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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第23話

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だれでも歓迎! 編集
「ようこそ、パピヨンパークへ!」
 そこは新緑生い茂る庭園。
 白亜の噴水が鎮座する広場の中央で蝶の怪人は高らかに謳う。
 全身に歓喜の色を称えたパピヨンを胡乱気に凝視しながら、マフラーの少年――ソウヤはどう反応すべきかわからなかった。

 銀成市での戦いを終えたソウヤはパピヨンに連れられて程近い山奥に建てられたテーマパークへとやってきていた。
 『パピヨンパーク』の名の通り、パピヨンが蝶野家の遺産にあかせて作り上げたものであるらしい。
 聞けば着工は昨年の末だというのに見る限りかなり建築は進んでいるようだった。

「なんだ? 聞く限りこういうトコロに来るのは初めてだと思ったが」
「いや……それはそうだが」
「ならば子供らしくもっと喜ぶがいい。生憎アミューズメントの方は未稼働だがな」
「……」
 パピヨンの言葉にソウヤは難しい顔をして黙り込んでしまう。
 彼のいた『世界』にはこういった類のモノなどもはや失われて久しく、そんな世界に生れ落ちた彼もまたそんな風に遊んだ記憶はついぞない。
 ――両親と遊んだ記憶さえも、物心ついた頃には既に遠いモノだった。
「……オマエのいた世界には娯楽すらないのか。なんともぞっとしないな」
 ソウヤの険しい表情を見て取ってパピヨンはつまらなそうに鼻を鳴らして肩を竦める。
「『奴』も存外つまらん目的を持っていたモノだ。何事にも常に余裕と遊び心がなくては」
 言いながらパピヨンは庭園の片隅を指差した。
 釣られてソウヤがそちらに眼を向けると……何もなかった。
 何の変哲もないただの植木だ。手入れが行き届いているらしく幾種もの花が鮮やかに咲き誇り、その回りを蝶々が嬉しそうに舞って――いや。
「……!?」
 光景の違和感に気付いてソウヤは思わず眉を潜めてしまった。
 縮尺がおかしい。花に対して明らかに蝶が大きすぎる。
 普通蝶と言えば精々が掌サイズなのだが、視線の先にいる蝶は20cmを超えているようにも見えた。
 鮮やかなメタリックブルーの色彩は見事なものではあるが、やはり大きすぎて少し奇妙さを先立たせてしまう。
「な、なんだアレは」
「見てわからんか?」
「わからない」
「嘆かわしいな」
 パピヨンは盛大に溜息を吐き出し哀れんだような眼でソウヤを見つめた。
 しかしそんな眼で見られても、わからないものはわからない。
 眉を顰めるソウヤをよそに、蝶仮面の怪人はまるでダンスのステップを踏むような軽やかな足取りでその植木へと歩み寄る。
 そして、慈しみが溢れ出す様な仕草で空を舞う蝶々に手を指し伸ばすと恍惚の笑みを浮かべた。
「アレキサンドラトリバネアゲハ。世界最大の蝶にしてワシントン条約で取引が禁止されている程の蝶希少種だ」
「ワシントン条約……って、なんでそんなのがここにいる!? 大丈夫なのか!?」
「これだけではないぞ、世界中の珍種希少種なんでもござれだ。ここは蝶の楽園パピヨンパークだからな」
 愕然とするソウヤを無視してパピヨンは嬉々とした表情で次々と蝶の解説を始めてしまった。
 言われて見れば確かにここには様々な種類の蝶が飛び交っている。よく見れば違いもそれなりにわかる……のだが。
 ソウヤからすれば(おそらく一般人なら大体そうだ)それらは単に『蝶』でしかなかった。
 あまりにも嬉しそうに解説を続けているパピヨンを半眼で眺めやりながらソウヤは、
「……よく集めたもんだな」
 無難な事しか口に出せなかった。
 一応聞く耳は持っていたのか、パピヨンは解説をぴたりと止めると口の端を歪ませてから口を開く。
「何しろ俺は蝶天才……と言いたいがな。流石に発案から一ヶ月足らず、パークの建造と並行してこれだけの種を集めるのは物理的にも金銭的にも不可能だ」
「……? 実際こうして集めているじゃないか」
 僅かに眉を潜めたソウヤの目線を受けて、パピヨンは皮肉気に笑みを深める。
 くつくつと漏れるような嗤いを零しながら、彼は呟くように言った。
「ちょっとした伝手ができたんでな。流石は"遍く空を飛ぶモノを統べる女王"と言っておこう」
「……? 何の話だ?」
「関係のない話さ。俺にも、オマエにも、アイツ等にもな」
 肩を竦めたパピヨンは踵を返して歩き始めた。
 これまでとはやや雰囲気の違う背中を追ってソウヤも歩き出し、二人は庭園を後にして山道へと向かっていった。





