21世紀深夜アニメバトルロワイアル@ウィキ

doll

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希望なんてなかった。
ただ、1秒毎に死へと近付いていくだけの日々。
大好きな音楽も、心惹かれた少女との繋がりも自ら断ち、この世への未練を、心を苦しめる全てを、捨て去ろうと思ってきた。

では、このゲームは、希望なのか?
殺し合い、最後の一人まで生きのこれば、どんな願いも叶うとルールブックは告げていた。
死者の蘇生さえも可能だと。

「あれは、確かに優子ちゃんだったよな……」

それを証明するかのように蘇った、死んだはずの昔の知り合い。
最初の広間で見た少女の容姿を思い出す。
あれが本当に雨宮優子だとするなら、優勝者に提示された奇跡じみた報酬にも真実味が増す。

久瀬修一は、心疾患を患っている。
現代医学では、原因の究明すら困難な症例で、既に寿命も残りわずか。
座して死を待つ以外に、選択肢などなかった。

これまでは。

「優勝すれば……この病気も治るのか……?」

病気さえ治れば、死なずに済む。
音楽もまたやれる。
あの子の想いにも――応えてやる事が出来る。

だが、80人もの参加者の中から病気を抱えた自分が優勝する可能性など、ただの1%もあるのだろうか。
結果の判り切ったゲームになど、乗るつもりはない。
それが今まで貫いてきた久瀬の人生哲学であったし――どうせ死ぬなら、人殺しなどという負い目を持ったまま死にたくない。
最後はせめて、心安らかなまま逝きたかった。

じゃあとりあえず学生時代の友人――火村にでも会いに行ってみるか。
あいつの事だ。多分、島の最北端にある教会にでもいるんだろう。
そう考え、ポニーテールに結わえた髪を揺らして、くるりと方向転換した時だった。

心臓が、ひび割れた。

呼吸が出来ない。
全身を巡る血流が止まる。
全身がバラバラに弾けそうになる衝撃。
既に何度も味わった――だが、一向に慣れる事のない激痛。

心臓の発作だった。

一気に狭まった視界の中、支給された鞄だけが、眼に映る。

「ぐ、わあああぁぁーーーー」

悲鳴をあげる事すら、もどかしい。
薬だ。


薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬

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(クスリ! クスリは……入っていないのかっ!?)

まるで思い通りに動かない手が、鞄の中を必死にまさぐる。
不要な内容物を弾き飛ばしながら、痙攣する指が、触り慣れた手触りの瓶を掴み取る。

――あったっ!

瓶の中身を確認する事もなく、久瀬は瓶を口につけ、カプセルを口の中に流し込む。
水も呑まずに乱暴に体内に流しこまれたカプセルは、それでもその殻を速やかに溶かし、薬剤を体に浸透させる。
たちまちのうちに収まる久瀬の発作。
荒い息を吐きながら、久瀬は瓶を握った手を握り締める。

「死に……たくねぇよぉっ!!」

封じ込めていたかった、醜い本音が漏れる。
学生時代から大好きだった音楽。
親の反対を押し切り、音羽学園を中退してまで留学して、死に物狂いで頑張って夢を叶えた。
同世代の人間の、何倍ものリスクを冒して、努力して――その甲斐あって世界的に有名なヴァイオリニストとなり
……今では天才ヴァイオリニストとの呼び声高く、何枚もCDを出して何不自由のない生活を送っている。
それをなぜ――病気なんかの為に、失わなければいけないんだ?

