのだから。
寸前に突き付けられた切っ先が、蘇芳の想いを一瞬にして冷却した。
一体誰がと考えるまでもない。
その短刀を構えているのは黒以外にいなかったのだから。
「へ、黒……?」
「お前、何者だ」
「お前、何者だ」
ぞっとするほど感情を感じさせない声で黒が言う。
初めて会ったときと同じくらい――いいや、あれよりももっと冷たい。
まるで「未知の敵を警戒しているような」、そんな声で黒は蘇芳へと言葉を投げかけてきた。
初めて会ったときと同じくらい――いいや、あれよりももっと冷たい。
まるで「未知の敵を警戒しているような」、そんな声で黒は蘇芳へと言葉を投げかけてきた。
「なぜ俺の名を知っている?」
「な、何言ってるんだよ。ボクだよ、蘇芳だよ!」
「組織の追っ手か。契約者なら容赦はしない」
「え――わぁっ!」
「な、何言ってるんだよ。ボクだよ、蘇芳だよ!」
「組織の追っ手か。契約者なら容赦はしない」
「え――わぁっ!」
黒が一歩踏み込む。
一筋の銀光となった短刀が蘇芳の首を刈るべく閃いた。
だが、蘇芳とて散々黒に鍛えられた身だ。
その動きは覚えている。次にどう動くかも予想できる。
屈めた頭の上を刀がかすめ、続けざまに放たれた下からの蹴りも両腕で受け止め、その勢いで後方に大きく間合いを取ることができた。
一筋の銀光となった短刀が蘇芳の首を刈るべく閃いた。
だが、蘇芳とて散々黒に鍛えられた身だ。
その動きは覚えている。次にどう動くかも予想できる。
屈めた頭の上を刀がかすめ、続けざまに放たれた下からの蹴りも両腕で受け止め、その勢いで後方に大きく間合いを取ることができた。
距離を取ると汗がどっと吹き出てきた。
今、黒は蘇芳を殺そうとした。
間違いなく殺意を持って攻撃を仕掛けてきた。
その事実に恐怖を感じるよりも先に――胸が張り裂けそうな悲しみに襲われた。
今、黒は蘇芳を殺そうとした。
間違いなく殺意を持って攻撃を仕掛けてきた。
その事実に恐怖を感じるよりも先に――胸が張り裂けそうな悲しみに襲われた。
「どうして、どうしてボクを襲うんだよ! ボクのこと忘れたって言うの!?」
「お前のことなど俺は知らない」
「お前のことなど俺は知らない」
必死に叫ぶも、返ってくる声は氷のよう。
黒の敵意と殺意を乗せた視線が、槍のように蘇芳を刺す。
それは実際に刃で傷つけられるよりもなお深く、蘇芳の心を切り刻んだ。
あの旅の中で芽生えたほのかな思いも全て否定されているようで。
黒の敵意と殺意を乗せた視線が、槍のように蘇芳を刺す。
それは実際に刃で傷つけられるよりもなお深く、蘇芳の心を切り刻んだ。
あの旅の中で芽生えたほのかな思いも全て否定されているようで。
気がつけば、蘇芳の頬を透明な雫が滑り落ちていた。
「嘘だよ……そんなの、信じない……黒がボクのことを忘れたって……ボクは忘れたりするもんか……!」
ここが殺し合いをする場であることなどもはや意識の外。
黒に拒絶された、その事実だけが蘇芳を契約者ではなく幼い少女へと立ち戻らせた。
ぼろぼろとこぼれる涙を抑えきれず、蘇芳は膝から崩れ落ちる。
その様子を見て――驚愕したのはなぜか黒だった。
黒に拒絶された、その事実だけが蘇芳を契約者ではなく幼い少女へと立ち戻らせた。
ぼろぼろとこぼれる涙を抑えきれず、蘇芳は膝から崩れ落ちる。
その様子を見て――驚愕したのはなぜか黒だった。
「なぜ、泣く? お前は契約者ではないのか?」
「……ずっと……一緒に、旅を……なのに……」
「……ずっと……一緒に、旅を……なのに……」
黒の言葉も、もう耳に届かない。
