ウィニングラン


933 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 00:55:21.53 ID:JAeRY7od0



「ちょっと豪、遅いわよ!!」
「わりい、わりい。サークルの事で色々あってさ。」
「まったく。仕様が無いんだから…。

すっかり緑色に染まった桜の木の下、青い髪の毛の男と、黒い髪の毛の女の子の話す声。
これは、そんなある花粉症の季節のお話。


『ウィニング・ラン』

938 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:04:53.87 ID:JAeRY7od0
五月晴れの空の下、新緑の並木道を歩いている2人。
青い髪の毛の男は、星馬豪。言わずと知れた、元ミニ四駆WGPレーサーだ。
そして、その隣を歩いているのは、幼馴染のジュン。

第1回WGPから10年、大学生になった2人の関係は、どうやらちょっとだけ変わったらしい。

「まぁ、良いわ。今日で連続遅刻10回目だから、約束通り『ネコマル』のスーパークレープスペシャルスペシャルスペシャルを奢ってもらうわよ。」
「何だその、どっかのミニ四駆みたいな商品名は…。」
明るい笑顔でニコニコ話すジュンに、豪がしかめっ面をして答える。

「へっくしょい!!」
「あれ、次郎丸君、花粉症かい?」
「そうみたいだす。へっくしょん!!」
「薬、盛ってこようか?」
同じ頃、土屋研究所でJと次郎丸がこんなやり取りをしていた事は、まあ余談という事で。

944 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:12:19.86 ID:JAeRY7od0
「そんなに甘い物食って、太っても知らねぇぞ。」
「大丈夫よ。私、あんたより運動してるんだから。」
大学でソフトボール部に入ったジュンが、自信たっぷりに答える。
豪のクレープ奢り誤魔化し作戦は、どうやら徒労に終わったらしい。
といっても、豪も昔のように小遣いに困る歳ではない。自業自得だし、ここは素直に奢る事にした。

「あ、あそこあそこ。ほら豪、急いで!!」
道の先には、黄色い車の移動クレープ屋。
嬉々として走っていくジュンを見て、豪は「わかったから、待てって。」と言いながら、しぶしぶ付いていった。

945 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:19:55.80 ID:JAeRY7od0
「美味いか?」
自分が奢ったスーパークレープスペシャル(ryを頬張る彼女を見つつ、豪は聞く。
結構な代金を払わされたからには、やはり気になるものなのだ。

「うん、おいひ~。ごぉもとぅべる?」
「お前、ちゃんと飲み込んでから喋れよ…。」
実の兄のようにお小言を垂れつつも、クレープの切れ端を味わう豪。
「うん、美味い。」
どうやら味は最高のようだ。

「当たり前だ。俺の料理はいつだって、ひよりの次に上手い。」
「何、俺はクレープ作りにおいても頂点に立つ男だ。勝負しろ、天道!!」

何やらレジの方が騒がしかったが、2人は気にせず食に集中する事にした。

952 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:31:45.78 ID:JAeRY7od0
クレープ屋の車は、少し広めの公園の中に止まっていた。
ふと視線を上げると、広場を走り回る子供達の姿が映る。

「どうしたの?豪。」
いつの間にやらスーパークレープス(ryを食べ終えたジュンが、豪の顔を怪訝そうに覗き込む。
「いやさ、俺も昔はあんなだったよな~と思って。」
豪は、少し離れた所で走り回っている男の子を見ながら、呟いた。
「ま、あんたは無鉄砲のおバカだから、あんなにかわいらしくなかったでしょうけどね。」

少しの沈黙。

「それって、どういう意味だ~!!」
「相変わらず、反応鈍いわね~。」
「うるせぇ、そんな事言ってると、嫁に貰ってやんねえぞ。」
「バカ、何言ってるのよ!!」
真っ赤になってうつむくジュンを見て、豪がニヤリと笑う。
これは最近身に付けた豪の得意技だ。
もっとも、言ってる本人はそこまで深刻に考えている訳ではなく、昔読んだ「幽遊白書」という漫画に影響されただけらしいのだが。

