ビル群のあわいに西日が差した、その時である。
漆黒の闇が背後から流れ、一瞬の間に周囲を包み込んだ。領域が張られたのだ。
一歌はつかの間の日常からまたも、戦場に引き戻された。
漆黒の闇が背後から流れ、一瞬の間に周囲を包み込んだ。領域が張られたのだ。
一歌はつかの間の日常からまたも、戦場に引き戻された。
「あーあー、しばらくぶりのクレープだったってのに……」
もはやその手は何も掴んでいない。現世のものは、この狭間に持ち込むことはできない。
「責任取ってくれんだろうなァオイ!」
虚空より現れた2mの黄色と黒の棒、遮断桿。一歌が命を落とした、歩行者用踏切のものと同じ規格。その鉄の根元を掴み取る。霊魂同士の戦闘ではこんなものでも十分以上の凶器となる。
そうする間にも暗闇は晴れていき、一歌は燃え盛るビルの中に立っていた。
そうする間にも暗闇は晴れていき、一歌は燃え盛るビルの中に立っていた。
「ゲホッ……んだこりゃ…………火事?」
白い壁にタイル張りの床。照明は消え、赤い非常灯が黒煙の向こうからほの明るく照らしている。
一歌が立っているのは廊下だった。長く、廊下の両脇に部屋が続いている。部屋からはもうもうと煙が上がり、爆炎が舌のように覗いていた。肌を焼くような乾いた熱気がこの領域を支配している。
一歌が立っているのは廊下だった。長く、廊下の両脇に部屋が続いている。部屋からはもうもうと煙が上がり、爆炎が舌のように覗いていた。肌を焼くような乾いた熱気がこの領域を支配している。
その曲がり角から、ゆらりと男が姿を現す。
幽鬼のごとく着崩したスーツを身にまとい、手には消火器を持っていた。
幽鬼のごとく着崩したスーツを身にまとい、手には消火器を持っていた。
「スーツのオッサンよぉ、お前がこの領域の幽霊か。まさか焼死か? ご愁傷様だな」
「女子高生……? 嫌になるな全く……。ああ、焼死だよ」
「女子高生……? 嫌になるな全く……。ああ、焼死だよ」
陰鬱とした表情の男である。感情がまるで読み取れない。一歌は師匠に教わったことを思い出していた。
(魂を最も深く傷つけた「死因」は「致命攻撃」になる……だったか。あたしの場合は電車……焼死なら、この火がヤバい)
「確か焼死って一番キツい死に方なんだろ? どうだった?」
「確か焼死って一番キツい死に方なんだろ? どうだった?」
遮断桿を肩に担ぎ、ゆっくりと男との距離を詰めながら、横目で炎を見る。燃え盛る炎はまだ一歌まで届かない。
そう、思った矢先である。
そう、思った矢先である。
「ああ……お前の質問に答えたわけじゃない。焼死ってのは……お前の死因だ。二回目のな」
だん、と男が踏み込むと、炎が膨れ上がり、廊下を明るく照らすほどに大きく噴き上がった。
「うおおおっ! あっつ!」
一歌は跳ねて廊下の端に転がった。火は一歌を舐めて制服の一部を焦がした。火炎放射器さながらの火力である。
(そりゃそうだ……! あたしが電車を操れるんならあいつは炎も操れる! 踏み込まなきゃセーフってのは浅はかだったか……)
「くっそ! ふざけやがって……!」
「くっそ! ふざけやがって……!」
部屋から部屋へ、廊下を横切るように次々と線路を作り出す。次の瞬間線路を通り抜けた電車によって炎はかき消され、大きく勢いを減じた。
「野郎、どこ行った!」
跳ね起きて廊下の先を見る。そこにはもう男の姿はない。
「…………」
一歌の脳裏に、師匠から預かった御守りの鈴がよぎる。これを鳴らせば、一歌の危機が藍島に伝わり、領域が繋がる。そしてきっと、彼はあの男を一刀のもとに切り伏せるのだろう。
「…………で、『こんな雑魚に手間取ったのかよ、まあ仕方ねえかお前じゃな』、とか言うんだろ……! 死んでも呼ぶかっ! あいつはあたしのポイントだ」
