あいつと出会ったのは、何時だっただろうか。
豪はそんな事を思いながら、土屋研究所への道を急いでいた。
『ラストレース』
634 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 02:00:17.64 ID:WQoaXR2b0
「こら、遅いわよ豪!!」
「わりいわりい、ちょっと色々あってさぁ。」
研究所の入り口で声を張り上げる幼馴染に、豪はいつも通り、笑って誤魔化す。
「まったくもう。みんな待ってるわよ。」
「だ~か~ら~悪かったてば。」
昔から、ジュンと烈兄貴にだけは頭があがらねぇな。
これからもずっと、尻に敷かれて…って俺何考えてるんだ。
「何、ニヤニヤしてるのよ。」
「何でもねぇ!!」
怪訝そうに自分を見詰めるジュンを視界から外すと、豪は一目散に走り出した。
「ちょっと~待ちなさいよ~!!」
637 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 02:08:02.14 ID:WQoaXR2b0
「あ、うんこ野郎が来ただす。」
「やっとお出ましでゲスな、豪君。」
「豪、遅いぞ。」
部屋に入ると、いつものメンバーからいつものお小言を貰う。
「だ~、もう!!5分くらい大目に見ろ!!」
来月からは中学2年だというのに、豪のこういう性格はあの頃から変わらない。
「そういう問題じゃない。まったくお前って奴は…。」
「まあ、良いじゃないか烈君。」
「博士。」
部屋の入り口には、少し白髪の混じった白衣の男性と、もう2人、金髪の男と黒髪の男。
どうやら、役者は揃ったようだ。
「それじゃ、始めようか。」
Jが言うと、烈の合図で一斉に声が沸きあがった。
「リョウ君、卒業おめでとう!!」
641 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 02:17:43.07 ID:WQoaXR2b0
リョウの中学卒業パーティは、色々な意味でつつがなく進行した。
途中、アフリカから届いたカイのビデオレター(何故か、気持ち悪いくらい笑顔がまぶしかったが)を上映したり、ジュンにジョーからのメールを代読されたりしたが、
そこら辺は、若さゆえの何とやらという事で…。
そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
最後に、リョウから皆に感謝の挨拶が述べられ、会はお開きに。
会場には、片付けに残った豪とジュン、次郎丸、そして博士と話しをしているリョウだけが残された。
片付けといっても、大したものではない。
30分も経ってほぼ終わりかけた頃、豪はふっと立ち上がり、相変わらず話しをしているリョウの方へと歩いていった。
「ちょっと、豪。まだ片付け終わって…」
しかし、その声を次郎丸が腕で制する。その理由も、ジュンにはすぐにわかった。
「リョウ、最後に俺と勝負しねぇか?」
644 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 02:27:56.89 ID:WQoaXR2b0
※年齢制限はフルカウルブーム時のものって事にしといてねwww
「勝負?」
一瞬、リョウの顔が変化する。
だが、豪はいつものように答えた。
「マグナムとトライダガー、どっちが速いか勝負だ。」
リョウには、豪の言わんとしている事がわかった。
ミニ四駆には、高校生以上は公式レースに参加できないというルールがある。
それは、中学までと高校生以上では、資金力、技術力など様々な面で大きな差が出来、対等なレースができない可能性があるからだ。
「良いだろう。だが、トライダガーというのは…」
「ほら!!」
豪が投げた塊をリョウが受け取る。
ブロンドとグレーが混じったような色に、X字型のボディ。
それは間違いなく、かつてのリョウの愛車トライダガーXそのものだった。
「驚いたか?土屋博士に頼んで作ってもらったんだ。」
豪はそう言いながら、今度は自分のポケットからもう一台のマシンを取り出す。
白地に青と赤、寝かせたウィングには大きな文字で『MAGNUM』と書かれている。
それは、かつて大神研究所の溶岩に沈んだ
マグナムセイバーだった。
648 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 02:38:27.39 ID:WQoaXR2b0
何も言わず、無言でマシンを見詰めるリョウ。
その脳裏には、今までの思い出が次々と蘇ってくる。
豪も、それがわかっているのでじっと黙っていた。
少しの沈黙。そして
「良いだろう。30分後、裏のコースで勝負だ。」
「おっしゃ、そうこなくっちゃ!!」
豪はレース出来るのが楽しくて仕方が無いといった表情で、明るく答えた。
「と、言う訳でジュン、俺はマグナムのセッティングしてくるから、あとよろしくな~!!」
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
ジュンの声も聞かず、豪は裏庭のコースへ向けて走っていく。
「全く、仕様が無いんだから。」