口をついて流れ出したのは蘇芳を蘇芳として構成する全て――かけがえのない大切な記憶だ。
口をついて流れ出したのは蘇芳を蘇芳として構成する全て――かけがえのない大切な記憶だ。
「ボクと、黒と……マオと、ジュライと、四人で……なのに、どうして……?」
「マオ? 今、マオと言ったか?」
「マオ? 今、マオと言ったか?」
黒が、短刀を下ろし蘇芳へと一歩近づいた。
蘇芳は両手で顔を覆っていたため気付かなかったが、黒の顔にはすでに戦意よりも戸惑いの方が色濃く浮かんでいた。
彼が伸ばした指先が今、蘇芳へと触れようとしたところで。
蘇芳は両手で顔を覆っていたため気付かなかったが、黒の顔にはすでに戦意よりも戸惑いの方が色濃く浮かんでいた。
彼が伸ばした指先が今、蘇芳へと触れようとしたところで。
「――ッ!?」
黒は獣のごとき俊敏さで体を捻り跳躍、壁を蹴って瞬く間に数十メートルを移動して見せた。
その後を追うように激しい爆発音。
黒が今しがた蹴った壁、コンテナが爆砕した。
その後を追うように激しい爆発音。
黒が今しがた蹴った壁、コンテナが爆砕した。
「そこの娘! 大丈夫か!」
「――え?」
「――え?」
肌を炙る熱風によって、蘇芳は自失から強引に引き戻される。
視界の隅に現れたのは巨大なロケット砲を構えた赤毛の少女だった。
視界の隅に現れたのは巨大なロケット砲を構えた赤毛の少女だった。
「こっちへ走れ! まださっきのやつに狙われてるぞ!」
思考能力を失くした蘇芳は、少女に言われるがまま足を動かした。
(さっきのやつって誰のことなんだろ……?)
赤毛の少女の背後へと蘇芳はたどり着く。
少女はざっと蘇芳の全身を観察し、肩を叩く。
少女はざっと蘇芳の全身を観察し、肩を叩く。
「よし、怪我はしていないな」
「えっと、うん……え、誰?」
「私はカノン・メンフィスだ。泣いていたのはお前なんだろ。それが聞こえたから走ってきたら、あの男に襲われていたからな」
「助けて……くれたの?」
「まだ助かってはいないようだ」
「えっと、うん……え、誰?」
「私はカノン・メンフィスだ。泣いていたのはお前なんだろ。それが聞こえたから走ってきたら、あの男に襲われていたからな」
「助けて……くれたの?」
「まだ助かってはいないようだ」
カノンが顔を巡らせる。
その視線の先には、背後に炎上する埠頭を背負う黒の死神――黒が、感情のない瞳で蘇芳を、乱入してきたカノンを見ている。
両手に携える短刀は構えられてはいない。
カノンを敵かどうか計りかねている、蘇芳にはそんな風に見えた。
その視線の先には、背後に炎上する埠頭を背負う黒の死神――黒が、感情のない瞳で蘇芳を、乱入してきたカノンを見ている。
両手に携える短刀は構えられてはいない。
カノンを敵かどうか計りかねている、蘇芳にはそんな風に見えた。
「あ……黒……」
「下がってろ。この距離なら十分仕留められる」
「下がってろ。この距離なら十分仕留められる」
カノンが大砲を構え直す。
その
大砲の名はフリーガーハマー。
とある世界の連合軍第501統合戦闘航空団に所属するウィッチ、サーニャ・V・リトヴャク中尉が愛用する携帯用の対空ロケット砲だ。
全長1318mm、口径20mm。弾薬装填時の総重量は10kg近くにもなる。
9門のロケット弾頭発射筒を一つに束ねた、過剰なまでに強力な重火器である。
その本来の用途は対ネウロイ用、間違っても人間に向けるべきものではない。
その
大砲の名はフリーガーハマー。