一歌は未だ1ポイント。百には程遠い。この程度の危機で一々藍島に頼ってはいられない。何より、彼女の意地がその選択を遠ざけた。
「鉄条一歌! 所持ポイント1! 死因は『電車事故』!」
このビルのどこにいてもわかるほどの声で叫ぶ。
領域を押し合う相手に名乗りを挙げることで魂の輪郭を確かなものにする。自らの存在を確かめることは対霊戦闘では防御力と攻撃力を高める確実な手段の一つ。忌々しくも、師匠に教わったことが今、一歌の力になっていた。
領域を押し合う相手に名乗りを挙げることで魂の輪郭を確かなものにする。自らの存在を確かめることは対霊戦闘では防御力と攻撃力を高める確実な手段の一つ。忌々しくも、師匠に教わったことが今、一歌の力になっていた。
「出てこいよ……!」
ムカデが這うように線路が走り遮断機が生え、タイル張りの床は一部が土と草とアスファルトになり、柵とフェンスが無秩序に伸びた。領域全体に自身の領域を浸透させる。
男を追って奥へ進む。角を曲がって廊下の突き当たり、扉に遮断桿を振り下ろすと、壁ごと割れた。霊体でなければできない破壊である。
男を追って奥へ進む。角を曲がって廊下の突き当たり、扉に遮断桿を振り下ろすと、壁ごと割れた。霊体でなければできない破壊である。
「何階まである!? 火が回る前に……ッ!?」
扉の先、非常階段に出た一歌は絶句した。
上も下も、隙間なく業火に飲まれて進退窮まっていたのである。どこにも行きようがない。
上も下も、隙間なく業火に飲まれて進退窮まっていたのである。どこにも行きようがない。
「なっ……この領域、この階しかないのか!? じゃああいつどこに……」
言いかけて、廊下へ振り向いた。ここにいなければどこかの部屋に隠れるしかない。
そう思った一歌の後頭部に、割れるような衝撃が走った。
そう思った一歌の後頭部に、割れるような衝撃が走った。
「あがっ…………!?」
「悪いな」
「悪いな」
揺れる視界でかろうじて振り返ると、背後の踊り場に男が立っていた。上下が炎に飲まれ、隠れる場所などないはずのそこに。
平衡感覚が失われる。膝を折って体を支えると、黒髪から血が滴って落ちた。
平衡感覚が失われる。膝を折って体を支えると、黒髪から血が滴って落ちた。
「くっ……そ…………」
男は消火器をゆらりと垂らすと、さらに追撃を加えるべく振り上げた。反応して、一歌は遮断桿を背後に薙ぐ。
「オラァ!」
「ちっ」
「ちっ」
男はそれを深く仰け反って避けた。ぎゅん、と加速した遮断桿が壁に斬痕を残した。
起き上がる一歌の視界に、こちらを向く消火器のノズルが映った。瞬間、ピンク色の粉塵が視界を埋め尽くす。
起き上がる一歌の視界に、こちらを向く消火器のノズルが映った。瞬間、ピンク色の粉塵が視界を埋め尽くす。
「うっ! 消火器っ……! ……でもダメージはねえな! 目くらましか!」
「そうだ」
「そうだ」
粉塵の向こうから黒い脚が伸びて一歌の腹部を直撃した。めり込んだ革靴が一歌の体を吹き飛ばした。
内臓が圧縮されるような感覚が一歌を襲った。視界がブラーのように攪拌された。
内臓が圧縮されるような感覚が一歌を襲った。視界がブラーのように攪拌された。
「が、はっ!」
「ド素人だな。弱すぎる……所持ポイント1というのは本当のようだ」
「ド素人だな。弱すぎる……所持ポイント1というのは本当のようだ」
天井の蛍光灯を砕き床に叩きつけられる。転がり、がしゃん、と自らの領域を由来とする鉄柵にぶつかって止まった。粉塵は消火器の見た目の内容量よりも遥かに多く、廊下の中を完全に満たしていた。
視界はホワイトアウトしたように一切を遮られている。
視界はホワイトアウトしたように一切を遮られている。
「っぐ……! っらあ!」
立ち上がり、当てずっぽうに遮断桿を振り回す。さらに非常階段の辺りへ線路を敷き電車を走らせるも、領域は解けない。直後、再び粉塵の向こうから振るわれた消火器が、今度は正面から一歌の額を割った。脳が揺れる。
