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元旦に上げただけで、正月とは何の関係もありません
オガニルが拘束プレイでボタン外してるだけ

2012お年玉



 ニール・ローウェルは、この上もなく不快だった。全身を拘束する縄は、一分の自由すら与えないほどにきつく食い込み、衣服の上からでさえその縄目をありありと伝えてくる。転がされた床は冷たく、体温という体温を全て奪い去ってしまいそうだ。だというのに、身体は冷えるどころか、じりじりと肚の奥からこみ上げる熱に満たされて、いっそ息苦しいほどだった。
「苦しそうだねえ」
 何より、楽しげにニールを見下ろしてくる男の存在が、この上なく不快感をそそる。ニールと一回りも離れていないだろう整った顔に浮かんでいるのは、嘲りと愉悦に歪んだ笑みだ。日頃、学生たちに混じってフットボールに興じる時の飄々とした明るさは、欠片も感じられない。
「君に悪魔の囁きは効かないみたいだから、魔女の媚薬と洒落こんでみたんだけどね。効果が少し強すぎたかな?」
 衣服越しに触れてくる手は、あくまでも優しい。だというのに、氷を直接押し当てられたかのような冷たさに、肌膚が粟立つ。そのくせ、昂った身体はささやかな接触にさえ甘さを見出して、芯を熱く痺れさせた。伝播した熱がこめかみに溜まり、思考が輪郭を曖昧にぼやかしていく。本当に、どうにかなってしまいそうなほどの熱さだった。所用で久々に着たカソックが徒となっているのかは、わからない。ただ、もし拘束がなく、目の前に冷たい笑みを滲ませた男がいなければ、この無暗に多いボタンを一つ残らず毟り取っていただろう。それほどまでに、昂りはどうしようもないところまで追い詰められていた。
 それを察しているのか、男は薄ら笑いを貼り付けたまま、ニールの顔を仰々しげに覗き込んだ。
「随分と汗をかいているね。熱いのかな? ねえ、服を緩めてあげようか」
 ニールの返答を待たずに、男の顔が下りる。喉元に生温かい息がかかり、身の毛がよだった。喰い千切られるかと身構えたが、予期した激痛は襲ってこない。その代わりに、硬いもの同士のぶつかる小さな音が響き、窮屈な襟元が不自然に引っ張られた。くぐもった声と、硬質な音と、生温かい吐息。しばらく襟を引かれた後に、ふいに首元が解放される。ボタンを口で外されたのだと理解するまでに、少しのタイムラグがあった。やめろと叫ぼうにも、刺激される度に零れそうになる間抜けな声を堪えるのに必死で、口を開く余力がない。何より、何を言ったところで相手を悦ばすだけなのだから、抗議は無意味だ。
「ふうん……さすが、ベリアルは我慢強いんだねえ」
 くつくつと笑いながら、男の頭はゆっくりと下がっていく。指で止めるのも面倒な数のボタンを、一つ一つ口で外していく様は、傍から見れば滑稽だろう。だが、今のニールには、布越しの湿った吐息さえ、淫靡な刺激としかなり得ない。拘束されたままの腕が軋み、指先が冷たい床に爪を立てる。焦れったさに喉がひくつき、酷く息苦しい。
 やがて下半身まで辿り着いて、男は顔を上げた。暗く濁った、嘲りに満ちた目が、いっそ慈しむようにニールを見下ろした。
「ここ、随分と辛そうだよ」
 笑いながら、下肢を柔らかく擦る。それだけで、ニールの背はきつく撓った。
「ァ、ぅあッ」
 そこが聖衣を押し上げるほどに硬く張りつめているのは、ニール自身にもわかっている。ずっと肚の奥でとぐろを巻いていた熱が、たった一度の刺激で、出口を求めて暴れ出した。焦らされている。身体はこれ以上なく熱を上げているというのに、明確な刺激はほとんど与えられていない。荒い呼吸が高い天井に反響して、まるで興奮した犬のようだ。口の端から零れる涎さえ、もう気にかける余裕がなかった。
 熱い。この熱を鎮めたい。もっと刺激が欲しい。何もかも忘れて、思い切り吐き出してしまいたい。
「どうしてほしい」
 内心を見透かしたかのように、歪んだ笑みが視界を占拠した。柔和なブラウンの双眸が、今は地獄の淵のように暗い。そこから吹きつけてくるのは、寒々しい風と悪魔の嘲笑だ。だというのに、耳元で囁く声は、猛毒のように甘く熱を帯びている。
「苦しいだろう? 君が望むなら、もっと与えてあげるよ。直接触って、思い切り擦り上げてあげる。君が満足するまで、何度でもね。それに、もっと気持ちいいことだってしてあげられる」
 腐臭が鼻腔を擽った。地面に落ちる一歩手前の、爛熟した果実の甘い腐臭だ。それを吸い込む度に、身体の熱が上がり、思考がばらばらに解けていく。どうにか明瞭さを保とうとしても、その縁が見つからない。頭の中に男の声が反響して、ひたすらに欲望を突き動かされる。
「言ってごらんよ、ベリアル」
 笑いながら、男が顔を近づける。鼻先が擦れ合うほどの距離にあるそれを、ニールはぼんやりと見上げた。そして、思い切り唾を吐きかけた。笑みに歪んだままの頬に、体液がべっとりと貼りつく。それを見て、ニールは無理矢理に片頬を歪めた。
「……死ねよ、クソ野郎」
 限界は近い。身体も精神も戒められて、悲鳴を上げていない個所などどこにもない。それでも、ニールはこの男の手を受け入れたくはなかった。狂おしい熱に、何度服従の言葉が喉を突き上げようとも、男の元に下るわけにはいかなかった。
 男は冷めた表情で身体を起こすと、顔を袖で拭った。そして、この上なく楽しそうに肩を揺らした。
「ああ、ベリアル。そうだ、君はそういう男だったね」
 酷薄な笑みが、極彩色の悪意に彩られている。ニールは顔を顰めながら、瞼を下ろすことで男の顔を遠ざけた。あとどれほど耐えればこの不快な時間が終わるのか、彼に知る術はなかった。





最終更新:2012年01月01日 00:53