OPENING 04 闇翔ける殺意
Scene Player:露木椎果
少し時間を巻き戻そう。
そこは都内某所にある「テレビ関東」本社併設の映像スタジオ。
ちょうど、1週間後にオンエアされる人気歌番組の収録が終わろうとしているところだった。
ちょうど、1週間後にオンエアされる人気歌番組の収録が終わろうとしているところだった。
「カット、……お疲れさまでした!」
「お疲れさまでしたー!」
「お疲れさまでしたー!」
スタッフの告げる終了の一言が、場のピリピリした雰囲気を和らげる。
カメラが回ってる間は気付かなかった疲れが、どっと心身に押し寄せてきた。
この適度な疲労感が逆に心地良い。TVに出るようになって数年、そう思うことも少なくない。
カメラが回ってる間は気付かなかった疲れが、どっと心身に押し寄せてきた。
この適度な疲労感が逆に心地良い。TVに出るようになって数年、そう思うことも少なくない。
ここで一段落なのはあくまで出演者たちだけで、番組スタッフにはまだまだ仕事が山積みだ。
つい先ほどまで司会進行役が居たセットの中央部では、もう片付けの作業が始まっている。
つい先ほどまで司会進行役が居たセットの中央部では、もう片付けの作業が始まっている。
「出演者のお帰りです。拍手でお送りください……まずは、Dearの皆さんでした!」
アイドル歌手グループ「Dear」。
聖音学苑という同じ養成学校を卒業した5人の少女たちによって結成されたユニットだ。
所属事務所のプッシュもあってか、メジャーデビュー直後から今に至るまで安定した人気を誇る。
聖音学苑という同じ養成学校を卒業した5人の少女たちによって結成されたユニットだ。
所属事務所のプッシュもあってか、メジャーデビュー直後から今に至るまで安定した人気を誇る。
そのメンバーの中に、露木椎果という少女がいる。
黒いセミロングヘアとオッドアイが印象的な、クールビューティ。
デビューの少し前まで米国で暮らしていたこともあり、垣間見える知性も彼女に華を添えている。
黒いセミロングヘアとオッドアイが印象的な、クールビューティ。
デビューの少し前まで米国で暮らしていたこともあり、垣間見える知性も彼女に華を添えている。
「椎果ちゃんもお疲れっ☆」
「お疲れさま、Minato」
「お疲れさま、Minato」
そんな椎果に声をかけてきたのは、グループの中心的存在である鷹羽みなと。
笑顔とポジティブ思考が取り柄の女の子で、彼女が微笑みかけてくれるだけで誰もが心の底から元気になれる。
そう、かつて心を閉ざしていた椎果を解放してくれたのも、目の前にいる少女だった。
笑顔とポジティブ思考が取り柄の女の子で、彼女が微笑みかけてくれるだけで誰もが心の底から元気になれる。
そう、かつて心を閉ざしていた椎果を解放してくれたのも、目の前にいる少女だった。
「今日はこれで上がりっ! ……あっ、みんな、そこ段差になってるから気をつけ ―― 」
つるっ!
ずんばらぶきょぼこずごぐぼっ!
ずどどどどん!
ずんばらぶきょぼこずごぐぼっ!
ずどどどどん!
「……」
「………」
「………」
ステージ上に設置された階段を、みなとは盛大に転げ落ちていく。
鷹羽みなと。
おそらく彼女の宣材資料(キャラクターシート)にはこう書かれていることだろう ―― すっとこどっこい、と。
おそらく彼女の宣材資料(キャラクターシート)にはこう書かれていることだろう ―― すっとこどっこい、と。
「さっすが、みなとちゃん」
「まあ、みなとだし」
「まあ、みなとだし」
椎果とは対照的に、同じDearの仲間である萌と祥子は、驚きもせずに友人を見守っている。
性格的なものもあるが、自分よりも付き合いが長い分だけ、みなとの突飛な行動にも耐性が出来ているのだろう。
性格的なものもあるが、自分よりも付き合いが長い分だけ、みなとの突飛な行動にも耐性が出来ているのだろう。
他の4人は聖音学苑入学当初からの付き合いなのに対し、自分は米国支部からの転入。
色々な事情もあり、当初は対立することが多かった。
しかし、今ではお互いに強い絆で結ばれた、まさに戦友とも言うべき存在だ。
そしてその中心には、いつもみなとが居たのである。
色々な事情もあり、当初は対立することが多かった。
しかし、今ではお互いに強い絆で結ばれた、まさに戦友とも言うべき存在だ。
そしてその中心には、いつもみなとが居たのである。
「いい加減、あきれるわよ?」
ため息をつく椎果。
口調こそキツめだが、その表情は柔らかい。
口調こそキツめだが、その表情は柔らかい。
「……みなと、椎果。早く戻りましょう。楠さんも待っていますよ」
「あはは……ごめんね。雪ちゃん、椎果ちゃん」
「あはは……ごめんね。雪ちゃん、椎果ちゃん」
転んだみなとに手を差し伸べたのは、彼女の一番の親友である雪だった。