がくん、と膝を折りかけて、よろめきながらも耐えた。
がくん、と膝を折りかけて、よろめきながらも耐えた。
「……〜〜〜っ! っがあ! こ、いよぉ! この程度で、殺されるわけねえだろ!」
振るう拳は空を切った。一歌を殴ってすぐに離脱している。額からの出血が頬を染めて形のいい顎から滴る。
晴れない粉塵をさらに遮断桿で掻き回し、吹き飛ばす。粉塵が晴れた先、数歩離れた廊下の中央で男は何もせず立っていた。
そこで気づいた。男は覆面のように、タオルで鼻から下を覆っている。
晴れない粉塵をさらに遮断桿で掻き回し、吹き飛ばす。粉塵が晴れた先、数歩離れた廊下の中央で男は何もせず立っていた。
そこで気づいた。男は覆面のように、タオルで鼻から下を覆っている。
「なんだ? 離れて……また逃げんのかよ? 追いかけて……殺して、やる……」
「赤間大地。所持ポイント23。……まあ、もはや名乗る意味もないわけだが」
「あ?」
「赤間大地。所持ポイント23。……まあ、もはや名乗る意味もないわけだが」
「あ?」
赤間と名乗った男は、着崩したスーツの襟を正した。逃げもせず、かといって追撃もしない。防御を固めたわけでもなく、ただ立っていた。
奇妙な行動は血が上った一歌の頭を少し冷静にさせたが、それでもやることは変わらない。
奇妙な行動は血が上った一歌の頭を少し冷静にさせたが、それでもやることは変わらない。
「俺は常々思ってるんだ。真面目な人間は割を食うというが……それは不十分だろ。真面目で怠惰な人間が割を食うんだ。不真面目な人間がこっちに割を食わせにくるならそれを糾弾して追及して……代償を払わせなきゃならない。他人を舐め腐った代償をだ」
「どういうつもりだ? あたしは話し合いなんかしねえぞ」
「奇遇だな。俺も同意見だ。……少し、訂正しておこうと思ってな。お前の勘違いを。俺はお前みたいに好き勝手生きてそうな不真面目で馬鹿な人間とは違うからな」
「勘違い?」
「どういうつもりだ? あたしは話し合いなんかしねえぞ」
「奇遇だな。俺も同意見だ。……少し、訂正しておこうと思ってな。お前の勘違いを。俺はお前みたいに好き勝手生きてそうな不真面目で馬鹿な人間とは違うからな」
「勘違い?」
男を撲殺すべく詰め寄ろうとした。
叶わなかった。足がひどく重い。一歌の視界が大きく揺れた。
視界が揺れる。吐き気がこみ上げる。
頭の痛みは、外傷だけによるものではない。
魂を侵食するほどの深刻な中毒症状。
叶わなかった。足がひどく重い。一歌の視界が大きく揺れた。
視界が揺れる。吐き気がこみ上げる。
頭の痛みは、外傷だけによるものではない。
魂を侵食するほどの深刻な中毒症状。
「あ…………!?」
「俺の死因は焼死じゃない」
「俺の死因は焼死じゃない」
立っていることができず、一歌は再び崩れ落ちた。ばちばちと、周囲の炎が勢いを取り戻す。それに伴って黒煙が爆ぜるように両脇の部屋から噴出した。
「一酸化炭素中毒だ」
「くっ……そ、が……」
「くっ……そ、が……」
筋肉が痙攣して立ち上がれない。出血がひどい。一歌は、激しく動きすぎた。
攻撃を受けて心拍数が大きく上がった。激しい呼吸は、煙の吸入量を増やす。
攻撃を受けて心拍数が大きく上がった。激しい呼吸は、煙の吸入量を増やす。
「俺の領域で勝利する絶対条件は、相手より先に傷を負わないこと。相手より多く傷を負わないこと。逃げるが勝ちさ。だがリスクを負ってまでお前を攻撃し続けたのは、俺も一酸化炭素で倒れかねないからだ。目に見えない攻撃だからな、ギリギリの勝利を狙えるほど器用な調整ができない」
