人外と人間
河童と村娘 1 和姦
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河童と村娘 1 859 ◆93FwBoL6s.様
一歩、一歩、軟らかい土を踏み締める。
たっぷりと水を含んだ腐葉土がスニーカーの下で潰れ、落ち葉の間から泥混じりの水が溢れ出した。木々の隙間から零れる日差しと夏の暑さで充分成長した雑草を、両手で掻き分けながら進んでいく。前回の自分の足跡を探したが、先日の雨で消えていた。だが、どこに行けばどう出るのかは把握している。逞しい木々の間を擦り抜けてきた頼りない風が汗ばんだ肌を舐めていき、一時だけ涼しさを与えてくれた。
背丈を追い越すほど伸びた雑草を掻き分けると、木々が開け、きらきらと目映く輝く清流が流れていた。思わず声を漏らしてから、川に近付いた。胸まで浸かるほどの深さで、底の石は青い苔に覆われていた。背負っていたリュックサックを手近な岩に下ろし、タオルで汗を拭ってから、清美は深く息を吸って呼んだ。
たっぷりと水を含んだ腐葉土がスニーカーの下で潰れ、落ち葉の間から泥混じりの水が溢れ出した。木々の隙間から零れる日差しと夏の暑さで充分成長した雑草を、両手で掻き分けながら進んでいく。前回の自分の足跡を探したが、先日の雨で消えていた。だが、どこに行けばどう出るのかは把握している。逞しい木々の間を擦り抜けてきた頼りない風が汗ばんだ肌を舐めていき、一時だけ涼しさを与えてくれた。
背丈を追い越すほど伸びた雑草を掻き分けると、木々が開け、きらきらと目映く輝く清流が流れていた。思わず声を漏らしてから、川に近付いた。胸まで浸かるほどの深さで、底の石は青い苔に覆われていた。背負っていたリュックサックを手近な岩に下ろし、タオルで汗を拭ってから、清美は深く息を吸って呼んだ。
「タキーっ、でぇーてこぉーいっ!」
腹の底から張り上げた声に驚いた野鳥が羽ばたき、言霊の切れ端が山々へと吸い込まれていった。清美は呼吸を整えながら辺りを見回していると、細い川の水面に波紋が広がり、ぬるりと流れが変わった。水面が膨らみ、割れ、それが直立した。緑色の肌に幾筋もの清水を滴らせた、爬虫類に似た異形だった。
頭頂部には皿があり、体毛に縁取られている。口元は鋭く尖り、色は黄色く、クチバシに他ならなかった。滑らかなウロコに覆われた両手両足が伸び、背中には分厚い甲羅を背負い、四本指には水掻きがある。体格は成人男性程度だが、田畑に漂う土と草の匂いに似た独特の臭気と、異形の威圧感を纏っていた。それが大股に踏み出すと、とぷん、と頭の皿に満ちた水が揺らぎ、ぎょろりとした双眸が清美を捉えた。
頭頂部には皿があり、体毛に縁取られている。口元は鋭く尖り、色は黄色く、クチバシに他ならなかった。滑らかなウロコに覆われた両手両足が伸び、背中には分厚い甲羅を背負い、四本指には水掻きがある。体格は成人男性程度だが、田畑に漂う土と草の匂いに似た独特の臭気と、異形の威圧感を纏っていた。それが大股に踏み出すと、とぷん、と頭の皿に満ちた水が揺らぎ、ぎょろりとした双眸が清美を捉えた。
「また来たか」
「うん、来ちゃった」
「うん、来ちゃった」
清美が笑むと、その異形は川から上がり、川辺に転がる石を濡らした。
「相も変わらず、物好きな」
「だって、村にいるより、山の方が楽しいから」
「だって、村にいるより、山の方が楽しいから」
清美はリュックサックを開けると、瑞々しいキュウリが詰まった袋を取り出した。
「ほら、キュウリ!」
「…おお」
「…おお」
異形は僅かに目を見開くと、清美は岩に腰掛けた。
「一緒に食べよう。今日はお弁当も持ってきたんだ」
「皿が乾かぬ間だけだがな」
「皿が乾かぬ間だけだがな」
清美の手前に腰を下ろした異形は、太いキュウリを手渡されると、クチバシを開いて威勢良く囓った。ばりぼりと噛み砕いて食べ終えてしまうと、早々に二本目を取り、青臭い匂いを放ちながら食べ続けた。清美はその様を見つつ、大きなおにぎりと冷たい麦茶の入った水筒を取り出し、少し遅い昼食を摂った。人でもなければ獣でもない彼が一心不乱にキュウリを囓る様は、いつ見ても微笑ましいと思ってしまう。