とある世界の連合軍第501統合戦闘航空団に所属するウィッチ、サーニャ・V・リトヴャク中尉が愛用する携帯用の対空ロケット砲だ。
全長1318mm、口径20mm。弾薬装填時の総重量は10kg近くにもなる。
9門のロケット弾頭発射筒を一つに束ねた、過剰なまでに強力な重火器である。
その本来の用途は対ネウロイ用、間違っても人間に向けるべきものではない。
威力のほどは、積み上げられていたコンテナを粉々に吹き飛ばし港の一角を火の海に変えたことから見てわかるとおり強力無比。
いかに黒が練達の戦士であろうと、隠れる場所もなく対処できる相手ではない。
いかに黒が練達の戦士であろうと、隠れる場所もなく対処できる相手ではない。
カノンの明確な敵意を感じ取り、黒が身を沈める。
疾走の兆候。
カノンが引き金を引く。
放たれるロケット弾の嵐。
黒が今までいた場所へ、一瞬にして巨大なクレーターが穿たれる。
だが蘇芳の目は黒が消滅する瞬間を映してはいない。
神速で振るわれる黒の腕。
そこから伸びたロープが、遠く離れた場所の鉄塔へと巻きついた。
疾走の兆候。
カノンが引き金を引く。
放たれるロケット弾の嵐。
黒が今までいた場所へ、一瞬にして巨大なクレーターが穿たれる。
だが蘇芳の目は黒が消滅する瞬間を映してはいない。
神速で振るわれる黒の腕。
そこから伸びたロープが、遠く離れた場所の鉄塔へと巻きついた。
(船を係留するロープだ)
黒が空中に発射されたように飛び出して、爆風の殺傷範囲から逃れていく。
蘇芳は自分がひどく冷静に黒の挙動を観察していることに気がついた。
黒があの程度で死ぬはずがないという信頼と、自分なら黒の動きを先読みして攻撃できるという漠とした感覚があった。
蘇芳は自分がひどく冷静に黒の挙動を観察していることに気がついた。
黒があの程度で死ぬはずがないという信頼と、自分なら黒の動きを先読みして攻撃できるという漠とした感覚があった。
そう、蘇芳には最強の契約者である黒すらも倒し得る奥の手がある。
自身の契約能力――ロシア製の対戦車ライフル・デグチャレフPTRD1941を虚空から具現化し、撃発させる能力が。
一対一なら黒に当てられる道理はないが、カノンが追い立てている今なら黒の未来位置を予測するのは容易い。
なにせずっとともに旅をしてきたのだ。
彼が戦う姿も幾度となく見た。
だからこそ――
自身の契約能力――ロシア製の対戦車ライフル・デグチャレフPTRD1941を虚空から具現化し、撃発させる能力が。
一対一なら黒に当てられる道理はないが、カノンが追い立てている今なら黒の未来位置を予測するのは容易い。
なにせずっとともに旅をしてきたのだ。
彼が戦う姿も幾度となく見た。
だからこそ――
(ボクは、黒を殺せる)
そう、確信していた。
「ちょこまかと――だが、これで!」
黒を手強いと見たカノンは、懐から小ぶりな果実のようなものを取り出した。
口に近づけ、噛み付く――歯でピンを抜いた。
そして大きく腕を振り投擲する。
口に近づけ、噛み付く――歯でピンを抜いた。
そして大きく腕を振り投擲する。
「伏せろ!」
そのままカノンに頭を押さえつけられた。
一拍遅れて爆発音。
一拍遅れて爆発音。
(手榴弾だ)
標的の近くで爆発し爆風と破片を撒き散らす武器。
ロケットなら避けられても、無数に飛び散る破片を至近距離から全てかわしきるなど人間にはとても不可能だ。
地面に這ったままなんとか目をこじ開ける。
そこには鮮血を撒き散らしつつ地面へと転がる黒の姿があって。
ロケットなら避けられても、無数に飛び散る破片を至近距離から全てかわしきるなど人間にはとても不可能だ。
