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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第24話

最終更新:

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だれでも歓迎! 編集
「……いや、実によくやってくれた。今はその疲れた身体を癒す事だけを考えてくれ」
 ――瞬く星々に彩られた漆黒の宇宙空間、衛星軌道上。
 眼下に鎮座する蒼く巨大な惑星――地球を見下ろしながら、一人の男が称えるように拍手を送っていた。
 悪徳の七王が一柱、アスモデート。
 彼は今、見事世界の危機を乗り切ったウィザードと錬金の戦士達には惜しみのない謝意を感じている。
 もしも姿を見せるに問題がなければ、彼等の諸手を取って祝福してもいいくらいだ。
「本当によくやってくれたよ、君達は。何から何まで『お膳立て』してくれて本当にありがとう」
 正真正銘、心からの賛辞を示しながらアスモデートはこみ上げる嗤いをかみ殺した。


 今回の一件でモーリー=グレイ、リオン=グンタの二柱が落ち、"金色の魔王"ルー=サイファーがある程度の信を以って動かせる勢力が大きく減退した。
 加えてベール=ゼファーも現し身の一つを失った。いかな無限生命を持つと呼ばれる彼女も、守護者の力を以ってした一撃を喰らっては即座にまともな現

し身で現界する事もできまい。
 ――つまりは、彼の動きを阻害する邪魔者の殆どが一掃されたのだ。
 ここから横槍を入れられるとするならル=サイファー自身が直接出てくるか、あるいは――


「――やはり来たか、亡霊騎士の王」
 酷薄な笑みを浮かべたままアスモデートは漏らすように呟くと、背後に出現した『彼女』を振り向く。
 赤の鎧を身に纏った騎士――"亡霊騎士の王"パイ=レイモーンは一つに束ねた燃えるような紅髪を小さく揺らし、手に持つ大剣の如き鋭い視線をアスモデ

ートに送っている。
 モーリーとリオンが落ちた現状、ルーがまともに動かせるのは二人と同様にルーに忠誠を誓うパイだけだろう。
「貴様の動きなどルー=サイファー様には総て筒抜けだ。我が主のため、貴様にはここで果ててもらう」
 予想通りといえば予想通りの展開にアスモデートは僅かな沈黙の後、これ見よがしに肩を竦めて溜息をついて見せた。
 口元に浮かべた笑みを潜め、嘲るよりもむしろ哀れむような調子でアスモデートは彼女に向かって口を開く。
「やれやれ……私はお前達の時には動かないでおいてやっただろう? なのに私の手番になった途端出て来るとはマナー違反も甚だしい。
 ベルの方がまだ紳士的だな」
 ああ、彼女の場合淑女と言うべきか、と苦笑を漏らすアスモデートに、パイは怒気も露に手にした大剣の切っ先を彼へと向ける。
「あの方を愚弄するか……!」
「事実を言ってるだけだろう。そんなに他人が功を立てるのが妬ましいのか?」
「貴様のような愚劣な者共にあの方の御心は理解できまい!」
 ルーを快く思わない魔王達はそのほとんどが彼女の事を嫉妬深いと評する。
 ファー・ジ・アースを陥落され彼の地に溢れるプラーナを手に入れようとする数多の魔王達の動きを阻害するため、人間達に助言を与えさえもする彼女は、
確かにその魔王達から見れば自らの手柄を妬み恐れているように見えるだろう。
 だがそれも彼女の理想ゆえの行為なのだ。
 秩序ある統制を望むルー=サイファーは魔王達の無秩序・無思慮な軽挙と妄動を抑制すべく動いているだけだ。
 己が欲と功名だけで動くような凡俗とは違う。
「――それが嫉妬深い、と言っているんだ。あいつも、お前等も、要するに秩序だの統制だのという題目を唱えて悦に入りたいだけだろう?
 だからそれに従わぬ他者を力で従わせる。……あぁ、そうだろうさ。誰だって自分の愉しみを邪魔されるのは嫌だものな。
 そういう点では確かに彼女は裏界随一の魔王だ。何しろ『自分の欲』で世界を支配しているのだからな」
「――貴様っ!!」
 嘲りを露にしたアスモデートの口上を封殺するようにパイは叫び、弾けた。




