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・がっつり現代日本
・小6のニールと年少組のマイケルが出会ったら





 その日、ニールは珍しく、一人で小学校から帰っていました。いつも一緒に遊んでいる友達の全員が全員、用事が入ってしまったのです。とはいえ、この春とうとう六年生になったニールですから、一人で下校することに困りはしません。ただ、いつも傍にある賑やかさがないことに、少しの寂しさを覚えているのは確かでした。
 小学校からニールの家までは、子供の足でそれなりの距離を歩きます。ニールにとっては五年以上通い続けている道ですから、慣れたものです。小さな頃は心配されていた大通りも、今では危なげなく渡ることができます。もうしばらく歩けば、交番のある大きな交差点が見えてくることでしょう。少し近道をしようと、ニールは裏の細い路地に入りました。
 すると、ふと見慣れない光景に出くわして、ニールは足を止めました。誰もいない路地裏で、幼稚園のスモッグを着た子供が、一人ぽつねんと立っています。水色のスモッグも黄色の肩掛け鞄もニールから見れば随分小さいはずなのに、子供が身につけているとひどく大きく見えました。おそらく、まだ入園したばかりなのでしょう。
 子供はふわふわとした金髪の巻き毛で、教会にある絵の中の天使様のように愛らしい顔をしています。ただ、その目は涙に濡れて赤く腫れ上がり、そのくせ負けん気の強さを示すかのように、足下の地面をきつく睨みつけていました。
「迷子かな」
 周囲には両親らしい大人どころか、子供とニールの他には人影一つありません。何より、子供はこんな不安そうな顔をしているのですから、まず間違いないでしょう。少し前にも迷子の子供を交番に連れていったことがあるニールは、一つ頷くと、子供に歩み寄りました。
「どうした、迷子か?」
 声をかけると、子供は大きく肩を震わせて振り返りました。大粒の涙が、零れ落ちそうなほど大きなトパーズの瞳から次々に溢れています。しゃくり上げながら、子供は小さな手をきつく握り締めました。
「まいごじゃないもん、マイケルだもんっ」
 迷子という言葉が、まだよくわからなかったようです。顔を真っ赤にして必死に抗議する様子に、ニールは頭を掻き、マイケルと叫んだ子供の前にしゃがみこみました。
「そうかそうか、マイケルか。なあマイケル、お父さんとお母さんはどこだ?」
「……わかんない」
「じゃあ、家までの帰り道とか知ってるか?」
「わかんないっ」
 マイケルは癇癪を起こして叫ぶと、嗚咽を漏らしながら俯きました。口にした途端に心細さが増したのか、瞳は一層潤み、溶け落ちてしまわないのが不思議なほどです。意地を張ってはいますが、本当は大声で泣き出したくて仕方がないのでしょう。
 ニールはもう一度頭を掻くと、ランドセルを下ろしました。日頃の腕白の所為か、ランドセルはぼろぼろで、大分へしゃげています。その蓋を開け、中をごそごそと漁りました。
 目の前の出来事に気を取られたのか、いつの間にか泣き止んだ子供の前で、ニールはくしゃくしゃになった学校からのお知らせを幾つか放り出しました。そして、ようやく目当てのものを見つけて、手を引き抜きました。
「ほら、これやるよ」
 取り出したのは、ストロベリーキャンディでした。以前に叔父さんから貰ったものを、こっそり学校に持ち込んで、みんなで食べていたのです。ランドセルの中にはミント味もありましたが、まだこんな幼い子供の口には合わないだろうと思い、残しておきました。
「きゃんでぃ!」
 マイケルはキャンディを受け取ると、嬉しそうに笑いました。小さな手が包み紙を取ろう、覚束ない手つきで動いています。ニールは小さく笑い、マイケルの手からキャンディを取り上げました。そして、包み紙を剥き、もう一度マイケルに渡しました。
「ほら、飲み込むんじゃないぞ。ちゃんと舐めろよ」