なぜ? 俺なんだ?
なぜ? 病気が治らないんだ?
なぜ? 発症してしまったんだ?
なぜ? 他の奴じゃなかったんだ?
なぜ? 寿命が残りわずかなんだ?
なぜ? 今なんだ?
なぜ? 学生時代にでも死んでしまわなかったんだ?
なぜ? もっと報われた人生を楽しんでからじゃないんだ?
なぜ? 生まれて来てしまったんだ?
なぜ? 楽に死ねないんだ?
なぜ? 死ななければならないんだ?
なぜ? 生きていてはいけないんだ?
なぜ? 成功してしまったんだ?
なぜ? 苦しまなければならないんだ?
なぜ? もっと音楽を続けられないんだ?
なぜ? ヴァイオリンを手放さなければいけないんだ?
なぜ? もっと遊べないんだ?
なぜ? 楽しかった思い出まで手放さなければならないんだ?
なぜ? 恋が出来ないんだ?
なぜ? 想いに応えてやれないんだ?
なぜ? 俺に恋をしてしまったんだ?
なぜ? 悩まなければならないんだ?
なぜ? 迷わなければならないんだ?
なぜ? 押し付けるんだ?
なぜ? 絶望させるんだ?
なぜ? 希望を持たせるんだ?
なぜ? 人を傷つけなければいけないんだ?
なぜ? 俺は逃げようとしているんだ?
なぜ? 俺は弱いんだ?
なぜ? みんな強いんだ?
なぜ? 俺を選んだんだ?
なぜ? 俺を守ってくれないんだ?
なぜ? みんな死んでくれないんだ?
なぜ? こんな殺し合いに巻き込まれてしまったんだ?
なぜ? 人を生き返らせるような力を持っているのに俺を助けないんだ?

なぜ? なぜ? なぜ?


久瀬は、散らばった荷物の中から、黒光りする銃を手に取った。
じっとりと額に汗を掻き、地面にぐったりと這うような体勢でいながらも、その眼だけは力を取り戻していた。

なぜ? 諦めなきゃいけないんだ?
なぜ? 叶わないと決めつけるんだ?
なぜ? 敵わないと決めつけるんだ?


自分はまだ生きている。
例え可能性が1%以下でも――生きられる可能性が出来たのなら。


「この世に奇跡なんて無い。あるのは偶然と必然、そして誰が何をするかだけ」


そうだったな。火村。
だったら、俺はそれを掴み取ろう。
偶然と必然が産み出す奇跡を、この手で織り上げよう。

闇の中、サファイアの瞳をした少女の笑顔を幻視する。

生き抜いて――そして帰ろう。
あの、美しい海辺の街に――。



三河海は手に持つ大斧で、島の山頂にある神社の境内に、文字を描いていた。

一体何を祭っている場所かは知らないが、高所恐怖症ならぬ広所恐怖症……幼い頃のトラウマにより、広くて、明るい場所が
苦手な三河にとって、ここはうってつけの避難場所だった。

鎮守の杜に囲まれたここならば、日が昇っても周囲は薄暗く、逃げ場も多い。
襲撃がなければ、本殿に籠ってしまっても良い。
そしてそのまま助けが来るのを待ち、この殺し合いから脱出しようというのが三河の計画だった。

その為にも今、三河は森の中で唯一空が見えるこの境内に、SOSという大文字を書いている。
草原を深く掘る事で形作られたこの文字を、朝になればNASAの衛星がきっと発見してくれるだろう。
そうなれば、日本一の財力を誇る三河家がすぐにでも救出部隊が編成し、助けにくるはずだ。
こんな首輪も、三河家の技術を持ってすれば簡単に外せるのだ。

「それまでの辛抱だで、燦ちゃん!」

幼馴染であり、魂の花嫁である瀬戸燦。
今は忌々しくも、満潮永澄と同居しているが、所詮は人魚と人間である。
自分がこのゲームを打破する雄々しい姿を見せれば、きっと考え直してくれるだろう。

そんな輝かしい未来を想像しながら、鼻歌交じりで土掘りに精を出す三河の耳に、葉擦れの音が聞こえた。
風によるものではない。
三河は作業を止め、息をひそめて周囲の様子を窺う。