そうやってバカップルっぷりを発揮している豪の足に、何かが突然ぶつかってきた。

956 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:37:40.18 ID:JAeRY7od0
がしゃっ!!
「痛って~…って何だ、これ?」
豪の足元には、どこかで見たような車の模型が1台。
深い青のボディに、何やらアルファベットが書かれている。

「これ、ミニ四駆…か?」
それを手に取った豪は、しげしげと見詰めている。
「あ、それはアバンテMk-?ね。」
隣に座っていたジュンが即座に答える。
「アバンテ…マーク2…。」
豪はジュンの言葉を鸚鵡返ししながら、マシンをじっと見詰めている。
その様子を見て、解説に入ろうとしたジュンを、少年の声が遮った。

「ごめんなさい。それ、僕のです。」

957 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:44:08.47 ID:JAeRY7od0
そこに居たのは、メガネをかけた坊ちゃん刈りの少年だった。
年の功は10歳前後だろうか。
突然の出来事にきょとんとしていた豪を、不安そうな眼差しで見詰めている。
相手は自分より遥かに年上だ。怒られたりしないか、怖がっているのだろう。

「ほら、豪。返してあげなさいよ。」
「あ、悪い。ちょっと夢中になってて。ほら、これからは気を付けるんだぞ。」
ジュンの声に我に返った豪は、まだスイッチが入ったままのアバンテMk-?を、少年に丁寧に手渡した。
「ありがとう。」
少年はぱっとはじけるような笑みを浮かべ、一礼して向こうへ走っていった。
あの青いアバンテと一緒に。

961 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:53:13.10 ID:JAeRY7od0
少年を見送って少しの間、豪は何やら考え込んでいた。
豪がこうなる事は珍しい。
ジュンがこの顔を見たのは、志望校に迷っている時と、昔、ミニ四駆のセッティングをしていた時くらいだ。
こういう状態の豪は、いくら話しかけても無駄だ。それがわかっていたから、ジュンも放っておく事にした。

まったく、せっかくのデートが台無しよ。

そう思いながらも、豪を見詰めるジュンの眼差しは暖かい。
いつぞやのドラえもんの目くらい暖かい。
どの程度のものかは、読者の想像にお任せしよう。

962 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 01:58:21.62 ID:JAeRY7od0
がたり…

豪が物凄い勢いで立ち上がったのは、正に突然の出来事だった。
「え、ちょっと、何?」
ジュンが状況を飲み込めず、必死に言葉を紡ぎ出す。
そんなジュンに、豪は言った。
「悪い。俺ちょっと用事ができたわ。」
そう言って突然走り出す。
「ちょっと、待ちなさいよ豪。どこ行くの~?」
「土屋博士んとこ~!!」
ジュンが椅子に張り付いたまま必死にそう尋ねた時、豪は既に公園の出口に差し掛かっていた。

「まったく、仕様が無いんだから!!」

我に返ったように、ジュンが豪を追いかけて走り出す。
目指すは土屋研究所だ。

967 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 02:16:18.91 ID:JAeRY7od0
土屋研究所は、建物こそ新しくなったが、今も昔と同じ場所にあった。

違うのは、TRFビクトリーズの本拠地ではなくなった事だ。
今は、三国財閥が出資して、別の場所で次郎丸が監督となって、走っているという。
その研究所の扉を、豪は大きな音を立てながら、乱暴に開いた。

「こんちゃー。土屋博士居る~?」
「あれ、豪君、珍しいね。どうかしたの?」
豪を迎えたのは、相変わらず研究所に居候しているJだった。
元々高かった背丈がますます高くなり、サービス精神も良かった事から、近所の女の子や奥様方に絶大な人気があるらしい。
本人は全くそういう事は意識していないのだが…。

「J、博士は?」
豪の問いにJが答える。
「博士なら、奥の研究室に居るよ。」
「サンキュー、J。」
そう言うと、豪はあっという間に廊下を右奥へと走っていった。

「あ、J君。豪が来なかった?」
「あれ、ジュンちゃん。豪君なら、今さっき博士の研究室に行ったよ。」
豪のすぐ後に到着したジュンの姿を見て、Jは大方の事情を察した。

豪君ったら、またデートを放ったらかして来たんだ。

全力疾走してきたのだろう。肩で息をしているジュンに、Jは言った。
「良かったら、お茶でもどう?」

969 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 02:28:41.26 ID:JAeRY7od0