 緑林生い茂る(ここにも沢山の蝶がいた)山道を歩いていくと、緑に混ざって遠めに白い建物が見えてくる。
 あれがパピヨンのラボか、とソウヤが心中で呟くと、前を歩いていたパピヨンが唐突に声をかけてきた。
「件の特殊核鉄の件だがな。悪いが製造は少しばかり遅れるぞ」
「なっ……どういう事だ!?」
 悪びれもしない言いようにソウヤは思わず食ってかかってしまう。
 しかし彼の態度はある意味で当然のものだった。
 何故ならソウヤが『この世界』に来てパピヨンと接触を持ったのも半ばそれが目的だったからだ。
「先の戦いで武藤の奴が核鉄を壊してしまったそうでな。それを造り直さないといけない。
 まあ既にレジメはあるから、一つ造るのも"二つ造る"のもそう手間じゃないが、とにかくそっちができるまでお前の方は後回しだ」
 戦力はなるべく多いほうが良いだろう? とパピヨンは背中越しにソウヤを見る。
 しかし彼は僅かに視線を彷徨わせると、彼の視線から避けるように僅かに俯いて漏らした。
「……必要ない。特殊核鉄さえあれば、後は俺だけで全部やる。俺はあの人達には極力関わらない方が――」
「それは困るな。大いに困る」
 搾り出すようなソウヤの言葉を遮り、パピヨンは仰々しく腕を広げた。
 彼はまるで道化地味た動きで煽るように謳う。
「お前みたいなサプライズがいるんだ、アイツ等には極力関わって貰わなくては面白くないじゃないか!」
「……面白くない、だと?」
 そんな事を言われればソウヤとしては反論せざるを得ない。
 僅かに剣呑な空気を漂わせて、彼は刺すようにパピヨンを睨みつける。
「これは遊びじゃないんだ。世界の存亡がかかってる」
「遊びのようなモノさ。つい先日だってれっきとした世界の危機だったぞ?
 ウィザードの連中も日夜世界の危機に立ち向かっているらしいし、聞く限りここ一年でそういう類はかなり増えている。
 安っぽすぎてもう笑い話にもならんな」
「……っ。ウィザードだか何だか知らないが、俺は真面目に話をしている!」
 頭に血が昇りかけて、ソウヤは思わず懐の核鉄に手を伸ばしかけた。
 しかしそれを為すよりも早く、パピヨンが制止するかのように腕を差し出した。
「なら真面目に話をしてやる。お前の言う世界の危機とやらを確実に防ぐためには戦力は多ければ多いほどいい。
 だがお前が自分の存在をなるべく公にしたくないという。なら、イリーガルに近い武藤達と手を組むのが妥当だ……違うか?」
「くっ――」
 咄嗟に反論の言葉が思い浮かばずにソウヤは黙り込んでしまう。
 何しろ武藤 カズキや津村 斗貴子となるべく関わりたくないのは彼自身の個人的な事情であり、彼の至上の目的である『世界』を護る事とは何ら関係はないのだ。
 方向性は異なっていても私情を優先させたという点において、彼はパピヨンを非難できなかった。






