とある老神父の告白
主よ、どうか貴方の罪深きしもべの告白をお聞き下さい。
私は罪を犯しています。まだほんの子供だった頃から今に至るまで、ずっと罪を犯し続けています。
私は、同性を愛しています。
彼は、神学校時代の友人でした。
その神学校に入った当時、私は自分が生きていていいのかわからず、毎日をただ虚ろに過ごしていました。あの頃の私は、何をしても、何を食べても、息をすることさえ、自分は許されているだろうのかと、自分という存在の全てに価値を見出せずにいました。
けれども、彼は。出会ったときから太陽のように輝いていた彼は、そんんな私のことを見てくれました。それどころか、私のことを尊敬すると言って、握手をしてくれました。
あの日のことを、彼が思い出すことはそうないでしょう。それでも、私はずっと、今この時ですら、鮮明に思い出すことができます。あれは、生きることを迷っていた私への、力強い赦しの言葉だったのです。
私たちは親友となり、卒業して互いに聖職についた後も、変わらない親交を保ち続けました。彼が愛したのは別の人でしたが、私は彼も、彼が愛した人のことも、ずっと愛していました。
他人から見れば、偽善に映るのかもしれません。ですが、私にとって、彼が私を愛してくれることよりも、彼が本当に幸せそうに笑ってくれることの方が、よほど大切だったのです。だから私は、親友として隣にいさせてくれる彼も、その彼を幸せにしてくれる彼の愛する人も、心から愛していました。彼ら二人が私の生をどれほど明るく照らしてくれたことか、私には最早知る術はありません。そんな事態を想像することすらできないほど、彼とその愛する人は、私の光となって全てを照らし続けてくれたのです。
愛する人が先に主の御許に旅立った時、彼は深く悲しみました。けれども、涙を零したまま顔を上げて、愛する人を見送れたことを感謝すると、そして隣に私が経っていることを心から有難く思うと、強く宣言しました。年を経て深い皺の刻まれた手が、私のそれを握り締めるその強さに、私は魂から震えました。彼が本当に幸せな愛に包まれていたこと、私が未だ彼のよすがであり続けていることを知らされて、私もまた泣きました。彼を幸せにしてくれた人への感謝と、誰よりも大切な彼への愛しさから零れた涙でした。
その彼も、半年前に天に旅立ちました。最後の会話で、最期を看取る相手が私であることに感謝すると、彼は笑ってくれました。
主よ、私も今、この世から旅立ちます。
私の行く先が地獄であるのか、煉獄であるのかはわかりません。父や母や姉のいる場所に、罪深い私が行けるとも思っていません。
主よ、これは懺悔ではないのです。私は――私はただ、貴方に感謝したかった。
彼と出会えたことに、心から感謝します。
たとえこの想いが罪であろうと、彼は私の光でした。それはこの先も、永遠に変わることはありません。地獄の業火に焼かれようと、私はこの想いさえあれば立っていられる。彼と出会ったことで、私はこの上なく救われました。
主よ、貴方に感謝し、貴方の栄光が常しえに続くことを祈ります。そして願わくば、私の家族が、彼の愛した人が、――彼が、どうか貴方の御許で安らかに眠っていますように。
……僕も今行くよ、マイケル。
マイニルラバーですが、他のみんなも大好きです。
最終更新:2011年08月22日 18:32