赤間は話し続ける。自らの力を明かすことで領域内での自身の存在を確かめ続ける。結果、赤間の力は増し、身体能力の向上で一酸化炭素の許容量も増えていく。一歌は動けたとしても、炎の燃え盛る部屋に逃げ込むことはできず、背後の廊下もすぐに壁に突き当たる。逃げることはできない。
どちらが先に死ぬかはもはや明確だった。
どちらが先に死ぬかはもはや明確だった。
だが、しかし。鉄条一歌の精神を折ることは何者にもできない。ついには死でさえも一歌を折ることはできなかった。だから彼女は今ここにいるのだ。
「折れねえ……私は……誰にも…………! 死ぬまで……死んでもだ…………!」
瞳が赤間を射抜いた。眉をひそめる。もはや死ぬ少女の目に灯るこの熱は何なのか。
(コイツ……まだ何か)
赤間がそれに考えを巡らせるより早く、一歌の遥か後方から走るように線路が浮かび上がった。
色が溶けだすように、廊下の両脇にフェンスが現れる。その根元には背の低い雑草が萌えており、黒煙立ち込める屋内にもかかわらず、廊下の彼方から黄金色の西日が差した。
かん、かん、かん、かん、と、遮断機が赤く、甲高く鳴いた。
色が溶けだすように、廊下の両脇にフェンスが現れる。その根元には背の低い雑草が萌えており、黒煙立ち込める屋内にもかかわらず、廊下の彼方から黄金色の西日が差した。
かん、かん、かん、かん、と、遮断機が赤く、甲高く鳴いた。
廊下をなぞって埋めるような線路。軌条の上には赤間と、一歌。
「テメェ、自分ごと……!! イカレてんのか」
「どう、だろうな……でも、いい眺めだぜお前のマヌケ面は……!」
「ッ…………!」
「どう、だろうな……でも、いい眺めだぜお前のマヌケ面は……!」
「ッ…………!」
赤間の冷や汗が頬を伝うより早く、鉄道を跳ねる車輪の音が、巻き砕く風の音が聞こえた。
ごうッ、と、時速90キロの鉄塊が瞬きの間に二人を轢いた。
黒煙を突き破り廊下の壁を削り、列車が一陣の風と通過する。
がたん、ごとん、と、鳴っていた音は虚空に消える。廊下のフェンスが一部突き破られていた。
ごうッ、と、時速90キロの鉄塊が瞬きの間に二人を轢いた。
黒煙を突き破り廊下の壁を削り、列車が一陣の風と通過する。
がたん、ごとん、と、鳴っていた音は虚空に消える。廊下のフェンスが一部突き破られていた。
「っぐぅううぁああああっ…………! っの……クソガキ…………がああああ!!」
炎燃え盛る部屋に飛び込んだ赤間の左足首から先が消失していた。蛇口を捻ったように血が流れ出てはタイルに血溜まりを作る。
重傷、しかし生きていた。一方回避の余裕などなかった一歌は。
重傷、しかし生きていた。一方回避の余裕などなかった一歌は。
赤間が廊下に身を乗り出すと、その上から長い影が落ちた。床から壁にかけて、線路が伸びている。そこに走る小さな電車を掴んで引っ張り上げられるように、一歌が立っていた。斜陽を背にして壁に、身を預けている。
その体に新たな傷はない。
一歌が口角を引き上げて獰猛に笑った。
その体に新たな傷はない。
一歌が口角を引き上げて獰猛に笑った。
「なるほどな……さっきもそうやって……階段の炎の中に隠れてやがったな……。確かにこの炎、熱いけど、熱いだけだ」
「…………わかったぞ。車体の下か。隙間に入り込んでかわしたと……お前、やっぱり頭おかしいよ」
「へっ、それが遺言で……いいか?」
「………………」
「…………わかったぞ。車体の下か。隙間に入り込んでかわしたと……お前、やっぱり頭おかしいよ」
「へっ、それが遺言で……いいか?」
「………………」
暫し無言で見つめあう。両者共に、残された力は多くない。だが、より弱っているのがどちらなのかは明確。赤間は逃走を選ばず、消火器を握る力を強めた。
「……ふんっ!」
「っらあ!! 」
「っらあ!! 」
振るわれる消火器に対し空中に遮断桿を召喚し殴りつける。防御はしない。受けきる体力はもはやない。
(気合いで耐えろ鉄条一歌!!)