 黙りこんでしまったソウヤを見てパピヨンは満足そうに笑みを浮かべると、軽く肩を竦めてから踵を返し再び歩き始める。
「まあそんなに憤る必要はない。何しろ今の俺は蝶ノリ気だ、一刻も早く次のゲームに専念するためにさっさと後片付けをやってしまうさ」
 まるで小躍りするように歩を進めていくパピヨンの背中を見やりつつ、ソウヤは大きく溜息を吐いた。
 『パピヨン』との付き合いはそれなりに長い――矛盾しているようだが、彼にとっては正しい――のだが、未だにその性格を把握しきれない。
 ソウヤの言をまるきり信じていない訳ではないだろうに、何故もこう楽しそうにできるのかわからなかった。
「……何がそんなに楽しいんだ」
「――楽しいに決まっている!」
 独白めいたソウヤを呟きを聞きとがめたのか、パピヨンは弾けるように叫んだ。
 感極まったのか彼はニアデスハピネスを展開し、無数の黒死蝶を舞わせながら躍るようにターンして空を仰ぐ。
「これこそパーティだ!
 ウィザードだのエミュレイターだのいう無粋な客はいない。俺達の、俺達による、俺達のためのパーティ!
 そしてプロデュースは勿論この俺、蝶人パピヨンだ!
 パピヨンパークの落成記念としてはこの上ないイベント、派手に盛り上げて……!」
「待て待て待て! 公にするなと言っただろう!?」
「ん? ああ、そう言えばそうだったな」
「くっ、こいつ……」
 疲れ果てた表情で肩を落とすソウヤに、パピヨンはほくそえんで背を向けた。
 無論、ソウヤに言われた所でパピヨンとしては自重する気など毛頭なかった。
 今回のウィザードにまつわる一件のように他人の尻馬に乗ったり乗せられたりは御免こうむるが、自分で画策するのならば彼はどこまでもアグレッシブなのである。
 それとなく情報を錬金戦団にリークすればすぐにでも戦士たちが飛びついてくるだろう。
 勿論主賓は武藤 カズキと津村 斗貴子であるから、彼等の相手も用意しなければならない。
 特殊核鉄の精製と同時に、片手間で研究していた量産型ホムンクルスの資料を記憶から掘り起こして実働させる。
 パークの完成までにやる事が山積みだったが、パピヨンは正直わくわくが止まらなかった。
 今にも笑い出してしまいそうな衝動を必死に抑えつつパピヨンはソウヤを伴いラボへ向けて歩き出す。
 彼等の饗宴の開催は一月先か、二月先か、いずれにしろそう遠い事ではない。
 夜闇に踊る魔法使い達の与り知らぬ青空の下、錬金術の担い手達の新しい闘いが始まろうとしていた。



 ※ ※ ※



 ――それはここではない世界。
 人々の住む世界を表と呼ぶなら、そこは闇の巣食う裏の世界。
 ヒトには計り知れぬ魔性が跋扈するその世界の中、侵魔と呼ばれるモノですら侵し難い領域があった。
 伝説になぞらえて呼称するのならば、それはまさしく万魔殿と呼ぶに相応しい。
 何故ならばそこは、この世界の総ての魔性を統べる王の居城ゆえに。



「……申し訳ありません」
 謁見の間の静謐を破らぬように、巨大な書物を抱えた黒髪の少女が言葉を紡いだ。
 彼女が跪き、頭を垂れているその先――玉座には、一人の少女が座っている。
 裏界に存在する序列第二位の『大公』が一柱、侵魔を統べる王、"金色の魔王"ルー=サイファーはその二つ名に相応しい豪奢な金の髪を僅かに揺らす。
 彼女は肘掛に頬杖をついて、言葉なく銀の瞳を傅く少女へと向けた。
 視線を向けられた、ただそれだけで黒髪の少女――"秘密侯爵"リオン=グンタは内心を貫く悪寒を堪えなければならなかった。
 玉座の王は別段殺気を放っている訳ではない。
 ただ"そこに在る"というだけで、凡百の侵魔などは消し飛ぶほどの威圧をリオンに与えているのだ。
「ベリトのみならず、モーリーまでも討たれましたのは私の未熟。処罰はいかようにも――」
「よい」
 ただの一言でリオンの言葉を封殺すると、ルーはリオンから目線を外し虚空を見つめる。
「目的は既に果たしていたのだ、『その後』の事など総て些事に過ぎん。もっとも……蝿が紛れ込んだ時点で見る価値も失せたがな」
 僅かに眼を細め、言葉を切る。
 金色の魔王が一体何を考えているのか、リオンは全く計り知れない。
 たとえその腕に抱える書物を紐解いたとしても、おそらくは窺い知る事はできないだろう。
 少しの沈黙の後、ルーは静かに瞑目し誰に言うでもなく言葉を紡ぐ。
「世界結界への干渉は速やかに行われた。イコの情報は正しかったようだ」