その三河の様子に、気付かれた事を悟ったのか。
虫の鳴き声すらしない静寂を、突如鳴り響いた銃声が切り裂いた。
マズルフラッシュが、夜陰を照らす。
三河は数十メートル離れた森の木陰に、長身の男の姿を視認する。

「な、なにをするぎゃ!」


男は、拳銃を持っていた。
幸いにも弾は当たらなかったが、三河はいきなり銃を撃たれた事に狼狽する。
三河海は、ただの人間ではない。
その正体は、シャチの魚人である。
人を大きく超える身体能力を持ってはいるが――やはり銃弾を受ければ傷付きもするし、死ぬこともあるのだ。
加えて、こちらの武器は鋼鉄製の斧槍(ハルバード)である。
接近戦なら自信はあるが、この距離では為す術もなかった。

三河は、動揺を悟られまいと声を張り上げる。
それは今の三河が唯一銃に立ち向かえる武器であり、平和裏に争いを納める唯一の術であった。

「ま、待つにゃも! 僕を誰だと思っとるがや!
 僕こそは、戦国三大名将信長、秀吉、家康を育んだ三河湾にその名も聞こえた三河家の嫡男、三河海!
 こ、こんな事になって動揺しているんだろうが、あ、安心したまえ。今、助けを呼んでいるところなも。
 朝になれば、僕の私設軍がきっと助けに来る。殺し合いをする必要なんて――」

返答は、数発の弾丸として返ってきた。
その内の一発が直立したままの三河の耳を掠め、耳たぶが吹き飛んで熱い血が零れる。

「生憎、ただ助かっても意味がないんだよ……それにゲームの中断は困る。
 私がこのゲームの勝者になるため……悪いけど、死んでもらうよ少年」
「ぎゃ、ぎゃあああー! 耳が、僕の耳がーっ!!」

痛みと、血を見たショックで足が竦む。
だが、こんな所で座り込んでしまっては、ただの的である。

「クゥ、ままよっ!」

三河は決死の覚悟で、森までの数十メートルを突っ走る。
魚人の走る速度は、人のそれとは比較にならない。
たちまちのうちに森の中に入り、背後からの銃撃をさほど気にしなくてもよくなった三河は、敵を振り切ろうと速度を上げ――
急に前方に現れた大木に、急いで手を突いた。

木という障害物は、弾避けになってくれる味方であったが、同時に三河に全力での逃走を許さない敵でもあった。
ましてや、この闇夜である。
マグライトの光すら吸い込まれてしまいそうな無窮の闇の中、三河はただ、木々の合間を無心で走る。
その行き先は、三河自身にすら判らない。

そんな逃亡を、しばらく続けていた時のことだった。
散発的に襲い掛かる銃撃から身を守る為、頭を低くして走る三河の視界に、自分の物とは違うマグライトの光が飛び込んだ。

「すわっ、先回りされたきゃ!?」

一瞬、そう思ったが、違う。
光源の位置は、自分の物より更に低い位置にある。
そこにいたのは、外国人らしき栗毛の女の子であった。
突然の遭遇に、少しだけ対応を躊躇う。

だが結局、三河はその女の子の手を取ると、引っ張って逃げた。
女性に優しくするのが三河家の家訓であったし、燦に相応しい侠を目指す彼としては、少女を見捨てて自分だけ逃げるなど出来るはずもない。

「あ、あの!?」
「シッ、逃げるぎゃ。銃を持った奴が、追い掛けて来とるがや!」

少女を引く手は、意外と重い。
抵抗されているのかと思い、手短に説明をした。
銃撃はしばし前から途絶えていたが――逃げきれたという保障はない。
もっと色々と話したい事もあるが、それはもう少し距離を取ってから――



と、少女に少し意識を取られすぎていたのか。
今度は真正面から伸びてきたマグライトの強い光が、三河の眼を灼く。
思わず、手で眼を庇う。
いつの間にか、前方の斜面を滑り降りてきた拳銃の男が、三河の前に立ち塞がっていた。
もはや前方に障害物はなく、背後には守らなければならない少女。