タキは、この川に住み着く河童である。タキという名は、清美が彼と初めて出会った場所に由来する。いつものように山遊びをしていて道に迷い、見知らぬ滝に出た清美は、水を飲もうとして足を滑らせた。そこにどこからともなくタキが現れ、溺れた清美を助けたばかりか、山の麓まで送り届けてくれたのだ。
その時は清美自身もなぜ助かったのか解らなかったので、何度も山に入り、あの滝を探し出そうとした。子供の頃からずっと遊んでいる山なのに知らない場所があるのはおかしい、と、妙な好奇心を抱いていた。だが、やはり滝は見つけられず、またも道に迷っていると、今度はこの川からタキが現れて言ったのだ。
あの滝は現世のものではない、あまり深入りすると山の神に魅入られるぞ、と、低く濁った声で喋った。清美は河童が現れたことに驚いたが、異形を見ても怯えるどころか喜んで、また来ると言って山を下りた。そして、翌日に山を登ると、律儀にタキは川縁で待っていた。それから、二人の奇妙な交流が始まった。
「おいしい?」
タキは、この川に住み着く河童である。タキという名は、清美が彼と初めて出会った場所に由来する。いつものように山遊びをしていて道に迷い、見知らぬ滝に出た清美は、水を飲もうとして足を滑らせた。そこにどこからともなくタキが現れ、溺れた清美を助けたばかりか、山の麓まで送り届けてくれたのだ。
その時は清美自身もなぜ助かったのか解らなかったので、何度も山に入り、あの滝を探し出そうとした。子供の頃からずっと遊んでいる山なのに知らない場所があるのはおかしい、と、妙な好奇心を抱いていた。だが、やはり滝は見つけられず、またも道に迷っていると、今度はこの川からタキが現れて言ったのだ。
あの滝は現世のものではない、あまり深入りすると山の神に魅入られるぞ、と、低く濁った声で喋った。清美は河童が現れたことに驚いたが、異形を見ても怯えるどころか喜んで、また来ると言って山を下りた。そして、翌日に山を登ると、律儀にタキは川縁で待っていた。それから、二人の奇妙な交流が始まった。
「おいしい?」
おにぎりを食べ終えた清美がタキに声を掛けると、タキはクチバシの周りに付いた破片を舐め取った。
「不味ければ喰わぬ」
「そう、良かった」
「おぬしの村は、山神も気に入っておられるからな。水も土も清らかよ」
「そう、良かった」
「おぬしの村は、山神も気に入っておられるからな。水も土も清らかよ」
タキは十数本目のキュウリを噛み砕くと、喉を鳴らして嚥下した。
「して、今日は何用か」
「泳ぎの練習、しようと思ってさ」
「泳ぎの練習、しようと思ってさ」
清美が川を示すと、タキは分厚い皮膚を歪めて目元をしかめた。
「ここは上流、流れも速ければ水も凍えている。下流で良かろう」
「ダメだよ、村の方は。男子が占領しちゃってて、練習するどころじゃないよ」
「ならば、追い払えば良かろう」
「それが出来ないから、わざわざタキのところまで来てるんだよ。それに、タキは泳ぎが上手いもん」
「水神であるからな」
「だから、教えて?」
「ダメだよ、村の方は。男子が占領しちゃってて、練習するどころじゃないよ」
「ならば、追い払えば良かろう」
「それが出来ないから、わざわざタキのところまで来てるんだよ。それに、タキは泳ぎが上手いもん」
「水神であるからな」
「だから、教えて?」
清美が小首を傾げると、タキは二十本目であろうキュウリを囓った。
「ならん。儂の泳ぎと人の泳ぎは違う、教えられるものではない」
「えー、一杯キュウリ貢いだじゃない」
「それとこれとは別だ」
「じゃ、何を貢げばいいの?」
「貢ぐ貢がぬというものでもなかろう」
「神様のくせにケチなんだから」
「その神を言霊で縛った挙げ句、現世と常世の狭間に引き摺り下ろしたおぬしには言われとうない」
「タキの方から出てきたじゃない」
「それは、おぬしを山神に会わせぬためよ。山神の逆鱗に触れることはあってはならん」
「私の相手をしてくれるのも、そのため?」
「おぬしを山神に至らせぬことは村を守ることであり、引いては儂らを守ることとなるからだ」
「…よくわかんない」
「えー、一杯キュウリ貢いだじゃない」
「それとこれとは別だ」
「じゃ、何を貢げばいいの?」
「貢ぐ貢がぬというものでもなかろう」
「神様のくせにケチなんだから」
「その神を言霊で縛った挙げ句、現世と常世の狭間に引き摺り下ろしたおぬしには言われとうない」
「タキの方から出てきたじゃない」