 先年の夏に起こした『夢を食らうモノ』による世界結界への干渉は世界全土を覆う事に成功した。
 ただ、これはその起点をファージアースの人間にしたものであり、度を過ぎているとはいえあくまで『人々の意思――その世界にいる人間の意志によって常識が構築される』
という世界結界のシステムに則ったものだった。
 だが今回起点として使ったのは、媒介こそファージアースのものではあるが歴としたエミュレイターである。
 それでも、以前のそれと同等以上の速さで世界結界に干渉し世界レベルで異常を引き起こすことに成功したのだ。
 今回の一件においてルー=サイファーが求めた成果はただその一点のみ。
 状況を利用して世界を滅ぼそうとしたのはリオンの独断に過ぎない。
 それで彼女の目論見が成功していれば望外の成果となっただけで、それが叶わなかったとてルーにとっては些かの痛痒もなかった。





「……間もなく刻は満ちる。それまでに蝿に穢されたその身体を癒すがよい」
 瞑目したまま金色の魔王は静かに告げる。
 リオンは一顧だにしない主に恭しく頭を垂れると、踵を返して歩き始めた。
 天を衝くほどの巨大な扉を開き、場を後にする。
 その時、
「リオン」
 ふとルーがリオンを呼び止めた。
 僅かに身じろぎして振り返れば、ルーは僅かに眼を開けてこちらを見つめていた。
 身も心も凍てつかせるような銀月の瞳が、黒髪の少女を射抜く。
「……戯れに聞くが。先の顛末、汝の書に記されていたか?」
「―――」
 金色の魔王の言霊にリオンは―― 一切表情を崩さず、静かに瞑目した。
 普段と変わらぬ無貌の相を以って彼女は、

「……はい。私がウィザード達に敗れる事は、この書に記されておりました」

 そう答えた。

「……。ならばよい」
 僅かな沈黙を伴ってルーはそう呟き、話は終わりと手を払った。
 リオンは僅かに頭を垂れて扉の向こうへと姿を消す。
 金色の魔王は僅かに力を込めて書物を抱えていた彼女の姿を、言葉もなく見送った。






「―――いいのかね?」
 玉座の王ただ一人となった謁見の間にそんな声が響いたのは、リオンが辞して少ししてからの事だった。
 ルーは誰何の声を上げる事なく、目線さえもやらず瞑目したままその来訪者に口を開く。
「……構わん。内通し敵対しているのならともかく、少々遊んだ所でどうこうする気はない」
 それに――と言いかけて不意にルーは眉を寄せ、口を噤んだ。
 広大な広間に沈黙が下り、ルーがそれ以上言葉を続けようとしない事を悟ると、来訪者は唇を僅かに歪ませて彼女が言いかけた言葉を継ぐ。
「――それに、自分といるよりベルといた方が気安かろう……かね?」
「……っ」
 その瞬間、ルーは表情を露にして来訪者を睨みつけた。
 立ち並ぶ柱の一つに背を預け、紫と茶の瞳に愉悦を滲ませてルーを見つめる妙齢の美女。
 薄絹のみを纏うその姿は扇情と言うよりは神秘を漂わせ、長く伸びた翡翠の髪は清流を思わせる。
 殺気すらも漂わせたルーの銀眼を、彼女――"風雷神"フール=ムールは涼風の如くに受け止めて笑みを深くした。
「直接言ってやればいいだろうに。無闇に心労をかけてはいらぬ方向に流れ出しかねない」
「……そんな事はお前に言われなくてもわかっている」
 与えた威圧も柳に風と理解したのか、ルーはどこか諦めたように玉座に身を沈めた。
 そしてフールには視線を向けないまま、頬杖をついて一人ごちるように漏らす。
「だが、アレは少々度が過ぎる。手綱を緩めれば自制が利くまい」
「確かに。陰に篭ってはいるが、あの子はどちらかと言えばベル寄りだからね」
 理解しているじゃないか、と可笑しそうにくすくすと笑うフールにルーは眉を寄せて不快感を露にし、小さく鼻を鳴らした。
 そして彼女は僅かに眼を細めると、冷徹な王の貌でフールを見据える。
「それで、よもやそんな戯言を繰るためだけに我の許に来たという訳ではないだろうな?」
「……まさか」
 ルーの気配の変化を感じ取ってか、フールは薄い笑みを収めて真っ直ぐに彼女を見返した。
「『例のもの』だがね、どうにも見つからない。対存在が集っている以上この世界にあるとは思うのだが……こうなると幻夢神が手元に抱えている可能性が高い」
「……やはりか」
「アニーに情報を渡して吟味させれば確証は得られようが、流石にそれはまずかろう?」
「わかっている」
 フールの報告にルーは忌々しげに呟くと、瞑目して静かに息を吐いた。