三河財閥の跡取り、三河海。
侠の器量を試される時であった。



不安なのだろう。少女が、三河の制服の裾を握り締めてくる。
その潤んだ瞳は、三河の眼をじっと見つめていた。

「だ、大丈夫だ。僕が守る」

落ち付く為に、一度だけ深呼吸をする。
思い切り吸い込んだ森の草木の匂いに混じって、上質な香水をつけた少女の甘い体臭が香る。
それで、覚悟は決まった。
洋の東西を問わず、女の子とは少年の勇気を引き出す香辛料であるのかもしれない。
三河は手に持つ槍斧をクルリと一回転させて、石突きで大地を叩く。

「後ろに隠れてるにゃも!」

少女は三河の言葉にこくりと頷くと、離れる。
だが、拳銃の男は――久瀬修一は、少女が隠れるのを待つつもりなどないのか、手に持つリボルバー式の銃の撃鉄を起こす。

「させるかっ!」

滑るように、森の大地を駆ける。
この男が、さほど射撃が上手くない事は今までの逃亡劇で判っていた。
だから必要だったのは、銃口を前にしても、それでも前に出る事が出来る勇気だけだ。

魚人の身体能力を活かし、短距離走のメダリストもかくやという速度で、距離を詰める。
命を奪うつもりはなかった。狙いは、敵の持つリボルバーである。
疾走の勢いのまま突かれた槍の穂先が、拳銃を持つ久瀬の手を狙う。

しかし狙いが明確すぎるその一撃は、久瀬が一旦身を引く事で簡単にかわされた。
となれば、彼我の距離は既に接近戦の間合い。
如何に久瀬が銃に慣れていないといえど、引き金を絞れば眼をつぶっていても当たる距離。
撃鉄は既に起こされている。
久瀬は躊躇いもなくその引き金を絞り――同時に、その身を大きく後方に飛び退かせた。

槍の一撃をかわされた三河は、勢いをそのままに、槍斧の斧の部分を旋回させ、その遠心力を持って連続攻撃を仕掛けたのである。
地を擦りあげるかのような斧の刃を視界の端に捉えた久瀬は、射撃と同時に身体を無理矢理後方へと投げ出した。
結果として双方の攻撃は当たらずに、攻撃は次のフェイズへと移る。

だが、戦況は今や三河に大きく傾いていた。
こう見えても彼は魚人剣法の達人であり、しかも身体能力は魚人の中でもトップクラスのシャチなのだ。
省みて、銃を持つとは言え久瀬は戦いの素人であり、しかも半病人であった。

攻撃をかわしたせいで姿勢を崩し、尻もちをついたその体勢では、次の攻撃には対応出来まい。
そう見た三河は槍を返すと、柄の後ろに付いている石突きを持って久瀬の腕を穿たんとする。しかし――

「舐めるなぁー!!」
「うわぁっ」

久瀬はへたりこんだまま、握りしめた土を、前方に撒く。
少しそれが眼に入ったのか、目測を見誤った三河の突きは空を穿った。
その間に久瀬は立ち上がり、少し離れた木の影にその身を隠す。




これなら、槍斧という武装に対する防備は万全である。
突くにしろ、払うにしろ、木が邪魔となって、その立ち回りはかなり制限される事になるだろう。
その事実に安心し、すこし落ち着きを取り戻した久瀬は、しかしそこに意外な光景を見た。

眼に入った砂を落とそうと、懸命に眼を瞬かせている三河海。
めくら滅法にハルバードを振り回している彼の遥か後方で、戦力外と思われていた幼い少女が、しゃがみながら大きな銃を構えていたのである。

「お、おいっ!」

少女が取るのは、教科書通りに構えられた丁寧な膝撃ちの姿勢。
思わず少年に声を掛けた瞬間、拳銃などとは比較にもならない、暴力的な発砲音が耳をつんざいた。
連続して噴き上げる発射炎が、射手の雪花石膏の如き肌を、夜の闇に照らし出す。