地面に這ったままなんとか目をこじ開ける。
そこには鮮血を撒き散らしつつ地面へと転がる黒の姿があって。
「やったか――つっ!?」
仕留めたと見て油断したカノンの左肩に短刀が突き刺さった。
地面に転がりながらも黒が反撃を試みたのだ。
地面に転がりながらも黒が反撃を試みたのだ。
「くっ――だったら!」
カノンが再度フリーガーハマーを構える。
手榴弾を投げるほどの暇はなく、過剰といえどもその攻撃が最短で危険を排除できるただ一つの方法だったからだ。
黒が飛び起きるも、その動きはやや精彩を欠いている。
どこか負傷したのだろうか。
あれではカノンの攻撃を避けられない、と蘇芳は加速する意識の中で認識する。
手榴弾を投げるほどの暇はなく、過剰といえどもその攻撃が最短で危険を排除できるただ一つの方法だったからだ。
黒が飛び起きるも、その動きはやや精彩を欠いている。
どこか負傷したのだろうか。
あれではカノンの攻撃を避けられない、と蘇芳は加速する意識の中で認識する。
(黒が、死ぬ――)
「これで」
(黒が、殺される――)
「とどめだ!」
(黒が――)
「当たれぇっ!」
撃発――
「――――――撃つなぁぁああああああああああぁぁあああああああっっ!!」
ドンッ。
重く深い、たった一発の銃声が駆け抜けた。
「――え?」
カノン・メンフィスは、フリーガーハマーを取り落とした。
空いた右手で自身の胸を撫でる。
そこには今しがたできたばかりの大穴が開いていて、本来あるべきものがなかった。
ふらふらと足を組み替え、背後を見る。
そこには長大な銃を構えた、カノンが守ろうとした少女の姿があって――
空いた右手で自身の胸を撫でる。
そこには今しがたできたばかりの大穴が開いていて、本来あるべきものがなかった。
ふらふらと足を組み替え、背後を見る。
そこには長大な銃を構えた、カノンが守ろうとした少女の姿があって――
「ごめん。ボクのこと、恨んでいいよ」
涙でくしゃくしゃに歪んだ顔で、そんな言葉をかけられた。
理解する。
自分の命はここで尽きたのだと。
自分の命はここで尽きたのだと。
(すまない……みんな)
脳裏に次々と大事な人の顔が浮かんでは消える。
真壁一騎、遠見真矢、近藤剣司。
ともに蒼穹作戦を実行するはずだったアルヴィスの子供たち。
ともに蒼穹作戦を実行するはずだったアルヴィスの子供たち。
皆城総士。
フェストゥムの本拠地から救うはずだった、一騎の親友。
フェストゥムの本拠地から救うはずだった、一騎の親友。
日野道生。
人類軍に身を置いていたとき、唯一信じられた上官。
人類軍に身を置いていたとき、唯一信じられた上官。
彼らに対し申し訳ないという気持ちが生まれ、そしてすぐに消える。
最後に現れたのは羽佐間容子。
娘を失った後、島に投降したカノンを引き取り母として育ててくれた人。
最後に現れたのは羽佐間容子。
娘を失った後、島に投降したカノンを引き取り母として育ててくれた人。
(……母さんって……呼びたかった、な……)
届かない手を伸ばす。
暗闇の夜空に一筋の流れ星を見つけた。
願い事があるとするなら、夜空の向こうに求めた蒼穹があってほしい――そう願い、カノンは目を閉じた。
暗闇の夜空に一筋の流れ星を見つけた。
願い事があるとするなら、夜空の向こうに求めた蒼穹があってほしい――そう願い、カノンは目を閉じた。
生成したライフルが桜色の飛沫となって溶け消える。
蘇芳の手は無意識にデイバッグを探り、探し当てた冊子から無造作に一枚を破り取った。