そう言いつつも、豪の背中を笑顔で見詰めるジュンの姿があった。
651 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 02:52:24.22 ID:WQoaXR2b0
土屋研究所の裏庭は広い。
その無意味に広い裏庭に、WGP用に作ったオフロードコースがある。リョウと烈が設計し、皆で何度も走らせた思い出深いコースだ。
そこに今、2台のマシンが音を立て、スタートを待っていた。
「それじゃ、行くわよ。準備は良い?」
「問題ない。」
「おう、ばっちりだぜ!!」
ジュンの問いに、リョウも豪も自信たっぷりに答える。
「豪、スイッチちゃんと入ってる?」
「うっせー!!俺がそんな凡ミスするか!!」
いつぞやのレースを思い出したジュンの冗談に、豪は顔を真っ赤にして怒っている。
だが、笑顔が混じった明るい怒り方だ。
「じゃ、行くわよ。レディ…」
2人の男の瞳が、刹那、強い眼差しに変わる。
マシンと、そしてその先へと続くコースを見詰める。
スーパー1シャーシとレブチューンモーターの駆動音が、カリカリと心地よく耳に響く。
「ゴー!!」
2人の手を離れたそれぞれのマシンが、砂煙を巻き上げ、真っ直ぐにコースを走り始めた。
652 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 03:05:20.52 ID:WQoaXR2b0
先に素早い加速を見せたのは、マグナムだった。
「いっけー!!マグナーーーーーーーーム!!」
その声に答えるように、豪のマグナムセイバーが白い閃光となってストレートを突き進む。
「へっへ~このままぶっちぎりだ!!」
「そうは行かん。」
リョウの鋭い声に、豪が振り向くとすぐそこにトライダガーが居た。
ダウンフォースが効き始めたのか、ぐんぐん加速していく。
「へ、そうこなくっちゃ。負けるな、マグナーム!!」
2台のマシンは、高速コーナーに突入していった。
「良いな~。私も走らせたい。」
2人のレースを見ながら、ジュンは思わずそう呟いた。
しかし、隣に座る次郎丸は、今までにないくらい真剣な面持ちで、レースを見詰めている。
「あんちゃんとうんこ野郎の勝負、久しぶり見ただす。」
「そういえば、そうねぇ。」
ジュンも思わず同意する。
WGPが始まって以来、かつてのライバル2人は、同じチームの仲間として走ってきた。
勿論、フリーフォーメーションで思いっきり走らせる事がなかった訳ではないが、2人きりでの真剣勝負は、ここ数年見た事がなかった。
それは次郎丸にとって、懐かしいようでもあり、新鮮でもあった。
654 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 03:20:12.14 ID:WQoaXR2b0
高速コーナーを、マグナムは荒削りに、トライダガーは得意の壁走りで通過していく。
それは、かつてのマグナムセイバーとトライダガーXの走りそのものだった。
「そんな走りじゃ、俺のトライダガーには勝てないぜ!」
コーナーで逆転したリョウが、余裕の顔で言う。
それに答える豪もいつもの表情と反応だった。
「うっせー!すぐに追いついてやらぁ!!」
白い弾丸マグナムセイバーは、トライダガーを追撃すべく、一気に加速する。
だが、トライダガーの方が一枚上手だ。中々追い付けない。
「負けるな!マグナム!!」
豪は走るマシンを追いかけながら、その先のコースを見詰めた。
不思議な感覚だった。
トライダガーは、多少手を加えた部分はあれど、基本的には昔のセッティングのままだ。
レブチューンモーターに超速ギヤ。ローラーはフロントのみ。
専用モーターにGPチップを搭載したグランプリマシン、
ライジングトリガーと比べれば、それこそ月とスッポンのような速さのはずだ。
確かに、いつもより自分の走る速さが遅いのはわかっている。
だが、トライダガーの事を決して遅いとは感じなかったのだ。
「お前はどうなんだ、豪?」
自分の最大のライバルに、聞こえないように呟く。
それはきっと、GPレーサーとして4年間走ってきた自分が、忘れかけていた何か。
口では上手く言い表せないが、それはきっと、とても大事な事なんだと思う。
リョウはそんな事を思いながら、後ろの豪を見、そして目の前のコースを見た。
658 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 03:32:58.75 ID:WQoaXR2b0
100メートルのバックストレートを抜け、トライダガーは上り坂に入った。その先には、ヘアピンカーブと高速ダウンヒルコースが待っている。
後ろを見やると、さっきよりマグナムとの差が縮まっている。
「腕を上げたな、豪。」
本人に聞こえないように呟くと、トライダガーはヘアピンを曲がり、ダウンヒルへ入った。
「行けー!トライダガー!!」
その声と共に、トライダガーは風を受けぐんぐん加速していく。
紫のエンドベル、レブチューンモーターと黄土色の超速ギヤは、唸り声を上げる。
リョウは、その先に見えるゴールを真っ直ぐに見詰めた。そろそろ来る頃だ。
「かっとべ、マグナム!!」