目くらましを喰らっていた三河には、何が起こったかも判らなかったであろう。
その頭部は少女の放った弾丸によって、後方から撃ち抜かれていたのだから。

久瀬にとっても、その突発的な死は他人事などではない。
木に半身を隠していた久瀬もまた、その肉体のあちこちに銃弾を受けていた。
即死こそ免れたものの、喰らったのは人体へのストッピングパワーに定評のある45ACP弾である。
あるいは、即死した三河のほうが幸せであったかもしれない。
肩と脚、そして脇腹を穿った銃創から、コールタールのような血が溢れる。
悶絶するような痛みに苦しみながらも、それでも久瀬は這いながら逃げようとしていた。

「た、助けてくれ……死にたく……ないっ! 死にたくねぇんだよぉーー!」

人形めいた少女の姿をした悪魔が、近付いて来る。
少女を助けた筈の三河もろとも、自分を撃った無情な悪魔に無駄と知りつつも久瀬は命乞いをする。

「嫌だ……まだ、やり残した事が一杯あるんだ……死んでたまるか……こんな、ところでェーー」

少女のしなやかな腕が、地面に落ちていた久瀬のリボルバーを拾い上げ、発砲。
額に弾痕を穿たれた久瀬は、無念そうな表情を歪ませて、大地に倒れ伏した。

そして少女――ヘンリエッタは、全ての弾丸を撃ち尽くした拳銃から、シリンダーをスイングアウトして薬莢を地面に落とす。
久瀬の荷物の中から、新たに弾を込めながらも、少女の眼は涙ぐんでいた。

くすん、と鼻をすする。

少女は、別に今の殺人行為に後悔の念を覚えているわけではない。
そういう、人として当然の倫理観は、公社の条件付けによって取り払われている。
この涙は、これが大好きな担当官であるジョゼの意に沿った事か、そうでないかを測りかねてのものであった。
目の前で行われた二人の戦闘。
それを見て、ヘンリエッタはもし、この二人がジョゼに危害を加えたらどうしよう――という想像を膨らませてしまったのだ。

しかし、別にヘンリエッタはジョゼから危険人物は始末しろなどという指示を受けたわけではない。
これは完全な、ヘンリエッタの独断であった。
感情のコントロール。
公社の医師からもよく注意を受けるその行為を、ヘンリエッタは苦手としていた。
今の行為を報告したら、ジョゼに叱られてしまうかもしれない。
その恐れが、少女を涙ぐませているのである。

くすん、くすん。


少女は、べそをかきながらその場に散らばった装備を集める。
何はともあれ、武装の重要さは知悉しているヘンリエッタであった。

「ジョゼさん。早く迎えに来て下さらないと私、何をしちゃうかわかりませんよ……」

そう呟くと、少女は二人の死体をそのままに、その場から立ち去った。


【久瀬修一@ef - a tale of memories./melodies. 死亡】
【三河海@瀬戸の花嫁 死亡】
【【残り52人】

【一日目 D-6 森 深夜】

【ヘンリエッタ@GUNSLINGER GIRL】
[状態]:健康
[装備]:TDI クリス・スーパーV "ベクター"ドットサイト付き(15/30)@Angel Beats!、ミネベア M60 “ニューナンブ”(5/5)@現実
[道具]:基本支給品×3、ランダム支給品0~5、久瀬修一の薬、クリス・スーパーVの弾倉×4、ニューナンブの弾丸×10、野田のハルバード@Angel Beats!
[思考]
基本:ジョゼさんと合流する
1:ジョゼさんと合流する


022:チャオ ソレッラ 投下順に読む 024:とある路地裏の小夜曲(セレナーデ)
時系列順に読む
000:胎動 ヘンリエッタ 045:スクラップド・プリンセス
三河海 GAME OVER
久瀬修一 GAME OVER

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