 瞬く間に間合いを詰め、手にした大剣を一閃する。
 地上ならば山一つが粉砕されるだろうその剛刃を前にアスモデートは笑みを浮かべたまま――真正面から切り裂かれ、吹き飛んだ。
 パイが一瞬で間を詰めた数十mと同じほどの距離を吹き飛び、制止する。
 嘲りの笑みは変わらぬまま。そして、大剣を叩きつけられたはずの身体も一切の傷は付いていない。
「……そうそう。こんな風に邪魔な奴を黙らせてきたのだよな」
「――ッ」
 くつくつと嗤いながら零すアスモデートはパイは唇を噛み、その顔に更なる怒りを漂わせた。
 手にした大剣を強く握り締め、追撃を叩き込もうと踏み込みかけたその瞬間、アスモデートがそれを制止するかのように腕を差し出した。
「お前と遊ぶのはやぶさかではないが――」
 言いながらもう片方の腕を持ち上げて、着けていた腕時計に眼をやる。
 状況を無視して行為だけを見るのなら、それはまるで待ち合わせをしている人間のようでもあった。
 ――否。
 アスモデートにとっては『ような』ではなくまさしくその通りなのである。
 約束の時間から間もなく一時間。おおむね予想通りかと彼は満足そうに息を吐き、烈火のような怒りを漂わせるパイを見やる。
「忠告をしておこう、パイ=レイモーン」
「……?」
「今すぐにここから立ち去るがいい。でないと――"火傷"をしてしまう」
「ふざけ――」
 訳のわからない言いようにパイが叫びかけたと同時。


「――邪魔」


 ちりん、と。
 鈴の音のような声が響いた。


 瞬間、漆黒の宇宙空間が紅蓮に染まる。
 存在するもの一切合財を焼き焦がし灼き消さんばかりの業火が、アスモデートとパイを巻き込んで埋め尽くした。
「っ……な――!」
 パイは咄嗟に防御して業炎をやり過ごし、漆黒に戻った空間の中闖入してきた声の主を睨みつけ――そして絶句した。
 二つに束ねた黄金の髪、吸い込まれるような漆黒の瞳は不機嫌を隠そうともしていない。
 陰陽師のような、だが些か膝上が短い巫女服を身に纏い、まさに倣岸不遜という言葉を体現したかのように仁王立つ一人の少女。
「パール=クール、だと……っ!?」
 "東方王国の王女"パール=クール。
 『超公』と僭称し、ベール=ゼファーと並んでルー=サイファーに反目する一派の筆頭。
 悪徳の七王にこそ数えられていないものの、その力はルー=サイファーにすら匹敵すると言われている。
「パール=クールぅ……? 『様』を付けなさいよ、この鉢金女!」
 呻くようなパイの声を聞きとがめたのか、パールは眉根を寄せて彼女よりも更に強い怒気を露にした。
 無意味かつ理不尽に叩きつけられた圧力は、性質こそ異なれど金色の魔王のそれに近しい。
 総身を貫く暴威に追い討ちをかけるように、アスモデートの声がパイへと飛んだ。
「さあ、どうするパイ=レイモーン? 数ヶ月程度で復帰させた現身でなお挑んでくるか?」
「く……っ」
 明らかに挑発を含んだ声にパイは歯を食いしばった。
 相手がアスモデート一柱だけであれば、たとえこの身が滅びようと刺し違えるだけの自負はある。
 だが、そこにパール=クールが加わるというのであれば、もはや勝算などは微塵もありはしない。
 ただでさえモーリーとリオンが堕ちて勢力が減退しているのだ、この上で自らが再び力を失ってしまえばルー=サイファーの支配力が揺らいでしまう。
 幸いにしてアスモデートが本格的に動き出すのはもう少し先になるだろう。
 となればここで無理を押すよりも、引いてパール=クール参戦を踏まえて動くべきだ。
 パイ個人の感情としては腹に据えかねる結論ではあった。だが、彼女は仕えるべき王のために滅私を貫かねばならない。
 剣を引き、ゆっくりと後退する。
 何を言い捨てても負け惜しみにしかならない、という事が理解できるのが彼女には歯がゆかった。
 屈辱に燃える瞳で二柱を睨みつけながら、パイ=レイモーンは沈黙を保ったまま宇宙の闇に溶けるようにして姿を消した。