「それは、おぬしを山神に会わせぬためよ。山神の逆鱗に触れることはあってはならん」
「私の相手をしてくれるのも、そのため?」
「おぬしを山神に至らせぬことは村を守ることであり、引いては儂らを守ることとなるからだ」
「…よくわかんない」
清美が眉を下げると、タキはビニール袋を引っ繰り返し、最後のキュウリを取って食べた。
「いずれ解る。おぬしは村の子なのだからな」
「あぁーっ!?」
「あぁーっ!?」
突然清美が声を上げたので、タキはぎょっとして目を見開いた。
「…何事か」
「なんでキュウリ全部食べちゃうの、私も一本ぐらい食べたかったのにぃー!」
「ならば、先に申せば良い」
「山ほど持ってきたから、ちょっとは余ると思ったんだよ! タキのいやしんぼ!」
「これ、水神に向かってなんという口の利き方か!」
「だって本当のことだもん!」
「ならば選り分けておかぬか! そうしておれば儂も喰わぬというもの!」
「だって、だって、三十本はあったんだよ? 常識で考えてみてよ!」
「人の常は儂には解らぬ」
「あー、逃げたー!」
清美がむくれると、タキはさすがに罪悪感を覚えたが、囓り掛けのキュウリを噛み砕いて嚥下した。
「なんでキュウリ全部食べちゃうの、私も一本ぐらい食べたかったのにぃー!」
「ならば、先に申せば良い」
「山ほど持ってきたから、ちょっとは余ると思ったんだよ! タキのいやしんぼ!」
「これ、水神に向かってなんという口の利き方か!」
「だって本当のことだもん!」
「ならば選り分けておかぬか! そうしておれば儂も喰わぬというもの!」
「だって、だって、三十本はあったんだよ? 常識で考えてみてよ!」
「人の常は儂には解らぬ」
「あー、逃げたー!」
清美がむくれると、タキはさすがに罪悪感を覚えたが、囓り掛けのキュウリを噛み砕いて嚥下した。
「面倒な娘よ…」
「山神さまーあっ! 聞いてくださぁーいっ!」
「山神さまーあっ! 聞いてくださぁーいっ!」
いきなり清美が山に向けて叫び出したので、タキは再び驚いて彼女を制止した。
「これ、止めぬか! 山神の耳に届いたらどうする!」
「…だってぇ」
「…だってぇ」
清美がむくれたまま振り向くと、タキは辟易し、日差しで乾きつつある皿を押さえた。
「解った解った、泳ぎを教えれば良いのだな。頼むから、それ以上山神を刺激せんでくれんか。ただでさえ、女のおぬしが儂に近付いとることを快く思っておらんのだ。その上で怒らせてみろ、儂もただでは済まぬ」
「わぁい、タキは優しいなぁ」
「わぁい、タキは優しいなぁ」
途端に喜んだ清美がTシャツに手を掛けたので、タキは戸惑った。
「これ、儂の前で脱ぐな! 嫁入り前であろうが!」
「大丈夫だってば、ほら」
「大丈夫だってば、ほら」
清美がTシャツを捲り上げると、紺色のぴったりとした布地が成長途中の腹部を包んでいた。
「すぐに泳げるように、先に水着を着てきたの」
「…全く」
「…全く」
タキはぼやきながら、清美に背を向け、川に身を投じた。皿に水を満たしてから顔を出し、川辺を見やる。清美はTシャツを脱いで折り畳んでから、ハーフパンツも脱いでその上に重ね、スニーカーに靴下を詰めた。しなやかな両手両足を伸ばして準備体操を始めた清美を眺めながら、タキは得も言われぬものを感じた。
胸を反らすと膨らみかけの乳房が、背を曲げると汗ばんだ襟足が、足を伸ばすと太股が目を惹き付ける。河野、との名字が記された名札が胸元に縫い付けられていて、それが訳の解らない感覚を増長させてくる。スクール水着の紺色は、山の中にはない色だ。増して、そんな色の服を着た娘が立っているから妙なのだ。だから変な気分になるのだろう、とタキは思い直してから、白いメッシュの水泳帽を被る清美を仰ぎ見た。
日差しの輪郭を帯びた少女の横顔は、瑞々しかった。
胸を反らすと膨らみかけの乳房が、背を曲げると汗ばんだ襟足が、足を伸ばすと太股が目を惹き付ける。河野、との名字が記された名札が胸元に縫い付けられていて、それが訳の解らない感覚を増長させてくる。スクール水着の紺色は、山の中にはない色だ。増して、そんな色の服を着た娘が立っているから妙なのだ。だから変な気分になるのだろう、とタキは思い直してから、白いメッシュの水泳帽を被る清美を仰ぎ見た。
日差しの輪郭を帯びた少女の横顔は、瑞々しかった。