これもやはり見慣れた光景である。
これもやはり見慣れた光景である。
いつまでもこんな日々を過ごして居たい、皆と一緒に笑って居たい。
それは椎果の本心からの願いだった。
もちろん、この芸能界において、そんな想いが簡単に叶えられるとは思っていない。
しかしこの5人なら、どんな運命が待ち受けていようとも大丈夫なはずだ。絶対に。
それは椎果の本心からの願いだった。
もちろん、この芸能界において、そんな想いが簡単に叶えられるとは思っていない。
しかしこの5人なら、どんな運命が待ち受けていようとも大丈夫なはずだ。絶対に。
みなとを立ち上がらせ、そそくさとスタジオを後にする。
いつまでも舞台上にいては、片付けをする大道具さんたちにも迷惑だろう。
分厚い扉を開けるとすぐに、一足先に楽屋へ向かった祥子と萌、それとマネージャーの楠さんの背中が見えた。
いつまでも舞台上にいては、片付けをする大道具さんたちにも迷惑だろう。
分厚い扉を開けるとすぐに、一足先に楽屋へ向かった祥子と萌、それとマネージャーの楠さんの背中が見えた。
窓に目をやれば、そろそろ太陽も沈もうかという頃。
タイミング的なものもあるのかもしれないが、局の廊下をパタパタと色々な人が行き交っている。
芸能人の顔もあれば、ベテランのアナウンサーもいる。動きやすい格好をしているのは裏方のスタッフだろう。
タイミング的なものもあるのかもしれないが、局の廊下をパタパタと色々な人が行き交っている。
芸能人の顔もあれば、ベテランのアナウンサーもいる。動きやすい格好をしているのは裏方のスタッフだろう。
「――!?」
突然、椎果の背中を悪寒が走った。
今まで浸っていた幸福感という酩酊状態から、一気に現実へと引き戻される。
彼女のちょっとした異変を敏感に汲み取った雪が声をかけた。
今まで浸っていた幸福感という酩酊状態から、一気に現実へと引き戻される。
彼女のちょっとした異変を敏感に汲み取った雪が声をかけた。
「椎果?」
椎果はある一点を見つめたまま硬直していた。
視線の先には、ブラウンのスーツに身を包んだ1人の男性が見える。
視線の先には、ブラウンのスーツに身を包んだ1人の男性が見える。
「あれは……」
椎果がそう口にした瞬間には、廊下の角を曲がったのか、もう彼の姿は見えなくなっていた。
この業界ではかなり名の知れた音楽プロデューサー、南条隆一。
かつて自分がアメリカで暮らしていたとき、歌の才能を見出して、芸能界という舞台へと導いてくれた男。
結果として自分は利用されているだけだったとしても、そこだけは感謝している。
あの“事件”以来、てっきり日本を出たとばかり思っていたのだけれど。
かつて自分がアメリカで暮らしていたとき、歌の才能を見出して、芸能界という舞台へと導いてくれた男。
結果として自分は利用されているだけだったとしても、そこだけは感謝している。
あの“事件”以来、てっきり日本を出たとばかり思っていたのだけれど。
「椎果ちゃん?」
「……No Problemよ。心配してくれてありがとう」
「……No Problemよ。心配してくれてありがとう」
椎果は何事も無かったかのように取り繕う。
みなとや雪は怪訝な顔をしていたが、それ以上は何も追及しないでくれた。
みなとや雪は怪訝な顔をしていたが、それ以上は何も追及しないでくれた。
やはり気のせいだったのだろうか?
いや、そんなことは無いはずだ。後ろ姿とはいえ、自分が彼を見間違えることなんてあり得ない。
だとしたら何故こんなところにいるのか。嫌な予感がする。
いずれにせよ、調べてみる価値はありそうだ。
いや、そんなことは無いはずだ。後ろ姿とはいえ、自分が彼を見間違えることなんてあり得ない。
だとしたら何故こんなところにいるのか。嫌な予感がする。
いずれにせよ、調べてみる価値はありそうだ。
万が一、仲間たちに危害が及ぶようなことがあれば、今度は自分が彼女たちを護る番だ。
あの時のように、たとえ己の歌手生命を賭けてでも。
あの時のように、たとえ己の歌手生命を賭けてでも。
(Mr.Nanjo、あなたには感謝してるわ。でも、もう貴方の思惑通りにはならない)
Dearの仲間たちにこのことを話せば、おそらく喜んで協力してくれるだろう。
だが彼女たちを巻き込むわけにはいかない。それこそ本末転倒である。
とはいえ、1人では出来ることも限られてくる。
アイドルとしての仕事は休めないし、そもそもこちらの動向が監視されている可能性も否定できない。
だが彼女たちを巻き込むわけにはいかない。それこそ本末転倒である。
とはいえ、1人では出来ることも限られてくる。
アイドルとしての仕事は休めないし、そもそもこちらの動向が監視されている可能性も否定できない。
まずは冷静に、情報収集から始めよう。それなら良いアテがある。