「何よ、負け口上もナシ? ほんとアイツの子飼いはソツがなくってつまんないわ」
 パイが消え去った虚空を見やりながら、パールは盛大に溜息を吐き出して漏らした。
 ま、いっか。そう呟いてパールは脳内からパイの存在を削除する。
 そして本当に何事もなかったかのように彼女は髪に添えつけた鈴を揺らし、アスモデートへと振り返った。
「で、このパールちゃんをこんなトコに呼び出して何の用? まさか協力してくれ、なんて言う訳じゃないでしょうね」
 先程までパイに向けていた怒気の幾分かを、今度はアスモデートへと向けて視線と共に叩きつける。
 しかし当のアスモデートはそれを心地良さそうに受け止めて笑みを浮かべた。
「とんでもない。重要な用事があるんだよ……もっとも、『半分』はもう終わってしまったがね」
「……はあ? 何――」
 言いかけて、パールは不意に言葉を切った。
 僅かに眉根を寄せて、そしてアスモデートの言葉の意味を悟り、そして――
「――アンタ、あたしをダシにしたわね」
 パイに向けたそれとは違う、正真正銘の殺気と共にアスモデートに向かって唸った。

 ――ベール=ゼファーをトリックスターと呼ぶならば、パール=クールはワイルドカードと呼ぶべきだろう。
 非常に扱いに困る札ではあるが、それが故に彼女は『その場に存在する』というだけで影響を及ぼす――例えば今しがたパイが退いたように。
 七王の一角であるベルが退いた現状、アスモデートにとってパイやモーリー、リオンなどの有象無象共がどう蠢動しようと全く問題にならなかった。
 障害となるのはもはやルー本人が動く場合、あるいは目の前のパールが出てくる場合のみだ。
 彼女の存在をパイに見せた事でルーへの牽制は完了した。
 あとは――

「死にたいようね」
 目の前で猛る暴威に対して、アスモデートは僅かな戦慄を悟られぬように呑み込んだ。
 直情径行で後先を考えない、という彼女の欠点はある意味において他の七王以上に脅威となるからだ。
 策謀も奸計も全く意味を成さない。総てをぶち壊して捻り潰すだけの力が彼女にはある。
 が、この状況は既に彼にとっては想定内だった。
「いや、勝手な事をして申し訳なかった。代償というか対価というか、お詫びに君に献上するモノがあるんだよ」
「……言ってみなさい。つまんないものだったら魂も残らず灼き潰してあげる」
 恭しく頭を垂れるアスモデートに、パールは怒気を孕ませたまま告げる。
 顔を伏せたまま、アスモデートは彼女の返答が力ではなく声であった事で自らの思惑が完遂された事を確信した。
 彼は顔を上げ、自信を満たせた笑みでパールを見やった後、鷹揚に腕を広げ眼下に睥睨する蒼い惑星を指し示す。
「――あの世界を」
「――」
 アスモデートがそう言った途端、パールから怒気と殺気が消えた。代わりに疑念の気配と表情が彼女の貌に浮かぶ。
 彼女が何かを言う前に、アスモデートが彼女の疑念に答えるかのように更に言葉を繋いだ。
「ディングレイと賭けていたのはあくまで『どちらが世界を手に入れるか』だからね。
 手に入れた後の世界にはあまり興味はないし、統治する器でも柄でもない。
 だから偉大なる『超公』パール=クール様に献上しよう。東方王国の領域拡大の一助になれば幸いだ」
「……本気で言ってるの?」
「もちろん。ベルやルーが支配するよりは、君が支配した世界のほうが愉しそうだからね」
「ふぅん……」
 そうまで言われてまんざらでもなくなったのか、パールはどこか満足気に口の端を歪めて見せた。
「ま、いいわ。そこまで言うなら協力してあげる。ついでにアンタの策なんかよりもっと良いやり方も教えてあげるわ」
「それは重畳だね」
 パールはアスモデートには眼をくれず、玩具を見るような視線で惑星を見下ろす。
 腰に手を当てて、愉しそうにくすりと笑った。髪を束ねた鈴が揺れて、ちりんと鳴った。