 ルー=サイファーが探しているモノは、自身がこの裏界に封じされた際に分かたれた力の半身だ。
 表界への侵攻にあまり乗り気ではなく、そして『彼女』の事を知る数少ない魔王の一柱であるフール=ムールに捜索を任せていたのだが、
結局徒労……というよりは予想通りの結末に落ち着いてしまった。
 こうなってしまうと幻夢神本体なりアバターなりを引き摺りださねばソレを取り戻す事は叶わない。
 どの道侵攻を強めれば出てくる事にはなるだろうが、闘いを始める前にソレを手にしておきたい所だった。






「……で、どうするね? アレの加護がないまま計画を発動すれば、いかなキミとて大きな減退は免れまい。『前の時』のように裏方に徹するのかな?」
「……」
 フールの言葉にルーは数瞬沈黙を保つ。
 そして彼女は瞑目したまま、努めて感情を抑えて静かに告げた。
「アゼルを連れて行く」
「―――」
 そこで初めてフールの表情が僅かに崩れた。端整な眉がほんの少しだけ驚きに持ち上がり、次いで怪訝の表情を滲ませた。
 しかしルーは彼女のその変化を理解しながら、そして彼女がその言葉の意味を理解している事をわかっていながら、言う必要もない事をあえて口にする。
「アレを連れて行けばこの身もいくらかは保たせられよう。それに、事態が動けば恐らくベルも動く。
 アゼルがいれば足止めする事もできよう……その力量とは関係なく、な」
「……傍観者の私が言えた立場ではないが。あの子にそれをさせるのかね」
「――そうだ。アゼルがそれを"する"のではない。我がそれを"させる"のだ」
 金色の魔王は揺らぐ事なく断言する。
 アゼルが動くのは彼女の意思ではなく、あくまでルー=サイファーの意思によるものだと。
 確かにルー=サイファーほどの神格を持つ存在であるのなら、アゼルのみならず他の魔王級侵魔であろうと、本人の意思とは関わりなく手駒として操る事は可能だ。
 それをできるだけの《カリスマ》が彼女にはある。
 だが――
「……そんな事をするからベルやパールに嫌われるのだよ、ルー」
 嘆息交じりに吐き出したフールの声に、ルーは僅かに苦笑を漏らした。
 そして彼女はどこか自嘲めいた声色で、裏界の支配者と呼ばれるにそぐわない表情でフールを眺めやる。
「今更好かれようなどとは思わない。
 有象無象の侵魔共がひしめき合い骨肉相食むこの世界に必要なのは友誼による協和ではなく、暴力による混沌でもなく、絶対的な力による統制だ。
 それでこの裏界の秩序と均衡が保たれるのなら――『私』は暴君でいい」
「……真面目すぎるな、キミは。キミとベルと……パール辺りを足して均等に割れば丁度いいと思うのだがね」
「……私もそう思う」
 囁くようなルーの返答に、フールは小さく口の端を歪ませた。
 それに釣られるように、ルーの口元にも笑みが浮かぶ。
 裏界の支配者たる"金色の魔王"には相応しくなく、外見相応の少女に似つかわしい表情だった。
「私はそんなキミが大好きだよ、ルー=サイファー」
「だったらいつまでも日和っていないで私に力を貸せ、フール=ムール。必要ならば座も用意してやる」
「今でさえキミから受けた『公爵にして伯爵』などという嫌がらせに耐え忍んでいるのだよ? その上にもう一つ号を加えられたらたまらんよ」
 フールは笑顔のまま肩を竦めると、鷹揚に柱から背を離して歩き出した。
 長く伸びた翡翠の髪を揺らしながら扉に向かっていく彼女の背中を、ルーはじっと見つめていた。
 その視線に気付いたのか、フールは背中越しにルーを見つめると労わるように声をかける。
「たまには私の領域に足を運んでくれ。ここ数年はご無沙汰だろう?」
「ベルが世界結界を綻ばせて以来、有象無象の雑魚共や魔王達が活性化していた。そんな状況で私がのうのうと静養などできまい?」
「……あまり気を張らぬように。パトリシアも心配している」
「お前も、あいつも、協力はしないくせに心配だけはする訳だ。まったく恐れ入る」
「ふふ……まあ、件の計画が成就すれば状況も落ち着こう。その時は是非に」
「……そうだな」
 ルーの返答にフールは満足気に微笑を浮かべると、空気に溶けるようにその場から姿を消した。
 僅かに揺れ動く空気の中に風雷神の残滓を感じながら、ルーは静かに眼を閉じる。
 静寂が降りた空間の中、孤高の王としての表情を取り戻した金色の魔王は宣誓するように呟いた。
「そうだ、計画は成就させる。ベルにも、魔王達にも、ウィザード達にも、邪魔はさせない。望むべき我が世界のために――」