10メートルほど後ろで、豪の声が聞こえる。
マグナムは、ヘアピンカーブの出口で遠心力に体を預けながら、空へと飛び上がった。
「行くぜ!マグナムトルネーーーーーーーーーーーード!!」
豪のマグナムセイバーが、正しく白い弾丸となって、トライダガーに迫る。
「いっけーーーーーーーーーーーー!!」
迫りくるマグナムと豪を見詰め、リョウはふっと笑った。
「行くぞ、トライダガー。」
ダウンフォースマシン、トライダガーXが最後の加速を見せる。
そのすぐそばにマグナムが着地。
こちらも一気に加速していく。
659 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 03:40:49.99 ID:WQoaXR2b0
「行け!!マグナム!!」
「負けるな、トライダガー!!」
ゴール前、10メートルの攻防。9、8、7、6、5メートル、4、3、2、1…
「ゴール!!」
豪が叫ぶ。
そして2人は、それぞれのマシンを手に受け、そっとスイッチを切った。
「なぁ、どっちが勝ったんだ?」
「え、あ、その…見てなかった(テヘ)」
「お前、何のためのチェッカーだよ!全く仕様が無えな。」
「うっさいわね。仕様が無いでしょ、良いレースで夢中になっちゃったんだから!!」
豪の言葉に、ジュンがプイッとそっぽを向く。そして、次郎丸が自信たっぷりに答えた。
「あんちゃんが勝ったに決まってるだす。うんこ野郎が勝てる訳ないだす!!」
「なんだと~~~~~~この野郎!!」
「うっさいだす、うんこうんこ野郎!!」
「待て~~~~~!!」
逃げ回る次郎丸を、豪が追い掛け回す。
いつもの光景だ。ジュンは内心、中2のする事じゃないと常々思っているのだが…。
そんな光景を見ながら、リョウが弟を呼んだ。
「次郎丸。ちょっと話しがある。」
660 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 03:48:45.39 ID:WQoaXR2b0
「ん、何だすか、あんちゃん?」
リョウの真剣な眼差しに、次郎丸も豪も動きを止め、リョウの元へ向かう。
2人が揃うと、リョウは次郎丸に手を出すように言った。
「こうだすか、あんちゃん。」
不思議そうに兄を見詰める次郎丸。
その瞳をじっと見ながら、リョウは、そっと何かを手渡し、言った。
「今日から、これがお前のマシンだ。」
「え?」
次郎丸の手の上には、さっきまでマグナムと真剣勝負を繰り広げていたトライダガーXが載っていた。
まだ、モーターケースの辺りが焼けるように熱い。
「土屋博士と相談して決めた。今日から、お前が俺の替わりに、ヴィクトリーズで走ってみろ。」
「へ?」
次郎丸はあまりの急展開に、ただただ目を丸くする事しかできない。
「お前がWGPで走りたがっていたのは知っていた。これからは、そのトライダガーで、世界を相手に走ってみろ。」
「あ、あんちゃん…」
次郎丸はすっかり涙目だ。
「ありがとうだす。おら、大切にするだす!!」
鼻水を啜りながら、次郎丸が言葉をつむぐ。
「但し、それをやるには2つ条件がある。」
664 名前: 作家(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/15(日) 04:04:21.91 ID:WQoaXR2b0
「条件?」
「そうだ。」
リョウは不安そうに自分を見詰める弟に、少し強めの口調で語りかけた。
「ひとつ、次のレースまでにトライダガーを自分のマシンにできなければ、返してもらう。」
そばで聞いていた豪の脳裏に、初めてセイバーを託された日の光景が蘇る。
そういえば、あの時、博士もそんな事言ってたっけ…。
「わかっただす。絶対ものにしてみせるだす。」
「良し。で、もうひとつの条件なんだが…それは…。」
「それは?」
次郎丸が再び不安そうに見詰める。
リョウは、そんな弟に、今度は優しい兄の眼差しで答えた。
「それは、たまにはGPチップを外して、モーターも何もかも全部ノーマルセッティングに戻して、走ってみる事だ。」
「へ、そんな事で良いんだすか?」
あまりのあっけなさに、次郎丸が逆に聞き返す。
「そうだ。まだお前にはわからないかも知れないが、いずれそうする事の大切さがわかってくるはずだ。それがわかれば、お前も一流のミニ四レーサーだ。」
リョウは、じっと弟の目を見ながら、そう答えた。
それは、さっき豪と走って、急いで付け足した条件だった。
きっとこれが、一番大切な事なんだ。
かつて、ミニ四駆にレースという概念が持ち込まれて以来、レーサー達は、ひたすらに速さを追い求めてきた。
誰より速く、昨日より速く
そんな思いに答えるように、ミニ四駆もどんどん進化していった。
一般マシンの性能を遥かに超えたGPマシンも、ある意味ではそのひとつの結果だろう。
だが、忘れてはいけない大事な事がひとつだけある。
それは、マシンと、そしてライバル達と共に走り、共に楽しみ、時に悔しがりながら、それでも諦めずに、ゴールを目指し続ける事だ。
いつか、誰かも言っていたっけ。「一生懸命マシンを改造して、それで勝てれば最高!!」なのだから。
最終更新:2013年09月06日 18:33