ぺたんと腰を下ろし、泣きながら一心に紙を折っていく。
蘇芳の手は無意識にデイバッグを探り、探し当てた冊子から無造作に一枚を破り取った。
ぺたんと腰を下ろし、泣きながら一心に紙を折っていく。
「それがお前の対価か」
声が聞こえた。
だが蘇芳は顔を上げられない。
また拒絶されたら今度こそ心が耐えられないと知っていたから。
炎が照らす静寂の中、蘇芳は手の中で形を成していく折鶴だけを見詰めていた。
黒は、それを黙ってみていた。
だが蘇芳は顔を上げられない。
また拒絶されたら今度こそ心が耐えられないと知っていたから。
炎が照らす静寂の中、蘇芳は手の中で形を成していく折鶴だけを見詰めていた。
黒は、それを黙ってみていた。
「……ぁ」
そして、折鶴は完成してしまった。
対価を払い終えてしまった。
否応なく現実へ向き合う時間がやって来る。
震える瞳が黒の足を捉え、徐々に上がっていく。
今度こそ黒は自分を殺すのだろう。
旅の全てを否定するために。
対価を払い終えてしまった。
否応なく現実へ向き合う時間がやって来る。
震える瞳が黒の足を捉え、徐々に上がっていく。
今度こそ黒は自分を殺すのだろう。
旅の全てを否定するために。
(ずっと一緒にいてくれるって、言ったのに――)
だったらせめて、殺される寸前まで黒を睨みつけてやろう。
そうすることで黒の記憶に焼きつく一片の焦げ付きになってやる。
そう、無理やりに自分を納得させて、蘇芳は黒の顔へと視線を上げきった。
そうすることで黒の記憶に焼きつく一片の焦げ付きになってやる。
そう、無理やりに自分を納得させて、蘇芳は黒の顔へと視線を上げきった。
すると黒は、
刀など握っていない腕を伸ばし、
蘇芳の涙を、力強く拭った。
「……え?」
「俺はお前を知らない。だがお前は俺を知っている――そうだな?」
「俺はお前を知らない。だがお前は俺を知っている――そうだな?」
かけられた言葉はやはり冷たい。
だがそこにさきほどまでの硬質な響きは、蘇芳に対する殺意は既になく。
だがそこにさきほどまでの硬質な響きは、蘇芳に対する殺意は既になく。
「黒?」
「マオの名も知っている、何故だ? あいつはすでに組織に処分されたはずだ」
「それはっ……だから、一緒に旅をしてきたから! ボクと、黒と、ジュライと、ペーチャ――えっと、モモンガに憑依したマオとで……!」
「ジュライ――たしかMI6のドールがそういう名前だったな。そしてマオの能力も知っている……」
「マオの名も知っている、何故だ? あいつはすでに組織に処分されたはずだ」
「それはっ……だから、一緒に旅をしてきたから! ボクと、黒と、ジュライと、ペーチャ――えっと、モモンガに憑依したマオとで……!」
「ジュライ――たしかMI6のドールがそういう名前だったな。そしてマオの能力も知っている……」
黒は短剣をコートの内に収める。
それは蘇芳を殺す気は無くなったという雄弁な証拠だった。
それは蘇芳を殺す気は無くなったという雄弁な証拠だった。
「蘇芳」
名を呼ばれた。
声に込められた思いは違う。
それでも、記憶にあるのと同じ声で、もう一度名前を呼んでくれた。
涙の温度が変わる。
冷たかったそれはいまや灼熱の熱さに感じられた。
声に込められた思いは違う。
それでも、記憶にあるのと同じ声で、もう一度名前を呼んでくれた。
涙の温度が変わる。
冷たかったそれはいまや灼熱の熱さに感じられた。
「黒……!」
その熱さに突き動かされるまま、蘇芳は黒へと抱きついた。
そして、盛大に泣き始める。
そして、盛大に泣き始める。