「んぐぅふっ」
「んぐぅふっ」
空いた脇腹に消火器がめり込む。肋骨が折れた。だが、同時に赤間の肩を遮断桿が砕いている。威力は減じた。
(外した! 頭に当てられなかった!)
「死ね!」
「死ね!」
赤間が残った足で一歌を蹴り飛ばした。避けられずたたらを踏む。
男は指を上に向けた。地面を割って、長い消火ホースが水を撒き散らしながら飛び出した。破砕された瓦礫と鉄筋が宙を舞う。
男は指を上に向けた。地面を割って、長い消火ホースが水を撒き散らしながら飛び出した。破砕された瓦礫と鉄筋が宙を舞う。
それを掴むと、ホースから噴き出る水が一筋に絞られた。幅が狭くなると同時に水は勢いを著しく増し、水の奔流は延長上の壁も床も瞬く間に削り、切断している。
「消火ホースの水圧カッターだ! お前の死因は、斬死!!」
(……やべえ、体、動かね…………)
(……やべえ、体、動かね…………)
遮断桿を杖にして立っているのが限界だった。もはや、一歩進むことさえ遥かに遠い。
水の断頭台が確かな死線を伴って迫る断末魔の須臾に、最後の力で一歌は制服のポケットに手を伸ばした。
水の断頭台が確かな死線を伴って迫る断末魔の須臾に、最後の力で一歌は制服のポケットに手を伸ばした。
(……畜生…………あと少し、だったのに……)
赤間がホースを振るう。輝くような白い軌跡を残して、致命の水流が一歌の首をはねる。
その、寸前で。
男が立っていた。色が水面に溶け出すような、朧な影が輪郭を伴って現れた。三十がらみの、古びた道着と袴の上から黒いコートを羽織った男。手には日本刀。その刃が赤間の手元のホースに食いこんでその動作を停止させていた。
男は古傷だらけの顔で獣のように笑った。
その、寸前で。
男が立っていた。色が水面に溶け出すような、朧な影が輪郭を伴って現れた。三十がらみの、古びた道着と袴の上から黒いコートを羽織った男。手には日本刀。その刃が赤間の手元のホースに食いこんでその動作を停止させていた。
男は古傷だらけの顔で獣のように笑った。
「くっくっく。ピンチじゃねえかバカ弟子。泣きベソかいてかわいそうになぁ」
「かいてねえよ!」
「かいてねえよ!」
心底愉快そうに一歌を振り返り、嘲る。
困惑したのは赤間である。突如として現れた、因果関係が一切不明の男。
だが、関係ない。1ポイントが2ポイントになっただけだ。赤間は転がってホースから日本刀を抜くと、そのまま起きざまに薙ぎ払った。
そのつもりだった。
困惑したのは赤間である。突如として現れた、因果関係が一切不明の男。
だが、関係ない。1ポイントが2ポイントになっただけだ。赤間は転がってホースから日本刀を抜くと、そのまま起きざまに薙ぎ払った。
そのつもりだった。
「…………あれ?」
二人とも生きている。どころか、ホースを向こうに向けられてすらいない。
なぜ。
視線を下に向けると、赤間の右腕がない。肘から下が、ホースを掴んだまま、肉の断面を晒して転がっていた。
なぜ。
視線を下に向けると、赤間の右腕がない。肘から下が、ホースを掴んだまま、肉の断面を晒して転がっていた。
「あ!? あああっ……!?」
「遅ぇよ、斬っちまった」
「何を……」
「遅ぇよ、斬っちまった」
「何を……」
狼狽する赤間の目の前で、景色が塗り変わる。雲のない青空、一面の、どこまでも続く乾いた土の地面。古びて不揃いな竹製の柵が、荒野の枯れ草じみて乱立していた。
一歌の領域も、赤間の領域も、もはや影も形もない。
一歌の領域も、赤間の領域も、もはや影も形もない。