「……今ここでアンタをぶっ潰して、柱の力も世界も丸ごと手に入れるのよ」
「!」






 瞬間、宇宙が弾けた。
 パールの翻した腕がアスモデートに叩き付けられ、炸裂した魔力の余波が周囲に浮かんだ宇宙塵を纏めて消し飛ばす。
 パイの一撃を無防備で受け止めて見せたアスモデートは、しかしパールの攻撃に反射的に防御陣を展開し――それをあっさりと貫かれて力を身体に叩き込まれ吹き飛んだ。
 制動してパールを睨みつける。しかし彼女は、不敵に笑みを浮かべて腕を組んで見せた。
「このパールちゃんを巻き込んだ無礼はそれで許してあげる。感謝なさい」
「……そいつはどうも」
 最後の最後で相手を軽く見たうかつさに苦笑しながら、アスモデートは呟いた。
 ここでパール=クールを相手取っても何の益もありはしない。身を貫かれた痛みと屈辱は自戒とすべきだ。
「あたしはもう動かないからね。後は勝手にやんなさい」
「ああ、それでいいよ。カミーユやグラーシャ、ブンブン=ヌーやラーラ=ムウにも賛同は得ているからね、君が動くほどの事じゃない。
 だがせっかくだから君も遊んでいったらどうだい? フィールドは世界総てだ。気の赴くまま蹂躙し放題だよ?」
「雑魚共の遊びに参加するほど酔狂じゃないわ」
 パールはふんと鼻を鳴らしてアスモデートから眼を切った。
 話は終わりと裏界に戻ろうとする彼女に、彼は声をかけた。
「待った。まだ重要な話があるんだ……さっきので『半分』といっただろう?」
「……何? まだあるの?」
「ああ。ある意味でこちらの方が重要だ」
 面倒臭そうに首を傾げるパールにアスモデートは大仰な仕草で頷いた。
 そして彼は彼女の一撃で乱れた服と髪を直すと、場に不釣合いなほど爽やかに笑んで見せて彼女に言った。
「実は駅前にいい店があってね。よかったら一緒に行かないか?」
「……………はぁあ~~?」
 アスモデートの言葉にパールは盛大に怪訝そうな声を上げた。
 しかし当の彼は本気だったようで、まるで人間のようににこやかな笑みでパールを見つめる。
「ふざけんじゃないわよ! なんでアンタなんかと――」
「もちろん、御代は総て僕が持つよ」
「!?」
 パールの動きがぴたりと止まる。
 僅かに眼を反らし、しばしの黙考の後彼女はエラそうにふんぞり返って腕を組んだ。
「……まあ、どうせ帰っても暇だし付き合ってあげるわ」
「ありがとう。いや、世界が滅んでしまったら店もなくなってしまうからね。その前に行ってみたかったんだ」
「そんなのどーでもいいけど、つまんないトコだったら承知しないわよ? このパールちゃんがわざわざ行ってあげるんだから」
「不満があるなら何軒でも付き合うよ。世界の終焉に相応しい祝杯をあげるとしようか」
 笑いながらアスモデートはパールを促し、先を行く彼女に追随するようにして蒼い惑星へと降下していく。
 そして残ったのは漆黒の闇に浮かぶ世界――ファージアース。
 そこに生きる多くの人々が知らぬまま、そしてその夜闇に生きる魔法使い達に知られぬまま。
 世界の終わりはゆっくりと忍び寄っていた。