Jがジュンとお茶しながら、愚痴という名の惚気話に苦笑している頃、豪は土屋博士と話していた。

「博士、アバンテMk-?って知ってる?」
「ああ、知ってるも何も、あれは私とJ君とで開発したものだよ。それが、どうかしたのかい?」
豪の問いかけに、土屋博士はあの頃のように答える。

「あのシャーシ、一体何なんだ?俺のマグナムの頃と、全然違ったけど。」
豪がこんな事を問うのは、何年ぶりだろうか。
この子の瞳は今、セイバーを託したあの日のような澄んだ瞳になっている。
あの頃のワクワクする気持ちが、胸にわき返ってくる。
そんな気持ちに少々戸惑いつつも、博士は棚の上、ビクトリーズ初優勝の記念品の飾ってある上の段から、シャーシを1つ取り出した。

「これが、新開発したMSシャーシだ。」

博士の手の中を、豪が覗き込む。
そこには、かつてのミニ四駆とはまるっきり設計思想の異なる、部品の塊があった。
かつて、フロントかリヤかで熱い議論を巻き起こしたモーターは、何とマシンの中央に陣取っている。
そして、そのモーターからは2本のシャフトが伸び、前後のカウンターギヤに直結しているのだった。

「俺達の頃とは全然違うんだな。」
「そうだね。でも、君達のマシンがあったからこそ、このシャーシがあるんだよ。」
博士は、じっと見詰める豪の姿を、優しく見詰めていた。

971 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 02:35:27.23 ID:JAeRY7od0
「ちょっと、あれ、豪じゃないの?」

ラウンジのガラスの向こう、試験走行用の大規模コースの中に、豪と博士の姿があった。
豪の手には、新型シャーシを搭載したアバンテMk-?ともう一台、青いクワガタのような形をしたマシンが握られている。

「あのマシンは…。」
Jの脳裏に、かつての記憶が蘇る。
「豪ったら、まだミニ四駆持ち歩いてたのね。」

青毛の彼の手に握られていたもう1つのマシン、それは、かつてのGPマシン「ライトニングマグナム」だった。

「それじゃあ、行くよ。準備は良いかい?」
「ああ、いつでも良いぜ。博士。」

「じゃあ、行くぞ。レディ…。」
コース上に、2台の青いマシンが並ぶ。

「ゴー!!」

その声を受けて、2つの青い閃光が、唸り声を上げてコースを走り始めた。

973 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 02:43:08.64 ID:JAeRY7od0
「速い。」

それぞれ違う場所で、Jと博士は同じ声を上げた。
豪のライトニングマグナムは、5年以上のブランクがあるとは思えない、現役時代を彷彿とさせる走りだった。
だが、豪はじっとマグナムを見詰めている。あの豪が声も出さない。

マグナムはアバンテMk-?に勝っていた。

だが、豪の表情は相変わらず険しい表情のままだ。
それもそのはず。
マグナムが豪入魂のセッティングだったのに対し、アバンテはモーターとギヤをマグナムと同じにしただけで、ほぼノーマルだったからだ。
普通なら、ノーマルのミニ四駆は改造済みミニ四駆に圧倒的な差をつけられてもおかしくは無い。
豪とやるのであれば、尚更だ。
しかし、現実は違っていた。

977 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 02:51:42.67 ID:JAeRY7od0
アバンテは、マグナムのすぐ後ろを、ぴったりとマークするように走っていたのだ。
追い付く訳ではない。そこにはやはり、速さの壁がある。
だけど、あれだけのセッティングをして、それでも大差を付けられない事に、豪は納得がいかなかった。


レースは結局マグナムが勝利。
ジュンは豪のそばに駆け寄って祝福した。だが、豪は相変わらずだった。


「ま、5年もブランクがあるし、仕様が無えか。」
豪が突然、明るい表情で言った。
Jも博士も、豪の言わんとする意味は良くわかった。

「しかし、このアバンテ速いよな。良く作ったな、J。」
豪の問いかけに、Jが照れ笑いを浮かべる。
「モーターの置き方とか、結構大変だったんだ。でも、豪君とサイクロンマグナムを作った経験とかが、かなり役に立ったよ。」
「そっか。じゃあ、こいつは俺が作ったようなもんか!!」
豪が昔のように調子に乗って笑うと、ジュンが釘を刺した。
「何言ってんの。あの時はあんたの酷い絵を、J君が一生懸命図面にしてくれたって、烈兄ちゃんが言ってたわよ。」
「何、烈兄貴の奴、そんな事までお前に喋ったのか?後で覚えてろ…。」
そんなやり取りに、笑いが起こる。
こんな感覚は久しぶりだった。

