静寂が満ちる砂漠の夜。青白い月と周囲に散らばる星の光に照らされた、一つの影。
黒いスカーフを纏い、先端に洋燈が付いた杖を小さく揺らしながら歩く。
「───こうして、見事 龍を退治した 巫女は 王の心を 取り戻しました。 結婚した 二人は末永く 暮らしましたとさ。めでたし めでたし。
…如何だったでしょうか?旦那さま」
…如何だったでしょうか?旦那さま」
巫女は洋燈に向け話しかける。
『フン、丁度いい暇つぶしにはなったか』
頭の中に響く、巫女にしか聞こえない無愛想ながらもどこか優しげな声。
「そうでしたか。では、明日はもっと面白い話を致しましょう」
そう巫女が言うと洋燈の炎が揺らめいた。
煙の精霊・ジン。
それが、彼女の降ろした精霊の名であった。
『…そろそろ来るぞ。抜かるなよ』
巫女が杖を構える。すると、巫女の立つ地面が揺れ、割れんばかりの咆哮を上げながら巨大な物体が砂の中から現れた。
「ガアアッ!」
全長10m程ある、砂で覆われた巨人のようなドラゴン。最近出現し周囲の街へ被害が出ており、巫女が派遣された。
現れているのは上半身のみであるが、巫女を捻るには充分であろう。
巫女は臆する事なく杖を振う。巫力が込められた洋燈の炎が強った。
「出でよ 【炎】(ショーラ)」
言葉にした望みを一時的に具現する力。それが、この巫女の権能である。
洋燈から放たれた火球はドラゴンの右肩を崩す。だが、ドラゴンは舞った周囲の砂を集め再生した。
『効かぬか』
「その様です」
「その様です」
ドラゴンの右手が巫女を潰そうと振り翳す。巫女は後ろに大きく飛翔し回避した。
「【風】(リヤーフ)」
まるで重力を無視するかの如く空中に留まる巫女。今度は小さな竜巻をドラゴン目掛け放った。
ドラゴンはわざと形を崩して竜巻を避ける。舞い上がる砂塵で身を隠し、いつの間にか背後に回っていたドラゴンの右手に巫女は掴まれた。
「ッ…!」
『巫女ッ!』
『巫女ッ!』
全身に掛かる負荷に、声にならない悲鳴を上げる。
逃れようともがくが、砂で出来た腕の中では上手く力が入らない。
『巫女、巫女ッ!!』
ジンが必死に叫ぶ。ドラゴンが砂に沈み始めた。おそらく巫女を窒息させてから捕食する気なのだろう。
「く、うぅ…【崩壊】(タドミール)っ…!」
杖を握りしめて放った渾身の言葉。ドラゴンの右腕はボロボロと崩れ落ち、巫女も同様落下した。
「ゲホゲホッ!カハッ…」
『…ッ!アクタル!!』
『…ッ!アクタル!!』
洋燈の炎が乱れ、ジンの声が響く。
「へい、きです……だんな、さま」
巫女───アクタルは立ち上がるが、フラフラと蹌踉めいている。
『巫女…だが、お前の巫力はもう僅かだ。一度引け!』
「いいえ。
わたくしは貴方様の巫女なのです。それに、これ以上被害を増やすわけには行きません」
わたくしは貴方様の巫女なのです。それに、これ以上被害を増やすわけには行きません」
アクタルは息を整えながらもう一度、杖を構える。周囲の砂を吸収したドラゴンは右腕を修復し、遭遇時から二回りほど大きくなっていた。
『クク…忠告を聞かぬか…それでこそ余の依代!
いいか、一撃で仕留めろよ』
「承知」
いいか、一撃で仕留めろよ』
「承知」
ドラゴンはトドメを刺さんと砂の雪崩となり、アクタルを襲う。
それよりも速く全身の巫力を一箇所に集めたアクタルの身体から光が溢れ…弾けた。
「【雷鳴】(ラエド)!」
月明かりに照らされた閃光はドラゴンを貫いた。
コアは砕かれたドラゴンは光となり消滅する。硝煙を残しながらも、砂漠に静寂が戻った。
コアは砕かれたドラゴンは光となり消滅する。硝煙を残しながらも、砂漠に静寂が戻った。
「ハァ…ハァ…ふぅ…お疲れ様でした。旦那さま」
アクタルは洋燈に向けて微笑む。その瞳には、男の姿が朧げながらにも映っていた。
『ハッ!余の巫女であればあの程度のドラゴンは倒せて当然……おい、なんだその顔は』
ジンを見つめるアクタルの頬は薔薇色に染まっている。
「だって…旦那さま、わたくしの名を呼んでくれたでしょう?それが、とても嬉しくて…」
『聞こえていたのか…?!』
『聞こえていたのか…?!』
顔を赤くし焦るジンと共に居られる喜びを噛み締めた巫女は街へと向かう。
その空には、煌々と月と星が輝くのであった。
その空には、煌々と月と星が輝くのであった。