 ※ ※ ※



 どこまでも続く果てしない荒野。
 何もかもが朽ち果て寂れ消えていく荒廃の世界。
 その中心に、一人の少女がいた。
 その肢体におびただしい黒色の帯を纏い、まるで彫像のように佇む灰髪の少女。
 彼女の名はアゼル=イヴリス。
 "荒廃の魔王"の二つ名が示す通り、彼女はありとあらゆるモノが滅びかけたこの領域にただ一人存在していた。
 いつからこうしていたのか、いつまでこうしているのか、それは彼女自身にもわからない。
 そのもつ荒廃の力ゆえに魔王達からも忌み嫌われ、そしてそんな力を自らも忌み嫌いながら、ただ彼女はその領域に立ち尽くす。
 自ら命を絶ってその孤独を終わらせよう、と考えた事はなかった。
 そもそもそう考えた事はなかったのか、それともそう考えていた時期を通り過ぎてしまったのか、それも彼女にはわからなかった。
 ただ、最近は別の意味でそういった考えをする事がなくなった。
 なぜなら、誰も近寄る事ないこの領域に、度々『来訪者』が現われるようになったからだ。
 自分の力を利用しようとしているだけなのかもしれない。
 魔王という超越者ゆえに、自分のような存在を哀れんでいるのかもしれない。
 だが彼女にとってそれはどうでもいい事だった。
 誰彼にも触れ合う事が赦されない彼女には、たとえ何者であろうと自分に触れてくれる『誰か』がとても大切なモノだったから。
「―――、」
 そうして今日も、『彼女』が現われる。
 だが、何故かアゼルの表情は優れなかった。
 彼女が自分の許を訪れてくれることはこの上ない喜びだったが、今回に限って彼女は初めてそれを恐れた。
 しかし相手の方はアゼルの心情を察する事もなくその姿を露にする。
 月光のように鮮やかな銀糸の髪。陽光のように眩しく鋭い黄金の瞳。
 学生服を身に纏い、ポンチョを羽織った少女――ベール=ゼファー。
「ベル……」
「………」
 アゼルの目の前に現われた彼女は、アゼルの予想通りの表情を浮かべていた。
 いつもこの場に来る時に浮かべている柔和な表情はそこにはなく、殺気こそないものの明らかに不機嫌で睨みつけるようにしてアゼルに視線を送っている。
 正直アゼルは逃げ出したかったが、逃げる場所などあるはずもなかった。
「……あ、あの……ベル。その……」
「………」
 沈黙を保ったまま睨み続けるベルに、アゼルは囁くように声を上げる。
 しかしそれはまとまった言葉にはならず、意味を成さない声が空回りするばかり。
 アゼル自身何を言えばいいのかわからない以上、その惨状はある意味当然のものではあった。
 仏頂面のベルの前でしどろもどろにアゼルは呻き続け、必死の思いでようやく浮かんだ思いを搾り出す。
「ごっ……ごめ……ごめん、なさい」
 ベルは泣きそうなアゼルの囁きを耳に収めると、大きく息を吸い込んで、溜息と共に空気を吐き出した。



 時を遡ること一週間程前。
 ファージアースと裏界において無視する事のできない重大な事件が起こった。
 裏界に君臨していた支配者、"金色の魔王"ルー=サイファーが表界侵攻に乗り出し――そして敗北したのだ。
 これによってウィザード達は一気に勢いづき、そして裏界は支配者が退いた事で情勢が混沌となり数多の魔王達が新たな覇者となろうと活性化し始めた。
 ベルにとってもルーの敗北は喜ばしい事ではあったが、ある意味ではそれ以上に深刻な事態がその時に起こったのだ。
 今目の前にいるアゼルが、ルーの配下として……つまりはベルの敵として立ち塞がった事である。

「……ま、アンタのせいじゃないってわかってるけどね。それでもちょっとはへこんだわ……死ぬ気で抵抗してくれても良かったのに。
 『あの御方』とか言っちゃってさ」
「……ごめんなさい」
「いいわよ、もう。今日はそんな事言いに来た訳でも、そういう事聞くために来た訳でもないんだから」
「……?」
 小さな苦笑を漏らしながら言うベルにアゼルはようやく顔を上げ、僅かに首を傾げて彼女を見やった。
 するとベルは珍しく何かを言い淀むような表情を見せ、視線を彷徨わせて所在なさげに頬をかき始める。
「……ベル?」
「あー……あのさ。一ヶ月くらい前、アンタに魔殺の帯を貰った事あったでしょ?」
「……うん」
 ファージアースで言えば一月の下旬にあたる頃だろうか、いつものようにアゼルが荒野で佇んでいるとベルがふらりと現れてそういったやり取りをした事があったのだ。
 その時のベルは別段変わった様子もなく、アゼルも魔殺の帯を渡す事に何ら迷いはなかった(むしろベルにお願いされた事の方が嬉しかった)ので言われるまで思い出しもしなかった。
 ベルは再び黙り込むと瞑目して天を仰ぎ、そして意を決するようにアゼルに向き直るとなるべく尊大な風を装ってから疑問符を浮かべているアゼルに向かって言った。
「まあそのお返しって訳でもないんだけど。その時に珍しいモノを見つけたから、アンタにあげるわ」
「え……?」
 アゼルが反応を返すよりも早くベルは懐から何かを取り出し、アゼルに差し出した。
 彼女の掌に乗せられていたのは拳大の六角形の金属。白色が鮮やかに輝き、中央には蝶の刻印が彫られている。
 一体何なのか理解できないアゼルに向かって、ベルはそっぽを向いたまま口を開いた。
「核鉄って言ってね。何でもエネルギードレインを無効化する力があるんだって」
「それ、って……」
 驚きに眼を丸くしたアゼルがベルを凝視すると、彼女は眼に見えて顔を紅くして軽く地を蹴った。
 明らかに動揺した仕草で地団太を踏み、上擦った声を上げる。
「な、何よ! あくまであたしの目的はリオンの計画を止めるためだったのよ!
 そのついでに柊 蓮司の事も確認して、コレはその副産物! ついでのついでなんだから!」
「………」
「ちょっと、聞いてんの!?」
「うん……うん」
「ちょっ……」
 俯いて肩を震わせるアゼルにベルは眉を怒らせて詰め寄り、不意に言葉を失ってしまった。
 前髪で隠れたアゼルの瞳から何かが零れ、地に落ちる前に溶けて中空に消え失せる。
 それを見てベルはそれまで爆発させていた羞恥と怒りを完全に消沈させてしまっていた。