980 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 02:59:40.54 ID:JAeRY7od0
それから博士と一緒にお茶をしなおし、色々と世間話もしたりして、豪とジュンは土屋研究所を後にした。
ただ、行くときには無かったお土産が増えてはいたが…。

「へっへ~、見てろよ。この星馬豪様が、世界で一番格好良いマシンを作ってやるぜ!!」
「はいはい。せいぜい頑張ってね~。」
夕方。まだ寒さの残る季節だが、2人のやり取りは明るい。

研究所を後にする時、豪は博士とJからマイナーチェンジ版のMSシャーシと、一仕事を託された。
それは、今度発売する新型マシンのボディをデザインする事。
勿論、ちょっとしたデザイン料も出るという事で、豪はバイト感覚で気軽に引き受けた。
豪は、これからどんなマシンを作ってやろうかと、それだけで頭がいっぱいだった。

そういえば、初めてセイバーを貰った時も、こんなだったっけ?

そう思いながら、手に持った箱を見詰める。

「よ~し、俺はやったるぞ~!!」
「ちょっと豪、声大きい!!」

夕暮れの風輪町に、豪の声が風に乗って響いた。

981 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 03:05:57.95 ID:JAeRY7od0
「う~~~ん、浮かばねえ!!」

星馬豪は悩んでいた。
と言っても、勉強の事ではない。残念だが、異性の事でもない。
博士とJから任された、新型マシンのデザインである。

「悩むのは結構だけど、ちゃんと店番もやってよね。」
そう言って注意するのはジュン。

大学に入った豪は、空いた時間を使って佐上模型店でアルバイトをしているのだった。

「つったって、しゃあねぇだろ。こっちは締め切りだってあるんだし。」
突っかかる豪に、ジュンも負けじと応戦する。
「大体ね、あんたが無責任に引き受けちゃうのがいけないのよ。少しは烈兄ちゃんを見習って、先の見通しを立てるようにしたらどうなの!!」
ジュンの言葉は的を得ていた。だが、豪も兄と比べられたら引くわけには行かない。
「うっさい。兄貴兄貴って、お前は俺と兄貴とどっちが好きなんだ!!」
一瞬の静寂。流石の豪も、言ってはいけない事を言ったことに気付いた。
「あの…ジュン・・・」
「豪のバカ!!」
そう言って、ジュンは部屋に駆け上がっていってしまった。
店にお客も佐上のおっちゃんも居なかったのが、不幸中の幸いだった。

982 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 03:13:10.40 ID:JAeRY7od0
それから数時間後、どうやら仲直りしたらしい豪とジュンは、相変わらず先程のやりとりを繰り返していた。
だが、豪のあまりの五月蝿さに嫌気の差したジュンは、逃げる意味も兼ねて、ちょっと別の視点で見てみる事にした。

「わかった。じゃあ豪、久しぶりに勝負しない?」
ジュンの脈絡の無い問いに、豪は一瞬何を言われたのかわからなかった。
だが、すぐ理解する。
「勝負って、ミニ四駆でか?」
「あんたの勝負って、それ以外に何があるのよ。」
ジュンの言葉に、豪はもっともだと頷いた。

「それじゃ、早速…。」
「ちょっと待て。」
ジュンの動きを、珍しく豪が止める。
「俺はマグナムがあるから良いとして、お前、マシンはどうするんだ?」
だが、その問いかけに、ジュンは笑って答える。
「愚問よ、星馬豪君。このホームランマンタレイRSでぶっちぎってやるわ!!」
彼女の手には、綺麗に塗装されたマンタレイJrが握られている。
豪にワイルドミニ四駆を壊されて以来、ジュンがずっと使い続けてきたマシンと同じ物。
唯一違うのは、それがVSシャーシを履いているという事だけだった。