 ※ ※ ※




 ――謁見の間を辞したリオンは、遥か続く回廊を彼女にしては珍しく足早に進んでいた。
 金色の魔王の居城から転移して辞する不敬など侵せようはずもない。
 だから彼女は、一刻も早くこの場を立ち去ろうと歩を進める。
 うわべだけの表情は取り繕えた。だが、知らず書物を抱える腕に力がこもっていた。
 ルー=サイファーがそれを見逃すはずもない。
 リオンは自分が何故あのような台詞を吐き出したか、自分でも理解できなかった。
 己が主であり、絶対の支配者であるルー=サイファーに対して偽りを述べるなど、あってはならない。
 だというのに、あの銀の瞳で射竦められ、言霊を突きつけられた時、口から零れたのはあの言葉だった。
 これではまるで――
「――ヤな事が起こるのです」
「……っ!」
 不意に響いた声にリオンは大きく肩を震わせ、歩みを止めた。
 真っ直ぐに伸びた回廊のすぐ脇に、テラスのベランダに腰掛けた兎耳の少女がいた。
「……イコ=スー」
 兎耳の少女――"魔王女"イコー=スーは満面の笑みを浮かべると、まるで跳ねるようにベランダから飛び降りるとリオンの許に駆け寄ってくる。
 そして彼女は覗きこむようにしてリオンを見上げると、
「ルー様との話は終わりました?」
「……はい」
「そうですか。……ルー様はちょっと疑り深いのです。イコが"ちゃんと教えた"情報はいつだって正しいのに」
 そう言って膨れっ面をしてみせるイコの顔をリオンはじっと見つめていた。
 その視線に気付いたのか、イコは再び子供のような顔を見せてから踊るようにくるりと回ってみせる。
「それで、リオンはこれから"どうする"んですか?」
「……、」
 くすくすと笑いながら尋ねてくる少女にリオンは僅かに眉を寄せた。
 それは怪訝というよりは、不快といった方が正しいのかもしれない。
 予言を繰る魔王でありながら――否、そうであるからこそ、そのように覗き込まれるのは彼女は好きではなかった。
「イコ=スー。貴女……"視えて"いるのですか」
「もちろん」
 短く答えて魔王女は笑みを深める。
 一見すればそれは無垢な少女のそれかもしれないが、彼女を知るものが見ればそれは魔的な笑みと言うべきだろう。
 何故なら彼女は『愚者を導く公女』であるが故に。
「リオンはリオンの好きなようにすればいいのです。イコ達の能力は類を見ないレアモノなんですから、羽目を外したってそうそうどうにかされる訳はないのです」
「そのような事――」
「現にイコはアスモデートにも情報を流してますよ?」
「っ」
 屈託なく言うイコにリオンは思わず言葉を詰まらせた。
 力による統制を旨とするルーにとって、力による混沌を愉しむアスモデートはある意味でベール=ゼファーよりも嫌悪すべき対象でもある。
 仮に他の魔王がそのような事をすれば、即座に粛清されるのは間違いない。
 だが、当のイコはそれを全く気にする風でもなかった。
「だから、リオンがベルとよろしくやってたってルー様は別にどうって事ないのです。まあ度が過ぎれば怒るかもしれないですけど――」
 今回はちょっとやりすぎたかもです、などと言ってイコは苦笑を閃かせる。
 付き合いきれなくなってリオンは小さく息をつくと、彼女を置いて歩き出した。