「うう、ああ……うわあああ……ああああああっ!」
黒は戸惑ったようにその小さな肩を抱く。
そして周囲を見渡して、蘇芳が撃ち殺した少女の亡骸をしばし見詰める。
やがて泣き疲れたか蘇芳は寝息を立て始めた。
嘆息し、黒は蘇芳をその場に横たえカノンの遺体へと近寄っていった。
そして周囲を見渡して、蘇芳が撃ち殺した少女の亡骸をしばし見詰める。
やがて泣き疲れたか蘇芳は寝息を立て始めた。
嘆息し、黒は蘇芳をその場に横たえカノンの遺体へと近寄っていった。
蘇芳の銃撃によって胸を撃ち抜かれたカノンの顔は、不思議と痛みに歪んではいなかった。
ただ、何かを遣り残したような、そんな無念さだけが感じられた。
ただ、何かを遣り残したような、そんな無念さだけが感じられた。
「…………」
黒は、何も言わずカノンが落としたフリーガーハマーを拾う。
ストラップを肩にかけ、腰に吊るす。
合わせてデイバッグも回収し、蘇芳を背負い足早に歩き出す。
ストラップを肩にかけ、腰に吊るす。
合わせてデイバッグも回収し、蘇芳を背負い足早に歩き出す。
黒の背で蘇芳は眠る。
あるべき場所に戻ってきた安心感を抱いて。
人を殺した――その罪の重さを受け止めきれないままに。
あるべき場所に戻ってきた安心感を抱いて。
人を殺した――その罪の重さを受け止めきれないままに。
窮地を救われたということは黒も理解していた。
東京を脱出した後執拗に黒と銀を追ってきた組織の刺客でもないらしい。
だがそうだとするとやはり蘇芳の言っていることは黒には理解できない。
死んだはずのマオ、敵のドールであるジュライとともに旅をしたなど黒の記憶にあるはずもない。
だが嘘と切り捨てるには蘇芳の様子はあまりにも尋常ではなかった。
東京を脱出した後執拗に黒と銀を追ってきた組織の刺客でもないらしい。
だがそうだとするとやはり蘇芳の言っていることは黒には理解できない。
死んだはずのマオ、敵のドールであるジュライとともに旅をしたなど黒の記憶にあるはずもない。
だが嘘と切り捨てるには蘇芳の様子はあまりにも尋常ではなかった。
涙を流す契約者。
黒の知らない黒の記憶を持つ少女。
黒の知らない黒の記憶を持つ少女。
殺す気には、なれなかった。
蘇芳が殺してしまった少女に、黒はかける言葉を見つけられなかった。
最初から殺す気があったわけではない。
発端は誤解だったとはいえ、応戦していくうちに油断ならない敵だということはわかった。
しかしだとしても、黒にはカノンを殺さずに止められる確信があったのだ。
最初から殺す気があったわけではない。
発端は誤解だったとはいえ、応戦していくうちに油断ならない敵だということはわかった。
しかしだとしても、黒にはカノンを殺さずに止められる確信があったのだ。
カノンへ投げつけた短刀にくくりつけておいたロープ。港を探索しているときに拝借したものだ。
愛用する金属製のワイヤーではないから
使い勝手は今ひとつだが、それでも一度くらいの能力使用には耐えられただろう。
弱めに調節した電撃で少女の自由を奪う。黒はそのつもりだった。
愛用する金属製のワイヤーではないから
使い勝手は今ひとつだが、それでも一度くらいの能力使用には耐えられただろう。
弱めに調節した電撃で少女の自由を奪う。黒はそのつもりだった。
だが、蘇芳が介入してきたのは予想外だった。
もちろんカノンも反撃を試みていたためタイミングとしてはギリギリであり、もしかしたら黒は死んでいたかもしれなかった。
つまり黒が生きているのは蘇芳のおかげと言えなくもないのだが、その代償として蘇芳は人の命を奪ってしまった。