「オッケー。じゃ、早速勝負だ!!」

983 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 03:20:58.06 ID:JAeRY7od0
「レディ…」

2台のミニ四駆が、佐上模型店特設コースのスターティンググリッドにつく。
両者共、軽やかな音を立てていた。

「ゴー!!」

豪の力強い声を合図に、2台のマシンが一斉に走り出す。
最初のストレートでは、マグナムが先行。
セッティングをノーマルに戻したとはいえ、そこは元GPマシン。速さは伊達じゃない。
だが、2周、3周と重ねるうちに、マンタレイの走りが、かつてのジュンの走りとは違う事に気が付いた。
それも、腕を上げたとかそいういう形の違いではない。前に、どこかで見たような走り。
いつ、どこで見たのかは分からないが、豪にはマンタレイの走りに見覚えがあった。

984 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 03:26:36.01 ID:JAeRY7od0
レースは全部で6周。
豪のマグナムとジュンのマンタレイは、いよいよファイナルラップに入った。

連続カーブを減速しながら進んでいくマグナム。
その後ろでは、マンタレイが荒削りに通過していく。

「あの走り…一体どこで…?」

豪が頭に疑問符を浮かべる中、マシンはバックストレートに入った。
一気に伸びるマグナム。
「ジュンのやつも、来る…。」
豪が小声で呟いた時、マグナムの後ろにつけていたマンタレイも一気に加速を始めた。

そして、最終コーナーへ突っ込んでいく…。

ガッ!!

次の瞬間、ジュンのマンタレイは宙を舞った。
そして豪の叫ぶ声。
「思い出したー!!」

それは、土屋博士にセイバーを貰った日の、あのレースの事。
その日まで自分が使っていたマンタレイJrの走りだった。

986 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 03:38:24.06 ID:JAeRY7od0
「あ~やっぱりコースアウトしちゃった。」
「当たり前だ。お前、俺のセッティング真似してただろ。」
豪がジュンに問うと、彼女はあっさりとそれを認めた。
「そ。烈兄ちゃんに聞いて、あんたの昔のセッティングを真似してみたのよ。」

「でも、何でそんな事したんだ?」
ライトニングマグナムをキャッチし、スイッチを切りながら豪が聞いた。
「何となく、昔のあんたの走りを見せれば、何かヒントになるかなって。」
「そっか、サンキュ。でも、何でマンタレイだったんだ?それならセイロク使えば…。」
「それは、私が使ってたマシンってのもあるし…。あともう1つ…。」
「もう1つ?」
ジュンの声が少し小さくなったが、豪は自分の興味が優先した。

「あんたのマンタレイ、寂しかったんじゃないかなって…。」
ジュンは、豪が聞こえるか聞こえないか位の声で、少しうつむいて答えた。

「え…。」
豪は意外過ぎる答えに唖然とする。
「だって。あんた博士からマグナム貰ってから、ずっとマグナム一辺倒だったじゃない。別にマンタレイが壊れたって訳でもないのに…。」
「それは…」
豪が何か言おうとしたが、ジュンはそれを無視して続ける。
「私がずっとマンタレイを使ってたのも、それがあったから。あんたに、マンタレイの事忘れて欲しくなかったのよ。」
そう呟くと、ジュンは黙ってしまった。
そんな彼女を見て、豪はしっかりとした声で言った。
「言っとくけど、俺はマンタレイの事を忘れた事なんて、一度も無いぜ。」
「え?」
今度はジュンが驚く番だった。
「お前は知らないかも知れないけど、俺はマグナムにマンタレイのパーツを良く使ってたんだぜ。」
「嘘…。」
「だって、マンタレイはゼロシャーシだろ?マグナムセイバーのスーパー1シャーシとは、共通するパーツが多いんだよ。」

987 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 03:44:06.36 ID:JAeRY7od0
豪は続ける。
「流石に、大神にセイバーを沈められてから先は、もうパーツも残ってなかったけどな。」
豪は悲しみと懐かしさの混じった声で、ジュンに語りかけた。

