ピッ ピッ ピッ ピッ
規則正しく心電図モニターの音が響く病室。医者は眠り続ける患者の顔を確認し、勢いよくカーテンを開けた。
「おはよう。レニア」
薄暗い部屋に日差しが差し込む。だが起きる気配は無い。そんなこと分かり切っていた。それでも、医者は患者に話しかける。できるだけ優しく、下手な作り笑いを浮かべながら。
「…少し、触るよ」
普段通りの直診。眠り続けて10年は経つが、筋肉の衰えは見えない。もし、今日目覚めたならば、今にでも走り回れるくらいに。
患者の少女は10年前、巫女として邪神の器となった。儀式を行ったのか、魅入られたのかは知らないが、巫女になった時から眠りに着いたと記録が残っている。
最初は小さな病院から。次は大学病院。それでも原因はわからず、最終的には此処、『ヒュギエイアの杯』が少女を引き受けた。理由は簡単。彼女が巫女であるから。
医者は少女をじっと見つめ、柔らかい髪を撫でた。
「…」
彼女の主治医であるルキミア・パラグラムは天才的な少女であった。大学院を飛び級で卒業し、新薬の発明や治療法の解明などで多少の功績を残した。現在では『ヒュギエイアの杯』で医者兼巫女、それに研究者として活動している。
天才故に幼少期から周りと馴染めず、本人もそれで良いと感じていた。むしろ騒ぐことしか出来ない周りと同じ評価を受けることを拒絶し、大人にも反発感を持っていた。
そんなある日。町の図書館で、周りから孤立した少女に声をかけてくれた子。捻くれた少女にさえ根気よく接し、明るい笑顔が印象的だった子。
いつの間にか会えなくなってしまった少女が昏睡状態だと聞いたのは大学に入学した頃だった。それならば、俺がやるべき事はただ一つしかないと確信した。
「俺が、必ず目覚めさせるからな」
火星で千年の眠りに付く邪神。彼女も目覚めるのは千年後かもしれない。
そんなこと、俺が絶対にしない。
目覚めたらまず感謝を伝えよう。…照れくさいがあの頃、彼女が言っていたように伝えたい言葉がある。
『貴女と友達になりたい』
だが、言葉にするにはもう少し勇気がいるかもな。と少し自嘲した。
「やっと見つけたよ。ルキミア」
突然病室が開けられる。そこには安堵の表情を浮かべた巫女がいた。
「あぁ、誰かと思えば偉大なるお祖父様じゃないか」
「ボクはおじいちゃんじゃないよ…それより君、全然休んでないみたいじゃないか!院長、流石に怒ってたよ?」
「別にいいだろ。活動に不調は無い」
「そんなこと言ったって…あっ」
甘い匂いを感じた瞬間。ルキミアは糸が切れたように俯き、ふわふわとした足取りで扉まで辿り着く。
扉の前にいた巫女、コロニ・アトパイオスは戸惑いながらもルキミアの体を抱き止める。彼女は立ったまま寝息を立てていた。
「レニア・マルペッサさん、あなたが…?」
患者に変化は見られない。心電図のモニターも、未だ変わっていない。だが、レニアはルキミアを心配してくれたのだろうか…?
「ありがとうね」
ただの偶然かもしれない。それでも、コロニはレニアに向けて微笑んだ。
今は目覚めずとも、必ず目覚める時が訪れると信じて、休息室に向けコロニは歩き出した。
━━━その後、ルキミアが目を覚ましたのは3時間後だったとか。