 ルー=サイファーと反目しようとするなどできるはずがない。
 力量の点から言っても、カリスマの点から言っても、ルー=サイファーは現存する他の七王からは群を抜いた存在であり、その下にある事は己が身の保証ともなる。
 リオンの性情として世界の支配者となるよりもあらゆる秘密の蒐集を好む以上、現在の立場が最も望ましいのだ。
 実際ルー=サイファーの統治は磐石だ。
 皇帝シャイマールの跡目を継いだとされる頃から彼女の支配が揺らいだ事は一度として存在せず――それは『未来』においても確約されている。
 間もなく発動する彼女の計画の顛末。
 ベール=ゼファー辺りなら「結末のわかったゲームは面白くない」などと言ってそれを知る事を拒否するだろうが、ルー=サイファーにそのような戯れ事はない。
 彼女の計画の成功は自らが抱える書物に――絶対の運命に確約されている。
 ファージアースを掌握すればルーの力はもはやベルはおろか他の七王級の魔王達が結束したとしても覆りようがなくなるだろう。
 だが――仮に、確約された運命が覆るとすれば。
 書の記録によればルーの計画に関わるのは、奇しくも彼女の繰った運命を覆した魔剣使い。
 そして先程ルー自身が口にしたように、彼女は『その後』に起こった運命の破綻を見てはいないのだ。
 だが、あの男がそれを為し得たのは守護者の加護があったからにすぎない。
 あの男単独では――"何らかの要因"がなければ運命を覆す事など叶わぬはずだ。

「……」
 果てのない回廊を歩みながらリオンは絶対のはずの運命を覆された紅い極光を思い出し、固く口を結んだ。
 胸が疼く。
 あの時に生まれた感情と、胸を穿たれた痛みと、胸を貫いた『彼女』の言葉がない交ぜになって、心をかき乱す。
 運命は覆らない。ルーサイファーの勝利は揺るがない。
 だが、それが揺らいだとしたら。
 あの時のような光景をもう一度目の当たりにしたら。
 その時、自分は―――





「――さよならなのです、リオン=グンタ」
 遠ざかっていく小さな背中を見送りつつ、イコは小さく微笑んで呟いた。
 もしリオンが平常心を保って彼女の事を留意していれば、あるいは見透かせたのかもしれない。
 この時のリオンは彼女がそうであると知っていながら、それを完全に理解してはいなかった。
 "魔王女"イコ=スー。
 動かせぬ現在、まつろわぬ過去、ゆるぎなき未来を見通す者。
 その彼女が、意味もなく言葉を語る事などありえないと。


"では、ルー=サイファー様。約束通り――"
"ああ、約束は護ろう。――次は敵同士かもしれぬぞ"
"――はい"


「――んふっ」
 紅の瞳で垣間見た未来に、彼女は思わず笑みを零す。
 総て必要なことなのだ。
 アスモデートに情報を流す事も、その結果訪れる少年の結末も。それがやがて訪れるルーの計画の顛末を左右する"要因"なのだから。
 それに続く夢見る神の決断。無限光と七つの宝玉。堕ちた魔王と少年の未来。時を逆しまに刻む冥魔の王。
 一つの小石が連なりやがて総てを押し流す土石流となるように、総ての要因が絡み合って未来を形作る。
「……だから、ベルと仲良くして下さい。それがルー様のためになるんですから」
 イコは満足そうにそう呟くと、跳ねるようにしてその場を後にする。
 これからエイミーの許へ赴き、目指す未来へ向かう際に副次的に発生する『悪影響』の対処のために、ラビリンスシティの件をエイミーと話し合わなければならない。
「ルー様が『留守』の間、ちゃんとやっておかないと怒られてしまうのです」
 まるでお使いを頼まれた子供のように、兎耳の少女はぱたぱたと回廊を駆けて行く。
 その紅い瞳に何が映っているのか。それを知る者は彼女以外にいなかった。

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