もちろんカノンも反撃を試みていたためタイミングとしてはギリギリであり、もしかしたら黒は死んでいたかもしれなかった。
つまり黒が生きているのは蘇芳のおかげと言えなくもないのだが、その代償として蘇芳は人の命を奪ってしまった。
黒はすっかり殺しの感触に慣れてしまっていたが、この少女ははたしてどうだろうか。
目覚めればその現実と向き合わざるを得なくなる。
目覚めればその現実と向き合わざるを得なくなる。
「……とにかく、身を隠す。ここからだと商店街が近いな……」
足を動かしながらも思考は止まらない。
この状況は「組織」の仕業なのか。
確かめる必要がある。
確かめる必要がある。
パートナーであるドール・銀も巻き込まれている。
早急に探し出さなければならない。
早急に探し出さなければならない。
蘇芳は敵か、そうではないのか。
彼女が目覚める前に黒も蘇芳をどう扱うか決めておく必要があった。
彼女が目覚める前に黒も蘇芳をどう扱うか決めておく必要があった。
拷問して情報を引き出すのか、懐柔して情報を引き出すのか。
結果は同じだがそこに至るまでの手段でこの少女との関係も変わるだろう。
結果は同じだがそこに至るまでの手段でこの少女との関係も変わるだろう。
やることは多い。
黒の死神は深く嘆息し、一気にスピードを上げ夜の闇へと走り去った。
黒の死神は深く嘆息し、一気にスピードを上げ夜の闇へと走り去った。
【カノン・メンフィス@蒼穹のファフナー 死亡】
【残り60人】
【一日目 H-3 港 深夜】
【黒@DARKER THAN BLACK】
[状態]疲労(小)、全身に軽い裂傷
[装備]椎名の短刀×2@Angel Beats!
[道具]基本支給品×2、ロープ@現実、フリーガーハマー(残弾70%)@ストライクウィッチーズ
[思考]
基本:銀とともに殺し合いから脱出する
1:蘇芳の素性を確かめる
2:銀と合流したい
3:この殺し合いが「組織」の仕業かどうか確かめる
[備考]
※一期最終回後から参加。契約能力使用可能。
[状態]疲労(小)、全身に軽い裂傷
[装備]椎名の短刀×2@Angel Beats!
[道具]基本支給品×2、ロープ@現実、フリーガーハマー(残弾70%)@ストライクウィッチーズ
[思考]
基本:銀とともに殺し合いから脱出する
1:蘇芳の素性を確かめる
2:銀と合流したい
3:この殺し合いが「組織」の仕業かどうか確かめる
[備考]
※一期最終回後から参加。契約能力使用可能。
【蘇芳・パヴリチェンコ@DARKER THAN BLACK】
[状態]気絶、疲労(小)
[装備]なし
[道具]基本支給品×1、特別支給品0~2個(未確認)
[思考]
基本:黒と旅を続ける
1:黒に自分のことを思い出してほしい
2:黒を守る
[備考]
※二期最終回、銀に魂を吸われた直後からの参加。
※ルールブックのページを数枚消費
[状態]気絶、疲労(小)
[装備]なし
[道具]基本支給品×1、特別支給品0~2個(未確認)
[思考]
基本:黒と旅を続ける
1:黒に自分のことを思い出してほしい
2:黒を守る
[備考]
※二期最終回、銀に魂を吸われた直後からの参加。
※ルールブックのページを数枚消費
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蘇芳・パヴリチェンコ | ||
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