ざり、と歩を進める。担いだ刀には一雫の血も脂も付いていない。人知を超えた剣速の証だった。
赤間は下がろうとした。しかし男からは逃げられないということも、完全に理解していた。
赤間は下がろうとした。しかし男からは逃げられないということも、完全に理解していた。
「所持ポイント4760……3だったか。死因は斬首」
男が素性を明かす度に、空から甲冑を着込んだ死体がばらばらに降ってきて、槍や刀が地面に突き刺さる。乾いた土から自ずと血が滲み出た。
「4700……ば、馬鹿な……100ポイントあれば、生き返れる、のに…………」
「くっくっく。なんでみんな、そんなもったいねぇ真似すんのかね……まあつまり、これで……」
「くっくっく。なんでみんな、そんなもったいねぇ真似すんのかね……まあつまり、これで……」
白い光が閃いた。一瞬の後、驚愕と恐怖に目を見開いた、赤間の首が落ちた。
「4764」
領域がほどける。どろりと溶けるように、屍山血河が暗闇に飲まれる。
漆黒に視界を塗りつぶされ、気がつけば一歌は元いた通りに立っていた。足元には潰れたクレープ。
コートの背を見せていた藍島は心底呆れたように、わざとらしくため息をついて一歌を振り返った。
漆黒に視界を塗りつぶされ、気がつけば一歌は元いた通りに立っていた。足元には潰れたクレープ。
コートの背を見せていた藍島は心底呆れたように、わざとらしくため息をついて一歌を振り返った。
「こんなカス雑魚に手間取ったのかよ、一歌。まあ仕方ねえか……お前みたいなカス雑魚以下のクソ雑魚じゃな」
「……想像よりひでえ」
「……想像よりひでえ」
一歌は辟易して肩を落とした。やはりこの師匠は、人間性という点では最低の部類に入る。
げんなりしつつも自分の姿を確かめると、領域に引きずりこまれる前と全く同じだった。
一歌の体の傷や制服の破損は、やはり修復されていた。霊体の都合の良さというものを一歌は強く感じた。まるで、何もかもが夢だったかのような。そんな気さえしてくるようだった。
一歌はにたにたと馬鹿にするような、否、純度百で馬鹿にしている笑みを浮かべる師匠に苛立ったが、その気持ちを押し込んで、視線をよそに向けることで耐えた。
げんなりしつつも自分の姿を確かめると、領域に引きずりこまれる前と全く同じだった。
一歌の体の傷や制服の破損は、やはり修復されていた。霊体の都合の良さというものを一歌は強く感じた。まるで、何もかもが夢だったかのような。そんな気さえしてくるようだった。
一歌はにたにたと馬鹿にするような、否、純度百で馬鹿にしている笑みを浮かべる師匠に苛立ったが、その気持ちを押し込んで、視線をよそに向けることで耐えた。
「その……助かった。ありがとう、師匠」
「おお! 殊勝なことも言えるんじゃねえか、そうだよそう。それが人間として当たり前のことだからな、くっくっく」
「おお! 殊勝なことも言えるんじゃねえか、そうだよそう。それが人間として当たり前のことだからな、くっくっく」
藍島はものすごく愉快そうに、不快な笑い声を上げた。藍島本人は何をされても礼も謝罪もしないが、他人に当たり前を説くことはする。
「最悪の気分だ」
「ぎゃははははーっ、悔しかったらションベン漏らさずに自力で殺してみろってんだ」
「漏らしてねえし!」
「ぎゃははははーっ、悔しかったらションベン漏らさずに自力で殺してみろってんだ」
「漏らしてねえし!」
一歌は師匠が自分を笑いものにするのをげんなりとした気分で、黙って眺めるしかなかった。