「……何泣いてんのよ」
「……泣いてる? 私が? そう……私、泣いてるんだ」
 自分でそれを自覚した瞬間、今度は笑いがこみ上げてきた。
 本当に可笑しくなって身を屈め、肩を震わせる。
 なのに瞳から勝手に零れてくるそれを止める事はできなかった。
「もう……子供じゃないんだから」
 差し出された指がアゼルの頬を拭う。
 彼女は触れる僅かな温もりに眼を細めると、ようやく笑いと涙を抑えてベルと向かい合う。
「ありがとう、ベル」
「……。ま、先に貰ったのはこっちだから。貸しを作ったままなのは嫌いなの」
 そっぽを向いて鼻を鳴らすベルを見やってアゼルは小さく微笑んだ。
 そして彼女が手に持つ核鉄を指差す。
「それで、その核鉄……どうすればいいの?」
「そうね。確か――」
 言ってベルは核鉄をアゼルに向かって差し出す。
 抵抗する気配など微塵も見せずに身体を晒しているアゼルの胸部に核鉄を押し込むと、それは燐光を伴って彼女の身体に呑みこまれていった。
「……あ」
「ん」
 二人が同時に反応する。
 回りから流れ込んでくるプラーナの密度と、身体から抜け出ていくプラーナの感触が俄かに薄まったのだ。
 アゼルの顔に驚きと、ベルの顔に喜色が浮かぶ。
 が――
「……っ!」
 唐突にアゼルが表情を歪めて身を屈める。
 胸元を抑えた彼女の腕の隙間から核鉄がぼろりと零れ、地に落ちると同時に泥のように崩れてしまった。
「あ゛~……」
 再び勢力を取り戻してきたプラーナ吸収を身で以って実感しながら、ベルは落胆と共に溜息を吐き出した。
 屈み込んで核鉄に手を伸ばし、それがもはや機能はおろかモノとしての意味すらも失っている事を確かめると小さく舌打ちして指を払う。
 埃の様に散らばって宙に溶けていくソレを不快そうに眺めやっていると、アゼルの沈んだ声が響いた。
「ごめんなさい……」
「貴女のせいじゃないって。……こっちこそ悪かったわね、妙な期待を持たせちゃって」
 アゼルは自分が何を言ったのか気付いていない風のベルを僅かに眼を丸くして見つめると、顔を綻ばせて答えた。
「私は気にしてない。ベルにはもう返しきれないほど沢山のものを貰ってるから」
「……? あたし、アンタに何かあげたっけ?」
「……気にしないで、こっちの話だから」
「その言い方、何か気に入らない」
 不貞腐れたようにつむじを曲げるベルにアゼルは小さく笑みを零す。
 ベルはかっとなって何事かを言おうと口を開きかけたが、結局何を言えばいいのか思い浮かばずに苛立たしげに頭を掻いた。
 そんな折、不意に二人の前方の空間が揺らぐ。
 そちらに眼を向けた二人の前に音もなく顕れたのは、巨大な書物を抱えた黒髪の少女だった。