「んっ」
 実に嬉しそうな顔で、マイケルはキャンディを口に入れました。特に大きな粒でもないというのに、頬張るという表現がぴったりの有様です。改めて相手の小ささを実感して、ニールは眉尻を下げました。今はキャンディに夢中になっていても、食べ終わってしまえば、また心細さが戻ってくることでしょう。マイケルの両親も、きっと心配しているに違いありません。
 ニールはハンカチを取り出すと、マイケルの赤く腫れた目元や頬をぐいぐいと拭きました。歯にキャンディが当たるのか、口の中からはくぐもった硬い音がします。首を振って嫌がるマイケルの顔をどうにか拭き終えて、ニールはハンカチをランドセルに放り込みました。そして、立ち上がって背負い直すと、マイケルに手を差し出しました。
「行くぞ。お巡りさんのところまで連れてってやるから」
 マイケルの家も、幼稚園も、ニールにはわかりません。それでも、交番の場所はわかりますし、お巡りさんがニールよりもずっと迷子の家を探すことができることも知っています。マイケルの両親だって捜しに来ているかもしれません。何より、こんな小さな子供を放っておくのは、ニールの責任感が許せませんでした。
 ところが、マイケルはニールの手を見ると、不満そうに頬を膨らませました。
「やー」
 ニールを見上げ、シャツの裾をぎゅっと掴んできます。嫌がられるとは思っておらず、ニールは瞬きました。
「なんだよ、ここにいたいのか?」
「やー!」
 今度は頭をぶんぶんと振り、裾も強く引っ張ってきます。どうすればいいのかわからず、ニールは途方に暮れてしまいました。とりあえず膝を折り、マイケルに目線を合わせます。
「一体どうしたいんだよ、マイケル。お父さんやお母さんのところに帰りたくないのか」
「あし」
「ん?」
「あし、いたい」
 言葉に釣られて、ニールは視線を下に向けました。丸みを帯びた小さな足は、何度か転んだのか、ところどころに擦り傷があります。歩くことに支障はなさそうですが、幼い子供にとっては十分に痛いのでしょう。何より、こんな状態になるまで彷徨い歩いて、疲れてしまっているのかもしれません。
「仕方ねえなあ」
 ニールは息を零すと、ランドセルを前にかけ直しました。そして、空いた背中をマイケルに向け、後ろ手に招きました。
「ほら、来いよ。おんぶしてやるから」
 ニールは年齢の割には小柄な方ですが、それでも頑張れば小さな子供ぐらいは背負えるでしょう。幸いなことに、交番のある交差点までは、そう距離もありません。大体、登下校の時にじゃんけんで荷物運びを決めるのはいつもの遊びの一環でしたから、前後にものを背負うのは慣れっこです。
 マイケルは何度か瞬きすると、やがておずおずと手を伸ばしてきました。小さな手がシャツを這い上り、よじ登ろうとした靴先が腿を蹴ります。それを我慢して後ろ手にマイケルを押し上げると、ようやく首元に細い手が回りました。
「しっかり摑まってろよ」
 声をかけると、ニールはそろそろと足に力を入れました。前に引っかけたランドセルが邪魔でしたが、なんとか転ばずに立ち上がることに成功します。圧し掛かる重みは結構なものですが、交番まで歩く程度なら問題はなさそうです。何より、背中越しに伝わってくる子供の高い体温が、ニールを奮い立たせました。
「よし、それじゃあ行くか!」
「あい!」
 活を入れるために大きな声を出すと、背中のマイケルが喜んで返事をします。耳元からふわりと漂ってくるキャンディの甘い匂いに笑いながら、ニールは歩き出しました。




本当はこの後交番に行ってカレンさんにマイケル引き渡したらニールいっちゃやだーとかぐずるマイケルを「そんなんじゃ冒険家になれないぞ、今度秘密基地教えてやるから泣くな!」とかニールが頭ぽんぽんする詰め込み仕様だったけどもう力尽きたよママン
前に交番に連れていった迷子は年長組のレオニードくんです





最終更新:2011年08月20日 22:22