「そういう訳だ。わかった?」
豪は笑ってジュンを見た。するとどうだろう。泣いている。

「ちょ…ジュン、どうしたんだよ。」
「ううん、嬉しいの。ずっと忘れられたと思ってたから…。」
ジュンの言葉に、豪は違和感を覚える。
「おい、お前、マンタレイに感情移入し過ぎだぞ…。」

そう豪は言った。普通の反応だ。
するとジュンは、そっと顔を上げて、豪を見詰めた。

「ありがとう、豪君…。」

991 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 03:52:41.08 ID:JAeRY7od0
「ちょっと、豪。昼寝なんかしてないで、店番するかマシン考えるかしなさいよね!!」
「へ…あれ?ジュン…え?え?」
豪が目を開けると、目の前に怒ったジュンの姿があった。
座っているのはレジ。
目が重い。
どうやら自分は眠ってしまっていたようだ。

「わりい、わりい。最近寝不足でさ。」
「どうせゲームばっかりやってるんでしょ。」
「違えって、マシンのデザインで夜も眠れねえんだって。」
「はいはい。たまには私の事を思って、そうなって欲しいものね。」
ジュンが少しの嫌味を込めて返す。
余裕の表情のジュンに、豪はぼんやり呟いた。
「ば~か、それは毎日だって。」

豪の予想外の一言に、ジュンの顔が真っ赤に染まる。
だが豪は、特に意識して言ったつもりはないらしい。

まったく、この男は…。

ジュンがそう思いながら豪を見やると、さっきまで悩んでいたのが嘘のように、彼はさらさらとデザイン用紙に鉛筆を進めていた。
「あれ?考え付いたの?」
ジュンがそっと覗き込む。
「ああ、最高のマシンに仕上がりそうだぜ!!」
豪は真っ直ぐな瞳で、自信をもって言う。
彼がそれだけ言うのなら、きっと良いマシンに仕上がるのだろう。ジュンは純粋にそう思った。
「それにしても、あんた相変わらず絵、下手ねぇ。」
「うっせー!!」

992 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 04:00:27.15 ID:JAeRY7od0
それから数週間が経った時、豪とジュンは土屋博士から研究所に呼び出された。
ついに、豪のデザインした新マシンが完成したというのだ。

「じゃあ、開けるよ。」
Jがボディを成型する機械のスイッチを入れる。
すると、轟音と共に、2つに重なった機械のうち、上の部分がゆっくりと動き出した。

そして、明るい光の下に晒された、ボディが1つ。

「やだ。結構格好良いじゃない。」
「へっへ~、俺様のマシンに、格好悪いものなどないのだ!!」
自信たっぷりに言う豪に、ジュンが現実を指摘する。
「まあ、あの下手糞な絵から、良くこんだけ形にしたもんだわ。J君流石ね。」
「お前なぁ…。」
そうは言いつつも、事実なので豪も否定はしない。
「ふふ。まあ、ちょっと苦労したけどね…。」
苦笑いするJに、豪が散歩を待ちきれない犬のようにせかした。
「J、早く走らせようぜ!!」
「そうだね、豪君。」
そう言うと、Jは豪にボディを手渡す。豪は、デザインを依頼された日に貰っていたMSシャーシに、それを載せた。

スイッチを入れると、軽やかな音を立てる。
マシンが、産声を上げた瞬間だ。

993 名前: インストラクター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/04/16(月) 04:05:43.26 ID:JAeRY7od0
「おっしゃ、行くぜ!!J、合図してくれ。」
テスト用コースのスターティンググリッドに走って行き、豪が声を上げる。
「OK、豪君。」
「ちょっと待ちなさいよ、豪。」
「何だよ、ジュン…。良い所なのに。」
せっかくの勢いを崩された豪が、文句を垂れる。
だが、ジュンは忘れ物をしていないか子供に尋ねる母親のように、豪に尋ねた。
「あんた、そのマシンの名前、決めてないでしょ。」
ジュンの問いに、豪は即座に答える。
「いや、考えてあるよ。」
「何?」
意外な答えだったが、ジュンはその驚きよりも興味が先行し、耳をダンボした。
豪は、もう一度マシンを光にかざし、じっと見詰めた後、言った。


「マンタレイ…マンタレイMk-IIだっ!!」



最終更新:2013年09月06日 18:34