「……リオン?」
「来たわね」
 ベルの方はさも当然といった風で待ち構えていたが、アゼルの方はそうはいかなかった。
 何故ならリオンはアゼルと同様、過日のルー=サイファーの表界侵攻時ベルと敵対していたからである。
 しかしリオンは何も語る事はなく、ただアゼルを一瞥するだけで眼を切ってベルへと向き直った。
 ベルは腕組みして胸を張り、アゼルと二人でいた時とは違う尊大な気配を纏わせてリオンへと口を開く。
「遅かったわね」
「……。ちょっと観光に行っていました」
「………………かんこう?」
 ベルが尊大な態度のまま彫像のように固まり、どこか棒読みで問い返した。
 するとリオンは僅かに顔を傾け、普段以上に陰の篭った表情でボソボソと喋りだす。
「予定通りに戻ってくるはずでしたが、ダイヤが乱れてしまって……これだから日本以外の鉄道公社は信用なりません。
 やはり裏側から掌握して精密精緻なる運行を実現すべきなのかも……」
「……リ、リオン?」
「……何か?」
「いえ、なんでも……」
 陰湿な声のワリに髪の間から覗く薄青の瞳は妙にぎらぎらしていて、思わずベルは後ずさって口を噤んでしまった。
 そんなベルの態度を気にする風でもなく、リオンは内心の感情を振り払うように二三度頭を振ると、普段通りの無表情を取り戻して彼女に向き直った。
「それはともかく。例のものの所在に関しては滞りなく判明しました」
「そ、そう。それならいいのよ」
 ようやくといった感じでベルはいつもの調子を取り戻す。
 そこで今だに眼を丸くしたままのアゼルに気付き、彼女は自慢気に大きく胸を張った。
「この子はルーが隠居したのを気にあたしに鞍替えしたのよ」
「え……」
 アゼルは驚いてリオンを見やる。
 ルー=サイファーに忠実な臣下として知られている彼女が、現在当のルーが身を隠しているとはいえ反目しているベルと共にあるというのが俄かに信じら

れなかったのだ。
 しかしリオンはベルの言葉を否定するわけでもなく、まるで影のようにしてベルの傍に佇んでいた。
 見たまま見ればベルがリオンを従えている、という構図にベルは得意そうに鼻を鳴らす。
「ふふん……まあこれもあたしのカリスマって奴よね」
「………ふ」
 その瞬間、リオンが眼を反らして顔を俯けた。





「……リオン。今、笑ったでしょ」
「いいえ、ちっとも」
「今明らかに噴き出したわ。嘘は言わないんじゃなかったの」
「笑った? 私が? そう……私は笑ってるんですね」
「「っ!?」」
 アゼルの顔がざっと青ざめた。ベルもまた慌てふためいてリオンへと詰め寄る。
「リ、リオン! アンタ見てたの!?」
「私は秘密侯爵。お前の秘密を知っている……」
「~~~……!!」
 アゼルは信号機のように顔を真っ赤に染めてその場にへたりこんでしまった。
 頭を抱え、肩を震わせて蹲るアゼルを見てベルは嘆息交じりに肩を落としリオンに言う。
「あんたねえ……あんまり苛めるんじゃないわよ。この子は耐性ないんだから」
「……驚きました。犯罪を教唆し人心を闇に縛るといわれる貴女からそんな言葉がでるなんて」
「うっぐっ……!」
 リオンの言葉にぐうの音も出なくなってベルは口をぱくぱくさせた。
 二の句が継げず苛立たしげに地団太を踏むと、彼女は蹴飛ばすように地を蹴って身を翻した。
「ああ、もう! いいから行くわよ! 他にアレを狙ってる奴がいないとも限らないんだから!」
「……はい」
 明らかに誤魔化したベルの態度にリオンは僅かに口の端を歪めると、彼女に追随するように歩き出した。
 遠ざかっていく気配にようやく我に返りアゼルが顔を上げると、丁度ベルが振り返って彼女に視線を送っていた。
「じゃあ、またねアゼル。次は貴女もゲームに参加させてあげるから、待ってなさい。絶対に楽しいから」
「……うん。待ってる」
 アゼルの返答にベルは満足そうに笑みを浮かべると、リオンと共に虚空へと消え去った。
 そして再び荒野に静寂が戻る。
 何一つ動くもののなくなった荒廃の世界で、彼女はじっと少女の消えた虚空を見つめ続けた。
「……ありがとう、ベル」
 囁くようなその声も、無尽の荒野に溶けて消えていく。
 だが寂しさは感じない。
 何故ならこの荒野は何一つ残るものがなくとも、彼女の胸には少女の言葉が残っているから。
 やがてくる再会を待つ楽しさを噛み締めながら、孤独の魔王は静かに口元に微笑を浮かべた。


 ――その再会が、彼女に在り得ない幸福をもたらす事になると知る者は今は誰もいない。

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